中途半端な学歴なら、ない方がいい
中学校出たとか高校出たとか、大学中退とか高校の夜間とか行っていたと、いろいろ人はいますが、西村総料理長のように、独学で勉強している人がやはり一番すごいんです。
大きな会社の創業者は何々尋常小学校、何々陸軍学校や、何々大学中退とか、いったいどういう人生を送ってきたんだ、という人が創業者や会長に多いんです。
慶応大学なんていうのは、取締役にはなっても会長にならない場合が多いですね。なる場合もありますけれども、非常に少ないです。
早稲田大学中退なんていうのは格好いいでしょう。もちろん、わざわざ格好いいからといって中退することはないけれども、学生のころから仕事をしている早稲田の人は結構います。
たとえば演芸とか演劇とか、文芸とかの芸術関係、編集関係などいっぱいいます。やはりそういう人はすごいですね。行動、実践しながらずーっと勉強しているわけですから。
実務に基づくところの勉強でしょう。先ほど申し上げた知識、論理、なるほどなあと納得し得るものを、一生、自分の職場の忙しい中でその時間を割いてやった人がそういう意味で、素直、ポジティブ思考、勉強好きということです。
ですから、一千冊読破を目指せば、ロータリークラブに入っても、ライオンズクラブに行っても、経済同友会に行っても、経団連へ行っても、どこへ行っても、経営者同士の話をしても、相手を「なるほどなあ」と納得させるものがあります。
全国クリーニング組合とか、西宮商工会議所の芦屋植木協同組合会長といった人もいましたが、やはり同じ職人さんの中でも、その人がトップになっていくというのは、技術でも、「なるほどな」と、他人が納得し得るものがある。
こういう人がやはり上に行きます。
だから、学歴というより、実務での実力がある人はすごいんです。個性があるし底力があります。
学校に行って勉強してきたかもしれないけれども、実体験がなく、オリジナリティがない人が多い。理屈は言うけれども、理屈だけという人も少なくありません。
そんな中から、努力をずーっとやり続けた人というのは偉いと思います。
西村総料理長の修業時代の話を聞いたことがあります。殴られたり蹴られたり、包丁の背中で頭を殴られたり、焼けたお鍋をポーンと投げつけられたりもしたそうです。
何回もヤケドをしたりして、イジメを受けながら乗り越えてきて、「一日三十分本を読みなさい」とおっしゃる。
そうおっしゃるということは、ご自身が実践してきたということでしょう。そうでなければ、あれだけの手紙は書けないはずです。
お話も上手だし、フランス語は達者だし、メニューも全部ご自分でつくるし、独自の料理も研究しておられる。つまりその人格と技術と創作性、全部兼ね備わっているわけです。
それを考えたら皆さん、いったいどれだけハードな日々を送っているんでしょうか。どれだけの仕事量なんでしょうか。
その仕事の中でどれだけ勉強しているんでしょうか。素直、ポジティブ思考、勉強好きというのは、そういう意味であって、ただ単に勉強しているわけではないのです。
いきなり課せられた中国語の試験
ですから私も、六十五歳までは学生でいようと思っています。
素直でメチャクチャポジティブですけれども、超素直で、超ポジティブで、超勉強好きになると、とてつもない人間になる。しかし皆さんのなかで、いまの話を聞いて、「そうだあ!」と思って一ヵ月か二ヶ月はがんばっても、あとはまた反動で元に戻る、という人が多いのではないでしょうか(笑)。
これが何十年も続くというのがすごいんです。
何十年も続くということを、二、三日考えるだけかもしれないけれども、実際に私は実行しているわけです。
中国の大学院に入ろうとして、行ったらいきなり、「中国語の試験です」と言われて「はあ?」と驚きました。
私は神道とか能とかのジャンルを研究したいと思っているのです。日本人の場合、細かい文献の検証をすることが多いですけれども、中国のほうはもっと視点が大きいんです。
日本の場合は先行研究の穴をちょこちょこ探すような研究の仕方をしますが、欧米や中国の場合はもっとスケールが大きいです。
だから、そっちのほうに行っているのが私の肌に合っているからやるんですけれど、とにかく語学だけは、マスターしないと話になりません。
皆さんさっき、感想文の採点と添削をすると言ったら、「ええーっ?」と言ったでしょう。私なんかそんなことは言いません。
いきなり試験と言われても、「あっ、そうですか。よろしくお願いします」というように、試験と聞くとうれしい気持ちになります。
中国語を何も勉強していないのに六十分の試験です。 TOEFLの英語みたいなものです。
要するに、中国語を勉強する大学生のための、外国人が中国の大学で勉強するために必要な中国語の判定テストを六十分でやってくださいと言われたのです。
問題も全部、中国語で書いてあるんです。「ああ、これですか」と言っても全然分からない(笑)。
しかも、「今日は今から試験があります」といきなりです。中国人というのはいきなり言います。あらかじめというのはありません、いきなりです。
