信仰者の会議の進め方の進め方(平成五年) ボイスジャーナルVOL.4より
今日は会議の仕方についてお話ししてみたいと思います。
会議はどこの会社でもやっていますが、当菱研では、ご神業と経営、信仰と経営、惟神の精神と実在の神を掌握し、それを企業の活動に活用する。
あるいはまた、企業活動のなかから神なるものを吸収して魂の糧にしていく。
そういう、ご神業と信仰と神の道に生きる人が会社を経営する場合、どういうふうにしていくのか、というところをテーマに扱っているわけですから、当然、仕事は仕事、ご神業はご神業、というふうに考えてしまうといけないわけです。
仕事を進めていくプロセスのなかに神業があり、仕事を推進していく己の内面の世界や仕事のなかで、キャッチするものの考え方というものを総称して神業というわけで、仕事は仕事、神業は神業と割り切るのではなく、仕事と神業を融合していかなければいけないわけです。
それが、生活のなかにおけるご神業の実践であり、生活修業であり、神道の基本的な実践倫理になっているわけです。
そういうことで、会議も惟神的な神人合一している会議でなければいけないわけですが、では、普通の会議とご神業で進める会議の違いは何なのかというと、まず始まりです。
普通の会議は、会議室の椅子に着席したときから会議が始まりますが、ご神業で進める会議は、そこに向かうプロセスからすでに会議が始まっています。
ですから、仕事は仕事、会議は会議だからとビシッと割り切って、「いまから会議を始めます」という形でやったら、もうこれは明らかに間違い。
単なる知的ディスカッション、インテレクチュアル・ディスカッション、あるいはインテレクチュアル・ディベートの会議になってしまって、神なる智恵がやってきません。
じゃあ、どうしたらいいのかというと、会議が始まるまでの間に二つのことを念頭に置き、神仙界に己の身を置くのです。
まず一つは、仕事は仕事、会議は会議だからとビシッと割り切るのではなく、「ただいまから会議を行います。
の大神様の御心に合うように、会社が素晴らしくなるように、従業員が素晴らしくなるように、懸案事項が解決いたしまして、取引先も、販売先も、社員も幸多き繁栄の道に行くような会議でありますように、神様のお取り次ぎをさせていただきます」と、お祈りするのです。
このお取り次ぎの思想、お取り次ぎをさせていただくことをお許しくださいという発想は、救霊師が救霊する場合も、九頭龍師の場合も、薬寿師の場合も、エンゼル会の人たちの場合も、全部同じなんですけれども、私自身もいつもそういう気持ちでやっております。
自分はこう思う、こうしたい、だからお願いいたします、というのはもう、おかげ信仰で、自分の願望が先に立っている。それでも神様は聞いてくれますよ。
聞いてくれるけれども、こうあってほしいという欲望とか念が、この世の自分が基準になっている分だけ、あるいはこの世の知恵が出てくる分だけ、霊的な感度とか、神なる働きが鈍くなるわけです。自分がああしたい、こうしたいというのを叶えたまえという……まあ、祈り合わせだとか、お祈りをしてかなんていう会議がありますけれども、それにしても、自分と現実が主になっているから、これはダメなんです。
どうしたら払拭できるかというと、いま言ったように、「会議というお取り次ぎを今からさせていただきます。
どうぞお許しくださいませ」という形で、神々や守護霊の皆さんにお祈りをしてから始めるのです。
祈り合わせとか、お祈りをやって会議をする人がいますけれども、私から見たら、それは何かちょっと違うんじゃないかと思います。肩に力が入っているし、自分が出ていますからね。
そうではなく、先天の世界、神様の世界のほうに主を置くと、自分というものが自由になる分だけ、肩の力がパーンと抜ける。肩の力が抜けるとどうなるかというと、ひらめき、発想、神なる世界のウエートが大きくなる分だけ、自分が今まで思ってもいなかったような発想が浮かんでくる。
それだけではなく、会議に出ている相手も社員も神がかってしまうんです。
こういうご神業に生きているのは社長だけで、あとの従業員はご神業に生きていなくても、代表者がそういう気持ちになったら、全員、神がかるんですよ。
何か知らんけど言わされてしまう。思ってもみなかったことを社長の前で話をする。いいことが浮かんでくる。それはもう社長の霊力です。
そのためにはいま言ったように、己の我力やこの世の基準から離れて、主なるもの、先天の世界、神様の世界に基準を置き換えるというところから入っていく。
これがまず第一に重要なことであって、そういうお祈りをしてから会議を始める。
その際、周りに人がいて祈ることができなければ、朝、家を出る前に、あるいは、会議が始まるまでの道すがら、あるいはおトイレのなかで祈ったらいい。
そして、会議が始まる前にもう一度、心のなかで神様に挨拶をしてから会議を始めると、スーッと先天の智恵が巡り来る会議になります。
