第5章これは使える!『神道マネジメント』
現代マネジメントと宗教の密接な関係
私は今まで「菱研・岩崎やったろう」というペンネームでも活動してきた。経営関係の著作はそのペンネームで出そうと準備を進めていたのだが、ある時神様が現れて、「お前の持っている宗教性を、堂々と前に出したほうがいい」
とおっしゃった。確かに、書店というのは、著者の実績で初回配本数が決まるので、実績のある深見東州の名前で出版したほうがいいに決まっている。
しかし、なぜ今になって、神様はそんなことを私におっしゃったのだろうか。
わかったのは、こういうことであった。
まず、平安時代の宗教というのは話が飛ぶように思われるだろうが、私の宗教性を前に出すということの意味を説明するには、ここから始めざるを得ない。
この先十ページほどで、きれいに結びつくので、じっくりと私の宗教論を楽しんでいただきたい。
さて、まず平安時代の宗教だが、平安時代というのは貴族社会である。したがって、弘法大師も伝教大師も、天皇をはじめとする皇族や貴族階級の人たちに理解されるように、書道、漢詩、漢学、そういうものでも宗教を表現し、貴族階級の人たちに理解されて、高野山をいただいたり、比叡山をいただいたり、その責任者になったりした。次に続く鎌倉時代は武家の社会である。
この武家の社会では、禅宗を上に立てた。
しかし、武家社会の末端の庶民、つまり農民にとっては、禅宗というのは次元が高くてわかりにくい。
そこで十世紀には源信の「往生要集」というのが出て、こういう悪いことをした人間はみんな地獄に落ちるんだという説明がなされた。
とくに当時の仏教では、動物を殺して切ったりして食べる人、動物の殺生をする人が行く地獄では、針で刺されて、手足を切られたりすると教えている。
そうすると、そういう職業の人というのは、死んだら自分は地獄へ行くものだと思い込んでしまう。
そこで、親鸞が登場して救済を図った。親鸞は当時の比叡山の戒律を破って、奥さんをもらって子どもを産ませている。しかも京都と東北に、奥さんがふたりいた。後には、その子どもに背かれたりもしたのだが、
「私も地獄に落ちるでしょう、あなたも落ちるでしょう。しかし、そういう地獄に落ちた人間もお救いになるのが、阿弥陀如来さんです」
と、みずから鳥や魚を食べ、妻帯もし、庶民とともに生きて、その時代の人々を救済した。
その親鸞の師、法然上人というのは、比叡山の天台宗の座主になるような人であったが、やはりその時代の人々の救済ということを考えた。
「座主になって叡山の責任者になるよりも、救済というものの真実を追求したい。救済は阿弥陀如来の救いによってできる。浄土宗の教えしかない」と、自分なりに結論を出した。それを親鸞が聞いたわけである。
それに対して、日蓮上人は、
「救済のために降りてきた化身の仏様よりも、本仏を拝まなくてはならない」
つまり本質を拝まなくてはいけないと主張した。
だから、「いやそうではない。化身でわざわざ出ておられるんだから、庶民は本質りも化身を拝むべきだ」と、日蓮宗と浄土宗・浄土真宗の間で、ずっと長い間ティベートしているわけである。
時代が下って現代である。終戦直後のころは、貧困と病、このふたつの救済が、立正佼成会、霊友会、創価学会などの教団の大テーマであった。立正佼成会などは、親孝行先祖供養、このふたつをメインにして、人々がどんどん入信した。明るい社会を作ろうというテーマは後になって出されたものである。
そして今、私たちの生きる現代は、民主主義、資本主義、国際主義、自由経済の時代である。
しかも経済の分野で日本は世界に大きな影響力を持ち、世界は日本なくしてはやっていけない時代である。
そして国民の労働人口の八割はサラリーマンである。平安時代や鎌倉時代とは、庶民の生きている世界が違う。
だから、この時代にはこの時代のニーズがあるはずなのだ。平安時代や鎌倉時代、あるいは終戦直後とは違った、庶民の葛藤や苦しみや阻害感、迷える魂がそこにあるのだ。
親鸞が、その頃の戒を破って妻帯し、庶民とともに生きた破戒僧であったように、私も一宗教人として、一求道者として存在したいと思う。
ふんぞり返り、偉そうにして、めったに人前に出てこないような存在にはなりたくない。庶民とともに生き、庶民と一緒に苦しみと喜びを分かちあい、救済の道を追求したい。
まさか人前に出てくると、周りが「ははあ」とお辞儀をするような、どこかの教団の教祖のような存在ではなく、みんなとともに生きている存在でありたいと願う。
親鸞上人が、遠くのほうから「ははあ」と拝まれるなどという話は聞いたことがない。みんなと一緒に、東北の貧しい村の人たちを訪れて、親しく話をしていったという逸話ばかりである。
お釈迦様もイエス様も、当時の庶民から親しみをもって崇敬された。仏典やバイブルに出てくるお釈迦様、イエス様というのは、庶民から遠く離れて偉そうに威張ったカリスマなんかでは決してなかったのである。
