プロローグ コミュニケーション能力はなぜ必要か
起業家に不可欠なリーダーシップとコミュニケーション能力
おそらく、長引く不況の影響を受けてのことだろうが、大学を卒業しても就職を望まない、いわゆるフリーター志望の若者の数は、ここ数年、いっこうに減る気配がない。
運よく大企業に就職できても、自分の好きな仕事をやらせてもらえるわけではないし、このご時世、いつクビになるとも限らない。
だったら定職に就かずに好きなことをやりながら、人生を思い切り楽しんだ方がいいんじゃないかというのがフリーター志望者たちの言い分であるという。
まあ、定職に就こうが、アルバイトをしながら自由気儘に生きようが、それは本人の勝手。
他人がとやかく言う筋合いではない。だが一つだけ気になることがある。それは何かといえば、そうした就職拒否組の中に、起業家志向の若者が僅かではあっても着実に増えつつあるという事実である。
会社をつくって一国一城の主になるのはサラリーマン共通の夢である。だが、現実は厳しく、よほどの経験と才能がなければ独立しても失敗するのがオチ、というのがこれまでの通り相場だった。
上司に厳しく鍛えられながらしっかり仕事を覚え、会社の内外
に人脈という太いパイプをつくり、さらに、それなりの資金を準備できたとしても、それでもなお成功はおぼつかない、というのが常識であった。
だから、「いつかは独立し自分の会社を」という夢を描きながらもなかなか決断できず、結局、気が付いたら定年を迎えていた、というケースが圧倒的に多かったのである。
ところが最近では、会社勤めをほとんど体験していないのにもかかわらず、事業を立ち上げようとする若者が増えているというのである。これは一体、どういうわけなのだろうか。
無論、長引く不況が若者の意識を変えているのは疑いない。
また、「若きベンチャー企業家がどんどん出てこない限り、日本経済は立ち直れない」といった風評の高まりが、若者たちをベンチャーへと駆り立てているのも間違いないだろう。
だが、それとは別に、リストラの恐怖に怯えながらも薄給に甘んじている世のサラリーマン族を尻目に、莫大な財産と名誉をわが物としている若きベンチャー企業家たちの存在。
これもと言うより、これが若者たちの起業家志向を高めている一番の原因になっているのではないだろうか。
二〇代、三〇代の若さで事業を立ち上げ、ベンチャーの旗手、あるいは時代の寵児として喝采を浴びつづける若き起業家たち。
彼らの成功神話を見聞していれば、現実の厳しさを知らない若者たちが「俺だって」という気持ちになったとしても、決して不思議ではない。
会社勤めをほとんど経験していない彼らだって成功したんだ。ならば、俺にできないわけがない。やる気と才能さえあれば、経験なんかなくたって成功できるんだ――。
その意気やよし、である。春秋に富む若者が、社会人へのスタートラインに立ったその時から、気概や志を失っているようでは先は知れている。
まさに”青年よ大志を抱け”ではあるのだが、彼らがもし、事業を起こすに当たって会社勤めの経験なんか必要ない、と本気で考えているようだったら非常に危うい。
なるほど、成功しているベンチャー企業家たちの中には、サラリーマン生活を体験していない人が少なくない。
しかし彼らは、社会人になる前から、会社経営をする上で必要不可欠な体験を積みながら、貴重な能力を磨いているのだ。
その能力があったればこそ、成功を収めることができたのである。ここを見落としていたら、どれほど大きな志を抱いていようが、才能や技術を身に付けていようが成功はおぼつかないと言っても過言ではないだろう。
では、その能力とは何か。一言で言えばコミュニケーション能力とリーダーシップである。
サラリーマンとして会社勤めに励みながら、上司や同僚、取引先に揉まれる中でコミュニケーション能力やリーダーシップを磨き、これでもう大丈夫だろうという自信をつかんでから独立する、というのがこれまでの起業家たちが踏むごくごく普通のプロセスであった。
ところが、このプロセスを省いていきなり独立しようというのなら、当然のことながら、学校を卒業するまでの間に人並み外れたコミュニケーション能力とリーダーシップを養っておかなければならない。
父親や母親、兄弟、友人、学校の先生などと如何に上手くコミュニケーションを図り、相手を自分の思いどおりに動かすことができるのか。
その能力を養っていれば、卒業と同時に事業を立ち上げてもうまくいくかもしれないが、そうでなければ、成功は至難の技と言わざるを得ないのである。
学生時代にコミュニケーション能力を磨け
成功しているベンチャー企業家たちの経歴をつぶさに調べればわかることだが、彼らはたいてい、学生の頃からリーダーシップやコミュニケーション能力を身に付けている。
例えば、学生時代に生徒会の会長や自治会の委員長を務めていたり、学園祭の実行委員長だったり、あるいはクラブのキャプテンをやっていたりと、何らかの形でリーダーシップやコミュニケーション能力を身に付けているものである。
そうでない場合でも、子だくさんの家の長男・長女として生まれ、たくさんの弟や妹たちを統率していく中で、知らず知らずのうちにリーダーシップとコミュニケーション能力を身に付けているのが普通だ。
だからこそ、二〇代三〇代の若さで会社を設立し、世間に注目されるほどの業績を残すことができるのである。
そうではなく、中学・高校時代に生徒会活動もやっていないし、クラブ活動にも参加していない、大学時代も自治会活動どころかクラブにも入らないで、先輩や後輩の中で揉まれてこなかった人間が、学校を出ていきなり会社をつくったところでうまくいくのかどうか、常識で考えれば、誰にでもわかるはずである。
