自分を変えれば未来が変わる(Vol.5)

「勝っている」イメージを訓練せよ!

以上述べた日々発願主義に加え、イメージトレーニングをしたら、さらに大きな効果が期待できる。

弱気の人はとかく、「ダメじゃないか」「失敗するんじゃないか」と、否定的なイメージを連想しやすい。

日々に発願するときでも、「多分ぼくはダメだと思う。いままでもできなかったし、これからもできそうにない。お父さんもお母さんもお兄さんも、みんなロクな人じゃないし、ぼくも同じ遺伝子を継いでいるから、きっと失敗すると思いますけれど、何とかがんばりますのでお願いします」というお祈りをしがちだ。

だが、それではダメ。一応、前向きに努力する姿勢で祈っているものの、イメージの中がネガティブで消極的だからだ。そういう発願では、なかなかうまくいかない。

たとえ心の中ではハラハラドキドキしていて、ダメじゃないかという不安と葛藤があったとしても、イメージの中では成功したシーンを浮かべなければいけない。

その上で、「神様、必ずそうしてください」と祈ると、イメージの世界が明るいか必ずそうなる。必死に祈って発願していても、イメージの中でいつも負けていたら、暗めな発願になってしまう。真っ黒なサングラスをかけて、神様にお祈りしているようなものだ。

神様には、明るく元気で生き生きと発願しなければいけない。ますます素晴らしくなりますように、もっと素晴らしくなりますようにと思ったら、幸運が向こうのほうからパッと飛んでくる。だから、いつも成功しているイメージトレーニングをすることだ。

これができると、消極策から積極策へ、暗い想念から明るい想念へと変えることができる。

想念法と呼ばれるものも、このイメージトレーニングの応用だ。イメージトレーニング、最近ではとくにスポーツの練習に取り入れられていて、大きな効果を上げているらしい。

実際に自分でやってみたら、いかに効果的かよくわかるはずである。イメージの中でいつも勝っている訓練をすると、弱気を知らない間に克服できる。

しかし、弱気を克服できるのはいいが、度が過ぎると傲慢になる可能性がある。過度にならないように気をつけないといけない。

「大死一番、死して大生する極意なり」

一に発願、二にイメージトレーニング。これを実践すると、そこそこの成功を収めることができるだろう。

車のセールスマンであれば、地区のナンバーワンぐらいにはなる。スポーツだったら、イチロー選手や野選手ほどまではいけなくても、インターハイの県予選とか、市民運動会の綱引きとか、勤労者水泳大会のオジサンの部の一位ぐらいにはなれるはずだ。

しかし、超一流を目指す人は、同じトップでも地区のトップではなく全国のトップを目指すべきだ。それを可能にするものは何かと言うと、死を決意する訓練。

禅宗では「大死一番、死して大生する極意なり」という。死して大いに生きるとは、一体どういうことなのか。これについて少し考えてみよう。

徳川家光のときの幕府の剣術の指南役で、柳生新陰流をつくった柳生但馬守宗矩という人に、こういう逸話がある。

柳生但馬守宗矩があるとき、一人の武士とすれ違った。見ると、その武士の全身から素晴らしい霊光が輝いている。その瞬間、柳生但馬守宗矩、「これはただ者ではない」と思い、つかつかと歩み寄って尋ねた。

「私の拝察するところ、あなたは必ずや一流一派の開祖、もしくは後継者、それほどの人物とお見受けするが、いかがでございますかな」

ところが、その武士は、「滅相もない。一流一派どころか剣道もたいしてうまくございません」とニベもない。

「いや、そんなはずはない。私の目はごまかされませんぞ。あなたは世に名のある方に違いない。私の目をごまかすことはできません」

「いや、そういうことはございません」

「いやいや、必ずそうに違いない」

二人は押し問答になった。何度尋ねても、その武士は首を横に振るばかり。しまいに宗矩も、「これはおかしい、私の目に狂いが生じたのだろうか」と思ってまた聞いた。

「それではお尋ねする。あなたは日々、どのようなお覚悟で生きておられるか」

「私も武士のはしくれ。主君に一旦緩急(さし迫った状態)あればいつでも死のう。私の主君に万が一にも何かがあったときには、喜んでいつでも死のうという覚悟は持っております。今日もし何かが主君にあったら、いつでもみごとに死ねるように。そう思って毎日お城に上がるようにしております」

と、その武士は答えたのである。

これを聞いた宗矩、「ああ、なればこそ」と膝を叩いた。

ときは江戸、平和の時代に入りつつあった。武士たる者も、安穏栄達を求める風が強まっている中で、武士として当然の心構えを持つ人が、これほどに輝いて見えるとは・・・・・・と宗矩は深く感動した、という話が伝わっている。

人は、その死に臨む姿勢で、日ごろの心構えがどのようなものであったのかがわかる。日ごろ偉そうに言っていても、死ぬべきときに、みごとに死ねない人間はそれだけの人間だったんだ、ということになる。

やはり、今日まで養ってきた精神を実行で示すのは、死ぬタイミング。死ぬ瞬間、どのような気持ちで死ぬのかということが大事なのだ…という「葉隠」のエッセンスを、その武士は柳生宗矩にこともなげに話したのである。

主君に何かがあったときにはいつでも死ねるようにという心がけで、毎日お城に上がる。それぐらいです、と。

柳生宗矩は、「うん、それだ、それこそがすべての達人に共通する精神性なのだ。なるほどわかった。やはり、私の目に狂いはなかった」

最終的な武術の極致、極意は、「大死一番、死して生きる」ところにあることを教える逸話である。

稽古ではすごく弱かった近藤勇

拙著「神霊界」(たちばな出版刊)にも書いたが、有名な新撰組の近藤勇は、稽古のときには沖田総司や土方歳三にバンバン撃ち込まれるほど弱かったという。

しかし、いざ出陣となると「今宵の虎徹は血に飢えている」という台詞を吐きながら、ここを先途と暴れまくった。真剣を握らせたら、近藤勇ほど強い人はいなかったと言われるゆえんである。

一方、道場の稽古では強い者でもいざ真剣を握って、死ぬ、生きるの殺し合いの場面になると、膝はガタガタ震えるわ、腕は硬直するわで、思うように剣を振り回せなくなることがある。度胸が据わっていないからだ。

「大死一番、死して大生する極意」というのは、死を恐れないことでもある。戦になったら死ぬか生きるかまったくわからない。どんなに腕に自信があっても、必ず勝てるという保証はどこにもない。

ましてや、「相手は自分より強いのではないか」「やられるのではないか、死ぬのではないか」と一瞬でも思ったら最後、おじけづいてしまって稽古のときの十分の一の実力も発揮できない。

竹刀とか木剣ではまず死ぬことはない。稽古にはその安心感がある。だが、実戦となると常に死と隣り合わせである。

だから、死を恐れる人は、稽古でいくら強くてもいざ本番になったら、普段の力が出せないのだ。

これに対して近藤勇は、普段からの死に対する覚悟が違った。おれは武士たる者としての務めを果たせばそれでいい。

戦になれば勝つときもあれば負けるときもある。死ぬも生きるも天にお任せだ。死ぬときには喜んで死のう、という境地にあった。だから、剣を持った姿に隙がない。全身からほとばしり出る霊力がある。そのほとばしり出る霊力でもって、敵をバッタバッタとなぎ倒してしまうのだ。

現代は、近藤勇や柳生宗矩の生きた時代とは全然違う。真剣を握って命がけで主君を守ることが義とされる時代ではない。

しかし、その精神性は大いに見習うべきだろう。とりわけ大きな事業をなし遂げようというのであれば、「大死一番」の覚悟が必要だ。

ここ一番、死を超えていくぞという勇気と根性がなければ、成功など望むべくもない。

弱気になるのは、もし失敗したらどうしようという心が働くからである。しかし、失敗したらまたやり直せばいいだけのこと。

失敗なんか恐れることではない。よしんば死ぬことがあったとしても、それも本望だ。

それくらいの根性を据え、魂からの気迫にあふれていれば、迷いがない。不安もない。葛藤もない。

当然、弱気なんかにはならないし、心が澄みきる分、相手の出方が手に取るように見えてきて、結果的に成功を収めることができるのである。

弱気で女々しい若き日の北条時宗

二度にわたって元寇を退けた執権北条時宗も「大死一番、死して大生する極意」を体得した人だ。

北条時宗は、「鉄の肝っ玉」と称されるほど度胸の据わった人物であったが、小さいころの彼は、私の子どものとき以上にめそめそしていた。

乗馬、剣道、槍、柔術とまるでダメ。何が好きだったかと言うと、お花や文学だったというのだから、まるで女の子みたいだった。

しかし、北条家の跡取りとして生まれてきたかぎり、いずれ第八代北条執権にならなきゃならない。

十七、八歳ともなると、小さいころの天真爛漫さが薄れ、次第に陰々鬱々とした性格になっていく。自分は鎌倉の武士の棟梁になるんだと考えただけで、激しく落ち込んでしまうのである。