とくにイエス様は、マグダラのマリアという娼婦や税吏どうも昔から税吏というのは嫌われていたようだがそういう人たちとも親しくなった。
身分や職業、性、民族、そういうものをまったく差別せずに、親しくみんなと話し合い、その中で出てきた教えがバイブルに残されている。
お釈迦様も同じだ。武士も庶民も、金持ちも貧乏も、別け隔てなく接した。その中のお金を持っている人たちが、祇園精舎に寄付をしたりしている。
本当の宗教人というのは、みんなそうやって庶民とともに生き、その中に出てきた言葉と行いが後世に残っているのである。
真実の宗教性、宗教の本当の「原点」を知っている人は、みなそうだったのだ。
次元の低い人というのは、いかにもカリスマ化された中で「ははあ」と拝まれてふんぞり返る。
さぞかし、そのほうが偉いと思っているのだろうが、宗教を勉強して、少しものをわかっている人、常識と知性が発達した人というのは、どうもそういうのはおかしいと感じるはずである。
お釈迦様はそうではなかった。イエス様も違う。親鸞も違っている。日蓮上人も、お弟子とともに親しく話をして、みんな和気あいあいとした中で、仏法の真実、法華経の真実を貫くことをしていたではないか。
鎌倉の街角の辻々に出て、説法したではないか。宗祖というのはみんなそうだ。そういう人が、やはりその時代を代表する高い宗教性、神性を発揮したわけだ。
この現代において、庶民とともに生きていくというのは、一社会人として一求道者として、どこまでも真実を探究し、知性を磨いていくということである。
そして同時に、神のお取り次ぎをする一取り次ぎ者、社会へ奉仕をする一奉仕者としての自分を貫き通すということが、この時代に、まさに真実の宗教性と神性を発揮する道であると、私は信じて疑わないのである。
一社会人と言っても、一経済人であるというところが、今までの宗教の教祖、宗祖にはなかったところである。
つまり、現代社会の会社経営に携わるものとして、読者の皆様と同じ苦労をし、同じ喜びを分かち合いたいと考え、そして、そのように行ってきている。
それは、私がそうしようと思ったからではなく、神様がそうしなさいと私に命じたことなのである。無論、そのときはわけもわからずただひたすら祈りながら、一生懸命努力してきたのだが、後からなぜなのかを考えたら、神様のご意思なんだということが、徐々にわかってきたのだ。
予備校の経営も、軌道に乗った今は人に任せているが、一経済人として、一生懸命、会社の経営をしてきた。
もちろんその間に宗教的なことも同時にしてきている。経営、経済生活の中に、神道の「生活の中に生きて、生き貫いていく」というところがあるわけだ。
宗教と言っても、キリスト教的宗教というのは、魂と心の救済が主だ。だから、キリスト教は愛の教え。
そして仏教は知恵の教え。自分なりに戒めを持って、禅定に至り、そこから出てくる叡知による知恵の宗教である。
翻って神道は何かというと、やはり大自然とともに生きていく生活の宗教である。生活の中に生きて、生き貫いていくというところが尊い。生活に生きる者は尊い。
生成化進歩発展していくことが尊い。その生成化育進歩発展していくコミュニティーや村や社会に自分が貢献していけることが、自分の命が生きることである。
神様の詔を持って、命(イノチ・ミコト)を持って生まれてきた人間。それが大きなコミュニティーの中に役に立てたということが、自分の命が生きたということだ。これが尊い。
神道のように生成化育進歩発展していくこと自体に価値を見出す、そういう宗教もあるわけで、宗教というのはキリスト教的宗教だけが宗教ではない。
仏教的宗教だけが宗教ではない。それは「仏教的宗教観」、「キリスト教的宗教観」にすぎない。
発展し続ける「絶対マネジメント」
キリスト教が興きたとき、社会はこのように豊かではなかった。貧しい民には、魂と心しか救うものはなかった。
お釈迦様の時代、カースト制度によって民は呻吟していた。カーストのその時代、靴屋は何回生まれ変わっても靴屋。床屋は何回生まれ変わっても床屋。奴隷は何回生まれ変わっても奴隷。生まれ変わってくることが悲しみだった。
だから、生まれ変わってこなくていいんだという教えによって、初めて、民は幸せを感じることができたのだ。どんな身分の人も仏様のもとでは平等。道を極めて涅槃寂静すれば、もう生まれ変わってこなくていい。これは幸せそのものだった。
現実が変えられない時代だから、心しか救うものがない。永遠なる真実を見るしかない。諸行無常、諸法無我。
この世のことに執着しないで、永遠に変わらないものを見ていこうという、それが救いだったわけである。
しかし、日本は違う。大自然の豊かな恵みのおかげで、現実の生活の中に生きていく者が尊いという神道が生まれた。