まあ、文章でメシを食うとか、インターネットを活用して何かを販売しようというのなら、一人でもやっていけるだろう。
だが、会社をつくって事業を始めるとなると、人を使わなければならないし、取引先とも丁々発止の駆け引きをやらなければいけない。いや、駆け引き云々の前に、取引先を開拓しなければならない。
その新規開拓がどれほど困難なことか、営業経験のある人なら誰でも知っていることだが、その時にリーダーシップやコミュニケーション能力に欠けていたらどうだろう。
見も知らぬ会社に出向いて仕事を取ってくることができるだろうか。取ってきた後の交渉を有利に運ぶことができるだろうか。
あるいはまた、やる気のない従業員、気難しい従業員を上手に使いこなすことができるだろうか。答えは断じて「ノー」である。
だから私は常々言うのである。たとえどんなに優れた職能力例えば、コンピュータソフトの開発だったら誰にも負けないというほどの自信があったとしても、企業経営の基礎となるコミュニケーション能力やリーダーシップを磨いてこなかった人間は、学校を出ていきなり会社を起こそうなどと考えてはいけない、と。
そんなことをすれば、一〇〇人が一〇〇人、全て失敗するだろう。いや、間違いなく失敗する。そう断言してもいい。
コミュニケーション能力で苦境から脱出
かく言う私も、若くして会社を起こした一人である。
私が会社を設立したのは昭和五二年。大学卒業後、一年ばかりのサラリーマン生活を体験してから、時計を扱う小さな商社を設立したのだが、当時の時計業界はあちこちの会社がバタバタと潰れるという、空前絶後とも言うべき大不況の真っ只中。
そんな荒海に船出したのだから、我が社もご多分に洩れず赤字赤字の連続で、どうにか黒字を計上できるようになったのは会社を設立してから五年目ぐらいのことであった。
それでよく倒産せずに済んだものだなあそんな声が聞こえてきそうだが、まさしくその通り。
これといった資産を持ち合わせない我が社など、とっくに倒産していてしかるべきである。
普通、資金繰りが逼迫して、従業員や取引先への支払いに困ったら、銀行に頭を下げてお金を借り、それをもって支払いに当てる。
もっとも、”晴れの日の雨傘〟である銀行が二つ返事でお金を貸してくれることなど、実際にはあまりないが、それでも、それなりの銀行信用があれば貸して貰える。
ところがご存じのように、設立後三年に満たない会社は会社として認めてもらえず、銀行信用はゼロ。もちろん、どんなに頭を下げたって、お金を貸してもらうことなどできるわけがない。
当時、「人の三倍働く」をモットーにしていた私はその信条はいまも変わらないのだが)、一日で三日分生きるつもりで必死に働いていた。
だから、三年たったら九年分の実績を積んだつもりだったのだが、そんな理屈が銀行に通じるわけがない。何度足を運んでもけんもほろろ、まるで相手にしてもらえなかった。
支払い期日は刻一刻と迫りつつある。さりとて、手持ちの資金はないし、銀行も貸してくれない。ああ、もうダメだ、これで我が社も終わりだ。
そんな絶体絶命の修羅場を何度も何度も体験したが、その都度私は、支払先に土下座をし、額を床にすりつけながら、支払い期日の延長や返品をお願いするなどして、どうにかこうにか乗り越えてきた。
その具体的な方法については拙著「中小企業の経営の極意」(たちばな出版刊)に書いたので、資金繰りに苦しんでいる人は、是非とも参照していただきたいと思うが、もうダメかという絶体絶命の窮地に立たされた時に役立ったのが説得術であり、コミュニケーション能力であった。
言うなれば、我が社がどうにかこうにか存続できたのは、一にも二にも、私自身のコミュニケーション能力の賜物だったのである。
クラブ活動で磨いたコミュニケーション能力
私は高校時代、生徒会の役員を五つ兼任していた。
あれはたしか高校一年の六月だったと記憶しているが、全校生徒が参加するファイヤーラリーというイベントがあった。
その時、行事委員長としてイベントを取り仕切る立場にあった私は、朝から晩まで東奔西走、毎日毎日が目の回るような忙しさであった。
一口にファイヤーラリーと言っても、二〇〇〇人あまりの生徒が参加する一大イベントである。
それだけに、準備段階から開催当日までの慌ただしさといったらなく、まず、先輩の委員たちと相談しながらプログラムを立案する。
立案作業が終わったら、企画書を持って学校側と折衝。折衝が終わったら終わったで、今度は、限られた時間の中で如何に完璧な準備を完了するかというテーマが待っている。
それを一五、六歳の高校一年がこなさなければならないのだから、今思い出してもかなりハードなスケジュールだったように思う。
高校二年になると、私の生活はいっそう忙しくなった。選挙管理委員長をはじめ五つほどの役員を兼務しながら、その間にクラブ活動をやり、さらにその合間を縫って、某宗教団体の学生部長として活動することになったのである。それだけに、実に目まぐるしく、非常に充実した高校生活であった。
そして大学へ。私は大学入学と同時に、迷わず英語クラブに入ったのだが、そのおかげで私の大学生活は高校の時以上に充実したものになった。
同志社大学の英語クラブは、四、五〇人の小さなクラブではない。総勢四〇〇人からの大所帯である。だから、一、二年の時には周囲はまさに先輩だらけだった。
「おい、メシを食いに行くか」
「はい。でもボク、今日は持ち合わせがないんですけど……」
「心配するな。俺がご馳走するよ」
