第二部「観音経」偈文598文字を読む
「観音経」の概要と構成
「観音経」(観世音菩薩普門品)は、わが国では「般若心経」と並んで、昔から信仰されているお経です。本文(長行)と詩(偈文)の二部から成ります。
長行は、無尽意菩薩が、なぜ、観世音菩薩と名づけられたのかと問うたのに対し、釈尊が、「人々がさまざまの苦悩を受けねばならぬとき、この観世音菩薩の名を一心に唱えるなら、この音声を観じて、いわゆる七難をはじめ、すべての苦悩をまぬがれるからである」と答えられるところから始まります。
また、「観世音を常に礼拝するなら、よき子どもも授けられる。さらに一時でも観音の名号を念じ礼拝するなら、大きなしあわせを得られる」とも説かれます。
すると、無尽意菩薩は「観音は、どのような方法で説法するのですか」と問います。釈尊は「対する者に応じて救いを行なう」と答え、信仰を支えとして、人生の旅をつづけるなら、「何も恐ろしいことはない」と、「安らぎ」を与えます。
ここで、無尽意菩薩は、自分の頭にかけていた瓔珞(装身具)を外して観音に贈ろうとします。観音は辞退しますが、釈尊のすすめによりこれを受け、二等分して、一つを釈尊に、一つを多宝塔(多宝仏のいる塔。多宝仏は「法華経」以前のすべての教えを象徴する)に納められます。
瓔珞は、無尽意菩薩(実は「観音経」を聞く私たち)のこころのことです。このこころを返すべきところへ返すのです。人間のこころの行きつくところ、帰るべきところがわかって、はじめて心が安らぐのです。この返すこころは、また他に施す願いとなります。これを無所得(自分の物と思う物は何一つない)のこころといいます。
身近な現世利益を説きながら、この最後に無所得の大乗仏教の理念に到達させます。現世利益追求の素朴な希望から無所得の境地まで、気長に手を引き、なだめすかして目的地にたどりつかせるそれが観音のこころであり、願いなのです。
長行はここで終わりますが、次につづく偈文は、長行の要点を、詩の形で再説したものです。釈尊のころは、口から耳へと伝えて記憶しましたから、記憶に便利なように要約されたのです。偈文は、正しくは「妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」、略して「普門品偈」とも、「世尊偈」ともいいます。
なお、文中の偈文末尾の番号は、偈文全文(22~14ページ)の順序と照合するために、便宜的に付けたものです。
(1)今、何をなすべきか “微笑”のほんとうの意味
世尊相具 我今重問彼 仏子何因縁 名為観世音 ①
妙相を具えたもう釈尊に、私は重ねて問う、尊い人間性を持った人間を、なぜ観音さまという名でお呼びになるのですか?
~観音さまはエリートではない。人なみ以上に悩みを持つ。この悩みをみつめ、学び、思索して、自分と他人のしあわせを願うあなたのこころが、観音さまである~
苦悩を秘めた微笑「妙相」
前章で無尽意菩薩が釈尊に質問するところから、「観音経」が始まると申しました。この本文(長行という)を暗記しやすいように詩の形にまとめて、長行につづいて収録されている観世音菩薩普門品偈(略して普門品偈・世尊偈という)も、右のように同じ問いから始まります。
ここでは「妙相」について、考えましょう。
いつだったか、薬局で買い物をしたら、「化粧新聞』というのをくれました。見ると、上質のアート紙に、鎌倉の円覚寺の朝比奈宗源管長と、当時のラジオ・スターの北原文枝さんの対談の写真が載っています。北原さんが“化粧〟について、管長さんの意見を聞くと、
かまくらえんがくじあさひなそうげん「燈籠のようなものだな。どんなりっぱな燈籠でも、中に灯がついていなかったら美しくないな」と気さくな答えですが、意味はきわめて深い。
外見の美しさや、かっこうのよさでなく、内にひそんでいる尊い人間性が、言動や容姿ににじみ出た状態を、経典では「妙相」といっています。いいかえると、身も心も澄んだすがたです。清澄だから、人の悲しみや苦しみがよく写り、よく観えるのです。
現代でも、自分の仕事や芸道に徹した人の顔に見うける“彫りの深さ”もまた妙相の一つです。そうした妙相は三十二様あるというので「三十二相」といいます。釈尊は、そのすべてを具えられたといいます。
この妙相の一つに前記の「古拙の微笑」があります。この微笑を、私は“苦悩を秘めた微笑”と申したい。しかもこの苦悩は、自分の苦悩ではありません。他の苦悩をわが苦悩として、胸奥に涙を秘めて、悲しんでいるときに、ふっと口辺に浮かぶ微笑です。
悩みを持つ人間は、ほとけさまにいろいろと救いを求めます。それが適えられるときも、適えられないときもありますが、そのいずれもが慈悲です。それは、親子の場合も同じでしょう。
「よしよし」といって、すぐに応じてくれるときもあれば、そうでないときもあるのです。子どもは、やたらと無理をねだります。
このとき、(与えぬ私のほうが苦しいのだ。与えたくても与えない私のこころを、早くわかっておくれ)と、祈るように子どもの顔をのぞきこむときの親の口辺には、必ずこの微笑が浮かんでいます。
子どもどころか、一人前の人間でも、その欲望は無限です。この無限の欲望の満足を追求する限り、(あなたは苦しむばかりだよ、自分だけの幸福の追求を、どうか、ほとけの誓いに転換するように、私の教えを聞いておくれ)と、逆に人間に祈るほとけの願いを、この微笑が語っています。
ほとけは、神と違い、全知全能ではありません。ただ一刻も早く「因果(必然)の法則」にめざめるようにと、人間に願い、教えを説くのが、ほとけです。
象徴人物でなければ表現できない知恵
ところが、わからずやの人間はなかなかめざめてくれません。
