超一流のサラリーマン・OLになれる本(Vol.4)

第4章 経営者と社員はこんなに違う

経営者は人より前に出ろ

経営者の資質ということになると、普通の社員、店員とは歴然と異なる力が要求される。

第1章では、どうやって出世するか、そのノウハウを紹介した。出世した人は、個人として経営者になるか、企業なら経営陣の一員となる。

ここで最初から経営者になるつもりで自己イメージをした方が出世はしやすいから、経営者としての成功のポイントも明かしておこう。

それは、どんな相手に対しても、ど真ん中の真っ正面で対せ、ということだ。

有名な話だが、戦前の陸軍士官学校、すなわち陸士ではこんなやり方が行われていた。陸士の最初の授業というのは毎年決まっていた。

どういうものかというと、最初の朝礼のときに、号令をかけて自由に並ばせるのだ。そして前の方に並んだ列をAチームにして、後ろの方のチームをBチームとする。

そしてそのチームごとに棒倒しなどのゲームを競わせる。すると何回やってもAチームが勝つ。そこで試合が全部終わった後、教官が言うのである。

「何回やってもAチームが勝ってBチームが負けた。これは毎年やっていることだが不動の法則である。アトランダムに朝礼に出て前の方に並ぶやつというのは、積極的で発展的で意欲に満ちて、攻撃的だからである。

Aチームはそういう者たちである。真ん中から後ろの方に自分から並ぶやつらは消極的で、保守的で、控え目な者たちである。

こういうやつらだけのBチームだから、貴様らBが勝つはずがない。

だから、貴様たちは次回からはいかなるときにも、ど真ん中の真っ正面に、前にいる人間を突きのけてでも前に並ばなければいかんのだ」と。

この指導法は軍隊だけでなく、様々な分野で通用する。特に経営する立場の人には、まずこのことを強調しておきたい。

この陸士の教育法を知ったのは成人してからだが、私は小学校のときから、「ど真ん中、真っ正面」を実践していた。

いや、考えたら幼稚園、小学校、中学高校、全部そうだった。小中学校のころは、身長が低かったから前に並ばされることもあったが、それでもいかなるときにも、真ん中や後ろに自分から行ったことがない。

後ろの方に行くと黒板も先生の顔も見えない。

だから必ず真っ正面のど真ん中で、先生の顔を見ながら、感心しながらいつも授業を聞いていた。前の席にいると先生に当てられる。「君、どう?」と言われて「わかりません」と言ったら終わりだ。だから私はいつでも答えられるように勉強した。

私は、今でもこの流儀を通している。

音楽史の先生の講義を受けるときも、一番真ん中の一番前の席に着いた。

そして先生をジーッと見ながら、表情までしっかり覚える。あのときに先生はああ言った。

最初ああ言って、次にこう言った。ノートは少し取るだけで、そのまま全部テープレコーダーのように覚えてしまう。表情で覚えるのだ。

いつもうまい具合に、前の真ん中の席だけ空いている。ああ、私のためにいつも空けていただいてありがとうと思って、どんなときでも絶対にど真ん中の真っ正面に座る。

それはもう、講師の先生に気迫と根性だけでは絶対負けたくないからだ。どんなときでもど真ん中の真っ正面に座る。

さらに休憩時間も、私は先生に質問しっぱなしなのだ。私の場合、音楽や絵画の勉強は本業ではない。

それでもこうしてマスターするから、何をやっても半端なプロよりはうまくなる。これは別に自慢しているのではなく、誰でもこうすれば必ず上達するので、ぜひ実践してみてほしい。

当然、経営や営業でも、仕事先に対して、真っ正面の真ん中で向き合ってきた。読者の皆さんにも、そういう姿勢、態度というものを是非貫いていただきたいのだ。

弁解無用!経営者は強くあれ!

会社の経営者も同じだ。研などの勉強会のときも、真ん中から後ろに座っている人の会社は、潰れることにもなりかねない。少なくとも発展はしないし、伸びない。ライバルには勝てない。

