神社で奇跡の開運(Vol.5)

圧倒的な大地のパワーで大開運

【熊野大社】
《奇跡の開運の秘訣と霊的解釈》

神奈備信仰、すなわち、わが国の山岳信仰の歴史は、役小角に始まるといわれる。役小角は、奈良時代初期(七~八世紀)、大和葛城山にいた修業者で、「続日本紀』によれば、呪術に秀で、鬼神を使役させて、水汲みやキノコ狩りをさせたとある。

しかし、私の知るところによれば、役小角が修業したのは、葛城山に祀られている託宣と霊的な節度や覚醒を司る事代主命のお導きであった。

役小角が誕生したのは、聖徳太子が亡くなった十四年後の六三六年である。

幼少の頃から葛城山中に入り、事代主命のご神霊に導かれつつ、孔雀明王呪経を咒しながら、苦修練行を行い、遂に飛行術まで体得したといわれる。これをヒントにしたマンガが「宇津の皇子」や「孔雀王」である。

この役小角の足跡を尋ね尋ねて、独自の山岳信仰を極めたのが、後に、行基菩薩としてあがめられる僧行基である。

彼は因果の法則を民衆に説き、抜群の呪術力や霊力を発揮して、遂に、東大寺の大仏開眼供養を天皇に依頼されるまでになった。行基の俗姓は高志で、百済王の子孫とされている。

この行基を尋ね、役小角、行基と霊的に受け継がれた山岳信仰の道を極めたのは、弘法大師(空海)であった。

彼によって、山岳信仰と日本の霊的かつ神秘的能力の伝統が体系づけられたと言ってもいいだろう。

中国に渡り、わずか一年たらずですべての真言密教の極意を体得し、数千名もいたといわれる恵果阿闍梨の門弟の中から、空海が真言八祖としてその継承者となった要因は、彼が日本で山岳信仰の真髄をすでに体得していたからに他ならない。

役小角に話を戻すが、彼の呪術の力に対して、嫉妬して讒訴するものがあった。そこで、朝廷は母親を人質にとって彼を伊豆大島へ遠島するべく申し渡した。

伊豆の地に渡った役小角は、役人に首を斬られそうになった。その時、小角は、「斬られるのはやぶさかではないが、最後の頼みに、私を斬ろうとするその刀をなめさせてほしい」と言った。

役人はいぶかしがりながらも刀を差し出す。

ペロリとひとなめすると、なんと、刀がアメのように溶けてグニャグニャになってしまった。

役人は腰を抜かし、処刑することができなかったというエピソードが残っている。それで、これは偉大な聖人であったということがわかり、朝廷は母親を解き放ち、役小角を無罪放免にしたといわれている。

小角はしばらくその地に留まり、大島の霊域に桜を植え、後に許されて大和に帰るや、吉野の霊域一帯にも桜を植樹した。現在吉野の桜として、毎春、見事な花を咲かせている樹の最初がそれである。

こうして吉野で始まった山岳信仰の延長線上にあるのが、この熊野神社の信仰なのである。

一時期、天皇や皇族、貴族の間には、ひたすら吉野へと詣でるブームがあったが、次第にその信仰の対象が熊野へと移って行った。

この間の変遷は、いわば、信仰のファッションの流行すたりといった感じである。むろん、その奥には深い神計があるのだが・・・

ところで、熊野神社といったが、通常、熊野本宮大社、熊野速玉大社熊野那智大社を合わせて、熊野三山といっている。

熊野川を河口から三〇キロほど遡ると、支流音無川と形成する三角州にぶつかる。こここは、大斉原といい、明治二二年の大洪水で社殿が流出するまでは、本宮が鎮座していた所だ。

現在の本宮大社は、大斉原の北方五〇〇メートルの所にある。本殿は、二殿一棟、二殿二棟の檜皮葺の壮大な熊野権現造りである。

祭神は第一殿が伊邪那美命、第二殿が速玉男之命、第三殿に、主祭神である家津美御子大神(須佐之男命の別名)、第四殿が天照大御神となっている。

熊野速玉大社は、熊野川河口に近い、新宮市北方、千穂ヶ峰北にある。この社の由来は、神倉山頂に降りた熊野大神を景行天皇の世に遷したことによる。一方、本宮に対す新宮であるとする説もある。九世紀の頃は、本宮よりも神格が上とされたこともあった。

神殿は、熊野速玉大社を主祭神とする速玉宮をはじめとし、十二神を祭る本殿が一列に配されている。しかし、このように来歴は立派であっても、現在は住宅街、ビル街の中にあり、行けば誰でもわかると思うが、何の神気も感じられない。正直なところ、御神霊は全て本宮大社に帰っておられる。

那智大社は、那智川近くにある。

この大社の原形は、那智滝をご神体とする別宮飛瀧神社である。高さ一三三メートルの那智滝は、熊野灘から遠望することができ、その昔、航海の道しるべとされた。

この神社は六棟一三殿で構成されており、主祭神は熊野夫須美大神。

その他に、地主神である滝宮などを祀っている。しかし、現在ではかなり観光化されている上、神霊もいらっしゃるが、邪霊や行者の亡霊もにぎやかにいらっしゃる。

もし、滝見物だけに行くか、祈るならご神霊のみに心を合わせて、注意してお参りしてほしい。

だから、本当に熊野で大祈願をして人生の大飛躍を願うなら、交通ははなはだ不便であるが、本宮大社へ足を運ぶのがよいだろう。

ものすごい太鼓の音とともに、清々しい生けるご神霊の実体を体で感じるはずである。

抜群の大祈願成就力をお約束する。私と大の仲良しである熊野権現に化身する大青龍王が、雲居のかなたより、あなたが汗をカキカキしながら階段を上ってくる様を、ほほえみながら見ておられることだろう。

統率者としての本業が表れている

ところで、出雲にも熊野神社があり、お互い自分のところが本家だと主張している。実際は、出雲の熊野神社には須佐之男尊のご神霊がおり、熊野には長の金神様がおら神力としては和歌山県の熊野大社の方が断然上である。