それを無理もないが、苦しみが苦しみと気がつかないのは、どんなにか苦しいだろう”と、やんちゃ者の人間の苦悩をわが苦悩として嘆きながらの微笑ですから、数ある妙相の第一に数えられるのです。
そして、「観音経」の場合、釈尊の妙相は、また観音さまの妙相でもあります。本書の第一部でも申しましたように、釈尊は実在されましたが、観音さまは歴史的に実在されたお方ではありません。釈尊のさとりの内容と、そのさとりから生ずる人間への願いを表されたのが観音さまです。それゆえに、釈尊と観音さまとがいつも二重写しになっているのが「観音経」の性格です。
ここで、「如意輪観音像」を、よく拝んでください。その”妙相”に、じっと手を合わせると、むずかしいお経の意味がすっと胸の中に流れこみます。読書だけでな実際に本人に会い、ものの言い方や、せきばらいを聞いたり、その場の空気に浸ると、文字や言葉をこえて身にしみいるものがあります。
お経の場合、とくに仏像に親しく接することが大切です。
釈尊に質問する「無尽意菩薩」は、お経のうえの「人」で、歴史上の実在人物ではないのです。
実在人物と、まぼろしの人物との対話というと、とりとめのない、でたらめな感じがしますが、そうしなければ表現できないものが、人生の側にあるからです。そのことを、もっとも鮮烈に感じ、痛切に悩まれたのが釈尊だったと、私は思います。
では、「無尽意菩薩」というまぼろしの人は何を象徴し、表象するのでしょうか。原語の梵語では、アクシャヤ=マティで、「尽きることのない意志を持つ」という意味です。この偉大な意志を、原典では、「華麗な旗印を持つ者」とたたえます。漢訳は「無尽意菩薩」ですが、無尽意には、また、ほとけの教えの無尽であることがうたわれています。
無尽意菩薩の質問は、経典上のことであるとともに、「観音経」を読むいまのあなたの質問です。ここに、釈尊・観音さま・無尽意菩薩を、はっきり実感してください。妙相をそなえた釈尊が、あなたにお答えになります。
具足妙相尊 偈答無尽意 汝聴観音行 善応諸方所 ②
弘誓深如海 歴劫不思議 侍多千億仏 発大清浄願 ③
よく聞くがよい観音の行をいつ・どこでもみんなの役に立とうと海よりも深い久遠の誓いのもとに無数のほとけに侍えてこの清らかな願いをたてたのだ
「信じる」というほんとうの行為とは?
“いつ・どこでも、みんなの役に立とう”というと、ちょっと手が出ない、(やめた!)という声が出そうです。しかし、無限は「一」からはじまります。自分の身辺の誰か一人によくしてあげれば、その人は、また誰かに必ずよくしてあげるにきまっています。行為が行為を生んで、無限につづきます。
たしかに、自分一人では何もできません。しかし、自分がはじめなければ、また何もできないのです。私は、「一人では何もできない。しかし、一人がはじめなければ何もできない」という言葉が好きです。この絶対の「一人」になろうと自分をふるい立たせるのです。それが“海よりも深い久遠の誓いのもとに、無数のほとけに侍えて、この清らかな願いをたてることになります。
「無数のほとけに侍える」とあるのも、身辺の一人にこころをこめて仕えることによって、無限に展開されてゆきます。「侍える」ということばは、実にすがすがしい響きを持っています。
キリストにも、「われは人に仕えんがために、この世に生まれた」との意味の発言があったように思います。「奉仕」とは、もともと神に仕えるこころで、人に接することです。それを仏教では「侍える」とも「供養」ともいいます。
清らかな願い-清浄願とは、不浄に対する清浄ではありません。浄と不浄とを撰りわ第ける差別心のない、偏頗な心のない願いです。それこそ、清濁あわせいれる大海にも似た、深いこころからの誓いと願いをいいます。
鎌倉の円覚寺に住した釈宗演禅師(一九一九没)は、若年で管長となり、アメリカにも禅風を広めた高徳の禅僧です。しかし、少年時代は、なかなかのわんぱく者でした。京都の建仁寺山内の両足院にある「群玉林」という塾で勉強していたころです。
ある夏の日、やかましい塾頭の俊崖和尚がめずらしく外出したので、小僧たちが、このときとばかり涼しいところを選んで、ごろごろと横になりました。
しかし、寝おくれた宗演小僧は、好適な場所をとられてしまい、やむなく、本堂から塾頭さんの居間に通ずる狭い渡り廊下で、ようやく手足を伸ばしました。そのとたん、塾頭の俊崖和尚が、思いがけず帰って来たからたいへんです。他の小僧たちは早く気がついたからよかったが、宗演小僧は気づくのが遅すぎました。
彼は、あっと思ったものの、もはやどうすることもできない。ままよ、叱られたり、なぐられたら起きてあやまろう、と腹をすえてタヌキ寝をきめこみました。
和尚は彼の横で立ちどまりました。彼は気が気ではありません。そっと、薄目をあけてみると、和尚は低声で“ごめんなさい”といって、彼をまたいだのです。それも彼の足のあたりを、うやうやしく合掌しながら―後に、管長という最高の地位についてからも、宗演禅師は、このときのことを常に人に語られたそうです。
「あのときは、全身まっかになった。口では衆生無辺誓願度(すべての人間を救おう)、と唱えるが、タヌキ寝と知りながら、こごと一ついわずに合掌して、わしをまたぐにも、わを大切に思って、すそのほうをまたがれた和尚の徳で、今日の自分があるのだ」と。
私は、この逸話を秋月竜珉師から聞いて深く感じ入りました。「人を信じよ」というのはやさしい。しかし、いかなる人の底にも存在する“ほとけのこころ”を信じ、拝んでこそが、人間を人間たらしめる尊厳性を敬うということなのであり、それによって人間性が開発されるのです。