だからいかなるときにも、会社の経営者というのは、絶対に真っ正面ど真ん中にいないといけない。

真っ正面をライバルに奪い取られたら、最低でも二番目のど真ん中。それも奪い取られたら一番目と二番目の間に入り込む。とにかく積極的な姿勢でいなくてはだめだ。

真ん中や後ろの方にちょこんといるような根性では、会社は潰れる。世の中は進んでいるわけだから、何もしないで現状維持ということは、実際は衰退しているわけだ。

本人は先頭をきって「それ行け!!」とやっているつもりでも、実際は少しリードしている程度だ。

現状維持ということは衰退である。衰退ということはやがて潰れるわけだ。喰うか喰われるかの大自然と同じように、企業社会も自然淘汰で、それは天地の法則なのである。

弱いものが滅んでいき、強いものが残っていく。そういう状態を修正するのも神の法則で、そのために弱いものを救っていくのが宗教的精神である。

しかし、もし弱者の救済という方式が会社で採用されたら、弱いものばかりが残って強いものに勝てなくなる。

国家や宗教者は福祉によって弱者を救っていかなくてはいけないのだが、会社の経営者というのは、弱者を強くしていかなければならない。

弱者の得意な面を出して、強いものにも負けないようにする。そして強いものが先頭を取って勝っていったらいいわけである。

弱い者を越えていくということは、決して無慈悲なものではない、大自然は、そうやって強い種族が残っていくことによって、進歩発展している。

世の中が進歩発展していくには、強い優れたものが残っていかなくてはならない。だから経営者は、強い優れた

経営者になったらよい。強い優れた経営者になる努力をしたらいいのである。

経営者は孤独だ

そのためにはどうしたらいいか。まず、席は何でも真っ正面のど真ん中に座るということだ。だから私はどんな学校でも、どんな所に行っても、必ず真っ正面のど真ん中。

飛行機でもなるべく真っ正面のど真ん中で、真っ正面のど真ん中にいるスチュワーデスさんと話をして、なるべく真っ正面のど真ん中を、前へ前へ行くようにするのである。

ステージで歌を歌っていても、感情が乗ってくると段々段々前へ出ていって、ステージから落ちそうになるほどだ。

会社の経営をする人、組織のトップに立つ人は、多くの人を使うことになる。人を使えば苦を使うというくらいで、人を使うということは辛抱だ。

経営をしている人はよくわかると思うが、人を使えば苦を使うというのは、本当に名言だ。

経営者は、いくら他にやりたいことがあっても、まず会社を経営していく責任がある。

雇っている人たちの生活を支えていかなくてはいけないし、その人たちに、生き甲斐と 12 やり甲斐を持ってもらわなければいけない。

自己実現をさせてあげなければいけない。本当にこの会社に来て、あるいはこの組織に来て、この経営者についてきてよかったと思えるような、そういう人生を送らせてあげなくては、と責任感を感じる。

私も二五歳のときに準備して、二六歳で会社を作った。二六歳になったそのときに、必死の思いでやり始めたのだ。教育事業から始めて、その後商社の活動を二七歳から始めた。

何にもないところからゼロから作ったわけで、それは必死だった。なくなる。会社には、私のことを慕ってきた後輩たちがいる。

大学の後輩たちが何人か来てくれて、中には優れているところがある人もいるが、ほとんど世間のことを何にも知らない。

その人たちに生き甲斐とやり甲斐を持ってもらって、本当に一緒にやってきてよかったと思えるようにしてあげなければ申し訳ないと思って、ああでもない、こうでもないと一生懸命頑張ってきたのも、責任感からだった。

それは、その人たちのことを思う愛情からだった。

もし私が倒れれば、親亀がこけたらみなこけたとなる。その責任を感じて、いかなるときにも、明るく前向きにエネルギッシュに生きていかねばならない。

普段はヘロヘロしていても、ここ一番となったときに支えていくのがリーダーだ。誰でも自己実現をし、間隙をぬってやりたいこともあるだろうが、経営者というのは結果が出なくてはいけない。

二四時間、一年三六五日、結果を出さなければ潰れる。結果を出さなければ世間は冷たい。

もし潰れると、倒産の悲劇というのは、死ぬか生きるかの世界だ。

旅だから、結果を出さなくてはならない責任と重圧を超えていかなくてはいけないわけで、逆にそれがあるから、人間として能力が本物になっていくとも言える。しかしそのときの孤独感というのは、格別の孤独感だ。

従業員一人ひとりが、それぞれ自分勝手に、自分の能力の足りないところ、頭の悪いことを棚に上げながら、経営者に文句を言う。無理もない事だ。自分自身のようには人は動かない。

だから「人を使えば苦を使う」で、大変ストレスが溜まる。しかし、それが世の中の常だと理解する。組織を抱えるということ、会社を経営するということは、それで普通なのだ。

それなりに他の人々も大変だろうけれども、最終的な責任を持つ人間の孤独感は、上に立つ人間にしかわからない。

だから、経営者同士が集まると、孤独を共有できるという安心感と信頼感、同胞感覚がある。

菱研のゴールドフカミクラブやフカミクラブの人たちはみなそういう立場の人ばかりで、お互いにその孤独というものを、背中にしょって生きているわけで、一人身ではなくて家族や子供が居る人でも、何か寂しいところがあるのがわかる。