「えっ、ご馳走してくれるんですか。ありがとうございます」
などと、先輩諸兄からずいぶんと可愛がってもらったものだが、社会人になってから目上や上司、取引先との付き合い方で困ることがなかったのも、そういう先輩たちとの交流があったからだと思っている。
三、四年の上級生になると、今度は自分が後輩の面倒を見る立場に立つ。英語の指導をしたり相談に乗ったり、時には食事に誘ったりと、何かにつけて後輩の面倒を見るのが先輩の務めなのだが、とりわけ私の場合、クラブの会長に推された関係で、やらなければならないことが山ほどあった。
平素は、副会長などと一緒にクラブのマネジメントに精を出し、その合間に後輩の相談に乗る。また英語劇や他校を交えてのスピーチ大会やディベートなどの催しがあれば、他校のリーダーたちと折衝を重ねたり、運営資金をどこかから調達しなければならない。
あるいはまた、何か事件が起きた時には、顧問の教授に「すみません」と頭を下げてもみ消してもらったり、ということも少なからずあった。
今から思えば、かなりハードな日々だったが、それでも苦痛に感じたり負担に思ったりすることは一度もなかった。
また、この体験が将来役に立つんだ、という意識もなかった。ただただ好きだからやっていただけである。
それが結果的によかったのだと思う。「好きこそものの上手なれ」という言葉もあるように、好きでやったから、先輩や後輩に揉まれる中で、知らず知らずのうちにマネジメント能力やリーダーシップが身に付いたのではないだろうか。
人はどうやったら動いてくれるのかという説得術や交渉力、コミュニケーション能力といったものが養えたのではないだろうかと思う。
もし、学生時代にそういう体験をすることなく漫然とした日々を過ごすだけで、マネジメント能力やコミュニケーション能力を身に付けてなかったらと考えると、今さらながらゾッとする。
学歴など何の役にも立たない
学校を出てすぐに事業を立ち上げるだけなら、それなりの資金があれば誰にでもできるだろう。しかし成功を収めたいということになると話は別。
やはり学生時代にリーダーシップやコミュニケーション能力、さらには説得術をある程度身に付けていないと無理である。
考えてもみていただきたい。難しい交渉をやり遂げた経験が何一つない、どうやって交渉していいかもわからない人間に、取引先を説得したり従業員を使いこなすという芸当ができるだろうか。
はっきり言って、何もインプットしてこなかった人間は、会社をつくって事業を始めようなんて、ハナから考えない方がいい。
もともと素地がないのだから、そんなことに手を染めたら、まず一〇〇パーセント失敗する。
「いや、俺はエリートコースを歩んできたんだから大丈夫」という向きがあるかもしれない。だが、一流高校を出ようが一流大学を出ようが、そんなのは何の役にも立たない。
コミュニケーションのやり方を教える講座があるわけではないし、仮にそういうものがあったとしても、コミュニケーションとはそもそも頭で理解するものではなく、体験を通して体で覚えるものなのだから、本を読んでも講義を聞いても身につく道理がない。
だから、学歴なんかまるでアテにならないのである。東大卒であろうと京大卒であろうと、あるいはまたIQが高かろうと学力に秀でていようと、ことコミュニケーション能力に関しては、実際に体験し、体で覚える他に身に付ける方法がないのである。
その意味では、三流大学卒であっても、中退であっても、あるいは高校しか出ていなくても、運動部でしごかれたり、自治会や生徒会活動に熱中してきた人間のほうがよほど可能性がある。
先輩とはどう接しなければいけないのか、後輩の面倒はどう見たらいいのか。それらを体で覚えてきた彼らなら、会社を起こしてもある程度成功するかもしれないし、サラリーマンになっても先々、大いに期待できる。
だいたい、社会に出てからメキメキ頭角を現わす人間はそういうタイプであって、勉強だけやってきた人間が伸びていくというケースはほとんどない。
学者になって、象牙の塔に籠もって研究に専念するというのなら勉強漬けの学生時代を送ってもいいだろうが、将来、社会で活躍しようというのならやはり、学生時代にコミュニケーション能力の基礎を身に付けておく必要があろう。
コミュニケーション能力がなければ上司の引き立ては受けられない
ここまでは、会社をつくって事業を起こすことを前提に、コミュニケーション能力の必要性について語ってきたが、コミュニケーション能力が必要なのは、何も会社の経営者に限った話ではない。
会社という組織の中で働くサラリーマンだって事情は一緒、コミュニケーション能力は不可欠である。
会社に就職すれば、そこには必ず上司、目上がいるし、同僚もいる。また、年齢を重ねれば部下も増えてくる。
そうした上司・同僚・部下という人間関係の中で、如何に信頼される自分自身をつくっていくのか、上司から引き立てを受け、同僚から信頼され、部下から慕われる人間になるのか、というのはサラリーマンにとっては極めて重要なテーマである。
が、このような話をすると決まって、 「上司からどう評価されようがいいじゃないか。同僚から信頼されなくたっていいじゃないか。そんなことより大切なのは仕事だよ、仕事。仕事ができるかどうかが問われるべきであって、職場の人間関係なんて所詮二次的、副次的なものにすぎないんだ。だいたい、仕事もできないくせに職場の人間関係を云々する奴にはロクなのがおらん」
と反論する人がいる。ご説ごもっとも。全くその通りである。だがしかし、私は何も宴会部長になれと言っている訳ではない。