この艮の金神と、須佐之男尊とのパワーの違いはどこにあるのか。これを説明するためには、宇宙全体の構成にまで言及しなければならない。

地球の神霊界の中心、いわば、神霊の代表取締役ともいうべき方が国常立尊である。

このことは箱根神社の項を参照していただきたい。

一方、須佐之男尊は地球全体の御魂の働きといってよい。

若干の説明をすればこういうことだ。

太古、伊邪那伎命が黄泉の国からお帰りになり、子の天照大御神に、高天原を統率する、いわば代表権をお与えになった。

天照大御神の弟神である月読尊には、

「夜の食国をしろしめせ」と、月の神霊界を統率する権力を与えられた。

そして同じく弟神の須佐之男尊には、

「大海原をしろしめせ」と、地球の統率権を与えられた。

したがって、地球全体を輝かせ、美しく保っているのは須佐之男尊ということになる。では、須佐之男尊と国常立之尊とはどういう関係になるのか。

国常立之尊は地球神霊界の代表取締役として、地球の凝結力、大地のパワーを管理している。

それが、地球を修理固成された神が国常立之尊であるという意味である。つまり、国常立之尊は須佐之男尊という地球の御魂の働きの一部であり、中心の核をなす働きを任されているという形なのだ。

スサノオとは、ス(主)サ(働き)/(納)オ(応)であり、クニトコタチとはク(九=陽の極)二(陰陽の働き)ト(十)コ(凝)夕(高)チ(地、智、千、血)である。

須佐之男尊の、地球を美しく保つという力を、後世の人々は高く尊敬し、尊を芸術の神様、和歌の始祖としてあがめている。

出雲の熊野神社は、須佐之男尊のその側面と高天原より神逐いに逐われて、この地に下った時の側面、すなわち地球神霊界の統率権を奪われて、地上の民衆とともに歩むという側面の霊姿を祀っているのである。

一方、国常立之尊をして地球、大地の大霊力、大パワーを管理させている須佐之男尊の、いわば「統率者としての本業」の側面が表れているのが、和歌山県熊野の霊域なのだ。

和歌山の熊野神社の霊力が出雲の熊野神社のそれよりも千倍、あるいは、数万倍のエネルギーを持つのは、このような理由からである。

熊野神社にお参りするのは、その圧倒的なパワーのご加護を必要とする問題をかかえている場合がよい。

たとえば、世界規模の企業の運営、地球全体がかかえている汚染や生態系破壊といっ問題、さらには、国家、民族間の紛争に頭を悩ませている人は、是非参詣すべきだろう。

伊勢の天照大御神が改善策を進められ、この熊野の神がけじめをつけて調えられるのである。

熊野へは、諸事全般の大開運や悩みのけじめをつける時、また、こじれた問題の解決を迫られている時に行くのがよい。

世事万端ありとあらゆるご利益を授かる

【出雲大社】
《奇跡の開運の秘訣と霊的解釈》

延喜式神名帳に名神大、つまり大社と指定された神社数が二二三社。明治から昭和にかけて、官幣、国幣大社に列せられた神社は計七一社あるが、その中で単に「大社」という言葉だけで通じるのは、出雲大社だけ。ちなみに、「神宮」だけで通るのは伊勢神宮だけだ。

出雲大社の創建は、ご承知の通り国譲り神話に基づく。天孫族に国譲りを迫られた出雲神、大国主命は、大宮殿の建築を見返りとして国を譲り渡した。

その大宮殿が大正十四年まで杵築大社と呼ばれた出雲大社である。現在、本社本殿の高さは二四メートルであるが、平安時代の記録によれば四八メートル、さらに遡り、創建当時は九六メートルであったとされる。

ある大手建設会社が、コンピュータを駆使して復元作業を行ったところ、平安時代四八メートルの本殿は確かに存在したという結論を得た。

出雲大社のご祭神はもちろん大国主命だが、大国主命は、大物主命、大己貴命、八千矛神葦原色許男命、宇都志国玉命、大国魂命と、計七つの名をお持ちだが、これはそれだけ霊力が大きく、働きに多様性を持っている大神霊だということを意味している。

出雲の神が、なぜ縁結びの神といわれるのか。大国主命が須勢理比売と結婚するにあたり、比売の父親須佐之男命がさまざまの試練を科した。大国主命と比売は艱難辛苦しながらも、見事、試練に耐え抜き結ばれることになった。

さらに須佐之男命と櫛名田比売命のドラマチックな結婚までのいきさつ・・・・・・。

男女の固い愛、信頼関係が縁結びの根源なのである。さらにもう一つ、この出雲に八百萬の神が集結し、会議を行うのであるが、その議長を務めるのが大国主命であるとされているので、その元締めに、祈願した良縁を議題に挙げていただくようにお願いするわけだ。

しかし、神霊界における神計りの会議は、現在別のところで行われている。ところで、須佐之男命は、結婚に際し、「八雲立つ、出雲八重垣、妻ごみに、八重垣つくる、この八重垣を」と詠まれたが、これを和歌の始まりとして、須佐之男命は大和歌の起こりの神にもなられたのである。

大国主命は、また仏教の守護神・大黒天と同一とされている。大国と大黒の音が等しいことからくる見方だが、本来は全く別のものである。大黒天はインド渡来の仏であり、観世音菩薩の化身であったり、白蛇、水龍神、水蛇などの化身であったり、僧侶の霊の化身であったりするのだ。

このことは天台宗では甲子大黒天の修法を行う時、観音経を上げるのをみてもわかる。同一視は鎌倉時代以後のことだが、戦国時代、尼子経久が出雲大社を天台宗系の神仏習合形式に改め、百年間それが続いた。その時の名残が、この大黒信仰だといえよう。

いずれにしろ、世事万端、ありとあらゆるご利益が得られるのが出雲大社である。

数えあげれば因幡の白兎の故事でもわかる医療の神、幽冥の神、農耕神、大黒様風の富の神、縁結びの神……。

旧暦十月には日本中の村の鎮守の神が出雲に集まり、氏子たちの問題や悩みごとを話し合われると伝えられることから考えれば、白山神社、伊勢神宮に次ぐ万能の神、総合ビタミン剤の極めつけといってよい。

ただ、前二社と趣を異にしているのは、和気あいあいとして人脈を広げたり、人から人へと、よき人のつながりで開運し、事業を成らすという特色である。

医療なども、よき医師と知り合いになり、最高の病院で治療を受け、よき人の励ましを受けて気力が回復し、病が全快したという具合である。

そして、盛り上がりに欠ける人物や組織に、盛り上がりの気を充満させることにより、一切が開通して事業が成るというような功徳である。

だが、残念ながら、巷で宣伝されているほど男女の縁結びに特効があるとは思えない。もともとは国土経営の神であり、地の繁栄をもたらす神であるからだ。

すぐそばにある八重垣神社もたいして効能はない。むろん、盛り上がって結婚につながるとか、人と人のつながりで良縁が来るということはある。

だがしかし、現代における「結婚」というものには、もっといろいろな要素が、複雑にカラミあっているのが実情である。

こう書くと、行き遅れの女性は、最後の頼みの綱を断ち切られたような絶望感をいだくかも知れない。

そういう方は、拙著『恋の守護霊」(たちばな出版刊)を読んで、その原因を詳しく研究していただきたい。その上で、出雲大社と生まれ故郷の産土神社に開運祈願をすることをお薦めする。