それでも、まあ中国だから何があっても大丈夫だ、と。そのときに普通なら、「ええーっ」でしょう。何の準備もしていないし、してくださいとも言われてなくて、いきなり、「試験をします」です。
それで、同行したスタッフのみんなが「ええーっ」と言っているけれど、私はニコッと笑っている。
「いきなり試験と言われても、私は試験が好きなんだ。キミたちみたいに、ええーっ、なんて思わないし、言わない。その理由が知りたいか」と言ってね。
「知りたかったら教えてあげよう。知りたくなければ無理に言うことはない」と。どうですか?知りたい人?手を挙げない人はおトイレに行っていただいて(笑)、神社へもう一回参拝に行っていただいてと(笑)。
私はいきなり、「試験です、感想文の添削をします」と言われても、皆さんみたいに「ええ!っ」なんてことは一切ありません。
だから、今年の二月に神業判定テストがありまして、私も受けました。まあ最初は、どんな問題をつくっているのかと見ているだけだったのに、知らないうちに、答案用紙に答えを書いていました(笑)。
二百三十点満点でS君が二百十四点で一番で、私は五番だったんです。
論旨要約のところもあったんだけど、それを飛ばしてしまって書かなかったものですからね。
まともにしていたら、もうちょっとよかったんですけれど、女の子ではNちゃんという、東京外大を出た子が女の子のなかで一番で、私はその次だったんです。
みんなと同じように私も試験を受けています。ふつう、教祖がみんなと一緒に試験を受けるか、と(笑)。でも、毎回受けます。今度、スタッフには全員、 TOEICを受けてもらおうと思っています。
四十五歳で音大を受験
なぜ私はいきなり試験だと言われても、「あっ、試験ね」と言って平気で受けられるのか、と疑問に思うスタッフもいるはずです。
武蔵野音大を卒業したのは四十六歳です。四十歳で声楽を始めて、四十四歳から音楽理論の勉強です。
頭が溶けそうなくらいになりましたけれど、その音楽を勉強して四十五歳で受験しました。声楽は落ちましたが、それ以外の試験は、国語とか英語とか、音楽理論もピアノの試験も全部通っていました。
ところが、私が受験する以前に、冷やかしで友達と賭けをして受けたという人がいたものですから、そういう冷やかし半分でまた受験に来たんだと思われて落とされたんです。
国立音大の教授についていて、「ああ、ちゃんと歌っていたから合格点でしたよ」と、その教授はおっしゃってくれました。
ところが、ほかの先生方がボイコットです。理由は、「こんな歳を取った人が受験に来て」と。
私はちゃんと歌っていたから、指導教授は駆け引きなしでいい点数をつけてくれました。しかし、ほかの先生はダメだと言う。
結局、試験に落ちました。それなのに、神々様と背後霊は、「やった、やった、やった!」と大喜びなんです。
「神様が受けざるを得ないようにもっていったのに、いったい何なんだ」と。しかし、考えたら、普通は四年間も行けませんよ、ほかの仕事をダメにしなければいけないですから。
だから、よかったんです。もう一個、大学を出ているから、一般教養は免除されるでしょうけれども、しかし、受けざるを得ないような方向に持っていったのは誰なんだ、神様じゃないか、と。
それで今度は、いろいろなコンクールに出るようにしました。年齢制限がなくなっていたので、いろいろなコンクールに出ていったんです。
みんな出場者が二十代とか若い中で、一人おじさんが歌っています。平気でコンクールに出て、伴奏の水谷真理子先生のほうが、「深見先生、緊張しないでね、ああ、ドキドキするわ。がんばりましょうね」なんて言いながら、私は歌っているんです。
それで、武蔵野音大の特修科というのは、東京音大は院と研究科というのがありますし、あと桐朋もそうですね。キリトモのほうですけれど、それも研究科です。
二・何倍です、倍率が。半分は落ちるんです。私は通りまして、そのときは全部で四人が通りました、
声楽科を三人は女の子でみんな二十三歳。音大を卒業した以上の、大学院レベルでないと受けられないですから、栗林先生が、「音大卒業か、それに値する力がある人である」という推薦文を私のために書いてくださいました。
これに値するというのは、指導教授の推薦がいるんです。
栗林先生は有名な方だから、「東州さん、受けるんなら私が推薦文を書いてあげるよ」と言ってくださいました。
それで受けて、通った人は四人で、私以外はみんな二十三歳の女の子です。
私が四十六歳ですから、年齢がびったり半分。同じように通学しました。週に一回、発表会があって、卒業演奏があったんですけれど、週に一回なら通えます。
だから、神業とかほかの仕事を無理せずに、それなら通えます。しかし、倍率は二倍でしたから、半分は落ちました。それでも、楽しかったですね。
そのときに、みんな審査員は大笑いだったんです。なぜかというと、審査員が五人ぐらい並んでいて、試験会場にはもちろんピアノがあります。
審査員がこう並んでいるのを、私はだんだん歌いながら前に出て行く(笑)。
