【第二章】素の神様と次元界(昭和59年8月22日)
四次元は心の世界
【深見先生】二十二日。きょうはめでたいぞろ目の水曜日でございまして。
皆さん、次元界のお話、聞いたことないですね。ね、きょうは次元界って出てきましたんで、次元界のお話をしたいと。Sさんは聞きましたね。
【Sさん】聞いてないです。
【Sさん】はい。
【深見先生】あ、聞いてないですか。ちょうどよかったですね。
【深見先生】えー、次元界のお話をいたします。まあ、前にこういう質問がありまして、一次元というのは点でしょと。二次元は線ですねと。三次元はこの世界でしょう。それ以上の世界ってあるんですかと質問がありまして。
えー、三次元というものは、我々の生きているのが三次元でして、時間と空間があるわけです。
一日二十四時間、一年三百六十五日と。こういうふうな空間というものがある世界、これが三次元ですよね、現実界。ところが四次元というのがあるわけです。四次元世界の神秘とか、四次元の何とかとか。
要するに、四次元、四次元、もうこの世ではないような世界というのは、全部をひっくるめまして四次元と、一般的に言われているんですけれども、これはもうちょっと、そういうふうな大きすぎたその分類ではなかなか説明できない世界がありますので、ほんとうはもっと厳密に、あの、区別してみますとまあ、一般的に四次元と言う場合あるんですけれど、ほんとうはそうではなくって、四次元というものは、例えて言いますならば、これはもう心の世界です。
肉体内の世界。えー、四次元とはどういう世界かと言いますと、例えば心の世界。目をつぶりますね。例えばIさんが目をつぶりまして、アメリカ行ったことあります?
【Iさん】ないです。
【深見先生】淡路島行ったことあります?
【Iさん】ないです。
【深見先生】佐渡?【
Iさん】ないです。
【深見先生】四国。
【Iさん】ないです。
【深見先生】九州。
【Iさん】ない。
【深見先生】北海道。
【Iさん】ないです。
【深見先生】海外生活ないんですね(笑)。
【Iさん】沖縄。
【深見先生】えっ?
【Iさん】沖縄行ったことあります。
【深見先生】沖縄、ありますね。例えば沖縄の世界をこう思い出すと。ああ、五年前、彼女と二人で沖縄の海岸をとぼとぼと歩いて、ひじ鉄砲を食らわされたな、そういう思い出がイメージで思い出しますね。
そうするとイメージの世界、心の世界では、沖縄と、この目黒と――目黒かどうかわかりませんけども、東京と沖縄の空間は超越してるでしょう。あのとき、三年前に、彼女もあんまりしわもなかったし、おれも白髪もあまりなかったんだけども、今じゃこんなに白髪で(笑)。
例えば、そうすると、過去、距離も、時間・空間超越してますよね。二年前の姿というものがぱっとイメージの中ではほうふつと浮かんできますよね。沖縄っていうと、もうすぐに沖縄ですよね。
アメリカでしたら自由の女神。ああ、自由の女神はすぐにもう、自由に目の上に来たりなんかしてね。自由の目上って言うんですけれど(笑)。
とにかく、そのように人間の心の世界、イメージの世界といいますのは、距離と時間を超越しますよね。例えば、未来の僕なんて考えますと、未来の僕、そうか、イマジネーションの世界では、未来を超えますから、過去、現在、未来、時間・空間を超越した世界というのは、例えばそうですよね。
ですから、この接点というのは、夢の世界ってのはそうですね。〇光宏会では、夢とはどういうものかと。
守護神さん、守護霊さんが、過去の悪いものを消しちゃうから、夢のことはすぐ忘れたほうがいいんだなんて言うんですけど、そうではなくて、夢にも雑夢とこれもフロイトとかユング、いろいろ言ってますけど、雑夢、霊夢、神夢ですね。
(雑夢というのは、)これはもう体が悪いとか、うわー、足がもう、中世の景色がありまして、どこかで非常にもう足かせ、手かせ、うわーっと起きてみたら布団が足にくるまってたとか。
例えばおなかが痛かったらおなかが痛い、そういう肉体的なこととか、全然関係ないような夢を見ます。大体こういうのは白黒が多いんですよね、白黒が。
霊夢というのは、守護神さんとか守護霊さんとか、ご先祖さんなんかが見せる夢です。非常に象徴的に出てきます。時間・空間超越します。
