深見東州の土曜神業録3(Vol.4)

白隠禅師が、ある程度悟りを得まして、そのあとあっちこっち、俺ほどの悟りを得た人はいないっていうんで天狗になっておりますときに、正受老人という方がいまして、この正受老人のところに…。

もう田舎のお百姓さんみたいにして農業やってるんですね。正受老人という人がいるらしいと。

非常に立派な、幕府なんかでもとりたてられた立派な人だったんですけども、もう年をとったんでっていうんで、栄誉栄達えいよえいたつというよりも、自分でとにかく帰って、町の中で村の片隅で、農業をしてまして、自らの境地を高めながら、平々凡々なおじいさんへ帰っていく。

そこに白隠禅師が、有名な白隠禅師が悟りを得まして、来た。禅問答をやったわけです。本質的な自分は一体なんだと。正受老人が尋ねました。

本質とは仏とはいかん。自分自身の本質とは何だと言ったら、これだってなことで、悟りをある程度開いているものですから、手足をこういうふうにしまして、禅問答をしたわけです。

「いやあそうじゃないだろう。ここにあるじゃないか、お前の鼻が」っていうんで、瞬間のうちに正受老人が、白隠禅師の鼻をパッとつかんだわけですね。

そして殴る蹴るをしたわけです。家から追い出されたわけで。つまり、悟りは開いているけど、それを鼻にかけていると。本当の悟りじゃないっていうことで、白隠さんは足蹴りにされまして、ハーまいりましたと。

半年ほどここで修業して、さらに自らの修業に励んだ。もうこの正受老人のように、一生懸命努力してきましたら、平々凡々の人間に帰っていく。

これが最終的な、この十牛図の結論なんですけど。

お話がちょっとそれましたけれど、まあ言いましたように、色即是空とか、空即是色。いろいろある人間の思いっていうのを、一旦空へ戻さなきゃいけないと。何も考えないような空の状態。空の状態だけじゃだめなんだと。

いわゆる悟りを開いたとか絶対境とか、ここでもあのー、御魂がパーッと返ったら最高にすばらしい気分になりますけども。

本質的な自分をワーッとわかったときに、そのままじゃだめなんですね。今度はそこからまた平々凡々の、普通の社会人生活をする。一旦空へ戻ってきた色は、じゃない色だと。不色の色だと。いわゆる十牛図の、最終的に、色即是空空即是色という境地ですね。

自然にやってることがもう、違うと。自然にやってる音楽が感動する、胸をうつ。自然に言ってる言葉がよくツボにはまっていると。まあ、例えばこういうことですね。

それには、「只今に生きる」。とらわれのないというふうな境地になるために、文字や言葉にとらわれない。本質というものは刻々に移り変わっていくものだと。道のいうべきは常の道にあらず。

刻々に移り変わっていくもんだと。刻々に移り変わっていくものというものは、常にその足跡だけを見ていましても、ワンテンポずれちゃうわけですね。牛に乗った瞬間に一体となっていますけども、またその牛がずれたりしております。

刻々に移り変わっている、只今只今に生きているのが一無位の真人ですし、王陽明先生が「良知りょうち」と言ったところの本質ですね。刻々に移り変わっていく。

これは、お釈迦様が八十何歳で病気になった時に、阿難あなんですか。

「お釈迦様、病気になったのが助かってよかったです。お釈迦様がいなかった私はどうなるかと思って、ああよかった」と言ったんですけれども、お釈迦様が、そんなことじゃだめじゃないかと。

私の遺言として、あなたたち聴きなさい。それは、世の中は変わり続けるんだ。

世の中は変わり続けると。自らを灯として、修業を怠るなと。精進せよ。同じことですね。

ですから、お釈迦さんの教えというものを大きく分けますと・・・

(板書「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」)

お釈迦様の教え、これ三法印と言いまして、前にも言ったかもしれませんが、もう一度復習しますが。

「諸行無常」だと。さっき言いました遺言ですね。世の中は変わり続ける、

刻々に変わり続けていく、それが真実だよと。同じものはひとつとしてないんだと。だから私が生きていた時には私の弟子としてやったけれど、いなくなったら、それはそれなりの、また新しいやり方があるんだと。

だから、私というもの、お師匠さんというものにとらわれちゃいけない。刻々に移り変わっていく、それが真実だから。自らを灯として、刻々に移り変わっている真実に合った形で努力、修業しなさい。