孤独から経営者は神に向かう

寂しい、寂しいという人は、中途半端に寂しい人が多い。私にしても寂しいことはあるが、徹底的に寂しいと孤独を感じた人は、何%かは自殺する。

死ななかったらどうなるかというと、信仰を持つようになる。

松下幸之助さんにしろ誰にしろ同じだ。その場合、宗門宗派は関係ない。大自然とか、宇宙とか、何か目に見えない神なるものに対しておすがりし、安堵を求めるのだ。

その安ずるべきところの何か、というのがなければ、孤独をバネに超えていけないのである。

会社の経営は、ひとつ決断を間違えると社員が全員路頭に迷う。常に生きる死ぬの世界だ。

その、緊張感や不安と恐怖、その中の孤独というものを、社員は誰もわかってはくれない。

京セラを創業した稲盛和夫さんは、六五歳を期して、企業活動をきっぱりとやめて僧籍に入られた。

戦後復興時にソニーやホンダが急成長して以来、しばらくなかった急成長企業を作ったのが稲盛さんだ。

その孤独たるや普通ではなかったはずだ。手ずから作った京セラも、今では磐石な経営基礎ができて、誰もベンチャーなどとは言わない。安心立命の境地で稲盛さんは仏の道に入られたのであろう。

お見事である。と同時に、経営者の孤独と、それゆえに経営者が神仏にすがるということのお手本として紹介した。

松下幸之助さんもそうだった。貧困と病弱に加えて、更に会社の経営は孤独の極地、半端でない孤独だ。

人はやはり孤独の極地まで行くと、死ぬか、あるいは、消極的に自分を何かで慰めて、ひどいときは、ノイローゼか精神病になる。

そうでなく雄々しく生きて行こうと思ったら、宗門宗派を超えた普遍的な神なるものを求めていく信仰を得て、明るく前向きにパーンと超えて行くしかない。

口には出さないし、人には言わないかもしれないが、どの経営者もその人なりの信仰を持っている。

迷ったときは墓へ行って先祖の墓の前で泣くとか、仏壇で手を合わせるとかそんなことをすると、浮遊霊もたくさん来るかも知れないが)、神社に行くのが一番オーソドックスではあるが、まあ人それぞれだ。

ただし、あんまり変な宗教や教理の中に入ったら、倫理、道徳観念が頭に入り過ぎて、現実を見ていく目がねじ曲がることになる。

かくあらねばならない、こうなるはずだ、そうすべきだと、そういう宗教的観念があまり強くなってしまうと柔軟性がなくなる。

そうすると現実を見ていく目がなくなるから、ただの宗教狂いになってしまう。普遍的な信仰を持っていろいろ勉強するぶんにはいいが、まずい方向に行く経営者も多い。

いずれにしても、多かれ少なかれ、孤独の極致を徹底的に極めた人はそこに行く。

そこまで行っていないということは、まだ、あまり孤独じゃないということだ。まだ、あまり寂しいとは言えない。

本当の孤独を感じたら、信仰に向かうはずなのである。松下さんや稲盛さんがそうであったように…。

私自身、小さいころから寂しさと孤独の中で、神様だけが頼りであった。神様は裏切らないし、神様だけが必ず答えてくれた。

そこへ帰っていくと、エネルギーがまた回復していく。そういう帰っていく心の故郷があったから、どんな孤独の中に入っても、孤独を極めていくことができた。

そしてまた、明るい未来に満ちたエネルギーの根源の故郷へ帰っていく。

孤独だなあとか、寂しいなあとか、不安だなあと思う経営者がいるが、その中で本当に修羅場に直面して雄々しく乗り切った人というのは、そういう不退転な本当に揺るぎない心底を持っているものだ。

