深見東州の土曜神業録13(Vol.5)

先天の修業とは自分を捨てる修業

ここでご神業しておりますときにも、文字や言葉じゃない世界にいます。御魂の世界とか、観念をズバッと外しまして、境地、魂という世界に皆さんを・・・・・・。

この禅宗ですと何十年もかかりますけど、これを一週間か二週間か半月かという短い間で風下から風上に上がっていく修業がございます。後天の修業といいます。後天的に禅を積むとか、本を読むとか、滝に打たれるとか。お経を百万遍あげるなんていうような、風下から風上に上っていく、後天の修業です。

先天の修業は、逆に、あちらのほうからこちらのほうへ、風上から風下へ降りてくる。これは、例えて言いますならばどういうものかといいますと、例えば、天理教の中山みきさん。大本教の出口ナオさん。ヨーロッパでいいますと、ジャンヌ・ダルク。これ、別に滝に打たれたわけじゃありません。

禅をしたわけじゃありません。ごく普通の主婦だったわけです。例えば慧能禅師のように、無学文盲で、親孝行なだけだったんです。

ごく普通の十三歳の少女でした。あるとき、神様が来まして、「ジャンヌ・ダルクよ、フランスが危ないから、天の教えを連れてフランスを救え」。

純粋にその教えを聞きまして、天啓を受けました。フランスをオルレアンの城壁から救ったわけです。天啓の宗教、神様のほうからその人へ来たわけです。

中山みきさんもそうです。普通の主婦だったわけです、親孝行な。共通しています。六祖慧能に共通している。

親孝行で、非常に親孝行だという形で近所でも評判の人だったのが、あるとき、天理王命が来まして、「中山みき、我は天理王命なり」という形で、神様の天理王命さんのほうから中山みきさんへ来たわけです。大本教の出口ナオもそうです。「我こそ、うしとらの金神なり」と。おばあさんですよ。

神様のほうからいらっしゃったわけ。自分のほうから行力でやろうと言ったわけじゃないんです。彼方から此方へやってくる。彼方から此方へ、これが先天の行です。

だから、これは別に修業の期間とか、プロセスとか、行力なん要りません。あちらからこちらへやってくる。神様が来て、「おまえ、頼むよ」というふうに言わせるだけ、神様を感動せしむるだけ、非常に立派な、親孝行であり、真心のある人だったわけです。

これが先天の行。いかに捨てるか。これは、「老子』では、前に言いましたように… 松本先生にきのうもお話ししたんですけど、「学する者は日に日に益し、道する者は日に日に損す。損して損して無為と成す、無為にして為さざるはなし」と。

これは「老子』です。「老子』にこういう有名な言葉がございます。道というものに対して、松本先生も道、道と言っておられるんですけれども、それは、すなわち物事をやり通すということを言っておられる、それはすばらしい言葉なんですけれども。

もう一つ道というものを見てみますと、「学する者は」というものは、勉強する人、学問する人。あっ、こういうふうなメリットがある、非常に有意義なことだ、頭に入れておこう、

今日はいい勉強になったと。勉強する人というものは、「日に日に益す」。メリットがあるから、利益があるから、あるいは得するから、為になるから勉強しようと。「学する者は日に日に益す」と。

しかし、道を体得しよう、先天の道を体得しようとする人は、日に日に損するんだ。「損す」ということはどういうことかといいますと、地位とか、名誉とか、財産とか、心とか、人がどう思っているだろうか。

地位や名誉や家族や、いろいろなそういうふうなものを損して、損して、損して、損して、削いでいく。「損して損して無為と成す」と。

道をする人は、損して、損して、損するだけじゃないですよ。損して、損してと二つ続くんですよ。地位も捨て、名誉も捨て、観念も捨て、ありとあらゆるものを捨てて、「無為と成す」。

無為というものは、何もしなくてほおっとする意味じゃありません。有為の逆です。人為的にこれをやるぞとか、あれをやってやろうかというふうな有為の逆です。自然にやると。無為というものは人為的に、これをしてやろうということなく、自然にやれると。

「無為にして為さざるはなし」。そういうところの無為にしてものを行えばできないことは何もないんだ。「無為にして為す」、これですね。

先天の行、神様から此方へ来るのには、損して、損して、損する。先天の行というものは、時間も要りませんし、修業も要りません。捨てる修業です。いかに自分というものを捨てるか。

大死一番の底

これは、禅宗ではどう言うかといいますと、大死一番たいしいちばんていです。

大死一番底の人といいます。大いに失した、もう大死一番、死んだ気になってやるぞと。鈴木正三というものは、どういうことかというと、死者が、死人が、墓の中から出てきて、きょうも一日生きています、そういう根性でなければ道は成就できない。

