権現様には激烈にお願いする33 言霊の運用に変化を持たせる
三番目は三宝荒神様とか蔵王権現様です。物質次元にもっとも近く現れてくるのが、権現様であります。権現というのは、仮に現れてきたという意味です。
神仏習合のときは、本地は仏様なんですが垂迹として出てきたのが日本の神様だということで、仮に現れたということで権現という言い方するんですけど。
実際はこの権現様というのは、霊界、心の世界に一番近い。肉体の次元と心の次元に一番近い形で出ていらっしゃいます。
ですから権現様というのは、そういう意味でパワーがあるんです。蔵王権現、熊野権現、箱根権現。あるいは三宝荒神様もそうですし、三面大黒天様も、権現様のジャンルです。
仏様ですが、メイド・イン・ジャパンの仏様、そのジャンルと考えていいです。
この権現様のときには、ろうそくを灯します。ろうそくの炎と水があります。この水気がフワーッと出てきまして、火気がパーッと出てきます。火の気と水気を両方出しますので、物質次元に近くなる。
水気と火気がうまくバランスを取りますと、強い、物質次元に顕現する力が出てくるんです。だから、強いんですよ。ですから、動物霊とか天界の魔物を祓うのに、この権現様が一番強い。
例えば頭がくちゃくちゃしたり、心がああだこうだというときに、この方に具体的に申し上げれば、動物霊とか天界の魔物が祓われるんです。
産土の神様には、今言いましたように、相手もよし、こちらもよしなんていう一つのキーワードが神様の位ですからあったんですが、権現様はもろにお願いしていいです。
「今月末までに、なんとか二千万が入りますように」とか「今月末までにこうやって救ってくださいませ」と。「私もこう思いますけれども、ぜひ、こういう形でやっていただければいいかと存じます」と。
ありのままにお願いするわけです。「もし違っておりましたら許してください」と。我と慢心があっては駄目ですが、権現様はこういう形でありますので「力を与えてください」と。
「こうしなければご神業ができない」と。これはもうどこでも通用しますから、「そうか」と、必ず聞いてくれます。
ですから、ろうそくを灯しまして水をあげますと、一番体がふらふらしたり、霊障でやられましたり、動物霊でやられたり、天の魔物でおかしいなというときに、ろうそくと水を灯しまして、とにかく権現様に激烈にお願いする。
激烈に激烈に、激しくグーッと。
そうすると激しくグーッと返ってきますから。そういう次元ですから、そういうふうに出るんです。私が荒神さんのところに行くと、よくお辞儀をぺこぺこぺこぺこしてますね。
私のお参りするときには、こういうふうな御神前でやる場合もありますけども、どういうわけか、ぺこぺこぺこぺこお辞儀してるでしょう。
皆さん見たことあります?こうやって、ぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこぺこ、何をやってるかと言いますと、ここから言霊を出してるんです、言霊を。
もう頭じゃない世界から、要するに御魂のところから、どんどこどんどこ言霊を絞り出しまして。言霊を絞り出しながら、自分の言葉を出しまして。
言葉を出して、御魂から振り絞りまして、心の中にぐちゃぐちゃしているものをスパーッと挟みうちにしてしまうんです。霊障がかかりまして、心の中にせりふが出てくる場合があります。
もちろん心の見たり聞いたりしたことが出てくるんですが、こういう天の魔物とか動物霊とか霊障が入りますと、もう自分じゃないと思うんだと思ってても、そういう言葉がどんどこどんどこ、途切れなく出てきます。
疑心暗鬼、内部分裂。それから否定的、消極的、批判的。
それから文句と愚痴、こういうせりふが、もうウワーッと心の中に出てくる。霊の次元で見れば、動物霊とか霊障とか天の魔なんでしょうけども。
そういう時は、どんどんどんどん、こういう形でこうだと、ぺこぺこぺこぺこ言いながら、権現様に、私は激烈にお願いするんです。
「本日もご守護いただきましてありがとうございます。本日もお台所の家計を守護いただきまして、ありがとうございます。三面大黒天さん、またお客様をいただきましてありがとうございます」
「蔵王権現さんは地上のあらゆる智恵正覚をお持ちで、降魔調伏の威神力をいただきましてありがとうございます。蔵王権現さん、蔵王権現さん、あなたは降魔調伏の威神力で、役行者さんが日本の国よ安かれと、日本の国を守りたまえと言ったときに、パッと異様な形をして現れた権現様でございましょう。降魔調伏の神様でございましょう。ぜひぜひ私の中にいる魔を調伏してください。お願いします、お願いいたします」