職能力を磨くことと同じくらい信頼関係を築いていくことも大切なんですよ、と言いたいだけである。ところが、とかく仕事のできる有能なタイプに限って、そこがわかっていない人が多い。
「仕事さえきちんとやっていれば、上司も正当に評価してくれるさ」
「俺くらい仕事をこなしている社員は他にいない。それを評価しないようじゃあ、上司の資格はないぜ」などと嘯いたりするのだが、自分が考えているほど他人の目は甘くはない。
「たしかに仕事はできるけど、どうもトゲが多くて困る。あれでは人はついてこない。とても部署を任せられる器ではない」
「彼は一匹狼なんだから、放っておけばいいんだよ」というように見られるのが普通で、上司の引き立てはまず受けられない。
その結果はといえば、出世競争に敗れ、同僚の後塵を拝するだけでなく、後輩にまで先を越されるという、お定まりの落ちこぼれコース。
それでもいいんだ、出世競争なんか関心がないんだ、というのなら話は別である。
だが、野心ギラギラとはいかないまでも、人並みの出世願望を抱いているサラリーマンがそういう立場に立たされたら、これは悲劇である。歌の文句ではないけれど、暗い酒場の片隅でウイスキーか何かをちびちびめながら、「社長のバカが」「部長のアホが」「課長の能なしが」と愚痴をこぼし合っている人種はだいたい出世に遅れたサラリーマン、というのが通り相場である。
上司の陰口を肴に酒を飲もうが何をしようが一向に構わないが、傍で見ていてあれほど恰好の悪いものはない。
まるで、落ちこぼれサラリーマンであることを自ら白状しているようなものではないか。そんなことにならないためにも、ここは一つ、職能力を磨くと同時にコミュニケーション能力にも磨きをかけて、上司からも同僚からも、そして部下からも信頼される自分になるように努めたいものである。
試行錯誤を繰り返して体で覚えるのが基本
では、交渉力やコミュニケーション能力、リーダーシップというものは、どうやったら培うことができるのだろうか。
その方法について語るのが本書のテーマなのだが、結論から言えば、これはもう自分自身で体験し、試行錯誤しながら、一つひとつ覚えていくしかない。
前述したように、コミュニケーション能力やリーダーシップというのは、本や人の話を聞いて頭で理解したからといって身に付くものではない。
あくまでも自分自身で悩んだり葛藤しながら、試行錯誤を繰り返しつつ体で覚えていくものである。
その限りで本書も例外ではなく、本書を読んだからといって、即座にコミュニケーション能力が身に付くわけではない。
「人づきあいで人を動かす」というタイトルに惹かれて本書を手にした方が多いと思うが、ことコミュニケーション能力に関する限り、実践に実践を重ね、試行錯誤を繰り返していくしか方法がないのである。
とは言え、何の手掛かりもなければ、実践しようにも実践できないのもまた事実で、上司や同僚、部下との葛藤の渦中にあるときは、なかなか頭が整理できず、とかく余計な軋轢を生じやすいもの。
そんなとき役に立つのが先達の体験談である。本書の狙いは職場の人間関係や取引先との交渉に苦しんでいるとき、本書を読んで、「ああ、ここが問題だったのかな」「ああ、こういう方法もあるのか。今度、同じようなことがあったらさっそく実践してみよう」というようなヒントが得られればと願って筆を取るつもりである。
是非とも、大いに役立てていただきたいと思う。
第一章 上司、目上とのコミュニケーション
ゴマすり、是か非か
職場の人間関係といった場合、誰もが真っ先に思い浮かべるのは、さしずめ上司、同僚、部下といったところではないだろうか。
毎日毎日、同じ職場で顔を突き合わせて働いているのだから、何を差し置いても上司、同僚、部下を思い浮かべるのは当然と言えば当然である。
だが、職場の人間関係はこれだけではない。営業職なら取引先と付き合わなければならないのはもちろんのこと、役職によっては銀行や税務署を相手に丁々発止のやりとりをしなければならないだろう。
また、警察など役所の許認可が必要な業種なら、お役人相手の折衝が必要になる。それくらい、職場における人間関係は複雑多岐にわたっているのだが、そのうち一番重要なのは何かというと、これはもう、上司・目上との関係に決まっている。
冷静に考えればすぐにわかることだが、人が人として社会で生きていく限り、永遠無窮に上司・目上は存在する。
例えば、学校を出たばかりの新入社員にとっては、それこそ周りじゅうが上司・目上であるし、そこから係長、課長、部長へと出世を重ねていっても、上司・目上の存在が消えるわけではない。
また、運よくトップの座を射止めたとしても、銀行や税務署、警察など、頭を下げなければならない対象は必ずある。
そして、この世の人生を終えてあの世に行っても、先祖や先輩にお仕えしなければならない。
まあ、あの世の話は冗談にしても、人間が人間として生きている限り、永遠に上司・目上は存在するのは間違いないところである。
だから、上司・目上から可愛がられない、大事にされない、引き立てを受けられない、贔屓にされないことほど辛いことはないのだが、では、どうしたら上司・目上から可愛がられ、引き立てを受けられるのだろうか。ゴマでもすればいいのだろうか。
「そう、その通り。上司・目上の引き立てを受けるには何といってもゴマすりが一番。上司・目上を持ち上げ、気分をよくさせれば、その分、可愛がってもらえるし、引き立ても受けられるというものだよ」
と、ゴマすりを推奨する向きもあるだろうが、これとは逆に、ゴマすり否定派も少なくない。