世の中は変わり続けていくんだよと。

お釈迦様が最後に言った言葉ですね。ですからその三法印、このお釈迦様の教えの三法印、諸行無常。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」と。

いろんな位というのは、常ならないものなんだと。老子がいうように、「道のいうべきは常の道にあらず。名の名付くべきは常の名にあらず」という、老子の最初に出てくる言葉と、それからその、刻々に移り変わっている「即今目前聴法底人」。

臨済禅師が言っておりまする言葉と、お釈迦様が言いました「諸行無常」。全部同じですね。だから、真実というものはそういうものだからこそ、 16 只今只今に生きなきゃだめなんだ、ということなんです。

まあ簡単にこれ(三法印の残り二つ)言いますと「諸法無我」。どんなものだって、この形はなくなっていく。本質やそういうのはないんだと。

だから実相を見なきゃいけないんだと。形あるものっていうのは、いろいろなものが、「無我」、本質ではないんだと。実相だけが本質なんだと言ってるんですね。

「涅槃寂静」。だから、永遠に変わらない涅槃の境地で、安らかな静かな境地でなきゃいけないっていうことが三法印。

(そして、三法印にもう一つ加えて四法印とするならば、)「一切皆苦」。世の中は苦だと(苦諦くたい)。この苦しみをなくするのにはどうしたらいいかということで、どうしたら苦しみが集まるのか(集諦)。どうしたらその苦しみがなくなるのか(滅諦)。

どうすればその苦しみをなくし続けることができるのか(道諦)。道ですね。

これ、苦集滅道くじゅうめつどうを説いたわけです。これが、苦集滅道が四諦したい、四つの諦観たいかん

この、苦集滅道というもの、苦しみとはなんだと。それをはっきりと、諦めの境地。諦めの境地はギブアップじゃなくて、明らかにそのものを…。

「苦しみとは何なんだ」と。「どうしたらなくしていけるか」と。「なぜ苦しみは集まる。どうすればなくせる、なくし続けるためにはどうしたらいいんだ」ということで、初めてここで「八正道」が説かれたわけですね。

八正道。正しいことを言いなさい、妄語言うなかれとかね。いろいろ八正道ございますけども。そのために、八正道を実践していけば、こうなりますよと。

しかしお釈迦様の哲学の中にあるのは、この三法印というのがまずありまして、これ(一切皆苦)をいれると、まあ四法印というふうにいわれております。

まあこれはいいんですけど、とにかく最初に、お釈迦様が最終的にご遺言で申されましたように、世の中は変わり続けるんだと。諸行無常。刻々に移り変わるんだと。これが真実だと。

だから、お釈迦様が説かれた説法というものも、刻々に移り変わっている。例えば西谷さんだったら西谷さんが刻々に移り変わっている、その境地に合わせてパッと出た教えですね。

TさんはTさんの、その刻々に移り変わっていくのに合わせた、パッと出た境地ですね。皆さんの境地とか、あるいは子供が苦しんでいる時に、ああ子供よって形で出た境地ですね。

そういうものが幾つも幾つもありまして、私はこのように聴きましたと。すべて、お釈迦様のお経は「姫是我聞」。是の姫く我聞けり。私はお師匠さんかこのように聴きましたと。

これが仏典結集。仏教の教えができたのは全部これですから。このお釈迦様の教え、仏教の本質は刻々に移り変わっている、そこに、お釈迦様が刻々に、大慈悲の心で説かれた教え、説法。集結したのが仏教ですから。

仏教の本質は、刻々に移り変わっていくこの真実。只今只今にお釈迦様は生きてたわけです。

もっと広い意味で言いますと、只今只今、お釈迦様の生きていたその時代。カースト制度があったその時代。ですから平等を説いたわけです。

もう生きるということが苦しいと。前も言いましたように、靴磨きは何回生まれ変わっても靴磨きだと。僧侶は何回生まれ変わっても僧侶だと。まあ僧侶とかのいい身分の人はいいですよ。

ほとんどの人は靴磨きで、また来世生まれても靴磨きかと。また生まれ変わってきても靴磨きかと。何回生まれ変わってもそれは決まっているんだというんですから、生まれることが苦しい。

だから永遠に生まれてこなくていいような世界に行けばどんなに幸せだろうか、ということで、涅槃寂静が説かれたわけですね。生まれて変わってこなくていいと。これが仏教の救いだったわけですね。