もう一つは何かというと、自分たちがディスカッションして話し合っていきながらいい結論に達するというのは、これはこの世の人の考え方であって、ご神業に生きたり、神仙界に生きている人はそう考えてはいけません。
私なんかもう、絶対にそういうふうには考えません。自分たちが話し合って結論を出していくというのは、自分が主になっている分だけ、発想、ひらめき、予知力、融和の力が弱いからです。
では、どう考えるかというと、結論はすでにある、高天原で決まっている、神様は全知全能だから全部ご存じだ、会議はそれを降ろすだけだ、と。
そうすると、一層我力が抜ける分だけ、思ってもみないような発想やひらめき、思ってもみないような成り行きになって、「あっ、そういうことだったのか」というような素晴らしい結論が出るわけです。
これをご神業言葉で言うと、神計りに計り、それを人計りに計り、人計りに計ったものを、また神計りにかける。
そして神様と人とがお互いに計り合っていくという神人合一の道があるわけで、たとえば「古事記」を見ても、高天原で八心思金の神様が議長になっていろいろ会議をしています。
それで、武甕槌の神様を地上に遣わそう、ということになって、天津神がやってきたよと言ったら、今度は国津神同士がまた話をする。猿田彦さんというのは議長であったり、事代主も理事長であったと言われていますが、そのように高天原の神様も神計りをなさって、それを降ろしてきた。人間界も、ああでもない、こうでもないと話をして神様に申し上げる。
そういうふうに高天原も神計りをなさり、葦原の中津国でも人計りをするわけです。高天原と葦原の中津国の両方が計り合っている。でも、葦原の中津国のわれわれは、高天原で神々様がお考えになったようなことを地に降ろすという考え方を取らなければいけないわけで、だから自分たちが考えて練ったものを、「神様、ご守護をお願いいたします」とか、「これでよろしいでしょうか」というよりも、もともと理想の形は決まっているんだ、と。
人事の異動、販売の新しい作戦、仕入先をどうするか、販売戦略をどうするか、企画をどうするかなんていうことは、神様は全知全能だから全部わかっている。
未来も全部わかっている。人の心もわかっている。業者の手のうちもわかっている。
経済も景気もマーケットもどうなっていくかわかっている。それだけ、神は叡智と能力と才能を持っておられるわけだから、それを素直に降ろす。
ですから、最初に「お取り次ぎをさせていただきます」ということから入っていって、次に、もともとあるんだと思いながら、それは何だろうと思いながら話を進めていくと、自分たちが想像する以上に素晴らしい智恵が浮かんできて、ひらめいて、発展して、素晴らしい会議になる。これが本当の神人合一の会議なんです。
そういうふうなことができてきたらどうなるかというと、「ぼくは、ここに来るまでの間にこんなふうに思ったんだけれども」と話をしたら、「あっ、私も同じことを思っていたんですよ」
「ぼくはこうしようかなと思って……」
「いや、私も同じことを思っていたんです」
「えっ、私もそう思っていたんですよ」と、みんながそう思っていた、と。そう思っていたということで五、六分でパッとケミカルリアクション、化学的な一致みたいになっていく。要するに呼吸の一致です。みんながパッと一発で合意する。これはもう、先天の智恵が動いているからで、お互いが、「ぼくも思っていた」
「私もそう思っていた」と言うということは、上から降りてきている神様の御心をお互いがキャッチしていたからにほかならない。だから、ぐだぐだと議論せずに五、六分でパッと決まってしまう。ほぼ満場一致で決まります。
そのなかで一人ガタガタ言う人間がいたら、それは霊障者。霊障者でなければ一発で決まります。霊障者は次から会議に出さなかったりすればいいわけです。
ご神業をやっているのは社長だけで、あとの従業員すべてがご神業をやっていない場合は、一応、全社員霊障者と考えて、「必ず神様のおほし召しどおりに会議はなるんだ」という思いで、ああだこうだああだこうだと言いながら踏ん張っていたら、最終的にお互いが、「あ、そうだね、そうだね」ということで、社長の思うような方向、あるいはひらめいた方向へ進んでいく。社長がひらめきの悪い霊障者だったら、社長の思っている逆をやればうまくいくわけで、
社長が必ずしも神人合一しているとはかぎらない。神人合一の道の途上にあるわけですからね。
でも、社長が一人こうやって、胸でいつも祈っている。心のなかで祝詞を上げながら、必ず神のおほし召しどおりのふさわしい方向へ進んで行くんだと思っていたら、みんなが「そうだね」と一致する方向へ会議は流れていきます。
その会議の結論、決まった事がらはすべて、ピタッピタッピタッとツボにはまっている。実行してみたら、みんなピターッとツボにはまる。それがまさに神なる智恵というものです。
ところが、頭で考え、インテレクチュアル・ディスカッション、ディベートした結果、出された結論では、人間の考えたことだからそういうふうにはなら
ない。もちろん、お互いがディスカッションを尽くして納得ずくのことかもしれないけれど、実際やってみたら、適合する場合もあれば適合しない場合もある。適合しない場合のほうが多いですね。