神夢というのがあるんですね。ほとんど神夢と霊夢というのはカラーで見ます。大体、朝の五時ぐらいに見るんですけども。そういうふうに三次元の時間・空間との接点ですから、夢は。こういう世界に近いので、その世界から写し出されていくと。
守護神、守護霊さんとか神様が、この接点で見る場合があるわけです。
つまり、まあ三次元の世界と四次元の世界ってのは、肉体と心の世界であると。ところがその四次元といいますのは、あくまで今申し上げましたように、過去の記憶とか、現実界に基づきました未来のイマジネーションですから、すべて三次元のこの世界に基づいているわけですね。
そうでしょう、心の世界ってのは、全然見たり聞いたりしたことない世界は思い浮かばないわけでして、何かがきっかけになりまして、それからそれとエスカレートしていくわけですから。
この心の世界といいますのは、全部表裏と。三次元の世界の表裏なんですね、三次元と四次元は。ですから、三次元と四次元はひっくるめましてこの世のものだということが言える。
えー、特に、その三次元の世界の中で、どういうふうに生きていったらいいかという教えが儒教です。孔子の教え仁・義・礼・智・信。
仏教というのはどういうふうに言うかといいますと、やはり心の世界です。
ああも言えるし、こうも言えるし、こういう心を持っちゃいけない、ああいう心を持っちゃいけないと。すべて仏教の世界というのは心の世界を説いております。仏の教えはラッキョの実にさも似たりと。
むけどもむけども実はあらずと。「例えば、例えば」というのは心ですから、見たり聞いたりしたり、わー喜んだり、さっき喜んだかと思いますと、嫌なこと聞くとがっかりしたりと。心の世界ってのはころころ変わるわけです。
見たり聞いたりしたものに感じまして、ころころころころと変化しますので、仏教ってのは無尽蔵に教えが出てくるわけです。まずは仏教というのは心ですから、心のあり方を全部説いているわけですね。
五次元以上は神様の世界
ところが、五次元というのがあるわけです。五次元とは何かといいますと、いわゆるこれが神様の世界なわけです。
例えば神様の世界といいますと、えー、榛名の神様とか、八幡様とか、大黒天さんとか、天照大神様とか、顔とかお姿とか、須佐之男命さんとか、日本の古事記に出てくる神様で、お姿がある。
ここには光とか熱とか、エネルギーなんかがあります。神様の世界という世界があるわけです、神霊界が。
通常、この世の中ってのは、現実界のことをうつし世って言います。うつし世って言いますよね。なぜうつし世と言うか。
大体、神様の世界で起きたことが四次元に写ってまいりまして、それから現実界にも写ってくる。だからうつ世というんだと。写されるんだと、こういう順番で。
これを、五次元と言いますのは、ですから御魂返しと言いまして、どんどんどんどん前世へ戻っていきますと、何人か……。
前世へ戻っていきますと、何々の命、何々の神様と。まあ大きく分けまして、伊勢系と出雲系がありまして、伊勢、まあ縦から、天津系と国津系ですね。古事記の中で天津系、もとも天孫降臨した天津系。それから国津系というのは大国主命さんとか、ああいうふうな人たちですね。
まあ、これ言うとユダヤ的なユダヤ系のあれなんですけど、発想とか、現実界で、あんまり高貴な神様の世界がよくわかんないけど、体を動かすほうがいいんだと、お金をばんばんもうけて世の中おおらか、おおらかにね、活発に生きればいいじゃないかという、そういう人生観のある人、国津系の人多いですね。おなかが大きくて、はっはっはっなんて、大黒様、恵比須様のようなそういう顔している人多いですね、国津系の人は。
とにかく仕事して、働いて、汗水たらして、一生懸命労働して、お金もうけとか、そういうのするのが好きだと。天津系の人はどちらかといいますと、芸術。芸術とか、感性とか、宗教とか、神の世界とか、そういうのが好きな人多いですね。
その両方を持っている人は伊都能売の働きと言うんですけど、両方持ってる人いますけど、一般的にそういう人が多いですね。
えー、そういうふうに、まあ二種類に、天津系と国津系に分かれるんですけど、まあ大国主系、天照系。
まあ、そして、御魂の系統っていうのあるわけです。ですからその、大体ずっと戻っていきますと、十六万年ぐらいですか、十五万八千年ぐらい前に、何か神様の世があったみたいで。
もっと前にあるんですけどね、いわゆる日本の『古事記』で出てくるような何々の命っていうふうな名前でいたのが約十六万年前ぐらい前でしょうか。
