老祖様の教えー平・静・黙
道元禅師の言葉をもう少し続けますと、そういうふうに道元は、修証一如、只管打坐ということを言いまして、坐禅、公案というものを手段にしておりました臨済宗というものを一歩進めまして、高い境地に入っていったわけです。
簡単に言いますと、道元禅師というものは、こういう形の世界を見ている。
これから言いますと、前にもお話しましたように、これを老祖様の教え、前に説明しました。人間の悟りのランクにも、道元のおっしゃったことのすばらしさというものを全く別な角度でちょっと見てみたいと思います。
人間の悟り、境地といいますものは、平、静、黙と三つのランクに分かれる。これは老祖様の教えです。北辰の教え。
平というものはどういうものか。
最初、臨済宗といいますものは、この平。平常心。「平常心是道なり」と。
前にもお話ししたかもしれませんが、江戸千家、川上不白という人がおりました。
この人は、千家の代々の教えから江戸千家というものをつくった人なんですけれども。植松先生も、江戸千家、それから一茶流の看板も持っております。この川上不白さんという人の奥伝を伝授するときに、こういうお話がございました。
ただいまから、とにかく川上不白公がいよいよ千家代々の奥伝を授かるということで、当時はスポンサーがおりまして、幕府の大名さんとか、それから大店の若旦那とか、大店のだんな様。問屋さんとか、お店の大きなお金持ちにいろいろスポンサーがいました、茶道の。
「川上不白公が、いよいよ千家の家元さんから茶道の真髄を授かりますので、どうぞ、ぜひ、ご寄附をお願いいたします」というので、金何貫、銀何貫、物何反、帯何反、有名な茶器幾つ、金銀財宝をスポンサーから集めるだけ集めまして、自分の持っている財産を全部注ぎ込みまして、献上いたしまして、「どうぞ、千家代々の極意を伝授してください」。
川上不白公が、茶道の方式にのっとりまして、そのように出したわけです。千家代々の家元は、このように言いました。「わかりました。じゃあ、何月何日に川上不白公に千家代々の茶道の真髄を伝える」と。
その日がやってまいりました。川上不白公、それでは、ただいまから川上不白千家代々の茶道の真髄、千家の本質、真髄を授けるということで、お師匠さんが中へ入ってきました。川上不白公がその後についてまいりました。
ぱっとその茶室に入りましたら、家元さんはぴしっと坐っておられます。茶室を見てみますと、お掛け軸が裏返っていた。
川上不白は、ぱっとそれを見て、ごく自然に立ちまして、ごく自然に歩いていきまして、ごく自然にお掛け軸を表に返しまして、もとへ帰ってお辞儀した。
「ただいま千家代々の奥伝を川上不白に伝授した」
たったこれだけなんです。これだけのために、金何貫、銀何貫、絹何反、茶器幾つと財宝を積みまして、たったこれだけを悟るために奥伝。つまり、平常心。「あっ、お掛け軸が歪んでいますね」なんて言いません。(笑い声)
「何だ、これだけか」と言いません。お茶というものは、形を通しまして、最終的にはごく自然に、ありのままの形を、ありのままのように、ごく自然に、不自然なものを自然に返っていく。これが本質なんですよということを教えているわけです。
「要するに平常心ですよ。来たときに、こういうふうにこうすればいいんですよ」と言えば、何だそれだけかというので全然重みがない。
平常心って、文字や言葉で言えるものじゃないでしょう、奥伝というのは。川上不白公が堂々として、それでもっていって、ごく自然に平常心でそれをしたのを見て、「うん、成就した」と。
たったこれだけのお話の中に、茶道の真髄、境地の真髄、平常心、平の境地。右に左に揺れないでしょう。いかなることがあっても平常心。
普通、狼狽しますよね。あれだけ金銀財宝を積んで、寄贈されて、すっと入ったら、お掛け軸がこんなにしている。え?なんて、ね。それだけです。例えば平常心というものはそういうものですよと。茶道の真髄。「平常心是道なり」ということが、「無門関』『碧巌録」に出ております。
「静」の極意を極めた諸葛孔明