世の中の業者さん、大手の会社、みなそれぞれたくさんの優秀な人、頭のいい人がやっているわけです。
それを中小企業が乗り越えていこうと思ったら、普通の知恵ではダメですよ。優秀な人間が考えた結論に勝っていくだけの智恵がないと小さい会社は勝てません。
あの世の智恵、先天の智恵、優秀な人物が考えることを一応考えて、そうじゃない何かが考え出すというひらめき、直感、工夫、こういうものを中小企業が出さなかったら、到底、大きな会社には勝てません。
だから、ご神業とか、霊的な世界とか、神仙とかというけれども、松下幸之助さんとか、小さいところから会社を興した人はみな、そういう直感、ひらめき、予知力、そして、運がある。小さいものから興して、大きいものを陵駕するだけのものを成した人は、百パーセントそういうものがあるわけです。
だから、研の皆さんも、まず会議をそういう形でやっていかなければなりません。そうすれば、小ながら生き残っていき、大きいところを勝ち抜いていけるグループに必ずなれますから、頑張ってほしいと思います。
それが研の勧める、私の勧める神人合一の会議のあり方ということでございます。
これで終わります。
経営者は付き合いが楽しくなるように自己改造せよ(平成五年) ボイスジャーナルVOL.9より
私たちのスタッフに実家が電気工事店を営んでいるのが二、三人おりますが、 お父さんがみんな同じ性質なんです。
「お父さん、もう少しおつき合いのためにお酒を飲みに行ったり、ゴルフもなされば」と、お母さんがうながすと、「ちゃんと仕事をしているじゃないか、ちゃんと」と言う。
「うちのお父さんはそう言うんだよね」
「あっ、うちのおやじも同じことを言っている。母もそう言っている」
「私の母も同じことを言っている」と。電気工事店の夫婦って似たような会話をするんだなと思いました。
住宅関連のお仕事をしている夫婦はみなそうなのかもしれませんが、会社の経営者であれ、個人事業主であれ、ある程度のおつき合いができないと事業はうまくいきません。
あるとき、一人のスタッフのお父さん、電気工事店を営んでいるお父さんがケガで入院しました。
そのとき、私の本を読んだのか、守護霊メッセージを読んだのか、それまでは人づき合いに消極的なお父さんだったんだけれども、入院を契機にがらりと人が変わって、めきめきと人と交際するようになったというんです。
それまでは、お酒を誰かと一緒に飲みに行くのが嫌、親戚縁者のおつき合いは嫌、マージャンが嫌、というお父さんだった。ところが、ゴルフが好きになってから業者さんとのおつき合いができるようになったらしいんです。
それは、お互いが楽しいからなのでしょうが、唯一おつき合いができるのはゴルフなんだ、ということです。
ああいう電気工事とか設備とか、技術が要る仕事をしている人というのは、おつき合いができないと厳しいですよね。
たとえば配管工事の人とか、内装の人とか、土木の人なんか、工務店さんと一緒に酒を飲んだり、マージャンをしたり、ゴルフをしたりという人づき合いがいいと、どこかほかの下請の仕事へ行ったときに、「あっ、電気、うちがやりますから」と言って、仕事の回し合いができるんですよ。水道工事なんかもそうですね。
そういう横のつながりがある人でないと、成功しない。どんな不況のときでも、やっぱり仕事を回してあげたりしていますから、電気工事とかの仕事で成功している人は、全部そこがきちんとできています。
そういう人づき合いのいい人でないと成功していないんです。
製造業の場合は別で、製品の善し悪し、売り方の善し悪しが成否を分けるわけですけれど、建築関連のお仕事とか技術が要るというのはだいたい、親会社さんとのおつき合いがうまくいくと成功する。
「今度こんなのをやらない?いま、業界がこうだから、こうしたほうがいいよ」と、お仲間が教えてくれるんですね。
だから、ゴルフをやることです。それからマージャンもお酒もやることです。まあ、お酒は体にきますから、ほどほどにしなければなりませんが、実はお酒を飲む秘伝というのがあります。
それは「大金運」(たちばな出版刊)に書いたように、大国主の秘法で、お酒を飲む前にビタミンEを何錠か、多目の水と一緒に飲んでおくんです。
そうすると、お酒が胃の中に入っても薄まるから酔わないし、三次会、四次会へ行っても平気なんです。
どんなに飲んでも、飲んだお酒はパッと霊界へ行くんです。まあ、楽しく酔える酒飲みの法というのがありますから、いつか、もう少具体的に伝授したいと思います。
私は、普段はほとんどお酒を飲みません。けれど、接待となったらパチンとチャンネルが変わって、ボトル一本あけます。
それで、翌朝仕事に行きましても、「どこへいったの、あのお酒は?」という感じです。飲んだらスパーンと霊界に行くんです。
しかし、必死ですよ、私の接待は。だって、邪気紊乱するようなところに行くんですもの。