(数万年前の)大きくムー大陸か何かどーんと沈みましたときの、その当時の記憶というのは御魂の世界に近いですね。
これをもう少し別な言い方でしますと……。(板書)えー、あんまりいい絵ではありませんけど、輪切りにします。例えば山田さんを輪切りにすぽっとすると。そうすると、肉体があると。肉があると。肉に基づきまして心の世界があると。
ここでいった魂の世界がある。これは全部あるわけですね。すぽーんとこう、輪切りにしましたら。これはですね、こういうふうに次元界のお話ししましたけれど、輪切りにすると中にあるわけです。
例えば肉体は肉体です。例えば、もの、何、それに合わせまして心の世界がありまして、魂がある。どういう世界かといいますと、例えば、「うーん、音楽をやろうかな」と思ったときに、おっ、おれは御飯を食べたいと思っているのに、どういうわけかギターを持っていたってこと、まずあんまりないですよ。
スプーン持ったつもりがギター持っていたということは、まあ、あんまりないですよ。
音楽やろうかなーと最初思いますね。音楽やろうという前に、何かハッとひらめきますね。あ、音楽か、うーんという形で、感性が。今日はいい天気だなと。こういうときは、うーん、台風なんかが起きたら、「♪立ち上がれ~」、『チャンピオン』の歌かなんか、嵐のもとに、はあ、雷が鳴ったなと。何かはっとひらめきますね、そうだ、音楽やろう。
ギター演奏しよう。ハッとひらめきましたら、心が動きまして、ギターどこにあったかな。あ、そうだそうだ、ギター弾かなきゃと。
あ、ここにあったなと。そして肉体が動きまして、楽器を持って演奏するわけです。普通、ハッと何かが、うん、何かしようかなと気が動きますね。表現しようと心が動きますね。で、肉体が動くと。大体こういう順序です。
こういうふうに人間の内部の中に、これを輪切りにしましたらこういう次元界がセットで入っているわけです。見ますと、肉体の世界、心の世界。感性の世界ですね、この魂といいますのは。
まあ、吉田松陰先生が、「かくすればかくなるものと知りながら已むにしまれぬ大和魂」と。
こうしたらこうなると。「かくすればかくなるものと知りながら」。こうしたらこうなろうということはわかっているんだと、四次元界では、心の世界では、頭の中の現実界、三次元的に考えたらこうなると。
肉体の世界で割り切ればこうなると思う。私の心もこうだと。しかし、やむにやまれぬ何かがあるんだと。それが大和魂だ。かくすればかくなるものと、三次元、四次元で知りながら、やむにやまれぬ五次元の魂の世界。
六次元から上の世界とは
さらにこれをもう少し、もっと綿密に細かく分けているのがこれなんですけど、魂の世界っていっても次元があるわけです。
これは五次元といいますのは、形にあらわれた八幡さんとか、大黒天さんとか。まあ、大黒天というのはヒンズー教ですけど、大国主命さんとか、ああいう形であらわれました顕現神なんですけれども・・・・・・。
この第六神界といいますのは、もう少し微妙でございまして、神様の創造の世界なんですね。
どういうことかといいますと、第六神界というのは、例えば活動力、形を持って、姿を持って、こうエネルギーがありますけども、創造の世界。
例えば、こういう音楽というのはどうかなーと、ひらひらひらっと浮かんでくると。例えば、こういう絵を描こうかなと。何かこうイメージで、すばらしい芸術のものをつくろうかなという世界です。芸術活動にしましても、エネルギーとか
じゃなくて。これを極微実相とか、紫微天界、紫色で非常に極微実相玄現紫界なんていうのがM文明教団で言っておりますけど、紫微天界というのは、大石凝真素美翁と言いまして、明治時代に言霊学、言霊学をつくった方なんですけど、それがこの紫微天界なんて。
大体、この六次元といいますのは、ここまでが大体、姿とか形が出てくる。神様の形をとる前のまあ、とるんですけども、五次元の奥の世界です。五次元のもう少し微妙で、まあその世界と申しますか……。
えー、この六次元までが姿とか、形とか、あらわれる世界なんです。
じゃあ、この七次元、八次元、九次元って一体どういうものかといいますと、七次元以上というものは、別名これを隠れみの神界と言う。隠れみの神界と言いまして、隠れみのの中に入っているから、人間にはよくわからないと。人間の五感とか、理屈とか、理論とか、そういうもんじゃよくわかんないと。