大死一番、やるぞ。たとえこれで退職されようと、首になろうと、どう言われようと、おれはいい。これがいいと思ったら、やるぞという形の、そういう根性です。

前に言いました、先々週言いました、北条時宗。もうなよなよなよなよとしまして、弓もできないし、乗馬もできないし、槍もできないし、武士と言われるような心得は一切なかった。

あの北条時宗がいなかったら、日本の国は蒙古来襲で十万の蒙古兵にやられていたわけです。神風が吹いたのはその後ですから。何度も何度も来ましたときに、蒙古が「日本よ、降服しなさい」。返事を聞かせたら、「返事か。返事はこれだ」と、ずばっ。

何度使者が来ましても、即刻その場で首を斬りまして、堂々たるもの、微動だにしなかった。

北条時宗、日本の歴史には鉄の肝っ玉と言われる北条時宗も、小さいころはどうかといいますと、なよなよなよなよ、文学が好きで「あっ、蝶が飛んでいる。あっ、鳥が鳴いている。きれいなお花だ。

シクラメンの香りって、子供のように激しくって、恋を思うな」そういうロマンティシズムでございまして、「あっ、ビートルズが、いいのがかかってるじゃない。♪ルンルンルン」、こういう感じですよ。

武士たるものの心得は何もできなかった。乗馬は下手ですし、先ほども言いましたように何もできなかった。

こんな時宗だったら、死んだほうがましだ。北条執権時宗。世襲制でしたから、六代の跡で、自分が跡を継いで七代の執権にならなきゃいけないのがわかっているんだけれども鎌倉の武士の頂点として、こんな人間が頂点に立てるだろうか。武士たちの上に立つのは到底できない。

私は女に生まれてくればよかった。こんな女女しい人間は女に生まれてくればよかったと思っていたところ、無学祖元ですね。無学祖元に相談に行ったわけ。

「私、七代目の執権になるんですけれども、馬も乗れませんし、武士の心得が一切……。女に生まれてくればよかったと思っているんです。

こんなことなら死んだほうがいいと思っています。どうしたらいいでしょうか」。無学祖元に相談に行きました。無学祖元は、「うーん、そうか。それならば答えてあげよう。その時宗を捨てなさい。その時宗を捨てろ」、たった一言そう言ったわけです。

「捨てられるんですか。この時宗が捨てられるんだったら捨ててみたいです。どうしたら捨てられますか」「ただ黙って座りなさい」。

黙って座りなさいということは、ああだろうか、こうだろうか、馬が乗れなかった、蝶よ花よで文学が好きで、自分は馬も乗れません、槍もできません、

弓もできません。あっ、北条執権があったら、おれがやれるだろうか、どうだろうか。

迎えず送らずです。これからまだ来ていないことを迎える、ああだろうか、こうだろうかと心配する。過去過ぎたこと、ああだったらよかったのに、こうだったらよかったのにと送る。

禅では、迎えず送らずといいます。ただいまただいまが、やるべきことは一つしかないんです。将来のことはまだ起きていない。

ただいまただいまがすばらしかったら、過去はすばらしかったというふうに変わるんだと。未来というものは、ただいまただいまをすばらしいく生きていたら、すばらしい未来ができるんだ。生きているのは、あるのは、刻々のただいましかないんだ。

これを「即今目前聴法底人そっこんもくぜんちょうほうていじん」という。臨済禅師の言葉です。さっき言いました臨済宗の臨済。慧能禅師から跡を引いています。

「即今」、即いま。目の前で、「目前」。「聴法」、法を聞く体、あなた。直指人心ですよ。「即今目前聴法底人」、どうだ。ただいまただいまのその境地のそれだと。

成すべきことは一つしかないじゃないか。なぜ先々のことを迎えたり、過去のことを心配するんだ。そういう気持ちで、「即今目前聴法底人」と言いました。

北条時宗は、言われたとおり、迎えず送らず、何も考えない。念が出てくる前の自分です。念が出てきたら、その一念によって、ああだろうか、こうだろうか、雑念妄想というものが後から後へと続く。