平常心になるまでが大変なんですが、さらにその次は、静の境地。今度は、平常心が極まってまいりますと、波風が立たないというよりも、静かになるんです。
いかなる動きがあっても静を保つ。「動中の静」というのが白隠禅師の言葉でございました。大分前に話しました。坐禅で静かな気持ちになるのは誰だってできるんだ。
しかし日常生活の動きの中で、この静状、静かなることを保つのは、「動中の静は静中の静の百万倍難しい」ということを白隠禅師が言っている。
この静の名人だった人はいろいろと過去ございますけれども、一番有名なたとえで言いますならば、前にもお話ししましたように、昌佐神、別名諸葛孔明。
有名です。この諸葛孔明という人は、静の名人でした。いかなるときにも静の境地。いかなるときにも静の極意を体得しておりました。有名なお話で、「開城の計」というのがございます。これはどういう話か。
あるとき、諸葛孔明がおりまして。昔の中国のお城といいますのは、日本ですと城下町があるんですけど、中国はそうじゃない。全部囲いがありまして、この中にお城があったり、家があったりして、一つの城の中に民家が一緒に住んでいた。
ここに南大門とか西大門とかね。焼き肉料理なんかもこのあたりでやっているのか知りません。南大門とか、こういう形でした、中国のお城は。あるとき、諸葛孔明の軍勢が敵軍のところへかあっと向かっていきまして、お城は諸葛孔明以下、年寄りと子供、老人、女、子供が何人か、若干名いるだけで、見張りがいたわけですけれども。
そのときに、間が悪いことに敵軍がやってまいりました。何万騎という敵軍が諸葛孔明の本陣に向かいまして攻めてきました。物見櫓から見ておりました兵は、あっ、すごい軍勢がやってきた。
今我が軍は全部出払っていて、諸葛孔明以下、老人、子供しかいないのにどうしようと狼狽いたしまして、諸葛孔明のところへ行きました。
「諸葛孔明さん、どうしましょう。全部出払っているのに、このままじゃあ全「滅は免れません」
諸葛孔明、常にこういう蓮台に座っておりまして、常にうちわで、冬はやっていなかったかもしれませんが、こうやってにこにこにこにこ。「あ~、そうですか」。ハハハと笑ったかどうかわかりませんが、静かです。
常にいかなるときにも動揺しない。静寂を保ちまして、心に波風が立たない。その報告を聞きまして、普通だったら、「えっ、えっ、えっ」なんて驚くんですが、諸葛孔明、平然として、「そうですか」。うちわを扇ぎまして、お話を聞いている。
「わかりました。それでは、今から宴会を開きますから、老人、子供たちはお祭りの最高の衣裳を着なさい。おまえたちも、皆さんも、最高のお祭りの衣裳を着なさい。あるお酒は全部出しなさい。
お祭りやぐらの音楽も全部鳴らしなさい。にぎやかにデコレーションして、東西南北の門を全部開け放ちなさい。「大丈夫です」という形で、諸葛孔明は命令しました。みんなよくわからないまま、諸葛孔明さんがおっしゃるんだからというので、みんなお祭りの準備をしまして、そこで飲めや歌えや、どんちゃん騒ぎする。
子供もお稚児さんするか、女の人でしたらサンバの衣裳かわかりませんが、とにかくお祭り騒ぎで、酒を飲んで楽しそうに踊った。諸葛孔明は、相変わりませず、うちわをこう、にこにこにこにことしている。戸を全部開け放つ。
そのとき、敵軍がダッダッダッダッダッダッと押し寄せてまいりました。門の近くに来ました。入ってきました。
「あれ?門が開いているじゃないか」
「どうしたんだ。あっ、諸葛孔明があそこにいる」
「あれ?何だ、このお祭り騒ぎして」
「変だなあ、これは。何か諸葛孔明ほどの人物が、戸を開け放して、こんなお祭り騒ぎをする。必ず何か落とし穴、トリックがあるのに違いない。このまま進んでいったら、必ずあいつの術中に落ちるに違いない。これは一目散で逃げたほうがいい」というので、ざあーっと全軍引き上げました。
これが有名な開城の計という。諸葛孔明のいかに静の極意を極めていて、鬼神百出、神も驚くばかりというふうに言っています、諸葛孔明の知恵は。
平常心を通り越しまして、静かな心でいかなるときにもやっているわけです。静の極意を諸葛孔明は体得しておりました。有名な開城の計です。
