具体的なクレーム対応策を
それから、機構上の問題をもう一つ。それは何かというと、クレーム対応です。
新入会だけでなくて一般会員さん、それからエンゼル会のほうから支部に関するクレームが起きたとき、その支部においてはクレーム処理をどういうふうに速やかにやっているのか。
クレームがまったくないということは素晴らしく運営できているという証であり、プラスの方向に向かってどんどん発展していることでもありますが、マイナスをなくしていくことによって底上げをしていく、被害をなくしていくという意味で、クレーム対応は非常に重要です。
いつも言うように、運営というものは、いま起きている問題にどのように対応していくのか、ということでもありますが、その対応策には三つの鉄則があります。
支部が会議をして何かを決める場合、何を優先するのかと言いますと、まずは事の大小。大きい問題か小さい問題か。
次に緊急。急いでやらなければならないことなのか、ゆっくりやっていっていいものなのか。
それから事の軽重。重大なことなのか、軽いことなのか。大小、緩急、軽重なのです。
クレームがあったときに、いったい何を考えるのかというと、まず、事が重大か、軽いことか。重いか、軽いか、ものの軽重。重大なものから決めていかなきゃいけない。
次に大小、大きい問題なのか、小さい問題なのか。次に緊急を要することなのか、ゆっくりでもいいのか。大小、緩急、軽重なんです。
ですから、会議や話し合いのときには、いろいろな問題を引っ張り上げて、その中で最も重くて大きくて急を要するものから順番に決めていく。
そして決断をし、実行をし、信賞必罰を決めて、励ましていく。重くて小さいか。重くてゆっくりか。それから重くて軽いのか。小さいけど緊急を要するものなのか。そういうことをトータルに判断して、優先順位を決めていく。
クレームがあったときに、そのクレームがいったいどういうものなのかを考えて、重くて、大きくて、緊急なものから順番に決めると同時に、エリアのほうへフィードバックし、さらには本部の布教部に送られて、そのクレームをどうしたらいいのか、対応策を練る。
クレーム対応策に関する具体的なマニュアルをつくっていますけれど、問題の多い人の場合、何年間かエンゼル会をやめていただくとか、救霊師なら救霊活動を剥奪するとか、会を辞めていただくとか、何らかの対処を考えなければいけない。
問題が起きたとき、その重さ、大きさ、緊急さによって、やり方を変える。一つずついろいろなケースに分けて、クレームに対応していくやり方をわれわれも研究しています、本部でね。
ところが、クレームというものはいったいどんなものかと考えたときに、クレームに対応するということを、まず、第一に考えなければいけないんですけれど、根本的な問題は何かと言うと、なぜこういうふうなクレームが起きたのか、体制に不備があったのか、このクレームが起きた原因はいったい何だったんだろうか、何が根本原因だったんだろうか、再びこういうクレームを起こさないためには、どこをどう改善していったらいいんだろうか、ということであって、そういう論理で対応策を決めていかなければいけない。
クレーム対策の要点は何か。
もちろん、すぐ対応することなんですけれども、常にクレームが起きるということは原因があるわけです。
なぜこのクレームが起きたんだろう。どのようにすれば再びこういうクレームが起きないのか。クレームを根絶するためにはどうしたらいいのか、ということで話し合う。
話し合ったら、ベストなものは何かと煮詰めていって結論を出す。結論を出したら実行する。実行する段階では信賞必罰、プラスのものを与えるか、マイナスのものを科すか、あるいは一生懸命励ましてやる気にさせるか、この三種類しかないわけです。
このクレームが再び起きないためにはこういう機構づくりをいたしましょう、機構をつくってチェックしましょう、そういうことです。
だから、クレームが起きたときには原因を分析する。クレームはどこから起きたのか。なぜ起きたのか。二度と再びこのクレームが起きないようにするにはどうしたらいいのか。
それを研究していくクレーム対応根絶委員会をつくります。各エリア五名でつくります。ですから、「新入会の皆さんの応対を研究する委員会」と、「運営教育相談委員会」、「クレーム対応根絶委員会」の三本立てになります。