ああじゃないか、こうじゃないか、こうじゃないか、こうじゃないか、ああじゃないかと心配する。また、次から次へと雑念妄想が出てきます。

法華経を見ておりますと、地獄というものはどういうものか。地獄の正体はこれ安念妄想なり。地獄の正体は何かと言えば、これ、妄念妄想なり。

妄念妄想、これ地獄の正体なりということが法華経に出ております。みだりに念じ、みだりに思う、これが地獄の正体なんだ。地獄というものはどこにあるのか。

ほかでもない、安念妄想、みだりに念じ、みだりに、ああなるんじゃないか、こうなるんじゃないか、今の状況だったら、ああじゃないか、こうじゃないか。

私は、あのときああするべきだったのに、ほんとうに失敗だった、だめだったな。過去のことを省みまして、みだりに念じ、みだりに思う、そこの心が地獄なんだよと。

迎えず送らず。その時宗を捨てよということは、過去を捨てるんだ。北条時宗はもう済んじゃったことだ。

これから北条執権が何が来るかわからないんだから、ただいまただいまに成すべきことをやればいいんだ。そして、ただ座れと言って、禅を勧めました。何にも考えない練習です。ただいまただいまに生きていく、妄念妄想を捨てる修行。

そうしましたところが、蒙古、集団戦法ですね。ジャンジャンジャンジャンかね鳴らしまして、当時の蒙古はこういう集団戦法で、長い槍ですね。こんな長い槍で、前にもお話ししましたけど、「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ」、パーンと。大砲を持っていましたから、火薬で一発ですよ。

とにかくこんな長い槍でブスッと刺されれば、近寄っていこうと思ったら、とにかく絶対的に槍の長さが違う。集団戦法でぐるぐる回ってきまし

て、大砲でバーンバーンバーン撃つ。火薬を発明していました。当時の鎌倉武士は、馬上豊かに剣を持ちまして、「やあやあ、遠からん者は音にも聞け。源頼朝、清和源氏の流れを引く我こそは・・・・・・」なんて言っている間に、ドオーン、爆発。もう、参った。

全く戦の強さが違うわけでございまして、おろおろ狼狽する中で、北条時宗ただ一人、降服するか、国を守るか。守るしかない。守るんだったら、返事は一つだ。

何の躊躇もなく、ズバッ、ズバッ。何回使者が来ても、即刻その場で首を斬った。すごい肝っ玉~と。

ふだん偉そうにしておりました、馬に乗り、剣術をしておりました者は、いざとなったら狼狽するんです。どうしていいかわからない。

北条時宗、なよなよなよなよ、女の腐ったみたいな人でしたけど、ただ、その大死一番、成すべきことは一つだ。生きるも死ぬも考えない。大死一番、やるしかない。

狼狽す鎌倉武士たちを引っ張りまして、とにかく水際作戦、とにかく船から上がってくる前に撃てばいいんだと。

そういうふうにしまして、そうじゃなかったら、こちらのほうから蒙古へ攻めてやるぞ。

それぐらいの気概を持ちまして、上皇は当時の香椎宮、箱崎神宮にお参りまして、日蓮上人は「われ国難の柱とならん」と。法華経を通しまして、日本が危機に瀕しておりますときに、それだけの叱咤激励したわけです。

その後です。その後、神風が吹いたんです。初めから神風吹いたわけじゃないんです。必死の思いで、とにかく時宗が鎌倉の武士たちをそろえまして、絶対負けるものか。だから、あのとき時宗が躊躇しておりますとやられたわけです。

神風が吹く前にやられたわけです。日本の歴史上、鉄の肝っ玉と言われる北条時宗は、この禅の大死一番、無学祖元に学びまして、これだけの肝を作ったわけです。大死一番。

この度胸がないと、いくら禅の本を見ましても、坐禅しましてもだめなわけです、人間として。

それは、過去がいくら女々しくても、妄念妄想さえなく、成すべきことをばっとやるという、これが、禅では禅機といいまして、これができておりましたらやれるわけです。損して、損して、地位や名誉や、そんなこと考えない。生きるも死ぬも関係ないというぐらいに、損して損して損と成す。

