深見東州の土曜神業録9(Vol.7)

我と慢心が出ない生き方

これを「易経」では、「終日乾々、夕べに惕若」と言います。我と慢心が出ないように。「終日乾々、夕べに惕若」(板書)。

どういうことかと言いますと、朝起きたときは乾々。これは「易経」の乾のというのは、太陽という意味です。西北六白金星です。西北六白金星、乾の易でございます。乾坤一擲の乾。天地の天でございます。

ですから、終日乾々ということは、朝起きて、さあ、やるぞと、天を迎え、太陽を思い浮かべまして、さあ、今日も元気にやるぞ~という形で、終日乾々です。

そして、一日仕事が終わりまして帰ってきたら、夕べに惕若と。ああ、ああいう言い方よくなかったなと。今日はうまく行ったけれども、明日はうまく行くとは限らない。

あんなことで図に乗ると次は失敗するから、今日うまく行ったけれど、明日からもう一度謙虚にやらないと。油断しちゃだめだ。ああいうふうに人に言ったけれども、言い方がよくなかったと。もう少し優しく言えばよかったなと。

ですから、朝はさあ~、やるぞと思って元気に行くけれども、夕方帰ってきて寝るときには、自分自身の一日を反省して、明日はまたこういうふうにやっていこう。そしてまた、朝起きたら、「終日乾々、夕べに惕若」。

この「易経」の「終日乾々、夕べに惕若」という境地が、禅宗でいきますと、これです。

「日に新た、また日に新た、日に新た」(板書)。

禅宗の「碧巌録」に書いてあります。『碧巌録」に、日に新た、今日もまた新たな気持ちでがんばるぞと。また今日もまた、さらに昨日じゃない、新しい今日があると。また、今日はおとといと昨日とその前と違う、また新しい今日があるんだと。そういう新たなる新たなる境地、いつも新鮮な、「初心忘るべからず」の気持ちでいつも生きている。「日に新た、また日に新た、日に新た」。

素晴らしいです。『碧巌録」のこの文句は。

「終日乾々、夕べに惕若」、「日に新た、また日に新た、日に新た」。こういう気持ちで生きている人には、この我と慢心はなかなか起きない。一日のうちに、それを処理していく。

でなかったら、ちょっと調子よくいきますと、我と我が身に毒薬が入ってきまして、我と慢心の大きな薹ができてしまう。これが十代、二十代ならいいんですけど、三十代、四十代、五十代になりますと、我見、自分の見識と、それから生活を支えなきゃいけないので、収入という形の執着心がございます。

我執、我見というのは、四十、五十になりますと、もう必然的になってきますので、学問と大きな信仰心を持ちまして、「日に新た、また日に新た、日に新た」、「終日乾々、夕べに惕若」。

功なり名を遂げた人間は、いつも褒められたり、おだてられたりしますので、そのまま聞いていると、ああ、私の考えはどうなんだ・・・・・・になってしまう。だから、常にそういう気持ちでいきます。そうでないと、我と慢心。

それをもう少し突っ込んで、ご神霊に対してはどうするかといいますと、今申し上げたように、感謝先取りの方法。

「ああ、今日できたのは、昨日素晴らしかったのは、神様のおかげです」。何でも神様の前に行きまして、「神様のおかげでございます。昨日うまく行ったのは、神様のお働きがあったおかげで、あれも感謝いたします」。

人間様に言いますように、井草八幡さんに行きましても、どこの八幡さんに行きましても、守護神さん、守護霊さんにお祈りします場合にも、七〇%は感謝で、感謝の気持ちを、本当に自分が出ているか出なかったかということで、これは判断できるんですよ。

ありがとうという言葉にあまり実感がこもっていない場合には、神霊の働き意識の奥で実在を認めていませんので、神様はあまり働きません。

自分の意識の奥深くの中で、神様の実在を掌握するということは、本当にありがとうという感謝の気持ちがにじみ出てくる。にじみ出てくる。そういう気持ちになった時には、ご神霊はばちーっと受け取ってくださる。

そうして、「明日、こうこうこうこうでございますけれども、ひとつよろしくお願いいたします」と、お願いが三〇%。こういう七対三の、七対三か八対二でもいいですよ。七対三か八対二ぐらいで、神様に常に向かっておりますと、この我と慢心、神様に対する我と慢心が出なくて済む。