…………自分にそんな務めが果たせるんだろうか。馬には乗れない、剣道は弱い、弓を射ても的に当たったためしがない。槍も持てない。剣なんか持ったら血が出るじゃないか。

あんな荒々しいこと、怖いし、嫌だし、できるわけない。やっぱり自分にはお花とか文学が合っている。何万人もいる鎌倉武士団の棟梁になるなんて、絶対に嫌だ。ああ、私なんかこんな家に生まれてこなければよかった、いっそ女として生まれてきたほうがよほど安らかだった、女に生まれてくるべきだった。

年をとればとるほど時宗は弱気になり、迷いに迷っていた。そういうところは小さいころの私にそっくりで、つくづく身につまされる思いがする。

時宗は己を捨てて強気に

時宗は迷いに迷った末、北条執権をやめて出家でもしようかと、禅宗の坊さんに相談に行った。

ご存じのように鎌倉には、いまでも鎌倉五山と呼ばれるお寺のほか、禅寺が多い。中でも臨済宗の建長寺は当時、幕府のトップが信仰していたお寺で、当代の名僧がたくさんいた。

しかし、いくら気でも、時宗も北条宗家のプライドがある。誰にでも相談するわけにもいかず、中国からやって来た無学祖元という坊さんに相談したのである。

無と称してはいるものの、無論、無学なんかではない。当時の最高の学識経験者である。時宗は、正直に打ち明けた。

「かくかくしかじかなわけで、私には到底、執権にはなれません。自信がありません。

私は女に生まれてくるべきだったと思います。どうしたらいいのでしょうか」

このとき、無学祖元は、こう言ったのだ。

「その時宗を捨てよ」

時宗はハッとした。

「この時宗を捨てる?」

「そのとおりだ。迷ったり葛藤したり、弱気になったり、北条執権なんかやれるんだろうか、どうなんだろうかと思っている、その時宗を捨てればいいんだ。そうすれば大丈夫だ

時宗は尋ねた。

「捨てられるものなんですか」

「捨てられる」

「どうしたら捨てられますか」

「ただ黙って私の言うとおりに座りなさい」

「わかりました。それで捨てられるんだったら、言うとおりにいたします」

かくして時は、朝から晩まで座禅をするようになる。

「私は小さいときからお花とか文字が好きで、弓なんかできない。乗馬もできない。ましてや流鏑馬なんか到底できない。

でも、そういうふうな念が出てくると思っちゃいけない。その念の出ることを恐れずに、その覚ることの輝きを恐れる。考えない練習をして思っちゃいけない。思っている時宗を捨てきゃいけない。何も考えないんだ」

この姿勢を荘子は「迎えず送らず」と言っている。迎えずというのは、まだ来もしない未来のことに気持ちを迎えてはいけない、という。

送らずというのは、もう過ぎてしまったことをああすればよかった、こうすればよかったと心を送ってはいけない、ということ。

つまり、迎えず送らず、目前のことに専心しなさい、ということである。その迎えず送らずの境地を、時宗は座禅の修行で身につけていったのだ。

蒙古襲来に時宗は動じない!

蒙古軍が大挙して北九州の海岸に押し寄せてきたのは、そうした折りであった。よもやの奇襲に日本軍は敗走に次ぐ敗走である。

いや、敗因は奇襲だけにあったのではなかった。戦い方が旧来の武士のそれとはまったく違っていたのである。

それまでの日本の武士の戦い方と言えば、「やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、われこそは村上天皇の血を引きたる何の誰それなり」と、名乗りを上げてから堂々と戦いを挑むのがルールとされていた。戦にも非常に文学があったわけだ。

ところが、蒙古軍はまるで違う。頭には見たこともないヘルメットをかぶっているし、ジャンジャンドラを鳴らすのでうるさいといったらない。しかも、「やあやあ遠からん者は」なんて言っている間に、蒙古軍の長い槍でブスリと突き刺されてしまう。日本で戦うんなら日本のルールに従えといったところで、通じるわけがない。

蒙古軍はいよいよもって勢いを増し、長槍をかまえた兵士が集団で襲い押してくる。このままでは敗戦は必至である。あわてた前線の指揮官は時宗に使者を飛ばして、現状を報告する。

「到底、わが軍は勝つ見込みはありません。どういたしますか」

だが、時宗は微動だにせず、悠然と聞いていた。

ちょうどそのとき、蒙古の使者が着いた。

「これはフビライ汗からの密書の親書でございます。お読みください」

見ると、「速やかに降伏し、わが属国となるべし」と書いてある。

時宗の周辺の者どもは、誰もがみんな「ど、ど、ど、どうしよう、どうしよう」と顔面蒼白である。

そのとき、時宗は何と言ったか。「しばらく考えさせてください」とは言わなかった。「うん、わかった。答えは簡単。

即刻、こいつらの首を斬れ」と、その場で使者たちの首を斬らせた上、その首を敵に送り返したのだ。フビライ汗はその後、もう一度使者を出したが、またしても首を斬られてしまった。

蒙古軍の司令官にしてみれば、時宗の態度は到底理解できるものではなかった。その当時の蒙古軍は世界最強である。

西はハンガリー、モスクワ、ペルシャ、東は中国本土、朝鮮まで力で従えていたのだ。

だから、使者が「属国になりなさい」とメッセージを持って行ったら、「はいそうですか」と言わない国はないと思っている。

だから、日本に遣わした使者が首になって返ってきても、何かの間違いだろうとしか思わなかったのだ。しかし、ついに時宗の真意を理解したフビライ汗は、大軍を発して、福岡の海岸に攻め寄せさせた。

使者は斬れ!攻撃は最大の防御だ

それにしても、時宗はどうしてしまったのだろうか。世界最強の蒙古軍を前にして、気が動転し、頭までおかしくなってしまったのだろうか。いや、そうではなかった。あ女々しく弱々しい時宗はすっかり姿を消し、いよいよ「鉄の肝っ玉」ぶりを発揮し始めたのである。

時宗はまず、海岸へ厳重な警備を命じ、西国一円の武士を博多湾に動員した。今の筥崎宮があるところで、水際作戦を敷くことにしたのだ。

蒙古軍が海上から上陸したあと、地上戦を挑んだところで勝ち目はない。相手は陸戦にかけては滅法強く、勇猛果敢な大和の武士をもってしても手に負えないことは、これまでの戦いで十二分にわかっている。

そこで時宗は、敵が上陸する前に撃って出れば勝てるのではないか、いや、勝つ見込みはそれしかないと考えた。

敵が上陸しかけているその刹那、ワーッと矢を射かけたり、石を投げたりすれば、敵は集団戦法もとれないし、火薬も使えない。

そうなれば勝てる。そう考えた時宗は、鎌倉の武士たちまで動員して、いまの筥崎宮のあたりまで行かせたのである。

この水際作戦は功を奏し、随所で上陸を防ぐことができた。しかし、長い海岸線をすべて防御するとなると、これはできる相談ではなかった。

何しろ押し寄せてきた蒙古軍は、第一回目の文永の役のとき五万人、第二回目の弘安の役で十四万人という大軍である。

それが何千、何万という船に分乗して攻めてくるのだから、長い海岸線をすべて守りきるのはどう考えても不可能である。

博多に行くと、海の中道という細い砂洲があるが、蒙古軍はあそこにも上陸して、日本の武士たちと激戦になった。

そういう戦況のときにまたまた使者が来て、降伏せよと迫ったが、時宗は三たび首を斬る。その度胸は「鉄の肝っ玉」と呼ばれるにふさわしいものであった。

その時宗に比して、剛毅で鳴る鎌倉武士たちは形なしである。日ごろ強そうにしている連中も、みんなオロオロするばかり。弓矢の達人、槍の名人、乗馬の名人、みんなオロオロだ。蒙古の軍勢は、自分たちの既成概念にない敵だったからだ。まるでエイリアンでも見る思いだったのだろう。

だがしかし、一人、時宗だけは違っていた。平然として使者の首を斬ったのは述べたとおりだが、それだけではなかったのである。

何と時宗は、「今のままでは埒があかない。攻撃は最大の防御なりと言うから、わが軍のほうから船を仕立てて、蒙古の本陣に出撃すべきである」と切り出したのである。

これには、武士たちアッと驚くばかり。中には、あまりの奇策に腰を抜かす者もいた。日ごろは強そうにしている武士たちだったが、いざとなったまるで腰砕けなのだ。

「えっ、蒙古のほうに、こっちから進撃していくんですか」

「そうだ。このままでは埒があかない。防御だけでは勝てない。わが日本のすべきことは、侵略する者を打ち負かすしか道はない。蒙古の船よりもっとでっかい船を建造して攻め入って、本陣を落とすんだ」

この奇策、実現するまでには至らなかったが、武士たちは小舟に乗って蒙古の軍船に近づき、火矢を射かけたり切り込んだりはした。

蒙古軍は昼には陸に攻め寄せてはきたものの、夜になると船に帰っていた。

その寝込みを襲って、相当の戦果を上げたのだ。そのように、棟梁である時宗の強気のおかげで、どうしよう、どうしようとオロオロしていた武士たちの動揺も納まって、一致団結したのである。