全国津々浦々に行きわたらせるネットワーク

【宇佐神宮】
《奇跡の開運の秘訣と霊的解釈》

わが国には約十一万を超える神社がある。

これらの神社は、各々の系列に属しているが、いわゆる八幡信仰に基づく八幡神社(八幡様)は、四万八百社ある。しかし神社全般にわたる無人化や荒廃化があって、現在では二万五千社ぐらいだという説もある。

いずれにしても、伏見稲荷と並んで神社界の最大派閥を形成していることは間違いない。

その頂点に立つ総本社こそが、この宇佐神宮なのである。そしてまた、この神宮は伊勢神宮に次ぐわが国第二の宗廟とされている。

九州ではここが第一の神霊格であり、霊域だといえる。ちなみに九州第二の霊域は、後述する宗像大社である。

ご祭神は、八幡大神=誉田別命、即ち十五代応神天皇、および比売大神と神功皇后であるが、なぜ応神天皇が八幡神になられたのかは種々の学説があって、一定した見解はない。むろん、神霊界から見ればはっきりしている。

比売大神とは宗像三女神(田心姫神、市杵島姫神、湍津姫神)のことである。

宗像三女神は、天照大御神の弟神である須佐之男命が八岐大蛇を倒し、その尾から取り出した叢雲剣(草薙神剣)から生まれたと伝えられる。

神功皇后は、応神天皇の母で十四代仲哀天皇の妃。仲哀天皇西征の折り、これに同行したが天皇が崩御された後、女ながらも大軍を率いて遠征し、新羅を滅した。

これが世に有名な神功皇后の三韓討征である。実は、皇后は遠征中に妊娠していたのであるが、それでも敢えて祖国を護らんがために朝鮮半島にまで出兵したのである。

その後に応神天皇を出産された。この神功皇后を卑弥呼と同一人物であると唱える説もあるが、しかし私はどうもその意見には賛成できかねる。

ところで、大分県国東半島の北の付け根に位置する宇佐神宮は、七万坪を超える神域を誇っている。寄藻川にかかる朱塗りの神橋を渡ると、大鳥居があって表参道に通じる。

左右に繁るのはイチイガシなどの大樹だ。朱と金色に飾られた荘厳たる三社からなる本殿や桃山風のあでやかな西大門などは、日本第二の宗廟としての格式と威風を備えている。

ここには思い出がある。私が初めて宇佐神宮を訪れた時、正式参拝の後、言霊和歌を三首献したのである。

その時、割れんばかりの大音声とともに、境内の蝉が一斉に鳴き始めたのだ。それが、耳をつんざくような音質と音量なので、一緒にいた人たちは驚愕した。

そして、詠歌が終わると、またピタッとすべての鳴き声が止んで、元通りの静かな境内に戻ったのである。そのあまりにも極端で大きな違いに、直弟子・西谷泰人さんとお互い顔と顔を見合わせて思わず笑った。

「ここの蝉は、やっぱり神蝉合一していますね」と西谷さんが言う。

「三女神がヌードで出てきたら、空蝉の世にも風雅があるのにな」と私がつぶやくと、守護霊に「そんなバカなことを言わずに、もっと天下国家のことを祈れ」と注意された。

そこで私は、「どうも蝉マセンでした」とあやまった。

すると守護霊は軽蔑したような笑いを浮かべてどこかへ行った。西谷さんが、「先生、なにを独りで頭を下げていらっしゃるのですか。ご神霊ですか」と聞くので、「今、天下国家のことを祈っていたのだよ」と答えた。

私にも、直弟子には聞かせられないひと時はあるのだ。

ここで、教養ある読者に失笑を買ってしまったようだ。あまりたいした思い出ではなかったので、話題を移そう。

ところで宇佐神宮は、わが国の歴史の節目にしばしば登場し、託宣によって神気霊妙なる神徳を発揮された。

七五二年、奈良東大寺の大仏開眼供養が行われたが、聖武天皇が最終的に大仏建立を決心して踏み切られたのは、宇佐神宮のご神託を得られたためだと言われている。

当時、飢餓疫病が流行り、政情不安に陥ったため、天皇は大仏を建立して国家を建て直そうとされた。

これが「鎮護国家の思想」といわれるものである。しかし、建立に必要な金や銅が日本には不足していた。

そこで天皇は、中国から輸入しようとされたのである。だが、その事のお伺いを立てた時、宇佐神宮の神は「金も銅も日本から採れる。中国から輸入する必要はない。安心せよ」という旨のご神託を下されたのである。

事実、銅は宇佐神宮の近くの山から発見され、金は陸奥の国の金華山から発見された。当時、陸奥の国の国司は歌人として知られた大伴家持である。彼は、自分が治める国か金山が発見された喜びを歌に詠んだ。

それが、第二次大戦中の軍歌となった「海征か「ば」であるという。また、この金は藤原三代の栄光を支える経済基盤となった。

話を戻すが、宇佐神宮が大仏建立に対して積極的なご神託を下されたということは、仏教擁護の意志を明らかにするものであり、その結果、わが国の仏教がその地位を確立し、同時にそれが後の神仏習合の礎にもなったのである。

そして、大仏建立から十数年を経た頃、僧道鏡によるクーデター事件が勃発した。

女帝称徳天皇孝謙天皇が重祚)に取り入って、太政大臣・法王・禅師の地位を独占していた道鏡、これにへつらった太宰府の神主・中臣習宣阿蘇麻呂が、「道鏡を皇位につけたならば天下泰平なるべし」と宇佐神宮より神託があったと偽りの奏上を行ったのである。

これに疑いを持った天皇は、和気清麻呂を宇佐神宮に派遣したところ、この神託は真っ赤なウソであることが明らかになり、間もなく道鏡は失脚した。宇佐神宮の神託とは、このように、わが国の節目節目に大いなる役割と勲功を現したのである。