クレームは、新入会員から寄せられるとはかぎりません。すでに会員さんになっている人、すでにエンゼル会に入会している人、いろいろなところからクレームというのは起きてくるわけですから、新入会員とはかぎりません。
すでに入会されている会員さん、すでにエンゼル会に入っている人、そういう人たちからもクレームは起きてくる。要するに、運営上の問題点が摘発されるわけです。
クレームが起きたら、起きた支部にクレーム対応根絶委員会のメンバーが行って、なぜクレームが起きてきたのか、分析する。過去の実例がありますから、その実例と照らし合わせながら分析する。
しかし、ただ分析して指摘するだけでなく、「みんなで解決しましょうね。一緒に解決しましょうね。二度と再び起きないように研究しましょうね」と、委員会のメンバーも一緒になって努力する。
レッツ・ビーでなかったならば、クレーム委員会の顔を見たらパッと目をそらすようになります。十日戎で会ってもパッと目をそらす。箱根神社で会ってもパッと目をそらす。そういうふうになりますからね(笑)。
だから、ニコニコしながら、「こういうクレームが起きたら、一緒に対応しましょうね。すぐに対応しましょうね。なぜこう起きたのか、再び起きないようにするにはどうしたらいいのか、一緒に考えましょう」と言って、とにかく一緒にやっていくことです。
電話ではありませんよ、その支部に行くんです。クレームというのは、支部そのものに問題があるというよりも、その支部の特定の何人かなのです。ですから、その特定の何人かの話を支部長と一緒に聞いて、原因を分析していかなければいけません。
特定の何人かに責任があるといっても、やはり一番の責任は支部長にあります。
そうやって、支部長が責任を持ってやるようになれば、優秀な人だとどんどん支部がよくなる。優秀でない支部長だとどんどん悪くなっていく。この格差をいかになくすのかというのが、この合宿のテーマなわけです。
しかし、責任感がイマイチの支部長のところでも、リーダーシップがイマイチの人が支部長になったとしても、エリアの委員会がちゃんとしていたならば支部長が育っていくでしょうし、支部長が研究されていくわけでしょう。
支部長が育って、優れた支部長に脱皮していただくためには、自浄作用をもたらすような機構をつくっていかなければいけない。そうしなければ、質的向上が図れるはずなどないではないですか。どんなに話し合っても一過性のものです。
そうではなく、優れた支部長に成長していくようなシステムをつくれば、クレームが、だんだんだんだん少なくなっていくと同時に、退会率も落ちていく。つまり、運営上の問題点が、だんだんだんだん少なくなっていくわけです。
しかし、それらのクレームが各エリアだけでなく、全国的に共通することであったならば、必ず支部代表者会議に諮って結論を出す。
そうやって、自分達で解決できることは自分達で解決し、もしできないものだったら私のところに来ればいい。どのようにしたら解決できるのか、一発でスパンと答えを出してあげます。
私の場合、神人合一する前から神様と一緒にやっていましたけれど、それだけたくさんの運営をしているわけです。
会社の経営もたくさんやっているし、お弟子も何百人と育ててきているし、二十五年、育てつづけています。宗教グループの支部づくりは高校一年生、十五歳からやっています。ボランティアで支部長をやっております。十五歳からやっています、私は。
それから三十五年。私が答えを出せないようなものだったら、ほかの人も答えを出せないです。
そういうふうに、新入会の方の応対を研究する委員会、それから、支部の運営全体をどういうふうにしていったらいいんだろうか、という運営教育相談委員会、およびクレーム対応根絶委員会の三つの機構をつくっていくわけですけれど、支部長が運営に関する知識がない場合は「あなた、これとこれが足りないから、このビデオを見たほうがいいですよ」と言ってお勧めするだけではいけないんです。
「支部長、一緒に行きましょう」と言って、その三人が支部長連れて、そのビデオをずっと一緒に見る。支部長と一緒にビデオを見るんです。
目の強い人間でないと目がチカチカするかもしれませんけれど、やはりエンゼル会のビデオを全部見てもらいます。
それから、支部運営の問題点に関しては、すでに私の講義の中で語っておりますし、あるいは支部代表者の会議の中で述べております。ですから「あっ、その悩みに関しては先生が語っているビデオがあるから」と言ってちゃんと取り寄せて、