現実が繁栄し、生成化育進歩発展していくことこそが尊いという宗教性である。
神様の祝福に満ちた豊かな現実の国土、風土――その中から生まれ出てきた宗教である。現実を肯定する。したがって、あいまいなままでも許され、他宗教とも結びついていくのだ。
そのような、神道的な精神に基づく宗教性というものが日本にはあるわけで、これも立派な宗教である。
すなわち、日本の宗教性というのは「現実の中」だから、我々は一生懸命、死ぬまで働けることを喜ぶということになる。
その宗教観の違いは、企業の存在理由の違いにも現れる。
キリスト教世界、とくに欧米では、従業員というのは会社の道具である。収益が上がると、経営者ががっぽりボーナスをもらい、配当をバーンと出す。
日本の企業は違う。会社のために会社がある。会社を存続させ、社員を幸せにしていくことが主である。
経営者の取り分とか株主の配当よりも、備蓄して投資して、会社の繁栄を持続させることを主に考える。ということは、長い目で見れば欧米の企業と比べて、絶対に日本の企業が繁栄するに決まっている。
コミュニティーが続いていくという点では、このやり方が一番いいのだから。経営者も株主も、ご本体があってこその自分たちなのだ。個人よりもコミュニティーが大事という思想である。
我々の持っている神道という宗教性にも、足りないところはもちろんある。キリスト教仏教と比べてみれば、広がりとか国際性という面で足りないかもしれない。
教義という面でも確立されていない部分があるかも知れない。しかし、日本が経済活動に従事しているということは、神道の宗教性から見れば素晴らしいことなのである。
神道精神に基づく国民性が、経済活動にも貫かれている。この日本人のメンタリティーが、キリスト教国の宗教性、仏教国の宗教性と比べて、卑しいものであったり、文化レベルの低いものであるわけがない。単に、西洋的でないというだけのことである。
弥栄えていく、生成化育進歩発展していく、生活の中に生きるものを尊ぶ。コミュニティーの繁栄を主に考えて、それに貢献することを素晴らしいと感じる神道の宗教性は、まさに愛である。
人類愛と言っていいかもしれない。
したがって、経済人であり宗教であるという立場から、私は、苦しんだり葛藤したりしている人の力になり、勇気になり、励みになりたいと思う。
サラリーマンにも、どう生きればいいのか、指針を与えていきたいと思う。
それをもっと前に出せと神様はおっしゃったのだ。
具体的に言えば、中小企業経営の中で、神仏の力をどういうふうに借りればいいか、そしてどういうふうに自分は努力したらいいのか。そこをやはり大いに前に立てて、出していかなくてはいけない。
私が考え、あるいは神様から担っている宗教性とはそういうものだ。
弘法大師、伝教大師、聖徳太子、親鸞、日蓮、イエス、マホメット、儒教、仏教、すべてを勉強したうえで、永遠に変わらぬ真実なるところと、今の時代・人間とを見て、庶民とともに生きていくのが本当の宗教である。
私もそうしなくてはならない。これが、神様の道に生きるんだと志して三十間、修養してきた結論である。
ビジネスアイデアたっぷりの新雑誌登場!
私が監修しているビジネス雑誌で、「社長ジャーナル」という雑誌がたちばな出版から出ている。
ひたすら中小企業経営者のためにだけ編集される雑誌だ。この雑誌はご大層な経営論や経済論ではなく、中小企業の実像に沿った内容となっている。(ということはつまり、大企業経営者にも参考になる内容なのだが)
例えば、中小企業の社長が「1ドルがとうとう88円になりましたね」と言ったとする。彼はどこでその知識を仕入れるだろうか。
日経新聞?いやいや、実際には「東京スポーツ(東スポ)」で見ている。さもなければ「フォーカス」。
駅の売店で「ネッシー現る」なんて見出しが見えれば、「東スポ」を買ってしまうだろう。買ってから裏返すとクエスチョンマークがついていて、まただまされるに決まっているのだが「東スポ」を買う。
ところが、「あなたは日ごろどういう新聞を読んでいますか?」なんてアンケートが来ると「日経新聞」と書いてしまう。「あなたは当社のことを何で知りましたか?」なんてアンケートに「朝日新聞」と書いてあっても、実際には「東スポ」。正直に「東スポ」「フォーカス」と答える人なんかいない。
だからアンケートというのはあまり信用できないのだが、中小企業の社長が経済雑誌 96 に対して持つ印象というのは「難しくてよくわからない」というのがホンネのようである。
「プレジデント」とか「財界」「経済界」なんてのを買っても、表紙と歴史ものの記事をチョロチョロ、パラパラと見るだけ。
実際、あの分厚い経済誌を全部読む人というのは珍しいだろう。中でも「これからの経済予測」なんて記事は誰も読まない。