このときの時宗の取り計らいと意欲がなかったら、神風が吹く前に、日本は滅んでたに違いない。神風が吹いたのは、そのあとだからである。

時宗の下に国中がまとまったから神風が吹いた

一致団結したのは鎌倉武士団だけではなかった。

日本国中が心を一つにして、国難に当たったのである。たとえば、亀山上皇は、伊勢神宮にお参りをして、日本の国を守らせたまえと祈ったが、そのときの敵国降伏祈願が筥崎宮の額になって、いまでも残っている。

日蓮上人も国のために祈った一人である。このとき日蓮上人は、こう語った。

「そら見たことか。法華経を信じないで南無阿弥陀仏なんか信じるから、こんなことになるんだ。法華経を信じなかったら内紛が起きて、外的の侵略に遭うぞと忠告していたではないか」

たしかに日蓮は、国難がやってくると「立正安国論」で予言をしていた。そのときは幕府方の誰一人信じるものがなく、かえって国を乱す者として流刑にされてしまったのだが、なるほど日蓮の予言したとおり国難がやってきた。そこで、わりかし日蓮の言うことも当たっているじゃないかということで、佐渡から帰されたということが記録に残っている。

たしかに、日蓮上人が「立正安国論」を出したことも、亀山上皇がお祈りしたのも、それなりに効力を発揮しただろう。

しかしこのとき、蒙古の使者の首を斬って送り返し、また水際作戦をとって敵を打ち返すばかりか、中国本土へ攻め上るんだというぐらいの気概が時宗になかったとしたらどうだろう。

おそらく、神風が吹く前に、日蓮も亀山上皇も関係なく、日本は滅ぼされて属国になっていたに違いない。

日本の歴史は終わっていたのだ。そう考えると、今日、日本が独立国であるのは、国難に対する時宗の肝っ玉のおかげと言っていい。

そうして、こちらのほうから攻めていくんだ!と、時宗以下、鎌倉武士が一丸となったときに、神風が吹いたのである。神風が吹かなかったら、日本が滅んでいたであろうことは確かである。

しかし、考えなければならないのは、なぜ神風が吹いたのか、である。時宗の「鉄の肝っ玉」があったからである。

このように、その時代のシナリオとそれにふさわしい役者が揃っていたから、天照大御神および神々様が働いて神風を吹かせたのである。

天の岩戸がパーッと開いて、神風が吹く。神様が岩戸の中から出ていらっしゃる前に、やはり時宗という手力男命がいて、日本国民と鎌倉武士たちの気持ちが手力男命と一つになったから、神風が吹いたのである。

だから、会社を経営する場合も、社員一丸となって仕事に取り組むことが大切で、そうすれば社運が隆昌する。

国運も同じで、明治時代、日清、日露という勝ち目のない戦争に勝つことができたのはなぜかと言えば、日本国民が明治天皇を中心に一丸となっていたからである。

一度は、我と慢心と権力が出すぎて神様から戒められたが、第二次世界大戦で負けたあと、昭和天皇を中心に国民が一丸となって祖国を再建しようとしたから、神様のご加護で、世界の奇跡と言われるほどの復興を遂げることができたのだ。

オイルショックのときにも、重厚長大から軽薄短小への産業構造の転換を目指して、上下一つとなって取り組んだから、みごとに成功を収めることができたのである。

日本は国民がよきにつけ、悪しきにつけ、国民が上下一丸となったら、とくに危機に対して一丸となったら、神様が動いて不可能を可能にするという体験を持つ国民なのだ。

蒙古襲来のときの神風は、時宗の決断実行の下、鎌倉武士団が一丸となったから吹いた。一回だけなら、たまたまということもあるが、二度目の襲来のときにももう一回吹いている。

しかも二回目のほうがすごかった。蒙古の軍勢も、二回目には一回目の三倍の勢力で押し寄せてきた。

それだけ日本はピンチだったわけで、その分、いよいよ一丸となったから、いよいよ大きな神風が吹いたのだ。

蒙古のフビライ汗は、もう一度日本を攻めようとしたらしいが、二度目のときに一〇万人をいっぺんに失い、生き残った三万人ほどの兵隊も、日本に漂着して皆殺しにされるという、あまりの惨敗ぶりに、二度と日本を攻める気にならなかったと伝えられる。

歴史の本を見ると、日本側が考える以上に日本の武士たちは勇敢に戦って、蒙古軍に相当被害を与えたとか、日本遠征のための軍船づくりを命ぜられた中国の船大工が、日本攻めの片棒をかつぎたくないのでボロ船をつくったとか書いてある。

つまり、百戦錬磨、不敗の蒙古軍は、日本に攻めてきたら負けるように、いろいろと仕組まれていたのである。

神様はそういうように仕組まれながら、日本人たち全体を見ておられて、一丸となったなと見て、神風を吹かせたのだ。

時宗の決断実行は経営者に通じる

そこでもう一度、執権時宗の役割を考えてみよう。

北条時宗は「鉄の肝っ玉」、「鉄の度胸の人」と言われている。蒙古襲来に際して何のためらいもなく、攻めて行くんだと決めた。これぞまさしく「迎えず、送らず」の心である。

その時宗は、子供のころはなよなよ、めそめそしていた弱気の塊のような人間だった。そういうくよくよ迷う「その時宗」を捨てて、「迎えず、送らず」の心で、最大の危機を打開する指導者になった。

では、北条執権とは、いかなることなのか。

別に弓がうまくても立派な執権ではない。馬術に長じているからといって、立派ではない。槍がうまかったからといって、棟梁が務まるわけではない。

そんなのは下っ端がやればいいのであって、決断力と実行力をもってみんなを引っ張っていくこと。

これが長たる者の最大の使命である。なすべきことをなすべきようにやる決断力、実行力、これがなければ、長たる者の資格はない。

だから、敵が集団戦法で攻めてこようが、火薬を使おうが、爆弾を使おうが、ガンガどらを打ち鳴らそうが、長槍を振り回そうが、圧倒的に不利であろうがなかろうが、そんなことは関係ない。

要は、勝つか負けるか、戦うか降伏するか、二つに一つだ。降伏しないと決めたら、何のためらいもなく使者の首を斬って、追い返す。

降伏しないと決めたら、たとえ相手が強くても、どのみち滅ぼされるんだったらこっちから打って出るんだと腹を据える。やることは一つだ。時宗は執権として、つまり当時の総理大臣として、その役割を果たしたのだ。

時宗の役割は会社の経営者に通じる。躊躇なく、ためらいもなく決断できて、実行できるというところが、長たる者の責任だからだ。

だから、為政者、政治家、実業家には曹洞宗の禅をやっている人が多い。長たる立場に立てば、いつも迷いがあるし、孤独だし、決断と実行をいつも強いられているからだ。迷いの雲を瞬時に打ち払って、雄々しく決断する。それが組織の上に立つ者の使命なのだ。

そうやって一つのことを決断したら、次にまた、新しい問題点が必ず出てくる。

その問題を解決したら、またまた新しい問題が生まれてくる。つまり、経営者をはじめ組織 の上に立つ者は決断の連続を強いられるわけで、その決断ができなかったら、部下を迷わせる。

しかも、決断したことは自分の責任であるから、会社が倒産したら、法律上の代表者が責任をとらなければいけない。

だから、ますます孤独になるし、ますます緊迫する。その孤独感と緊迫感に耐えられない人には、とてもトップは務まらないだろう。

そのトップを長く務めている人、たとえば会社の社長をずっとやり続けている人は、やはりそれだけの人間の器がある。小なりと言えども、一つの会社の利益を出し続けるというのは、大変なことだ。それだけの決断と実行をして、一歩間違ったら潰れるという危険性をいつも背中にしょっているから真剣なのだ。

大死一番でなければ強敵に勝てない

時宗もそうだった。蒙古との戦いを前に、何かを得ようとすると何かを失う、さあどうなんだと自問し、大死…大いに死ぬんだと決断したのだ。どのみち相手は強すぎて勝つ見込みがないんだったら、降伏するかしないか、二つに一つしかない。

では降伏するか。武士たる者、国を預かる者として、それはできない。だったら戦う道しかない。

戦えば、滅ぼされて死ぬかもしれない。それでもいい。ようし、同じ死ぬんだったら、大いに戦って死んでやるぞ。

大死一番。そう覚悟を決めれば、迷いも消えれば、躊躇もなくなる。その上、神々様や守護霊様、守護神様が、大いに一つになって応援してくださるから、人間様を超える力が出てくる。だから、死して大いにというのは、肉体が死ぬのではなく、死んだ境地のこと。大いに生きるという極意なのだ。

近藤勇もその極意を体得していた。あしたは戦だというときには、もう死んだ気になるようし、大いに死ぬぞと覚悟を決めて、死を恐れずに戦うから、相手のわざも見えるし、こちらの腕も冴えるわけだ。

