【第一章】「祝詞」の秘伝(昭和59年8月4日)
祈りとは
【深見先生】昭和五十九年八月四日。
これには禊大祓というふうに書いてございますが、通常は祝詞、こう書きまして、祝詞って言うんです。まあ、普通は、祝詞といいますのは、のりごと、
神様にこういうふうに申し上げる。
前にも申し上げましたように、神道では、祈りというのは、漢字ではこう書くんですけど、言霊でいいますと「意乗り」で、意を乗せる。自分の意を乗せる。自分の意、意乗り。祈りは意乗りなんだと。
悪い祈りをしますと、これが悪、こんちくしょうなんていう意乗り。正しい真心の意を乗せると。真心の意を乗せるので、ほんとうの祈りになるんです。
だから祝詞っていうのは、簡単に言えば、述べていく。神様に対して祝詞を奏上しながら、例えば「お願いします」という一言でいいんですけども、「海山野の種々物を横山のごとくに置きたらわして、かしこみかしこみ申す」。
山にある物、海にある物、川の物を、こういうふうに横山のごとく神様に捧げまして、感謝、御礼いたします、というふうな形に意を乗せて「ありがとうご「ざいました」と言うのと、「ありがとう」と言うのと、やはり、エモーションのね、乗せ方というのは随分違うと思うんです。
そういうことで、祝詞というものは、日本の神道の場合は、意を乗せるために。まず前に言いましたように、祈りには幽祭と顕祭があると(板書)。
幽祭といいますのは、例えばキリスト教のプロテスタント。もうお腹の中で、神様は私たちのことをよくご存じだから、全知全能だから、全知全能の神だからよくご存じだと。
だまって心の中で、「天にまします我らの父よ願わくば御名の尊ばれんことを。御国の天にあるごとく地にもあらしめよ」というふうな形で、心の中で深く神様に祈っている。これ、みずからの幽の、目に見えない幽かな部分で斎祭っているという幽祭。
顕祭と申しますのは、例えばカソリックの場合、非常にこの儀式、セレモニーをもちまして、ろうそくを何本も立ててこう祈って、何度も何度もおじぎして。仏教なんかもそうですね。
非常に形、フォームをもってお祀りすると。ほんとうは、これはそうでなくて、神道の場合には、顕幽一致した祭式と。顕幽一致する(板書)。つまり、形、目に見えないかすかな心の部分を乗せて、ひとつでありますと。気持ちだけあってもだめだと。
気持ちがあれば形にあらわれて、神様に斎祭る。形があってもだめだと。そこに真心が乗らなきゃだめなんだと。神様の意が乗らなければ、ありがとうという神様の意が乗らなきゃだめなんだと。どちらが欠けましてもだめなんだと。
どちらが大切かっていうと、目に見えない、やっぱり目に見えない世界のほうが大事ですけど、両方ひとつ、同じぐらいに大切。
例えば、『徒然草』にこういうものがございます。仏前の前で、お経が置いてありまして、木魚が置いてありまして、ほかに何もなかったと。ひとりでぽつんと座っておりますと、そこで、あんまりキリスト教の讃美歌を歌うとか、あんまりその、微分方程式の問題を解いてみたいという気持ちにならないですね。
自然に、これあるんだったら、持って木魚をポンポンポンと。これも、チャンツクチャンチャン、ツクチャンチャンというリズムで、いろんなリズムでやってみようかとか、ポンポンポンとたたいてみようとか、三・三・二拍子でやってみようかとか。
やっぱり形があったらとってみる。お経の本が開いてあったら、「摩訶般若、コンコン」、やっぱり自然に形があったら、そういう気持ちになっていくと。何もなくて、ただ、琵琶という楽器が、楽器の琵琶が置いてあると、自然にそれを弾いてみたくなるような気持ちになると。
心は形を求め、形は心をすすめる。浅草橋に仏壇を買いにいきますと、三善堂ってところに書いてあります。形というものは心が備わっていくもので、心は形を求めるもんだよということで、そういうようなことを言ってます。
自然に、そういう形があると、そういう気分になっていく。スーツを着るとスーツの気分、モーニングを着ますとモーニングっていう形で厳粛な気分になります。
ラフな格好をしますと気持ちがラフになる。これは、やはり人間の心理とか、幽の部分ってのは非常に形に影響されるもので、日本神道の場合は、顕幽一致した形でいると。これが、祝詞というものをあげる前の基礎的なものですね。
高天原の意味
ですから、神社へ行きましてもどこへ行きましても、まずそういう気持ちで、心が入ったお賽銭でもお玉串でもしないとだめなわけですね。お賽銭さえバッとすればいいもんじゃなくって。そういうお参りの仕方すると、御神霊がぱあっと感応します。