これは千日回峰行を経て得た信仰心や、役小角の大峰山の修業と同じだ。

不安と恐怖はあったにしても、乗り超えたという足跡は、魂の中に鋼のような荒魂となって残っている。

そういう経営者は中小企業に多くて、魅力的で個性豊かな人が多い。私はあまり大企業の社長は好きではない。

似たり寄ったりで、会社の名刺がないと何もできない人がほとんどだと言っていい。

上場会社の取締役級の人物が二十人いたとして、独立して会社を作ろうというような人は一人いるかどうかだ。

ゼロから会社を作って自分で全部賄うことは、組織にいた人間にとってなかなか大変なことだ。

上場会社の取締役のほとんどは、定年退職したらただの人となる。

その点、中小企業の社長の方が、規模は小さいかもしれないが、おもしろい。中小企業のおっさんと言った方がいいかもしれないが、おもしろい人、楽しい人が多い。

大企業の社長も何人も知っているが、実力以上にプライドが高い人が多い。

会社の看板がなくてもやっていけるのか、定年退職したらただの人ではないか。いつもそこを自省していくべきだと思う。

大企業では、社会福祉にしても、寄付をするにも社内に稟議をあげなければ決まらない。大企業でも、五十万の金、五万円の寄付がなかなか出ない。

鉛筆一本でも、客観的にちゃんと納得できるかたちで処理しなければいけないのが大企業で、なかなか自由な発想や企画ができない。

上場会社でも、創業者やオーナー社長なら大変おもしろいのだが、そういう人は少なくなった。

中小企業の社長は、経営規模は小さいが、つまらないプライドは捨てて、持つべき誇りを持って、素晴らしい人生を送っていると思う。

定年退職がないというのは素晴らしいことだ。油断したら潰れるから、死ぬまで緊迫していなければいけない。

緊迫は金箔だ。金色に輝くようなハクのついた晩年を送れるというものだ。その、経営者自身が持つ孤独と上手にお付き合いして、それを克服していくのだ。普遍的な信仰心を持つと、心の故郷ができるわけである。

経営者の孤独は素晴らしい

孤独だなとか寂しいなとか、社員はわかってくれないなあというのは、それは当たり前のことだ。

独りぼっちでポツンとしている寂しさもあれば、たくさんいるから孤独を感じるということもある。孤独の種類は違っても、孤独には変わりない。

いずれにしても、孤独をバネにして、普遍的信仰心を持って、心が帰っていく故郷を持っていれば、どんな場合にも幸せな人生が送れるということに変わりはない。

経営者の場合は、普遍的な信仰で心の幸せの故郷ができたら、社員の一人ひとりに、あるいはその家族に、販売先、仕入れ先におすそ分けができる。

内的な幸せだけでなく、この世 16 の繁栄という大変なおすそ分けだ。

だから、孤独で悩んで思いどおりに行かなくて、うまくいかないなあという悩みを持っていることは、素晴らしいことなのだ。

経営者の孤独は、徹底して極めて、普遍的な信仰心を持つことによって越えられる。

揺るぎない幸福、揺るぎない鋼のような精神力を持って生きて行くことが会社のためであり、社員のためであり、自分のためでもある。そして経営者の場合は、みんなにおすそ分けができる。

これが大きい。極め方が甘くてはそこまで行かないから、経営を通して自分の人格を、人間を練っていくというチャンスを得たと考えたらいい。

経営をしていると、どうしてこいつらはわからないんだと、いつも孤独にさいなまれる。

しかし、そこを越えていくことで、自分を救うだけでなく、多くの人を救い、幸せを分けてあげられる。そう考えて乗り越えていただきたいのである。

品薄の人気商品をどう買い付けるか

私自身が経営に携わる会社の状況を紹介しておこう。

平成八年、新宿南口に高島屋が開店した。東洋一の売場面積を誇っていて、それまで閑散としていた南口あたりは、高島屋に行く客であふれかえって、ガードマンが何十人も出て交通整理をしている。

全国の高島屋店舗のうち、黒字なのは日本橋店と新宿店だけらしい。

平成九年九月に発表された都内の地価一覧では、他がみな前年より下がっている中で、新宿だけ上がったと報告されているが、それも高島屋効果だと言われている。

総会屋事件でおおいに信用を失った老舗高島屋は、新宿店開店の成功で面目を施したと言ってもいいだろう。

実は私は、その新宿高島屋の一階で、時計を売る直営ショップの経営に携わっている。

そこのショップの店舗設計が非常に良いというので、建築業界の雑誌にベストケースと章して紹介された。高島屋で紹介されたのはうちだけだったし、業績でも一番だ。

私は、セイコー、シチズンなど一流メーカーの時計の卸兼小売に携わっている。その一端は新宿高島屋でも見ていただける通りだ。

十八年間商社の仕事に関わってきたが 198 (編集部注・一九九七年当時)、時計の販売を中心にやってきて、どうやらファッション時計の業界ではトップと評価していただいている。

そうなれた秘密は、実に簡単だ。それは、世の中の人がほしいけれど手に入らない人気商品を手に入れて売ることである。これは時計だけでなく、何の販売業でも共通することだ。

私はそのコツを、私のところで働く人にもどんどん教えてあげたから、大儲けする人も多くいる。この会社を始めたころのメンバーで、三年ほど前に独立した人は、私が教えたやり方で成功した。

たとえば、今は大量生産体制に入ったバンダイの「たまごっち」だが、昨年の春頃は、全然品物がなかった。

最近のことだからどなたも覚えておられるだろうが、定価二千円足らずのものが一個三万円で売られたこともあった。(編集部注・一九九七年当時)