出すぎたら今度は下がっていく。近藤先生といって、二期会の理事をしていらっしゃる先生が、「いやあ、あとで休憩のときに審査員が大笑いしたんですよ」と。たしかに舞台では、しり込みせずに前へ出て出てと言うから、だんだんと前へ行って、行きすぎたら今度は下がってくる。
審査員みんなが、「いやあ、あれだけ積極的なのはいいよねえ」ということで、合格だったんです。
「ああ、そうですか」と。当時、四十六歳でしたから、そういう試験でも行きます。
なぜ、いきなり試験だと言われても受けるのか。「キミたち、不思議に思わないか。キミたちが私のようになったら、いいと思わないか」「はい、思います。なぜ、受けるのか聞きたいです」という声がたくさん上がりました。
そこで、中国語の試験のときの話を少し詳しくしましょう。
六十点満点で、いきなり試験。問題文も全部中国語ですから、まったく分かりません。しかし、漢字で推測して、多分こうかな、と。全然違った漢字もあるんです。
略字でよく分からない。こうかな、こうかな、と。だいたい試験監督だったら、五つあったら三番目にするよねと推測したり(笑)、一応、読むんだけれど、さっぱり分からない。しかし、試験問題の文字から出てくる気配があるんです。「わしは正解だ」とか「わしは違っている」とか(笑)。
あと会話は、中国に行くごとに少しずつ覚えてきましたけれど、試験はちゃんと体系づいた試験です。
六十点満点で結局十六点だったんです。十点以下が0レベル。それから十点から三十点だったかな、これが1レベル。次に、三十一点から五十点が2レベルか。それ以上がたしか五十点以上で、3レベルだったでしょうか。
こういうレベルでした。だからまあ、十六点なので0レベルではなかった。 1レベルです。ファーストレベル。六十点満点で十六点ですから、問題文も全部、中国語です。十六点だったということで大喜びでね。
先生も驚いて、「何の勉強もしていないのに、よく十六点取ったなあ」と言われました。
いずれにしても、試験は喜んで受けました。六十五歳まで学生でいよう、と思っていますから、四十六歳でも平気で試験を受けましたし、これからも試験をずっと受けていこう、と思っています。
私が試験をイヤがらない理由
博士課程というのはあんまり授業に出なくていいんです。おかげで、業務に支障がない。
その代わり、論文を仕上げなければいけません。修士課程は授業に出なければいけないものですから、それでも認めていただきました。
それで、試験を受けるのがなぜイヤなのか、皆さんに考えて欲しいわけです。
なぜ試験がイヤなのか。それはだいたいの人が、「悪い点を取るのがイヤだ」だからではないでしょうか。
これが中国人なら、「なぜ試験がイヤか、考えてみる、あるよ」とでも言うでしょう(笑)。
まず、ほとんどの人は悪い点を取りたくないと思います。一番多い理由ですね。それから緊張するのがイヤ。誰かに悪い点数を知られると恥をかくからイヤ。
まあ、いろいろ理由があるでしょう。ほか、制限時間内にまとめられないとか、試験恐怖症とか、試験でイヤな思い出やトラウマがあるといった理由が思い浮かびます。
中でも、悪い点を取りたくないというのが一番大きな理由だと思います。
あるいは、悪い点を取ったら恥ずかしいとか、制限時間内になかなかまとめられないとか、とにかく試験のイヤな思い出がある、と。いずれにしろ、試験でいつもひどい目に遇ったとして、この、なぜイヤなのかをじっくりと考えてみてください。
入学試験というのは競争ですから、ある一定以上の人が合格して、その点に満たない人間が不合格になるわけですが、その中国語の試験は要するに判定テストだから、今度の神業達成度テストにしても、別に合格とか不合格は関係ありません。
もちろんTOEICもTOEFLもそうですが、合格、不合格は関係ないわけですから、別に悪い点を取ったからといって不合格になるわけではないし、「この方はこんな点でしたよー。みんな笑ってやるか、男らしくないからキンタマ蹴り上げろ!」(笑)なんていうようなことはないわけです。
「先生、私キンタマないんですけど」と言わないで欲しいんですけれども(笑)、「男のくせにこんな点を取って、みんなで蹴り上げろ!」というような試験ではないわけです。その人間だけに採点結果を送ってあげるわけでしょう。だからそういうときは、悪い点を取りたくないと思う自分があるなあ、と考える。
だったら、悪い点を取っていい、と思ったらいいんです。なぜ私が、試験を受けるのが好きなのかは、悪い点を取りたい、と(笑)。無理には取らないけれども、悪い点を取りたくないと思わない。
なぜかと言うと、悪い点を取ったということは間違えたところが多いわけだから、あとで間違えたというところを見直します。
すると、そこは覚えます。その間違えたところは絶対に覚える分だけ、ふつうよりも早く知識が吸収できる、知識を吸収した分だけ御魂の恩頼になっている、と考えるんです。
というのは、人間は魂を進歩向上させるために肉体を持って生まれてきたからです。
だから、試験で間違えたところは絶対にあとで覚え直しをして、そのままにしません。もう一回、必ず復習する。なぜ間違えたのかな、と。そうすると、強く印象に残っている分、その事柄は絶対に忘れないから、頭にも体にも強く印象に残っている分だけ知識がたくさん、効率的に吸収できる。
