岩清水のような神業夫婦がベスト
そもそも、結婚というものは男女が一緒にいて、法律上の手続きすることです。
人目を忍んでやる同棲生活とか、「内縁の妻」なんて新聞に出ないための、法律上の手続きです。
堂々とするためのものです。たったそれだけのことです。
そして、いろんな結婚パターンがあります。今は現代でありますし、神人合一の道に生きていこうと志したわけでありますから、これにプラスになるような相手で、性格が明るくて家族因縁がまあまあよくて、十年続いている人。
特に、神様の道に生きてる人は精神世界、心の中の高鳴りが、その世界にあるわけです。だから、一緒にいましても、神業に行くことを理解してくれますし「もっとしっかりやりなさいよ」と、励ましてくれますね。
死んだら、同じような精神状態の人は同じような霊界に行きます。
霊界の夫婦、御魂の夫婦というのは二つで一つになっております。
二人で一個。心と心が交流して、共通の目標で来てる。
それで一つの玉になりまして、そこから子供が出てきたら玉が玉を生んで、たまたま出てくるわけなんですけども、玉が出なかったら、たまったもんじゃない(笑)。
このように、内面、価値観、志すところが同じ人は、霊界が同じなので、想い三年、恋五年の八年を過ぎましたら、それが生きてくるわけです。
これができない人は、霊界で非常に苦しんでしまいます。
ですから、そういう相手を選ばなきゃいけない。そういう相手とはどういう相手かと言いますと…。
まあ、恋しい気持ちで結婚前から思ってる人というのは、百人のうち一人です。
ほとんどは兄弟のような感じでありまして、全然抵抗なくお話しできているという無抵抗な人が多いんです。
それは、前世も夫婦で、その前も夫婦だったから。
劇的な出会いなんていうのは、百人のうち一人です。
それぞれの男性の好み、女性の好みには因縁がありますし、自分の嫌な思い出があった人は嫌だと思ったり、いい思い出があった人はいいと思ったりしますので、そういう自分の、男性、女性の好みの性癖を避ける。
御魂とは感覚の奥ですから、やはり、自然に神の道のほうへ生きてみたり、自分が芸術が好きだなと思ったら芸術に理解があったり、同じところから来た人は、共通の人生観とか目標を持ってるわけです。
ですから大体、兄弟のようなものであります。
絶えずアツアツで、ホットな仲なのよなんて恋を燃やすのは、御魂の夫婦でない場合のほうが多いです。
腐れ縁の場合が多いです。特にホロスコープで見ますと、180度の関係というのは猛烈に燃えるんですけども、その燃える凝結というのがお互いを不幸にします。
やがて猛烈に冷めて、元へぱっと返ってしまうんです。これは結婚には合わないわけです。
それから、90度とか120度の角度であれば、ないものを補い合ってる。
自分にないものがある。ある程度の共通項はあるんだけども、ないものを持ってる。
だから二つで一つの単位になって、家庭の中にあると陰陽のバランスが取れる。一つの家という斎庭の中で、バランスが取れてうまくいくわけです。
だから、激しい者同士が一緒になって意気投合しても、結婚していいとは限りません。
わりと派手で、ふらふらあっちこっち行く人は、地味な奥さんの方がいいわけです。
両方ふらふらとロマンチ族やりますと、子供は泣いてるばっかりですね。
両方が浮気したりして、たまに帰ったら「久しぶりだね」と言って。
子供は「ああ、どっか預けようか」ってな感じでね。
だから、ふらふらする人の奥さんは地味な人がいいし、地味な男性は、わりと派手な奥さんでなければ、バランスが取れません。
自分にない所を持ってて、共通の人生観を持ってる人が一番です。
恋しいというより、もっと覚めた、もっと静かな世界で、お互い理解し合えるんです。
大体、長く続くものは、あんまり濃い味ではありません。
恋愛とか結婚と言うと、しびれるような甘い、とろけるような甘酸っぱい日々を、皆さん、連想します。
それはいわば、料理で言えば中華料理、食べ物でいえば蜂蜜ですね。
ハネムーンとかって言いますね。甘いわ~と感動するんですけども、お水代わりに蜂蜜を飲んでる人はいません。
朝食に中華料理を食べて(笑)、毎朝、お茶漬け代わりに酢豚を食べてる人はいないわけであります。
そういうとろけるようなものは、時たまあればいいわけです。
恋愛する時も、時たまあればいい。長く続くものは、ずっと甘いものではありません。
長く続くのは、岩清水のようなものです。岩清水でコーヒーを淹れてもおいしい。丹沢の水、京都の水、北極の水、フランスの水もあります。
おいしいミネラルウォーターは、飲んだだけで、ああ、おいしいなと。ミネラルウォーターは、毎日飲んでもいいでしょう。
お茶やコーヒー、ご飯でも、素材の良さを引き立てる。「おいしいね、これは」「水がいいですからね」って。
毎日その水を使っても飽きないし、水だけ飲んでもおいしい。
お米もそうです。甘くて、甘くてたまらないお米なんてありません。
お米自体には、それほど味はありません。パンもそうです。菓子パンばっかり食べてる人はいません。
トーストっていうのは、味をなるべく薄くしてます。
ですから、男女もそうなんでありまして、そんな燃えるような恋が死ぬまで続く人なんか、絶対にいません。