このようにありたいです。会社経営も、コンサートのときも。ああ、そうですか。(笑い声)何にも演奏しない。Tさんほどのこと、何かあるのに違いない。(笑い声)切符がどんどん売れる。いかなるときにも静。
平極まりて静、静極まりて黙
これが二の境地でございまして、三番目が、この「黙」(板書)。これは、鳥とか魚とかを考えてみてもいいんです。
鳥は、「おれ、何でこんなスズメなんかやらなきゃいけないんだろう。朝から晩までやって、人の庭へ行って、これついばんで。ツバメだったらもっと遠いところへ飛ぶのに。おれ、スズメなんか嫌だよ」なんて言っているスズメないですよ。
アリは、「朝から晩まで、おれが一生懸命走ったって何メートルだろう。いいなあ、ハチは羽があるから」。
ブツプツプツプツ言いながらやっているアリなんかいないです。アリはアリなりのありのままに生きようとしたアリはありのままだった。
ハチもそうです。イヌも、猿も。猿は猿なりに、ハチはハチなりに、鳥は鳥なりの習性がありまして、本能がありまして、別に、「おれって、何で空を飛ばなきゃいけないの」。
トンビが回りながら、「ばかなことやっているよ、おれ「は」と言いながら、トンビが自分で自殺するなんていません。
思考能力、考えることないわけです。ただ、黙々と、スズメはスズメのように、アリはアリのように、魚は魚のように、花は花のように、黙々と天地自然の法則にのっとりまして、鳥は鳥の一生を送っているわけでしょう。
このごとく人もやれる。これが黙の境地です。平極まりて静、静極まりたら黙。静かになり、黙々とただやっている。
「柳は緑、花は紅」という。道元禅師のこの言葉、「遍界いまだかつて隠さず」。明歴々と宇宙、真実をあらわしています。この境地というものは、黙です。
黙々と人であるごとく、只管打坐。ひたすら、わけもなく。何でだ、何でだと言わないで、ただ坐っている。この境地を言っている。これは、臨済宗の平常心から、静、黙。これだけ道元禅師の境地の上におきまして区別しますと、進歩があるのではないかと。
自然は神なり
この道元禅師の話だけではあれでございまして……..。「柳は緑、花は紅」。
これを西谷さんとよくお話ししていました。「自然は神なり」。これは、植松先生に神様がおっしゃいました。
先々週はただいまに生きる。ただいまに生きるというあらゆる教えというものを、禅宗にしましても、経済にしましても、「君子はその位に素して行い、そのほかを願わず」。
観音のお話。位に与えられました、お父さんとか、お母さんとか、会社とか、地位とか、名誉とか、その位に即して行えということで、ただいまに生きるという簡単な言葉の奥には、何通りにも何通りにも深い意味がありましたということで、先々週の講義の中で、ただいまに生きるということがございました。
それと、今度は、まさしく劣らないぐらいに、一つの大きな神法。理論的なものじゃなく、「自然は神なり」。非常に短い言葉でございますけれども、いわば、ここで言うところの四次元の霊障とか、地縛霊がどうのこうのとか、もちろんそれもあります。
しかし、それは意思想念の世界、念の世界です。
例えば、残念だあと思って死んだ人は、その念が残っています。十年前に植松先生、霊界修業しておられましたけど、そのときに霊障が出てきまして、平家の落武者が、こちらのほうからこちらの川へ渡っていこうと。
何とか逃げていこうと、平家の落武者、源氏の追捕から逃れまして行こうと、川の中で息絶えて死んじゃった。七百年間泳ぎっ放し。あの向こうの岸へ渡るんだ、渡るんだと思いながら死んじゃったわけです。だから、そのまんま七百年続いているんです。
「君、あなた、もう死んでいるんですよ」ということがわからないまま、残念という念が続いていきます。ですから、そういうものを扱っていく。それはそれなりに苦しみもありますし、解決しなきゃならないこともあるんですけれども、神様というのはそういうことじゃないんだと。
ですから、この「自然は神なり」という言葉を今からもう少し分析していきますと、「柳は緑、花は紅」。明歴々として遍界いまだかつて隠さず、真理を明らかに出している。
