【第二章】自然は神なり(昭和59年7月28日)
遍界いまだかつて隠さず
【深見先生】それでは、謹んで道元禅師のお話を……。栂村先生はお聞きになったかもしれませんけれども、また、どのように発展するかわかりません。皆さん、道元禅師、ご存じですね。
何かやたらと難しいような、『正法眼蔵」だとか、わけのわからないような、難しいなんて言われるんですけど、難しく考えれば難しいんですけど、大きなプロセスがありまして、今、ご説明いたしましたように、禅宗は、お釈迦様の天上天下唯我独尊、ああいうふうな中から達磨大師が出まして、六祖慧能から日本の禅宗が出てきた。ここに、鎌倉時代に道元禅師という禅師があらわれました。
道元さんは考えました。「衆生本来仏なり」。はあ~。「衆生本来仏なり」と言われて不思議に感じたわけです。おかしいなと。衆生が本来仏なのに、何でわざわざ坐禅して、修行して、即身成仏するんだ。変だ。「衆生本来仏なり」。
もともと仏様の衆生が、なぜわざわざ修行して、また仏になるんだ。おかしい。
誰もそれに答えてくれなかったわけです。おかしいな、何でわざわざ本来仏のものが修行して、悟って、いや、仏になりましたと。何のための人生なんだ。もともと仏なのが、わざわざ仏になる、それだけのために一生費やすのか。どうも納得できない。
道元禅師は、このところに疑問を発しまして、いろいろと日本中のお師家さんに……………。師家というのは禅のお師匠さんです。お師家さんにいろいろ訪ね回るが、答えが得られない。
そこで、道元禅師は考えまして、そうだ、日本でいくらやっていてもいいお師匠さんはいない。唐へ行かなきゃだめだ。中国へ渡って、もっとほんとうの禅を学べばきっとこれがわかるに違いないということで、道元禅師は唐へ渡ったわけです。
当時、随一の天童如浄という、唐の中でナンバーワンといわれたお師家さんのところに、道元禅師は船に乗って行ったわけです。いよいよ唐へ着きました。唐へ着いたわけです。とうとう着いたと。着いたわけです。
そのときに、当時、日本は椎茸のおいしい国だと。それで、道元さんが着いたところに、「日本の皆さん、椎茸はございませんか、椎茸ございませんか。椎茸ありませんか」
歳をとった坊さんが来たわけです。聞いてみれば、その天童如浄さんのもとで、さっき言いました典座。要するに、ナンバー1の人はお師家さんで、その跡を継いでいるんですけど、ナンバー2の深い境地を得た人は、要するにお台所をする、お料理をつくる。
ところが、道元禅師はわからなくて「椎茸ですか?」。歳をとった恰幅のいい、いわゆる非常に修行を何十年もやっておりますという人が、わざわざ道元さんの乗っている船のところに来まして、
「椎茸ありませんか、椎茸ありませんか」
「あの~、椎茸はいいんですけど、わざわざあなたみたいな、長い間修行なさっていて位の高いお坊さんが、どうしてわざわざ我々の乗っている船なんかに来て、椎茸、椎茸なんて材料探しするんですか。お使いの人たちが来て、それでいいじゃありませんか」
そうしたところ、その坊さんは、「お主は、しかし、仏教というものを知らんのお。ハッハッハッハ」と言ったらしい。
言われまして、どういう意味だろうか。一つのショックを受けたわけです。ほんとうの仏教というものをおまえは知らんなあと一言、突いている。
それから、道元禅師は天童如浄に入門しまして。当時道元禅師は中国語がかなりよくできたらしい。よくできるので、天童如浄さんの側近にならないかと言われたくらいですから。とにかく非常に語学が堪能であったらしい。
そして入門しまして、一生懸命道元禅師は、過去の有名な坊さんたちの伝記とか言葉を勉強しておりました。兄弟子さんが、「おまえ、何勉強しているんだ」
「古人の有名なことを勉強しております」
「何のために勉強しているんだ」
「故郷へ帰りまして、これを人々に聞かせようと思って」
「人々に聞かせてどうなるんだ」
「これによりまして、たくさんの人を導きたいと思います」