ホステスさんが、「あら、田村正和さんみたい」なんて言うと、「田村正和ですから」と答えるんだけれども、「まあ」なんてパーンと肩を叩かれた瞬間、キツネがバシャッと出てくる。
「まあ」と笑うと蛇が飛んできて、気持ち悪いのなんの。新宿の歌舞伎町あたりで接待していると、ホステスさんが「いらっしゃいませ」と言うと同時に、お客さんがキツネと一緒に入ってくるから、お店のなかはキツネでいっぱいで、キツネをかき分けながらおトイレへ行くんですもの。
そんななかで普通の顔をして、「なんか顔が青いね」と言われると、「ちょっと寝不足で」と。実は霊障なんですけどね。地縛霊などの霊障を受けるんですから、大変な苦しみですよ。
それはもう必死の思いですね、私としては「大金運」に書いたように、必死で祈りました。
そうやって、ああいう飲み屋街の四次会まで行っても倒れずに、笑顔で翌日出社するという修業をしましたよ。
だから、人づき合いがよくなる努力をしなければいけませんね。逆に、人づき合いの悪い男性と結婚した女性は、「マージャンに行きなさいよ、ゴルフに行きなさいよ、お酒を飲みに行きなさいよ」と、関連業者さんと積極的におつき合いするよう、旦那さんに言うべきですね。
まあ、二次会、三次会に行っても、ストレスを溜めなければ、お酒も身にこたえませんよ。
ストレスを溜めながら酒を飲んだら、アルコールが沈殿する分、苦しくなります。
私なんかウイスキーを五、六杯飲んだら、二十曲は歌います。そうすると、アルコールって全部歌で消えていくんですよ。
だから、翌日、会社に行っても気持ちがいい。しかし、お酒だけ飲んだら、ドーンと来て、いまでも顔が青くなります。
そういうふうに、お酒を一緒に楽しく飲める、一緒にマージャンが楽しくできる、一緒にゴルフができる。「お元気ですか」というような形で、人づき合いが嫌じゃないという性格になったら、電気工事店は絶対成功する。設備会社も成功する。住宅関連会社は全部成功しますね。
それができないと、まず会社は黒字にならないと思います。職人さんが職人さんとしてやっているだけならいいんですけれど、経営者となったら売上を上げなきゃいけないでしょう。
販路を広げなきゃいけないでしょう。職人でありながらやっぱり経営者でなきゃいけないし、営業マンでもなきゃいけないわけです。
この両方を持って初めて経営者なんだけれども、いい技術を持っていると、ついつい職人気質が出て、そこを忘れてしまうわけです。
こんなにいい技術をしてやっているからいいじゃないか、ちゃんとやっているからいいじゃないか、と。その誇りというか、職人気質を持っちゃうとダメなんです。職人でいいんだけれども、同時に営業マンでもあるわけだから、つき合いが楽しいというメンタリティができ上がるまで、強引に自分を改造する必要がありますね。
まず、お茶漬けならぬウイスキー漬けでご飯を食べる練習をするとかね。「お茶漬けにウイスキーを入れるとおいしいね」と言って、酒びたりの日々がほんとうに楽しくなるまで練習する。
どうしてもできない人は私に相談してください。白蛇をつけてあげますから。九頭龍の分魂をつけるとお酒はおいしくなりますけれども、卵も欲しくなります。
これだけが問題ですね。卵を一人で食べていると不気味な経営者になりますから、周りから気持ち悪く思われますね。
卵の上にお酒をぶかぶかとかけたり、しかも生卵をばばっと飲み込む。白蛇をつけてあげると酒が飲めますよ。
どうしてもお酒の飲めない人には、タヌキもいいけれども、弁天さんぐらいの白蛇を貸してあげますよ。
しかし、入り込んじゃったら、今度は逆にお酒をやめられなくなりますね。そういうときには天狗で抜く。
天狗でアルコール抜けというのができるんです。そのときにはまた貸してあげます。
でも天狗だと、増長魔になる恐れがありますね。そうしたら、文殊菩薩を貸してあげましょう。
それはともかく、技術で生きている人の足りない一厘は、そこなんですよ。
技術と同じく、営業、交際、人づき合いが楽しいというレベルになるまで努力しなければいけません。
一番入りやすいのはゴルフみたいです。
一番嫌なのはお酒ですね。お酒の接待は己を殺すことですからね。
しかも、いかにも接待しているという雰囲気を少しでも出したら、相手が嫌な思いをするから、「接待しているな、気を遣っているな」と相手に気を遣わせないように気を遣わなければならない。
それにはどうしたらいいのか。私も研究しました。そして到達した結論は、このひとときは自分の人生の貴重なひとときだから、いかに接待とはいいながでも、これを楽しまなければ御魂がかわいそうだ、という思いで、相手と一緒になってウワーッと自分も楽しんでいると向こうも楽しいんだ、と。
接待しなければならないという気持ちを持ったら、相手は嫌な気分になるし、続かない。
だから、女性経営者でも接待のときには、豪快にガハハハーッと酒を飲んだりすればいいんです。
ゴルフはすぐできますから、業者さんといつも楽しくゴルフをする。ゴルフに夢中になったら、接待であろうと、気を遣おうと、ゴルフさえできたらいいということでやる人はいますよ。