と言って、同じこと何度も言うわけです。
「ぜひ、ぜひぜひ、降魔調伏の威神力を発揮して、剣を持ってるんだったら、めっためったに切ってください。筋肉隆々の筋肉マンみたいなパワーがあるんなら、ガチガチガチガチッとひねりつぶしてください。
私の中に、心の中に巣くっておりまするこういうものを、ことごとく全部つぶしていただきまして、すがすがしく神様の御用ができますように」と。もう、必ずこのキーワードを入れるんです。
「必ず神様の御用ができますように、どうぞお力を与えてください。今、こうしようと思っておりますので、どうぞ与えてください」
毎回お願いするときにはお礼からいくんですけど、そうやって、こうやって自分の体を振りまして、お腹の奥から言霊で、権現様に激しく自分を出していくんです。
言霊の運用に変化を持たせる
音楽でも激しいところがありまして、なめらかなハーッというところがあります。起承転結ですね。いい音楽でも、優しいばかりではワンパターンですし、激しい音楽ばかりですと飽きてくる。
いろいろな激しいところもあったり、優しいところがあったり、たらたらたらたらする部分があったり、びっくりするようなものが出てきたり、非常に静かな音があったり。
起承転結がございまして、音楽というものは魅力的なわけです。
ですから、この言霊秘法でもワンパターンになっては駄目なんです。働きの次元が神様も違いますし、具体的な神様の役割が違うわけですから。
あるいは丁寧に親しく語りながら、あるいは具体的に厳かに語りながら、今度は激烈にバババッと語りながら、今度は静かに語りながらというふうにして、自分の言霊の運用の仕方を歌を歌うときのように起承転結を作る。
そういう変化を持たせないと駄目です。このあたりがワンパターンですと、法力というか神力というのが、どうしてもワンパターンなパワーしか出てこないわけです。
そのように言霊というのは、自分がそういう言葉の言い方とか、せりふになりますと、そういう気持ちが出てきます。
ウワーッと激しく言いながら、自分の魂を揺り動かしているんです。自分の言葉、言霊で、自分の魂を揺り動かしながら、その言霊に、魂の乗った言霊に神様が出ていらっしゃる。
神様が出てくるから、自分の魂が余計に燃えはじめる。
もっと激しい言霊がウワーッとプラスの言霊が出てくる。それにまた神様が感応してという形で、プラスのサイクルがぐんぐんぐんぐん出てきまして、どんな魔物でも追い散らしまして、最低のときから最高に蘇ることができるわけです。
そのために、私はこうやって体を揺すりながら言霊を起こしながら、出してるわけです。
とにかく口に出すことが大事
この言霊秘法はどこから入るのかといいますと、気持ちが入らなくてもいい。とにかくせりふを出した方が勝ちです。「私は一生懸命やっていくんだ」と。
全然やる気がなくても「こんなことでどうなるんだ」と口に出すんです。
邪霊っていうのは植松先生と私、ご神業の要の人から離していきます。だから僕なんかだったら、「植松先生は最高に素晴らしい。天界からいらっしゃった神様でエンゼルの代表で、ああ、君の瞳は百万ボルトだって言うけども、まさに植松先生があらわれたとき、菊理姫様がいらっしゃって、四つの働きがあって、植松先生は最高に素晴らしい」と口に出すんです。
口でそう言うんです、せりふで。そうしていくと、そういう気分になりますから。
「本当に植松先生は素晴らしいお方だ!」と言って、プラスのところばっかり口で、たったかたったか、たったかたったか。そう口に出していきますと、そういうふうな気持ちになってきますから。
どんどんどんどん魂が出てくる。「本当にそうだ、本当に神様の道というのはこうなんだ。植松先生の働きは、こういうふうな仕組があって、こういうふうになってきて、今日こういうふうにあるんだ」
どんどんどんどん、その言葉で自分の魂が感応して、魂が乗ってきたら言葉に迫力が出てきて。
迫力が出てくるから、守護神、守護霊、神様も応援に来る。その応援に来た神様に感応して、また御魂がワーッと発動して出てくる。
その発動する様に、もっと神様が発動してというふうに、どんどんどんどんプラスのサイクルになる。
マイナス陣営の黒碁盤作戦の、マイナス想念、霊障、動物霊、天の魔物が今度はプラスの陣営にウワーッと変わります。