「OK牧場の決闘」で有名な、保安官のワイアット・アープは、生涯に五〇回も決闘したが、自分に弾が当たったことは一度たりともなかった。兄や弟は撃たれるが、ワイアット・アープは撃たれない。彼につき合って決闘した人たちは、大勢撃たれて死んでいるので気の毒な気もするが、それも運命というか法則なのだ。

しかし、アープは自分だけ助かろうと思って行動したわけではない。自分が一番に死んでやろう、死んでもかまわない、という境地で戦うから、相手の懐に飛び込んでいって倒せるのだ。

柔道でもそうだろう。たとえば、あの田村ヤワラちゃんの試合を見ると、瞬間的に相手との距離を自分から詰める。

どちらも相手を投げ得る体勢になるのだから、自分から死地に入ることになる。その瞬間に「投げられたくない!」ではなく、「投げられてもかまわない!」という覚悟があるから、必ず勝つ。

こういう境地に立つ、ということを私たちは学ばなければいけない。そうでなければ、大いなる事業をなし遂げることなど不可能である。それには、日々不断に、毎日の発願のときにも、志を立てるときにも、この「大死一番」の練習をすることだ。

ビジネスであれば、「断られたら恥ずかしい」のではなくて、「断られたからどうだって言うんだ」と、新規のお客に向かっていく。

勉強であれば、「周りのレベルが高いと自分が惨めだ」と低いレベルの学校を受けるのではなく、「それがどうした。周りが高ければ自分がもっと高くなればいい」と立ち向かう。

そうやって、自分を練っていけば、本当に大死一番の決断が必要なときに、自然に覚悟が定まるようになるはずである。

マムシに噛まれない歩き方

たとえば、ハイキングでも山登りでも、沢下りでもいい。この山道にはどうもマムシが出るらしい、というとき、グループの中のどこを歩いていたら安全か。先頭か二番目三番目か、はたまた最後尾か。答えは先頭。

大死一番、マムシの中に行くのである。ハブでもマムシでも、先頭の人間が近づいてくると、「あっ、人が来たな」と気がつく。

それで、飛び掛かろうと体勢をかまえるのだが、そのときはだいたい、先頭が通りすぎて二番目の人が目の前にいる。

そうやって体勢をかまえてパッと飛びつくと、二番目が噛まれるかと言うとさにあらず。三番目が噛みつかれるのである。三番目を歩いている人がよくマムシに噛まれるというのは、そういう理由なのだ。

だから、嫌な友達がいたら、「わしが先頭を行くから、三番目を歩け」と言って、森の中を歩いていくと、可哀相にその人がヘビにやられる。最初と二番目、真っ先に行く人間は、かえってやられないのだ。これはちょっとセコイが、死中、活を得るということの実践法だ。

戦闘機の空中戦でも、先頭で突っ込む隊長機というのはあまりやられない。向こうの敵は、編隊の二番目か三番目を狙うから、そのへんが一番やられる。ワイアット・アープもおそらくそうやって戦ったんだろうと思う。

大死一番は神人合一の極意

時宗のように、近藤勇のように、「武士道とは死ぬことと見つけたり」の境地で臨めば、素晴らしい結果を残すことができる。何回やっても絶対に成功する。

そのためにも、大いに生きんがために大死一番という気持ちは絶対に忘れてはならない。死ぬんじゃないかと思ったら、迷いの雲が出てくるから本当に死んでしまう。

しかし、大死一番で臨めば必ず守護がある。神様が必ず守ってくれるのである。大死一番の覚悟を決めた人には、いつでも神様、守護霊様が応援してくれて、神人一体になる。これが、本当の信仰に基づいた度胸だ。

実践的な信仰体験に基づく、本当の度胸のある人は、みんなどこかにこういう信仰を持っていて、それが心の支えになっている。

「お願いします、お願いします」と祈るだけではダメで、手力男が天岩戸をガーッと開いて、開ききったその瞬間、バッと魂が出てくる。顕在意識と己を乗り越えた自分がある。

それも消極的に乗り越えているのではなく、積極的にバーンと乗り越えているから、神様がそれをパッと受けてくれて、神力が授かる。守護霊と一体になる。これが、神人合一(人と神とが合体してスパークした状態。人間ばなれした妙なる力、働きを発揮することができる)の極意なのだ。

これであなたの弱気は克服

少々度胸があるとか、少々肝っ玉がある程度の人なんかには、私は絶対に負けないし、何千、何万という人の前に出ても平気だ。講演会でも、十秒前まで何を話すか決めてなくても、全然困らない。みなさんの前に立てば、必ず神様が出てくるからだ。

そのときに、「もし何もひらめかなかったらどうしようか」なんて思ったら、問答(神霊と一体となって相手の思いこんだ固定観念を指摘し、枷をはずすことにより魂の向上をはかり、その人を幸せへと導く)なんかできない。何千人と入るホールでやるときにも、もしこれで失敗したらどうしようなんて思ったこともない。もう舞台に立ったら大死一番、死んだ気持ちでやるだけだ。

私はこのように、自分を乗り越えている。実際にこれまで、百回やって百回とも神様 がかかって、全部成功している。躊躇したとき、ためらったとき、心配したとき、弱気になったとき、不安感を持ったとき、迷ったとき、そういうときは、全部失敗している。エーイ、何とかなる、これで死んだら本望だというときに、神様のためにと思って死んだら本望だ、笑って死んでやるぞと思っていったら、全部、成功している。神様が動いてくれるからだ。

私は、前述したように、読者のみなさんよりずっと気が弱く、体も小さく、お祈りしなければ顔が黒ずむような子どもだった。そのころの私よりは、みなさんの今のほうがよほどハンディが少ないはずだ。

その私が、自分の体験から見つけた自分自身を変える方法が、次の三つのやり方だ。

一、志を立てよ!
二、毎朝、発願せよ!
三、大死一番、死して大生せよ!

みなさんも私も、戦国武将や近藤勇やワイアット・アープみたいに、人を大勢殺さなければならないということは多分ないだろう。

しかし、その極意をエッセンスとして、日々の仕事に、生活に生かすことが大いなる成功につながる。そして、神人合一にも向かう。さらに、あなたの性格は変わって、積極的に明るくなり、弱気は克服されているのだ。

第四章 弱気克服の接心

「接心」って何だ?

私の主宰しているグループ、「ワールドメイト」では、だいぶ前から定例講義の中で「接心」というコーナーを設けている。私が行なっているのだが、会員のみなさんにも、喜んでいただいている。

「接心」とは何か。会員さんと私が一対一で向き合い、その人の中に眠っていて、ご本人が気づいていない素晴らしい部分を、気づいてもらおうというものだ。問答の一種だと思っていただいてもかまわない。

「接心」ではまず、私が質問する。色紙に書いた質問を相手の方に音読していただく。そして、その質問について、私が再度、再々度、質問して、その方に答えてもらい、自分の中にあるすぐれた要素に気づいてもらうのだ。

まわりくどいやり方だと思われるかもしれないが、ほかでは得がたい効果がある。それは少しずつ、少しずつ、それぞれの中の御魂(人間の中の神なる部分)に接近することによって、すっきりと御魂が顕現することだ。こうして、無理なく霊層を高めていくことができるのである。

論より証拠で、「接心」がどういうものか、具体的に紹介しよう。ここでは、前の章で書いた「弱気克服」に関連する「接心」に限って、何例か読んでいただくことにする。

≪接心・その1≫ 情愛を超える道について

【深見】:Nさんから始めましょう。Nさん、色紙を読んでください。

【Nさん】:「情愛を超える道について」(色紙の質問を読む)

【深見】:どう思いますか。

【Nさん】:いま、死ねますかということを、ずっと、ここ一年ばかり考えているんですが、なかなか死ねないんです。死ねたら一つスキッとするのになという気持ちで、質問のお答えを聞いていたんですけれども……。

【深見】:実際の命をなくすというのは勇気の要ることです。自殺するのも勇気が要りますね。けれど、肉体を持って生きながら、いかに死ぬかということでは、土壇場に立った体験と環境がなければ、なかなかそういう気持ちにはなれないですね。

でも、死んだような境地、大死一番だったら、それができるんです。たとえばスカイダイビング、あれは飛行機から飛び降りるでしょう。

それから手術ね。

ぼくは注射するぐらいなら殺してくれと言いますよ。とくにスカイダイビングなんか、大空から飛び降りるのですから、絶叫しますよね。それだったら戦争へ行くほうがいいという感じですけど、それぞれ弱点箇所があるんですね。

それでも、いざそこへ行くとなったら、絶叫するか、もう大死一番の境地でなければ、なかなかスカイダイビングなんか、思いきって飛び降りられませんね。自殺するときもそうでしょう。

けれど、大死一番、死ぬ気になったらスカイダイビングができる。そういう境地になるようなところを求めていくと勇猛心が出てきますね。

肉体が死んじゃダメですけれど、死んだ境地でなければできないようなことをやるには、そういう環境に身を置く。「ねばならない環境」に自分を追いやる、それが味噌ですね。

だけど、あなたの場合、情愛を超えるにはどうしたらいいかということですね。たしかに死んだ気になれば超えられますけれども、でも家族のために命をかけて、ピストルとか日本刀を持って討ち死にに行くぞという勇気があるか。

「死ぬ気になって、命を捨てたからと言って、全部捨てたことにはならないぞ」と私は神様から言われました。

「死んでも捨てられないものがあるんだぞ」と。それは何か。

「神様のためなら死んでもいい」と思えるか?