それでいて「あなたの愛読している経済誌は?」と質問すると「プレジデント」と書いてくるのだ。実際に見るのは「東スポ」「フォーカス」。でなければ「夕刊フジ」の経済欄。裸の写真の隣のコラム記事を見て「ほおっ」と言う程度のことである。
だから、せいぜい六十四ページぐらいの厚さで、理論ではなく、実際にあったことや、「間違いない」と肌で感じたことを、中小企業の社長から聞いて、掲載する雑誌を作ろうと考え、アメリカには「インク」という中小企業の社長だけを対象にした雑誌がある。
よく売れている雑誌で、その中で一番人気のあるのが「あなたがもう一回、会社をゼロからやるとしたら、いったい何をやりたいか」というコーナーである。非常に面白くて、読者がうなるような話がたくさん載っている。
例えばある社長は「子ども靴専門店をやりたい」と答えている。
「いろんな靴屋に行ってみたが、どの店も子ども靴が少ない。
アイテム数も決まっていて、親は苦労する。だから、そこへ行けばありとあらゆる子ども靴が揃っていて、好きな靴を選べるという子ども靴専門店をやってみたい」などという具合である。
これは日本でも事業のヒントになる。「社長ジャーナル」は、そういう内容の雑誌である。
その中に、私のコーナーもあるし、経営者のリレー執筆コーナーもある。有名な人ばかりではなく、無名の経営者にも登場願えば本音の部分を聞くことができる。
しち面倒くさいことを言わない。読まない記事は初めから作らない。わかりやすい言葉で作る。薄くする。それさえ読んでおけば、取引先でもどこでも話ができるような面白い話を載せる。そういう方針で編まれた雑誌である。
マネジメントと当事者能力
私はよく、経営コンサルタントが会社をやって成功した試しはないと言う。これは本当なのだが、なぜかと言うと、理論と実際、大企業の現実と中小企業の現実とは違うということがわかっていないからである。
雑誌を作る場合も、掲載する記事とホンネが違う。
週刊誌の記者でも、新聞社の記者でも「最近の読者は本を読まない。新聞も見ない」などと言う。
しかし待ってほしい。私に言わせれば「あなたは読者じゃないのか?あなたは本を読まないのか?新聞を見ないのか?」ということである。
記者だって、本来、読者のはずである。何かしら傾向はあるにしても「自分が読みたい記事」なら、やはりそれは「人も読みたい記事」なのである。
私の場合は、自分自身も経営に携わる者だという立場で人の相談に乗っているのであり、「経営コンサルタント」という立場で考えているわけではない。
常に「これはみんなに言ってあげなければいけない」そして同時に「自分だったらどうするだろうか」と考えている。
名刺なら、こういう場合、自分だったらどんな名刺を出すだろうと考える。自分も経営者の立場になって考えてみる。
それを、理論的で面倒くさい話にして、ガタガタ話したところで、「だからどうだと言うんだ。
明日の売上にどんな関係があるのか。会社の業績にどんな関係があるのか。明日のやる気が出てくるのか」ということになる。
本当に知りたいことでなければ「ああ、そうですか」で終わり。経営コンサルタントというのは、経営の当事者ではないから、そういう面倒な話しかできないのだ。
私は経営コンサルタントであると同時に自分も経営に携わっている者である。ものを書く人間であると同時に自分も読者である。
ボランティアであると同時に自分も被災に携わってきた人間だ。そのうえで、人にああしましょう、こうしましょうと言うのだ。人にアドバイスする資格とは、そうしたものではないかと思っている。
このことは経営者にも言える。経営者であると同時に従業員。「自分は従業員だけれどもどうなんだろう」と考えなくてはいけない。
その点で、わが「菱研」やライオンズクラブ、ロータリークラブの意義のひとつにこういうことがある。
例えばライオンズクラブ。
「ライオンズクラブなんかに行って、いったい何をするんですか」
「一~二年やったらわかります」
たいていの場合、そういう会話があるだろう。行ってみるとわかるのだが、ライオンズクラブには古い人から順番に役職がある。会員は全員が社長だ。大したことをやっていないとしても、それぞれ会社の中ではトップ。自分の言うことはみなが聞く。ところがライオンズクラブやロータリークラブといった会では、その社長の中で序列が決まっている。
「君、あれをしたまえ」
「はい、よろしくお願いいたします」
「今度こういうふうにやろうじゃないか」
「やらせていただけますか」という形で頭を下げなくてはならない。意見も却下される。
「それは君、だめだよ」と。わが「菱研」やライオンズクラブ、ロータリークラブでは、顔や体格は一人前でも、頭を下げて先輩の言うことを聞かなくてはならないのだ。
先輩に頭を下げる、謝る、礼を言う、意見を聞く、間違いを指摘される、違う角度の意見を聞く、そういう経験をするとしないとでは大違いだ。