この逆になりますと、お祈りばかりはしているけれども、神の働きをどれだけ認識しているんだということになりまして、我と慢心。自分の目の前のことばかりお願いしてしまう。我執着が出てしまってだめなんです。

感謝先取りの法といいますけれども、ご神霊に対してこれをやっておりますと、この「終日乾々、夕べに惕若」、「日に新た、また日に新た、日に新た」というものを、抽象的な文句ですけれども、一歩突っ込んでご神霊に対して、この感謝、感謝先取りの法を実践しますと、「終日乾々、夕べに惕若」、「日に新た、また日に新た、日に新た」。これやれます。おのずからやれます。できます。

これを皆さん、神様にお願いするときには、よくよく注意していただきたい。

産土様でもこれです。守護神、守護霊もこれです。天照さんもこれでございます。これが我と慢心が出ないで、神様から好かれる人間になる一つの大事な要素ですね。

こういう人は、いつも神様から愛されていますから、なかなかいいやつだな、あいつは、ういやつじゃなというので、いつも守護してくれます。

いつもいつも神様から、ご神霊からバックアップしてもらえる人でございます。これが、本日の想念の中で一番大事なことです。ありがとうという想念なんです。これが一つのポイント。

いま一つは、先ほど言いましたように、神様を遠ざけるのは、怠りでございます。怠り。この怠りというのは、精進努力しない、怠けと怠慢の罪なんですけど、この怠りが起きるというのは……。

なぜ怠り、要するに、ずんだらとか、暇つぶしとか、精進努力しないで、怠けて怠けて何もやらないのか。

どうして怠けるかといいますと、一番最初というのは、この我と慢心の気持ちがあるので怠るわけです。本当に神様のおかげだという感謝の気持ちが透徹しますと、少しでもさせていただこうという気持ちで、精進努力が出てくる。

こんなものでいいやという気持ちじゃなかったら、謙虚な気持ちがありましたら、努力させていただこうという気持ちでやっぱり動くんです。慢心があるから、自然に怠りが起きてくるんです。本当にこの慢心がなかったら、怠りは出ないです。

矜躁偏急を戒めよ

我と慢心がなかったら、絶対に神様の道は成就できる。大事なところですので、今日は絞ってくどく言いますけれども、これは老祖様の話で、もう少し言ってみようと思うんですけど。

もっと上級レベルでちょっと難しいかもしれませんけど。こういうことが好きな人は、頭にかちっと入ったらいいと思いますので申し上げますと、人間が戒めなければならないところというのは四つある。

もちろん我と慢心なんですけれど、これをもう少し別な言葉で広げていきますと、「矜躁偏急きょうそうへんきゆう」(板書)だと。

「矜」は奢り高ぶるの意味です。古い字ですから、辞書には出てませんけれども、もっと古い漢文か漢和辞典に出ておりますけれども、古い。

「躁」、これは焦りです。普通はこういうふうな字を書きますけど(板書「焦」)、これはもっと太古に使われていた躁という字。焦りです。

「偏」というのは偏りです。「急」というのは急ぐ。

神様の道を成就していくにおきまして、一番気をつけなきゃならないのは、この四つの点。我と慢心をもう少し広げますと、この矜躁偏急というものになる。

矜とは何かというと、心奢りするから、慢心ですけども、自然に焦りが出てくる。これは、神様の道を少しでも一生懸命やろうと思うんですけども、春夏秋冬、順番に来るのが自然でございます。

春の後にすぐに冬なんか来ないです。

私は冬が好きだから、あの厳しさが好きだといいましても、春が過ぎたら、やっぱり夏と秋を経験しなければ冬は来ないんですけども、ステップ・バイ・ステップなんですけど、もう少し早く神様と神人合一したいと。

毎日毎日の積み重ねというよりも、とにかく早く早く良くなりたい。この焦りですね。

ですから、仕事をしておりましても、ごく自然に神様と一体となって、すうっと行っているんじゃなく、どうも仕事、こうせかせかせかせかして、焦りが出ている。

日常生活の仕事でも焦りが出ている。こういうように焦りが出てやったら必ず失敗します。どんな仕事でも、明鏡止水のごとく見ていないとだめなんですけど。

期限の切られた仕事なんか、何日までにやってくれなんていうと、焦っちゃって。

それから、偏です。これが気がつかない。偏りです。人間には必ず偏りがあるんです。

円満具足と言いますけども、一霊四魂というのがありまして、知・仁勇を兼備していたらいいんですけど、必ず知に偏しているか、仁に偏しているか、勇に偏しているか。この偏ということは、偏りです。