だからその時代に合わせて、お釈迦様は只今に生きたんですよ。インドのそういう人たち、カースト制度のある人たちに、苦しんでいる人たちに、合った教えを出したわけです、刻々に。

大きく言えばその民族、その時代に合った形の只今に生きて、教えを出したわけです。

弘法大師さんも、伝教大師も、その只今只今に生きていたわけですね。平安時代の僧侶がいないから何とか立派な僧侶が育たないかということで、立派な僧侶がいろんな勉強してできるようなものをつくりたいと。

これが伝教大師最澄が、比叡山をつくった目的です。

最終的には、そんなこというよりも密教が最高にいいんだと。だから人間か仏様か、仏様か人間かわからないようなスーパーパワーでやっていこうじゃないかと。

すべての教えというのは密の教えだっていうんで弘法大師さんが(日本に真言密教を)出したわけですね。

孔子さんは、中国のあの時代の、只今に生きたわけです。「仁義すたれて道おこる」。まあこれは老子の方がいったもので、だだということは、道がすたれて、亡いから、仁だ義だということを言わなきゃいけないんだと。

道が本当に行われてたら仁だとか義だとかってことは言わなくても、大きな徳、道の中にあるから。わざわざ仁だ義だなんて言うことはないんだと。

「大道すたれて仁義あり」って、老子の文句にございますけど、大きな道というものを体得したら仁義だはいらないと。

しかしあの中国の時代、周の王朝が崩れまして、みんなそれぞれ自分勝手に生きてた時代に、何とかこのすたれた世を、周の時代にあったようなああいう立派な社会にしなきゃいけない。孔子様はその時代の、只今必要なことに生きまして、仁義礼智信を説かれたわけですね。

老子は、あまりにもみんながその仁だ義だ・・・仁義礼智信って言いますと形にとらわれまして、立身出世するためには仁でなきゃならないと。

義礼智信がなきゃだめなんだということで、今度は逆説ですね。「天地に仁なし、万物をって芻狗と為す」と。「君子に仁なし、百姓を以て芻狗と為す」。

つまり、天地の間には仁なんかないんだと。万物、よろずのものを、芻、つまりわら人形のようにやりますよ。メタメタにつぶしてこんなふうにしますよ。弱肉強食、優勝劣敗。強いもの勝ちの世の中だよ。

そんな仁なんてちっぽけなものじゃないんだ。君子に仁なし。君子には仁なんかありませんと。百姓をもって、よろずの民を、わら人形のように扱いますよ、というふうに言っているんですね。

これは何かちょっと聞くと、恐ろしいようなことで、逆説ですね、孔子の。

孔子は、君子に仁がなければ全くね、君子とは仁を実践することなんだと。君子になるためには、まず仁が一番大事だっていうことを言ってるんですけど、この老子の言う意味は、そんなちっぽけな人情なんていうもんじゃないんだよと。

例えばこういう話がございます、ヒトラー。別にヒトラーがいいというわけじゃございませんけれど、国民の半数の意見を聞いて行なおうと思えば、どうすればいいかと。

もう半数の意見を無視することだと。こういうふうに言っておりますね。みんなそれぞれ自分のよかれと。国家のためにみんなのためになんて思っている人はあまりいませんので、ひとつのものを、政治を断行していこうと思えば、多くの人たちの反対とか、軋轢とかっていうものをある程度無視して……。

国民のためを思うんだけれども、そういう位置に立ちますと、自然の力はそうですからね。慈しみて、水を与えたり、太陽を与えたりしますけれども、そういう面もありますけども、非常に厳しい、自然淘汰の摂理があるわけですね。

弱いものが滅びまして、強いものが残りまして、突然変異があって、生成化育進歩発展したという、天地自然のそういう…。

ちっぽけな仁じゃないんだと。神様は自然をつくり、人類をつくったわけですね。自然をつくり人類をつくった神というものは、これは愛だと。神は愛なり、というふうにキリスト教ではいいます。

イエス・キリストは愛を説くことによりまして神を説いたわけですけれども、以前申し上げましたように、ミロクの世が来るまでに、もっと大きな善から見たら、マルクスも……。