では、宇佐神宮にはどのような願い事をすればいいのだろうか。

まず第一に、八幡様は全国に四万八百社あると述べたが、これは、全国津々浦々にネットワークがあるということである。

だから、一言でいえば「全国規模の展開」という時には、宇佐神宮に願いを込めればいいわけだ。

私は、実際に何度も何度も試してみたが、「全国津々浦々に行き渡らせる、八百萬の広がりの徳を持つ神八幡」と考えて間違いない。

したがって、全国津々浦々に製品を流通させるサービス業の方々にとっては、誠に頼りになる神様であろう。

また、全国からの情報収集が容易であるという点からは、尋ね人、失せ物探しにも霊験あらたかだ。

今、流行の「初恋の人」や「蒸発の人」捜しにも大きな助けとなるはずである。

そして三番目は、少しご神託の意訳をすることになるが、性格を強化する霊徳があるのである。日本の歴史上で、宇佐神宮のご神託が果たした役割は大きいが、迷いが多くて、やる気をなくしている人が熱誠祈願を込めると、なんらかの形で必ず右左の答えや指針が得られるはずである。

「行き悩めば、私は何とかなる人間なんだ」という確信を持てば、誰でも強い性格の人になれるものである。これも、八幡様の大きな働きの一つだといえる。

四番目は、勝負に負けない闘争心をかきたててくれる力である。石清水八幡宮は、宇佐神宮のご神託により、国家鎮護のために建立された神社で、清和源氏の氏神様である。

中でも源義家は、東征の折り、石清水八幡の社頭で元服し八幡太郎義家と名乗った。ま源頼朝は石清水八幡宮を勧請し、鎌倉に鶴ヶ岡八幡宮を建立した。

源氏の兵士たちは、八幡大菩薩の旗を背負って戦場を疾駆したが、鎌倉時代以後、戦場には必ずこの旗印が登場した。

現在、日本人がいわゆる戦場に姿を現すことは皆無に近いが、日常生活の戦いの場において、その意志を貫き通そうと考える人に対しては、宇佐神宮の神々は多大なる援助をなさるはずである。

また、サラリーマンは日々の激烈な経済戦争の中を生き抜き、学生は受験戦争を勝ち抜くための智、勇、体力を授かるだろう。特に、先祖が源氏系の人々には、絶大なる加護があることだろう。

ところで、受験生の頼りにする神社としては、八幡を六~七割のベースに据え、受験戦争の始まりと真中と締めくくりの直前に、天神の根気や忍耐力と智恵の冴えを補給す参り方を薦める。

むろん、いくら有名な神社でも、色街や歓楽街にある天神社や八幡社は薦められない。

これ以外にも、もっと宇佐神宮については書きたいことがあるが、紙幅の都合上、全部書き切れないのが残念だ。

特に、神奈備山である御許山の秘密や八幡大神の正体については、神界の機密なので、ここでは発表できないが、やがて神界の許可も降りると思うので、別の機会にこれを詳しく発表したい。

言葉と弁才の神で組織を開させる

【宗像大社】
《奇跡の開運の秘訣と霊的解釈〉》

シュリーマンのトロイ発見の例をひくまでもなく、神話、あるいは信仰は古代の人々の生活やその実像から生じたものでる。

したがって、古代に建立された神社は極めて大きな考古学的な価値を持っている場合が多い。

福岡県宗像郡の陸地と島々にある三社を総合する宗像大社は、とりわけ考古学的な価値が高い。宗像大社を形成する三社の奥宮にあたる沖ノ島は、数々の貴重な遺跡や遺物が発見されたことから「海の正倉院」と呼ばれている。ちなみに「砂漠の正倉院」と呼ばれているものは、能登にある気多大社だ。

宗像大社三社によって形成されたと述べたが、それぞれの社には宗像三女神と呼ばれる女神が一柱ずつ祀られている。

宗像三女神は、宇佐神宮の項でも触れたが、天照大御神とその弟神の須佐之男命の誓段で登場する神だ。

世の神が自分の意図通りに動かないことを嘆いた須佐之男命は、母のいる国に行くことを決心する。

そして、その前に姉の天照大御神に挨拶をしたいと思った。しかし、姉神は弟神のその心を疑って、高天原を乗っ取りに来たのではないかと誤解した。

そこで天の安河原で、どちらの心根が正しいかを証明するために誓約をしたのである。

その折り、須佐之男命が差し出した天叢雲剣を天照大御神は三つに叩き折り、それぞれの断片を噛みくだき、露のごとく吹くと、三人の女神が生まれた。

この女神が田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神の宗像三女神である。市杵島姫神を祀っているのが、宗像郡玄海町にある辺津宮だ。

のんびりとした田園風景が広がる一角に、こんもりと樹木が生い茂る中に境内がある。本殿、拝殿はともに重要文化財に指定され、沖ノ島古代祭祀遺跡から出土した遺物十万点を収蔵する神宝館がある。

そのうち三百点以上が国宝に指定されている。

湍津姫神を祀る中津宮は、辺津宮の沖一二キロにある大島にある。そして田心姫神を祀る沖津宮は、大島からさらに五○キロ沖の小島、沖ノ島にある。この島は周囲約四キロ、海辺らしきところはほとんどない断崖絶壁の孤島であり、昭和四六年に発掘調査が終了するまで、島の全貌は不明であった。

発掘調査の結果、この島には四段階に分けられる古代の祭祀遺跡があり、朝鮮、中国大陸との交易も盛んであったことが明らかにされた。

そして、これらの三社は一直線上に並ぶように配されており、恐らく、海上交易の道標の役割を果たしていたと考えられる。

しかし、信仰上のことからいえば、陸より海に向かって辺津宮から拝めば、中津宮、沖津宮を同時に遙拝したことになり、一回の参拝で三倍の神力が授かるという、便利で有難い形式を取ったのであろう。

三神で一神の宗像三神

そもそも宗像三神とは、切り離して崇敬するものではなく、住吉大神のように三神で一神の働きが成る神である。

私が神霊からお聴きした話なのだが、この形式は猿田彦命が古代人に与えた叡知であるとのことだ。

ところで、宗像大社は古代海人族が海神として崇敬したことで知られるが、同時に、大陸文化の中継基地や前線基地として、国の護りを為す社としての性格を持ち、朝廷か厚く保護されていた。