そのころ彼は、たまごっちを四千個もさばいたのだそうだ。日本中が品不足で大騒ぎになっているのに、彼はたくさんの仕入れルートを開拓して、百個、二百個とほしい業者さんに流してあげていた。

また、今人気の(編集部注・一九九七年当時) Gショックという時計が品薄だが、彼のところには特別ルートで入る。Gショックはあったら全部売れる。

あとはローレックスがなかなか手に入らないが、これも市場で売っている半値以下の卸価格で入る。

彼はこのように、ローレックスにGショック、それとたまごっちをはじめ、市場で「品薄」といわれるものを敏感にキャッチし、いくらでも仕入れている。

すべて私が教えたノウハウの基本に従ってである。

商売をしている人なら、よくわかるだろう。

あの品薄だったたまごっちやGショック、それにローレックスをいくらでも仕入れられたら、いくらでも儲かる。そのコツの一つを公開してみよう。

仕入れ力は営業力

時計でも他のものでも、商売の原則は単純だ。

みんなが一番欲しいもの、本当に手に入らないもの、それを持ってきたら必ず売れる、これだけだ。その売れているものを、もぎ取って来ることだ。

もちろん、違法ではなく正しい方法で仕入れることは言うまでもない。どうやったら仕入れできるか。仕入れの力というのは、要するに営業力なのである。

普通の仕入れルートというのは、こうなっている。まず小売店は問屋に注文を入れ、問屋はメーカーに注文を入れる。

普通の商品は逆の順序で出荷されて、二~三日中には小売店の店頭に並ぶのである。

ところがGショックとかローレックス、また一時のたまごっちは、この普通のルートでは絶対に手に入らない。

それでも手に入れるにはどうするか。その方法を私は身をもって彼に教え、彼はうまくそれをやったのだ。

仕入れの法則・第一条 ── まず大手の売込み先を作れ

品薄なものは、どこの小売店にもなくなる。問屋にもなくなる。だから小売店や問屋で仕入れるというのは無理だ。しかしメーカーなら持っている可能性は高いし、工場ならもっと可能性がある。

私が伝授した仕入れの法則の第一条は、売込み先に直接かけ合うことだった。それも末端の社員ではなく、トップに会うことだ。

つまり、仕入れより先に売込み先を作るのである。それも、そこらの小売店でなく、大手デパート、大手スーパーでないといけない。

私のところは、高島屋だけでなく、大丸、丸井、ビブレと、おしゃれな大手にはほとんどショップを開かせてもらっているが、こういう会社だとメーカーへの交渉力も非常に大きい。

しかし、そうなるにはそうなるための努力が必要である。

仕入れの法則・第二条取締役仕入部長以下には会うな

中小の会社、駆け出しの会社でも、こうした大手企業にかけ合える方法を私は開発した。

それは、取締役以下の人には会わないということだ。取締役仕入部長以下には会わないのである。それには電話で、取締役仕入部長に、是非お会いいただきたいと申し入れる。

そうすると必ず東京の場合はこちらの役職を聞いてくる。「お宅さんの役職は?」「はい、常務取締役をしております」と、低音でゆっくり答える。

すると、本当は零細企業でも、向こうは大きな会社かと思うわけだ。そしてあまり若い人間を交渉に行かせない。

若い人間が部長などをしていると、余程小さな会社だと思われてしまうからだ。

メーカーも下っ端相手だと、すぐに「あ、それはできません」と言う。若い人間が交渉に行くときのノウハウもあるのだが、長くなるので別の機会に譲ろう。

取締役とか社長といった人は時間があって、何か珍しい面白い話はないかいなといつも思っている。

だから、ど真ん中の真っ正面の席は空いているのだ。大学でも専門学校でも、カルチャーセンターでもどこでも、真っ正面のど真ん中は必ず空いている。

私のためにいつも空けていてくれてありがとう、というようなもので、他の人はみんな横か後ろか端に行く。ど真ん中の真っ正面は空白なのだ。そこへ入って行ったら、無風状態だ。

会社で言えば、取締役仕入部長の前はその無風状態と同じだ。そこへ行って、納入の交渉をするのだ。

たまごっち、Gショック、ローレックスを仕入れた彼に私が教えたのは、こういうことだった。

「取締役仕入部長や代表取締役社長というのは、孤独なんだ。だから君のような明るい、物事を考え過ぎない、天真爛漫な人が来たら、一服の清涼剤を魂が吸収したかの如き感動を覚えるのだ。

彼らは君の来るのを待ってるんだよ」と。

私を待っている人がいるに違いないと思って何件も行くうちに、一〇件行けば一人ぐらい、必ず縁のある人がいるし、物好きというか、ほうほうほうと真剣に聞いてくれる人がいる。