従業員の立場、頭を下げる村立場、意見を却下される立場を経験し、知ったうえで、人に命令したり指示することが大切である。
それをしてこそ、経営者として、より本物になっていくことができるわけだ。
もちろん、そういうものが嫌いだという人には、強要はしないが……。
自分は経営者であると同時に社員。そうでなくては、絶対に人の気持ちがわからない。生きた知恵生きた心、生きている人間の本質、そこがわからなくなってしまう。
経営者の立場でしか従業員を見ることができなければ、経営者と従業員にわかれてしまうだろう。
そうなってしまっては、会社は分裂してしまい、発展は望めない。マネジメントの当事者能力とはそういうところでも問われるのである。
実感から滲む言葉に神様は感応する
先日、石清水八幡宮にお参りしたときも、菱研の所長・経営コンサルタントとして、私は会員のことを最初に御祈願し、次に自分のグループの従業員のことをお願いし、最後に自分自身が育ててきた会社の経営面のお願いをした。
予備校の募集が最高でこれを頑張れますように、商社が決算までにきちんと在庫処分ができますように身につまされるような思いがある。
会員の皆さんもそうなんだろうなと肌で感じる。すると、「願わくは石清水八幡よ・・・・・・」と、それこそ石清水が湧いて出てくるような思いで祈ることができるのである。
皆さんも、神様にお祈りするときには、そうやって実感しながらお祈りしなくてはいけない。経営者の側からの一方的な思い込みではなく、従業員のことを思い、従業員の気持ちになる。
従業員みんなの気持ちを肌で感じながら、神様に向かってお祈りすることが大切である。なぜなら、そこにはやはり、真実の愛とか真心とか、気持ちが込もるからである。
高いところから見下ろすように話したり、評論家みたいな話し方をするのではなく、自分の気持ちの真情から滲み出てくる言葉で語るほうが、従業員に対しても目上に対しても、あるいは第三者に対しても、説得力がある。
それは神仏に対しても同じことなのである。
神仏に対して、評論家的に「かくあるべし」だとか「こうあるべきだから、こうしていただけたらいいと思います」なんて言ったって、神様は動かない。石清水が湧いてくるように自分の生の声で、
「こういうふうにあってほしいと思うんだけれども、正直な私の気持ちはこれでございます。もしこれが間違っているんなら、却下されても結構ですが、聞いていただけるな聞いて下さい」
と、心の底から滲み出てくる本音のありのままを、格好つけずに、素直に神様に出す。神様はそれを一番お喜びになる。神仏に対しても説得力があって、結果として聞いていただけるのだ。
偉そうにふんぞり返っている人間にろくな人はいない。本当の意味での一流になった人間というのは、決して偉ぶることがない。
生きている本当のものが見えなくなるということを知っているのだ。一流人こそ普段はみんなごく普通である。
功徳と年季
石清水八幡宮というのは、旗揚げの神様として有名である。
例えば選挙に立候補するときにお参りすると、選挙参謀に「やりましょう」という気合いが入る。同時に、小が大を制する、つまり小さい者がどうしたら大きい者に勝てるのかという知恵、作戦ができる。
そのふたつが、石清水八幡宮の大きな功徳である。
神様によれば、石清水八幡宮は楠木正成公の第二守護神だということであった。では第一はどこなのかとたずねたところ、信貴山本宮の信毘沙天というお答えであった。
楠公さんのお母さんが、信貴山本宮の毘沙門天にお百度を踏んで生まれ出たのが楠木正成公なので、幼名を多聞丸と言ったそうである。
そして、楠木正成公の前世は、石清水八幡宮の杜頭で成人した源頼義の息子、源義家である。八幡太郎義家の生まれかわりが楠木正成公なのだ。
八幡太郎義家も、石清水八幡の力をいただくような霊覚を子どものころから持っていた。それは、石清水八幡宮がどのような功徳をお持ちなのか、その中身をよく知って、そして真心を持って祈ったから、聞いていただくことができたのだ。
このように神様に祈る時は、その神様がどんな功徳を得意とされているのか、知って祈ると大変願いが叶いやすい。
しかし、それだけで神様が動くものではない。
もうひとつ大事なポイントがある。
それは年季である。年季と足跡。
そこがキリスト教や仏教と違うところである。さきほども書いたが、キリスト教というのは心と魂の救済で、必ずしも現実と直結していない。
お釈迦様も諸法無我で、現実に執着せず、本質的な幸せを求めよと言う。
そして、とかくそのようなものが、本当の宗教であるかのごとく思われている。けれども、神道の場合は、現実にこそ本質がある、心と魂を極めたら、現実になるんだと考える。現実というもので表現できない者は、神界には入れない。
感性が素晴らしく、心が素晴らしかったら、現実の足跡に出ているはずである。
