二祖慧可の求道心
そして、達磨大師さんのもとに来まして、「達磨大師さん、ぜひ教えてください」
慧可という人がおりまして。これはもう有名な、禅宗をやる人だったら必ず皆さんご存じなんですけど、この人は、道教も仏教も、それから儒教も勉強しました。しかし、本当のものが自分の内部に悟れない。
「いろいろ教えとか教理は知っているんだ、理屈では知っているんだ。しかし、内部の本質的な、あっというような感動というか、ばっとした悟りはないんだ。
だから、達磨大師さん、弟子に入れてください。道教、儒教、仏教、キリスト教でも勉強してもわかりません、どうぞ、達磨大師さん、入門させてください」
「だめだ。おまえのような者は入門させない」「いや、そんなこと言わないで、ぜひ入門させてください」
ここまで言われたら、もう仕方がない。おれは、もし達磨大師の本質的なものを自分が勉強しなかったのなら、何のために生まれてきたかわからない。もしこの真髄が体得できなかったら、おれは死んだほうがましだ。よしと言って、慧可はみずからの右腕を切り落としまして、左手で持ちまして、
「どうぞ、達磨大師さん、私は命をかけて勉強したい。だから、この右腕を切り落としました。だから、どうぞ、入門させていただいて、真髄を教えてください。お願いいたします」
達磨大師に対して、慧可は自分の右手を切り落としまして献上した。達磨大師は、その命がけの捨身を見まして、「よし、それならば入門させてやろう。その気持ちならば成就できるだろう」と。
そして、慧可は達磨大師の弟子になりまして、二祖慧可として、跡を継いだわけです。
ですから、禅宗では、これだけの気持ちの求道心でやらなければ、お釈迦様があれだけ体得したのと同じき境地を得ようというんだから、中途半端な気持ちじゃやれませんよ。
そういう気持ちで禅宗の人たちは頑張るんです。みずからの内部を開発するんだから、命がけでなきゃだめだよということを教えるんです。二祖慧可、すばらしいです。
これだけの求道心がある人が、今どれだけいるでしょうか。しかし、ものの真髄に達した達人というのは、みんなそれだけの没我没頭、徹底して一つのものに命がけで努力してきたからこそ、得ることができるんです。
三祖僧璨。四祖が道信という人です。五祖弘忍、弘忍大満禅師。六祖慧能禅師。皆様に、ぜひこの禅宗のプロセスを勉強して、これから何度も禅の話が出てきますけれども。
そのように、二祖は、達磨大師が得た不立文字、教外別伝、お釈迦様の原点というすばらしい境地を持った人でしたから、命がけで。
一箇半箇の精神
禅宗では、大乗仏教といいますのは、例えば送迎バス。バスの中に乗って、「皆さん、大乗仏教、R会に入信しましょう」。R会のことを悪く言うんじゃありませんが、バスに乗っていたら、すうっとそのまま天国に行けますよ、成仏できますよ。
皆さんがやるようになったら、きっとそれは救われます。そういう面もあるんです。
ところが、山田無文禅師なんかは、大乗仏教というのは、一つの大きなバスに乗っていたら自然に救われるもんじゃないんですよ、と。一人一人が自転車をこいで、一人一人の努力によって悟り、精進努力する。
小乗的に自転車をこいで。そして、その自転車がツアーで、大分に旅行へ行っている。
淡路島に旅行に行っている。集団サイクリングのようなものでなければいけないんだよと。ただ乗っかっていたらいいというもんじゃないんですよということを、山田無文禅師は言っておられます。
そのように、たくさんの人にやるんじゃない。一箇、あるいは半箇の精神だと。
今の教育にこういう要素があればと。昔はこうだった。達磨大師が二祖慧可に入門を許さなくて、右腕を切り落として入門を許されたというのは、もう一箇でいいと。これだけの境地というものを、本質を伝えたいんだ。
お釈迦様のあれで、小乗仏教、大乗仏教に普遍的にしたあれというのが、みんな文字や言葉にとらわれまして、衆生は救われたんでしょうけど、ほんとうのお釈迦様のような人が出なかった。