の神様、守護神さん、守護霊さん、産土さん、権現さん、この仕組に生きるエンゼルたち、八百万の神々がガンガンに来ちゃうわけですね。
どこから変わるかと言えば、どういうふうに思っていても、口からするするするする言い始めるところから始まるんです。
そこから勝負が変わるんです。だから言霊秘法というのは、いかに大事かということです。
逆にマイナスの心がワーッときたときに、マイナスの言葉を口に出してしまいますと、マイナスに引っ張られます。
やっぱり植松先生はああだとか、俺はこんなことして何になるんだろうということを口に言いますと、ますますマイナスの方の動物霊が飛んできまして、霊障が飛んできまして、天の魔物が飛んできまして、御魂も塞いでしまいます。
マイナスの方へ方へと、ぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん引っ張られるんです。逆また真なりです。
だから、どんなにお腹が思っておりましても、口から出すときには素晴らしいなあと。心でクソッ、でも素晴らしいと。「こんなに僕ふらふらしていても、もう今日は一日元気だ!」なんていうふうに言うんです。
「睡眠不足であれだから、こんなだったら僕、絶対にやっていけるよお」と。
「絶対に頑張りますよ、もうほんとに頑張るからね、ほんとにこれから、エネルギーが出てきて頑張るからね。どんなことがあっても、睡眠が不足すればするほど、人間は元気になってくるんですねえ」(笑)と言う。
「このドリンク飲んだら、ビタミンCが入ってる。Eが入ってる。それにリノール酸も入ってる。リノール酸というものは、体にすごくいい成分が入ってるから元気になるよなあ」と言うと、本当に元気になる。
「さあ、元気になってきた、じゃあ行ってきます」という形で、そういうふうに変わっていくわけです。
まあ、こういうふうにして、特に守護霊さん、産土さんとか権現様とか、背後の方たちというのは、だいたい今のこの三つの形で言霊運用方法、言霊秘法を応用しますと、自由に動いてくれます。
マイナスにいきましても、今のような方法ですと、もとへ脱却することができます。
周囲がどうであろうと、自分だけは冴えてますから(笑)。
周囲がどのようになってても、本人はおかしいかも知れないけども、悠々楽々、夢と希望に燃えてますよ。で、このせりふを夢と希望とプラスのせりふいっぱいに、もう満ちて満ち満ちるように、口で。
現実に出てきた言葉で言いますと、もう、いっぱいプラスの言葉になりますから、邪気なんか来ないし、プラスの方へ守られている。
幸運、不運というのは、やっぱりここです。幸運な人はなんでもいい方へいい方へ、明るく言います。
ブツブツ、ブツブツ言う人は、やっぱり不幸な方へ行きます。運勢の開かない人、そうですね。
こういうふうに、一、二、三の丁寧に親しく語る守護霊団、くどくど厳かに言上する産土の神、激烈に語る権現様ということで、覚えて下さいね。
深々と語るスの神様への祈り
この言霊秘法の一番最後、それは、この四番目の「深々と語る◎の神様への祈り」(板書)なんです。これは一般の人たちはどうかわかりませんが、特に神業に生きている人は、まずこの四番目が大事です。
この深々と語る
の神様という方式を、今からお話しするんですが。
どこでこうわかったかと言いますと、皆さん、私もお祈り時間が長いなんて、ときどき植松先生に言われるんですが、イエス・キリストは私なんて比じゃないですよ。
バイブルにありますように、あのガリラヤ湖の側で、イエス・キリストが山上の垂訓を言いました。「貧しき者こそ幸いなり」というふうに言いました。
その山上の垂訓を、ガリラヤ湖畔で説くときにですね、イエス・キリストは二日間か三日間か、ずーっと「天にまします我等が父よ願わくば」というあのパターンで、天に向かって祈り続けたんですよ。
一時間や二時間じゃないです。二日三日です。今、イエス様はお祈り中ですからという形で、誰も近寄らなかったといいます。
一日、二日、三日、ずーっと祈り続けて、何日かして、山上の垂訓を出したわけです。私の方がスピードが速いです。まあ、時代が時代ですけど(笑)。内容はあちらの方が立派ですけど。
そのときのイエス様は、天にまします我等が父よという、絶対者というものに対する祈りです。この絶対者に対しましては、なかなか、この権現様にパタパタパタパタ祈る方式では駄目なんです。