「無為にして為さざるはなし」。大死一番、北条時宗の鉄の肝っ玉が神風を吹かせたんです。

形あるものに着す心を捨てる

前にお話ししました。初めての人がいますので、復習の意味でお話しします。

あるとき、柳生但馬守宗矩がおりまして、皆さんよくご存じですね、沢庵禅宗と「不動智神妙録ふどうちしんみょうろく」の話を四週間ぐらい前にお話しましたけど。

ある武士がおりました。「こんにちは」とあいさつする。

宗矩が、「お主、できるな」

「いや、滅相もございません」

「いや、わしの目をごまかすことはできん。柳生新陰流しんかげりゅうをここまで持ってきた私、わしの目はごまかせんぞ」

「いや、滅相もございません」

「あなたは、一流一派を築いたそれ相当の剣術使いに違いない」

「いや、とんでもありませんよ。僕は、ニューヨークでね……」

「そんなことない。必ずやあなたは一流一派を築いた人に違いない。見ればわかる」

「そんなことありません」

いくら言われても、そうじゃありませんと。

柳生但馬守は、おかしい、私の目には狂いがないはずだ。「何か平常心がけていることはありませんか。もし剣術じゃなかったら、何かやっているでしょう」

「いや、特に私はございませんけれども、ただ一つ、私が毎日毎日思っていることがございます。それは何かと言えば、武士たるものはいつでも主君のために死ぬ、死ねる。そういう死の覚悟を持った武士でなければ私はいけないと思いまして、きょう一日、死んでもいい。きょう一日精いっぱい生きて、いざ死ぬといったら喜んで死ねる、そういう覚悟を毎朝毎朝決めて、お城へ通っているように努力しております。それしかありません」

「それだ!それこそが武士道の剣術の真髄なんだ、君」

「ああ、そうですか」

大死一番、例えば、「不動智神妙力ふどうしんみょうりょく』。相手の動きにとらわれてたら、自分のフォームに隙ができる。

自分のフォームに隙がないように、やられないようにと思ったら、相手の動きが見えない。相手の動きと自分のフォームだけ見ていたら、いつ斬っていいかわからないだろう。じゃあ、心はどこに置くんだ。「不動智神妙力」の中で、柳生但馬守宗矩に沢庵禅師が言っております。

一体どこへ心を置けばいいんだ。自分の形にとらわれていても、相手の形を見ていても、いつ斬っていいかわからない。それは全部に心を置くんだと。頭で考えてはわかりません。

だから、斬るとか斬らないとか、瞬間にそれができなきゃいけないんで、ああ、命がやられるなとか、防御しなきゃとか、そういう念、想念でああでもない、こうでもないと考えていたら、もう武術なんてできないんだと。

新撰組の近藤勇という人は、有名なお話、皆さんご存じだと思いますが、道場で訓練するときには、もう下っ端のやつにぱんぱん打たれるんです。

近藤勇、弱いなと。近藤勇は真剣にやっているんですよ。やっているんだけれども、いつも練習では、小手を打たれたり、面をうたれたり、胴を打たれたりして、全然だめだ。

しかし、今宵の虎徹はよく切れる。真剣を持ったときの近藤勇というものは、だれにも負けなかったんです。真剣を持って、生きるか死ぬかというときには、近藤勇ほど強い人はいなかった。

それは、生きる、死ぬと、死の覚悟を常に持っていた人だから、真剣を持たせたら強いんです。ふだん道場で練習していても、いざ死ぬか生きるか、真剣を持ったときというのは、みんなびびりますよ。こうやって、こうやって、やられるか。

あっ、そうかと。常に大死一番、死の覚悟を持ってやるときに、達人というものはそういう境地になっているんです。禅宗の剣禅一如。このあたを、剣禅一如と言われております。

そのように、日本の禅宗の中で、いろんな角度がございますけれども先天の行といいますか、そのように、沢庵なんかも、そういうことを捨てて魂の世界に生きればいいんだという簡単な表現をしておりますけれども、確かに魂の徳育はいいんですけれども、神様から此方へやってくるというものは、禅宗にしましても、あれにしましても、形あるものを捨てていって、実際に捨てなくても、境地で、そういうふうなのでもいいという気持ちでやらないとやられないんだ。

そういう境地であれば、そういう人というのは自然に備わりますから。別に地位とか名誉とか、みずから捨てて、山の中に入らなくていいわけです。そういうものに心が着するから、本質のものを得られないんですよということを禅では言っているわけです。

「学する者は日に日に益し、道する者は日に日に損す、損して損して無為と成す、無為にして為さざるはなし」。大死一番、できないことはない。こういう気持ちを言っているわけです。

達磨大師からお釈迦様のお話が出まして、第一部は随分長くなりましたけど、お釈迦様がそういう境地でやはり、死の覚悟ですね、乗り越えて、得たいと。

発端は三角関係に疲れ果てたらしいんですけど、あれだけの境地を得て、小乗仏教、大乗仏教の教え、形、そういうものにとらわれないで、本質を見ていこうじゃないか。達磨大師が禅を興しまして、命々脈々と一箇半箇の精神で残っております。

日本の禅宗は、そういう形で、形がないからこそ、いろんな本も出ますし、仏教、茶道、華道、剣道、俳句、ありとあらゆるものに同化しておりまして、道というふうなお話聞きました場合には、こういう禅宗的な要素というのが非常に大事。

こちらのご神業におきましても、一つの面です。一つの面を真理をとらえているのではないかと思います。

ちょっと長くなりましたけど、第一部のお話としまして、これで終わりたいと思います。

どうも。(拍手)