【第一章】待つ心・松心・需つ心(昭和59年11月10日)
弘法大師・空海の求道心
【深見先生】本日は、人間の想念と神霊の感応について。
「神霊と一つになるシリーズ」で、先週もやろうと思ったんですけれども、高野山に行く前でございまして、突如として「特別シリーズ」が出まして、SさんもTさんも誠に残念でございました。萩原さんもお仕事で大変でございました。テープがございますので……。
高野山に先般参ってきたわけですけれども、真言密教といいましてもいろいろ……………。当時は唐の時代には、真言密教がなければ夜も日も明けないと。弘
法大師さんが唐へ勉強に行ったわけですけれども、単に真言密教を勉強したいからというのではなくて、弘法大師さんが真言密教の真伝を伝えられましたのはわずか半年ぐらいなんです。
(入唐して)一年半ほどして、何十年も修行している恵果阿闍梨には二千名以上のお弟子さんがいたんですけれどもお弟子さんを追い越しまして、わずか一年足らずで密教の奥義をことごとく伝授されたんです。
それだけ弘法大師さんは中国に行くまでに、もう求めて求めて求めて、「聾瞽指帰」、つまり「三教指帰」を書いたのが二十四歳ですから、二十三歳までにいろいろ仏教に生きていくんだということで、それから七年間、三十一歳までですか、求聞持の法灯につきまして、目の前に嵐が通り過ぎても、波切不動で乗り越しまして、三十一歳のときに唐へお渡りになった。
それも、求めて求めて求めて、どこまでも求めて。
先週の話題は先々週の七澤さんの、今日は坂本さんのでございますけれども。何度か、マンツーマンの……。
どういうわけか七澤さんの前になりますとキャンセルになりまして、またキャンセルになってキャンセルになって、それで、次もまたキャンセルかというときに、今日はタックルしてでもやってもらうんだという。
その前に四次元の除霊で、私も波長がそちらのほうに向かっていて、天界のほうへ三十分ぐらい、こう黙然としておりまして。それで、十一時か十二時ぐらいですか、十一時過ぎから始まりまして、ご神霊がばっとこう。
つまりこの、待つ姿勢というんですか。弘法大師さんが中国で、わずか一年、二年の間であれだけのものを会得するには、それまでに長い間・・・・・・。
最初、遺唐使の船に乗ろうと思ったんですけれども、第一船がもう出てしまったんです。ああ、もう少し自分が早く知っていたら、どんなことをしてもやってたのにと。
ところが、神様にそれを残念がったところ、難破しまして、船が。
それで、一年ほど船の出発が遅れてしまったんです。弘法大師が、何としても中国へ行って、その「大日経』を勉強したい、密教を勉強したいと思っていた悲願が、船を難破させまして最近は違った意味のナンパが多いんですけれども難破させまして、引き返してきて、弘法大師が、ぎりぎり船に乗る前に、私渡僧というんですか、官僧、許可を得た坊主でなきゃだめだったものですから、わずか、弘法大師が僧侶の公式の許可をもらったのが、唐へ渡る一ヵ月前です。
ぎりぎり間に合いまして、それも、船に時化を、嵐を呼んでずらしたほどの求道心だったわけです。
松・竹・梅の神霊的解義
七澤さんが、そういうので同じように、レコードの発売のチャンスを逃しましたし、離婚もなさいまして、いろいろ人生の苦しみと悲しみの淵の中から、何とかという。どんどん求めて求めて求めて、タックルしてでもという気持ちだったわけです。
このタックルしてでも今日やってもらうんだという気持ちが、神様のほうにも通じておりまして、私のほうにも来ておりまして、それで三十分間、こちらの方もびいーっと引き締まりまして、わずか一時間ちょっとのご神業でしたけれども、非常に素晴らしい状態でございました。
ですから、待っているという状況、待つ心といいますけれども、待つ心というのは、ただ待っている心、ウェイティング。
これに対し、「松心」(板書)というのは、もうずうーっと神様の正しい道というものを、どこまでも変わらない、エバーグリーンですね。春夏秋冬、落ち葉がございましても、松というものは色は変わらない。
どうしてその松を、お正月に松を出すかといいますと、神様を待っているんです。
元旦で、元、もとへ返る。旦というのは、地面の上にお日様が出てくるわけです。恒久平和の「恒」。「堅・誠・恒」の講義のときにお話ししたと思うんですけれども、立心偏というのは心という意味ですから、地面の上に太陽が出て、また地面に沈んでいく。