「接待ゴルフはもう嫌なんですよ」と言いながらでも、笑顔がこぼれています。「接待ゴルフは気を遣うばかりで、ちっとも楽しくない」とよく言います。
その割に笑っているじゃないか、と。ニコッと笑っている。気を遣いながらでもゴルフはしたいんですよ。
しかし、酒だけはなかなかできないみたいですね。
それからマージャン。たばこが吸えない人はマージャンが弱いですね。ごほごほと言いながら…。私もマージャンだけはできませんね。
たばこは吸わないし、バクチに勝ったことがないから。博才は全然ないですね。だから、マージャンだけはできない。
マージャンの知識はありますけど、まあ、お酒とゴルフと会食が楽しいというぐらいですね。
それから、お酒を飲むときには、なるべく早く倒れてしまうことですよ。お酒を飲んで、楽しく歌い、踊って、最初にバタンと倒れるんです。
そして、口にタオルを当てて「ウォーッ」と吐きそうな素振りを見せる。そしたらもう、それ以上はお酒を勧められませんよ。
それに、楽しく歌ったり踊ったりするわけだから、「あの人の酒は明るい酒だ、楽しい酒だ」と言われる。
だから、とにかく最初に倒れてしまうことです。最初に倒れたほうが勝ちですよ。
そうしたら、「大丈夫か。帰れるか」と介抱してもらえるし、タクシー代は向こう持ちですね。女の子なんか、「大丈夫ですか」なんて言いながら、洗面器を持ってきてくれますよ。
だから、早く倒れたほうが勝ちです。最後までつき合っていたら、「まあまあ、まだ大丈夫だろう」と言いながら、何杯でも飲まされますからね。
すきっ腹で飲んで、顔を真っ赤にさせてバターンと倒れるか、歌をがんがん歌うか、ですね。最初に先頭をきってブワッと盛り上げるんですよ。
「あの人の酒は明るい酒、楽しい酒ですよ」にしたらいい。沈んでちびちびと飲んでいたら、アルコール量がえらく多くなるから、翌日はもうダメですよ。
早くバターンと倒れた人は、翌日、「いやあ、昨日はありがとう、みんな」と言って明るく元気に仕事をしているんだけれども、介抱した人間は寝不足で、「接待だけは嫌だ。もう勘弁してくれ」と言っていますよね。
最初の踏み込みが大事です。介抱してもらい、タクシー代はもってもらい、たくさんの女の子に大事にしてもらえますからね。
それで、楽しい気分で帰ってこれますから、接待は酒に酔って「それーっ!」と言って、先に倒れたほうが勝ちですからね。そのタイミングを逃したらなかなか難しい。
ぐちぐち、ぶつぶつ言う人の相手になって話し込んだらダメですね。
そんなのを聞いていると酒が沈殿してきますよ。それに、先に倒れた人のお世話をしなきゃいけないでしょう。
そういう場合は負けじとばかりこっちも飲んで、「そういうお前は何だ!」と大声出して、とにかく先に倒れる。そうすれば、酔わずに冷静な人がお世話してくれて、タクシー代ももってもらえる。
タクシー代にこだわりますけれど、とにかく大勢のときは先に倒れたほうが勝ちです。私も建築の営業をしていましたから、ああいう業界のことはよく知っています。
やたらと酒好きが多くて、本当に嫌になりました。だから、いろいろ宴会に行ったときにも真っ先に酔って、真っ先に倒れる、と。
そして、宴席では政治家の文句を言うんです。上司の文句を言うのはよくないけれど、政治家の文句だから問題ありません。
あるいは、芸能タレントの文句を言う。政治家とか芸能タレントの文句を言っておけば、これは一番体にいいですね。
何人かズキッと来た人がいるみたいですね。無意識で話しているんですけどもね。私も神経鋭敏な人間ですから、ずいぶん苦労しましたよ。
何でこんなことをしなきゃいけないのかと思って、さんざん悩みましたけれども、神様のお与えになった尊い試練だと、そういうふうに考えざるを得なかったですね。
そう考えれば、どんなことでも大吉です。だから、どう乗り越えたらいいのか、細かい技術をいまでも研究しています。
ということで、お時間になりましたので、これで終了いたします。
命を捨て恥を捨て、会社と従業員を守れ(平成六年) ボイスジャーナルVOL.2より
研会員さんに訪問販売をやっている方がいます。
皆さんも知っている人が多いのではないかと思いますけれども、イオン水の機械を売っている人で、その方から突如として、「十一月の中旬に不渡りを出すから」と私に電話がかかってきました。「なぜ、もっと早く言わないんだ」と言ったんですけれども、聞けば、二千六百万円もの負債があって、その返済のためにビルも何もすべてを売り払った、と。
イオン水の機械の小売販売をするのに、なぜ二千六百万円もの負債を抱えるのか、なぜビルも売り飛ばさなければならないのか、実に不思議です。小売なんですからね。従業員の給料がずっと払えず、借入がかさんだのか、回転資金に困って借金を重ねたのか……。
しかし、私はそうじゃないと思います。まあ、そういうのはよくありがちなことなんです、小売では。訪販の業者さんに卸しているイオン水の機械のメーカーさんがいますよね。
彼らはだいたい、何台以上買うと掛け率がこれだけ安くなりますよ、ということをやっています。