「導いてどうなるんだ」
「導いて… 仏法のために尽くしたいと思います」
「仏法のために尽くして何になるんだ」
「仏法のために尽くして……」
「お主は本質がわかっておらんな」
と兄弟子さんに言われまして、道元さん切りかえしました。
「じゃあ、言葉とか文字とかというものはどういうものですか」
「言葉とか文字とかというはどういうものかって。それはじゃな、一、二、三、四、五だ」
これ、禅問答ですよ。
「そういう簡単なもんだ」
そこで道元さんが、「一、二、三、四、五とは一体どういうものなんだ」と聞くと、兄弟子さんが、
「遍界いまだかつて隠さずだ」
宇宙の真髄は、天地自然の真実は明歴々。禅宗で、明歴々とか、こういう言葉がよく出ております。見たことございませんか。
明歴々とか、露堂々なんて言います。明歴々として、森羅万象の真理を物語っているじゃないか。あらわしている。露堂々としてこの天地自然というものは真理を物語っているじゃないか。
天何をか言うや
有名な孔子の言葉にございます。あるとき、子貢という人が、孔子さんのお弟子さんでは最も弁舌爽やか、ロジカルで、理論的で、知識があって、何でも理論的にぱっぱっぱっと解明する。その子貢が孔子に聞きました。
「仁とは何ですか」孔子さん、
「天何をか言うや」天がすべて物語っている。私に聞くまでもないことだ。
「天何をか言うや」。天の言うことをそのまま、あなたは自分で体得しなさい。何でもかんでも、お話を聞けば、その理屈理論を聞いてしまうんで、「天何を「か言うや」と言いました。
今度は逆に、顔回が仁を聞きました。
「仁とは何ですか」
「顔回よ、仁というのはな、四書五経の『易経』にあるように、こうだ。
それから、『書経』にもこうあるだろう。『春秋』にもこうあるだろう。忠孝というものはこういうふうにしてやる」と。「子曰く、吾れ回(顔回)と言うこと終日、違わざること愚なるが如し」朝から晩まで、顔回がついて、君子の道、仁義礼智信の道、礼学の道を、朝から晩まで語っても、孔子はあきることを知らなかった。
どこまでもどこまでもお話をして、顔回もどこまでもどこまでも吸収しました。顔回は、道の真髄を得ようという。
顔回という人は、常に貧しいところ、あばら屋に、長屋におりまして。四畳半一間の中で、汚いゴキブリがうろうろしているような、そんな四畳半じゃございません。
汚らしい中国の長屋に住んでおりまして、地位も身分も名誉も何もなかったわけです。ただし、顔回はにこにこにこにことして生活しておりました。一体顔回は何を楽しんでいたんだ。これは、「近思録」というものの中で、一つのテーマとなりました。
一体顔回は何をにこにこにこにことして楽しんでいたんだ。地位も名誉も身分もない人間が、何が楽しいんだ。顔回は、聖人に至る道を楽しんでいたんだ、道を楽しんでいたんだと。
「顔回、三月、仁に違わず」。三月というのは、長い間です。そういう仁に違わず。顔回は道を楽しんでいたんですよということが、「近思録」に…………。
これは今の東大、その前の一高、その前は開成校、その前は昌平黌と言われたときに、幕府の藩校です。そのテキストに使われたのが、この「近思録」です。
そこで、顔回は何を楽しんでいたんだねということから、ファースト・クエスチョンが始まるわけです。顔回は、聖人に至る道を楽しんでおりましたと。ここで言うところの神人合一の道。聖人に至る道を楽しんでおりました。
これを楽しんで毎日毎日にこにこにこにことしておりましたよ。だから、こういう心というものができておりましたから、これでもない、これでもだめ、これでもないという、たくさんのことを吸収して教えましても、全部真髄を吸収する。
子貢は常に思考しておりまして、理屈で理論で、弁舌爽やかだったんですけれども、その言葉の奥の真髄を語らないから、孔子は、「天何をか言うや」と。
天がすべて物語っているじゃないか。みずからで体得しなさいということを、ぱっと跳ね返している。すばらしいですね、孔子のこの受け答えは。