なかなか理解することができないような奥深い神界のことがあるわけです。ここはもうカラーです。ここはもうオレンジ色とか、色の世界です。もう姿ないんですよ。色。このあたりですともう波動。神様の姿なんかとらないで、パーッ、しんしんと来るようなこの波動。
冬になりますとここで、冬のご神業はそうです。冬のご神業は、もうこの天界から来ますところの波動。すーっとやってきます。この神様の波動の世界です。
例えばその「天母様」という、こういうふうな波動がある。天母の気というのがあるんです。天母の気という、もう、はーっと包まれましてね、全身も魂も何ももう、「はー、お母様・・・」。
もう、懐の中にいるという、天母の気というのがあるんですよ。
天母様というのが、天母の気というのがありまして、これが中国で言いますところの、大体、天界の天母様の気が西王母と言うんです。これ、西王母と言いますのは、中国の、神仙道っていうんですか。
昔から神話にございまして、三千年に一度なる桃の実があるわけです。それを食べると人は、永遠の生命を得るんだと。
これ、西王母というのが言われているわけですね。謡曲にもございます、西王母。
それが四次元のほうへ参りますと聖母マリア様。ですから、聖母マリア様の気が来ますと、「お母様・・・」と。いやされていると。甘えたいという気ですね。
Tさんの、アメリカで憑きました殺人事件で殺された霊が憑いていまして、見た人も聞いた人もいると思うんですけど、そのときは聖母マリアさんに来ていただいて。
向こうはアメリカ人ですからね、般若心経をあげても、「ホワット?」っていう感じですね(笑)。「ホワイ?」。よくわかんないわけですよ。
ですから、そのキリスト教によって、聖母マリアさんが、もう、ちょうど水気ですね、月光菩薩さんのような感じですね。水気でこうサーッと癒されるんで、アメリカの霊も、こうして、もう。ははは、慰まった感じでね、体とか病気を治す。だからその聖母マリア様。
こういうふうにその次元界は、ぱっぱっぱっと、神様でも次元界によりましお名前が変わると。
念を残すとどうなるか
こういうふうに大きく分けまして、我々が知ってるのは三次元、四次元。この世界という、霊障、霊というのはここ(四次元)ですね。例えば心の世界ですから、殺されますね、「うわーっ、痛い、残念だ」という残念は、念が残ると。
残念だということは念が残るわけです。例えば恨みの霊なんていったら、くわーっと恨んでいるのは、こう角が生えますね。
この間、自殺しようとした人来て、あやうく膀胱がんでやられそうだったんですけども、あしたこそ自殺しようといった前日ぐらいに西谷さんのところへ相談に来て、ここにいらっしゃったんですけど、おつき合いしてて三角関係の人が死んじゃいまして、それで見たら、その人に自殺した人の霊が憑いていて)もう角を生やしているんです、まだほやほやですから、自殺したての。
ま五、六年ぐらいですから、髪の毛こういうふうにして、真っ黒なんですよ、黒いんですよ。
たまたま西谷さんが着てたセーターがその配色と同じでして、真っ黒のところに赤い筋が。顔なんてないんですよ、もう真っ黒なんですから、ここに赤い筋が入っている。
あ、ちょうど植松先生のその服の色ぐあいと同じです。
【植松先生】変なこと言わないで(笑)。
【深見先生】その黒のような色合いと、そういう色でございまして、顔が。こういうふうな赤でして(笑)。それが角が生えるんですね。
あれがもっと何百年もたちますと、こう般若の顔。般若あるでしょう。般若波羅蜜多心経というのは、別にああいうふうなものを祓えという意味じゃないんですけど、知恵の教えという意味なんですけど。
般若の顔になるんですよ、数百年たちますと。ですから、四次元というのは念を残す……。
恨みの念とか、それからお金がお金がお金が、あの財産どうなるんだろうか、自分が亡くなってみたら税金で取られるんじゃないだろうか、あの息子に渡すのは嫌だとか、もう下手なことするとああなるんじゃないか。
財産の執着。僕が残していた、あの大理石のつほの中に入れといた小判が何枚何枚何枚、あれはだれかあれを発見するだろうかなと、あんなとこに入れてこなきゃよかったななんて、死んでからつぼに入れた小判のことが気になって、
ずっと地縛霊になっていると。顔が小判ザメみたいな顔になっちゃったりなんかして。