この自然というものは、すべての法則、美しさ、神ですよと。何々の神様とか、何々如来さんとか、そういう次元もあります。そういう世界もあります。しかし本当は、この天地自然というものを……。
宇宙飛行士、ありますね。アポロでお月さんに行きまして、帰ってくるときに、「宇宙の霊魂というものを感じました」と。宇宙飛行士で宇宙へ行った人は、その後、クリスチャンになった人がたくさんいるんです。
ほんとうに宇宙飛行士で地球を離れて、ぐるぐるぐるぐる回った人というのは、宇宙の神秘というか、なぜ地球はあるんだということを、何かぴーんと感じるものがあるんでしょう。そして、クリスチャンになった人がたくさんいます。
お月様とか、太陽とか、自然の運行を見て、人間の人智では考えられないような霊魂という、魂という意味ではなくて、目に見えないスピリッツ、宇宙の意思、地球を動かし、生成化育しているところの意思というものを皆感じる。
文字や言葉を乗り越えて、地球の姿を見て、じぃーん。何とかという、宇宙飛行士の名前を忘れましたが、これを「宇宙霊魂とか、地球霊魂を感じました」というふうに言って、敬虔なクリスチャンになっている人がいます。ですから、自然というものは、まさに神秘の神の創造芸術なんだと。
祭りは「間釣り」
日本の神道というのは、自然そのものが神様だと。それからできた食べ物がありがたいなと。春の田植えのときに春のお祭り、ああ、収穫ができました、神様ありがとうというので秋のお祭り。鎮守様でお祭りするわけです。
そして、天皇様が、大嘗祭といいまして、食べ物とか、そういうものは全部天照大御神様の太陽の恵みによりまして出来ました、ありがとうございましたとお祭りする。
祭りというものは、人間と神様の間を釣り合わす(板書:間釣り)と、神道の言霊で言います。
あるいは、真に釣り合う(板書:真釣り)と。神様と人間の間を釣り合わせて、「ああ、神様ありがとう」「うん、よしよし。おまえたちも頑張ったな」、これが祭りです。祭り合わせ。自然と一体となっているわけです。
そして、その真に釣り合った後で、直会というものがあります。直会というのはどういうものかといいますと、どこかの祭典で、儀式で、ミカンとか、リンゴとか、お供えしますね。
その後、全部教会が全部とっちゃう。後で、明日のお昼にしようなんてことしません。神道では、お供えは、真心を持って、ありがとうございましたと表現するわけです、形で。
ですから、祭りにも幽祭と顕祭というのがあります。幽祭というのは、どういうことかといいますと、キリスト教です。
だから、黙って、「天にまします我らの父よ願わくば御名の尊ばれんことを。御国の天にあるごとく地にもあらしめ……………」なんていう、あれです。
Aさんが学生時代にいつも学校でやっていた。静かに心の中でやるんです。顕祭は、カソリックのこういうふうな、大きなロウソクがぱっぱっぱっとつきまして、何回も何回もお辞儀してやる。
神道というものは、形であらわしますけれども、顕祭のようですけれども、そうじゃなくて、顕幽一致したお祭り。
例えば、祝詞では、「海川山野の種々物、横山の如く置き足らわして……」ということが祝詞にございます。「海川山野」って、山の物。例えば、椎茸とか、大根、野の物です。
海の物は鯛とか。鯛がなかったら、もうジャコでもいいんですよ。昆布でも。貧しいんだったら貧しいなり、お金があるんだったらお金があるように、こんな大きな鯛をばあーんと買うとか。
椎茸十ダースとか、どっと。とにかくいろんな山の物、野の物、海の物。海川山野の種々物。さまざまなものを横山のごとく、ありがとうございましたという形で出す。
それは、形に一つのお玉串とか、物というもの。お祭りというのは、形にあらわしまして、心の幽の部分を隠して。ですから、祈りというものは幽の世界です。
言霊でいいますと「意乗り」(板書)です。これも植松先生に教わったことですけど、意を乗せる。意乗り。悪い祈りもありますけど、「ああ、ありがとうございました、神様」。