非常に偏った人間がいます。動物霊というのは、ほとんど性格の偏りの中に入ってくる。動物霊は。この偏り、偏というのが非常に難しいことです、治すのには。

特に、この偏といいますのは、何か好きなこと、自分が何か甘い物が好きだとか、こういう人間が好きだとか、音楽が好きだとか、何か好きなことがあります。

好きなこと、上手、得意なこと。ここに偏が入っている。バランスよく物事を見ていかなければならないんだけれども、非常に偏した人間、偏った人間がいます。

それは、物の考え方が我見、物の考え方が偏っていたり、趣味趣向が非常に変わっている。これは、大きなご神霊から見たらまちがっているんです。

最終的には急。急ぐ、何でも急いで、急いで、急いでやらなきゃ。これは若い人が特にそうです。十代から二十代というのは、短兵急に物事をやろうとするけど、そうはいかない。順序よくしなきゃいけないのに、とにかく急いで、急いでと。

起承転結とか、序破急とか、順序があるのに、どれでも急いで、急いでという、せっぱ詰まった感じ。変化に乏しい。

この矜躁偏急という人間の偏り、ものを急いでやろうとしては道は成就できません。神様の道は。神人合一の道は、急いでやってもできないんです。

二十歳は二十歳なりの神人合一、その人のレベルに、積み重ねてきたものに合った形で、自然に備わっていくものなんです。

急に得たものは急に離れていきます。新しく急に大きくなった会社というのは、急にだめになっていきます。老荘精神ですね。急に出てきたものは急にだめになる。

ゆっくりよくなったものは、ゆっくりだめになる。だから、徐々に大きくなってきたものは盤石なものになるんです。急いじゃいけないということで、急の弊害を言っております。

だけれども、矜躁偏急ある中で、まずどこから来るかと言ったら、全部、この矜から来るんです。矜。これは我と慢心です。心奢り。

知らない間に心奢りというものができているから、自然に焦る。自分の考え方でやっているので、何とかやろうと思うから、これは無理をやるので、焦りが出てくる。

自分の考え方の心、我見、我執があるので、自然に偏りが出てくる。我見と我執着があるから、何日までに何とかしたいという執着心があるから、急いでしまう。この我執、我見があるから、矜躁偏急という四つの弊害が起きるんです。

謙の徳をみがく

矜からすべてが起きます。私が『菜根譚』で、日本的に言いましたけれども、もう少し中国的にいいますと、この矜躁偏急。

では、この矜を改めていく、我と慢心を改めていくのに、神様のご神霊に対しては、先ほど言いました、感謝先取りの法というのがあったんですけど、いま一つ、皆さん、儒教のこれは頭が痛くなる人もいるかもしれませんけど、こういうほうがすっきり入る人がいますので言いますけど、これは尚真人しょうしんじんという人が…。 栂村先生の懐かしいあれでございます。

これは、謙の徳の修養ということによって、矜躁偏急を防ぐことができると。これは、儒教の目で見ますと一番大きな、まあ神様の感謝なんていう、ご神霊というようなもんじゃない世界の次元ですけれど、学問、教養の一つに入るんですけれど、謙の徳。

この矜躁偏急というか、我と慢心をおさめるために、いくら孔子の教え、四書五経の教えを勉強しましても成就できなかった。そこで、伊川先生、前にお話ししました、程明道ていめいどう程伊川ていいせん(板書)。

前に言いました「近思録」、宋学のバックボーンです。周渓先生が、漢の時代の訓詁の学というのがありまして、とにかく孔子の教えを、もうどこまでもどこまでも、しつこくしつこく、文字とか解釈をやる時代がありました。

漢の時代。それがよくない、こういう文字とかいくらあっても、本質がわからなければだめだというんで、周濂渓先生が孔子の原点に戻ろうと。

仏教でいいますと、小乗仏教大乗仏教、いろいろあったんですけれども、お釈迦様の原点に戻ろうじゃないかということで、達磨大師が禅宗を不立文字だと。お釈迦様の「天上天下唯我独尊」のあれは文字に書けないものだということを、達磨大師が追求いたしました。