「バカを言っちゃいけない。ゴマをすってまで引き立てを受けようなんて、人間として最低だぜ。ゴマすり野郎の顔を見ているだけで、こっちまで汚れてくる」
「何を綺麗事言っているの。世の中、建前だけで通用するほど甘くはないんだよ。組織人であろうがあるまいが、人間として生きている限り、時にはゴマをすらなきゃならないこともあるんだ。
そこがわからない奴は、まるで子供と一緒。死ぬまで寝小便を垂らしていればいいんだ」
ゴマすり推奨派と否定派。その正否を巡る主張は互いに平行線を辿るばかりで、どこまで行っても交わることはなさそうだが、私に言わせれば、ゴマすり大いに結構。必要に応じてどんどん活用すべきである。
悔しかったらゴマをすれ
そもそも、ゴマもすれない人間がゴマすりのことを偉そうに批判してはいけない、批判する前に自分で一度すってみよ、と言いたい。
ゴマを一度でもすったことのある人なら誰でも知っていることだが、ゴマすりほどストレスが溜まり、屈辱感を感じるものはない。
上役から誘われれば、飲みたくもない酒も飲まなければならないし、やりたくもないゴルフでも付き合わなければならないのだから、そのストレスたるや筆舌に尽くし難いものがある。と言ったらいささかオーバーかもしれないが、時には胃潰瘍になったりすることもあるくらい、ゴマすりは大きなストレス要因になる。
だから、ゴマをすっている人に対して、ゴマをすれない人間がそうに言ってはいけない。
株式会社であろうと有限会社であろうと、学校法人であろうと財団法人であろうと、さらにはボランティアのグループであろうと同窓会であろうと、ゴマをすらずに出世できる社会は絶対にあり得ない。
ましてやサラリーマンやOLであれば、上司・目上や同僚や部下との対人関係が実力評価に直結することがあるのだから、いかにゴマをするかという表現力や咀嚼力も必要にして不可欠といえる。
現実に人間関係によって会社が成り立っている以上、多かれ少なかれゴマすり的要素がなければ思うように仕事は進まないし、出世は到底望めないだろう。
逆に言えば、ゴマすりにある程度長けていれば、仕事を順調に運ぶこともできるだろうし、出世だって夢ではない。
歴史を振り返ってみると、そうやって功成り名を遂げた人物は驚くほどいっぱいいるが、その代表的人物となると、豊臣秀吉をおいて他にないだろう。
秀吉はどうやって「人たらし」になったのか
御存知のように、秀吉は織田信長の後を襲って天下を統一し、太閤にまでなった人物である。が、その出自はと問えば、出世とは縁もゆかりもない最低の身分であった。
にもかかわらず、秀吉はなぜトップを極めることができたのか。
その第一の秘訣は、「人たらしの秀吉」と言われるほど、ゴマすりの名人だったこと。普通、女たらしは女性しかたらし込まない。
だが、秀吉は女も男も、上の者も下の者もたらし込んだ。だからこそ、金も家柄もないのにトップに昇り詰めることができたのである。
その「人たらしの術」を秀吉はどこで身につけたのだろうか。歴史書を縫いても明らかではないが、想像するに、子供の時にやらされた子守りで身につけたのは疑いない。
秀吉は貧乏百姓の子供だった。そのため、幼い頃から近隣の裕福な農家の赤ん坊の子守りをさせられたことは歴史的事実として明らかにされているが、その子守りをしているうちに「人たらしの術」を身に付けたのである。
やってみるとわかるが、子守りはたいへんに辛い仕事である。
子供というのは絶えず気分が変わる。今笑っていたかと思うと突然泣き出したり、泣いていたかと思うと急に笑い出したり、一緒に遊んでいても、「あっちへ行こうこっちへ行こう」と、全て気分次第である。要するに、自分のペースを他人に押しつけるのが子供であって、「子守りが疲れているだろうからぼくも寝ついてやろう」などと、相手を気遣う子供はどこにもいない。
そんな我がままな子供のペースに合わせなければならないことを考えれば、子守りがいかにしんどい仕事か容易に類推できると思うが、それだけの難事を楽々とやりこなす子守りがいるという評判が評判を呼んで、それじゃあうちの子も、私の子も……ということになる。
秀吉はそうやって金を稼いで家を助けると同時に、人たらしの基礎を身に付けていったのだ。
世の中にはそんな秀吉とは反対に、子守りが苦手な人、子守りができないタイプの人がいる。自分のポリシーに忠実な人、言い換えれば自己中心的な人がそれだ。
例えば、九時から二時間は経営の勉強をすることを固く守っている人が、同窓会に行く奥さんから子守りを頼まれたとしよう。
その時、九時になったからというので、「おい、お父さんはこれから経営の勉強をするんだから、もう寝なさい」と言ったところで、子供は素直に寝るだろうか。
子供は騒ぐか泣くかするだけで、父親の都合に合わせて寝てやろうなんていうことはまずあり得ない。子供とは本来、自己中心的な存在であるからだ。
ところが、そこがわからない人間は、自分は九時から勉強しなければならないのだから、九時になったら子供は寝るべきだ、という考えから抜け出すことができない。
角度を変えて言えば、それも自己中心であって、自己中心的な大人に自己中心的な子供をあやせる道理などあるはずがない。
「泣くのをやめなさい」と言っても泣き止まないし、「こんなところでオシッコをしてはいけない」と言っても、所構わずオシッコを漏らすのが子供というものである。
そんな子供をあやすには、子供の状態に合わせてこっちが変わるしかなく、自分のポリシーとか指針とか、人間はかくあるべきなんていう考えを捨てられない人間が子供をあやしにかかったら、自分の思い通りにならない現実に直面して、パニックに陥るだろう。