【深見】:一言で言うと、我が捨てられないと言われました。自分が気に入った道なら死んでもいいと思うんですね。

自分が好きなことをやって、たとえばスカイダイビングが大好きだ、これでもし事故に遭って死んでも本望だ。自分が好きな道、選んだ道、そういうところで死ぬんだったら本望だと思って死ねます。

宮本武蔵も六十六たび果たし合いをして、一度も負けなかった。だけれども、その都度、死を覚悟したでしょう。

剣術家として、死を覚悟して果たし合いをする。その境地まで行ったでしょうね。それでも、自分が好きで選ん道なら喜んで死ぬけれども、好きでもない道で死ねるか、と。

好きでもない道でも、神様が「お前ここで死ね」と言ったら、「はい、わかりました、喜んで死なせていただきます」と。それなら我がないですね。

私も嫌なことばっかりやらされましたよ。こうだと思ったことは貫き通して、死んでもいいんだと思ってやりますけれども、「まだまだそんなもんじゃダメだ、自分が嫌いなこと、好きじゃないこと、なるべく避けたいことを、死ぬ気になってやれ」と。

これは修業だと思わなければやれないですね。好みじゃないんですから。

我を捨てなければできないことです。我を捨てると、中身はもう人間様じゃないから、神と一体、要するに神様です、中身は。

好みの道でなくても躊躇なく、ためらいなくやれるというのが本当なんです。なるほど、命は捨てられても我は捨てられないな。そう思ったものです、私も。

さっき言ったように、神様への信というのがあるんだったら、神様のためなら死んでもいいと言うんですけれども、信じない道でも行けるのか、死ねるのか。

なかなか、ここが難しいところです。そういう人は本当に我がないし、神様のような人ですから、神上がりしています。

楠木正成は死ぬと知っていて出陣した

【深見】:楠木正成公の最期の戦いはご存じですね。湊川の戦いです。そのとき、楠公はこう建議したんですね。

つまり、後醍醐天皇に作戦案を提案したんです。「足利尊氏の軍勢は、雲霞のごとく勢いづいて九州から攻め上がって来ています。

これに対して、お味方は負け続きで、軍勢もバラバラです。ここは兵庫を戦場にせず、いったん京都以東まで引き上げるのが得策です。

敵軍は都まで来て安心して油断するでしょう。そのとき淀川から攻め上がっていけば、必ずわが軍は勝てます。陛下は一度、比叡山にお隠れになってください」と言った。

ところが、そんなことはできるかと坊門清忠という貴族が言ったんですね。それ以外に、東軍の勝つ見込みはあまりせんと楠木正成は建議したんだけれども、聞き入れられなくて、水際で迎え撃とうということになったわけです。

楠木正成公は勝つ見込みがないと思っていた。これで勝てるという自分の建議が通ったのなら、本当に思いきって行くでしょうけれども、自分の言ったことが聞き入れられなくて、みすみす負けるとわかっている戦に行く。

そのときに、さしもの楠木正成公も悩んで、禅宗のお坊さんに相談したんです。

「そもさんか、生死の境とは」

生きる死ぬの境についてどう思うか、楠木正成公はそう言った。

するとその坊さんはこう答えた。

「両頭截断すれば、一剣、天によって寒じ」

生きる死ぬという二つの頭を切断する。一剣とは、そんなものを乗り越えるんだという自らの心、意志です。と同時に、現実の一剣にかけているわけです。一剣、天によりて寒じ。天命によって、ただただそこに定めがあるのなら、淡々と天命に従うのみだ。そこに苦しみ、悩み、葛藤はあるのか。もう戦で負けるのがわかっている。

しかも、自分が好んで行くところじゃありません。しかし、わが君の、帝のおぼしめしのままに行くのが臣下だ。

臣下の務めは勝つ負けるじゃない。建議はしたけれども、入れられなかったら、おぼしめしのままに死のう。超能力がありますから、勝ち負けはわかっています。

わかっていても喜んで参りますというふうに行くんですから、我がない。しかも、喜んで行って、十七カ所ですかね、切り傷があって亡くなっていくんですから、立派な、みごとな死にざまです。

だから、神上がりしていますね。人間様の持っている我を捨てた。そうやって楠木正成の御魂も上がっていったわけです。

「命を捨てても捨てられないものは我だよ」と神様はおっしゃいましたが、我も捨てて、命も捨てたら、残っているのは中の神様しかない。

【Nさん】:我を捨てるというのは、頭では何となしにわかるんですけれども……。

【深見】:あなたの場合だけれども、我を捨てると考えないほうがいい。あなたの場合の我というのは情愛。情けと愛に引っ張られている心。それをどうやって乗り越えたら、我がなく、魂が一歩ジャンプしたことになるかと、こういう問答ね。

何だと思いますか、Nさん。

【Nさん】:わかりません。

【深見】:答えを読んでください。

【Nさん】:「悪く言われることを避けないことなり」(色紙の答えを読む)

【深見】:どこかでわかりましたね。頭がスッキリしたでしょう。学校の先生をしていて、みんなのためにといつも思っているからね。その自分を乗り越えよう、本当の愛に徹しよう、本当の道に徹しようと思ったら、どうしたらいいのか、ですね。

家族、子ども、学校の生徒たち、一つのことをしたら何か言われるし、こっちのことをしたら何か言われる。

思ったことをやろうとすれば、あの人のことも、この人のことも考えてしまう。

そして、どうしようかな、と。悩みごとがいろいろあったりするけど、信じた道を行こうと思ったら、悪人になることを避けないことですよ。

別に悪人になるわけじゃない。人に悪人だと言われてもいい。悪く言われることを避けない。それによって初めて、善人の道が達せられる。情愛を超えるというのは、そういうことです。

誰でも人によく思われたい。自分が愛したように、人からも愛してほしいと思いますね。情けと愛にとらわれている。それがわかったら、日常生活の中で死んだような境地になれる。

「以前のあなたはもう死んでしまったわ」と奥さんに言われる。

「うん、そうだ、死んだんだ」と。

何か夫婦仲が悪くなるようなことをお勧めしているような気がしますが、そういう意味じゃなくて、日常生活でも、自分がこう生きよう、何かを得て役立とうと思ったら、何かを捨てなきゃならないということで、今日、お話ししましたね。

何を捨てるか。Aという人によく思われて救おうと思ったら、Bという人から少し悪く思われたりする。百人が百人、全部よく思われるのは無理ですね。それを八方美人と言います。

だから八方美人になると、二方からは不美人と言われますよ。深い意味がありますので、学校でも家庭でも社会でも、迷った結果、こうだと思ったら、少々人から悪く言われることを避けないでやらなければいけませんね。

そうしたら、形が出たときにはかえって、「あのときはいろいろ反対しましたけれども、あれでよかったんですね、あなたの場合は」と言いますよ、人は。

素晴らしい形ができたらね。いろいろと思い当たるでしょう。

【Nさん】:周りばっかり気にしています。昔はわりと思ったことをやっていたんですけれども。三、四年前から、自分が本当に一生懸命やっていることが子どものためになっているかなと思い始めたんですね。

今年四十になるから、教師をやめようかなと思ったんですけれども、ワールドメイトでいろいろとお話を聞く中で、自分の使命みたいなものにだんだん気づいてきまして、よしということで、今またがんばっているんですけど。

【深見】:悪く言われることと言うより、どちらかと言うと、ええかっこしたいという自分がものすごくありますね。それを切るのにすごいしんどいんですね。

だから、自分は今までそういう人の評価ばっかり気にして生きてきたみたいなところがあって、それを何か人の形で抜けようと今している。もがいている最中じゃないかと思っているんですけど。

もう一回読んでいただけますか、質問と答えを。

【Nさん】:「情愛を超える道について」、「悪く言われることを避けないことなり」霊層が五つほど上がりましたね。頭がスカッとしましたね。

【Nさん】:ありがとうございました。

≪接心・その2≫ 成長とはいかに?