いくら、神の国が近づいているから、パンを神の国になるために分かち合いなさいと言ったって、世の中二千年たってもよくなってないじゃないかと。

それは資本家というものが、資本を独占するからなんであって、パンを平等に分ければいい。資本を平等に分割すればいいと。生産と消費がうまくいけばいいんだと。

マルクスは神を否定しましたけれども、そのマルクス主義の理想は、平等な社会。食べたい時に食べたいものが自由に食べられるような世の中を想像しまして、『資本論』を書いたわけですね、エンゲルスと。

二人の悲願はそこにあったわけです。ですけども、キリスト教を真っ向から反対し、宗教はアヘンだとか言うんですけれども、これはもっと大きな目から見たら…。

封建主義、資本主義の大きな面が瓦解しまして、それでもだめだっていうんで、中国やソビエトは修正しまして、自由主義を取り入れております。

それから、エゴイズムの追求だっていうことで、自由競争をいいました資本主義も、あまりにそれをやりすぎるとアンバランスなので、国家がそれを、ある程度の計画経済、新しい経済学で、自由競争を是認しつつも、国際収支というものをバランスよく発達していくために、ある程度の計画性っていうものも、国家には必要だと。社会主義的な要素も管理していきますね。

そういうふうに大きな時代の流れから言いますと、マルクス主義というのは、必ずしも悪とは言えない。

で、神は愛だというふうにキリスト教では言ったんですけれど、そんなちっぽけなもんじゃないと。

孔子が仁だと言ったわけですけれども、そういうふうなちっぽけな人情とか、パンを分かち合いましょうよという面は神だけど、もっと大きな天地の法則、自然淘汰の原理原則というものがあるじゃないかと。

というわけで、とにかく天地には仁がない。よろずのものをわら人形のように扱っていきます。君子には仁がありません。百姓をもって芻狗と為すという面があるわけです。

これができない人はいわゆる人情家で、まあ西谷さんが前に言われたように、S長の家で、世の中に悪人はいないんだと、自分に悪があるからそのように写るんだと、ということで取引しましても、軽率に、きっと悪い人はいない、自分がよかったらきっといいんだと思いまして、詐欺にひっかかりましたりするわけですね。

ですから非常に厳しい天地自然の、この老子の精神というのがあって、この神は愛なりという、この愛を大きくとらえなければ、人間として、まあ本質的な完成度というんですか、まあ狭いわけですね。

まあそういうふうに、仁だ義だっていうことで、あまり言い過ぎましたので、お話はちょっと横道にそれましたけれども、老子の、「天地に仁なし、万物を以て芻と為す。君子に仁なし、百姓を以て芻狗と為す」というのは、ちょっと見れば恐ろしいようなんですけども、もっと大きな目から、なぜ老子がこのように言ったのかというと、やはり只今に生きていた。

「道のいうべきは常の道にあらず」と。おそらく、儒教の人たちが、「これが天地の道、天の性を受けている、それを行うのが道なんだ」というふうに、『中庸』『大学』なんかで言ってますけども、それに対して・・・。

ですからその、只今只今に生きているということは、孔子にしましても老子にしましても、お釈迦様にしても、民族と、時代と、刻々に変わっているその時に必要な真実というものに対して生きております。

ですから過去の教えにとらわれないで… ですから老子は達人ですね。老荘思想があるので、中国というものも、禅宗、浄土宗が流布したわけですけれども、とらわれないですね。

とらわれなきことの名人ですね、老子は。これだけのことはなかなか出てこないですよ。大した哲人だと思いますけれども。まあ神様のものをそのまま受けてたんでしょうけどね。

えー、老子の教えは北辰の教え。まあそういう境地に立って、こういう教えをみていかないと。

ですからこの、神人合一の道ということでお話を進めていますけど、この只今に生きるということは、お釈迦さんにしましても、孔子、老子、まあ伝教大師にしましても聖徳太子にしましても、非常に神とひとつになり……。

マホメットもそうですね。コーランか剣かと。前にも言いました、コーランか剣か、本当は税金かなんですけどね。税金さえ払えば、別にキリスト教でもユダヤ教でも、ヤーベの神様から出たんだから、信教の自由があったわけです。だから只今に生きていました。