「ちょっと来なさいよ」と言うだけじゃなくて、一緒に見るんです。
言うだけだったら、何の苦労もありません。
「ちゃんとファクスで送りました」と言っても、それはファクスを送っただけのことで、それを読んで、咀嚼してきちんとやっているんだろうかどうなのか、確認しなければいけません。
「言っておきました」
「ファクスを送っておきました」
「電話をかけておきました」と言っても信じられません。ファクスを送っても見たかどうかを確認しなければいけないんです。ファクスを送ったら電話をかけて、
「見ました?」
「あ、まだ見てないんです」
「電話かけてみますから」と言っても、信じられません。
「何回やりました?」と回数聞いて、
「いや、まだ一回ぐらいしかやってないんですよ」
「そうでしょう、お忙しいですからね」
今度は、いきなり支部に行って、
「これ、持って来ました。あなたの悩みには一番いいビデオだと思って取り寄せましたんで」と言う。
「ああ、そうですか。でも、いまちょっと忙しいものですから」
「そうでしょうね。しばらくここで待たせていただきます」「え、待つんですか」
この三人の委員は、支部長がビデオを見るまで支部から帰らない。
「そうでしょうね、お忙しいでしょうからね」と言って、家にまでついて行って、
「家でこれ見ませんか」
「いや、うちビデオないんです」
「そうだろうと思って、ちゃんとビデオデッキを持ってきました。これで見ませんか」
「いや、ちょっと、今日は用事があるので」
「あ、そうでしょう。お忙しいでしょうからね。じゃ、明日の夜どうですか」「明日の夜も……」
「そうでしょう。お忙しいですから。じゃ、あさっての夜六時からということでどうでしょうか」
「いや、あさっても……。もう今週はずっと忙しい」
「そうですか。じゃ、来週の月曜日ということで」と日にちを詰めていく(笑)。
そうやって、支部長に足りないと思うビデオ、テープ、本、すべて見たか、聞いたか、読んだかどうか、確認するまで絶対に逃がさない。
「で、感想どうでした、感想。何本目のビデオがよかった?」と聞いて、すぐ出てこないと、「あ、見てないな」とわかりますから、次に対応を考えます。
テープとビデオを持って、菓子折りを持って、その支部長のところに行って、全部見終わるまで支部長から離れません。
もう弥栄ばっかり、明け方まで弥栄ばっかり。それでも委員の人が今日も明日もずっと張りついて離れない。
「支部長、あの委員ですが、今日でもう七日目ですよ。三人とも断食していて、ミイラみたいな顔になっていますよ。支部長がビデオを見るまで絶対に帰らないんですよ。委員会ってすごい迫力ですね。支部長、そろそろ見たほうがいいんじゃないでしょうか」
「うん、僕もそろそろ見ないとヤバイ、という気がしているけれども(笑)」
過去の私のビデオ、テープ、本がたくさんあっても、知らない人が多いんです。読んでいない人、見ていない人が多いんです。
だから、せっかくのノウハウも知識も欠落しているわけで、それぞれの運営上の問題点とか悩みを聞いてみて、この場合、このビデオを見たほうがいいと判断したら、取り寄せてちゃんと見せる。そういうふうにやったら、支部長が育っていくわけでしょう。
支部長を育てる機構がなかったならば、それぞれの支部の質が向上するはずがないではないですか。
だから、その三人は相談を何でも聞いてあげて、
「それに対する先生の答えはこうだけれど、実際にはなかなか難しい。
ついては、われわれも協力しますから、一緒にやりましょう」と言って、支部の立て直し、支部向上のプロジェクトを一緒に組んであげる。そうやって何でも相談を聞いてあげると、百五十の支部のレベルが全体的に上がっていくわけです。
少なくともこの三つの機構がなかったならばクレームはなくならないし、クレームがなくならないということは、問題の多い支部、問題の多い運営は改善されないわけでしょう。
問題を抱えたままだからこそ、結局、電話の応対もああだし、行ったら笑顔はないし、嫌な思いをして・・・・・・というクレームが起きてくるわけです。
クレームが起きたら、何々支部の誰々と特定して、その人間に、「こういうことがあったんですよ。再び起きないように、一緒にやりましょうね」と丁寧に優しく言う。