海川山野の種々物を横山の如く、意を乗せる。これは、顕幽一致したものだと。キリスト教のように、心でわかっておけばいいんだ、内面的に祈ればいいってもんじゃないんです。
言霊に出す。祝詞というのは、言霊に出しまして、神様に、そこに神様がいらっしゃるごとだから、守護神さん、守護霊さんにお話しするときには、お腹の中でただ黙っているよりも、「ありがとうございました」と言霊に出すんです。祝詞を通しまして、「海川山野の種々の味物を横山の如く置き足らわして、大神の尊き熱き御魂の恩頼のまにまにて、我らが日々あがない致す誠を見そなわせ給いて、 生業弛むことなく、家門高く富栄えましまさんことを、恐み恐み乞い祈み願い奉らくと白す~」と言って……。
貧しい人ですと、昆布だけでもいいんです。それからジャコ一匹でもいいんです。ジャコと、とにかく野の物で椎茸一かけら。
顔回さんのように、お金もなく、貧しい人は「たったこれだけしかありませんけれども、どうぞ、海川山野の物、横山の如く・・・・・・」と、そういう気持ちで出すわけです。
そうしたら、神霊界にはそれだけの大きなものでばっと映るんです。神様は受け取るわけです。お金がたくさんあるのに、海川山野の種々を横山のごとく、気分だけでいいやと。それで、ちょこっとしたら、神様はよくご存じだから、全然感応しないんです。
自分にできる精いっぱいの真心を込めてするということを形に乗せて、目に見えないものを託して出す。顕幽一致。日本の祭りは、顕祭と幽祭とイコールでなきゃだめなんです。
本当にありがとうと思うんだったら、形にあらわれるだろう。形だけやっておけばいいってもんじゃないんです。
形だけやっておけばいいってもんじゃない、真心がこもっていないと。これが、日本の茶道とか、華道なんかにあらわれている、日本の諸式です。日本の祭りの形態がこうなんです。
「自然は神なり」から発展しましたけれども、そういう意味で、託してありがとうございましたと言ったら、神様はそれをとっちゃうわけじゃないんです。
ありがとうという形で、神様の御社に、後で神様がぱくぱく食べていることはありません。その気持ちを受け取りまして、神様は、恩頼の御魂。
「おお、よしよし。真心を受け取りましたよ」という意味で、神様のエネルギー。恩頼というのは、神道ではこういうふうに書きます(板書)。
神様が慈しむ、真心を受け取られて、よしよしという魂の霊的なエネルギー、魂の補給です。エネルギーをたくさん与えてくださる。
恩頼の御魂を受ける。御魂の恩頼とか、恩頼の御魂という。恩頼の御魂を受けるわけです。そうすると、うわーっと何か豊かになって、楽しくなっちゃいまして、それを受け取りましたよということで、神様は、それをとらないで、その気持ちを受け取りましたら、一緒に食べようよと。神様は、恩頼の御魂を食べ物に宿すわけです。
エネルギーを、霊的な。神様の神気を。そして、神主さんも皆さんも、一緒に分けて食べましょうやというので、どんちゃん騒ぎをするわけですよ。それが、直会(板書)というんです。
これは、「なおらい」と読みます。直に会う。神様と直に会いながら、うわー、おいしいね、楽しいねという形でどんちゃん騒ぎしますね。
日本人が宴会するのは、これですよ。何かいいことがあったら、後ですぐ宴会する。
どんちゃん騒ぎ。一杯やりましょうかと。直会がそうですから、昔から。厳粛なお祭りをした後は「一杯やりまっかぁ」という形で。神様も一緒に来て、「うれしいな、楽しそうに、よしよし、よしよし」ということで、どんちゃん騒ぎしましたり、飲んだり、食べたりして。海川山野の種々物を、やれる範囲でやったやつを、それをとらないで、よしよしという恩頼の御魂を与えまして、みんながそれを食べるわけです。
「おいしかったな、よかったな、きょうのお祭りは」。神様も、そばにいまして、一緒に飲んで楽しんでいると。直に会う。
そのときに、人間と神様というものの間隔がなくなりまして、真に釣り合う、間が釣り合う、だから祭り(真釣り・間釣り)だ。その後に、直会というものが日本には昔からあるわけです。このあたりが、神様と人とが非常に接近しております。それが日本神道のあり方。