五大宗教の教えの根本には、この「只今に生きる」という大きな大前提が全部つながっておりますね。

えー、ひとつの面から見てみました。もっとこれを、いろんな角度から私、見てみたいと思うんですけども、日本の茶道茶道の真髄は…。

ある時、千利休にお弟子さんがおりまして、千利休にこう聞きました。「謹んでお師匠さんに聞きたいと思います。茶道の極意は、一体どういうところにあるんでしょうか」と。

千利休は答えて言いました。「それは、春は春らしく、夏は夏らしくお茶を点てることだ」と。これが茶道の真髄だと。

千利休は答えたわけですね。お弟子さんは、「それだけのことですか」と。たったそれだけですかと。千利休に言いました。千利休は、「ほっ、お前にもしそれができるんだったら、わしはお前の弟子になろう」と。

千利休はそのように言いました。春は春らしく、夏は夏らしく、冬は冬らしくお茶を点てるというのは非常に難しいことです。

春だって明るく点てればいいってもんじゃないですから(笑)。夏だから涼しく点てればいいってもんじゃない(笑)。そんな浅い意味じゃないですよね。

ですから、茶道では秋になりますと、炉をですね、火がパチパチパチパチ、炉から炭火が見えるような入れ方をするんですね。

炉のお点前になりますと。それは、炉の火を見ることによって、暖かさというものを迎えていくと。夏に近づいてみますと、なるべくその水が、水面が広くなるようなものを、お茶碗も使います。

なるべく水というものが見えることによって、涼しさを感じようと。春から夏にいくときには、そのように、なるべく水が見えるように。冬に近づきますと、火が見えるように、暖かさを感じて、ああ冬だなと。

これは、華道でもいえます。華道は、春は春らしく、夏は夏らしく花を活ければいいと。で、じゃあその春のお花はどんなお花かといいますと、春らしいという春のお花がありますね。

しかし、どっか冬の名残りがある春だと。どこ来たるべき夏の訪れが、どこかに匂っている。こういうお花を活けないとだめなんですよね。完全な春!夏!秋!なんてないですよ。

どこか冬の名残りがあって、どこか夏の気配があるというのが本当の春ですよね。夏ったって、どこか春の名残りがあるんですよ。来たるべきどこか・・・。

有名な歌がありましたね。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」。

このように、茶道の真髄、華道の真髄も同じですね。夏は夏らしく、春は春らしく点てるというのは、まさにその自然の本当の本質というものを、一服のお茶の中に、演出の中に、その季節を表している。

日本料理もそうですね。春は春のお料理出てきますね。夏は夏らしく、春は春らしいお料理が出てきます。

旬のもの、季節のものが出てきます。そのあたりのパセリなんて季節感ありませんけども、ああ松茸ですね、初物ですねなんて食べるでしょ。

これ、神道は、中今に生きているという教えがあるんですけれども、只今に生きるというのが、例えば茶道では只今只今、春という只今の中に、只今を現すようなお茶の点て方。

春は春らしい風情、夏は夏らしい風情の中で、我々はその、それを点てている人の境地というものを、お茶の演出の中で感じるわけですね。

これは、お花でもそうです。そういうふうなお花を活けないと、とにかく冬だからっていうんで、真っ白で雪が降って「冬だ」って、これは小学生の絵ですよ。本当の冬というものはそういうもんですよ、ということを出すわけですね。

境地が自ずから気に現れている。こういうお花を活けなきゃだめなんです。これはなぜ、茶道にも華道にも、そして日本のお料理にもあるのかと言いますと、やはり禅宗の、只今に生きる。

神道の中今、今の中に生きているということに、日本人はどういうわけか感銘するわけですね。ああ、季節感が出てますねと。

ああ、なんと春らしいお点前ですねっていうんで、それだけのために、あれだけ貯金していたのを全部、着物着ましてお道具そろえまして。何年も何年もお師匠さんにかかって何百万もつんで、看板もらって何してるかっていったら、ああ結構なお点前で春らしいですねと。

たったそれだけを味わうために、あれだけプラクティスを積みまして、お金を出して、練習して、茶道を楽しんでると。それだけ価値あることなんですね、高尚な趣味というのは。なぜそこまで価値を見出すかということですよ。

やはり自然の、日本の芸術の中に、お釈迦様や孔子様や老子様が只今に生きるということを、宗教は宗教なりに実践してるんですけれども、芸術活動の中にもそれはある。

特に日本の芸術は、この只今に生きるというものが・・・。禅宗の教えもあるでしょう。老荘思想もあるでしょう。

神道の中今もあるでしょうけども、やはりひとつの、真髄っていうんですか、これに立脚しているから、自然に芸術の中に取り入れられ、日本人の性質、民族性、魂の奥にあるひとつの貫かれた法則ではないかと思うわけですね。これが芸術。