無名の小僧のタヌキ寝を軽蔑せず、“あなたには、ほとけのこころが宿っている。必ず、思い出しておくれ、めざめておくれ”と合掌した俊崖和尚は、観音さまが、「無数のほとけに侍えて修行して、清らかな願いをたてた」ことに通じます。
俊崖和尚は、タヌキ寝の小僧の中に観音さまを拝みました。宗演小僧にとっては、俊崖和部尚は、観音さまです。なぜなら、彼のこころをめざめしめたからです。
さらに、俊崖和尚の言動が、このように受けとれたのは、宗演小僧に宿っている“ほとけの知恵のはたらきです。このことを、この経典では次のように説かれます。
具足神通力 広修智方便 十方諸国土 無利不現身
(観音経は)神通力と広大な知恵の方便によって、どこにでも在すからいつでも観音さまにめぐりあえるのである
「心配」とは「心を配る」ことだ
浅草の観音さまのお堂の正面左右に、大きな柱聯(柱掛け)があります。左方には『仏身は円満にして背相無し(仏身円満無背相)」と書かれてあります。ほとけには、背面がない。誰のほうにも、顔を向けておいでになります。それを受けて右方の柱聯に『十方来人に坐して対面す(十万来人坐対面)」とあります。どこからでも来る人に、こうしてここに坐っている、ということです。
神通力というと、ある種の魔術を考えますが、正しくは、なにものにもさえぎられない自由自在のはたらきをさします。また「神に通ずる力」でもあります。神と人とを橋わたしするのは「まごころ」です。人をしあわせにしたいと、こころを細かく配ると、しぜんに自由自在に身体も動きます。いろいろの障害を越えることもできます。
近代の禅の高僧とたたえられた山本玄峰老師(一九六一没)は、よく”心配はしなくてはならぬ。してはならぬのは心痛だ”といわれました。
心配とは、心をあれこれと配ることです。老人にあったら老人の身になり、病人に出会ったら病人の身になって心を配るのです。すると、しぜんに自由に思いやりの心が働く。心痛とは、自分だけのことに心を痛めることで、むだなことだから、してはならぬとの教えです。このことは、また「広大な知恵の方「便」にも通じます。
方便とは、人をほんとうの教えに誘導するための仮の手段のことです。つまり、教育的方法です。うそも方便〟といいますが、うそを通すためのうそなら、方便ではありません。
世の中には、うそによらぬ限り、どうしても通じないまごころがあるのです。そのまごころを伝えるためには、なんとしてでも、うそをつかねばならぬことがあります。そのようなうそを方便といいます。経典の中に、いろいろの譬喩やフィクションがあるのは、この知恵の方便なのです。
「微笑とは、凝視に咲く花」
私が、この書きはじめに「観音さまとは、あなた自身である」といった古人の言を引きました。私たちが、誰かをしあわせにしたいと願うこころが起きたときこのときが、私たちのこころに観音さまが現われたときです。
観音さまの誓いは“みんなを救いたい”ということです。観音さまの願いは”みんなよ、救われておくれ”です。
平たくいえば「みんながしあわせに!」に尽きます。先に、妙相の一つが微笑だと申しました。私たちも、心からの微笑で周囲をしあわせにすることができるのです。
私は毎日新聞の読者歌壇で見受けた天竜市(現・浜松市)の小川平作さんの入選作「よろこびを持ちて帰ればほほえみて待てるがごとし亡母の写真」が忘れられません。
勤務先で、あるいは途中で、なにか亡母が喜んでくれるような出来事それも亡母が生前に教えていてくれた意味がわかったとか、実行できたとかいうような深いものでしょう。早く報告して喜んでもらおうと急いで帰ると、写真の亡母が帰りを待ちわびてほほえんでいてくれたというのです。
私は、たまたま乗りあわせたタクシーの運転手さんが、ぽつり「お客さん、死んだ母が、見守っていてくれることが、このごろやっとわかってきました。大きな事故もなく今日まですごせたのは母のおかげです。
まだ仏壇が買えませんのでね、タンスの上に母の写真を飾っています。帰宅すると“おっ母さん、ただ今。ありがとう、今日も無事故だったよ”と手を合わすと、お母さんがほほえんでくれるんですよ、うれしいなあ!」
と語ってくれました。私も感じ入って、この小川平作さんの短歌を告げると、下車するときにぜひ書いてくれと、せがまれるので書いてあげました。そのときの運転手さんの笑顔が忘れられないのです。このとき以来「微笑は凝視に咲く花」だと思っています。
観音経入門にあたって、まず微笑の実行をしようではありませんか。そして、あなたのまわりに明るさを提供しようではありませんか。すると、あなたの行くところ、どこにでも香り高い、明るさいっぱいのしあわせが生まれます。
数年前に亡くなった紀州の古座川町の山中に住した堀江蘭外というお坊さまは、俳僧として有名でしたが、晩年に「無所に住して花の主かな」という格調の高い名句を残しました。
無所住とは、住むところがないというりではなく、座標軸(位置を定める基準)の否定です。どこへいってもいいこと、つまり、「観音経」の「善応諸方所」です。どこへいっても精いっぱい誠意を持っているなら、どこでもしあわせがついてまわります。
(2)姿と心を調える もう一人の自分の発見
我為汝略説 聞名及見身 心念不空過 能滅諸有苦 ④
われ、おん身のために再び略して説こう。観音のみ名を聞きなさい、みすがたを拝みなさい、心に念じなさい。
このようにして空しく過ごさなかったらすべての苦から必ず解放される。
「鏡を見るのは鏡に見られることである。ほとけを拝むのは、ほとけに拝まれることである」
蘇東坡「観音は誰を拝んでいる?」
”み名を聞きなさい”とは、「南無観世音」とみ名を唱えなさいということ。“みすがたを拝みなさい”は、観音のお像を拝みなさいという意味です。さらに「心に念ず」とは、さきに説いた観音の誓願の行をおもい「空しく過ごさなかったら、すべての苦悩から脱しられる」とありますが、この「空しく過ごさぬ」ということが大切です。