同じように、儒教では、周濂渓先生という人が宋学を興しまして、孔子に出てくるもっと以前の世界でなければならんと。ねばならないからするというのではないんだよということで、お話があったわけです。

それを「静を主とし、人極を立つる」(板書)と。

静かなるを主として、人極というのは、人倫の道、人としてあるべき道。「静を主とし、人極を立つ」と。この周濂渓先生が、一言で宋学の真髄を言ったわけです。

静というのは、ねばならないからする、こういうふうに、仁はこうだからこう、ねばならないからする、観念でやるのではない。こうしなきゃならないからするのではない。

ごく自然に仁を行っている。礼を行っている。君子の道というものを自然に、心が静かな状態で自然にやれているというのが、本当だと。

そういう静かな波風が立たない境地を主として、主として、人倫の道、仁・義・礼・智・信の人の道をぴしっとやらなければだめなんだ。

訓詁の学に対しまして、ねばならないからするんじゃないんだと。倫理観念、道徳観念ですね、倫理観念、道徳観念でやるのではない。

もっと内面的な本質から出てこなければだめなんだという。これが宋学です。

水墨画が出てきた、北宋の厳しい水墨画の歴史がございますけど、そのもとにある宋学、宋の絵のバックボーンにありますのが宋学でございます。本質からぱあっと出てくる、それでなきゃいけないんだと。周濂渓先生が言いまして、程明道と程伊川先生が受け継いだ。

これをまとめましたのが朱子でございます。これが朱子学になって、日本に入ってきまして、南北朝に入ってきまして、大義名分論となって、林羅山はやしらざんとか、日本の江戸時代から武士道につながるところの儒教の歴史のバックボーンは全部これです。

これを昌平黌しょうへいこう。東大の前は一高、一高の前は開成高校、その前は昌平黌といいまして、昌平黌学問所といいました。そこでこの勉強をしたわけです、みんな。

周渓先生のこの「静を主とし、人極を立つる」。この真髄から出たところの儒教というふうに彼が主張したものを、勉強したわけなんです。

その渓先生の本質のものにするんだけれども、この程伊川先生が、どうしても我と慢心というのが、勉強していても本当の道の真髄はなかなか成就できない。

周濂渓先生の本質がなかなか自分はできないということで、一念発起いたしまして、一年間もう何にも考えないで、何も考えないで一つのことを僕は修業しようと。

何の修業をしようとしたのかといいますと、この謙の徳の修業をしようと。一年間、とにかくこの謙の徳の修業ばかりに、伊川先生は集中したわけであります。

謙の徳を修養した。物事をへりくだって、謙譲の徳謙譲の美徳なんていいますけど、日本のバックボーンです伊川先生が謙の徳を一年間修業した。

そうして、一年経ってみたら、もう丸っきり人が変わったみたいに素晴らしい人になったんです。

聖人に至るの道を楽しむ

近思録」に出ております。周濂渓先生が、明道・伊川先生に言いました。「顔回、三月、仁に違わず」と。

顔回は、ぼろぼろの家の中で、ぼろぼろの服を着て、貧しい食べ物を食べていたんだけれど、毎日毎日にこにこ、にこにことしまして、楽しそうに生きていた。

顔回は毎日毎日、にこにこにこにこと楽しそうに生活していたんだけれど、果たしてこの顔回は何を楽しんでいたんだろうと。

周濂渓先生は、皆さんに質問するわけです、ここで私が問答するみたいに。それほど大したもの、立派ではありませんけど私は。

渓先生が言いました。そうしたら、明道先生、伊川先生は兄弟なんですけど、「それは、聖人に至るの道を楽しんでいたんです」と。(板書「聖人に至るの道を楽しむ」)

同じ楽しみでもですね、聖人に至るの道を楽しんでございました。聖人に至る道と申しますと、神人合一の道と同じです、儒教的表現をいたしますと。聖人というのは、昔のや舜や禹や湯王、そういうふうな古の聖人、帝であると同時に政治家であると同時に、聖人君子であった、そういう素晴らしい人に自分もなるように努力、精進している。