常に「一緒にやりましょう」という姿勢を貫いていただきたい。「あなたがこうだからダメだったんだ」などと、追及するような言い方をすると、特高警察みたいになりますからね。
あくまでカウンセラーなんだから、よりよきものは一つなんだ、と。よりよきものへ向かって行こう、と。「よりよきものは一つだ」というスローガンを持っていただきたい。
九州エリアでは、「新入会のオリエンテーションとか支部代表者、コミッティーは、必聴テープやビデオを復習する」とある。そういうふうに決めても、九州エリアの人、いままでやってこなかった。
それなのに、これからどうやってやるんですか。いままでやらなかった原因は何なんだろうか、どうしたら必聴テープやビデオを復習するようになるんだろうかと、具体策へ、具体策へ、具体策へということで決定し、実行していかなければいけません。
そうでなければ、九州の運営は発展しません。そう思いませんか。
関西エリアは、「クレームのフィードバック」なんて言っているけれど、フィードバックって何ですか?関西の悩み相談室は、支部の悩みを聞いてあげて、悩みを聞くだけでなくてやはり育成していくわけだから、うまくいってい支部のベテランがやはりやるべきです。
しかし、横浜、四国とか、それぞれのエリアごとに個性があるのはおかしいんです。もちろん、関東、関西、四国、九州、それぞれに気質が違うし、北海道は支部同士の距離がありますから、地方によって若干違ってもいいんです。
しかし、ベストなものは一つなんです。新入会の人が来たときの応対と電話のかけ方、そのための応対の育成のマニュアル。それらは、ベストなものは一つなんだという考え方で統一していかなければいけない。
そのうえで、一番大事な新入会の応対、クレームの応対、支部の運営をしていく。問題の多い支部を底上げしていくには、やはり、ベストなものは一つなんだという考え方でやっていくしかない。
これは百五十カ所のエリアすべてにおいて統一されなければいけないし、そうでなければおかしいでしょう。一つの事柄に対してベストなものは一つなんだから、それを煮詰めて決定し、人員までピシッといまから決めてほしいわけです。
そうでなければ、何のためにここに集まったのか、意味がないでしょう。
縄文時代から弥生時代へ
ということで、今日から、全国的に弥生時代が始まらなければいけないのです。百五十カ所の支部が、十カ所のエリア本部が、今日、弥生時代を迎えなければいけないわけです。次に古墳時代を迎えなければいけない。それから奈良時代平安時代・・・・・・。
だいぶ先です、明治時代になるのは。
わかりますか。なぜ、コミックにしたのか。話は戻りますが、コミックにした理由。支部代表者会議で決めても、代理人が何人か来てワンクッション、ツークッション置くと、末端まで伝わらない。
ビデオ、テープを見ても聞いても、「あ、そうかな」というぐらいしか伝わらない。その点、コミックだったらわかりやすいし、こういういい支部がある、こういう問題があるんだなということがわかる。
そして、次にどうなるのかということも明快にわかります。ですから、今日、決定したこの事柄も全部コミックにしていきます。(編集部注 このご神業の内容は、コミック集「エンゼルとれとれニュース」と題して、全支部、全エンゼル会員に配布されました)
いま、エンゼル会員は一万人以上(編集部注二〇〇二年当時)いますけれども、ほとんどが支部に属しています。その中には、本当に一生懸命やらなければいけないと思っている人もいるでしょうし、自ら新しい支部をつくっていこうと考えている人もいるかもしれない。
そういう人たちの気持ちを大切にし、より向上していただきたいという気持ちでコミックをつくり、全エンゼル会に配っているわけです。そうすればわかりやすいし、確実に伝わるでしょう。そうでなかったら、いままでと同じことを繰り返します。
支部長を経由し、コミッティーを経由して、末端の支部の人のところまで届いたときは、どういう話になっているのか。正確に届いているとはとても信じられないのです、私には。それがちゃんとできているなら、すべての支部が発展し、向上しているはずなんです。
末端の支部の人、一人も漏れることなく、一定以上の情報が正確に伝わっているかどうか、とても疑問です。信じられません。それが本当だったら、ちゃんと全員が実行しているはずです。だから、コミックをつくっているわけです。