禅をするその姿が仏性の発露
そのように、明歴々、露堂々と、天地自然というものは真理を物語っている。遍界、天地自然、遍界いまだかつて隠さず。真理というものを隠したことはありません。
明歴々としてあらわしているじゃありませんか。何で、言葉とか、本を読んで体得することがあるんだねという。兄弟子さんがこの言葉を道元に言いました。
「はあ~、今まで自分の考えていた、一生懸命努力して悟りを開いてというのと随分違う」
こうして道元禅師は、最終的に七年修行いたしまして、日本へ帰ってきたわけです。
道元さん、七年間も修行して……………。これは有名ですから、皆さんご存じだとしょうぼうげんぞうずいもんき思うんですけど、『正法眼蔵随聞記」の中で言っております。
あるとき、道元は風邪を引きまして、坐禅を一生懸命したけれども、もう風邪引いて、「休んだらいい、風邪をこじらせて病気になっちゃうよ」
「いいんだ。これでもし風邪をこじらせて病気になるぐらいだったら、ここで死んでいい。命がけで自分は求めてきたんだから、このままでいいんだ」
雨の中をそのまま、風邪を引いて三十九度か四十度かわかりませんが、やりまして、それから、ぴたーっと風邪も治りまして、坐禅坐禅で努力して、「ああ、日本から来た立派な人よ」
天童如浄さんも非常に褒めたぐらいの人でございました。そういう修行をしまして、帰ってまいりました。
道元禅師は、七年たちまして、ある人が、「道元さん、七年間も中国であなたは勉強なさいましたから、さぞかし立派なことを勉強なさったでしょうね。一体何を勉強なさいましたか」
「私は、何も持たないで中国へ行きまして、何も持たず空手にて帰りぬ。何も持たない、空手で中国へ行きまして、空手で帰ってきましたよ。ただ一つだけわかったことは、太陽というものは東から出て西へ沈む。目は横に、鼻はまっすぐだということがわかりました」
有名な文句です。「眼横鼻直」。眼は横、鼻はまっすぐだと。
もっと皆様よくご存じなのは、「柳は緑、花は紅」。柳は緑、花は紅、当たり前のことです。
柳は緑のままで、遍界いまだかつて隠さず、明歴々と真理をあらわしているんだ。花は紅のままでいいんだ。そして、そのままですべてのものを物語っているんだ。これを読み取れなきゃだめなんだ。天地と一体となっているんだよ。
そして、道元禅師は、最初に抱きました疑問、「衆生本来仏なり」。本来仏である衆生が、なぜ修行してわざわざ即身成仏しなきゃならないんだというところに至りまして、彼は悟ったわけです。一言で言いますと、修行するということと、ああ、悟ったと、刻々と菩薩であるということが一つですと。
はっきりと区別しますと、臨済宗は、「坐禅というのは手段だ。坐禅を通して、坐禅をすることによって、公案を乗り越して坐禅を組むことによって、即身成仏するんだ」と。さっき言いました。お釈迦様の本質的なものでなく、手段だと。
ところが、道元禅師は違うんです。曹洞宗は、「坐禅は目的なんだ。坐禅すること自体が目的なんだ」と。どういうことかと言いますと、只管打坐。只管というのは、これはひたすらという意味です。ひたすら坐る。打坐というのは、端坐。ただ坐る、ひたすら坐る。何のために坐るか。坐らんがために坐るんだと。
なぜ山へ登るんですか。そこに山があるからだと。目的を持って山へ登ったから名前が出て、それで努力するんじゃない。登らんがために登ると。
山の男につきましては、頂上に登るということが目的じゃありません。頂上へ登るまでのプロセス、苦しいけれども、これを装備を整えまして、嵐の中をこういうふうにテントを張りまして行くと、その一刻一刻というものが、山登りの極意でございまして。
禅というのは、そのように、もともと本来仏の者が修行して仏になるんじゃないんだ。坐禅しよう、坐ろう、そう思っているその心。坐禅をしているその姿、それがその人の仏様の部分なんだ。それがその人の仏の姿なんだ。