取締役仕入部長とか、あるいは取締役営業部長は、仕入れをする目が肥えているから、絶えず新しい何かを、敏感に感じている。

だから新しいものを吸収しようとする。取締役や営業部長になってくると、やはりいい販売先を捜しているのだ。

今は小さくても、これは伸びて行く!という会社を見つけると、将来自分が社長か常務か専務になったときに使えると思う。

有望で伸びそうだと思う人間は大事にしておこうとする。だから、真っ正面のど真ん中の無風状態に堂々とズバーンと入って行けば、「あっ、この人間は将来性があるな」と向こうが錯覚(?)してくれる。

私自身、こういうやり方で売り込み先をまず作った。そうしておいて、メーカーに交渉に行くのである。

仕入れの法則・第三条取締役営業部長に会え

さあ、こうして大手の名の通った販売先の了解を取ったとしよう。

例えば○○デバートは○日までにGショック(たまごっち、その他の超品薄のもの)を○○個ほしい、といった具合にである。

そうしたら、そこのメーカーに堂々と出かけて、取締役営業部長に会う。そして○○デパートの取締役の名刺を見せるのだ。名刺交換をしているから、持っているわけだ。

「この人が是非、お宅さまの品物が欲しいと言っておられまして、いくらぐらい入れるとこれぐらいで売れるでしょう。

どうしても僕に来て欲しいと言うもんですから。あのデパートには以前からお世話になっておりまして」。

まあ、以前からと言っても三日前からなのだが、そんなことを言う必要はない。「以前からお世話になっておりまして」で十分だ。

メーカーの販売部長に○○デパート取締役仕入部長の名刺を見せて、こうして交渉すると、先方も考えてくれるのだ。

そのメーカーが今品薄のヒット商品を持っているからといって、大手のネームバリューがあるデパートやチェーンストアに、いつでも売り込めるとは限らない。商社はそこを突くのだ。

「あそこは、何掛けぐらいで納めなきゃいけません。私共の方としても、マージンがなければ動けませんので、一〇パーセントぐらいはくださいよ。

そうすると、何掛け以下で納めていただかないと困るんですけど。納めていただけるんでしたら、もう是非お願いします。

○○デパートにいけば量も出ます。品物の格も上がりますよ、そりゃ。このチャンスを逃したらもうありませんよ。

向こうが欲しがっているときに入れると、次の商品を開発したときに売れますよ。

お宅でも次々と新商品は出ますでしょ。あそこにはまだ納めておられませんでしょう。

今回で新しい有力なルートができますから、ここは、少しぐらい赤字になっても納めるべきじゃないですか、この掛け率で。次の新商品からは、他のところに納めなくても、私共に来られたら、その分だけ多めに作れば、確実に流れるルートができるんですよ」といった具合だ。

この場合もポイントは同じだ。一番前の真ん中は無風状態で空いているホワイトホールで、自分のために待っていてくれる席だから、堂々と行ったらいいわけだ。

何もないような小さな、見たこともないような会社が、このやり方で、度胸一発と説得力で割って入って行くわけだ。

これは、菱研でアドバイスしている実践ノウハウのほんの一例だが、とにかくどんな仕事相手とでも、真っ正面のど真ん中で交渉すべきなのである。

普通の取り引き方法では絶対にうまく交渉できないようなことも、そうすればできるというものだ。

第5章 いいOL、悪いOL

フォスターのメイドこそOLの鏡だ

OLは現代の日本では花形である。いいOLと悪いOLの差がその会社の運を分ける、とまで断言できる。

ひと昔前から、女性の社会進出などと言われ出した。まだ女子大生亡国論などと言う人もいたころだ。冗談ではない。

今では、優秀な学生の圧倒的多数が女性であることは、大学だけでなく、小中高どこでも共通だ。当然、会社の中でOLの位置は高まる。OL にはお茶くみだけさせておけばいいなどと考えている会社には、未来はない。

OLの読者には、いいOLになって会社を良い方向に引っぱってもらうために。OLを使う立場の人には、いいOLを雇用する手引きとして、いいOL、悪いOLとは何かをお伝えしよう。

まず最初に、いいOLのスタンダードモデルとして、フォスターのメイドさんだった黒人女性を紹介する。フォスターというのは、アメリカの作曲家だ。

「草競馬」とか、「オールドブラックジョー」とか、小学校で教わるような親しみやすい名曲を数多く作った人だ。

十九世紀の人だから、そのころにOLがいたわけではないが、このフォスターのメイドさんこそ、現代日本のOLの鑑ともいえる人だった。

フォスターが名曲を何十、何百曲と書けたのはなぜか。それは、このメイドさんがいたからである。

これがいいOL、悪いOLだ

フォスターは今でこそ世界に知られた大作曲家だが、最初から有名だったわけではない。才能があったから曲を作れたのだが、自信がないからいつもまずメイドさんに聞かせてみた。