官幣大社式内社という旧社格がそれを証明しているが、出土品のレベルを見ても、古代天皇が日本国の運命をかけて熱烈に祈願し、篤く崇敬していたことがうかがえる。

一方、言霊から解釈すれば、宗像の宗は「旨」とする方向に人々を導くという意味がある。「宗形、胸形、胸肩」などと言われているが、私がご祭神から聴いたのは「旨方、胸方、宗方」が本当であり、天皇の御胸にある旨を宗として、そのお思いになる方向に人、物、金を結集する神こそが、宗像の神の本来の役割だったのである。

善き心で思っていることが、組織やグループの末端に行き渡らないことを嘆いている人は、是非、真剣で熱烈なるご祈願をここになされることを薦める。

ところで、宗像大社を深く崇敬したことで知られるのは、出光興産の創業者、故出光佐三氏である。

あの出光興産を民族系石油会社の雄として、また日本有数の石油会社として、今日まで育てたプロセスには、この宗像大社のご神徳が大いに輝いていたはずである。

また、三女神の母体である剣は、強い意志力と権力の威信を象徴するものである。さらに、剣は物を切るものだが、切れば切る程数が増加するという点から、数魂を表し、三女神が経済の運用を示す神であることも物語っている。

また「言霊の剣」の意味もある。人を生かすも殺すも言葉次第と言うが、この言霊の剣を自由自在に使いこなすことが、人、物、金を集めて動かし、立身出世、名声成就へと導く真弁才天の神徳を表すものだといえよう。

仏教における立身出世、名声の仏である弁才天の本地は、この宗像の三女神なのである。

もっともっと詳しく、具体的に神徳を授かる方法も書きたいが、紙幅の都合上、割愛せざるを得ない。

とにかく、世界の政情を見ても、武力の前に言葉ありきである。また、国内では既に戦争はないが、経済の戦いがあり、人間同士のやりとりの妙が勝負となる時代である。

そのことから、宗像大社は住吉大神とは趣の異なる言葉の神、弁才の神ということがいえる。

このように、さまざまなご神徳、ご利益があるところからは、宗像大社は九州第二の神徳と霊力を持つ神社だと断言できるのである。

第四章 なぜ神だのみで開運できるのか?

神・霊・現実界の仕組みと祈願の関係をわかりやすく説明する

星は三層構造になっている

祈願は何に対して行うのかというと、誰でも「神様に決まっているじゃない」と言うだろう。では、神様はどこにいて、あなたとどう関わっているのかと聞けば、誰もが答えに窮するに違いない。

私の前著をお読みいただいた方はご存じのことと思うが、星は三層構造になっている。

①われわれが見ることのできる物質世界

②目に見えない霊たちが住んでいる世界

③さらに次元の高い「魂」の世界

①が現実界、②が霊界、③が神界である。星という星、太陽から冥王星までの星はすべて三層構造になっている。だから、太陽にも、金星、土星、木星、そして月にも霊が住み、「魂」である神霊が存在している。

地球もまた例外ではない。ただ、地球には人間という肉体を持つ霊が存在していることが、他の太陽、惑星とは異なるところだ。

この三層構造は、お互いに感応し合うようになっている。当然、次元の高いほうが主導権を握っているし、能力も優れている。上から見れば神界→霊界→現実界となる。

人間は肉体を持った霊だから、霊界とも交流できるし、神界と直接感応し合うこともできる。といっても、ほとんどの人間の霊は次元が低く、高次元の神界と交流するのは難しくなっている。ことに現代はそうで、神様は残念がっておられるのだ。

祈願は神界と交流する手段だ

人間は神界の意を受け、霊界のバックアップで生きている。

サラリーマンが社長の意を受け、課長のバックアップで働いていると思えばいい。出世するには、社長に目をかけてもらい、課長に引き立ててもらわねばならない。

漫然と働いていては、課長や社長の目にとまらない。努力をし、ときには社長に直談判するくらいの積極性が必要だ。

ここでいう努力をするということは、神への大祈願にあてはめてみると、神の意志を正しく実行するということに他ならない。直談判とはお願い、つまり神様への直接的な祈祷だ。となると、祈願の方法や内容も、まず神様の意に沿ったものでなければ受け入れてもらえない。

たとえば廊下で社長を呼びとめたり、いきなり社長室に押しかけても、願いは聞いてもらえない。逆に、失礼なやつだと思われてしまう。だから、それなりの手続きが必要なのだ。前もってアポイントを取りつけるなり、担当の部長から根回しをしてもらえば、スムーズに事は運ぶ。

内容も社業と関係のないことでは、社長に無視される。「あのなぁー。きみい。わしやあ、暇やないや。きみはアホか」。社長が大阪の人なら、きっとこういうだろう。

「ま、このー。きみねぇー、ぜんぜんえけません。このー」。社長が昔を愛する新潟3区の人なら、必ずこういうだろう。ところでまた、自分の立場、実力をわきまえない企画も、社長は聞き入れないだろう。どんな内容の願い事でも、社長がその人に合っていると思わなければ実現しないはずだ。

大祈願も同じである。高い次元にいる神様には、その人間の裏も表も見える。

その祈願内容がその人間にふさわしいものかどうかを判断し、ご利益の程度を調整するのだ。しかし、思い切った大祈願はした方がいい。

地味に努力するだけでは、やはり社長の目にとまりにくい。大祈願とは神界との交流なのだから、神様もそれだけ目をかけてくださる。どんどん神々の好感を呼ぶ直談判をすべきなのだ。

霊界のバックアップは努力次第

霊界のバックアップは、強力なほどいい。課長よりは部長の方がいいし、同じ部長でも優秀な部長の方が、仕事はうまくいく。

私たちをバックアップするのが守護霊だ。読んで字のとおり、あくまでも守護する霊だから、頼りきってもダメ。課長や部長はその人が積極的に働かなければ、立場上バックアップすることもできないだろう。守護霊も、その人の自発的な行動がなければ、守護もできないし、幸せな方向へと導くこともできない。

ところで守護霊というのは、いつも決まった霊だと思っている人が多い。たしかに、背後霊の中のどの霊かが、その人のチーフ背後霊として守護霊というお役目をもっている。

しかし、前に立って直接お働きになるのは、その人の状態にあった最もふさわしい背後霊なのである。つまり、課長という守護役をつとめる方はひとりいらっしゃるが、その課での問題によっては、係長が前に出た方がいい場合もあり、平社員だが特技がある人が出た方がベターのときもあるのだ。

そう考えれば、わかりやすいはずである。さて、背後霊の中のどの霊が守護霊となるか、また特別な高級霊に守護霊としてある期間きていただけるかなどの、守護霊の人事権は、守護神様が持っている。

