【第三章】一日作さざれば一日食らわず(昭和59年12月15日)
百丈懐海-一日さざれば一日食らわず
【深見先生】仕組についてパート2、応用、復習シリーズ。忘れたころに出てまいりまして。
皆様、中国に百丈懐海という有名なお坊さんがいまして、禅の歴史を見ましても、この百丈禅師という方は非常に大きな功績を残された方でございます。
百丈禅師というのは、「百丈清規』というものを作りました。『百丈清規』といいまして、四十八則、いろいろな形を作ったんです。
禅宗では絶対的な境地というんですか、顕在意識と潜在意識が入っておりますけれども、どうも観念のお遊戯に陥りやすい。
例えば、禅問答にしましても、本質的な悟りに関しましても、観念の遊興というんですか、こう考えるべきだ、ああ考えるべきだとか、いわば悟りごっことか、問答ごっことか、そういうふうな形にならないために、この百丈禅師は「百丈清規』というものを作りまして、肉体労働、肉体労働の規則を作ったわけです。
今は皆様、禅宗では、曹洞宗、臨済宗、それから黄檗宗というのが、三つの日本の禅宗の流れでございます。この臨済宗というのは、もちろん百丈懐海なんかもそうなんですけど、問答で悟りを開こうという。
これを看話禅と言います。一休さんとか沢庵禅師とかというのは全部臨済宗でございまして。
まあ、どちらの宗門、宗派にいたしましても、えー、まあ臨済宗は茶禅一味とか俳禅一味とか、それから剣禅一如とかという形で、武術とか日本の文化に非常に根づいておりまして、道元禅師はもちろんそうですが、実業家にこういうのが多いですね、黙照禅は。
ところが、どこの禅寺に入りましても、皆さん、朝は四時から五時に起きまして、薪割りをしてるんですね。
お風呂を沸かしまして、御飯を作りまして、お掃除をしたり。禅僧が薪割りをしたり、ご飯を作ったり、お掃除をしている姿をよく見ますね。雪の中で、山の中で、お掃除を一生懸命してる。
六祖慧能禅師からずーっと来る間に、山の中で修行していくという生活が続いてきたんですけど、この百丈さんのときにピシッと法則を決めまして、禅の修行をする人は、観念の遊びにならないために肉体労働を一生懸命やって、お掃除、お洗濯、それから重労働、農業、そういうふうなものをしなければ本当の悟りというものは会得できないんだということで、綿密な規則を作りまして実践したわけです。
ですから、この百丈の「百丈清規』というのが今の禅宗の大きな、坊さんの修行のパターンを作りました。これが茶道とか日本の文化に非常に大きな影響を与えております。
ですから、この百丈さんほど大きな、禅の歴史に大きな功績を残した人は珍しいんです。
で、この百丈禅師が、そういう形で毎日毎日、この「百丈清規』では労働のことを作務と言います。「務め」を「作す」という。
務めを作すと。作務と言います。禅の用語でございます。労働のことを作務をすると言うんです。お掃除をすることなんかも、あれは作務の一つだと。
お炊事とか、お洗濯とか、洗いものとか、荷づくり発送とかというのは、全部これは作務でございます。
作務、作務。いくつかの作務をしたいと。まあ、とにかく、作務でございます。で、この百丈禅師は非常に長生きをいたしまして、八十過ぎましても禅をし問答をして、あとはもう植松先生がお庭をお掃除したり労働するみたいにして、薪を割ったり、耕したりして。
もう八十過ぎましたんで、お弟子さんたちは、「お師匠さん、もうそれはやめてください」と。「お体にさわります」と。
八十を過ぎておられますので、そんな重労働、肉体労働をしていく、お片づけするとか、とにかくその田畑を耕すのはもうおやめくださいと。
この百丈禅師は、一日も休まないで毎日毎日耕したわけです、一生懸命。
だけど、もう、幾らお弟子さんが言っても「いや、作務は、これはもう自分の修行だ」ということで、絶対にお弟子さんたちがストップをかけても聞かなかった。
ですから、お弟子さんたちが、何とかこの百丈禅師が、もう八十過ぎておられるので、労働はもうしなくていいんじゃないかということで、とにかく、そのお道具を隠しちゃったわけです。
薪割りの道具とか、それから労働するユニフォームを取っちゃうし、お道具を全部隠しちゃった。百丈禅師は作務をしようと思って「あれ?」。薪もないし、も鍬もないし、仕事できないと。
だから、全然作務、仕事、労働ができないんで、さすがの百丈禅師ももうその作務をすることができなくなっちゃったんで、やらなくなった。
ところが、その作務をしなくなったら、百丈禅師は御飯を食べなくなった。黙って。