コミックをつくって、その感動的な中身を一万人全部にいかにして伝えられるか、ということを考えているわけです。
皆さんも、どうやったら百五十の支部に行き渡り、百五十の支部に属する支部の部員が一人も漏れることなくこれを自覚し、向上するためにはどうしたらいいのか、それを考えなければいけない。
そして、ベストなものは一つなんだ、と再認識することです。私の支部はこうです、私のエリアはこうですというのはまったく関係ありません。
ベストなものは一つなのですから、何が何でも自分の支部を、そのベストな一つで貫いていかなければいけない。
そして、自分の支部の構成員が一人も漏れることなく、これを本当に理解し、実行できるようになるのはどうしたらいいか。そこをよく考えなければいけませんね。
お知らせはできます。ファクスでも、電話でも、メールでも、あるいはテープでもお知らせはできますよ。しかし、その中身を全員が、実行、徹底できるかということとは別問題です。
どういうふうにしたらいいのか、言い方を考える。伝え方を考える。相手によって言い方、伝え方を変える。本当にできているかどうか、常にチェックして、一緒にやってあげる。
やっぱり、ここまで親心のように反復しなければいけない。お母さん、お父さんが子どもを育てるようにやらなかったら、支部の部員は育たないんです。
エンゼル会は育たないわけです。だから、コミックをつくっているのです。やっぱりワンクッション、ツークッション置くと、話がだんだんそれていきます。
伝言ゲームしたらわかるように、支部長がどんなに理解しても、皆さんが支部に帰ったらだんだんとエネルギーとボルテージが落ちてきて、ツークッションを経て末端のところに伝わるころにはほとんど消え失せてしまう。
あるいは、支部長がこの合宿の報告をしているとき、たまたまいなかったと。そういう人は、次に支部に来たときに、「ああ、そうだったの」と、結論だけ聞きますよ。
そうするとやはり、いまお話ししたことの一割ぐらいしか末端に伝わりません。上の思いは下へ一割しか伝わらない。九割は消えるわけです。
九割消えて一割しか伝わらなかったならば、末端の支部の者に、自分たちがいま思っているものと同じだけ伝わるようにするにはどうしたらいいか。これは松下幸之助の言葉です。
「経営者、上の人間が百のことを考えて、百の情熱あったならば、末端には十しか伝わらない。末端の十を百にするのはどうしたらいいのか。上に立つ人間が千にならなければいけない」。
支部長の思っていること、われわれの思っていることは、下に行くと一割しか伝わらないものなのです、パーセンテージでいうと。下の人間に百伝えるためには、上に立つ人間が十倍の情熱持つしかない。
十倍の情熱を持つとはどういうことか。
「いかなる場所でも、いかなるときにも、何回も反復して言う」、ということなのです。いかなる場所でも、いかなるときにも、何回も反復して言い続けるというのが、情熱が十倍になった証拠です。
いかなるときにも、いかなる場所でも、何回も反復して何回も言い続けると、だいたい十の人間が百になっていく。支部長は、いままで百だったら千ぐらいに上げなければいけない。
結局、一割しか伝わらないのです。これが会社を経営している人間、組織をやってきた人間の、自分なりにわかっている不滅の法則です。
だからある程度、コミックにしてあると伝わりやすい。そこから、何倍も言葉を足して言い、テープを聞かせ、伝えていくのです。
しかし、それではまだ伝えただけです。それを実行するかどうかは別問題です。そのために言い方を考える。あらゆる場所で、あらゆる機会に、あらゆる言い方で何回も反復してやれるまで何回もやっていく。そうしたら、ちゃんとやるようになっていきます。
そこまで粘着気質でなかったら、人間は育たないんです。それができるようにならなかったら、死んであの世に行って本当に高いレベルのエンゼルにはなれませんよ。
高いレベルの菩薩さんにもなれませんよ。言うだけならファクス人間、テレホン人間、メール人間です。言うだけの人間が動くわけがないですよ。人を育てるというのは、そういうことではありません。
連合艦隊司令長官だった海軍大将、山本五十六の道歌があります。
「やってみせ言って聞かせてさせてみて褒めてやらねば人は動かじ」日本海軍でもそうだったんです。山本五十六の有名な道歌です。