サラリーマンがよき上司に恵まれるかどうかは、社長が発令する人事異動で決まるのと同じだ。

その人の能力に応じて異動が行われ、上司も代わる。守護霊もあなたの能力に応じ、交代する。いい交代が行われるかどうかは、それまでどれだけ努力し、実績を上げたかどうかによって決まるのだ。

人事権を神様が握っている以上、神様にゴマをする。いや、やる気を見せておいた方が有利だろう。まず、至誠の大祈願をしていれば、あなたの資質はちゃんと評価してくださっているはずだ。

この世の中は神界のコピー、だから現世という

そもそも神界も霊界も、現実界と同じように動いているものである。だから、そのときどきによって価値基準や物の考え方が変わっている。無論、不変の価値基準もあるのだが、時代時代によって社会の価値基準も変化するものなのだ。

神界で起きたことは霊界に反映し、現実界でも起こる。だから、私たちが生きている世の中を現世という。神界と霊界を写している、そっくり顕現しているという意味だ。

たとえば、今の現実界はコンピューター全盛時代だが、霊界では三十年ほど前にすでにあったし、神界ではもっともっと前にあった。現実界は神界よりずっと遅れて、そのままをコピーしている。

予言者とは、この神界や霊界でのビジョンをとらえて、現実界におこる未来を予言するだけなのである。ところで、それなら神界にも地上げ屋がいたのか、という人もいるだろう。

いたのである。神界は必ずしもいい神様ばかりとは限らない。

悪神もいたし、その下のほうには悪霊も住んでいたのだ。むろん奥の神界、すなわち最奥天界といわれる世界には、悪神はいない。絶対的な善神がいて、最高に高度な芸術と科学の調和世界があるところなのである。

だから、通常、神界を正神界というふうに分けているのである。

そして、私が一般に「神界」と呼ぶのは、正神界のことをさしていると思っていただきたい。

ところで、日本の古典の中の古典『古事記』にもちゃんと書いてある。神々の中にも八十枉津神がいて、人々と神々に悪をなすものとして表されている。しかし、天照大御神の治める高天原には、悪神は一体も描かれていない。

ところで、「古事記」によると神々の住む世界は、高天原、中津国、黄泉の国に分けられる。

高天原は天上にある光明の世界だ。黄泉の国は地下にあり、暗闇の世界だ。ここには死者の霊、悪霊も住み、人間に害を及ぼす。だが、これは通説なのである。

これに反して平田篤胤は、「霊能真柱」の中で「黄泉の国とは夜見の国であり、月界のことである」と主張している。

実は、この主張のほうが正しい。通説でいわれる黄泉の国の概念は、地霊界のことなのだ。

中津国は高天原と黄泉の国の中間で、人間が生まれ、住む世界。中津国ではそれぞれの世界に住む神々や悪霊が交錯する。そしてこの中津国が、私達が住む現実界なのである。

ところで、「古事記」に出てくる神は、一般的には正神であり、安心して拝める神であることを付記しておく。

神霊現実界の仕組みは、メーカー―間屋小売店

神霊界と現実界との間の関係を最もわかりやすく説明すると、メーカー問屋小売店という流通機構の関係とそっくりだということができる。メーカーが神界(感性)、問屋が霊界(心)、小売店が現実界(肉体)だと考えればいい。

私たち人間が商品を見るのは、小売店においてである。そして、小売店には現金が支払われる。問屋には現金があったり手形があったりであり、その問屋からメーカーへは、ほとんどすべて落ちるか落ちないかわからない長期の支払い手形なのだ。

小売店→問屋→メーカーへと流通機構が元へ帰るほど、現金の実感が希薄になる。現金は肉体的実感と考えていい。神霊界が奥へ行くほど、肉体的感覚が希薄になっていくのとそっくりだ。

ところで私は、神様に導かれてお弟子達と一緒に一つの会社を設立して、そこで様々な仕事をさせていただいた。

玩具、文具、電気、ファンシー、ファッション、アクセサリー、食品、建築、健康機器、教育産業、その他いろいろの勉強をするために、実にさまざまな業種をやらされたものである。

そして、そのつど思った事は、それぞれの業界とは何らかの神霊界の移写であり、天狗界、行者界、暗迷界、競妄偽界、餓飢道などと様々な霊界が存在するように、各業界は独自な霊界を形成しているということである。

それぞれに一長一短があり、それなりの商売のやり方がある。もちろん、そこに合った神様もちゃんといらっしゃるのであった。

業界別の神様活用法については、いずれ別の出版機会で話そう。

また、私は直売小売、問屋、メーカーをすべて経験させていただいたが、ふつうの人は決してメーカーや問屋まで商品を見に行かないし、また誰でも見られるというものではない。

では、メーカーや問屋ははるかかなたの存在なのかというと、商品を通じてその存在が感じられるから、必ずしもそうではない。洋服ならば、ビギがどうのワイズがどうのと話せるくらい、メーカーに親しみを持ったりもする。直接の付き合いはないが、商品を通じてつながっているのである。

神界は創造、発想、クリエイティブの世界だが、メーカーも同じだ。ことしのファッションはこの色、このデザインが流行するというように、クリエイトする。

そして、企業イメージ、商品イメージを高めるためにコマーシャルをやる。今や、時代や風俗を創って行く感があるほどに、影響力をもっているところもそっくりだといえる。

こうしてできた商品を問屋に卸す。それは感性が心に影響を与えている関係と同じだ。

そして、問屋はメーカーの意向を受けて、小売店に持ってくる。心が絶えず動き回るように、問屋も絶えず小売店への納品にかけずり回る。問屋のよさは、すみやかな納品体制(心の切り替えのすみやかさに匹敵)と、品揃えの豊富さ(よく柔によく剛に、経験が豊富なのでどんな人の心にもなれ、思いやりが深く知識も幅広いことに匹敵)である。

もちろん、値段が安ければ(謙虚な心で誰にでも気安く受け入れられることに匹敵)もっといい。

関西では、まず絶対に値段が安くなければだめである。だが、そうかといって小売店も、問屋が提供する全てを受け入れるわけではない。自分の店に合うものを選ぶからだ。

小売店は問屋に注文もつける。お客のニーズはこうだからこんなものがほしい、もっと別の商品も置いてみたい・・・・・・、とにかく売れるものが欲しい・・・・・・などなど。熱心な小売店ほど注文もうるさくなる。