顔回は、その聖人に至るの道をにこにこにこにこと、お金もない、食べ物もない、ぼろぼろ長屋で生活していたんだけど、それを楽しみにして生きておりましたと。

「顔回、三月、仁に違わず」。三月というのは長い間という意味です。仁に違わずということは、そういう仁の道を外れることがなかったということです。

「果たして、この顔回は、貧乏長屋で何を楽しみにしていたんだね、伊川君」と、周渓先生が言いまして、十八歳の伊川は、「はい、聖人に至るの道を楽しんでいたと思います」と。

「そのとおり!許す」というような感じで。この時伊川先生は十八歳ですよ、まさに天才です。

この明道・伊川先生の解釈いたしました「易経』整理と申しますか、「易経」を解釈している本の中で、明道先生、伊川先生の解釈した「易」の本が今のところ、日本でも中国でも最も信頼されています。

『易経」の解釈といいますと、明道・伊川先生の注釈本がほとんどでございます。それだけ朱子学のバックボーンになったのは、この系譜のもう一人、横渠という人がおりまして。朱熹がその人たちの対談、プロセスをまとめた。それが朱子学となった。

これに対しまして、王陽明先生は、聖人というものはそれぞれの天性に全部あると。血液の中、人間の中に全部、聖人というのは、もう元々あるんだと。

人間の人欲、欲望がそれに覆いかぶさっているんだ。この欲をとることによって、無欲になることによって、本来の持っている聖人を出すことができるんだと。

同じです。潜在意識、それを「良知」(板書)と呼ぶ。陽明先生は、元々ある聖人のことを良知というふうに言いました。

同じ知恵でも、頭じゃない。この観念の脳じゃないところの意識の奥にある良知だと。王陽明先生は、知行合一という中で、知と行というのは一つだということで、朱子学というのはあまり理屈、理論に走っていたので、体験上から知行合一の中で、聖人に至るの道は無欲になることでできるんだと。

これに対したわけなんですけど、そのことは、やはり周濂渓先生が、達磨大師のような形で現れているんです、儒教の歴史で。

それでお話はちょっとずれましたけど、程伊川先生が、「易経」の真髄を解釈したその方なんですけども、ただただ、この謙の徳を一年間、脇目もふらずに修業することによって、この聖人に至るの道。

ですから、先ほど私が言いましたように、我と慢心ですね。我と慢心を防ぐために謙の徳で勝負したんです。

我と慢心に対抗するのに、日本の神道で惟神の道でいいますと、感謝、報恩感謝。神様のおかげ、何でも感謝をして、神霊の存在の意義を十二分に奥深く認識することによって、我と慢心を出さずに済む。

おだてられたり、褒められたりでは、我と我が身に毒を盛るようなものだということは、常に自己否定して、人の恩、神の恩、天地自然のご恩というものを感謝して生きていくというときに、謙虚な気持ちになるんです。

伊川先生は、謙の徳を磨いて、我と慢心を出さないようにした。中国のこの有名な方たちは、謙の徳を磨くことによって、この聖人に至るの道の一番大事なところを、この謙の徳で修業することによって、みるみる近づいたわけです。

それは、我と慢心をなくすためです。文章には書かれておりませんけれど、の徳を修業した。

一年間、それに修養、努力したということは何のことかといいますと、もう我と慢心を出ないように、自分で。それ一つに専念したわけです。

ですから、聖人に至るの道で一番障りになるのが、やはり我と慢心だということにまちがいないです。

それを意識したがゆえに、伊川先生は、謙の徳を磨くために一年間ただただこれだけを専念した、と言われております。儒教の真髄をいったその方も、同じことだということを私が言いたいわけなんです。

では、この謙の徳というのを、もう一つこれを突っ込んで言いますと、謙の徳の修養とは何をしたのか。何でも、はいはい、はいはいと言って、頭を下げる練習したのでしょうか。

謙なれば虚虚なれば明、明なれば誠、誠なるがゆえに通ず

老祖様の尚真人という人の訓でこういうのがございます。私はこの言葉が大好きで、このセリフに感動して酔いしれるというと変ですけど、この何とも言えないようなリズムが好きなんです。