だから、坐禅をなさんがために坐禅する、それが目的なんだ。それがその人の仏様なんだ、その姿そのものがありのままの自分なんだ。「柳は緑、花は紅」であるごとく、人は坐禅する。何のためかというと、為さんがために為す。別に目的はない、という境地です。
だから、修行するということと、それを一つ一つ証で悟っていくということは一つですと。
つまり、どういうことかと言いますと、悟りといいましても、前にお話ししました白隠禅師、「我、大悟徹底すること七度、八度」。ああ、悟ったというふうな大悟徹底。七度、八度ありました。小さな悟りはもう枚挙にいとまなし。何度でも何度も悟りました。
悟りの境地というものは、無尽蔵に深くなっていくんです。一枚悟り、二枚悟り、三枚悟りといいます、
禅では。そして、愛情も、愛情といいましても、より大きな愛情、より大きな大きな愛をもって物を見ていく、これは無限に大きく広がるわけです。それから、愛情といいましても、大きいだけじゃなくて、より濃やかに、より繊細に、人間の愛情というものを大きく繊細に、悟りを深く広く、このように無尽蔵に永遠に続くわけです。
だから、これでいいということはないんだ。即身成仏という形で、ある程度悟りを開いても、さらにもっと境涯が上の人、さらにもっと境涯の上の人が、いくらでもあるんだよ。
ですから、これは永遠に続いていくものなんだ。終着点というのはないんだよ。だから、そのプロセス、そのプロセス、それに向かっていこうとする、
その姿、それがその人の仏様の発露なんだ、姿なんだ。鳥が空を飛ぶように、柳が緑であるごとく、花は紅であるごとく、人はそのプロセスが目的であり手段で、一つなんだよということを、道元禅師は悟ったわけです。
仏性の発露ー親鸞の場合
これを例えばどういうことかと言いますと……。
あるとき、法然上人のもとに、親鸞という人が善信という名前を名乗ってお源信の「往生要集」。地獄の有り様はこうだ、極楽はこうだ、殺生する人間はこんな地獄へ行くんだということで、非常に図解でクリアに出しまして。
ある人は、あっ、こんな地獄へ行くのは嫌だから、努力して仏様を信心しよう。来迎如来様に言えばいいというので、今平等院鳳凰堂ありますが、藤原道長が何とか浄土へ行きたいからというので、その来迎如来のところに糸をつけまして、これを持ちながら死んでいったというお話が残っているぐらいです。
平等院の鳳凰堂。修学旅行で行った人は聞いたと思うんですが。
しかし、もともと猟師とか、山の中でイノシシを殺すとか、ウサギを殺すとか、あるいはイノシシ鍋も、元祖イノシシ鍋の日高屋旅館なんていう経営者は、おれはもう仕事柄殺生しなければいけないから、どうせおれは地獄なんだ、もうあきらめ切っちゃっている。
こんなことでいいんですかと、親鸞上人は思いまして、六角堂へお籠りしました。
百日祈願をいたしまして、九十五日目に六角堂の・・・・・・、聖徳太子が作られたというところですけど、聖徳太子が夢の中にあらわれまして、ご神示で、「おまえの行くところは、これから浄土宗、法然上人のところにおまえは弟子入りをして修行しなさい。だから妻帯をしなさい。汝の妻となって、観音は一生おまえの悲願を成就するまで守ってあげよう」。
それで、わかったと決心しまして、奥様も持って妻帯することになったわけです。
ですから自分をほんとうに浄土真宗、教えていく浄土の教えを導かれたお師匠さんは、法然上人だと。これは、まさしく間違いない。
しかし、私にほんとうに今必要な浄土真宗の教え、正しい道に導かれたのは、霊的には、聖徳太子さんなんだ。聖徳太子さんを通した観音様なんだということで。
ところで、ある時、この善信が、兄弟子さんに聞きました。
「善信、おまえの言う、君の言う南無阿弥陀仏と、法然上人のおっしゃる南無阿弥陀仏と、どちらが尊いか。同じか同じでないか。おまえ、どう思う?」親鸞、そのときの善信は、「いや、私は法然上人のおっしゃる南無阿弥陀仏と私の言う南無阿弥陀仏は同じだと思います」と。兄弟子は言いました。