メーカーも問屋に注文を出す。小売店にはこんなふうに言ってなるべく多くの商品を納入してくれ、値崩れしないような売り方を指導してくれ・・・・・・など。

しかし、問屋はメーカーの注文を小売店に伝えはするが、あんまり出しゃばらない。

小売店の独立性を重んじるから、聞かれない限り”関係のない情報〟を決して売り込んだりはしない。

そんなことをしても、売り上げにつながらないからだ。だが、お店に役立つだろうと思う情報は、どんどんサービスで提供する。それが問屋の魅力のひとつでもあるからだ。

問屋のサービスを受ける受けないは小売店次第

そういう問屋の性質は、霊界とまったくよく似ている。私達からは、実体があるかどうかわからないが、とにかく存在していて、現実界に間接的に影響力をもっている。

神界のようにクリエイティブではなく、現実界のように直接人々と触れ合うこともない。

だが、これがなくては神界も現実界も機能しないのだ。そして、もしここをうまく押さえることができたら、絶大な現世利益を得ることができるのである。

デッドストック(不良在庫)にハラハラして神経をとがらせ、メーカーと小売店の間をバタバタとせわしなく多量の人手と品物が行き交う。

これが問屋だ。しかし、この問屋がなければ流通経済は成り立たない。メーカーは商品を広く流通させることはできないし、小売店も多くの商品を集めることはできない。

また、小売店の在庫負担も大変となる。霊が守護霊として活躍するときも、これにそっくりなのだ。私達からは、実体があるかないか良くわからないけれど、前述のように現実界に間接的な強い影響力があるのである。

先祖でテッド(死んだ)した人のストックに神経を使いながら、背後霊団の多数の人手をさばいて、子孫に金運や結婚運などの色々な幸運を、せわしなく運んでくれる。

この霊界の存在と守護霊の存在なくして、神々の創造も、与えるヒラメキも、人々に広く確実に流通させることは難しい。

問屋の良さとは、敏速な対応と納品体制、そして品揃えの豊富さと値段の安さだと前述したが、その人の霊界や守護霊の良さもこれと同じだ。

子孫が困っている時に如何に敏速な対応をしてくれて、幸運を納品してくれるか。才能と霊力と霊覚の高い背後霊団を如何に豊富に揃えているか。そして、如何に気安く加護してくださるかなどである。

だが本来はその人の自発性がない限り、霊界問屋はあまり動いてくれない。たとえ間違っているなと思っても、正しい方向へすぐに諌めるのではなく、「いいのかな」と言う程度ではじめから強く止めない。

あんまり甘やかして、過剰な加護をすれば、神様からおとがめを受けるからである。賢い問屋はごり押しで小売店に商品を納めない。大量に返品されると困るからだ。これと同じだと思えばよい。神さまから引っぱり戻されて、守護のやり直しを命じられることもあり得るのである。

しかしやる気があって前向きに進む人にとっては、守護霊は懇切丁寧に道案内をしてくれる。ヒラメキ情報も、いっぱいサービスで与えてくださる。

熱心な小売店に対しては、問屋も役に立つ情報を提供してくれて、市場の状況などもつぶさに教えてくれる。これが霊界においては正しい霊感であり、霊覚となるものなのだ。

このように問屋の重点的な営業サービスを受けるか受けないかは、なんといっても小売店次第なのである。

守護霊は活用するほど力がアップする

ところで、小売店が繁盛するかどうかは、問屋の力の入れ具合による所が大きいことを、ここでもう一度力説しておこう。

優秀な問屋だったら、在庫も情報も斬新で豊富だからすぐに小売店の魅力作りの要望に応じてもらえる。

ところが、程度の低い問屋だったら、注文しても商品はなかなか届かない、ほしい商品を置いていないといった問題も起きる。

小売店はろくな商品がそろわず、お店の活性化も図れないままお客に逃げられてしまうことになる。

問屋である霊界にいる在庫の守護霊とて同じだ。今、勝負しなければならないときに、まるでパワーと判断力のない守護霊ではどうしようもない。

肝心なときにいつも失敗する人は、霊障が原因することもあるが、それ以上に問屋の応援ともいえる守護霊の品揃えと活性化に恵まれていないからだともいえる。

「そうは問屋が卸さない」では困るのである。一杯働いていただきたいのだ。それには、それに値する自分作りから始めねばならない。

ここで、繰り返すようだが守護霊を正しく活用するため、守護霊人事異動について詳しく触れておきたい。

私の知り合いにYさんという人がいる。彼は小学校の頃、背が低くて細くて、いつも後ろの席でおとなしくしている子だった。それが十一歳のとき、大きく変化した。

突然、先生の真っ正面に座りたくなり、友達を押しのけて前の席に座った。あまり手をあげなかった子が、積極的に「ハイッ」と手をあげるようになったのだ。それからグングン背が伸びて、体形もガッシリしてきた。当人も周囲もただただ不思議がっていたのである。

実は、十一歳のときに守護霊が交替したのだ。それまではおとなしい武士の祖霊だったが、ギリシア人の高級霊に替わったのだった。

そのため、Yさんはギリシア人に体形が似てきて、高校を卒業する頃は百八十センチにもなっていた。語学も非常に得意で、大学を卒業した現在、商社を経営している。

女性ならもっと美しくなりたい、男性なら運を開いて事業を成功させたい・・・・・・といった希望があるだろう。

そういうとき、私は守護霊交替秘法という方法で、守護霊を管轄する神様にお願いして、その人の希望にふさわしい守護霊に差し替えていただくことができる。

守護霊が替われば、性格も変わる。体形もまた変わる。より高い守護霊にきていただ 20 くと、急に環境が変わったりもする。そして、守護に値する人間になってほしいから、それだけ守護霊の要求レベルも高くなり、指導のあり方も、必然的に以前よりは厳しくなる。

たとえば急に両親が細かいことまでチェックしたり、先生が文句を言うようになったり、友達までが細々と忠告するようになったりする。

本人は急にピリッとして、顔が精悍になったり、眼光に輝きを増したりする。それで周囲の人々も、何かが変わったな、ということが確認できる場合が多いのだ。
環境の変化や志の転換などによって、自然に行われる守護霊の交替も、よくこのことをふまえていれば、いつ頃になされたのか、自分でもだいたいはわかるはずである。

努力すれば守護霊は指導霊から司導霊になる
守護霊は背後霊の中から出てくるといったが、正確には背後にいるたくさんの霊の中から、いい霊達が守護霊団を結成する。そのチーフをいわゆる守護霊と呼んでいるわけだ。