それで、訪販の業者さんは掛け率が安いほうが得だからということでまとめて買う。
まとめ買いをしても売れればいいけれど、売れなければそのまま在庫になってしまう。
しかも、代金の支払いも残っている。ということで、どんどん苦しくなるわけです。だから、掛け率が高くても最少ロットづつでやっていくほうが在庫が少なくて済むはずなんですよ。
在庫というのは財務上利益です。利益が品物に化けて、タヌキみたいにおねんねしているわけですよ。
その在庫では、社員に給料は払えません。イオン水の機械で給料を払えませんからね。
それから、家賃も払えません。「家賃の代わりにこの機械を差し上げますから」なんて言ったって、大家さん、受け取りませんよ。
水道代、電気代も払えませんから。全部キャッシュです。だから、在庫を抱えるということは怖いことなんです。
在庫はつねに適正水準に抑えなければいけません。
だいたい一ヵ月ぐらいの在庫を回転在庫と言うんですけれども、多くとも二ヶ月か三ヶ月以内ですね。
それ以上在庫を抱えると、財務上は、利益が品物に化けておねんねしていることになり、それに税金が五割、六割かかります。だから、決算期になると、どこの会社も在庫処分をするわけですけれど、税金云々は別としても、在庫を抱えると資金を寝かせてしまう。
ところが、まとめ買いをすると掛け率が安くなるからというのでまとめ買いをし、メーカーが払ってくれと言うから払う。そのうえ、月々の給料や家賃、諸経費で現金がどんどん消えていく。それで、あっちからもこっちからも借りる。金利がかさむ。その悪循環ですね。
そういうときにどうするか。返品できたら一番いいんですけれど、訪販相手のメーカーだから絶対に説得力があります。
「一旦納入したものを返すなんて」どうのこうのと、脅かしたり、なだめたり、すかしたりで、絶対に「わかった」とは言ってくれません。
で、いよいよ資金繰りが苦しくなってきたらどう言ってくるか。「手形を切ってくれ」ですよ。イオン水の機械をやっている人も、それで手形を切ったわけ。少しぐらいの手形なら助けてあげてもいいと思いますけれど、累計が多いですからね。
手形を切ったものの落ちそうもないというとき、皆さんだったらどうしますか。あっちからもこっちからも金を借り、サラ金からも借りて、もうこれ以上借りられない。そういうとき、倒産になるのを手をこまねいて待ちますか。
そういうときにはもう、やるだけのことをやらなきゃいけないわけです。
一番いいのは、手形を切ったところに手形を回収に行く。何億円という額だったらしょうがないんですけれども、何百万円ぐらいのケースならまず死を覚悟しますよね、私だったら。
「よ~し、死んでも従業員を守らなきゃいかん。会社を守らなきゃいかん」
と、死を覚悟して会社を守ろうと思いますよ。従業員を守ろうと思います。それは、愛情があるからです。
命を捨てる覚悟ができたら次に何を捨てるかというと、命を捨てる前にとりあえず恥を捨てます。
で、切った手形を返してもらいに行きますよ。手形を回収してビリビリッとやって、交換所へ持っていかせなければいいんです。
ところが向こうも、危ないなと思ったら手形を回してしまう。街の割引屋だとかヤクザのほうに回す。
すると、危ない裏の世界の人が手形を持ってきて、土地とか目ぼしい資産を奪い取る。
Aなんていう金融会社はそれをやっている典型的な会社ですよね。危なそうな会社の落ちない手形をいっぱい集めてきて、
それで土地を没収したりする。ヤクザですよ、みんな。ヤクザな仕事をしていることが多いんです。そこに手形が回ってしまったら難しいけど、回る前にまず回収に行きますよ、私だったら。
それはもう顔から火が出るぐらい恥ずかしいですよ。「その手形を返してください。私がどんなことでもして支払いますから。
生命保険にも入っていますから、命と引き替えても支払いますから、どうか返してください」と。
ミサワホームの創業者の三澤千代治さんも、「私に金貸してくれ。生命保険に入っている。過労死するか自殺するかわからないが、死んだら保険金が入るから、金貸してくれ」と言ってお金を借りたそうですが、それくらいの決死の思いで回収に行きます。あるいは「待ってくれ」と言う。土下座をして、「お願いいたします」と。
ただし、手ぶらで行ったのでは難しいですね。
百万の手形なら、そのうちの何割かの現金をつくって持っていかなければいけない。質屋に入れるなり何なりして、いくらかお金をつくって、「残りは必ず○ヵ月で返済いたしますから、
手形を返してください」と。そうやって一つずつ手形を回収していきます。
完全に回収するまで、神様に祈りまくって、土下座してでも、一個ずつ手形を回収してきたら、まず倒産は免れますからね。
私が一切、手形を切らないのは、初めからそうなる可能性を感じているからなんです。手形さえ切らなければ、お家賃、水道代、電気代、二ヶ月か三ヵ月までは大丈夫ですよ。電話は止まりますけどね。