お弟子さんたちが、「どうしたんですか、お師匠さん。お体でも悪いんですか」と。
お弟子さんたちが八十過ぎの百丈禅師に、そういう形で仕方なく作務をしなくなったお師匠さんのところに聞きに行きました。
「どうしてお食事をお食べにならないんですか。どこかお具合でも悪いんですか」というふうに質問いたしましたら、百丈禅師がこういうことを言った。
「一日作さざれば一日食らわず」「一日作さざれば一日食わず」でもいいです。一日作さざれば一日食らわずと、お師匠さんがおっしゃった。
この「作す」というのは作務ですね。一日作務、要するに仕事を一生懸命しなかったら、一日食えませんと。このことでお弟子さんたちが、いやあ、お師匠さんの深い深いお気持ちを私たちが理解できなくて申しわけなかったということで、涙ながらに、八十何歳の高齢のお師匠さんに対してお詫びをしたんです。
禅宗の四つの柱
これはどういう意味かといいますと、一日作務をしなかったら一日食べないんだという形で、簡単に考えればそうなんですけど。
この作務というのはどういうことかといいますと、観念の、観念信仰で、悟りだ、何だ、問答だという形で、お遊戯みたいにしてやっているんですけれども、実際に禅宗の一つの大きな基礎と申しますのは、四つの柱が禅宗の一つの大きなテーマでございます。
達磨大師が八年間壁の前で、手足がもう動かなくなっちゃうぐらいに、壁の前で一生懸命頑張りまして、悟りました。
お釈迦様の真髄は何か、仏法の本質は何か、仏様とは一体何なんだと。釈尊の教えの真実は何かという形で、八年間。
ですから、達磨さんというのは手足が全然なくて、それだけ座禅をやり過ぎて何にもしなかったんで達磨大師が最終的に悟った一言は、うんっ、仏法の本質的な悟りは不立文字。分かった、文字に立たないということ。
たったそれだけです。不立文字、本当のものというのは文字に立てることはできないものなんだ。
それから教外別伝。大乗教典とかいろいろお経はあるけども、そういう教えじゃなくて、本質はもっと教え以外の形で別に伝えなきゃいけないものなんだと。
そして、直指人心。直に人の心をコロコロコロコロ変わって、その心をパッと、境地というものを見て、直に指さしてやらなければいけないものだと。
そして、見性成仏。
見性というのは、性を見るということではなくて、悟を得ることによって成仏を会得することです。
見性、自分自身の本来の性質というか、潜在意識というふうに、パッとそれが目覚めて、成仏。
生きながらにして、肉体は人間様だけど、中が仏様だと。仏様が肉の衣をつけて現実界で生きて歩いている。まあ、即身成仏というか、見性成仏ということ。
これが要するに、悟りを開いたとかと言うわけですね、禅宗では。
さっき申しました臨済宗では、問答を通しまして、例えば「作麼生か、右に行っても、左に行っても、上に行っても、下に行っても、じっとしてても駄目だ、じゃあ、どうするか」という形でね。
せきしゅこうあん
有名な、白隠禅師の隻手の公案といいますと、右手と左手とあるんだと。「これを合わせると、パチンと音がするだろう。
じゃあ、右手の音はどういう音だ」と。
頭で考えたら分かんないですよ。「右手の音は」というものは、頭じゃないところでパチンと音が聞こえると。
片手の音というのは。それを「じゃあ、片手の音はどうだ、どうだ、どうだ」と言って、常に白隠禅師は追い詰めるんだけど、頭で考えていたら分かんない。
白隠禅師がパンッとたたいて言っている、その奥の境地がどういうものなのかということが、境地で分かるかと。
教外別伝、直指人心。
パッと。脳じゃないところでピッと感じるか。そういうことを言っているわけで右に行っても、左に行っても、上に行っても、下に行っても、じっとしてても駄目だよ、じゃあ、どうするんだと言ったら、右に行くって言うんで、よしっと。
頭で、観念で追い詰められた世界を乗り越えた形だったら、別に右に行っても、左に行っても、前に行っても、後ろに行っても、じっとしててもいいんだと。
例えば今の問答の答えというのはそういうことで問答の奥というのは、言葉の奥にあるもの、観念にとらわれていてはいけないという形にしておりますのを、臨済宗では禅問答、そういうふうな理論的には矛盾するようなことを言いまして、頭じゃない、分別の知を乗り越えた自分自身の本質にパッと、この教外別伝、直指人心、見性成仏、不立文字と。
この不立文字と言っております禅宗が最も本が多いんです。文字でもほかでも立たないという、禅宗ほど本が多い宗派はありません。
禅の坊さんほど本をよく読んでいる人はいません。