神業で来た御魂の夫婦とか、御魂の一つの共通項があって長続きする夫婦は、いわば岩清水のような男女関係なんです。
蜂蜜のようなとろける仲でもないし、酢豚のような、甘酸っぱい、こりこりするような関係でもありません。岩清水です。
一緒にいて、気にならない。お互い足りない所があっていいじゃないか。しかし、同じ目標で進んでる。こういう夫婦です。
これがお米夫婦、食パン夫婦、岩清水夫婦というものであります。
五十年長続きして、霊界で一つになる、御魂の夫婦なんです。
そこの誤解をなくさない限り、燃え上がる人、恋しい人と一緒になりたいという結婚観を持ってる女性は、これは大いに観念でありまして、そんな人とは永遠に一緒になれないでしょう。
たとえなっても、不服だらけでしょう。それは、現世の人々が持っている結婚観に立脚しているからです。
私たちは神人合の道に生きているわけですから、生きても死んでも、霊界に行っても幸せな、本当の御魂の夫婦というものを見て、神業を成就すべきであります。
このあたりをよくよく、皆さん考えて頂きまして、この道にプラスになる結婚をして頂きたいと思います。
神人合一の道に来た自分が、一層幸せになる結婚を
もちろん、結婚をしちゃいけないというわけではありません。
ところが、ある人は、「どうしてご神業に来たら、外部の人と結婚しちゃだめなのかしら」なんて、女同士で話してました。
外部の人と結婚したかったら、していいですよ。
しかし、神業は何のために来たのか。「神業に来たら、好きでもない人と結婚しなきゃいけないんですか」とか、「神業に来たら、結婚しちゃだめなんですか」とか、そういう意味ではありません。
神業とは神人合一の道なんであって、それを成就しなければ悔いが残ります。
何のために生まれてきて、何のために今日まで何度も講義を聞いて、何のために神の道に志しているのか。
御魂というものはどういうものか。男女というものはどういうものか。
冷徹に考えましたら、皆さんがテレビとかロマン小説で見ているようなものではありません。
皆さんのお友達がやったような結婚。あるとき劇的な出会いがあって、劇的な結婚式を挙げて、お二人を祝福するハトの中で出発した夫婦が、みんな幸せになってるかといえば、ほとんどそうじゃありません。
アメリカでは七割が離婚しております。オーストラリアでは、三組のうち一組が離婚しております。
お互いののしり合い、けなし合いながら離婚する。離婚調停というのは、傘の一本とか、犬の所有権をどっちにするかという所までやるんですよ。
傘の所有権、ベルの所有権、このナイフはどっちなんていうくらい、離婚する時は本当に人間の嫌な面を見なきゃいけません。
こういうのを三回ぐらいしてる人もいますけれども。とにかく、オーストラリアでは三組のうち一組が離婚、カリフォルニアは70%が離婚です。
ですから、そういうふうに得た結婚で、必ずしも二人が幸せにはなってない。
何年か経ったら、私が言ったようなところに、皆さんなってるということです。これは事実です。
だからもう少し叡智を働かせて、せっかく神業を求めて来たんだったら、自分が一層幸せになる結婚をした方がいい。自分がこの道が幸せなわけでしょう。
幸せだと思うから来てるわけでしょう。その幸せをさらに大きくして広げるような結婚をすべきです。
結婚のための人生ではありません。
男性は特に、結婚のためとか、女性のためだけに生きてるなんてことはありません。
「仕事のできない男は最低」なんて、植松先生がよくおっしゃいますけども、本当にそうです。
神業が仕事の場合には、これに打ち込んでる人が素晴らしいわけでしょう。
そういうふうに、私たちが思い込んでいる結婚観という一つの観念を、正しい結婚の意識に変えて頂きまして、ご神業が自分の幸福なんだから、その幸福が増幅されていくような結婚、これはずーっと続きます。
少々揉めましても、私と植松先生が責任持って仲を調停いたします。
こういうアフターサービスがついてるところはありませんよ(笑)。
アフターサービス保証書付きの、いい結婚をして頂きたいと思います。
まあ、Nさんが第一号だったわけですけど、大体、御縁の近い者同士が、自然に集まっております。
ですから、機が熟してきたら、結婚、結婚って、もやもやと執着心を持たなくても、ぴたっ、なるほど、自分もそうだなと思えるような結婚が自ずから調いますので、焦らなくて結構です。
Nさん夫婦の成功例を、皆様、一つの実例といたしまして…。彼らは一白と五黄で、星の組み合わせもいいわけじゃありません。
だけども、内面的なものを求める、裏の星というのも見なくてはいけない。
気学の外の年月日だけが結婚運じゃありません。
奥を求めてる像が合ってたらいいわけなんです。
一白と五黄で、表星はいいとは言えません。
ですから、そのあたり、あんまり物事にとらわれないで、神業の道の自分の幸せの延長線上にある結婚という形で、皆様、お考え頂きたいと思います。
ということで、神業と結婚についての講義を終わります。どうもありがとうございました。(拍手)
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深見東州の土曜神業録24(VOL.4)