「謙なれば虚、虚なれば明、明なれば誠、誠なるがゆえに通ず」(板書)。

感動しました、私は。まさに謙の徳の修養するのに、尚真人さんのこれを文章で読みましたとき、私は涙が滂沱と出てきまして、一生懸命修業してきて、やってきても、ああ、本当だなあ、そうだなあと。

この文章で、私は涙を流しました。何とも簡潔にして、まさに真意を得て、その通りだなあと。自分の我と慢心を追いまして、神様に感謝いたしました。

尚真人の中で、今でも忘れません。冬の寒いときにこれを見て、なるほどと感動いたしました。

それは、謙なれば虚。謙謙譲の美徳。へりくだる。謙虚の謙という謙であるならばどうなのかといいますと、謙ならば虚だと。虚心坦懐、お腹のここが虚の状態になるんですよ。一生懸命、こうだこうだとやりますときは実の状態でやっているんですけど、常にここ(お腹)は虚心坦懐。

虚心坦懐(板書)という言葉がありますね。謙ならば虚だよ、謙の状態というもの、謙譲ということを心がけたら、謙を心がけよう、謙を心がけようと思うと、心の中が虚の状態になります。虚心坦懐になります。

虚であるならば、虚なれば明。簡単な言葉ですけれども、意味が深いんです。明というのは非常に心の中が、ふわーっと霊光明らかになる。

明というのは「霊光明らか」(板書)。御魂の輝きというんですか、御魂の輝き、自分のご本霊の輝きというものが、ふわーっと明るいです。

ですから、謙虚な人は、何かほのぼのとした感じがします。我があると、何か突っ張った感じがしますけれども、非常に謙虚な人というのは、オーラもですね……。

我と慢心の人というのは、こういう縦なんです、こういうふうになっています、オーラが。ところが謙虚な人は、前に、前かがみになってオーラがこういうふうに出ているんです。

こういうふうに、頭がこうおじぎしていますけど。だから、我と慢心の人は反り返っているんですよ。

オーッホッホホなんてね。とにかく、お腹がこういうふうに突っ張っている、こういう感じの人は我が強い。オーラがこういうふうになっているのは、我と慢心が出たら、体の格好にあらわれるからです。

ですから、弥勒菩薩さんはこういう感じでしょう。あまり弥勒菩薩は、こんな格好はしていません。菩薩というのは、ちょっと前かがみで、ここにオーラがこういうふうに垂れています。

謙虚な人というのは、霊光が前、斜め前にこう出ています。仏様見てもそういう感じです。大体こういうふうな感じで。上からちょっと下を向いている。こんな反り返っていません。

天狗はこういう感じですけども。ハッハッハハなんて、あっ、千葉真一だなんていうんで、テレビでやっていましたけれども。

こうやって、ハッハッハという感じ。仏様とか、如来様は、前かがみで、どちらかというと、こういうふうに霊光が輝いております。

これは、謙の徳があるわけです。ですから、非常に物事のルールをわきまえて、俺が俺がという形で名前が出てきません。動物霊は、すぐに自分の名前を名乗りたがるんですけど、高級神霊というのは自分の名前を出さない。

我と慢心の人は、こう反り返りまして、後ろのこういうふうに、真っ黒、黒いのが出ています。ですから、体の格好とかオーラの角度で、わかることはわかるんです。そのように、霊光明らかとなってくる。謙ならば虚だよと。虚の状態だからこそ、物事が明らかに見えてくる。

物事が正確に見えてくる。あるいは、聡明といいます。

彼は非常に聡明だと。明というのは、明らかなんですけれども、聡いとか、賢いとかという意味で、(明という字は)日と月ですから、物事が明らかに見える。明らかに見えるからこそ、霊光が輝くし、明らかに見えるからこそ、誠というものを尽くすことができる。

だから、本当に自分が誠を尽くそう、尽くそうと思っていても、物事が明らかに正確に見えなければ、自分なりの考え方の誠なんです。

自分なりで、これがいいやと思った形でやるわけです。本当の誠というものは、この明でなければ、明らかにものが見えていて、霊光輝く状態でなければ、誠ということはできないです。その人なりの誠意、その人なりの考え方、自己満足と何ら変わらないようなことになってしまう。本人の満足になってしまう。

逆に、明なれば誠。明だったら誠ということができる。明らかに物事が見えていて、初めて誠を尽くすことができる。そして、誠なるがゆえに通ずると誠で物事を行うから、通じることができるんだよと。