非常に遠方のほうに届かなきゃいけない。近く近くいらっしゃるんですが、奥深いところで自分が語らなかったら、その宇宙創造の神とは、なかなか感応できない。
ですから、
の神様に語るときは、深々と語らないと駄目なんです。
不思議なことに、の神様のときには、こういうふうに胸の前でぎゅっと手を組んだ状態で語るんですね。どういうわけか私もそうなる
イエス様は、もうこういう感じでしょう。なんとなく、イエス様はこうやっていたんでしょうね。
どういうわけかこうやりますと、おでこと胸と手の三点でエネルギーが凝結した状態で、深く語り合うことができるんです。
の神様に対してお祈りするときは、絶対にこれがいいです。
音楽でも、激しく出していくところと、なだらかにいろいろ出していくところと、親しく出していくところと、非常に繊細な深く魂にしみわたるような音楽がありますけれども、
の神様の場合は、どういうふうに言霊を使うかといいますと、今言いましたように深々とという感覚で。
深々と、宇宙創造のの神様ですから、「
の神様、私はいったい、どこが今、間違っているんでしょうか」と。これは、心の悩みごとを真剣にお願いするときに大事でございます。
深く語れば語るほど、深い悟りを得られる
特に、ここでご神業に来ている人というのは、一言で申しますと、「霊的進歩、境地の進歩、悟りの進歩、信仰力の躍進、御魂の発動と顕現」(板書)。
霊的進歩、境地の進歩、悟りの進歩、信仰力の躍進、御魂の発動と顕現。こういうものは、すべてこの四番目の、深々と語るの神様の祈りがないと絶対にないです、はっきり言いまして。
逆に言いますと、悟りの絶対量、御魂の向上しました質と量は、この四番目の、深々と語るの神様というレベルが高ければ高いほど、多ければ多いほど、よく悟りますし、よく進歩しますし、よく活動できるんです。これはもう私、絶対に断言できます。
ですから、霊的な修業におきまして言霊秘法の一から三番目は働きの神様ですけど、御魂の世界とか、修業に来たとか、霊的進歩という形に来た場合に、四番目の深々と語るの神様への祈りがない人は、必ずストップしています。絶対、進歩していません。
本当を言いますと、この四番目のこれがないために徐々に徐々に不平が出たり不満が出たり、マイナス思考が出てくるわけでございます。
ご神業に来て真剣で前向きですと、必ず四番目のがもう自然にできてるはずです。これがなくなりましたら、今度は一、二、三というのはそれを挽回する方法ですけど、本来のもの、四番目が出ておりますと、一、二、三というのは必要ないわけでございます。
まあ、必要なくはありませんけれど、プラスの方に加勢することはありましても、マイナスの世界から脱却するところまではあまりいきません。
具体的に、どういうことかともっと突っ込んでお話ししたいと思うんですが。こうやって深々と語るの神様、四番目ですね。なぜ、こうかといいますと、こういうふうになります。
「
の神様、いったい、私はここでご神業に来ているんですけども、どうも最近は、
の神様、行き詰まっているような気がいたします」と。
「なんだか知らないけども、気分の中が晴れないし、例えば絵だったら絵を描こうと思って来たんだけども、なかなか描けないし。そうかといって、自分の今置かれている状態で進むに進めないし、引くに引けないし、じっともしておられない。いったいこういう境地の自分をどうやったら脱却できるんでしょうか。
どうやったら、こういうふうな自分を乗り越えて、立派な自分に進歩することができるでしょう。ちょっとしたことに我が出たり、慢心が出たりするし、ちょっとしたことで怠ってみたりもしますし。なぜ、この中庸を会得して、神人合一できないんでしょうか。
もっと素晴らしい自分になるのには、いったいどうしたらいいんでしょうか、
の神様。どうぞ、
の神様の御心に叶うような人間になりたいと思うんですが、なぜなんでしょうか。どうぞ、どうぞ、教えてください。学ばせてくださいませ。
この行き詰まっているところを、神様がご覧になるんだったら、どこをどういうふうにすれば解決するか教えてください」というふうに言うんです。
あるいは「自分の仕事におきましても、こちらの仕事をしたらこちらの仕事があるし、時間の使い方が悪い悪いって、皆によく叱られるんですけど、どうやったらいいでしょうか」と。
あるいは「言葉の使い方が気が利かないと言われるんですけど、いったいの神様、どうしたら気が利くようになるんでしょうか。