そう思うからうれしい。
悪い点を取れば取るほど、間違った箇所が多いわけだから、間違った箇所は、なぜ間違ったんだろうかと思う分だけ、たくさん覚えられます。
ですから、いい点を取るとか取らないとかの問題ではなく、合格するとかしないとかの問題ではなく、たくさん覚えたいからなんです。
短時間でたくさんのことを覚えたいといつも思っているから、あるいは、知りたいと思っているから、試験で悪い点を取ったらその分だけ、間違ったところだけもう一回復習できるから、頭にバシッと入っていくわけです。
短時間で多くのことが、とくに自分が知らなかったところは印象に残るので、いっぱい覚えられるわけです。これが模擬テストを受ける意味ですね。
予備校でもそうやっていますけれど、模擬テストで別に合格、不合格になるわけではない。
模擬テストの結果を反省すると、ふつうの問題集を解くよりも、模擬テストで間違ったときのほうが、入試に出る傾向も分かるし、頭にバシーッと入りますから、模擬テストをいっぱい受けて、その間違ったところを重点的に反復して覚えただけでも、最も頻度が高く、試験に出やすい内容が頭に入るわけだから、試験慣れもすることになります。
だから、悪い点を取るということは素晴らしいことなんだ、と思うことです。
間違ったところが多いわけだから、しかもその緊張が素晴らしい、と。蚊とり線香みたいなものですよ、金鳥は素晴らしい(笑)。
蚊がいっぱい落ちる、と(笑)。緊張するということは頭が集中するわけだから、緊張してカーッと間違ったところは印象に残っているから、緊張すればするほど頭によく残る。
能の演目にしても何にしても、私は緊張を求めて生きていますし、本番を求めて生きています。
いろいろなところの本番で、普段できても緊張したところでどれだけできるのか、というのが実力だから、緊張が大好きなのです。
すなわち、いざとなったときに出てくる能力というのは、緊張したときにやっぱり頭も動くから、緊張すなわち集中です。だから、緊張することが大好きなのです。
次に、恥をかくのがイヤだという人についてですが、恥をかいたら、尊い試練を与えていただきありがとうございますというように、神の試練として感謝することです。
恥をかくと、人間は屈辱感を感じます。しかし、その屈辱感を乗り越えるときに神仏に対する信仰が深まるんですから、恥をかいたっていいんです。
クソーッという思いをバネにして、次にジャンプするんだと考える。自分が恥をかくようなことをしないと伸びないと思うわけです。
恥をかくということは、服を何も着ないで川べりを歩くとか道を歩くという種類の恥のことではありません。
これは警察に行かなければいけないという恥ですので、そういう恥と種類が違う。
試験でかく恥なんて大したことないんではないですか。実力のあるなしですから、逆に言うと、いい点を取ったら誉れになるわけですから、努力次第でどうにでもなる恥でしょう。
それから、制限時間内にまとめられないのは、要するに速読ができないということです。ゆっくり時間のかかるものはあとにして、マルペケとか、発音問題とか、知っている問題は先にやって時間を有効的に使う。
ゆっくり考えるのは後回しにして、勝負の速いものは先に片付けます。律儀に、一番から順番に問題を解いていく人もいますが、これは非効率です。
設問を先に読んでから、本文を読むとか、要は、場数を踏んで試験慣れをすればいいのです。
試験でイヤな思い出があるというのは、入学試験など、合否判定の出るもので不合格となった場合です。
TOEICとかTOEFLとか点数の出るものは、今の自分の達成度が分かるわけで、神業達成度のテストもそうです。
どの程度達しているか、ということですから、達していないとなると、その知識が頭に入る分だけプラスじゃないか、と。
中国語の問題で間違ったら印象に残るから、その分だけ中国語を早く覚えるじゃないか、と。だから、中国語の勉強をするのに試験は非常にいい、と。
この試験を受けることによって緊張するし、知らない知識が早く吸収できるし、印象に残って習得できるからいいじゃないの、と考え方を進めていけばいいんです。
コールユーブンゲンを覚えて音楽の壁を克服
だから、私は試験というと喜んで受けます。「試験してください」と言うわけです。音大の勉強も、試験がなければ、コールユーブンゲンなんか非音楽的なんです。
「♪ラララララーララー」だと音楽的ですけれど、音楽的ではないんです、コールユーブンゲンというのは(笑)。
そういうようなものを覚えさせられ、試験でパッと見てその場で歌わされるんです。それから、「これは何調でしょうか」と。夜の蝶じゃないんです(笑)。ピアノをやっている人は、
「ララララー」と言えば、「あっ、これはCメジャー」とか、「♪ラララララI」だと、「あっ、これはCマイナー」と分かるんでしょうけれども、楽譜を見て、「これは何調です」と判断をしなければいけない。それは少しずつクロマティック、半音上がっているところとこうやって、音楽の傾向を見て、ああ、これだ、と判断する。