今日という日は二度とはありません。“かけがえのないたった一人の尊い自分だ。うかうかしていては大変だ”と気がつくと、ものの言い方、考え方、行動のあり方を学びたくなります。
去る大戦中のこと、私の寺へよく参詣に来る遺族の母子がありました。ある日、そのお母さんから、「さきほど、子どもと観音さまを拝んでいると“お母さん、観音さまもぼくたちと同じに両手を合わせていらっしゃるね。観音さまは何を拝んでいらっしゃるの?”と、聞かれて困っております」という大変な質問を受けました。このとき、私の頭に浮かんだ話があります。
中国の宋時代の有名な文学者であり政治家であった、博学多才の蘇東坡(一〇三六~一一〇一)が、高僧の仏印禅師とつれだって歩くうちに、路傍の馬頭観音の石像の前に来ました。禅師は、話をやめて観音さまに礼拝をします。それをみて、蘇東坡は、禅師に、「人間が数珠を手にかけて観音さまを拝むのはわかるが、観音さまは数珠を持って何を念ずるのか」と、同じ質問をするのです。
蘇東坡にもわからない難問を、小学校五年生の遺児が聞きます。大人は、人生に慣れると何ごとも不思議と思わなくなり、感激も薄れるのでしょうか。父を亡くし、家を焼かれ、母と貧しい生活をしていたこの子は、観音さまのすがたを拝んだとき、現代の大人には聞こえない「呼びかけ」が聞こえたのです。
仏印禅師は、蘇東坡に対して、あっさりと「人に聞くな、自分に問え」と、つっぱねます。自分で追求しろ、他から教わったのではだめだ、と手きびしいのですが、私の場合は、相手が小学生ですから、できるだけ説明しなければなりません。
“君の中に拝まれるこころがある”
「君は、鏡を見るだろうね。君が両手を合わせて鏡を見たとき、鏡の中の君は誰に向かって手を合わせている?」と聞くと、明快な答えが、はねかえってきました。「ぼくに向かって第です!」と。この答えは素晴らしい。しかし、子どもだけに、その内容は味わえないようです。そこで私は、少し助言をしました。
「君のするとおりに鏡に映るね。観音さまと鏡と違うのは、君が拝まなくても、いつ・どこにでも、君を拝んでくださるお方がいらっしゃる。現に観音さまは、君を拝んでいらっしゃるじゃないか」
子どもは、なお不審そうです。私は言葉をつづけました。
「観音さまが、手を合わせていらっしゃるのは、君の中に拝まれるこころがあることを教えてくださっているのだ。深いところにあるので気がつかないか、思い出せないだけなのだよ。
いまは気がつかなくても、いつか必ずわかるよ。いまの君に大切なことは、“ぼくは、観音さまから拝まれるこころを持っている〟と信ずることだ。その君が、お母さんにつまらぬ心配をかけていいか、また君自身が悲しがったり淋しがったりしていいか、わかるね。それでもどうにもならぬときは、もう一度観音さまを拝みたまえ。観音さまは(苦しかろうけれど、早くわかっておくれ)と君を拝んでいらっしゃるんだよ……」
私の説明も、これが限度です。どうしても説明できないものが人生にはあるのです。説明できるのは知識の領域内の問題です。知識で理解できたものを、さらに経験を積み重ねて実感し、心に深くうなずけてこそ人生がわかるようになります。これが知恵のはたらきです。
釈尊の教えは苦労人の宗教〟です。人生苦に追いつめられ、思考力もせっぱつまると、ばあっと胸の中に静かな爆発が起こります。自分の中のもう一人の自分が目をさまします。
偽りや見せかけでない本当の自分(自己という)に出会えます。真実の人間性が開発されます。あなたをして、あなたたらしめている大きないちこころといってもいいに対面できます。“観音とは、おんみ自身なり”とは、こういうことです。
人生苦と災難は別のものではない
いうまでもなく、鏡を見るのは、ガラスを見るのではなく、自分を見ることです。そして、容姿を整えるはたらきを呼び起こします。仏像を拝むのは、自己を拝むのです。心を調えるのです。
誰でも、容姿を「整」え、心を「調」える「整調」が大切です。わが国では、鎌倉・室町時代からいまの壁掛に似た「懸仏」が盛んにまつられました。
まるい鏡の上方に仏像のお部顔が浮きぼりにされています(円鏡は神道のご神体で、神仏習合〈神仏の信仰の融合調第和〉から来たものと思われる)。この懸仏を拝むと、神仏を同時に信仰できると教えられたのです。
「懸仏」の方式はおもしろいと思います。新しい型の懸仏を考案して、団地の一室に掛けて、容姿と精神とを同時に整調する時間を持つことは、現代にはとくに必要です。
鏡を見るのは鏡に見られるのです。仏像を拝むのは仏像に拝まれるのです。自分と対象(客体)が、このように一体になるのを「一如」といいます。二つであって二つでない、“相互乗入れ”の完全融合の心身の安らぎの状態です。
仏教は「私たちが苦しいときに救いを求めて手を合わせるだけではありません。その遥か以前から、諸仏が先に合掌して、人間性の開発を願って人間を拝む宗教」であると信じて、はじめて仏教がわかるのです。
この「信」の立場から「観音のみ名を聞き観音のみすがたを拝み観音さまから拝まれるこころを保有していることを信じて空しく過ごすことがなかったらすべての苦から必ず解放される」といわれるゆえんです。
この「苦」は、人生苦であり、また生涯のどこかで出会う災難も含みます。というよりも、人生と災難とは別のものではないと見るのが、この経の大切な点です。よく「七難」といいますが、それにさらに「三毒」を加え「七難三毒」と展開されます。
(3)火難 怒りについて~無くてはならぬものは何か?