例えば男女の怨恨、それから土地とか財産、お金、人間関係、子孫。事故で死ぬとか、変死するとか、ああ、もっと生きたいのにな、僕はもっと生きたい、生きたい、生きたいと思っているのに死んじゃってるから、生きてた子供に憑いたとか……。
水子の霊なんかもそうですね。わずか三ヵ月か四ヵ月ぐらいでおろしましても、子供は意志を持っておりますから、お母さんの腰か首か、大体、腰に憑きますけども、子供にずっとこう、後で生まれた子供に憑いて親に反抗するんですよ。
お母さん、何とか何とかって言って、異常なぐらいに反抗的な子供というのは、ほとんどもう水子はついてますね。
一人ぐらいならまだいんですけど、二人、三人、四人、五人になりますと、もうほとんど、非行少女なんていうのは、ほとんどそうですね。意思を持ってますから、水子であるんだけれども、
やっぱり顔も姿も心も持ってます。だから怖いですね。
まあ、お話がそっちのほうへ行くとあれなんですけど、とにかく念の世界だと。心の世界だと。だから四次元というものは、その心の念がありますので、素直な気持ちで、執念、執着なくなりますと、四次元のこの世界へこう行くわけです。
ですから人間には、輪切りになっておりますので、肉体は亡くなりまして焼き場に行きます。心は亡くなりましたら霊界へ行くんですね。
御魂は御魂でそういうふうに行くわけです、ぽっと。ですから、こういうものが持ったまんま四次元の中だけで、いつまでもここにべちゃっと四次元界にいる人は、いる人いますけどね・・・。
その御魂を持っている世界というのがぽっと抜けていく。御魂の世界というのが消えちゃいます。
不思議なことに、ああ、あなたはもう死期が迫ってますね、顔に死相が出てますよなんていう場合は、植松先生いわく、大体一週間ぐらい前に、もうご本霊が抜けちゃってると。
日常生活してるんですよ、心もありますし、体もあるし、生きてるわけです。霊体、ちゃんと生きてるわけですけど、何か影が薄いなという。
既に、五次元界の魂がぽっともう抜けちゃってると。だから、体は動いて生活をしてるんだけど、影が薄うございますねという、これが一番奥の魂がぽんともうないわけです。
種なしスイカとか、種なしブドウはいいんですけども、魂なし人間というのは(笑)、もう死んじゃうわけですよ。例えば。あまりいい例じゃありませんけれど。
天意の転換
こういうふうに、まあ、次元界を大きく分けますと、このあたりでもう止まっちゃっているんですけど、神社の神様というのはこうなんですけど、この第六神界というものが今度の天意の転換で、昭和三十七年…… 明治時代から始まっているんですけども、天皇陛下が人間宣言をしてから、天皇様が人間だと言ったときから、大きな神社の神様は天界へ全部一たん帰られまして、五次元の神様が、ぽーん、帰りまして、もう一度その第六神界という世界という、宇宙にそういう空間が広くなって、広がってきたわけです。
超高文明の世界だと、第六神界というのは。科学も、芸術も高度に発達してる世界が第六神界なんですね。太古そういう時代があったわけです、我々の魂の。
ですから五次元の上ですから、魂の奥の世界に、神様が御魂をつくられたときの記憶が残っているわけです。それ、コンピュータとか、すばらしい芸術というのは、魂の奥に入っている潜在的な記憶としましてあるわけです。
そういう世界がずっと広くなってきますので、太古にあったその超高文明。科学技術も、芸術も、社会も、宗教も、教育も非常に発達した神様の太古の神霊界にあるありさまが、この現実界へと移されていくと。そういう時代に入っているわけです、今は。
ですから、五次元の神様も、いったん天皇様が人間宣言なさいまして、終戦後もとへ返りまして、モデルチェンジ。
つまりダットサン、ブルーバード、最初はダサい感じでしてね、エネルギーも、こうやってたんですけれども、あるときからモデルチェンジありまして、ブルーバードも非常に近代的なブルーバードと。
この新型エンジンなんかも搭載しまして、テレビなんか、ラジオなんかも非常にハイセンス、グレードアップ。そういうふうなブルーバードというんで出てきて。
例えばですよ、あんまりいい例じゃありませんけども、神様に失礼ですけど。そういう感じで第六神界にお出ましになっていると。そういう時代が来るということです。まあ、来つつあると。