だいたい、属調の五度上がり下がりが多くて、とくに出てくる大学でも傾向があるんだけれど、これが「Fドゥアー」とか、調判定までできるようになりました。
もう頭が溶けますよ。だいたい楽譜を読む人は脳の後頭部の左ぐらいを使うらしいです。だから年々、頭が大きくなって、巨大東大です、東大生。頭が大きく生まれた頭大生となるようです(笑)。
そのコールユーブンゲンとか、音楽理論なんていうものは、試験がなければ誰がやるかと思います。
しかし、音楽理論の基礎がないと、楽譜もなかなか読めないし、ピアノの試験がありますから、そのときに必要となります。
バッハのインベンション一番。四カ月ですから、私はね。右手と左手がバラバラに行く。
試験の当日はどうかというと、途中で一個外しました。外れたまま、「♪ラララー」とずっと行って、途中からまた元にパッと戻るんですけれど、止まっちゃうといけないんです。まあ、声楽の歌科はそんなもんだということでパスしました。不合格にならないですね。決していい点ではなかったけれども、ちゃんと合格点でした。
試験がなければそんなのは覚えません。何のために試験を受けるのか、というのは通りたいためではなくて、試験しなかったらピアノとかコールユーブンゲンとか楽典を勉強しません。
ところが、勉強しなかったら、壁にぶつかります。だから勉強したんです。試験がなければこんなのはやりませんから、それで勉強したんです。
そういう複雑な、非音楽的なのを一冊全部覚えましたから、「俊寛」(※)というオペラをやったときでも、本当に難しい曲だったのですが、しかしそんな曲でもやれたのは、もっと複雑なコールユーブンゲンを覚えたからできたのです。あの「俊寛」というすごく難しい音楽のものができたんです。非常によくできました。そのおかげです。
※オペラ「俊寛」一九九七(平成九年三月二十一日に、「よみがえる日本の心オペラと能の鑑賞会第一夜「薪オペラと薪バレエの夕べ」のなかで演じられたオペラで、世界初の新オペラ。入道康頓(深見東州)、俊寛都(栗林義信)、少将成経(田代誠)など。 IFAC (世界芸術文化振興協会)主催。
そういうことで、試験というのは試験のための試験ではない。何のための試験かと考えてみることです。
試験がなければ覚えない。試験をすることによっていっぱい覚える。だから楽しいと考える。緊張するのは素晴らしいし、悪い点を取ることは素晴らしい、それだけいっぱい短期間で覚えられるんです。
合否判定の出るものは大変ですよ。しかし、合否判定も何回か模擬テストをやって平均的にある点数を取れればだいたい通るわけです。
一か八か、伸るか反るかではなくて、だいたい目標とする点数をコンスタントに取れていれば、どこか一個か二個かアンラッキーでも、ちゃんと通るんです。そういうふうに受験生に教えているし、実際そういう結果となります。
だから私は、何歳になっても試験を受けるし、試験に挑むし、どんな点数を取っても苦にせずに、「いやあ、これだけ覚えられてよかった。短期間のうちにいっぱい習得できてよかった。だって、習得し学ぶために肉体を持って生まれてきたんだもん」と考えています。
肉体を持って生まれてきたのは御魂を向上するためですから、神業達成度の試験を受けない経営者というのは、勉強好きということから外れるんじゃないですか。
いったん聞いてしまったら、逃れる道はないですよ(笑)。私もちゃんと受けます。点数が出たっていいんです。それで反省して、「次こそがんばるぞ」となれば、そこに進歩、進化が生まれるのです。
試験、コンクール、何にでも出る
素直、ポジティブ思考、勉強好きという人は、成功する経営者になれるのです。
だから、試験に対して、しり込みして受けないというような経営者は、私から見て不安が残ります。
「果たして経営者としてやっていけるんだろうか」と。
何とか、やっていけないことはないでしょう。しかし、人から尊敬されるような、魅力と存在感を示す経営者になれるかといえば、疑問が残ります。
自動車教習所に行って運転免許を取るのも面倒くさくてイヤだとか、続かなくてやめる人もいます。
私はこの年で、五十歳で博士課程に入って中国語で試験を受けて、一生懸命、判定を受けて、TOEICも受けるんだと言って、何点取れるかチャレンジしています。
「試験をしてください」と言って、試験を受けに行き、コンクールに出て、「判定してください」と挑戦する。
コンクールというのは、広い会場で審査員だけがジーッと見て、採点表にサラサラサラと書き込むんです。
たとえば、「オー・ソレ・ミオ」でもいいですが、「♪オー・ソレ・ミーオ~」と熱唱しても、何の拍手もない。審査員のサラサラサラと動く手元を、歌っている途中で見ると、気になって仕方がありませんが、これがコンクールです。「♪ラララー」と歌い終わっても、何の拍手もないまま、「次」と言われて「はい、どうも」です。
「がんばったね」「うん、がんばりました」と言って、また受けるんですからね。
それで、ある日突然、「パリコレに行こう」と思いました。
「パリコレ?」「うん、何かそう思った。朝、思った。人間はやはり勉強好きでポジティブでなきゃいかん」と、名古屋の先生に言って、それでデザイン画を提出したんです。