寝てほしいと思っても寝ない。泣くなと言っても泣き止まない。
とにかく自分の思い通りにいかない子供をあやすには、あああってほしい、こうあってほしいという願望を捨てて、子供に適合していく他ないのである。
そこに、「人たらしの秀吉」をつくった基盤があると言って間違いあるまい。
ゴマをするだけでなく実績で示せ
秀吉が仕えた織田信長という人は、世にも稀なほど自己中心的な人だった。天才は天才なのだが、こうと決めたら絶対に変えない。逆らう部下は殺すか解雇してしまう。
だから配下の有力な武将、今でいう幹部社員は皆、「困った殿様だ、やりにくい殿様だ」
と思っていた。その中で秀吉だけが、信長に気に入られてトントン拍子に出世した。と
いうことは、秀吉は信長をあやし切った、ということである。
織田信長様はこういう方だ、柴田勝家様はああいう性質だ、明智光秀殿はこういう性格だと見切ったら、それぞれに合わせて目いっぱいゴマをすり、調子に乗せる。
それは、プライドのある侍にはできないことではあるけれど、尾張中村の百姓からはい上がってきた秀吉にはプライドがない。
お侍はこういうところを尊ぶのだとわかったら、その侍心をくすぐるように、「私、猿でございます」と、いくらでもへりくだることができる。
だから、武士のプライドとはこういうものなんだ、武士が求めているものはこれなんだといち早く察知したら、誰よりも頭を下げてあやしていく。
すると、あやされているほうは優越感に浸って「いいやつじゃ」と引き立ててくれる。そうやって秀吉は着々と出世していったのだ。
ただし、秀吉の名誉のためにつけ加えると、秀吉は単にゴマすりとおべっかだけで出世したのではない。信長から引き立てを受けるまでには、何度も何度も危ない橋を渡っているのだ。
危険すぎるからと誰も引き受けなかった墨股城を命懸けで築城しているし、織田軍が金ヶ崎城から敗走する際には、絶対に生きて帰れないと軍を務めもしている。
それも、わがままな信長をたらし込むには必要だったからで、おべっかだけで出世したのではないのである。
全方向ゴマすりになれ
いずれにしても、上司・目上から引き立てを受けるにはゴマすりは不可欠。
組織の中で生き抜こうとするなら、名うての人たらし秀吉を見習うべきだと思うのだが、世間一般ではゴマすりが悪く受け取られているのも事実である。
なぜゴマすりが悪く見られるのか。その理由は、ゴマすり人間の多くが偏ったゴマすりをしていること。この一点に尽きると言っても過言ではないだろう。
目上や上司には卑しいくらいにペコペコするものの、同僚や目下の人間には人を人とも思わないような横柄な態度で接していたら、それは嫌われるに決まっている。
一方向にだけゴマをするからダメなのである。そうではなく、上司・目上、同僚、部下を問わず、私情や私利私欲を捨てて、全ての人を思い遣る。これが正しいゴマすりの姿勢であり、その態度を貫いている限り、誰からも嫌われることはないし、悪く見られることもないはずである。
そういう心で職場全体を眺めると、周囲の人の心がまるで手に取るように透けて見えてくることがある。
目上の女性は自分のことをこんなふうに思っているな、目下の男性は上司の自分にこうやってほしいと思っているなと、見えないはずの心が見えてくるのだ。
だが、相手の心をキャッチしただけで終わったら意味がない。キャッチしたら、間髪を置かずサッとたらし込むのだ。
部下の女子社員が望んでいることをキャッチしたら、その望みを叶えてやる。すると、上からも同僚からも目下からも、あの人は素晴らしい人だと思われる。
男性からも女性からもいい人だと言われる。そうなればしめたもの。出世はもはや約束されたようなものである。
そこまで気を配れる人は、もちろん目上の人にもゴマをする。だが、全方向でゴマをすっているから、「あいつはゴマすりだから」などと陰口を叩かれることはない。
それどころか、「あの人は腰が低い人だ」とか「人当たりのいい人だ」と評価されるのが普通で、「あの人は人格者だ」とか「あの人は人柄がいい」と言われたりもする。どれも最高の人物評価だ。
だから、ゴマすりという行為を貶めて考えてはいけないし、ましてやゴマすりができない人間が人をゴマすりと蔑んでもいけない。
全方向、上中下、別け隔てなく、全ての人をまんべんなく持ち上げることが最高の善行なのだと心得て、大いにゴマをすりたいものである。
コミュニケーション能力の基礎はゴマすりにあり
「ゴマすりは卑しい人間のすることだ」という偏見は、この際捨てるべきである。そもそも、そういう偏見を持つ人に限って組織の中で浮いた存在になっていることが多い。
「あいつはゴマばっかりすって」と他人を貶す人には、他人が何を望んでいるかを理解するという、気配りや気働きに欠ける傾向が強いからだ。それでは当然、出世も望めないだろう。
悔しかったら、自分もおべっかを使って出世したらいい。その上で「お前、ゴマばっかりするんじゃないよ」と言うのなら説得力があるというもの。
出世もできないで、他人を非難してばかりいるというのは、負け犬の遠吠えである。
ゴマすりやおべっかは、それ自体は善でも悪でもない。善なるものとするか悪なるものとするか。
それはひとえに、どういう目的でゴマをするかにかかっている。要は、多くの人の幸せのためにゴマをすり、おべっかができるかどうか、なのだ。
繰り返しになるが、正しいゴマのすり方というのは全方向にごまをすることである。
だから、目上にゴマをすっておべっかを言ったら、目上にゴマをするが如く同僚にもゴマをすって、おべっかを言わなければいけない。