そうしたら、このメイドさんは、「旦那様、こんなすばらしい曲は、世界の歴史の中でも他にないと思いますわ。なんて美しい曲なんでしょう!」とほめた。

「そうかなあ。じゃこれは?」と、フォスターが別の曲を聞かせると、「まあ、さっきのよりもっといいわ。私、毎日でも歌っていたいくらいです」。

乗りやすいフォスターは、気を良くしてドンドン作曲してメイドさんに聞かせる。

メイドさんは、いよいよほめまくってやる気にさせる。

こうしてフォスターは名曲を作りまくり、ついにアメリカ人みんなに愛唱される大作曲家になってしまった。つまりフォスターの名曲が生まれた背景には、このメイドさんのほめまくりがあったのである。

現代のOLに求められている要素とは、まさにこれである。

会社で、何かプロジェクトがあったとする。課長がプロジェクト案をみんなに提示して、意見を求める。

「この販売計画が今回出されたんだが、どうかな。うまくいきそうかね」と言われたとき、「素晴らしいじゃないですか。細かいことなんかどうでもいいわ。画期的だと思います!」

「君もそう思うだろう。よし、みんなで成功させよう!」

これが、いいOLだ。部署全体にやる気を起こさせる働きをする。

悪いOLは反対である。

「えー!このプロジェクト、私もやるんですかあ?そんなの失敗するに決まってるシー、私は残業なんてしないシー、有休取ってパリ、ローマ二週間の旅に行くシー、それ、課長がひとりでやってくださいヨー。やれって言うんならやりますけど、仕事が増えるのっていやだなあ」

こういうOLがいると、他の人にやる気があっても足を引っぱることになる。悪い OLである。

女性は男性と違って、感性に訴える波動、つまり「気」を出す。だから「なんて素晴らしいんでしょう」という気を持つ女性がいると、その波動を受けて男性も、「やるぞ!!」という気持ちになってきて、次々と発想が出る。「なんかやれそうだ!」という自信が出てきて、仕事が開花するのである。

オフィスで鬱々として、嫌そうな顔で仕事をしている人がいると、他の人もそのマイナスの波動のエネルギーを受ける。

すると、会社や職場全体がそういう気を受けて、嫌な思いが起こってくる。「失敗したらどうしよう」とか「嫌がられたくない」とか、発想がマイナスヘマイナスへ行ってしまうのである。

「やっぱり駄目かなあ」と自信がなくなる、消極的になる、やる気が出てこなくなる、見通しが暗くなっていく。

暗い気を発するOLがいると、特に男性は単細胞だから、女性の気を強く受ける。

「何て言われても課長、私は嫌なものは嫌なんだからあ」と言われたら、もの凄いマイナスのパワーがきて、課長がヘナヘナヘナヘナ。もう仕事をやる気がなくなってしまって、「パチンコ行こうかなあ」とか、「バクチ行こうかなあ」となってしまう。

生ける祟り霊というか、生ける行者の怨念霊のようなOLが最悪だ。こういうOLはもの凄く強い気をグーッと発する。

そのOLが柔道とか空手をやっていたとしよう。暗めの性格で、言葉数は少ないけれど、体だけは鍛えに鍛えて、空手のチャンピオンになっていたりする。

その女性が明るく発展的なエネルギーと、気と、考え方を持っている空手のチャンピオンだったらいいのだ。

それなら鍛えに鍛えたプラスの気がグワーッと来るから、部屋へ入ったときに部長も課長も係長も「やるぞ!」という気持ちになる。

それがマイナスの、暗めの発想とエネルギーを持っている空手チャンピオンの女性だと、ポッとひとりいるだけで男性全員がヘナヘナヘナとなるのである。

そういう、暗くて、消極的で、やる気がなくなって、自信がなくなるという強烈な気が張っている職場では、男性は何をやっても駄目だ。生ける行者の怨念霊が、そこにいる感じになる。