口と心と本当の気持ちがあるのなら言葉に出る。言葉が真実なら行いに出る。行いが真実ならば、貫き通した足跡というのがある。
楠公さんにしろ、上杉謙信にしろ、神人合一だとか仏人一体されていたのだろう。境地も素晴らしかった。
しかし何よりも、実際に六十六回戦して一度も負けなかったという上杉謙信の足跡がある。楠木正成公が毘沙門天の守護を受け、石清水八幡の神徳を受けて貫き通したと言っても、文字づらだけでなく実際に、二万、三万の鎌倉の兵を相手に、一千名弱の兵が千早城に閉じこもって絶対に負けなかったという現実がある。
さらに、その楠公さんの活躍を聞いた鎌倉の武士たちが奮い立って、新田義貞公ほか皆が北条高時を攻め滅ぼして、鎌倉幕府が滅んだ。楠木正成公の活躍がなければ、それもなかったわけだ。
そして最後は、死ぬとわかっていながら、天皇のために、唯々諾々として湊川で散っていった。その死に様もまた見事であり、偉大なる足跡を残した生涯であった。だからこそ本物なのだ。
日本の神様の神徳、功徳は、この現実の足跡ということを抜きにしては絶対に語れない。神様の下さる功徳を知って、あるがまま真心込めて言上申し上げれば、受けてはいただける。
聞いては下さる。しかし、本当に功徳や神力を授かる人というのは、貫き通す精神と現実の足跡、つまり年季を経た人でなければならない。そういう人でなければ、神様は絶対に神徳を下さらない。
菱研のメンバーでも、モタモタしていようが、ああでもないこうでもないと試行錯誤していようが、十年続けて貫き通せば、年季というものが神の功しとなり、それを神様が見ておられる。
十年頑張って十年の年季に来たときに十年というのは、太陽神界の功徳が現れるスパンである。十年サイトの手形みたいなもの。
その期日が来なければ現金化されないわけである。見ていると、十年やったなというときに神様が太陽神界から来て、地上の栄光、繁栄、成功を与えてくださる。
だから私は、毎年一月に石清水八幡に参拝している。阪神大震災直後には救済、救援活動に専心していたため、いたし方なく参拝できなかったのだが、少なくとも毎年一度は参拝しようと決めて、これを十年、二十年と継続する決心である。その十年目の年季のときには、石清水八幡さんの功徳が、私にも、私たちの組織にも、菱研の会員にも必ずやって来る。
十年間通い続けた足跡というのが、そこにはあるからである。
どんなに偉そうな理屈を言っても、一時期どんなに一所懸命にやっても、現実に具体的に肉体を動かして貫いたという足跡と年季にはかなわない。そして、それを抜きにしては、絶対に神界は動かないのである。
会社の経営も同じだ。一年目はこれで当たった、二年目はこうだった、三年目も終わって、やっと銀行から会社として認めてもらえるように、神様の世界も年季の世界なのだ。これが日本の神霊界の掟である。
神様から授かったものはなくならない
会社も、ああでもないこうでもないとバタバタし、あっちができたかと思うとこっちが失敗、いい従業員が来たなと思ったら持ち逃げされ、次に新しく来た従業員がいいかと思ったら、もっとひどかったりしながらも、十年間、一生懸命研鑽していれば年季と足跡が出来てくる。
十年間人材難で苦しんだら、十年目に、今までの劣悪な従業員を全部足してもおつりがくるような人がポッとやって来る。
自分の規模に見合った素晴らしい人材が神様から与えられる。神様から授けられる。会社の先、将来を託せるような人材が神様から授けられるのである。そして、授かったものはなくならない。
ヒットが出なくて十年苦しんできたら、仮にそれが家の業だったり本人の業だったり、本人の頭の悪さであったりしても、十年目に、ポッと知恵が浮かんでくる。
アイデアが湧いてくる。それが神様に授けられた知恵なのだ。その知恵がヒット商品に結びつく。天から授かった知恵で開いた商品というのは、絶対になくならないし、滅びない。
あるいは十年目に、ひょんなことから知り合った人が、ひいきにしてくれる客になったとすれば、それが神様から授かった顧客なのである。
その顧客というのは、どんなことがあっても変わらずにひいきにしてくれる顧客である。
十年間の年季、足跡、すなわち現実の功しを見て「うん、これならよかろう」と、太陽神界、および産土の神様や守護霊を通してポッと何かを授かるのだ。
そして、神様から授かった知恵、従業員、顧客、商品というのはなくならない。
足跡という年季を積み重ねる。まず真心があり、それが事柄になって現実となる。
それが「まこと」である。
これはお布施や浄財をする際も同じだ。現実界・現ナマ・現金と言うが、「現」である。お金ももちろん大事だが、お金よりも足跡のほうが大事。
どんな大金であっても、単に一時的にポッと出すよりは、少額であってもなけなしのお金を十年間貫き通す行為のほうが圧倒的に大事である。