チーフはその人のニーズに応じて、神様の意に沿った人事によって決定される。その神が守護神というわけである。まず、小学生の頃は体力作りが大切だから、武術をきわめたような人の霊を守護につける。

次に中、高校生で勉強しなければならないときには、人生というものの理解力や咀しゃく力を養うために、学者などの霊に守護霊の役を担当させる。

最も高級な霊は、いちばん奥で控えていて、出番を待っている。もちろん、大局に立ってその人を見守っておられるのである。

そして、その人が大いに悩んだり葛藤したりする環境変化があった場合、また、人生の目標や意志を固めたときなど、高級霊が前面に出てきて、軌道修正をしたり、指針を明確にしたりする。それは、要するにビジョン、方針が固まったときだ。逆にいえば、いつまでもフラフラしている人には高級霊は前面に出てきて導いてくれないことになる。

前向きな人生の流れの中で守護霊が交替し、その人のニーズや環境に合わせて、一番ふさわしい守護霊がついていれば、その人はいい人生が送れるわけだ。

もともと守護霊交替秘法とは、少し不自然な道である。原則は、本人が変わることで守護霊が自然に交替し、霊的影響力に変化をきたすというのが自然なのだ。

この秘術は私の苦肉の策なのである。すなわち、どうしても本人が改まらない時、逆また真なりで、守護霊の方から先に替えることで、どうしようもない本人を改めることができるのではないかという、慈悲の発想からお願いして、神様に許された秘術なのだ。

このことについて詳説してみよう。

ところで、その人が絶えず努力し、御魂が連続発動(これが神の願い)すると、守護霊という存在もだんだん進化して指導霊というものになる。一般には職業とか才能を導く霊のことを指導霊という。

そもそも私達が守護している霊を自覚するのは、危険な目にあったが助かった時などである。交通事故にあって危うく一命をとりとめた時など、「ああ、守護霊さんに守られていたんだな」と気づく。

だが、これを私は「最低ラインの守護霊の自覚」と言っている。その人が死という最低ラインを割りそうになったときに、パッと守護してくれる、という程度の守護霊の働き方であり、自覚であるからだ。

普通はそれでもすごいと思うかもしれないが、もっともっと高くすばらしい運用のあり方があるのである。

では、最高ラインとは何か。明るく前向きに未来を信じて絶えず目標を持ち、ギリギリまでそれを極めて頑張るという生き様を続ける人には、守護霊は次々に先へ立って「こうするのがいい」「こうやればもっといい」というふうに指導してくれることである。守護霊は高い霊界にいる存在だから、過去も未来も見通せる。どうすれば成功するかもわかっているのである。

だから、こうしてその職業や才能が必ず成功するように、先へ先へと道案内をするのが指導霊なのである。こういう人こそが、先見の明があり、時代の潮流を読んで未来を先取りする人だと世間では言われるのである。

そうして、誰でもこういう努力を真剣に続ければ、やがてその人と指導霊とが一体となってしまう。これを司導霊という。どっちが本人で、どっちが指導霊なのかわからなくなった状態だ。

これはたとえば、背後霊というローソク群が燃えているとする。

通常は、その中で二十本くらいのローソクが集まって守護霊団を形成している。

それで本人が一生懸命に努力すれば、ローソクの炎も強くなる。私の原作したアニメ「神だのみ入門」に出てくるおしゃべり太郎が、不動の信念をもって戦った瞬間、守護霊団がグングン大きくなったのもこの理由だ。

ご覧になれば、参考になると思う。そして、仮に道を一心不乱に邁進した時などは、そのうちの一本がより明るくなって、正しい方向を示してくれる。

「幸せの道はこっちだよー」というわけだ。この状態が指導霊。

それからいよいよ司導霊になったら、二十本の炎がひとつになってより大きな炎となる。拙著「神界からの神通力」(たちばな出版刊)で詳説したように、炎が合体するのである。

そして、それが本人のご本霊と合体する。そうなると、守護霊の持つオーラ、才能、思考、技術が本人の一部となり、スーパースターのような人間になれるのである。これが、神人合一の基礎段階ともいえるものである。

悪霊が可導霊になることもある

今度はマイナスの例で言ってみよう。本人の怠りや増長魔がひどくなってしまって、守護霊のローソクがあまり燃えず、ほとんど消えてしまったような状態になると、正しい方向がわからなくなってしまう。

そこに悪霊が乗り込んできて、適当に指図する。それで心のおもむくまま、ひらめくままに動いたら、失敗ばかりが続くことになるだろう。

怠りの多い人の場合、本人はもともとやる気がないし、努力も嫌いだから、悪霊もどんどんつけ込んでくる。

そういう人に限って欲心の塊のような人が多いから、悪霊に一獲千金をねらわされたり、泥棒や詐欺や銀行強盗という方向までも導かれていくこともある。

そしてとうとう悪霊が司導霊〟となったとき、それが狐ならばキツネの顔と性格に、天狗ならば天狗、凶悪な霊ならば凶悪な形相や性格となって、常軌を逸した言動を取るようになる。これを完全憑霊の状態という。

私は高級な神界や神霊、霊人、エンゼルなどの取り次ぎが専門なのであるが、人々の目前の苦しみを救わんがために、やむなく慈悲の光明を輝かせて悪霊の救済除霊もやっている。

ほとんどの場合、悪運や病気なども一発でよくなってしまうのであるが、悪霊と本人が一体となってからではどうしようもない。

悪霊が「あっちがいい、こっちがい「い」とデタラメな方向を示し、本人も疑問を感じながら動いているという段階なら、除霊することで正しい道に戻すこともできる。

だが、全体がそのものになり切ってしまっている場合には、極めて困難なのである。無理にやるとその人の本霊も帰して、死んでしまうこともあり得るのだ。

ところで、一般的に狐霊がついたら油物が好きになるし、非常に性的欲求も強くなる。性格もイライラ、キーキーという感じになり、気分も常にコロコロ変わって一定しない。

性格が悪霊している霊とそっくりになってしまうからだ。その他、蛇がついたら水を飲まなくなり、タバコの煙が異常なくらいに嫌になる。

また執着深く、性質もジワーッとした陰険な感じになってしまう。

霊界における狐も蛇も、その素性を分析すれば人霊が化けている場合が多いが、それだけではない。もっと何種類にも分類できるのだが、「神界からの神通力」で詳述してあるのでここでは省略する。