「やってみ言って聞かせてさせてみて褒めてやらねば人は動かじ」。簡潔明瞭な、本当に素晴らしい歌ですね。人を動かす一つのポイントです。
だから、支部の部員にどんなに言ってもダメです。まず支部長がやってみて、言って聞かせる。あらゆる場所で、あらゆる機会に、あらゆる方法で何回もしつこく言って、そしてやらせてみて、そして褒めてあげる。
「おお、すごいじゃないか、よくやったね。すごいじゃないか、やるじゃないか、すごいね」。
やはり、やってみせる。「言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」。山本五十六がそう言ったということは、軍隊でもそうだった、ということです。
ましてや支部の部員は、支部長が、「やってみせ言って聞かせてさせてみて褒めてやらねば人は動かじ」で、言うだけ、伝えるだけ、メールだけで動くはずないですよ。そこをやはり研究していかなかったならば、支部は発展していかない。
やはり、私があらゆるケースに、あらゆる機会に、具体的に明快に答えているのがありますから、それを何回も何回も各エリアの中で見る。
支部の支部育成相談コミッティーでもいいですよ。三人ぐらいでも、もちろん四人でもいいですが、ちゃんと全部揃えておいて、どのテープにはどんなことが書いてあるのか、確認しておかなければいけません。まず自らやらなければダメですけれど…。
そういうふうに、ものの考え方には、ある程度、原則があるわけです。それをわかっていれば、誰でも支部の運営はできるし、発展させることもできます。
原則を踏まえたならば、そんな難しいものではない。難しく考えれば難しいけれども、簡単に考えれば簡単です。一生懸命お祈りをしていけば、そんなに難しいものではないはずです。
支部発展の歴史
いま、全国に百五十の支部がありますけども、最初はどうだったのかと言いますと、支部をたくさんつくる一つの発端になったのは、青森と秋田でした。青森にAさんとお母さんがいらっしゃって、Aさんが当時二十七歳か二十八歳でした。
それから、秋田にはBさんという人がいました。これもお母さんがいて、女性一人、お母さん一人。まあ、お母さんが支えてくれたわけですけれど、最初は女性一人です。AさんとBさんが、秋田支部と青森支部をつくったわけです。
そのとき、青森にいた会員が十五人ぐらいです。秋田にも十数名しかいませんでした。それで支部をつくったんです。
「先生、どうしたらいいんでしょうか」
「まず、岩木山の神様に一生懸命お祈りして、朝に夕な、たくさん人が来てくれますようにとお祈りをしなさい。秋田だったら太平山三吉神社とか鳥海山とかいろいろあるから、まず産土さんにお願いして、朝に夕なお祈りするんです」
そして、岩木山に行って来た。
「どうだった?」
「あ、そう」
「はい、この間、岩木山に行ったんですけれど、しばらくしたら二人来ました」と言うから、結局、一年間それをやってどうなったかというと、たしかエンゼル会員が青森二十四名、秋田のほうが二十五、六かな。
青森のほうは女性が多くて、秋田のほうは男性の営業マンが多かったんです。
それで、秋田支部が、「男は多いんだけど、女性が少ないんです。どうにか女性を増やせないものでしょうか」
「じゃ、年のころなら何歳ぐらい、こんな人が来ますようにと一生懸命お祈りすれば、きっと来ますよ」と。
また、青森支部は青森支部で男性会員がほしいと言うから、「じゃ、男性が来るようにお祈りしてごらんなさいよ。きっと来ますよ」と言ったら、
「最近、男性が来ました、先生」と。
秋田のほうでも、「先生、女性がやってきました」
結局、青森支部も秋田支部も、一人の女性の情熱と祈りによって一年間でエンゼル会員が約三十名、秋田も増えたんです。だから、一年間で約三十倍ですね。それが、だんだんだんだん発展してきて、青森支部も独り歩きするようになってきた。
Bさんにしてみても、Aさんにしても、完全ではないんだけども、人がたくさん来るようにと祈ったことで男性が現れ、また女性も現れた。そして、役割分担を決めて適材適所で一丸となっていくことによって、どんどんどんどん発展していった。そこからまた新しい支部もできていった。
それから、十和田湖に行こうということで、十和田湖に八百回か九百回か、もう千回近く行ったらしい。