仮使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
害意を持たれて 火の中に落とされても
観音を念ずれば 火の坑は池と変わる
火災はおそろしい。瞋の炎は、なおおそろしい。すべての善行を焼きつくさずにはおかないから。
焼けつくしても焼けないものがある
まず七難の一つの「火難」です。私の寺は、創立以来三百年の歴史しかありませんが、この間の人災、天災、戦災を幸いまぬがれてまいりました。
しかし、形のあるものは、いつかはこわれ、焼けるのです。私は出征中に継母を戦火で失いました。それなら「火難」をまぬがれるご利益とはどういうものでしょうか。いうまでもなく「焼けない事実」を発見させてもらうことです。焼けてもなおあとに残るもの、焼けてもなお、焼けないものがあることを教えられるということではありませんか。
火事がなかったら、焼け残る尊いもののあるのがわからなかったかもしれません。焼けたからこそ、焼けても焼けないものの存在を知ることができるのです。
戦後、熱海に大火がありました。そのあと間もなく同地で講演するにあたり「火も焼く能わず」との演題を出しましたら、司会者が大変に気をもむのです。大火でみんなが気が立っているのに、いいのかといいます。私は「観音経」に教えられてあるから大丈夫だ、といっ話をすすめました。
家も財産も焼かれ、焼死者もあります。頼りになるものは、すべて焼かれたのです。焼けるものは、みな焼けつくしたのです。私は、心こめてお見舞いの言葉を述べるとともに「このように焼けつくしても、なお、何か焼けないものがあるはずです。それは各自それぞれ違います。この焼けないものに気づかれると、大きな元気がわきあがります」と念じながら語りました。
また「各地へ避難されるのはやむを得ないが、どこへ行っても、それは一つの旅です。必ず帰るところのあることを忘れないでください。帰るところへ帰って、はじめて人間は落ち着けるのです」とも申しました。
「災を転じて――とは、災をはっきりと確認し、うなずくと、そこに福がほほえみます」とも言葉を添えました。最後に「観音経の偈文には「火坑変成池(火の坑が池となる)」とあります。気落ちされたとき、災が福となるように『南無大悲観世音菩薩」と念じてください」とお話しして別れました。幸い、私の話は反感を持たれなかったようです。
私には、具体的な復興計画を提供する力は、もちろんありません。それよりも「心の復興」が肝要だと思いました。数日後、罹災したある旅館の老夫人から、こまごました手紙をもらいました。正確には記憶していませんが、その主意は、「私は、最近隠居したが、若い当主の息子夫婦との折合いがうまくゆかない。
家にいてもおもしろくないので、この一、二年は毎日のように親戚や友だちの家を渡り歩いた。大火の夜もよその家に泊まって、そこで焼け出された。自宅も焼けたから、完全に住むところがなくなった。いつまでも救護所におれないので、やむなく、若い者が建てたバラックに戻った。
大火前は、家にいても離れて住み、食事も別にしていたが、狭いバラックでは、そんなことはできない。しかたなしに一緒に住み、一つ鍋で食事をするうちに、どちらからともなく心がほぐれて、このごろは楽しく笑いながら食事をするようになった。明るい気持ちで再建の計画を話しあっている。
火災にあわなかったら、こんなに仲よく生活はできなかったろう。わが家を外にして、転々と泊まり歩いたのが今では恥ずかしい。帰るところを忘れていたのが悲しい。家は焼けても、親子の情は焼けない道理がわかりました・・・・・・」と。
この老夫人は、彼女なりに「焼けても焼けないもの」にめぐりあったのです。大火の火が消えるとともに、わが心の底に燃えていた火を消せたのです。これが「念彼観音力」です。
絶対の真理「生ある者は滅びる」
「念彼観音力」の読み方はいろいろあります。また、これからずっと出てくるので、そのつど学ぶことにしますが、この章では、ふつう読まれているように「念ずる彼の観音の力」と受けとってください。
「念ずる」の原語(梵語)は〈スムリティ〉で、経験したことをよく記憶して忘れない心の作用の意味です。私たちが経験する人生の苦悩をごまかさずに、また簡単に割り切ったり、あきらめずに大切にしていると、必ず観音さまの“みんなを救おう”という大きな誓願力に出会えるのです。つまり、私たちの念と観音さまの念との相互乗入れが同時に行なわれたときに生まれる「力」です。ここに「救い」の道理があります。苦悩を大切にして、苦しみなさいということです。
すると“火の坑が池となる”(火坑変成池)で、火難をまぬがれるのです。その例は、現在でもいくつかあります。しかし、その反面に観音さまを信じていても、私のように実質的な火災にあう人も多いのです。
人間はもとより、お仏像も焼けます。昔、中国の禅僧が“木仏、火をわたらず。石仏、水わたらず”と教えています。「木像の仏さまは火によわい。石の仏さまは水によわい」と、偶像崇拝を戒めます。そして、火にあって火に焼けず、水にあって水に溺れない永遠の教えを、仏像から学ぶがよい、と、仏像の正しい拝み方を注意しました。火にあって火に焼けずとは、焼けても焼けない教えを、火にあえば焼ける木像仏の中に凝視することです。
生あるものは必ず滅びるこれが注(理)です。しかし、このゆえにかえって長命と 10 無災を願わずにはおれない。それも人間の真情です。人生とは、この矛盾の中を生きてゆくことです。そこで、焼けても焼けないものもまた無数にあることがわかるのが、本当のご利益でしょう。このご利益を得たのが「火坑変成池』という風光(こころの状景)です。
それは、真理を知って、はじめて楽しく清らかに生きる「生活原理」をつかむことにもなります。「生きる教え」を手に入れることでもあります。