反対にプラスのOLだと、白龍神か紅龍神がいる感じで、そのOLがいるだけで次々と仕事がうまくいって発展する。

男性がその気になって、自信を持って何でもできる。そして成功するのだ。

だから、明るく前向きで発展的なものの考え方をするだけではなくて、リズミカルによくうなずいてくれて、その気にさせてくれるOLが職場全体から見た一番いいOLだ。

少しぐらい学歴がなくて、少しぐらい顔がどうでも、体型が少しぐらい横に広がっていても、OLとしては良い。

頭が良くて美人でも、なぜかやる気をなくするような事しか言わないOLがいると、全部駄目になる。

特に秘書という仕事は、社長なら社長の意をくんで動かなければならない。その働きぶりは、会社の運気を左右することにもなる。

社長や専務のやる気をそいでしまったら、会社全体が傾いてしまうからだ。

明るい人を入れると、カラリと空気が変わって、体が軽い、気持ちも軽い、発想も豊かになる。その人がたった一人いるだけで、空気が変わってしまう。

私の場合、特に気に敏感な人間だからこたえるが、鈍感な人にもやはりこたえるものだ。

情緒安定はいいOLの条件

若い女性は小さいときからチヤホヤされて、わがままで気が変わりやすい人が多かったりする。

私はいろいろな会社を見ているが、そういうOLを結構見かける。本人は上司に気を使っているつもりだろうが、上司の方が実はそのOLに気を使って、はれものにさわるようにしているケースも多い。

いいOLの条件として、情緒が安定しているということがある。これは非常に大事だ。情緒が不安定な女性が多いからだ。

情緒が不安定な女性は、OLに向かない。向かなくてもOLを強引にやっていらっしゃるわけだ。

しかし、経営者の側、男性の側から見たら、情緒が安定していることは良いOLの絶対条件だ。安定しているといっても、ブスーッと不機嫌な状態に情緒が安定している場合は困る。

やはり、明るく発展的で前向きで物事をいい方に考えていく。そして音楽的に会話に共鳴してくれて「いいですね、いいですね、やりましょうよー」というふうに受け応えができる人がいい。少しぐらい伝票を間違えようと、きちんと明るく電話の応対ができるOLが絶対によい。それは会社にとって福の神のような存在だ。

いいOLの要素は、いい奥さんと共通する

いいOLの要素、悪いOLの要素は、いい奥さん、悪い奥さんのそれと共通する。

ただし、悪いOLと違って悪い奥さんというのは、人によっては向いているケースがある。

なぜなら、悪い奥さんというのは夫を孤独にしてくれるので、宗教家や哲学者、また作家などには向いているからだ。

高名なミステリー作家のSM氏には奥さんを殺したいという思いがずーっとあって、それが作品を書く原動力になっていたという。

だから、小説の中で何回もあらゆる殺し方を研究したわけだ。円満な奥さんと一緒だったら、S・M氏の作品はなかったのである。作品の中で何回主人公が女を殺そうとかまわないが、実際にやるとこれは問題だ。

このように芸術家や、哲学者や、宗教家の奥さんの場合は、半端でないくらい最悪の人がいい場合がある。

ソクラテスの奥さんや夏目漱石の奥さんなどもそういう例だ。

しかし一般的には、やはり情緒が安定して、明るく、前向きに、発展的な運気を持っている奥さんがいると、勘は良くなるし、旦那も幸せだ。

経営者に必要な男性的要素、女性的要素

会社を経営する人には、男性的要素と女性的要素の両方が必要だ。特に今日の職場、それもデスクワークをするオフィスの場合は、女性、つまりOLが多いわけだが、OL の才能を活用するには女性的要素もなければならない。

これは古いタイプの経営者には少々つらいかもしれない。しかし、そこを知らんぷりでは、会社経営はうまくいかない。

男性的要素というのは、決然とした判断、あいまいにしない厳しい態度だ。

こうと決めたら有無を言わせずに実行する、といったリーダーシップなどもときには必要だ。お金のやりくり、資金繰りなどの面では、男性的要素を前にして厳しく処理する。

しかし、会社には女子社員もたくさんいる。女子社員が、社長や部長や課長のファンになって、「やりましょうよ、社長や部長のためなら一生懸命頑張りたい」と女子社員が思えるような経営者でなければならない。

そのためには、社長や部長は、細やかな気配りなどの女性的要素を持っていなければならない。

女性社員も男性社員も、その気にしてくれるような経営者には、みんながついて行く。特にOLには、そういう女性的要素、言い替えれば母性本能が働くような思いやりある経営者が必要だ。

心を満たしてくれるような細やかな優しい思いやりや気配り、という女性的要素が必要なのである。

観音様は男の要素と女の要素と両方もっておられる。男性的要素と、女性的要素の両ある経営者がやはり優秀な経営者で、女性的だけではもの足りないし、男性的だけではパサパサしていて人間的魅力が少ない。

優秀な上場会社の社長には、必ず「妙」がある。「妙」は、「少女」と書いて「みょう」と読む。

「妙」とは、その少女のような理章屈でないところの呼吸、タイミングだ。その間合いというものを体得しているのが優秀経営者だ。

素晴らしいリーダーシップを持つ社長というのは、中小企業でも発展している会社の社長でも、みなこの女性的な優しい細やかな気配りや配慮を持っているのである。