そういう意味で、祝詞というんですけど、これは禊大祓という形で出ております。最初にこれ、「高天原に神留座す」というふうに出てますね。
これあの、いろいろな文献を見てみましても「たかまのはら」という形なんですけども、やはりこの、天武天皇がおつくりになりましたところの『日本書紀』『古事記』』の、『古事記』の注釈で、これは「たかまのはら」って言うんじゃなくて、「たかあまはら」と読むのが……っていうんで、これが万葉仮名で「阿麻」という形で、こういう字で当て字がちゃんと万葉仮名で入ってます。
だからこれは「たかまの」と言うんじゃなくて、「たかあまはら」と読むんだということが、平田篤胤の文献に出ておりますし、まあ「たかまのはら」、高いところの中心的な原ということもありますけど、魔が入ってるというニュアンスがありますんで、「たかあまはら」と言ったほうが音がきれいだということを、平田篤胤なんかも言っておりますんで、正式には「たかあまはらに神づまります」と言うほうがいい。
「つまります」でも「づまります」でもいいんですけど。
それと「高天原」ということが大事なんですね。高天原というものは琵琶湖だったんだと。近江にあったんだと。高天原近江説。
それから、それは飛騨高山にあったんだと。高天原飛騨高山説。いやそれは、高天原というものは、卑弥呼がいたところなんで大分県にあったとか、あるいは高天原というものは九州高千穂にあったんだとか、いろいろな学問的な解説があるんですけど、ほんとうは、これはもうホーリー・プレイス、聖なる場所と。
ですから、例えばこのお家ですと、高天原はどこかというと、お二階の御神前ですね。日本の高天原はっていいますと皇室、あるいは伊勢神宮。
必ずその場所で最も清らかな場所、清浄な場所、これが高天原なんです。「高くて尊い原」と。
ですから神霊界でも、高天原というのは現実にございます。大体、太陽の奥の太陽神界というのが普通高天原なんですけど、現実に天照大御神様がいらっしゃいますし、天津神さまもいらっしゃいます。
御神霊とここでおりますと、時々神様がいらっしゃったときに、ぱっと感覚で、雰囲気とか気でわかったり、香りがしたり、波動で、気で、あっ、これは天津神の神様だとか、大国主命さんだったり、どうもそのエネルギッシュなオレンジ色の感じがしたり。
清らかな感じがしたりします、観音様が来た場合。神々様によりましてずいぶん違います。
M君のご守護神さんの天太玉命さんは、何かすかっとした形で、ぱっとパワーがあるという感じですね。高御産巣日さんは知的密度が高いという感じがしますよね。やはり神々様によりまして、気の重さとか、輝きとか、温かさとかってずいぶん違うんですね。
現実に、高天原というのは神霊界にございまして、神々様もいらっしゃる。ですから、この高天原に、高天原ということは、神霊界でもそうですし、日本の国土でも、一家の中でも、そして最も大切なのは、自分自身の御魂の部分、高天原と。
ですから、ほんとうは御魂のある脳の後ろとか、心の幽の一番、自分自身の体の中、心の中の清らかな部分、御魂の部分というのが、まさに高天原なんです。
そういう意味で、宇宙の高天原、神霊界の高天原、国家の高天原、一身におきましては自分自身の体の中、心の中、魂の高天原に神づまりますと。
神様が詰まりますということは、いっぱいいらっしゃいますと。ギャザリングします、ゲット・トゥギャザーだと。神様が集まりますよと。フロック・トゥギャザーと言うと失礼ですので、非常に集中して、神々様がいっぱいやってきます。ということは、神気がそこへ充実して入ってきますということなんです。
「高天原に神留座す」と言うときに、わけもわからずに言うんじゃなくって、そういう自分自身の…。ですから、神社の中であげますと、神社の中のお鏡の高貴な部分に神様がいらっしゃいますという意味ですし、神社のないところであげますと、自分自身の中の高貴な部分に神様がいらっしゃいます。
神気が充実して、ご神気、ご神霊がいらっしゃいますと。こういう意味なんですよね。そういうつもりで、「高天原に神留座す」というふうに祝詞をあげなきゃいけないわけです。
この最初が大事なんですね。それだけでいいぐらいですね。祝詞のポイントはそこなんですよ。「高天原に神留座す」と言うだけで、もう、ほんとうの意味がわかっておりましたら、それで神様はいらっしゃいます。
神魯伎神魯美
今度さらに、そういうふうに高天原の高貴な部分に神々様、神気が集まりまして、「神魯伎神魯美の詔以て」と。