十和田の汽船会社の人が回数券を安くしてくれてね。で、何回か行ったら満願になったので、私は青森のセミナーに行きました。
そのとき、ねぶた祭りにも出たんですけれど、革靴でジャンプしすぎて、アキレス腱を傷めてしまったんですけれどもね(笑)。
それは別として、十和田湖でみんなでお祈りしたら、船も何もいないのに祝詞をあげた途端、ザバッ、ザバッ、ザバッと波が押し寄せてきたんです。
箱根の九頭龍神社でお祈りするときみたいに。それよりも大きな波でしたね。そのとき、Aさんが目をパッと薄く開けてみたら、船は一般もいなかった。
それなのに五十センチぐらいの波が来た。要するに、十和田の龍王がバシッと受け取ってくださったわけです。それでもう、何百人も会員が増えるようになった。
初めは女性一人でも、それだけの思いがあれば、なんだかんだと言いながら支部は発展していくんですよ。こういうふうな人がほしいなあと思って神に発願すると、ちゃんと、これはという中年の男性が来てくれるんです。
昔、高知支部でCさんと一緒にやっていたとき、Cさんが言うには、「セミナーのときに荷物を運べる三十代前半ぐらいの男性に来てほしいんですけれど」と。
「じゃ、そのように、朝な夕な、お祈りしたら必ず来ますよ」と答えたら、ピタリそのとおりの男性がやってきた。荷物運びが得意そうな人が来ました。
そのように生ける神様がいらっしゃるんだから、支部の問題とかいろいろあっても、人材が揃ってくると何とかやっていけるんです。
そんなに難しいものではない。難しく考えれば難しいけれども、簡単に考えれば簡単なことなんです。何でも神に発願し、「こういうふうな人間が来ますように」とお祈りすれば、実現するわけです。
「うちの支部はああでこうで」とネガティブになっていたら、何でもネガティブになってしまうけれども、発展的な気持ちで神様に向かえば、発展するんです。秋田支部でも青森支部でも、一年間でそれだけ発展したんですから。
「ああ、そうなのか、それだったらやれそうだな」と。
いま言ったような温かい温度の言葉と実情を聞くとその気になっていくんですけども、初めて支部をつくった人、あるいはまた選挙で新しく支部長に選ばれた人は、それらの知識が絶対的に不足していますから、過去の実例から学ばなければいけない。
熊本でも、男性が三人いました。 D君とE君と、もう一人、テレビ局のF君。その三人で支部を始めたのですが、
「先生、熊本支部は男三人だけなんですよ」
「あっ、そう。だったら近くに産土様、藤崎八幡がある。そこで「女の子が来ますように」と祈ってごらんよ。
三ヶ月もしないうちに必ず来るよ」と言ったら、女の子が来た。二人目に来た女の子がGさん。熊本日々新聞の死亡記事書いてた人です。たしか、二人目の女の子でしたね。
やっぱり男三人で始めて、女の子が一人もいなかったんです。それでも、産土さんにお願いして、「年のころなら何歳ぐらい、こんな能力の人を与えたまえ」と祈ったら、三ヵ月ぐらいでビシッと証が出た。生ける神様のいらっしゃる、仕組の斎庭ですから、必ず連れて来てくださる。
その人が来たときに、やはり適材適所、役割が来たら、ちゃんとうまくいくわけです。だから、そんな難しく考えることはない。支部長の我力でやっているわけではない、神とともにやっているわけですから。
そういうようなことがわからないんです、最近、選挙で支部長になった人には。でも、そういう実例があるわけですから、そういうところから学ばなければいけませんね。
そういうことで熊本もそうでしたし、みんなそうですよ。女性一人がその気持ちになった秋田は、一年間で約三十名に増えた。十五名の会員しかいなかった青森も大きく発展した。生ける神様がおられるところなので、あんまり難しく考えることはない。
しかし、このようにすればこうなるんだというふうな歴史とか経験とか事実を、やはり教えてあげる人がいないとわかりません。最近、選挙で選ばれた若い支部長さんたちは皆目わからないでしょう。
それを教えてあげる。知識のある人、神業歴が長い人、支部の運営がある程度うまくいっている人の責任です。
いま、全資料を揃えていますので、それをちゃんとエリアごとに備える。そして、その壁を越えていく方法を一緒に考えて、一緒にお祈りもしてあげる。
こういうふうなものを機構としてつくりあげていかなかったならば、これ以上の発展はないんじゃないかと、私は思うわけです。