すると、「今度コンクールがあるから」という連絡がありました。
「あっ、試験?やりましょう」と。それで、私がデッサンした「乙女座星「雲」と「かぐや姫誕生」を洋服にしたデザインが、五千作品中、第二位になりました。五千点中の二位。(拍手)
十人の審査員、中には森英恵さんもいらっしゃいましたが、「ほーっ」と。裏には、作者のプロフィールが書いてある。
五十歳(笑)。ふつうはだいたい十代か二十代の人が受けますよね、デザイナーを目指す人は。
私は五十歳。しかし、そんなの関係ない。出身校も、同志社大学経済学部に武蔵野音楽大学ですから、ファッションデザインとは無関係。「何、これ?」と。審査員が騒然となったそうです。
「何、五十歳!」「経済学部!」「よく応募するなあ」と(笑)。五十歳で応募する人はいるかもしれないけれど、五千点中二位になる人はまずいません。だからもう、審査員も驚いてしまったそうです(笑)。
今度十二月五日にお台場で初のファッションショーを行いますから、今五十点の作品を作っています。五人のモデルさんに出演してもらいますが、一人はパリコレに出ているモデルさんで、お会いするのが楽しみです。
師匠がこのようにしている、教祖さんが中国の大学に入って中国語の試験を受けたり、デザインコンテストに作品を出したりして「合格しなくてもいい、入らなくてもいい、参加することに意義がある」と言っているのに、なぜ弟子やスタッフが神業達成度判定テストを「ええっ!?」と言って受けないんだ、と。こんなことが許されると思いますか(笑)。
不合格とか合格なんて関係ありません。罰金取るわけでもありません。
勉強好きの経営者ばかりのはずなのに、この中で受けない人はいるんですか(笑)受けない人?この私の話を聞いて、それでも受けないという人がいるとは思えません(笑)。
私はますます神人合一していきますね。皆さんはますます人間らしくなって、ふつうのままで終わります(笑)。そういう人生を選ばれるんだったら、まあ、それでもしようがない。自分の人生は自分のものだから、しかし、ますます私との距離は開いていきますね(笑)。
試験嫌いと試験好き。日常でやっていることは同じです。それなのに、自分の進歩向上ということをなぜ求めないのか、私には不思議でなりません。
自分の進歩向上ということを思い、よりよき自分、それから未知のものを勉強し、習得したいという気持ちがあるのなら、何で喜んで試験を受けないのか、なぜコンテストに出ないのか。
定年退職したらもう一回ぐらい学校に行ってもいいのではないでしょうか。
私は六十五歳まで学生でいようと思っていますから、そうすれば修士号が三つか四つぐらいは取れるでしょう。そういうふうに思う人はいるでしょうけれど、実行する人は少ないわけです。
廣田神社のご神示と三つの功徳
それで、急に話は変わるけれども、これが廣田神社の神様からの今日の答えです。阪神タイガースは、戦勝祈願を廣田神社でするんです。商売繁盛祈願は西宮の戎さんです。
阪神はずっと最下位ですね。あそこが定位置とか、あるいは指定席とか言うんですね(笑)。阪神タイガースの指定席というのは最下位なんです。しかし、お客さんはいつもいっぱいです。
たまに勝ったらすごいフィーバーですね。だから商売繁盛なんだ、と。それは西宮戎の権宮司の言うことで、戦勝祈願は廣田さん、商売繁盛は西宮戎ですからと言うと、西宮戎はちゃんと働いているけど、廣田さんは何をやっているんだ、と言うことになります(笑)。
戦前は軍人がたくさん廣田神社にお参りしました。ところが、戦争に負けてから誰も来なくなった。あれだけの、旧社格は兵庫県唯一の官幣大社ですけれど、千八百年祭で何人参詣していたか。私は崇敬者代表、奉賛会代表なんです。
御垣内で「あと何百万か足りない」と言って、足りなくなったらまた私が何とかしますからと言って足りない分を全額出したんです。
だから、ダントツで一番です、奉納寄附御玉串が。西宮の戎様の復興のときでも、父が一番、私が二番、まあ数万円しか違わない父に席を譲っているわけですけれどもね。
廣田さんは、私の産土さんの元ですし、どれだけ神徳をいただいているか分かりませんから、神様のためにご奉仕するわけです。
それから来年は鹿島神宮の御船祭です。開催日が近づいてくると神主さんが私のところに来ますけれどもね(笑)。この不況でしょう。どこも頼りにならないから、最後に神社が困ったら私のところに来ます。何とかしましょう、と。その分だけ、神様に功徳をたくさんいただいております。
今日、私は奉賛会代表で参拝しました。ところが、その次の人は一般参拝の人なんですけれど、私のときに一緒に二礼二拍手一礼した人はみんな会員さんですよね(笑)。
「あっ、しまった、一般参詣は違うんだ」と思ったんだけれども、私のときに拍手した人は、参拝者の七割ぐらいいましたが、ということは、七十パーセントは研とかわれわれのスタッフだということになります。
一般参拝の人が、いかに少ないかが分かります。明日もありますけれど、多くの一般の人は現世利益のある神社のほうに行くんです。