通ずというのは、自分自身のご本霊、御魂にも通じますし、ご神霊にも通じますし、人にも通じます。前に言いました。「誠は天の道であるし、地の道であるし、人の道である」と。

天人・地を貫くのは、この誠一つしかないんだと。誠というのは、天・人・地を貫く一本の道だと。すべての教えを集約したら、この誠の一字になるんだと言いました。

その誠は、口と心と行いでした。言心合一したところに初めてこの誠があるんだというお話を前にしました。

だけども、この誠は、我と慢心があったらできない。明々となる霊光輝く状態で、初めてできるんだ。「謙なれば虚、虚なれば明、明なれば誠、誠なるがゆえに通ず」と。短いですけれど、真髄です。

どうして一生懸命したのに、人に通じないんだ。ご神霊に通じないんだ。天地が感応しないんだ。守護神、守護霊や産土さんや、天照様、いろいろな神様がいます。天地の神々様になぜ通じないんだというのは、誠でないから通じない。

「至誠天に通ず」、「至誠にして動かざることいまだ是れあらざるなり」。

先ほど申しました。至誠が天に通じる、この誠至る、至誠、これしかない。

「至誠天に通ず」、「至誠にして動かざることいまだ是れあらざるなり」。勇猛心であったり、愛であったり、真心であったりしますけれど、その「至誠天に通ず」、誠は明でなければ、この誠はできないんだ。独りよがりになってしまわないための、この明は虚でなければだめなんだ。

自分の中が虚心坦懐でなければ見えないはずだと。この虚の状態になるためには、謙でなければだめなんだ

「謙なれば虚、虚なれば明、明なれば誠、誠なるがゆえに通ず」。短い言葉ですけれど、真髄だと思いませんか。

明道先生は、伊川先生は、謙の徳を一年間一生懸命修業して、自分に我慢心がない人間になったわけです。だから、聖人に至る道がどんどん進んできました。

謙の修業とは、「謙なれば虚虚なれば明、明なれば誠、誠なるがゆえに通ず」と。

それほど、この誠に至るためには、神霊が感応し、天地も動かすばかりの人となり、どんな人も感動せしむるだけ、ご神霊を動かし得る人になるのには、まずどこから始めるかと言えば、この謙しかないんだ。ここから始めるんだ。

謙虚になりなさい。というのは、「謙虚」です。まず、謙の修業をしなさい。謙という字をここに貼っておいて、「謙」(板書)。謙という一字には、それだけの重みがある。

いかにこの我と慢心というものが、学問の道でも、神人合一の道でも、聖人に至る道でも、障りになるか。この我と慢心に対抗するのには、謙しかない。

だから、我と慢心が出ないように、我と慢心が出ないようにという形で、防御ではなくて、常に謙に志す、謙に志す、謙に志す。謙に志すと、自然に我慢心が出るわけないです。

防御ではなくて、謙の攻撃姿勢に移っていく。表現がよくないですが、常にこれを心がける。

特に男性は、そういう形で学問というのは、いくつ積みましても、知識とか、理屈をいくら知っておりましても、この謙の徳ができない人というのは、だめです。

聖人に至る道どころではありません。知識があるだけです。頭がよくても、物事のポイントが理解できるだけです。

何ら人を動かし、天地も動かし、神々も動かし、運勢も善へ向けて国家を動かすなどということはできません。すべて、この謙があって初めて学問が開花する。

ということで、この我と慢心ということを神人合一の道におきましても、聖人の道に至るにおきましても戒めて、謙の徳を磨く。

こうなるために、感謝、感謝という、体験から導きましたご神霊の向かい方なんですけど。その学問的なバックボーンというのは、表現がちょっと難しいですけども、何千年も変わることのない真理であるということを、皆さんにご理解いただきたい。

宋の時代に、苦労して苦労して修道した人も、今日に至るまでこれは変わらないと。産土さんでも、天照さんでも、荒神さんでも変わらない。人の道も、天の道も、神の道も同じです。それをご理解いただきたいと思います。

はい、これでパート3を終わります。どうもありがとうございました。

※編註「菜根譚」「碧巌録」「近思録」は、タチバナ教養文庫から発行されています。