また別の面から言いますと、流通経済。倒産する会社と倒産しない会社。只今に生きている会社は倒産しません。

只今、若人はライフスタイルありますね。今、アメリカでフランチャイズ制がありますね、いろいろ。例えば若者の生活スタイルが、昔のような、例えばスーパーより二割三割高い商品でありましても、二四時間営業。

共稼ぎが多くなってきました。それから、夜、深夜放送。深夜番組なんか見ている若者は、もうスーパーが閉まっておりますので、スーパーより二割三割高くても、コンビニエンスストアに行って買うわけですね。

なぜコンビニエンスストアが流行るかと。昭和の初期には考えられなかったことです。それはライフスタイルが変化してるから。

流通経済も、只今只今に生きている会社は、今の若者の生活スタイル、ライフスタイルというものを見まして、すぐにフランチャイズ制、ほかほか弁当。

共稼ぎが多くなってきました。ご飯をつくるのも面倒だと。昔みたいにお料理ができなかったら、とにか二三十円か四百いくらでほかほかの弁当が食べられると。

ご飯だって只今に生きてほかほかしているという(笑)。冷めちゃってるのはだめ。

流通経済もそのように、いわばこれは市場の、一般市場のニーズですね。市場のニーズということをキャッチして商品開発しているものは、ヒット商品が出てきます。

それから、商品よりも感覚の時代ですね。戦前派というものは、まじめに一生懸命努力していいものをつくっていこう、すばらしいものをやっていこうと。ところが戦後の我々というのはフィーリング、感覚派ですので、広告の時代なんていいまして。とにかく広告がよく出ているのを買うわけですね。

ですからコマーシャルがなきゃ全然だめだという形で出てきております。ですから商品がよく売れる、回転率をよくするためには、広告宣伝がどのようになっているかと。サントリーなんかそうですね。広告合戦ですよ。

ですから只今に生きる。ライフスタイルも変わりました。感覚も変わりました。

その市場のニーズ。一般の若者の消費者動向はどういうふうになっているかと。只今只今に生きている。それを敏感にキャッチする。それには過去にとらわれない。過去の生産者指向から、今や少量多品種の消費者指向ですね。

作ったら売れるという時代じゃない。生産者側じゃだめ、お客様がどういうニーズがあるのかと。消費者の身になって作っていく少量多品種の時代ですね。いろいろなバラエティがあります。

昔は、ですからミディもあったりロングもあったり、ミニがあったりしました。ミニの時代、ロングの時代とありますけれども。

今はといいますと、ある人はミニ、ある人はロング、ある人はちょっとわけのわからないのとかあったり。竹の子だなんてのが原宿でありますけども。

とにかくまあいろんなのがきてますね。それに合ったように。少量多品種です。それだけ、市場というものが変化しています。

経済では、軽薄短小。軽くて薄くて短くて小さいと。このニーズをパッとうまく対応する人はいいんですが、消費者の動向が変わっているのに、対応が遅いところは倒産するんですね、メーカーとしましては。

ですからこの、過去にあった生産者なりの考え方、経済というものが、固い人はこれにとらわれまして、只今に生きることができないので、この市場制から取り残されていく。

ですから中今の思想で、惟神で、あまり観念にとらわれない。只今只今に生きていくっていう、一生懸命努力していくっていうのはね、ただ無謀に一生懸命やるっていうわけじゃないわけです。

過去の観念とか過去の常識にとらわれないで、今のニーズを素朴で素直に見ていく。

松下幸之助さんはこうですね。不思議な人で、あの人も。工場見学に行きまして、松下電器がかなり大きくなってからですよ。工場見学しまして、ハアー、フーン。松下幸之助さんが、十分も二十分も見てこう感動している。

「会長、どうなさったんですか」

「これはよくできているなあ、不思議だなあ」って。見たら真空管を見て感動しているんです(笑)。

「これがテレビを動かしているんですねー」って言って、真空管見て感動してる。そういう素朴な感動精神。只今只今の。そういうふうなものがありまして、発明が出てくるんですね。

お話が変な方にいきましたけど。まさに只今に生きる。とらわれないという人は経済の中でも勝ち残っていく。いかに、道の真髄であるかですね。極意であるかですね。

ですから経済人としまして、神人合一している人は只今に生きている。過去の流通にとらわれないで、只今の市場のニーズ、経済の構造。日本社会が世界の経済の中でどのような位置にあるのかを、常に見ている。