ここで「法華経」第三章「譬喩品」の「火宅の喩え」をご紹介しましょう。「火宅」とは私たちがこの人生を生きていくについて、いろいろと悩み迷っている状態を「宅」にたとえます。さらに、苦を苦と知らないのを、「焼けつつある宅」で表わし、焼死するとも知らずに遊びに夢中になっている子どもで説かれているのです。恐ろしい火難です。
「念仏」とは真理を心に念じること
その子どもとは、レジャーを追い、しばしば官能の享楽にうつつを抜かしている現代人です。外を通る消防車のサイレンは聞こえても、よそごととしか思えないのです。「譬喩品」では、戸外にいる「父」は気が気でないから、“いい、おもちゃがあるよ”とだまして、やっと子どもを救い出します。この「父」とは釈尊です。
親鸞聖人は「譬喩品」をふまえて、「煩悩具足の凡夫 火宅無常の世界は よろづのこと みなもてそらごとたはごと まことあることなきに ただ念仏のみぞまことにておはします」(「歎異抄」)
「私たちは、あらゆる煩悩(心身をかき乱し悩ます精神作用)を欠かすことなく持っているし、住んでいる家にも火がついている。そのことも知らぬほど愚かな私たちだ。すべてみなうつろで、無常である。ただその中で念仏だけが真実である」と仏を念ずることの大切なことを述懐しています。
仏を念ずる念仏とは、本来は真理(法)を心に念じ、口に唱えることです。親鸞聖人は「南無阿弥陀仏」と念仏するように説きました。「観音経」なら「南無観世音菩薩」と念仏すればよろしい。いずれを念じられても仏法に触れあえる点に変わりはないのです。それは、観音さまの宝冠に「阿弥陀仏」が奉られている点からでも明らかです。
たとえば、数珠のどの珠を一つ持っても、他の珠が全部つづきます。真珠のネックレスの一つの真珠を持つと、他の真珠がみな連なって持ちあげられます。それは数珠ネックレスを貫く糸や金線があるからです。
仏教には、たくさんのほとけさまがありますが、「信」の一本の糸で、すべてに連係していますから、一仏を念ずることが一切の仏を念ずることになるのです。「南無観世音菩薩」と念仏するのが「念彼観音力」であり、同時に一切の仏を念じているのです。それが火宅の火を消し、煩悩の火を消すことになります。
「火難は怒り、自分まで焼き殺す」
この原稿を書いている今も、消防車のサイレンが聞こえます。火事のない日はほとんどなく、悲しい犠牲者も絶えません。しかし、実際には火災にあわぬ人のほうが多いのです。ところが、世界の人間という人間が、一人残らず刻々に遭遇している『火難』があるのを、とかく忘れがちです。それが三毒、すなわち善行に害毒を与える三つの煩悩、貪(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(知恵の曇り)の一つの「瞋』です。瞋は〈目をいからす・いかって目を張らす〉という意味です。
瞋恚(恚も怒り)は、功徳(善行)の林を焼くと釈尊は戒められます。怒りは血液中に毒素を生じ、自他の心身の平静を乱し、それまでの善行を全部消してしまいます。
怒りは、このように恐ろしい。赤鬼青鬼という怪獣は、私たちの瞋りの心の表象です。私も短気でよく怒ります。怒りで顔が赤くなるから、恥ずかしいが、私の「怒り型」は「赤鬼「型」でしょう。人によっては「青鬼型」もありましょう。
この瞋恚心が燃えあがりかけたとき、“南無大悲観世音菩薩〟と念ずるのです。すると、怒りの火災は水をかけられたように消えて、心は静まります。
私は、ある先輩から「お前は気が短い。腹が立ったら“オンニコニコ ハラタテマイゾヤ ソワカ”と呪文を唱えろ」と忠告されたことがあります。それ以来、カッカしたときは、心中にこの“呪文を唱えると、しばらくは気がおちつきます。
しかし、こんなことで心が安らぐほど人間は簡単ではありません。いつも、ほとけを念じ心身を整調することが大切です。火難にあわぬように念ずるのは、人間の本心です。この願いをふまえて、誰もがあう瞋恚の火難に備えて心に防火施設を持つのは、人間の義務でしょう。
(4)水難 愛欲について~迷いのとき、いかに対処するか
或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没 (6)
大海に漂流して波風ははげしく荒れても、観音を念ずれば波に溺れることもない。水難は恐ろしい、多くを流すから。愛欲の水難はなお恐ろしい、自分を流すから。
人にはそれぞれ「死の縁」がある
昭和二十九年の秋、私は北海道へ講演旅行をしました。日程が終わった翌日は摩周湖を見て、洞爺丸で帰京する予定でした。ところが、修行時代の先輩の豊田貞山君の「台風が来るから、すぐ帰れ」という厳しい忠告をいれて、その日、東京へもどりました。私が乗るつもりで、すでに乗船券も買っていた洞爺丸は、その翌日に沈んだのです。私は命びろいをして、ありがたいとともにすまぬ気持ちでいっぱいでした。
「ご利益だ」と思ってはなりません。私も助かり、他の乗客も救われてこそご利益です。私が死んで、他の人が助かるのもご利益です。現に、洞爺丸の乗客の一人の牧師さんが、自分を犠牲にされた尊い話が伝わっています。みんなが亡くなって私が生きているのは、信心のよろこびには値いしません。
ただ、この不思議を不思議として、つつましく生きて、どなたかのお役にたつように努めようとの願いを持てたのは、観音さまの教えであり、それこそが私にはご利益でありました。
また、私は妙心寺管長の古川大航老師に随行して、海路を沖縄へ渡ったことがあります。
一行は、甲板で戦没者の霊を弔ったのですが、とくに奄美大島沖で沈んだ沖縄の疎開学童数百名の供養のときは、涙のために老師の声も、跡絶えがちでした。