隣りに並んでいる人は橿原神宮の宮司さんです。その隣が西宮戎の宮司さん。
橿原神宮の宮司さんと言葉を交わしました。
「やはり橿原神宮というのは二月十一日の建国記念日が例大祭ですか」
「そうです、そうです。例大祭のときには七、八千人来るんです」
「ほう!」
「こういうちょっとした会で七、八百人は来るんです」
「ほう!」
西宮神社は廣田神社の摂社なんです。西宮神社の宮司さんも私たちの会話を聞いているんだけれど、「何言うてんねん。十日戎には五十万人、百万人は来るわい」と思っておられたはずです(笑)。
何十万人ですから、十日戎は商売繁盛を祈願する日ですが、本社の廣田神社はたったあれだけの人数しか参加者がいないんです、戦前、戦中はいっぱい来たのに。
今日、玉串奉奠するのに神様に聞いてみました。
「阪神タイガースは戦勝祈願は廣田さんにお願いしていますが、なぜ廣田さんにお願いしても勝たないんですかねえ」と真剣に聞いたんです。即座に答えが来ました。
「苦労してやってきた人間に勝たすのが廣田の神である。だから、苦労して苦労してきた人間がここに来ると必ず勝たしてやる。
阪神タイガースは苦労していない、選手が苦労していない」とおっしゃる。「苦労してきた人間に勝たすんだ」と。なるほどなあと、腑に落ちました。
廣田の神様はそういう神様だったんだ、ということが分かりましたが、最初、扉が開いてきたときに、ウワーッとご神霊が来られて、「お前に三つの徳をあげよう」「よくぞ来た」と。何もないのに純粋に神様に捧げるわけでしょう。
それまで御垣内は砂地でした。砂地だとどうなるかというと猫がきたら糞をするわけです。
だから私は、神社のためではなく、神様のために玉串をさせていただきました。
そうしたら廣田の神様が、「お前に三つの徳「天の徳」と「富の徳」と「誉れの徳」をあげよう」とおっしゃる。
上から金色のでっかい玉がフワーッと来ました。これが「富の徳」です。その次の「誉れの徳」というのは、青紫色の玉で、最後の「天の徳」というのは緑色、グリーンなんです。緑色の玉が上からフワッーと降りてきました。
「天の徳」は、要するに、神様のことと道のため、お国のこと、民のこと。それしか考えていない人が授かるものです。「自分のことはいい。神様のお取り次ぎが全うできたらいいんです」と私は思ってきましたから。
廣田さんはそういう神様ですから、苦労してやってきた人間に対して徳をお授けになるのです。
「お前が五十歳になるまで、神の道一筋で道を違えずに、この道一筋に貫いたことが一番うれしい」と神様はおっしゃっています。
私のお宮さんは西宮戎ですから、その元が廣田さんになります。廣田さんは要するに甲山。甲山を見ながら私は育ちました。
あそこに神呪寺がありまして、甲山の神業がありましたけれども、この道一筋に五十年貫いているのがうれしい、と。
それで、いろいろな宮司さんが玉串奉奠するとき神様は、「まあ究めているけど、本当の信仰とはほど遠い」とおっしゃる宮司さんもいましたが、神様が「なかなかのもんじゃ」とおっしゃったのは、橿原神宮の宮司さんでした。
聞いたら戦争に行っていて、気象学、つまり、海軍のお天気の情報、それか潜水艦の情報なんかも察知して、気象の学校を出ているんです。それが橿原神宮の宮司さんです。
玉串奉奠のときに、「全然ダメじゃ、こいつは」なんていう宮司さんも何人かいましたけど、おじいさんばかりです。
たまに黒い毛の人がいても、上は禿げていますでしょう(笑)。まともな若い人間は私だけです。まともかどうか分かりませんけれども、じいさんばっかりです。
「つくしの舞い」という、変な踊りを奉納するんだったら、スッと踊ればいいのに、解説なんかするなよと思います。
もうスーッと神様が帰られて神気が消えてしまう。踊りが終わったときにまた戻って来られて、だから黙って踊ればよかったのに、なぜ解説するのかと、私は思いました。
「それより、お前の仕舞を見たい」とおっしゃいまして、それは神に捧げる心でやるわけです。
一生懸命こんな保存会で「つくし舞い」を保存するのも意義はありますよ。ですが神様は、「踊りを保存するより神の心を保存してくれ」と。「踊りを保存する会をつくるより、神の心を保存するような会を作ってくれ」とおっしゃっているのです。
伝統芸術を残していくということは尊いことです。
しかし、神様にとっては神の心を継承して、神の心を表現する気持ちで奉納してくれればうれしいと思っていらっしゃるわけです。
それは置いといて、一人ずつ順番に玉串奉奠するときに、神様が解説をするんです。
そのときに、どんなに祈っても、どんなに崇敬しても、実行が伴わないものは大したことはない、と。
ご神霊は、どんなに祈りを捧げても、どんなに崇敬する心があっても、実行の伴わないものは何の意味もない、と判断されるということです。
「お前は祈るし、崇敬するのをそのまま、何とかしようと思って実行する。本当にうれしい、うれしい」とおっしゃっていました。
「おめでとうございます。とくにお祈りはありません。一千八百年間もここに鎮座ましまして、この地域を守っていただきまして、私もお守りいただきまして、ありがとうございます」と、お礼、感謝だけの気持ちを捧げました。