神魯伎といいますのは、男神様の最初の神様が神魯伎命。神魯美というものは、女神様の最初の神様なんです。これ、まあ菊理姫様は神魯伎命さんの娘さんなんだという説が、『秀真伝』なんかにも出ておりますけども、「神魯伎神魯美の詔以て」っていうのは、男神様・女神様の最初におでましになった、あるいは神魯伎というのは男性で縦の働き、(神魯美というのは女性で)横の働きの最初の働きの御心によってと。
ですから、神々様のもとの神様と。働きの最初の神様と。男神様と女神様、陰と陽の結合。
そういう「詔以て」、御心のまにまにと。働きがあって、皇御祖神伊邪那岐大神と。「皇御祖神」というものは、「すめる(皇)」という皇室の皇ですね。この「すめ」というのは。例えば天照皇大御神様。天照大御神様と書く場合と、ここにこういうの(皇)が入りますね、天照皇大御神。天照皇大神宮なんていいますね。
天照大御神様っていうのは、そういう形で天上界にいらっしゃる神様、すばらしいんですけど、これ「すべる」がつきますと、これ別名、統一する、統べると。
「すめ」とか、「すべる」とかということで、宇宙の中心で、高天原の主宰神としてそういうものを統率しておられる。統べ守りたまえる、統率していると。
皇室というのはそういう意味で、国家とか、あるいは皆それぞれの祖先を代表して、統べっていると。滑って転んでっていうことじゃなくて、すべるということはそういう意味で、統率する、統一するという意味なんですね。
ですから天照大御神様という場合と、天照皇大神宮という場合と、神様の働き方が違うんです。ですから、伊勢神宮の天照大御神様。天照坐大御神様ですね。
同じようなことですね。(坐とは)お座り、いらっしゃいますところのという意味で。
ですからこの、皇御祖神というのは統べる御祖、皇御祖神伊邪那岐大神というのは、そういう形で、統べ守りたまえと。
神生み、国生みをする形で神魯伎神魯美の、男神女神の最初の、「高天原」神霊界の奥深いところで、神魯伎神魯美の神様がいらっしゃるんですけど、その命令をもちまして、この三次元、この国土に、要するに五次元神界に、神生み国生みを出しなさいという地球の生成活動するための、最初の神生み国生みのお働きの伊邪那岐命様。
まあ伊邪那岐と伊邪那美命さんがいらっしゃったんですけど。
その後で、伊邪那岐命が黄泉の国へ行って、「もう来ないでちょうだい」と伊邪那美が言ったんですけど、そう言われてみたら見たいということで、伊邪那岐命さんが黄泉の国に行ったわけですよね。
「見ちゃ嫌だ」と言うのに見ちゃったら、体のほうに雷の神様とかね。
もう本当にえぐいというか、姿を見ちゃったので、「見たな」なんて言われまして、「私、見ないでと言ったのに、「見たな」なんて言って、(伊邪那岐命は)黄泉の国から逃げていった。そして、醜女、探女なんていう。醜女というものはブスの、探女というものは隠密みたいな神様なんですけど、悪神でね。黄泉の国の魍魎がついてきて。
そして、伊邪那岐命が冠を捨てたり、いろいろな物を捨てたり。地位や名誉を捨てるという意味なんですけど。
それをぱっと醜女、探女が見て、「あ、こんなのもらっちゃった。ヒッヒッヒ」なんて言っていると、「あっ、私、何をしていたの。あっ、伊邪那岐を追わなきゃ」ということで、伊邪那岐命は逃げて行った。
そして伊邪那岐命が、これが夫婦喧嘩の始まりだと言われているんですけど、「もう、あなたの国の人間は、一日千人私は殺してやるんだ」なんて、伊邪那美命さんが言いました。
そうすると、伊邪那岐命が、「そう言うんだったら、一日千五百人の産屋を建てて、千五百人を私は産んでやるんだ」と。これが夫婦喧嘩の始まりと言われておりますけど。
そして、黄泉の国から何とか脱却しまして、「ああ、もうああいうところは「嫌だ」と。前に言いましたね。八十禍津日、大禍津日、直日命、大直日命で禊祓いをして、そのときにあらわれたのが天照大御神、月読命、素盞鳴尊。
そこが、「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊蔵へ給ひし時」というのは、『古事記』の、黄泉の国から出てまいりまして、「ああ、もう、あんな黄泉の国なんか二度と行くんじゃない」と反省しまして、身をきれいにしようというところで、この筑紫の、九州の、日向の小戸の阿波岐原という、現実にもそうなんですけれども、神霊界にもあるわけですよね。
そういうところで「御祓い時に生坐せる」ということなんですけども、これは『古事記』のほうから見解釈なんですけども。