「夜もすがら奄美大島波がしら泣くかむせぶかそれかあらぬか」は、そのときの老師の述部懐です。すると「観音を念ずれば、波に溺れることはない」とは、うそなのでしょうか。
私は、拙著「般若心経入門」(祥伝社新書)に引いたフランスのジャン・タルジューの『詩人の光栄」(渡辺一夫氏訳)の第二節をご紹介したい。
死んだ人々には
嘆く術もない以上
生き残った人々は
誰のこと
何を
慨いたらいい?(きけわだつみのこえ」所載)
生き残った人々に与えられた課題は「誰のこと、何を、いたらいいか?」です。人間にとって、死の機会は無数にあります。親鸞聖人は、“死の縁は無量なり。水にても死に、火にても死に、剣にても死に、眠りの中にても死ぬるものだ〟という意味のことをいわれます。
私たちは、とかく人間は病気で死ぬのだと無意識のうちに思いこんでいます。死の縁の無量であることに無知だったことをまず嘆かねばなりません。その人の死までに、この点に気づかなかったことを、その人に詫びねばなりません。
人々には、それぞれの「死の縁」があります。海で働く人だからとて、海で死ぬとは限りません。その縁がわからないから、どこへ行っても無事を祈らずにはおれないのが人間の尊いひたむきな願いです。それが「念ずる」ということなので、この念ゆえに災難を防ぎ、災難から身を守ってくださるのが「霊験」です。
「その名を呼べ、こえをかぎりに……」
しかし、自分の心こめた願いが適えられなかったからとて、神仏を無視し否定するのは、人間の思いあがりです。前章で「親の慈悲は、子の望みを適えるときもあり、適えないこともある」と申しました。親の愛情ですらそうです。まして、自他のワクを越えた真実の慈悲は、はるかに深いとともに厳しいものがあるはずです。古人は、それを“験なきこそ験なれ”と、受けとめています。
タルジューのいうように、死んだ人には、働く術もないのです。生きた人が、駿のなかったことをその人のために嘆き、詫びるのです。次に、「験なき」ことがいかなる意味を持つのか、その「啓示」にまだ目の開かないのをこうと、私は彼の詩を了解します。
験を求めた祈りから、験なき験とは何であるか、をお教えくださいとの願いに高められ 10 ると、経文の表意ではなく、その象徴されているもの、文字の底にあるものを凝視する知恵が生まれます。経文を、文字どおりに理解するのを「事釈」といい、文字を、真理の象徴とみるのを「理釈」といいます。事釈は「霊験記」、理釈は「生きる教え」といっていいでしょう。
前章の「火難」は三毒の「瞋恚(いかり)」の表象であるなら、「水難」は、同じ三毒の「愛欲」を表わします。これを「貪(むさぼり)」ともいいます。私たちは、いつも愛欲の大海を漂流しているのです。事実としての「水難」にあうのも恐ろしいが、人間である限り、誰もが遭遇して悩むのが「愛欲」という名の水難です。
瞋恚の火炎が善行の林を焼きつくすように、愛欲の大海は多くの人を溺らせずにはおきません。「観音経」には「竜や魚やもろもろの鬼難」と、きわめて叙景的に愛欲進行上に起きる事故を語っています。
人間である限り、愛欲の水難にはだれもが遭遇するのです。このとき「観音を念ずる」とは、同時に自分に呼びかけているのです。それによって、大海も溺らすことのできない大きな自己が波間から顔を出します。
坂村真民氏の「その名を呼べ」の一節を読んでみましょう。
その名を呼べ
その名を呼べ
山のいただきで海のうえで
こえをかぎりに
その名を呼べ(自選・坂村真民詩集』)
事実としての「水難」をまぬがれることを念ずる素朴な願いから、人生の愛欲の「水難」に押し流されないように「こえをかぎりに、その名を呼びつづけるのです。その名それは、観音さまである、とともに、自分自身のことです。
(2)成功と失敗 どんな心構えで対決するか
或在須弥峯 為人所推墮 念彼観音力 如日虚空住
或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛
須弥の峯からおし落とされても
観音を念ずれば 宙に浮かぶ
金剛の山頂からつき落とされても
観念を念ずれば怪我もしない
人間は、得意の絶頂のときほど危険なときはない。
「死の縁」「生の縁」を語る「壺坂霊験記」
「須弥の峯」は「須弥山」のことです。梵語スメールの発音に似せて漢字をあてはめたので、「妙光・妙高」と訳します。この名の山は日本にもありますが、須弥山そのものは実在しません。
須弥山は、古代インドの宇宙説によると世界の中心となる高山です。この山の中腹を日月がまわるという天動説の基軸です。しかし、ここでは宇宙論ではなく「金剛山」とともに「高い山」の形容です。自分の過失から、あるいは人のために、高山から落ちたり、落とされてもということです。
最近は登山の流行につれ事故もふえました。ときには山を征服するという思いあがりが悲劇の原因となっているようです。
それに引きかえて、浄瑠璃に取り上げられた「壺坂霊験記」には、素朴な、しかもすがすがしい共感を受けます。
「霊験記」のヒロイン・お里は近所でも評判の美しい人妻です。ところが、最近は夜がふけるとひそかに家をあけます。不審に思った夫の盲人沢市は、ある夜、彼女のあとを杖を頼りにつけてゆきます。彼女の不貞の所行を疑っていたのです。
しかし、お里は夫の盲いた眼を治そうと、壺坂寺の観音さまに、願をかけていたのです。沢市は、妻を疑った自分を恥じるとともに、妻に苦労をかけたくないと、寺の裏の深い谷に身を投げます。
お里は何も知らず、百度まいりをすませて帰ってみると、夫がいない。驚いて壺坂へかけもどり、声を限りに夫を呼びつづけます。はしなくも崖ぶちにキチンとそろえた履物と杖を発見したので、彼女もそのあとを追って谷へ飛びこむのです。