【深見】:さて、その次、Mさん行こうかな。色紙を読んでください。

【Mさん】:「成長とはいかに」……(色紙の質問を読む)

【深見】:成長というのはどういうものですか。成長とは。

【Mさん】:ただ今、それがいいことか悪いことかわからないけれども、あえて自分にできないことをやっていって、それがあとでよかったか悪かったか、それが成長という形になっているのではないでしょうか。

【深見】:そうやっていろいろ考えながらがんばっているときというのは、成長じゃないですね。今、お仕事、何をしていらっしゃいますか。

【Mさん】:塾の講師です。

【深見】:成長とは

【Mさん】:「この世を忘れて励むことなり」・・・・・・(色紙の答えを読む)

【深見】:今までは、どうしても、自分がこうしようと思っているけれども、今はこうだ。こうするためには、これがこうならなきゃいけないから、今こうしよう、と。

自分の個性は、適性は、これがしたいんだ、あれがしたいんだ、と。そう考えて励んでいらっしゃった。一般的にはそれでいいわけですけれど、やらないよりはいいんですけれど、それなりにいつも努力はしていらっしゃる。だけれども、そういうふうな努力というものは、いままでのMさんと同じレベルのMさん。

そのMさんが一歩成長するためにはどうしたらいいかと言うと、未来のことなんかどうでもいい。適性、どうでもいい。やりたいこと、どうでもいい。目前のことを、己の適性、未来、こんなものを一切忘れ去って励むことができたら、いままでのMさんが、一つランクがポーンと上がったMさんになれますね。

おそらく今日までは、いろいろ励んでいるんだけれども、これでいいのだろうか、未来はどうなるだろうかと思ってきたんじゃないんですか。

【Mさん】:はい。やっぱりどうしても、努力という言葉を見ても、やっぱり最短距離に進もうということで、自分に合ったことというか、なるべく自分がしやすく伸びるように、自分に合わないことをやろうとしても、どうしても避けて通るとか……。

【深見】:ある程度、合理的な人生の追求というのは必要なんですけれども、それで行き詰まっている状態のときに、どうやったら飛び超えられるか。一歩成長するためには、考えるのをやめて、己を忘れて、目前のことに没入したら、没我の自己に初めて神様がかかる。神様がかかるから道が開く。三年以内に必ず開運する予兆があるから大丈夫です。

しかし、神霊界が動いて、あなたのために新しい道を開くには約束ごとがある。黙って空を見ていても来ない。行き詰まるまではいろいろ考えたらいいんですよ。

ギリギリまで来たら、にっちもさっちも行かなくなったら考えるのをやめて、ただただ己を忘れて励んだら、自分の境地が一歩ボーンと超えていくんです。

神様が来てシュッと上げてくれるわけです。だから、頭で考えて行き詰まったら、それ以上、頭を使わなかったらいい。全身を使って、肝っ玉を使えば、己の中の境地が乗り越えていくから、運勢が乗り越えた場面が出てくる。それがMさんの成長です。

人間、頭脳を使うときと、頭脳を忘れるときと両方がなければね。ギリギリのところまで行ったら、それしかないんです。ジャンプ。信仰力があって、修業している人にはそれができるんです。だからいくつも脱皮していく。

それがわからない人は、最初の関門でもつまずいてしまうから、こっちに行ったりあっちへ行ったり、堂々巡りになる。ここを越さなければいけない。どうやったら越せるか。己を忘れて一生懸命やっていたらいい。そうしたら後ろから、「はいっ」と言って上げてくれる。

これが神様とともに生きている人間の成長の仕方です。

【Mさん】:ありがとうございました。

≪接心・その3≫ 人生とは何か?

【深見】:さて、次に行きましょうか。お名前は何でしたっけ。Kさんだ。はい、あなたの色紙に書いてある質問は何でしょうか。

【Kさん】:「人生とは何か」……(色紙の質問を読む)

【深見】:何ですか。

【Kさん】:人生とは自分の力を出し切ることだと思います。

【深見】:なかなかキャッチしましたね。人生とは何か。

【Kさん】:「思ったとおりに生きることなり」(色紙の答えを読む)

結婚しなくても別にいいのでしょうか(笑い)。

何かしたいというより、もう年だからしなくちゃいけないかな、という感じであれなんですけれども、結婚はまだちょっとしたくないけど、この間、先生がおっしゃったように、一人の生活が長いから、その楽な生活を失いたくないためにしたくないのか、でも、子どもはほしいというような、誰でもいいわけではないけど、適当に決めてしまうといいのかな、それだと相手の人に失礼だと思っていたんですけど。

結婚すると制約が増えますよね。当然、男性の方も責任が増えると思うけれども、女性もやはり責任が増えるので、できるなら一人のほうが身軽にやりたいようにできるから、一人のほうがいいのかなとも思っているんですけど。

【深見】:今言ったように、宮本武蔵の名言に「われ、事において後悔せず」という言葉がある。たとえば、今日果たし合いで自分が切られて死ぬ。

どこか、右腕、左腕を切られることがあるかもしれない。それでも後悔はしない。自分が選んだ道だ、と。二天一流を編み出して剣を捨てましたね。それでも、そのときに「われ、事において後悔せず」。

その時点では合っているか間違っているかわからないけれども、後悔しないで先へ進んで行くと、それでよかったという人生が展開される。神様がそうさせてくださるんです。

やりたい仕事をやりたいと自分で思ったんだったら、思ったとおりに生きたらいい。その代わり、思ったとおりやったら、子どもも産みたいし、あれもしたいしという、そちらのほうは満たされないね。

何かを得ようと思ったら何かを捨てなきゃならない。何を得て何を捨てるんだと自分でいろいろ考えて決めたら、結婚せずに仕事で生きるんだ、と。

それでもし途中で好きな人が見つかったら結婚する、いなかったらしない。ずっといなくても、「われ、事において後悔せず」。

もし子どもが産めなくても、「事において後悔せず」

仕事よりも子どもが産みたい、家庭を持ちたい、それが本当に自分の希望であるんだったら、思ったとおりに生きたらいい。

結婚して子どもを産んだら、その代わり仕事のほうは捨てる。

しかし、結婚したら、最初のイメージとまったく違うご主人で、結婚なんかするんじゃなかった、と。子どもを産んでみたら、こんなに育児が大変だったなんて知らなかった、ああ、子どもなんて産むもんじゃなかった、と。

「ある悩み、ない悩み」というけれども、おなかに戻すことができないから、産むんじゃなかったとは思わない。

もう産んでしまったんだから。そんなのは、どんな母親でも持つ悩みで当然だ、と。結婚する前よりも、してからよくなったという人はあまりいないだろうから、こんなものだ、と。あとで後悔しなかったらいいんですよ。

「われ、事において後悔せず」。どちらに進んでもあまり変わらない。

もう一つ救われる道がある。失礼ですけど、今おいくつですか。

【Kさん】:二十九です。

【深見】:ギリギリですね。

【Kさん】:今年三十歳になります。

【深見】:ですから、高齢出産は三十五が限度と言いますけれども、四十でも、伝家の宝刀、帝王切開というのがありますから。

最後に残った帝王切開という秘伝がありますから大丈夫ですけれども、子どもを産むということが頭にあると仕事が手につかない。

仕事が手につかない女性なんか魅力ない。縁談も遠のくし、仕事もいい加減。許せるのは三十四歳までで、仕事は四割で結婚を求めるようにがんばってみる。年代で区切るんです、ピチッと。

あるいは逆に、三十四歳までとにかく仕事をやってみて、それまでにもしすごく好きな人が現れたら結婚するけれども、積極的にはしない。

仕事のことしか考えない。三十四歳になったら急激に結婚のことのみ集中する。それ理想どおりの人が現れなくても、それは仕方がない。

それで三十四まで、とりあえず三十七歳ぐらいまでやってみて、女の厄年まで結婚を探してみる。少し条件的にマイナスかもしれないけれども、それでもし見つからなかったら、やっぱり私は仕事で生きるべきだったんだ、と。絶対、後悔しない。

そういうふうな人間は魅力がありますから、嫌だと言っても、「結婚してほしいんですが」と、しょっちゅうラブレターが来ますよ。またこんな男からラブレターが来た、と言ってみたいですね、こういうこと。そうなります。思い切りのいい女性というのは目がキラキラしているし。

人生とは、究極的に、自分が思ったとおりの人生だったら、独身を貫いていても、結婚しても、再婚しても、たとえば許されない人との間に子どもができたりしても、これが最高だと思っていたら幸せですよ。

私なんかも一人でいます。これは最高だと思って後悔しない。本当は後悔しそうになるんだけれども、「われ、事において後悔せず」。なぜこんな台詞が出るか。自分に言って聞かせているんです。

そう思ったら、「それでよかった」、「ああ、先生はあれだからよかったんですね」というような人生がそのあとから展開されていくんです。

ああだったのに、こうだったのに、じゃないんですよ。そう思って生きるから、後悔しなかったような人生が、ドラマができていくんです。

仕事でずっと生きたいと思って、その仕事が魅力ある仕事であれば、定年退職までやって、そのあとちゃんと、厚生年金をビチッとして、老後の設計ピチッとして、好きなように、思ったように生きていく人生。後悔しなかったら、それは幸せな人生ですよ。

結婚して子どもがたくさんいる人は、「うらやましいね、あなたは。私たちはもう子どもが二人もいて、夫と子ども二人と、育児だけで追われてきて、少しも思ったことができなかった。