朝太陽が出てまた沈んでいくように、変わらない。常に変わらないで、まちがえないで夜明けがやってくるという心、これが恒です。恒心とか恒久平和といいます。恒久平和の恒というのは、そういう意味なんです。
そのように、元旦の旦というのは、そういう形で、もとへ返る。そして、一から神様をお迎えして、お正月めでたいめでたいと。というので、大みそかには門松をみんな飾っているわけです。
松というのは、変わらない心、どこまでも春夏秋冬、落ち葉がありましても、苦労、艱難、暖かくても寒くても同じ色だと。ですから、神様のところで松が出てきます。松竹梅の松。松というのは、この松(板書)。
竹というのは…… (板書「竹」)。
梅というものは、前にもお話ししたと思うんですけれど、国常立の神様のお話でしたと思うんですけれど、いろんなお花の中で、一番苦労の多いお花。
つまり、二月の初めごろですか、「梅一輪一輪ほどの暖かさ」という俳句がございますけれども、一番寒いときに咲かせるのが梅の花でございます。
どんなお花ももう枯れてしまっているんですけれども、梅は最初に、最も一年中で寒くて、厳しいときに、森厳と咲くんです。梅の清々しさというのはそうです。
ですから、神様の道も艱難辛苦を乗り越えて、苦労して、大慈大悲の観音様の試練を受けまして、厳しい、苦しいと。そういう一番厳しいときに咲くお花。
そういう一番厳しく苦しい艱難辛苦を乗り越えてやっておりますときに咲く花。これが梅の花の象徴でございます。
ですから、梅で開いて松で納めるとか言うんですけれども、梅で開いてというのは、苦労、艱難、努力していって、一番厳しく寒いときにぱっと咲く神の花。
ですから、梅は神様のお花。桜は仏様です。これに対しまして、これで梅はそういう厳しくて苦しい中で開くんですけれども、その後、実を実らせるわけです。しかし、梅の実と申しますのは、梅じそこぶ茶、梅しおこぶ茶、西谷さんが好きなやつなんですけど、体に非常にいい。お薬になります。
酸性、アルカリ性は別といたしまして、非常に体にとって有益な実です。
これに対しまして、桜はぱあーっと暖かくなりまして、みんながもう、春よ春よ、蝶よ花よと、四月の上旬ですか。
ぱっと咲きますけど、ぱっと散っていく。「しきしまのやまと心を人間はば朝日に匂ふ山桜花」という本居宣長の歌がございますけれども、そのように、ぱっと開いて、ぱっと散る。
みんな一つのお花でこう密集して咲きますので、天皇陛下の日本の国を言います場合に、桜の花に似ている。おまえと俺とは同期の桜なんて言いますけれども、桜というのは、つまり一つのほうにぱっと密集して咲きます。梅も密集しますけれども、どちらかといえば一つ一つが森厳と咲くんです。
一つのものに、天皇陛下のもとにうわっとみんなが団結して咲いているという状態が桜でございます。万朶の桜なんて言いますけど。
これは仏教でございます。役行者さんが、大峰山とか、あるいは伊豆大島ですか。役行者が流されたところなんですけど、役行者さんが開きました行場は、全部桜を植えております。染井吉野なんていいますけど。
桜の一番のメインは染井吉野です。その染井吉野といったら、吉野の桜というのは有名です。歴史の中でも、吉野の桜はたびたび出ておりますけど、それを植えましたのは、役行者さんでございます。
桜のお花には、菩薩様が、仏様がいらっしゃる。実際そうなんですよ。ですから、言霊でもそういうふうに例えます。あるいは神様のいらっしゃる場所というのは、橘に例えますね。橘の、神様の神気がお立ちになるとか、神徳が高いとかというので、橘。
そういうふうに、梅で苦労して努力して開いた梅を待つ。どこまでも変わらない。どこまでも変わることがなくやっていく。お互いに変わらない。常磐の松なんていいますけど。
そして、苦労して開いたものというのは、本当に実になっておりますので、常磐の松なんていいますけど、常盤台なんて駅がありますけども、常に変わっていかない。常に磐石な松。常磐の松ということが、歌舞伎でも謡曲でもよく出てきます。
竹というのはどうかといいますと、ご存じのように、強い竹というのは、節が多いんです。全然節のない竹は、不思議にも、ほんとやればすぐ折れてしまいます。
あんまり節くれだっているとあれですけども、強い竹というのは、節が多い竹は強いんです。まったく節のない竹というのは、すぐに割れます。