「すみません、ちょっと親戚に不幸があって」とか、あるいは、「すみません、泥棒が入りまして」とか、「取り込み詐欺に遭いまして」とか、「火事で」とか、何か理由をつけて、頭を下げつづければいいんです。
とにかく「取り込み詐欺に遭いましたので」とか、「お金を紛失いたしましたので」と言って、大家さんや支払先を説得すればいいんです。
手形さえ切ってなければどうにかなるんです。
二日前とか三日前だとダメですよ。できたら二十日ぐらい前に行って、頭を下げなければいけない。危ないと思ったら、早目、早目に土下座して、
「すみません、今月は取り込み詐欺でちょっとやられたもんですから」
「経理の人間が持ち逃げをしたものですから」
「それでも何とかやっていけそうですけれど、今月の支払はちょっと難しいので、どうか延ばしてください。会社は大丈夫ですから」
と。
二日、三日前に言ったら危ない。少なくとも十日前か十五日前に、先手、先手を打って、支払先を訪問する。
だいたい夜の八時ぐらい、ホームドラマが始まるぐらいがいいんですよ。晩ご飯が終わったぐらいに夜訪をかけますね、
私だったら。その人の好きな巨峰かバナナか…バナナはあんまり大したことないか。巨峰とか、あるいはオレンジジュースを二トンとか、何でもいいんですよ。
相手の好きそうなものを持っていって、「あの~」と言いながら、実際に私は夜訪したことがあります。
夜訪して、「何とか・・・・・・」という形で行けば、三ヶ月ぐらいは待ってくれますよ。
手形さえ切らなければ倒産しませんからね。もし取り立てに来たら、玄関先で攻防戦をしたらいいわけですよ。
「そこを何とか、何とか」と言って土下座をする。政治家でも選挙のときには土下座をしまくるんですから、経営者だったら会社を守るためにそれぐらいやって当然です。
土下座なんかタダですよ。命を捨てる気になれば恥も捨てられる。恥を捨てられれば土下座もできる。会社を守れますよ。
支払ができない場合にはそうやって夜の八時くらいに夜訪します。あるいは八時半でもいい。ホームドラマを見ている途中だったら、「ああ、もっと見ていたいのに」と嫌がられるけど、始まる前ならまだ相手も諦めがつく。
「おい、ビデオを録っておいてくれ」と言えますからね。とにかく夜訪するんです、
夜訪。なるべくなら雨が降っている夜がいい。
寒くて、劣悪なる条件のなかをずぶ濡れになって行くんですよ。そして、「うあっ、浮遊霊か地縛霊か」というくらいに悄然として行かなければいけません。そうやってでも足を運んで、真正面から行くんです、誠意で。
私なんかも宝石を仕入れていたときに、「こんなに仕入れていたのか」というほどの支払が八百万円ほどあった月がありました。
当時、月の売上が三百万か四百万円。ですから、八百万円の支払いなんてできるわけがない。
さあ、どうしよう。私は、返品しに行きましたよ。物品の仕入をして支払ができなかったら返品に行ったらいいんですよ。
しかし、それができなかったわけでしょ、イオン水の機械の人は。「手形を切ってくれ」と言われて、まんまと乗って切ったわけですから。切ったらどうなるか、わかっているじゃありませんか。
そのときに私に相談してくれたら、返品に行きなさいと言ってあげたのにね。私の場合は八百万円。
支払はどの道できないから、在庫で寝ている品物を返すしかない。
だから夜訪しました、八時に。菓子折りを持って行きました。今でも覚えていますよ。駒込に九時の約束だった、あのときは。でも、八時に行って待っていましたよ、向こうがご飯を食べ終わるまで。
その間、もうずーっと神様に祈りつづけですよ。そして攻防戦ですよね。ご主人が胴元を握っているからね。そのご主人との攻防戦、深夜まで。
「そこを何とか」
「いや、うちも困りますから」
と。向こうもプロですから攻防戦を十二時、一時までやりまして、「でも、何とか」ということで、「まあ、しょうがないね」と。八百万円分を全部返品しただけでなく、支払を翌月末現金だったのが、末締め九十日後。二十日締め、末日起算九十日後現金にしてもらったんです。
支払条件を六十日延ばしてもらって、「頑張りますので」と。攻防戦を終わったのが、午前一時半ですよ。全部返品して、さらに支払条件を二倍延ばしてきましたよ、あのときは。
私が仕入れたんじゃありませんよ。「ああ、いいんじゃないの」なんて、みんなが簡単に仕入れたんです。
仕入れたかぎりは責任を持てと言ったのに、売れないんですよ。宝石は小さいからかさばらないけれども、金額は大きいんです。
そういうものを、資金繰りも考えずに、売れるか売れないかも考えずに、よく仕入れますよね、勝手に。私なら仕入れるときは毎回、神様に、そして三宝荒神にお願いして、ピーンと来るまでお祈りします。
それくらい慎重に考えますけれど、安直に仕入れた責任はやっぱり経営者にあるわけですから、行ってきましたよ。
しかし、四時間、五時間の攻防戦で全品返品して、さらに支払条件も延ばしてきたんですよ。それで相手も感心してね。
初めは、向こうも憮然としていたけれども、しばらくしてまた会ったら、「あんたもよくやるね。あんたがいるんだったら会社は大丈夫だよ」と言って褒めてくれましてね(笑)。