あなたの人生、うらやましいわね」と言いますよ。その代わり、仕事で成果が出てきたら、の話ですよ。

「あなた、お気の毒ね、仕事もたいしたことないし、ご結婚もいきそびれて、お子さんも生まれないまま、虚しくバストも萎れていった」(笑い)。そんなこと言われちゃいけない。

一道に徹して、どちらに転んでも「われ、事において後悔せず」と思って徹底すると、「ああ、それでよかったんですね」というふうになるんですよ。いまのままだったら両方ダメですね。

ダルマさんとにらめっこして、自分はこう生きるんだと、しばらくお考えになって決めたら後悔しない。縁があるものだったら、男のほうから飛び込んで来ますから。

運勢を引き寄せるような人間になりますから。迷いを吹っ切って。

【Kさん】:結局どちらにするか……。

【深見】:どちらにするかね。しかし、こういうふうな年齢で、こういう立場に来て、人間が磨かれますね。スーッと結婚して、スーッと来た人は、ダルマさんの前でにらめっこするチャンスもないものね。

【Kさん】:スーッと来る人は、結婚するのが当たり前で、スーッと結婚するから、スーッと決まるんじゃないんですか。

【深見】:いや、その逆ですよ。結婚した人は、夫もまあまあの夫、子どももまあまあと人生ってこんなものかな、こんなものかもしれないけれども、外でバリバリ仕事をしている人がうらやましいなと言っていますよ、みなさん。私は両方聞いていますから。

仕事一途にしているタレントさんとか、私もよく知っていますけれども、「先生、やっぱり子どもが産みたい」とは言いませんけれども、「じゃあ、何歳まで仕事で、やにわにそのときからパッと子どもをつくったらいいんじゃないですか」と。

【Kさん】:「ああ、それいいですね」。

【深見】:何歳までは一切、子どものことは考えない。仕事のことしか考えない。その歳になったら、これで仕事は終わりと決めて、それから子どもをつくってやる。その間に経済力さえ養っておけば、その後、子どもを産んでもできる老後の生活を設計しておけば、まったく迷いがなくて、その人なりのオリジナルな人生を送れますよ。

いろいろと紆余曲折があった人は、人生にドラマがあっていいですね。私なんか平凡にきてしまったから、来世はもっと波瀾万丈な人生がいいなあ」という人、いますよ。いませんか、みなさんの中にも。平凡な結婚をした人というのは、そういう人が多いです。

両方、それなりにどちらの道に行っても、「人生、何事かを選ばば、後悔あり、何事も選ばざれば、これまた後悔」と言います。だから、「われ、事において後悔せず」という宮本武蔵のような人生を送ればいい。そうすれば、立派な人生を送れますよ。

三年以内に答えを出しましょうね。来るものが飛んで来るという霊力のある人は来ますから。本当に来ますからね。大丈夫です。

愛について

【深見】:次、行きましょう。色紙を読んでください、Uさん。

【Uさん】:「愛について」…(色紙の質問を読む)

【深見】:愛とは何だと思いますか。

【Uさん】:相手の欠点も、自分が苦手なタイプと思っても、その人の存在を認めて受け入れることだと思います。

【深見】:Uさんは独身ですか。結婚はなさっていますか。

【Uさん】:いえ、独身です。

【深見】:一番悩んだのが、その問題ではないですか。愛について。愛とは何なんだろう。どうすることが本当の愛なのだろう。

【Uさん】:「一路を迷わぬことなり」(色紙の答えを読む)

【深見】:結婚しようか、結婚すまいか、一緒にいようか、離れようか。いずれにすべきかと選択に迷うときに、いつも人間には迷いというのがある。

どうすることがいいんだろうか、どうすることが愛なんだろうか、と。

たとえば、この人と結婚しようか、するまいか、悩んで悩んで、答えが出ないとき、どちらでもいいんです。

一〇円玉に結婚と不結婚と書いて、ほーんと投げて、結婚が出たら結婚する。

不結婚と出たら結婚しない。その一路を徹底すると、結婚と出たら、「ああ、結婚してよかった」という人生になる。結婚しないと思っていたら、「結婚しなくてよかった」という人生になる。

縁のある人なのか、ない人なのか。縁があると思ってしたら、本当に縁があったと思うように出てくるし、縁がないと思ったら、もっと強い縁の人が呼び寄せられる。

三回結婚しても悠然とギターを弾いている人もいるし、四回結婚しても、五回結婚しても、立派に建築をやっている人もいるし、私みたいに独身で、結婚生活を送ったことのない人間が、夫婦とはなんて堂々と講義している。

一路を迷わず徹底すれば、三回結婚しようと四回結婚しようと、独身であろうとなかろうと、あまり関係ない。私にとって、愛とはこうすることだと思ったら、それがあなたの愛になる。一路を徹底したら、真実の愛です。

それが間違っていたとわかったら、そのときに新しくグレードアップした愛が出てくる。一路を迷わないで決めなかったら、それが正しかったのかどうなのか、答えが出ないですね。

こうすることが自分の愛だと思ったら、一路を貫き通したらいいです。どうしても違うと思ってわかったら、その時点でパッと変えたらいい。

「念の出ずることを恐れずに、その覚ることの遅きを恐る」と言いますよ。新しい一路をまたつくったら、「ああ、前のあの経験があったから、もっとよりグレードアップした愛を行なうことができるようになったんだ。あの愛があったから、この本当の愛があるんだ」と。絶えず、経験を成長の糧にしておけば、後悔のない人生になるんです。

吹っ切れましたね。三日以内に答えを出しましょう。答えを出したら、先ほどのKさんと関連していますね。絶対に後悔しない。

一路をきちっと突き進む。どの路でもほとんど変わりない。迷うことが一番不幸なんです。

年ばかりとっていって「ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔の種をつくりますね。

男性も女性もほとんど変わりないですよ。一日一人殺さなかったら、何か落ち着かないなんていうほどの欠点はないでしょう。

私みたいに、いつもあの世の世界にいなかったら、なんていうのは特殊ですから、私の場合はこの特殊な人生でなかったら、潜水艦だったんですものね、前にも言ったように、並の下(波の下)だったんですから。

それほど長所、短所と言ったって、たいしたことはないですよ。言っている自分のほうがもっといろいろ短所がありますよ。

そんなにたいした短所でもない。たいした長所もない人と結婚して、一緒にやっていくわけですから、たった一人の男性、たった一人の女性のために、自分の人生の究極の目的とか、喜びとか、進歩。こういうものが影響されてたまるかというぐらいの気持ちを持たないといけない。

そうでないと、ちょっとしたことで、「ああしようか、こうしようか」になりますね。

こういうのを「蚤のキンタマ八つ裂きにして、てんぷら揚げて、酢味噌和えにする」と言うんです。あまりきれいな表現じゃないけれども、ほとんどたいしたことない。長所、短所と言ったってたいしたことないですよ。

長所と言ったって、一日一つの国を救済するような趣味ですとか、一日一人殺さなかったら落ち着かないほどの欠点はないでしょう。

長所というのは、それほどないでしょう。たいしたことない。子ども一人のために、夫一人のために、妻一人のために、自分の境地や気持ちがぐらぐらするなんてことは、ちっぽけでしょう。人類のうちの一人が今日もまた家にいる。「お父さんは最近大きくなられたね」「そう、霊界が大きくなっている」と。

人類のうちの爪の垢の何分の一かが、今日この会場に来ていらっしゃいますけれども。神様が「まあまあ、本当に小さき人たちよ」と、神様は縮小して来ていらっしゃる。本当の御心ってそういうものですよ。神様は無限大に大きいから、私たちも気持ちを無限大に大きくしなかったら、いただけないですね、

大きな功徳は。

大本教のお筆先にも、「神は小さいことを嫌うぞよ」と書いてあります。どんなに大きいことを言っても税金はかかりませんよ。無税。思いは雄大に、行ないは一歩また一歩。これは神様の道に合っています。

たしかあなた、「神様の御心をどうしたらわかりますか」という質問を書かなかったですか。

【Uさん】:書きました。

【深見】:ね、よく覚えていますでしょう。私、筆跡を一度見たら忘れないんですよ。それですよ。みなさん、これからそう思いましょうね。

人類のうちの一人の子どもというのがいる。夫といったって、たいした長所も欠点もない。余裕でご飯をつくって上げる。餓鬼霊に供養するようなもんなんだ、と。これぐらいの気持ちを持ちたいですね、みなさん。仏様のようなものですね。

≪接心・その5≫ 礼儀について

【深見】:次に行きましょう。

【Eさん】:「礼儀について」(色紙の質問を読む)

【深見】:礼儀とは、どういうものですか。

【Eさん】:形式だと思います。

【深見】:どういう形式が本当の形式ですか。

【Eさん】:すべての人が納得いくような秩序とか、そういうものだと思います。それはどんな秩序ですか。

【深見】:それはどんな秩序ですか。

【Eさん】:たとえば年功序列とか、年齢によるものとか、そういうことではないかと思います。

【深見】:それが本当の秩序でしょうか。

【Eさん】:「相手を気持ちよくさせること」・・・・・・(色紙の答えを読む)