もちろん、目下にもゴマをすっておべっかを言うことを忘れてはならない。
そうやって全方向でゴマをすっていると、知らず知らずのうちに、取引先や銀行、税務署を相手にしたときのコミュニケーション能力や接客術も磨かれてくる。
周囲の人を幸せな気分にさせ、満足したな、喜ばしいなという思いにさせることができたら、それはそのまま接客術として活用できるわけだ。
それには何よりもまず、上司・目上に喜んでいただく、満足していただくという姿勢が大切で、上司・目上に対するゴマすりを汚らわしいもの、卑しいものと考えている限り、コミュニケーション能力の向上はないだろう。
上司・目上は父親の投影
ということで、まずは上司・目上に対するゴマすりを推奨したわけだが、今度は別の角度から、どうしたら上司・目上とのコミュニケーションがうまくいくかについて考えてみたい。
一般的に言って、父親と仲のいい人の場合は、どんな上司・目上ともうまくやっていけるケースが多い。反対に父親との葛藤で苦しみ、いつもいがみ合っている人は上司・目上ともぶつかる傾向がある。
また、母親と仲がよい人は、上司、同僚、部下を問わず、女性といがみ合ったりぶつかることが殆どない。
過度に母親と仲がよく、べったりした関係を結んでいる場合にはマザコンになりやすいが、適度に母親と仲がいい人は、おおむね女性と仲よくできる。
これはあくまでも一般論ではあるが、そういう傾向があるのは事実である。実際、上司・目上とうまくいかない人をよく観察すると、父親との折り合いがよくないことに気付かされるケースが少なくない。
ではなぜ、父親との関係がギクシャクしていると、上司・目上とうまくいかないのか。理由は簡単。上司・目上は潜在意識の奥深いところに眠っている、父親像の投影であるからだ。
平たく言えば、上司・目上の顔を見る時、無意識のうちに父親の顔とダブらせて見てしまうのである。
だから、父親を尊敬している人は素直に上司・目上を尊敬でき、父親に甘えた体験のある人は自然に上司・目上に甘えることができるわけだ。
父親と軋轢がある人が無意識のうちに上司・目上に対して敵愾心を抱いてしまうというのも、まったく同じ理屈である。無論、女性に対する態度についても同じである。
そうした関係が端的に現れるのは、母子家庭で育った人の場合である。
幼いころに両親が離婚したり、あるいは父親と死別したりして女手一つで育てられた人と上司・目上の関係をつぶさに観察すると、特別仲がいいわけでもなければ、特別仲が悪いわけでもないという、ニュートラルと言うべきか不思議と言うべきか、じつに曖昧模糊とした関係を築くケースが多い。
それはなぜかと言うに、どういうふうに上司・目上を理解し、扱っていいかわからないからである。母子家庭を差別するつもりで言うわけでは決してないが、一般に、父親と触れ合う機会を持てなかった人にそういう傾向が見られるのは否めない。
とにかく、上司・目上は父親像の投影なのである。だから――これはまあ余談だが―従業員を雇う場合には、父親との関係を尋ねてみるといい。
そうすれば、その人物が入社後、上司や周囲の人間とうまくやっていけるかどうか、大方の見当がつくはずだ。
「あなた、お父さんとの関係はどうですか。仲がいいですか。一緒にゴルフに行ったり、お酒を飲んだりしますか」
と尋ねて
「はい、父とはしょっちゅう一緒に飲んでいます。ゴルフにも一緒に行きます」という返事が返ってくるようなら、上司とうまくやっていける人物と判断していいだろう。これとは反対に、
「いや、父親とは長年葛藤がありまして……。一緒にお酒を飲んだりゴルフに行ったりすることはまずありません」と答えるようだったら、入社後、上司とトラブルを起こす可能性があると考えて、雇わないほうがいい。
逆に、面接を受ける側に立ったら、ウソでもいいから、
「父とは近所の人が羨むほどうまくいっています。一緒にお酒も飲みますし、ゴルフにも行きます。父の好きな将棋の相手をすることもよくあります」と答えなければならない。
ただし、「父を尊敬しています」というせりふだけは絶対にご法度。身上書にも書いてはいけない。
そんなことを言ったり書いたりすれば、「社会性がない」と判断され、まず一〇〇パーセント不採用にされてしまうだろう。
「じゃあ、あなたのお父さんは孔子よりも立派なのか。弘法大師よりも偉いのか。ワシントンよりすごいのか。
クリントンより女にもてるのか。諸葛孔明ほど立派な方なのか。聖徳太子より能力が上なのか」
と問われたら、
「歴史に名を残した人物のほうがもちろん偉いと思いますが、身近な人物として父を尊敬しているだけのことです」
などと切り返すこともできるだろうが、「尊敬する人は父です」と答えたら最後、「この人物は社会性がない。世の中を大局的に見ることができない」と判断されてしまうと覚悟すべきである。
「尊敬する人物は?」と尋ねられたら、とりあえず、「徳川家康です」とか何とか、もっともらしく答えておくのが無難だ。それでもし理由を問われたら、
「山岡壮八の小説を全巻読破しまして、家康の忍耐力に感銘したからです」とでも言えばいい。
一巻しか読んでいなくて自信がない場合は、単に「読みまして」と言っておけば問題ない。間違っても「テレビドラマで見て感動したからです」なんて答えてはいけない。
まあ、少しでも知性と教養があれば、そんなバカな答えは言わないだろうが、就職試験で「テレビで見ました」だの「週刊誌で読みました」だのと口走ったら、もう勝負あった。不合格決定である。
それでも採用されるようなことがあれば、よほどボンクラな会社だと思ったほうがいい。