その人もそうやってゼロから会社をつくってきた叩き上げの人だから、私の気持ちを理解してくれたんですよ。
「あなたがいるなら会社は大丈夫だから、これからもまた品物を納めていいですよ」と言ってくれたんです。
やっぱり根性ですよ。絶対に会社を守るんだという根性です。支払ができないときには返品したらいいわけですよ。
もし在庫が残っているならば、在庫を返品したらいい。そうすれば支払しなくて済むわけですからね。
一番いいのは、売ってくる。それが無理ならメーカーさんのところへ行って土下座して、「そこを何とか」と何度も何度も頭を下げたらいい。
もちろん、ありったけの罵詈雑言を浴びせられるかもしれない。でも、何回でも言われたらいいんです。
ただし、どんなに罵詈雑言を浴びせられても、絶対にそこで手形を切ってはいけない。いろいろ言われて手形を切っちゃった、というのは、性格が弱いわけでしょう。
会社を守り切る覚悟が弱いわけでしょう。絶対に手形を切ってはダメですよ。メーカーの言うとおりに手形を切ったということは、向こうの交渉力のほうが一枚も二枚も上。優勢勝ちですね。
それからもう一つ話をいたしますと、訪販をやっていこうと思ったら、実績をよく上げた人に対しては、「よくやったね〜。よし、ご飯をご馳走しよう」などと、励ますことです。
逆に、実績を上げない社員に対しては、机をバーンと蹴飛ばして、「お前、そんなことでいいと思っているのか!」と叱ったりする。
そういうお芝居ができる営業部長とか販売部長がいなければ、絶対に訪販は成功しません。
とくに、神様ごとでつながってきた人たちが販売員になっている場合はもつと困る。神様ごとで知り合った人間というのは宗教的理念で生きているから、何かにつけて「愛と真心でやっています」と言うものの、数値はとなると、あまり意識がない。
本当に愛と真心でやっているなら、数値となって出てこなければいけないし、そうでなければ会社は潰れます。
それで、社長が、「こんなに数値が悪くてどうするんだ、こんなんじゃダメじゃないか」と叱ると、「愛と真心でやっているのに、なぜ、ああいうふうに厳しく言うのかしら。
あの人は最近、変貌してきたわ」と言われる(笑)。
神様ごとをやっている人間にとっては、内的な気持ちが確かに大事なんだけれども、そこに品物がありお金が出てきたら、数値に置き換えるだけの努力をやらないと真心とは言えないわけですよね。
そこを上手に言わなきゃいけない。厳しく言ったら、「何であんなに……………」と言われますからね。
基本的には、神様ごとの人間関係のなかに仕事を持ち込まないほうがいいです。仕事のうえで何か亀裂が起きてきたら、神業の人間関係にも亀裂が入りますからね。
それでも神業関係の人を使う場合には、月々の経費をきちんと計算しなければいけません。
要するに、損益分岐点から一人当たりの毎月の利益一人当たり何台以上売らなければやっていけないんだと割り出して、ノルマを算出するわけです。
どれだけ経費がかかるか、そして粗利率はどれくらいなのかを計算して、そこから何個以上売らないと会社はやっていけないというトントンベースを割り出す。
それが損益分岐点。そこから何パーセントかの利益を見込んで目標ノルマを設定する。
営業マン一人ずつにノルマを課す。そのノルマを達成したら、「おっ、頑張ったなあ」と、絶えず溢れんばかりの言霊をかけると同時に、食事をご馳走したり、物心両面から励ます。
ノルマを達成できない人間にはチクチクやったり、ガーンとやったり、それから恐怖の谷間に陥れたり、あるいはちょっと希望を与えてあげて、「お前の行く道はここしかないんだよ。
だから、死ぬ気で頑張りなさい」「はい、頑張ります」というふうにもっていく。営業マンのなかにも性格の強い人、弱い人がいますよ。
落ち込みやすかったり、やる気だけは満々なんだけれども実行が伴わないという人もいるでしょ。
やはり、一人一人に処方箋を書いて、ノルマが達成できるように指導しなければいけない。
絶えず士気を鼓舞していかなければ、訪販なんて成功しませんよ。
そうやって私どもは、健康機器の訪販で関東一になりました。しかしそこには、訪販をやった人間しかわからない虚しさがあるわけです。
訪販というものは、基本的には魚を捕る漁師さん、それからウサギを捕る猟師さん、両方の猟師なんですね。絶えず新しい獲物を見つけて右に左に、要するに旅をしなければいけないわけです。
住宅の訪販でもそうです。知り合い関係から売っていくというふうなことをする訪販はまず潰れます。
知り合い、縁故関係に頼るのは一番最後なんです。
縁故関係、知り合いというのはしばらく浸透すれば終わりですから。
それを計算して住宅産業なんかは、とりあえず一年で辞めてもいいということで、新卒をたくさん採用するわけですよ。
彼らが親戚関係か何かで家を一軒か二軒売れば元が取れますからね。
まあ、そういうことで訪販には訪販なりの成功の秘訣があるわけですから、訪販でやっていくなら、そのへんを誰よりも研究することです。