ですから、竹というものは若い男性。一つのものを乗り越してきて、竹の子ですね、地面の中から出てきて、そして一つの節を乗り越しまして、また伸びていく。そして、また節がある。艱難辛苦を乗り越していくごとに、強い竹になっていく。
「若竹の…………」なんていう形は、若人の男性。まあ女性もそうですけれども、「若竹の……」という形で言う場合、竹に例えて言っているんですけど、人生の関門、節、苦しみ、辛酸の節を乗り越してきて、磐石な強い竹になるんだと。
竹は丈と言いまして、丈が伸びていく。そういうふうに例える。松竹梅という形で、本当は梅竹松なんですけれども、梅でうわっと開いたのが、苦労して、口をつくるのが梅です。
松からお話が発展しましたけれど、そういうふうに、じっと苦労して、松は色が変わらないという松心。どこまでも一つのものを貫き通していく。
いっとき神様を信心しているけども、ちょっと目の前でいいことがあったら、やっぱり煩悩とあれのほうに気持ちが行きまして、お茶でも、お花でも、作曲でも、作詞でも、絵でも、最初はいいんだけれども、ちょっと行き詰まりが出て、一つ二つの節がありますと、つい越せない。
何としても辛抱に次ぐ辛抱をして、その節をまた通り越してジャンプする。どんな苦しみがあっても絶対に気持ちは変わらない。これはもう松心です。
こういう心に神様がいらっしゃるんです。じっと神様を待つ心、あるいは変わらない、一つのものを貫き通してどこまでもやり通したという心、それが松心です。
「松心」を持つ人に神様がくる
これは、先日のご神業で、一つの例えで言いますと、Yさんが、「僕には守護霊なんかいないのか、Y家のご先祖は守護霊になる人もいないのか」と、彼はひがみまして、先祖に文句言いまして、観音様は来たんですけど、守護霊はいないのかと。守護神様がまだ出ておられませんので。
そうしましたら、守護神さんは天之御中主の神様、
の神様なんです。
守護霊さんは観世音菩薩で、もうすでに。ぱっと守護神さんに聞きますと、二年ちょっと前に、もう家のご先祖と交代して観世音菩薩に変わったんだと。そういうふうに言っていました。
「二年ぐらい前に変わったらしいですよ」と言うと、「じゃあ、あの、僕が筑波にいたときですね」と。それは、Yさんの三千日間の(A宗で行っていた)
准胝行が終わったころだったんです。ですから、この中で、やっぱりこの待つ心、変わらない心。皆さんそうですけど、Yさんほどこの待つ心の……。Y松男にしたらいいと思う(笑)。Yの松っちゃんと呼びましょうか。
とにかく三千日といいますと八年です。八年間ちょっと一日も怠ることなく、あるいは宴会に行ったとき、あるいは研修に行きましたときにも、ちゃんとポケットに入れておりまして、おトイレの中に入って、「オンシャレイソレイソンデイソワカオンシャレイソレイソンデイソワカ」です。
准胝観音の真言を唱えまして、般若心経をあげまして、それで、あんまり効果がなかったわけです。
しかし例えば、 A宗の中では、タヌキとか、いろいろ立派な動物霊がいらっしゃるんですけども、特に際立った功徳っていうのはなかったわけなんです。ちょっと気持ちよくなったかなというぐらいで。
とにかく何とかっていう気持ちで八年間、一日も怠ることなく、約二十五、六分ですか、二十分ぐらいですね。一日も忘れなく八年間やったわけです。
A宗のほうではあまり結果としてはなかったんですけど、本人も知らない間に、守護霊さんが家のご先祖さんから観世音菩薩様にもう変わっていたんです。本人は知らないわけ。「あんまり効果ないな」なんて言って。
だけども、ごく平然と、「まあ、三千日ほどしたんですけど」と言う。八年間。これは待つ心といいましても、変わらない心などといいましても、それはもう大したものです。
それを聞きまして驚かない人はいないと思います。それに関しては誰よりも……。だから、Y松男にしたらいいと思うんですが(笑)。
だから、守護神さんがいらっしゃって、そうだったということがわかったわけです。だから、それが無駄じゃなかったわけです。誰も見ていないけれども、神様は見ていたわけです。
そういうふうにして待つ心、「神様、来ないのか」という。松心と待つ心は同じでございまして、知らない間に観世音菩薩さんが守護霊さんとなって交代していたわけです。あれは何観世音でしたか?
【Y】供法観世音。
【深見先生】グホウってどういう字で?