気が利く人間になりたいんですが、いくらやってもやってもやっても、なかなか限界というのか、行き詰まりを感じて、これができないです。神様、どうしたらできるのかできる方法を教えてください。できるような私にしてください、お願いいたします」
というふうに、
の神様に深々と語りかける。
恐らく、まあ、こういうふうにしてイエス様も、山上の垂訓を述べるときに一日ないし二日間、これでずーっと、天にまします我等が父よと言いながら「人々に福音を与えたまえ。永遠に残る、本当の神様のお言葉を、人々にお伝えすることができますように。
例えばこういう貧しい人間に対して、どういうふうにすればいいんでしょうか。神様の御心が愛ならば、愛のお言葉を皆さんに与えてくださいませ。私を通して、みずからを機関として、主神のお言葉をいただけますように、謹んでお願いいたします」
というふうに恐らくお願いしたんでしょう。
こういうふうに、深々と
の神様に語りまして、自分の心境を行き詰まっているところだったら、行き詰まっているというふうにいくわけです。
そうしますと、必ずや、この
の神様が働きの神々様に命令しまして、例えば、あるときにパッと悟りましたり、あるときにパッと御魂が出てきて、会得したりできます。ああ、こういうところで気が利かなかったんだ、こうすればよかったんだというようなことがわかります。
ですから、みずからを進歩向上して、あるいは神業に向かうのでしたら、
の神様に対して、自分自身の天命ということに則りまして、みずからのことを深く、ありのままの気持ちで語ればいいんです、深いところで。
そうすると、深く語れば語るほど、深い部分の自分が出てきますから、深い悟りを得ることができる。
深く語れば語るほど、霊的進歩とか境地とか、悟りとか、信仰力の躍進。ああ、こういうふうに考えていくべきなんだと。人の口を通したり、みずからハッとわかったりします。
御魂の発動と顕現というものが、そういうふうに神様に向かうことによって出てくるわけです。
全てがスの神様の教えとなる
ご神業に来ている人は、二つの方向から御魂の修業に来ているはずです。一つは真理を求めていく、一つは善徳を積んでいく。
胎蔵界曼陀羅は、真を求めて、信じていく力で、どんどんどんどん上を向いて、向上していきます。金剛界の仏様は、大慈大悲の心で、とにかく愛と善を行います。
慈悲と善を行って、いかにすれば衆生を救うことができるのか、善徳を積んでいくわけです。それが功となってくるわけです。神様のお手柄となったり、御魂の恩頼となったり、天徳となって出てくるわけです。
そして今度は真を求めて、真実のものを悟って進歩向上していこうという気持ちで神様に向かっていきます。
神様にも陰と陽の二つの要素があるわけです。私たちの御魂も真理を求め続けて、信念を持って、どこまでも向上して、神様の道と天命に従って生きていこうという面と、神様とともに、人々を衆生を救っていこうと。
世の中に少しでも益することをしたいと、こういう二つのことで、御魂は進歩向上するわけです。修業というものはこの二つです。
その二つの方向に対して、
の神様に、自分の天命に基づきまして、常に語っていく。
限界を正直に語って、こうしたいんだけどもこうなんだということを言ってみる。
の神様は全知全能です。ですから、御魂の世界に直接、自分自身の悟りと感激とか歓喜とか、パッと霊的にわかったとか、人にも言うこともできないような、自分自身にしかわからないような会得できるものが、ここから出てくるんです。
これがない人は絶対に御魂がストップしています。修業がストップしているんです。
常にこちらの方に向かっている人は、心の中でマイナス的な想念とかそんなものはないんです。ああでもないこうでもないなんて思う以上に九十九パーセントまで、自分自身の進歩向上という面の、自分自身の修業という面のせりふでもう一杯ですから。
見るもの聞くものが全部教材ですし、見るもの聞くものが全部、神様の教える意図がパッとわかるようになってくるはずです。
人間世界の葛藤とかそういうものはないはずです。見たり聞いたりするものが、全部神様の声。全部、
の神様のお姿。
全部、
の神様の教えに御魂でわかるはずなんです。
この四番目のことを本来なら私たちは求めてきております。
言霊秘法の一番の大事な要といたしまして、この四番目の、深々と語る
の神様というところで、言霊秘法の講義を終わりたいと思います。
どうもありがとうございました(拍手)。