そうしたら、「どんなに祈りがあっても、どんなに崇敬する心があっても、実行が伴わないものは大したことはない」「お前は、つねに実行が伴うからいいんだ」とおっしゃって、三つの玉をくださいました。そういうものをいただくとは思いませんでしたけれど、神社のためというより、神様に本当にさせていただこうと思っています。
廣田さんは現世利益を前に立てない。しかしそれは、国の守りとか次元が高いからなんです。
白山菊理姫さんもその点、かわいそうですけどね。そう言われてもしょうがないところがあるんだけれども、それでもやはり銀河系に思いを馳せていらっしゃる。
鹿島神宮は、国の鎮めとか外敵を防ぐ神様ですが、一般人はそんなところに、誰が行くかと言うんです。西宮戎さんは行きます、商売繁盛ですから。
鹿島神宮というのは本当に素晴らしいけれども、御船祭になってもこのご時世です。神社はどうなるんだろうと思って、みんな私のところ頼みに来ます。
江ノ島弁財天なんかいいんじゃないかと思うんですけど、江ノ島弁財天の総務課の人も来ますよ、西荻窪の事務所に、わざわざね。偉そうな神社も多い中で、来ていただければ、何とかしましょう、と。
すべては神様と国と道のために
しかし、私は神様のためと国のことを思っていますから、それだけ国のためにやっておられる神様は次元が高いがゆえに、その価値をふつうの人は見出さないから、廣田さんの千八百年祭の参拝者は、たったのあの数です。
神にぎわいと言ってもどこの費用がいっているのかな。私の費用ではないかと思うんですけどね。
私と言っても組織のものですけど、しかし、よかった、と。御垣内の分、足りなかったんですが、その足りない分だけ、みんな私がします、と。
それは神様にさせていただくんだ、と。「足りないところは何とかします」と。「あのう、相当足りません」「分かりました。一〇〇〇円でも一万円でも足りない分、減らす努力してください」「わかりました。相当足りません」「分かりました。全部します」とバシッともう何をおいても玉申しました。
だから神様は、祈る心があり、崇敬する心があっても、実行が伴わなければ大したことはないんだ、とお思いなんです。御利益を乗り越えた次元の高い神様は、次元の高い心で行くと、とてつもないご神徳をくださるのです。
廣田さんは、苦労して努力した人間に勝利を与える神様ですが、阪神タイガースは勝てない。
神様は、「もっと苦労せい」とおっしゃっているのです。だから、二十二年に一回、突如、バースなんかが来たりして、突然、優勝したら、みんな喜んで道頓堀川に飛び込むわけです。
みんなうれしくて、阪神ファンは川へ飛び込む。普通はそこまでしませんよ、熱心な野球ファンでも。廣田の神様はそういう神様なんだ、と理解しなければいけません。
今日は、皆さんが私とともに千八百年祭に参列したわけですけれど、その神様の功徳とご守護をいただきました。どんなご守護か。
苦労しなければ勝てない、と(笑)。なのに、試験を受けない、神業到達度テストを受けないという人の気が知れないなあと思います(笑)。
この話を聞いて、よく受けないで生きていけるな、と(笑)。
聞かないほうが幸せだったかもしれませんけれども、私のようなものの考え方でどこでも行って、何でもするわけですから、それは無敵です。
それぐらいやらないと、人より秀でたことを世の中にやはり残せないし、従業員が尊敬し、取引先が尊敬し、銀行が、「何か知らないが、言葉に力があるな」とは思いません。
滲み出てくる力というものを、人間もそうですが、何より神仏も感じるわけです。
人間も神仏も動かすような人間がやはり本当の、世に影響力を与えていく人間ですから、皆さん、そういうことで、合否は関係ないわけですから、少なくとも経営者を目指し、経営を勉強する人間が神業到達度試験を受けないということは理解できません(笑)。
費用の問題ではない。
面倒臭いんです、試験を受けるのが。
それに勝たなきゃいけませんね。私も受けます。どんな試験でも弟子に受けろと言った試験で受けないものはないんです。
率先して受けます。
点数も関係ない。キミたちよりいっぱい仕事しているんだから当然だ、と。私の著作から試験が出るわけだから、私の知っていることです、本当は。そうしないとスタッフでも私の本を読んでいない人間がたくさんいるんです。
自分で本を読んで、いつも自分の本で笑っているんです。「おかしい、おかしい、深見東州先生っておかしい」と言って笑っているんです、自分で。おかしいでしょう。
あとで読んでも、「なんておかしいんだろう、私って」と思います。それは、私に神がかった何かが書かせているんです。
まあ、そういうことで、これが廣田さんの、皆さん、参拝した功徳ですね。そういうことで皆さん、しっかりとね。もう参拝して参列したわけですから、守護がかかっているわけですからね。
天照大御神様の荒魂様もかかっているわけですから、そういうふうに覚悟して(笑)、今年一年、しっかりとがんばっていただきたいと思います。以上です(拍手)。