「いや違う。おまえが言う南無阿弥陀仏と法然上人の言う南無阿弥陀仏は、南無阿弥陀仏は南無阿弥陀仏でも値打ちが違うよ」
「いや、私は同じだと思います」
「いや、値打ちが違う」
「そう言うのなら、一度お師匠さんに聞いてみよう」
法然上人に聞いてみよう、本当はどうなのか聞いてみようじゃないかというので、兄弟子と善信、親鸞は、聞きに行きました、法然上人に。
「お師匠さん、今こういう話をしておりまして、お師匠さんの法然上人のおっしゃる南無阿弥陀仏と、この善信の言う南無阿弥陀仏は同じでしょうか。私は値打ちが違うと思うんですけれども、どうでしょうか」
そのとき、法然上人はこのように言いました。
「うん。結論から言えば、私が言う南無阿弥陀仏も、善信の言うところの南無阿弥陀仏も同じだ。
なぜ同じかと言えば、南無阿弥陀仏と手を合わせて祈る心、南無阿弥陀仏というふうに手を合わせて阿弥陀如来を拝する心、拝む心は、これはみんな阿弥陀如来様から来る心なんだ。
自分で拝んでいるように思うけれども、そうじゃないんだよ。南無阿弥陀仏と言おうというその心は、ことごとく阿弥陀如来様から来る心なんだ、その心は。
だから、南無阿弥陀仏と念仏を唱えるだけで救われる。南無阿弥陀仏と念仏を唱えるだけで阿弥陀如来様から来ている心だから、如来はたちまちのうちに来て下さる。阿弥陀如来の本願は、いかなる人も禽獣虫魚に至るまでこれを救おう、西方浄土へ救おうという本願、悲願があるからだ。
だから、善信の言うところの南無阿弥陀仏も私が言うところの南無阿弥陀仏も、いずれも阿弥陀如来から来る心なんだということにおいて同じだ。全く同じですよ」
法然上人は答えたわけですね。有名な言葉です。
ですから、親鸞上人は、このように言いました。「たとえ法然上人にすかされまいりて地獄に落ち候えども、いささかも悔ゆるところなし」と。
親鸞上人は、「例えば私が法然上人を信じて、私が法然上人に「すかされまいりて」、騙されて、ごまかされて、例えば極楽に行けますよと言われているのに、南無阿弥陀仏と言いながら私が気がついたら地獄へ、例えば法然上人にだまされてい落ちてしまっても、いささかも後悔するところはございません。
いささかもゆるところはございません。これで結構です」。それだけの悟りがあったんです。
つまり、人間を見て信じているわけじゃないんだ。法然上人を通して導かれた聖徳太子様、阿弥陀如来の道というものを通して信じたのであって、人、人間を信じて、自分は来ているわけじゃありません。
そして、そうして信じた人だったら、例えばそれが間違って自分は地獄へ落ちても、喜んで参ります。これだけの信念を持っていたわけです。「たとえ法然上人にすかされまいりて地獄に落ち候えども、いささかも悔ゆるところなし」。すばらしいです。親鸞上人の透徹した信仰力というのは。
このように、善信、親鸞上人は、この二人のお話でわかりますように、南無阿弥陀仏という心は、阿弥陀如来から来る心なんだ、と。これと道元の只管打坐。
坐ろう、悟りを開くか何かわからないけど、とにかく坐禅をしよう。本質的なものを得ようと思って、目的ですよ。こうして即身成仏になるためにと、そういうふうな頭の中で目的意識を持ってじゃなく、ただ坐る。坐ろう。それがみずからの仏様から出る姿なんだ。出る心なんだ。同じです。
親鸞上人がそのように言った言葉と、道元禅師が言う只管打坐という境地は、こういうところにおいて等しい。
これは、神道で言う、植松先生がいつもおっしゃるように、みんな、御魂というものは再生転生を繰り返しまして、そして、御魂磨き。
御魂を磨くために生まれてきているわけです。御魂を磨くってどういうことかといいますと、喩えて言うならば、これです。より大きな悟り、より大きな愛、行動、実践、御魂を大きく立派にしていくために、生きているからこそできるのでありまして、死ねばそのランクで終わっちゃうわけです。