許せない父を許すには
いずれにしても上司・目上は父親の投影であり、その限りにおいて、上司・目上とうまくやってゆける人は父親とも仲がよく、うまくやっていけない人は父親との間に葛藤があるのが普通だ。ということはつまり、上司・目上とうまくいかないからといって何らかの努力を俄に始めたとしても、上司と自分の関係だけを視野に入れていたのでは大きな効果は期待できない、ということである。
父親の投影である上司・目上とうまくやっていくには、やはり父親に対するもつれた感情の糸を一本一本解きほぐしていくしかない。
要するに、父親と仲良くなれるように、日々練習すればいいのである。ところが、実践するとなると、これが案外難しい。
酒びたりの父親、女極道の父親、博打狂いの父親・・・・・世の中には、救いようもないほど出鱈目な生き方をしている父親が少なくないが、ヤクザな父親に限って頑固一徹、人の話に耳を貸そうとしない。
実は私の父もそうだった。と言うより、私の父は”飲む打つ買う”の三拍子揃った、
どうしようもなく出鱈目な男で、私が子供の時分、「お父さん、もうお酒はやめてよ。それからよそに泊まらず、必ず家に帰ってきてよ。お願いだからもっとお母さんを大切にして」
と、泣きながらお願いしても、
「うるさい!子どもは引っ込んでろ!」
と怒鳴られるのがオチで、頭を思い切りぶん殴られることだって珍しくなかった。
ことほど左様にヤクザな父親というのは自己中心的で、暴力的で、怠慢で、根性が歪んでいるものなのだが、そんな父親と生まれた時から付き合わなければならない子供はたまったものではない。
父親と同じようにヤクザな性格だったら、一緒になって大酒をくらい、一緒になって女に狂い、一緒になって博打に興ずることもできるだろう。
だが、素直で純粋な子供にそんな真似ができるわけがない。その素直で純粋な分だけ、心を傷つけてしまうのである。
かくして、父親との葛藤が始まり、人によっては復讐心にも似た気分を醸造することもある。そして、この葛藤が潜在意識の奥深いところに刻み込まれ、やがて社会人になった時、上司や目上に対するぎこちない態度を生みだす素地になるわけだ。
ここで一つ考えなければならないことがある。
それは、父親との間に何らかの葛藤のある人はおおむね、父親に変わってほしい、生活態度を改善してほしいという願望を抱いている、ということだ。
酒を飲んで暴れるのはやめてほしい、女遊びをしないでもっとお母さんを大切にしてほしい、博打に手を出さず真面目に働いてほしい――ヤクザな父親を持った子供は一〇人が一〇人、みんなそう願っているものだが、子どもの心が純粋であればあるほど、あるいはまた父親が出鱈目であればあるほど、その願いは切実なものになる。
ところが、当の父親はといえば、子供の願いなどどこ吹く風、一向に態度を改めようとしない。
相も変わらず大酒飲んでは暴れ回り、女遊びは男の甲斐性だと言わんばかりにあちこちの女に手を出す。それが子供にとってどれほど辛く悲しいことか、体験した者でなければわからないかもしれないが、そうやって傷ついた心がやがて、父親に対する怨みや憎しみの感情へと変質していくわけだ。
ヤクザな父親を憎む気持ちは痛いほどよくわかる。私自身、長年にわたって父親を恨みつづけてきた一人だから、誰よりも理解しているつもりだ。
だが、私の体験からいって、父親に変わってほしいと願っている限り、父親との葛藤を解消することは永遠に不可能である。
どんなに性格を変えてほしい、生活を改めてほしいと願ったところで、五〇、六○のオヤジが今さら変わるわけがないからだ。
父親がこちらの期待通りに変わることは、まず一〇〇パーセントない。そう断言しても差し支えないだろう。
だったらどうするか。自分が変わればいいのである。
自分なりの倫理観や道徳観を捨てて、父親を理解してやる。
どんなに出鱈目でダメな父親であっても倫理、道徳で裁かず、「ああ、自分の親父はもともとそういう人なんだ」と認めてしまう。
自分の意見を一方的に押しつけるだけで人の話を聞こうとしない父親であっても、「そうだね、そうだね」と上手に持ち上げて、時には向かい合って酒を飲む。一緒に競馬場や競輪場へ足を運んだり、女遊びをするのはどうかと思うが、酒席を共にしたり雀卓を囲むことぐらいはできるだろう。
私自身の体験に照らし合わせて言えば、そうやって父親の出鱈目さを認め、許す以外に父親との葛藤を克服する方法はないと思う。
父親を認め、父親を許すというのは、よくよく考えれば、赤ん坊をあやす子守りのようなものである。
つまり、出鱈目で自己中心的な父親は赤ん坊と一緒なのだから、赤ん坊をあやすがごとく接しながら”父親たらし”になるほかに、仲よくなる方法はないわけだ。
自分で言うのも変だが、大人になっても子供のような純粋な心を持ちつづけていた私の場合、ことのほか父親との葛藤が激しく、なかなか許すことができなかった。
そこで、どうしたら父親との相剋を克服できるのかと、いろいろ試行錯誤した結果わかったのが、赤ん坊をあやすがごとく接すればいいんだ”父親たらし”になる他ないんだ、ということだった。
読者の中に私と同じように父親との関係で悩んでいる人がいたら、父親たらし”になるべく、是非とも努力されたらいいと思う。
もっとも、幼いころの純粋な心も、大人へと成長していくにつれて次第に汚れてゆき、いつしか出鱈目な父親を理解できるようになるというより、むしろ父親と同じくらい、あるいは父親以上に出鱈目な人間になっていくのが普通だから、父親と仲よくする方法をくどくど語る必要などないのかもしれないが……。