非常に矛盾するようですけれども、とにかく文字に立たない。それが真実だからこそ、どんな文字にでも言えるわけです。
どういう文字にでも表現できますし、どういうものを通してでも、この目に見えない、形に表せないようなものを言うことができるんです。
ですから、禅宗の坊さんほど、阿含宗にしましても法華経でも何でも勉強してます。しかし、それは勉強して頭で理解するためじゃないものですね。
この奥の境地があれば、法華経を説くときでも何をしていても本質がそれは分かると。まあ、そういう形でございます。禅宗の坊さんほどよく本を読み、禅宗の本ほど多い書物はありません。
まあ、そういうことで、こういう四つの柱でもちまして、肉体を持っていながら、文字にも見えないような形なんですけれども、この世の中に人間がいる限りにおきましては、その即身成仏、生きた人間がそのまんま中が仏様になっているわけでございまして、菩薩さんにしましても、神様、御魂にしましても一刻としてボケーッとしたときはないんです。
「なさんがためになす」魂の発動
私はいつも言いますけど、守護神さん、守護霊さん、それから産土の神様でも、仏様でも、一日二十四時間、一年三百六十五日、日曜祭日なく、有給休暇なく、藪入り、お盆なく、厚生年金、失業保険、それから社会保険なしで、毎日、刻々も、一刻も休むことなく働いておられます。
それはお給料をもらうためでもなく、休憩したいなあという思いもない。
ですから、深夜二時でも三時でも「産土さん、お願いします。守護神、守護霊、お願いいたします。文殊菩薩、普賢菩薩、お願いします」と言う時に「ちょっと今、休憩時間なもんで朝にしてくれませんか、アッポウ」なんていう仏様はいません。
何回お願いしても、すぐに出てきて下さる。人間の世界、肉体は限度ありますけども、菩薩さんとか、仏様、守護神、守護霊さんというのは、ただただ、人よよかれ、人類よよかれ、あるいはその仕事、責務のために、ただ黙々と動いておられる。
そういう価値判断の中に生きておられる存在です。
ただ、慈悲の心、天地自然のあり様をそのまま生きておりますので、年をとろうととるまいと関係ない。
だから、この「一日作さざれば一日食らわず」と言った百丈禅師。
簡単な言葉ですけど、この奥にある百丈禅師の『百丈清規』というものを作って、作務というものをお作りになった、その任務という、務というものは、命ある限り、肉体ある限り、休憩するとかしないとか、疲れたとか、老齢であるとかということではなくて、この中にある菩薩、仏というのは、刻々も自分の任にある仕事というものを、休憩することもなく動いておられる。
それは、労働して何かをする、別に人々のためにやるわけでもなく、なさんがためになしていくという、いわば、道元禅師の只管打坐。何のために座禅するんだと。いや、座禅したら健康になりますしという、それに座禅したら気分がスカッとしますしという、目的を持ってするんじゃない。
臨済宗の禅というものは、公案が手段で座禅を手段にして悟りを開くということなんですけど、道元禅師の教えというのは座禅は何のためにするかというと、座禅をなさんがためになすんだと。
何のために悟るんだ、悟らんがために悟るんだと。それ以外ないと。
だから、こうすればいいことがあるとか、こうすればいいメリットがあるとか、こういうお陰があるとか、そういうんじゃない。御魂の発動といいますか、本霊の発動と申しますのは、なさんがためになすんです。
前に言いましたように、吉田松陰先生の言葉に「かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂」と。
「かくすればかくなるものと知りながら已むに巳まれぬ大和魂」という歌がございます。
こうしたらこうなるというのは知っていると。こうなればこうなるというのは知りながら、やむにやまれぬ気持ちがある、やむにやまれぬ大和魂。それが大和魂なんだと。
こうしたら処刑になるんじゃないかとか、とっ捕まって牢屋に入れられるんじゃないかという、かくすればかくなるものと知ってはいるけども、何とかこの明治維新をせざるを得ない、どうしてもしたいんだという魂の高まりがあってやるわけです。
何としても明治維新のこれはやるんだと。
たとえ死ぬかもしれない、牢屋に入るかもしれない、どうなるかわからないけども、自分は、やむにやまれぬこの大和魂がさせるんだという気持ちで生きているわけです。
なさんがためになす。
お金とか名誉とか地位とか、そういうことでなく、なさんがためになすという魂の発動です。