これができる人こそ、滅びない「道」を体得している人である。
日本の神霊界というものを、本当の意味でわかっている人なのである。
別に神社を崇敬していなくても、結果は同じだ。無神論の学者であっても、十年間、一生懸命努力していると、アイデア、理屈、理論がパッと浮かんでくる。それで学位論文を申請して通ったりする。
これは天地の法則である。天地の変わらない部分なのだ。こういう真理は、頭でひねった経営論をふりかざす経営コンサルタントには、逆立ちしてもわからない。
あるいは、少しばかり超能力とか霊感があったところでわかりはしない。そういうものと神界の神の道というのは全く違うからである。
この神様の功徳はこうで、拝んだらこんな「おかげ」があったなどというのは、あまりにも次元の低い「おかげ信仰」である。本当の神界というものをわかっていない。
神様にお参りするときは、貫いていく自分を守ってくださいというニュアンスを持って神前に行く。ありのままの気持ちを言うことである。
原健が衆議院議長になれた本当の理由
ひとつの具体例を出そう。
原健三郎さんという政治家がいる。
私の父も兵庫県のそのあたりにおり、保証人であった関係から、私も何度かお会いしているのだが、毒舌の面白い人物である。
その健三郎さんが衆議院議長になった。そし衆議院議長になった裏には、こんな秘密があったのだ。
原さんというのは、直感、霊感の発達した人である。二十数年前、たまたま原さんが西宮の戎さんの前にやって来たとき、突然、「ハッ、二十年来なきゃいかん」と思ったらしい。毎年、十日戎に奉納演説をやる。そしてそれを二十年間続けなくてはいけない直感で思った。
それ以来、雨が降っても風が吹いても、絶対に代理を立てないで、必ず自分が行って演説した。が、あるとき、忙しくてどうしても行けそうになくなった。原さんはどうしたか。
なんと東京からヘリコプターに乗ってやって来て、奉納演説を終えると、またへリコプターで帰っていったのだ。
それを二十二年続け、二十三年目に衆議院議長になった。政治家というのは、総理大臣になれなければ、衆議院議長になりたいと思うものらしい。
原さんが衆議院議長になったとき、西宮神社へやって来た。
「拝殿の中に入らせていただきたい」
椅子に座って儀式をするその奥へ入って靴を脱ぎ、玉砂利の上にドーッと土下座した。そして頭を下げ、涙をボロボロ流しながら、
「戎さん、戎さん、本当にありがとう。本当に神様ありがとう。ありがとうございました」
二十分も三十分も玉砂利の上に土下座して、戎さんに感謝していたそうである。
側で見ていた神職に聞いた本当の話である。
衆議院議長になった原健三郎という人は、二十二年間、雨が降っても槍が降っても、忙しいときにはヘリコプターに乗って来て、西宮戎さんの十日戎の奉納演説を一回も絶やさなかった人なのである。
戎さんというのは根気の神様だから、年季も長い。しかし二十二年経って、戎さんが
「よし」と思われたら、衆議院議長になるチャンスをパーンとお与えになった。
これが神界。日本の神を動かす道というのは、まさにこれなのだ。
道院の誓い
それができない経営者というのは、絶対に大成しない。事業を成功させることができない。
それができない経営者が、石清水八幡さんや戎さんにご祈願しても、本当のご神力やご神徳を我が物にできるはずはないのだ。
おわかりだろうか。これが日本の神界の法則なのである。
先日、銀座にある道院紅卍字会に行き、恩師・根本先生にお目にかかった。
中西旭先生もお連れしたのだが、昭和二十一年に出口王仁三郎さんの紹介で道院に行って、道名をもらって以来、二度目だということであった。
中西先生は国学院大学、神社本庁、そして我がグループも会計監査をお願いしている。
中央大学の名誉教授であり、公認会計士の試験委員を六年間やっていらっしゃった。監査部門の大家である。
訪ねた道院紅卍字会は、もともと中国の慈善宗教団体であり、大正時代に大本教と提携した団体である。至聖先天老祖様という、北極星の神様をお祀りしている。
故笹川良一さんが会長を務め、財政は五つほどの会社で支えていたのだが、笹川財団も財源を供給できなくなっていた。中西先生にご同道いただいた理由もそこである。
本部は銀座にあり、月々の家賃が百万円。そこを返すべきどうかの結論を出すまでにも、蓄えてあっ数千万円が毎月百万円ずつ減っていく。
道院も、設立三十二年目で危急存亡の淵に立たされていたわけだ。
五年前、私は根本先生に、「道院には錚々たる方たちがいらっしゃいますから、私は笹川会長なりがいらっしゃる間は何もしません。会長がお年を召して動けなくなって、この組織がにっちもさっちもいかなくなったときには、私が何とか支えますから、どうぞ先生頑張ってください」と申し上げていた。