こういう人が先駆者でありますし、リーダーでありますし、技術の面におきましても、常に先端に立っていく条件ですね。

ですから、そのように応用していかなければだめなんですけども、芸術にしましても、経済にしましても、宗教にしましても、学問にしましても、人間性にしましても、ああでもないこうでもないと、くよくよしている人は進歩がないでしょ。

これ日本の、たとえば日本の国民が・・・、また余計な話かもしれませんが、只今に生きることができない国民性ってヨーロッパですね。

ちょっと最後にこれ言って終わりにしますけども。

例えば、前にも言いました。フランスに旅行した人に私、聞いたことがあるんです。ある人が行って果物を買おうとしたわけです。

これくださいと。「日本人か」。フランス語で通訳してもらって。「日本人には売らない。私のおじいさんは、第二次世界大戦でドイツ軍に殺された。

その時日本は同盟軍だった「じゃないか」と。古い話を根にもってるんですね。だからそんなドイツの同盟軍には果物は売らないなんて言うんですよ。

日本はですね、広島、長崎に原子爆弾を落とされまして、何十万人という人が亡くなったわけです。

ところが、原爆はよくなかった、二度と許すまじ。原爆を憎んで、罪を憎んで人を憎まずと言いまして、アメリカが来ましたら、チューインガムくださいとか(笑)、ハッピー、コカコーラ、アメリカンなんて言いまして、全くアメリカナイズされまして、アメリカ人というと、ワーいいわと。どこ行きたいというとアメリカ。アメリカ感覚なんて言うでしょ。

今、その日本人でですね、長崎、広島の人も、アメリカを恨んでいるっていう人はあんまりいませんよ。戦争がよくなかったんだ。核がよくなかったんだといいますけども。

アメリカ国民を、俺は死ぬまで恨んでいると。てっちりをアメリカ人にはごちそうしないなんていう料理屋はいませんよ。しかし、ヨーロッパはいるんですね。

ドイツに旅行した人なんかは、ああ同盟国だったからおいでおいでということで。私も学生時代ドイツ人に会いましたけど、あージャパンと言いまして。

何故かっていったら、ベルリン、ローマ、東京、枢軸国だったと。いますよヨーロッパ人。

日本は全部焼けまして、しかし器用にいいものを取り入れようと。只今に生きてます。原爆を落とされてもアメリカを恨まない。

もっと面白い例では、豊臣秀吉が朝鮮出兵しましたね。明の時に。それで日本の秀吉というのが、なんか明に攻めてきているらしいなと。

うそだろう、そんなわけないよということで、中国人は信じないんですって、軍人が。兵隊さんが。

そして中国の人たちに、日本が攻めてきたと、豊臣秀吉が攻めてきたということが、なるほど間違いないだろうと、いろいろ証拠を見てわかるまで、半年かかったんですってね。

まず何を驚いたかって言いますと、加藤清正のこうパッとありますね、配をふるうっていう。パッとやれば兵隊さんがパパパッとこっち来て、パッとふるとパパッとこっちに。信じられない。

なぜ右に行かなきゃいけないんだと。今左の方からこのように来ているから、右はこうだから、こうでなきゃならないと。

ああ、なるほど。それじゃ右に行こうかなって言って行くらしいですね。パッパッパと行く。

只今只今に、戦争でも生きていまして、一致団結するんでこのように日本人の国民性というのは、豊臣秀吉の時代もそうでしたし、日本が戦争を終えまして、これだけの経済大国になったのは、やはり只今に生きるというのが国民生活の中に、魂の中に、神道の中今の思想。

さっきありましたように、芸術にしましても、それにしましても、すべてこの只今に生きる。中今。即今目前聴法底人。

刻々の只今に生きているという国民生活。魂の中のひとつの法則として、日本人の日本神界の、ひとつの真理ではなかろうかと。これが世界の民族とみまして、大きな違ったところだといえますね。

こういうふうなことが、只今に生きるということをテーマでお話ししましたけれども、いかにこの短い言葉の中に、宗教の真髄、学問芸術経済、日本人の魂、神道の真髄が隠されているかと。

くめどつきせぬ言葉であるということを説明しまして、本日の講義、第一部これで終わります。

どうも。(拍手)