だから、一箇、あるいは一箇が無理なら半箇でもいいんだ。「一箇半笛の精神」というんです。一箇、あるいは半分でもいいんだ、ほんとうの達磨大師、それだけの師匠の境地にあったような人が、一人。だから、一子相伝法燈を継ぐ者というんです。
そういう境地で弟子を育ててきたからこそ、いろいろな宗門宗派、栄枯盛衰ございますけれども、命脈々と命脈を禅宗は残しておりまして、その質の高さ、本質というものを常に伝えていこうという精神がございまして、文字や言葉じゃない。
これが剣道にあらわれますと、剣禅一如。大分前にお話ししました沢庵禅師の不動智神妙録、剣禅一如、茶禅一味、俳禅一味。
有名な、松尾芭蕉が「無能無芸にしてこの道に通ず」。私は無能で無芸なんだ、無能無芸にしてこの道に通ずというのは、何にも無能で無芸でこの道しかないという意味じゃないんです。
この道を得んがために、余計なものは一切捨てて一本この境地を得ようとしたんだ。一切はない。「無能無芸にしてこの道に通ず」と。松尾芭蕉の有名な言葉がございます。俳禅一味です。
俳句も禅と同じだよと。松尾芭蕉のあの「古池や蛙飛びこむ水の音」の一首の奥に、どれだけの苦労と精進があったか。「無能無芸にしてこの道に通ず」。
無能無芸だからこそ、ほんとうのこの道というものは、一箇半箇の本質的な、文字や言葉を乗り越えた境地の真髄を体得しようとしたんだ。
このように、一箇半箇の精神で、達磨大師から二祖慧可、三祖僧璨、四祖道信。
道心に徹した四祖道信
道信という人は非常に道心堅固でございまして。あるとき帝が、道信、達磨大師の跡を継いでいる一箇半箇の精神、法燈を継ぐ第四番目の祖師がいる。
ぜひ帝は、道信から教えを聞きたいというので、中国の帝は何度も道信のところへ、山の奥に住んでおりましたので、使者を派遣しまして、「ぜひ帝に、達磨大師から受けている真髄を教えてください」
「だめだ。そんなもの関係ない。帝なんか関係ない」
また使者を派遣しても「だめだ。帰れ」「断る」「帝様、何度行きましても、あの道信は頑固でございまして、山の祠へ籠もっております。全然聞きません」
「よーし、今度が最後だ。わしは教えを乞いたいから、教えてほしいからと言っているのに、なぜ教えないんだ。そんな頑固なやつは、いくら達磨大師の跡を継いで立派な人かもしれないけれども、この帝に逆らうとは何事だ。よし、今度言うことを聞かなければ、おまえ、その場で首を斬れ」
というふうに帝に言われまして、使者が来た。「道信さん。今度が最後でございます。ぜひ帝に、あなたの持っている法を教えてあげてくださいませ」と。
「そうですか。今度が最後です。帝からの命令で、もうここまでおっしゃるんだったら、あなたの首を斬らざるを得ません。それでもですか」
「ああ、それでもだ。斬ってくれ」
使者は驚きまして、斬ってくれと言われてもねえ、という形で、斬ろうと思っても、あまりの、ほんとうの道の真髄を俺はどんなことがあっても貫く。
それがなかったらこれで消えていいんだ。
帝であろうが、そんな奴に教えたって仕方がないんだというところで「どうぞ、斬ってみろ」と、その度胸に使いの者たちはびびりまして、到底首なんか斬れずに、すごすごと帰ってきて、「帝、あの~首を斬れと言われましたけど、こういう状況で斬れませんでした」
「そうか。やっぱり我々のほうが間違っていたのかもしれない、あきらめよう」と。
それから帝は、一切この道信に手を出さなかったと言われております。それだけ道に対する気持ちが堅固だった。四祖道信。
求道心の塊・五祖弘忍
続きまして、五祖弘忍。この弘忍という人がおりまして、非常な霊能者でした。いわば、K密教か、円盤を駆使したのかわかりませんが、非常な超能力者でした。
神変不可思議な術を使うことができたわけです。こうやって円盤の交信したのかわかりません。「はいはい、タヌキさん、出てきなさい」と、G教のように言ったのかもしれません。非常な霊能者だった。