私は二十五歳で根本先生に薫陶を受け、道というものをそこで勉強した。易経、中庸、大学、四書五経の最も素晴らしいものの魅力を、そこで初めて学んだわけだ。またここは、私が師、植松先生と出会った場所でもある。
その道院が危急存亡のときを迎えている。
何とかしたい。このときこそというので、
「財政を支えましょう」
根本先生に申し上げた。十八年前から先生に薫陶を受け、その後、ご神命によって植松先生のところへ来、さらに実践をしなくてはならないと予備校や商社の経営などにも携わってきたが、それは、すべて道というものの実践のつもりである。それは十八年間まったく変わらない。
根本先生がおっしゃった。
「本当にありがとう。理事もみんな大喜びだよ」
「いや、わずか六か月といえども根本先生の薫陶を受け、十八年間、道というものを学び、植松先生と出会って、今日の私があるんです。
道院が一番困っていらっしゃるときにお助けするのがまことだと思います。それができて、私は嬉しいんです」
「一個半個─一個あるいは半分の人材が残ればいいというのが禅の精神だけれども、あなたこそはその一個のひとり。
一厘というものを体得している人というのは、この道にとっても道院にとっても、いかなる神の道にとっても宝だ」
植松先生という先生があって、根本先生があって、今日の私がある。
その前には出口京太郎先生があって、松本さんという方がいらして、世界救世教では岸先生がある。
高一のとき、最初に教えてくれたのは加藤先生という世界救世教の支部長さんだった。そのうちのどのおひとかたがいなくても、今の私はなかった。
とくに根本先生との出会いによって、私は深い学問の道に目を開くことができたのだ。そのご恩は一生忘れることはできない。だから道院の危急存亡を救わせていただけたことを喜びにしている。
誰に報いられるわけではない。しかし、受けた恩というものを、どんなことがあっても忘れず、どんなことがあっても報いるという姿勢を神が見ている。
自分の心の魂が知っている。根本先生は、それこそたくさんの人を教えてきたのだが、みな消え去った。
しかし私だけは、いっとき教えを受けたに過ぎないけれど、どんなことがあっても変わらずに師弟としてのまことを貫いてきた。たったひとり、教えの中身を咀嚼している人間が存在すれば、根本先生の生涯は、輝ける人生である。
あの白隠禅師を育てた正受老人の名が残ったように……。
私がしたことは、誰のためでもない。自分の道を体得し、道心を知り、神の道というものを本当にわかっているから実行したのである。二十五歳のときに受けたものは四十三歳になっても五十歳になっても変わらない。
「私はここ二十何年、道院にいるけれども、最近、夜ハッと目が覚めて、これから老祖様の道はどうなるのかと考えると、不安で寝ていられない。
一厘を体得して、道というものを体得しているのはあなたしかいない。道院の道という老祖様の道を継承して、もっと発展させてくれるのは、あなたしかいない。
頼むからこの道院を支えていく理事になっていただきたい。私の最後の頼みだ」
根本先生が涙ぐんでおっしゃった。
それを中西先生がお聞きになり、また中西先生も涙ぐんでおられた。
十八年前に結ばれた師弟の間である。支えるのみ。神の道を貫く人間というのは、場面、場面でこれができなくては嘘である。
道を学んでいろいろな本を読んで、霊的なものがわかったところで、そんなものは浅はかな、三文の値打ちもないようなことである。
貫き通していく精神、変わらないまこと、そして人が一番困っているときに支えられる自分。まことの道というのはこれしかない。
紆余曲折があったり、浮いたり沈んだり、人から批判されたり背かれたり、葛藤があっても変わらない。
神様と自分の魂と道というもののために、大宇宙、大自然の道というものの道心がある人間は、それができるのが本当だと思って、信じて疑わずに実行する。
会社の経営も同じ。神業も同じ。人生の道も同じ。神仏の目という基準から自分の人生を見、経営を見ていかないと、本質の真髄というのはわからない。
体得もできない。経営者の場合は、年々深くなる経営を通して人間が磨かれていく。
経営を通して本当の信仰が磨かれていく。経営を通して天地の道を体得していく。これが経営者の生まれてきた道なのである。
同じように真心を込めてやっていても、同じように玉串を出していても、そもそもこれは中身の次元の問題である。
人間が咀嚼する中身の次元とセンス、文化レベル、これに合った分だけしか、本当の神様はわからない。ご神徳も出てこない。これは天地の法則である。
みなさんも、そういう覚悟と志をカッと腹に決めて、神仏にお参りしていただきたい。月末の支払いと決算のお願いがあるかもしれないけれど、まずそういう次元の高い誓いを神様に立てたらいいのだ。
次元の高い中身をもって神様に向かえば、神様もそのように受けて下さるものである。