しかし、この夫妻は観世音の霊験によって生命を取りもどし、沢市の眼も開きます。この純真な夫婦愛は、古典のあやつり人形劇にとくに濃やかに感じられます。現代人には理解しにくい物語でも、人形つかいの巧みな糸の操作に、人間の俳優が演出できない気魄を感じます。
釈尊の教えには「偶然」という言葉はないのです。人間には、偶然のように見えても、実は、どうしてもそうならなくてはならぬ必然性がからみあっているのです。
現代でも、自殺するつもりでビルから飛びおりたり、阿蘇の火山口へ飛びこんでも、助かる人があるではありませんか。前に「死の縁無量」といいましたが、「生きる縁」もまた「無量」です。いや、「死の縁無量」と心のエリを正すと、多くの人のおかげで生かされて生きてい縁の無限であることが実感されるのです。
素朴な話に盛りこんだ人生開眼の真実
この謝念からだけでも、生命を大切にせずにはおられません。
沢市夫妻が助かり、眼も見えるようになったというと、現代人は「非科学的」だとせせら笑うでしょう。あるいは、いわゆる「科学的」に取り上げて「高山から深い谷底へ落下する途中に、眼筋のショックで開眼することもあり得る」などと解説されますが、よけいなおせっかいです。
素朴な、ありそうもない話の中に、学識も財産もなく、不治の眼病をわずらいながら、互いに信じ愛しあう無名の夫婦の心中に“観音さまのこころ”を拝むのが大切です。
意味のない存在と思われるものの中に、真なるものを見、善なるものを感じ、美なるものに心を打たれ、そのものをそのものたらしめている久遠のいのちを観るのが、“観音さま”第に象徴される私たちの知恵にほかなりません。
「壺坂霊験記」を、肉眼だけの視界にしぼるから、わからなくなるのです。矛盾を感じるのも知識だけで割り切るからです。それは、人間としてお寒いかぎりではありませんか。眼は、肉体だけではなく、心にもあるのです。沢市さんのような気の毒な身体障害者でないかぎり、人間は誰でも生後数十日にして肉体の両眼は見えるようになります。
しかし心の眼をひらくのには、何年も何十年もかかります。いや、一生ひらかずに盲いたままで終わる人のほうがはるかに多いのです。
心の眼がひらけるそれが最上のご利益です。また、霊験記の「沢市さん」とは、他人でなく私たちです。主役の「お里さん」はそのよき同行先達(同じ心で修行するもの・先導者)です。
私たちは、この素朴な夫婦の愛情をふまえて、さらに、自他の差別を超え、執われのない慈悲心にめざめようと願うのが「念彼観音力」です。一度は深い谷底へ身を投ずるほどの絶体絶命の地点に立たされないと、あらゆる意味で「開眼」は不可能です。
すべてをあたりまえとする危険な思考
お寺やお宮の創立に関する話を「縁起」といいます。その話を知ることに縁って信心…「人間性を開発する」動機となるから「縁起」というのです。何かが縁となって一つの真実が生まれることです。それが、「宙に浮かぶ(如日虚空住)」ということであり、「怪我もしない(不能損一毛)」ということです。
心に信ずるものを持てば、怖いものはありません。それは、絶対の実力者になったということではなく、その反対です。実際には「恐れ」を知っているのです。恐れを知っているからつつしみが持て、無鉄砲な言動も起こらないのです。謙虚に行動する人に怖いものは何もありません。
ちょうど、太陽が大空に輝くのに似ているので、悪人も魔手をのばせないので、私どもは、何のかのといっても、やはり立身出世を望んでいます。少しでも高い位置に登ろう――この意味で“金剛山や須弥山”をねらっています。物質的・精神的な金剛山や須弥山です。とにかくその頂上にようやくたどりついたとき、はしなくも「人からつき落とされ(為人所推墮)」という危険がないとはいえません。
しかし、それは必ずしも他のせいではないのです。自分をねらう悪人とは、実は自分なので、多くの場合、自分自身で作った自作自演の所行です。無理をしたり、人を傷つけたり、第義理を欠いた言動が積み重ねられて、自分で自分を押し落とすのです。他を怨むよりも自分の言動をよくみつめよ、と観音さまは教えるのです。
須弥山を目ざす努力は、一方ではせっせと枯草を積むに似ています。しかも、その傍らで炎々と火を燃やしているようなものです。「怖れ」を忘れない限り、火は枯草に燃えうつらないが、それを忘れると、火のほうからではなく、枯草のほうから火の中に崩れおちて、すべてを灰にしてしまうのです。「他から人から」とは、自分の所行の反映です。
この危難を予防し、自分の姿勢を正すのが「観音」を念ずることに象徴されます。つまり、つねに薄氷を踏む思いで、足もとを見よ”との語りかけを聞くのです。自己をみつめつつ高峰を極めよとの、ささやきを聞くのです。しかし、私たちは人間である限り、無意識のうちに思いあがったことをしています。
この点に気がついたら、人に知られぬように、些細な事でも積みあげてゆくことです。人の嫌がる仕事を進んでしてゆけば、傍らの枯草の火勢はそれだけ弱くなります。善いことをしていると思うだけで安心感が起こり、生活に自信が持てます。
私たちは、いわば初心の間は、この考えをどこかに持っていたのですが、世なれてくると忘れがちとなります。そして、失意の状態に落ちると、世をはかなみ、人を怨みます。世間や同輩や先輩の責任に押しつけます。感謝と反省を忘れ、すべてを「あたりまえ」とする思考が反映されて「他から押し落とされる」と誤認するのです。
高山や霊峰に登るとき“六根清浄”と唱え、身と口と心を清らかにするように、日常生活も、そのようにあれとの語りかけです。
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観音経入門(VOL.3)