【深見】:あなたはたしか、海外から来る外国の人たちを、いつも礼儀がないと思っていませんか。

【Eさん】:思いません。

【深見】:どういうふうに礼儀を尽くせばいいかと思っていませんか。

【Eさん】:思っています。

【深見】:相手を気持ちよくさせたらいいんですよ。礼儀とは、相手を気持ちよくさせるものなのです。これが礼儀だからと言ってするんじゃない。外国へ行きますと、年功序列なんて関係ない。

そういう外国の人が日本に来て、「どうやったらいいんだ」と。

「日本人はこうすることを気持ちよく感じるから、そうしなさい。それが礼儀というものですよ」

「ああ、こうすると日本人は気持ちよく思うのか。なるほど、わかった」と。なぜ、こんなに礼儀、礼儀と言うんだ。本当に堅苦しくて、やりにくい国だと思うでしょう。

カンボジアとかスワヒリ語を話す人たちとか、インド人とか、とにかくそれぞれの民族、それぞれの社会、それぞれの家風、それぞれの社風で礼儀が決まっているわけですよ、礼と儀が。ところ変われば品変わる。

ところが、こうあるべきだというフォームをつくってしまったら、臨機応変にできないですね。それは礼儀じゃない。

そのグループはそのグループの人たちが心地よく、気持ちよくなるために、このルールを決めましょう。その民族は、その民族なりに、気持ちよく過ごせるように法律をやりましょう。そういうふうに教育するし、自分もこの民族の人たちはこうすると気持ちよく感じる。

しかし、その人たちだけが気持ちよくても、全体の不調和になったら困ります。一方だけが気持ちよくて、こっちが不快感なら困るから、両方が気持ちよくなるような最大公約数。これが最低の礼儀ですね。それを見出していくと、どんな民族にも礼儀が行き渡るわけです。

相当、そのあたりで悩んでいらっしゃったのですか。

【Eさん】:はい、そうです。いろんな国の方を相手にしていますけれども、アラビアのイスラム教徒とか、インドの人とか、ちょっと考え方がわからないことが多くて、非常に悩んでおりました。

【深見】:ふーん、そうです。聞いたらいい。

「イスラム教の人たちは、どういうことを気持ちよく思い、どういうことを気持ち悪く思うのですか」と。

こういうのが気持ちがいいと言うのをして上げれば、喜びます。逆に、気持ちが悪いということは、触れなかったらいい。気持ちが悪いと思うことを触れないようにして上げるのが礼儀です。そうしたら喜びますね。人間、触れられたくないところは触れないのが礼儀ですよ。

教育訓練のとき、触れなければならないときには、「これは教育訓練だから、嫌なことかもしれないけれども、馴染んでくださいよ」と、ただし書きをすれば、わかったら気持ち悪くならない。気持ちよく思います。

どの民族でも、気持ちよく感じるところと、気持ちが悪く感じるところがあると思うところはどこなのか。嫌なことは触れないように。

それでも、あえてしなければならないときは、ただし書きをして言って上げれば、非常に礼儀をわきまえた、その人たちにとっていい人だ、と。それが冷静に分析できないと、一つのことをこうしようと思っても、お互いに理解できないので、一歩踏み込んでおつき合いができないですね。探せばいいんですよ。

夫婦の間の礼儀もそうですね。妻は妻なりにどういうところで気持ちよく思うか。どういうところは気持ち悪く思うか。

気持ち悪いところを触れないようにする。気持ちよいということをなるべくするようにすると、夫婦の間の礼儀がうまくいきますね。

神様と人間もそうですね。神様にも気持ちよくお思いになるところと、神様が気持ち悪くお思いになるところがある。

オカマなんてやめてくれ、怨念なんかはやめてくれ、愛情で満ち満ちて、迷いがなくパッパッと生きている人間は、神様もスカッとして気持ちがいい、と。

竹を割ったような女だなんて、竹下さんみたいだな、と。それから、女の腐ったような男だなとか、男の腐ったような女もいますね。

生意気で、言うことだけは立派なんだけれども、責任を取るかと言うと、取らない。男の腐ったような女、女の腐ったような男、竹を割ったような女っていますよ。

とにかく、神様から見て、こういう女性はよくない、こういう人間像はよくないと思うことは、なるべくしないようにして、神様が気持ちよく思うことに努める、と。

だいたい、神様は愛と真心が気持ちよく思うし、さっき言った五聖願の一つである「上乗に至ろう」。

何でも向上したいというのは、神様も「ああ、よしよし。なかなかいいね、君は守護していても気持ちがいいよ」と。

「真諦を得せしめたまえ」。ものごとの真理は一体何なのだ、どこに真相があるのだと真理を探究していこうという人間も、「なかなか、君、いい子だね。賢いね。守護していても気持ちがいいね」と。

「願わくば衆生済度ならしめたまえ」。少しでも世の中をよくしたい。人を救いたいという人も、「なかなかいい。私の気持ちと同じだ、うん、なかなかいい子じゃないか。まあ、昨日のお下がりの御神酒でもどうだね」と、神様がくれる。「守護していて、君は気持ちがいい。気持ちいいやつだな、

次、「願わくば功候を積ませてください」。お手柄、世の中に功績を残すために生まれてきたのですから、功績を積むだけ立派じゃないといけないから、真を得せしめたまえと願う上乗が出てくるわけ。そして、衆生済度することで、功を立てると位をもらう。

霊格はどうすればいただけるかという質問がありましたね。

誰か「どうすれば霊格が上がりますか」と。功を積むのです。真諦を得る努力、上乗に至る努力、衆生済度する努力で、功・お手柄を立てると、霊格が上がってくる。ランクが上がってくる。

そして五番目。「神様の御用にお使いください」。この五つを願い、この五つのことを努力したら、神様も「本当に気持ちのいいやつだ」と言いますよ。「神様、あっちへ行ってくれ」と言っても、「そう言うなよ」と言ってついて来ますね。浮遊霊と逆です。富裕人。富裕な人物になる。豊かな人間になりますね。「帰れ」と言ったって神様、帰りませんよ。「頼むから守護させてくれ。昨日守護していたやつなんか、産土の神社にとって最悪なやつだ。あいつは、酒ばっかり飲んでいて」と。酒は少しぐらいならいいけれどもね。

とにかく、愛と真心と五つの道に叶っていることが第一。反対に我と慢心を嫌がりますね、神様は。我と慢心、次に怠り、努力しないのを嫌がります。我と慢心と怠りを避けて、五つの道に合っていたら、「こんなに気持ちのいいやつはいないですよ」と言って、守護神協同組合の中でも発表していますね。

「話題の人物・・・・・・今年度、最も気持ちよかった人物はN君だ」なんて。

それは神集祭のときによく話します。今年度、最も気持ちよかった人物、よくありますね。今年の一〇大ニュースなんてやっているでしょう。

ああいうのは神霊界でもやっています。「今年の一〇大ニュース、最も気持ちのよかった人間。最も気持ちの悪かった人間、これは地獄界へ行っていただこう。気持ちのよかった人間には功を与えて、みんな守護しようよ」と。

ちゃんと人事考課があるんですよ、神様にも。浮気ばかりするから五点引き。ただ飯食らいだから一〇点引き、テレビばかり見ているから二〇点引き、定例講義をさぼってばかりいるから一〇〇点引き、こういうのがいろいろ出てきます。

神様と人間との間も、神様が気持ちよくなるところにして上げれば、神と人間との礼儀がビチッとできる。夫婦の間でも、親子の間でも、神と人の間でも、距離と調和、秩序と調和ですから、それが本当なんです。

両方が気持ちよくなるように、最低これだけはと、いつもそう考えていたら、真に礼儀をわきまえた人間です。その人といたら、非常に気持ちがいいですね。

あまり儀礼張るとぎこちなくて、これ、礼儀だからと言うと、礼儀礼儀と堅苦しくて、かえっておつき合いしにくいと言われますよ。

それはあまり礼儀正しくない。礼儀に反することで、仲良くなるときは仲良くならないといけない。ツボに当たっていないですね。

もう少し観念を破って自由に、フリにものごとを考えられると、その基本的方式さえわかれば、礼儀はきちっと果たせますから、間違いないです。

少々無礼講でもいいんですよ。無礼講でございますというのも、またいいんですね。気持ちよかったら、無礼講、大いにやってください。「ちょっと

すみませんね、不躾ながら」なんて言いますよね。「ちょっと不躾ながら」 なんて言いますと、「ああ、いいですよ」なんて。

その一言の枕詞がなかったら、「先生、あの娘は死んだらどうなるんですか」なんてなりますからね。

「こんなことをお聞きしていいのかな」なんて言うと、ああ、心地いいですね。枕詞さえ、日本ではただし書きすれば、少々無礼講でもいいんですよ。

あまり礼儀で儀式張っていたら、自在性がないから、かえって生きないですね。それが礼儀じゃないところの礼儀、本当の礼儀というのはそうですね。

【Eさん】:ありがとうございました。