ところがあるとき、四祖道信が道を歩いておりまして、弘忍がぱっ、あっ、これはできるなというので、弘忍が術をびゅ~っとかけたわけです。
四祖道信は、「何やってんだ」。なぜか術がかからない。「すごい!」弘忍はごそごそと逃げていった(笑)。
そのときに、「私のこれだけの神変不可思議な神通力が全く通じなかった、すごい。今までおれは世間が狭かった。ぜひこの道信に自分は入門しよう」と言って、道信のところへ行ったわけです。
「恐れ入りました。お見それしました。長い間、術をやっていましたけれども、あなたに負けました。ぜひ入門させてください。お願いいたします」
「うーん、入門するのはよけれども、おまえはもう歳をとり過ぎた。そんな歳で、今からやったって無理だ。あきらめろ」
弘忍は、ぐにんとしまして(笑)、
「そうか、おれはもう歳をとり過ぎたのか。残念だ。もう少し寿命があって、歳さえ若ければ、この道信に入門して、おれは研鑽に励むんだけれども、ああ」
それだけやっぱり立派だったんですね。
そして、弘忍は道端を歩いていきまして、河原のそばへ行きました。ある娘さんが、そこで川で洗濯をしておりました。かわいい娘さんです。弘忍が決心しまして、「お嬢さん、すみませんが宿を貸していただけませんか。住むところがもうないもんですから」
「あ、宿ですか。いいですよ」と言ったまま、ぱっ、弘忍が姿を消した。「あれ?今の人、どこへ行ったのかしら。姿を消してしまった」
しばらくしまして、その女性は妊娠しました。お父さんに怒られまして、「おまえ、川で洗濯せえとは言ったけどな、そんなことまでせえとは言っていないよ。
どういう子供かもしれないけれども、もっとよく選択せえ。この親の目を盗んでそういうことをするとは、もうけしからんやつだ」というので、この女性は勘当されました。
「お父さん、身に覚えがありません。私、そんなこと、滅相もありません」「しかし、そんなこともなく、どうして妊娠なんかするんだ」ということで追い出されたわけです。
五祖弘忍が「宿を貸してください」と、洗濯していた女性が「はい、どうぞ」と。お腹の宿を貸してくださいという意味だったんです。貸したほうの女性はたまったものではありません。
あんまり皆さんもこういうことはなさらないように。
しばらくしまして、その女性は子供を産んだわけです。お父さんもいないし、身に覚えがないのに子供ができちゃって、自分自身としましても、親に勘当されまして非常に惨めな思いをしたらしいんですけど、五祖弘忍は、たまたま宿「どうぞ」と言った人の子供になりまして。
神通力があったわけです、それだけ。自分の体をぱっと消して、相手のお腹にぱっと入るだけの神通力。それだけの神通力があったんです。
生まれ変わりまして、道を歩いていた、お母さんと一緒に。何とかあっちへ行こう、あっちへ行こうと言うんで、この四祖道信のそばへ行こう行こうとするんです。
四祖道信が道を歩いておりますときに、お母さんに連れられた子供が、普通の子供じゃないわけです。
四祖道信と道ですれ違いました。四祖道信もそれだけの人ですから、ぱっと見た瞬間、あっ、この子は普通の子ではないな。
子供に生まれ変わりました弘忍も、ぱっと道信を見たら、あっと言ったまま、「入門させてください」と言ったかどうかわかりませんが、とにかく……。
こういう形で、お母さんがこの道信のところへ行って、道信も、あっ、これは普通の子ではないな、いつぞやのあれが生まれ変わってきたんだなということがぱっとわかった。
とにかく、道信さん、子供がもう入門したいということで、「歳をとり過ぎたからな、おまえは」と言われて、神通力でもって宿を借りまして、生まれ変わって道信の弟子になったという人なんです。
それだけ求道心といいましても、言っただけじゃないです。生まれ変わって、それでもそれを聞きたいという。道信のもとに、そういう形で弘忍が弟子に入りまして、その跡を継いだわけです。まさに一箇半箇の精神です。