【Y】あの人偏に……。
【深見先生】はあ、これね。(板書「供」の字)ああ、じゃあ、法を供えているんだ。法則、法、法則というものをそなえた観世音菩薩様です。その供法観世音を名乗られて、最初にお出ましになった。
だから、自分では気がつかなくても、それだけの松心の三千日したことは、その物事では返ってこなかったけれども、神様がちゃんと見ておられて来ておられたんです、松心に。松心があって、来たわけです。
それが、年末に門松を立てまして、神様がいらっしゃるのを待って、元旦だということで、神様をお迎えする。門松を飾るのはそれですね。それはもう法則です、一つの。
待つ心、松心、需つ心
それとあと、前に言いました。「君子は需つことを知る」と。それは「需要」の「需」でございます。
例えば、「晴耕雨読」。お天気がよかったら一生懸命農業して、それから雨が降ったら読書をして、晴耕雨読して。例えば君子が、実力のある人、能力のある人、音楽的にセンスもいいし、楽器も演奏できるし、作曲能力もあるんだけれども、出るチャンスがない。
能力もあり、知識もあり、徳も高いんだけれど、まだ世の中に受け入れられない。世間でその評価が認められていないというときに、君子は需つ心を知っているわけだ。
焦って、自分があまり運の強くないときに、ああでもない、こうでもないと、売り出そう、売り出そうとして努力した人間は、ちょっと出るかもしれないけど、やがてだめになってしまう。
出る時期と引っ込む時期を知っている、君子というのは。私がまだ出て能力を十二分に発揮する時期ではないというときは、農業をし、雨が降ったら読書をし、晴耕雨読して、天の時を需つ。天の時を需つ、じっくりと。
そのために実力と鋭気を養っている。天の時を需っているということです、これは。
一つのことを貫き通しているという松心だけでなく、貫き通してはいるんだけれども、もっと奥深いところで天の時をじっくりと需って、自らを修養している。君子は需つ心、需つことを知る。この需つというのは、こういう需要のと書きまして需つ心。
もう少しこれはレベルが高いです。しかし、待つ心、松心、需つ心。同じ言霊です、これ。関連しております。
そういう心があって、「至誠天に通ずる」、「至誠にして動かざる事いまだ是れあらざるなり」と「孟子」で出てきましたけれども、そういう気持ちでいるときに神様をお迎えする。神霊と一つになるといいますけども、そういう気持ちで待つ心が非常に大事でございます。
お話はちょっと発展したんですけど、ここまでだったかどうかはわかりませんけど、一つはこの法則に則りまして、七澤さんはタックルしてでもというんで、じいーっと待ってて、キャンセルですと、今日。
ちょっとご神業に行きまして。うーん、今日こそと思って、ぐっと待っていたんだけれども、だめだった。三回目ぐらいで、うーん、だめだった。四回目も、もうだめかというときには、もうずうーっと待っているわけです。
まだかまだかと、ずうーっと。その姿勢があるんで、どうしてもというときに、ぱっと感応するわけです。
ところが今日は、待っていたことは待っていたんですけれども、その待ち方が……。坂本さんだったんですけども。神様はずうっと準備して待っておられるんですけど、本人の気持ちが、神様をお迎えするというのでなくて、目の前の心配事がありまして。
西谷さんは優しくて、ご相談に乗っていただきやすいというので、どうしても、ああでもない、こうでもないという形で、仕事の話題で花が咲きまして。
花が咲いたんだけれども、神様を待っているというエネルギーの蓄えが・・・・・・。ややエネルギーじゃないほうが蓄わってきまして(笑)。
今日はご神業も嫌だし、もう講義も嫌だし、仕事も嫌だし、人生も嫌だし、荻窪に住んでいるのも嫌だし、もう嫌だあ~という気がずっとありまして、このままどこで死に行こうかなんて気持ちが、もう嫌~という気持ちがありまして、もちろん御魂もあるんですけれども、邪魔が入っている。
七澤さんのときもそういう邪魔があったんですけれど、それ以上にこれが継続しておりましたので。
ところが、彼も途中で想念を転換いたしまして、神様にぴっと気持ちを向けたら、胸の嫌だあという気持ちがぱっと晴れまして、あっ、オーケーだと。そういうので、入っていったわけです。
だから、その待っている間というのは、単にあれやこれやとただ待っているんじゃなくて、こういう気持ちで待つ心というので待たないと、ご神霊に感応しないわけなんです。常に、これは一つの極意です。だから、待つ心の松心で、松心で需つ心で、じいーっと神様をお待ちする。
これは宇佐八幡へ行ったときそうでした。宇佐八幡宮へ参りましたときに、皆さんで、とにかくお参りをしようという時に、並んでおりまして、ああでもない、こうでもない、ここは何とかだ、何とかだという。
「皆さん、静寂にして、これから神主さんが祝詞をあげてくださるので、ここで神様をお待ちするという気持ちで、静か~に気を合わせてお待ちしましょう」ということがありました。あれと同じです。
そういう気持ちで行くとご神霊がうわっと来る。これは一つの法則です。
植松先生は表面的にはあれですが、奥のほうはぴしっと定まったお気持ちで待っておられる。中の境地というものは、こうでなければだめです。絶対に神霊と会ったり、神様から何かをキャッチするということはないです。
一つ簡単な例でということで、七澤さんと坂本さんと、一つの教材がございまして、Yさんの現象にも触れまして、ああこういうことなのかということで、実践をして勉強しなきゃいけない。
そういうことで、一通り区切りをいたします。
第一回をこれで終わります。(拍手)
