第一章 人間の器を作る法
今現在を十二分に生きる
「中庸」に「君子はその位に素して行い、そのほかを願わず」というのがある。
これは今現在、自分の置かれている仕事、生活、場所で全力を上げて、十二分に生きる、ということだ。
上を見たり、下を見たり、右や左をキョロキョロ見て、〝隣の芝生はキレイに見える”と、欲ばかり燃やすのではなく、”他人は他人、オレはオレ〟と、老成して平々凡々とした生き方を求めるのでもない。
只今、只今を精一杯に生き切る、神道の精神に相通ずる、人としての最高の生き様に他ならない。
例えば天下人となった豊臣秀吉にしても、初めから天下を望んでそのために努力して天下人になったわけではない。
今太閤と言われた田中角栄は、新潟から上京し、苦労に苦労を重ねて総理大臣のイスを手にしたが、秀吉が生きた時代はもっと厳しい、民主主義よりも身分制度の厳しい時代だった。
貧乏百姓のせがれが天下を狙うなんて、秀吉とて考えつくことではなかったのだ。
だから秀吉は「そのほかを願わず」、織田信長の馬の口取りをしている時には、馬の口取りを一生懸命に勤め、草履取りとなったら、草履取りを一生懸命に勤めたのである。
別に将帥になるために、と草履取りの技をみがいたわけではない。
他の同僚たちが、”たかが草履取りではないか”と考えて、可もなく不可もないそこそこの平均点で勤めている時に、日本一の草履取りを目指して、熱心に努力したのだ。
ここのところを誤解すると、木下藤吉郎(のちの秀吉)の大出世話のエッセンスを見逃してしまう。
「そのほかを願わず」
草履取りのような仕事は、カッコ悪いからもっとカッコいい仕事をしたいよ、といった考えから、ほどほどに仕事をするのではその上も望めない。
草履取りを任じられたら、日本一の草履取りになろうと努力するからこそ、雪の降る寒い朝、信長の草履を懐に入れて温める、といった考えが生まれてくる。
大体が草履取りが何十人、何百人いても、そういう発想をする男はこの秀吉以外にはいなかった。だからこそ信長にとり立てられ、それがきっかけとなってトントン拍子に出世して、やがて天下人となることができたのである。
秀吉は観音様に導かれていた。観音様というのは、三十三相に化身する変幻自在な存在だ。
一つの役割、一つの生き方、それぞれの中に観音様の姿が現われている。
ほどほどに生きようとする時には、観音様もほどほどの姿しか現れず、守護霊もほどほどにしか力を貸してくれない。草履取りの仕事はそれ自体重要な仕事ではないから、ほどほどにでもやりこなせるだろう。
しかし、秀吉の「日本一の草履取りになろう」という努力のなかには、一つの器を完成させることで、器でない器へと変化していく道が隠されている。
与えられた器に徹し、その器をマスターすることで、次の抜擢への道が開かれてくるのだ。
草履を懐で温めた故事を知っている人は多いはずだ。けれど、それをどう理解していただろうか。秀吉の頓智話か、ごますり話としかとらえていない人がほとんどではないだろうか?
しかし、世の中に小才がきく人間、ごますり人間は数知れずいる。だが、多少のオベチャラで秀吉のように昇りつめた庶民はいないことを考えれば、何がポイントかわかるはずだ。
秀吉の時代も今も、生まれついて人の上のそのまた上に立てる人はそうはいない。ほとんどの人の社会人としてのスタートは、下積みから始まるし、下積みで終わる人も多い。
しかし平社員だから、経理マンだから、セールスマンだから、あるいは自分が望んだポストではないから、又、自分に適した仕事がないからしばらくはアルバイトでもしながら、気ままにと考えていると、その人の人生はそこで行き止まりになってしまう。
やはり、目前の与えられた仕事、運命にベストを尽くすことこそが、一見遠回りに見えても、実は一番着実に、頂上に向かって前進している姿なのである。
キャバレー王の出世秘話
かつて、キャバレー王と異名を取った福富太郎が、大出世したきっかけの話も同様であった。ここで紹介してみよう。
彼はあるキャバレーの店員をしていた。ここまでは普通の若者と何ら変わりはない。しかし彼は、他のどこの店員よりも早く出勤し、努力しようと決めて実行したのだった。
ある日彼は、いつものように開店前の誰一人いない店で、一人で一生懸命店内の掃除をしていた。そこにたまたま滅多に来ない店のオーナーがひょっこり現われた。
そこに、一人黙々と掃除に精を出す一人の青年、福富太郎がいたわけだ。オーナーはいった。「君、一人で何やってるの」
「ハイ。開店までにきれいにしておこうと思いまして」
「ホウ…………、ところで君は名前は何というのかね」
「ハイ、福富といいます」
「そうか、えらいなー。まあ頑張ってくれたまえ」
そう言ってオーナーは去っていった。
その後間もなく、彼はその日のことが高く評価され、店長に抜擢され、高成績を上げて、大出世物語の幕は切って落とされるわけである。
彼は、オーナーに目立とうとして頑張ったのだろうか。いや、そうではない。まったく無心に、今与えられた環境、立場、運命の中で、精一杯生きていただけだったのである。
運はそういうところから突然やって来るものなのだ。
秀吉の子守り時代
話を戻そう。只今、只今に一生懸命生きた豊臣秀吉が、天下人になった時、ある人が、「太閤様の生涯で、一番辛かったことは何ですか」とたずねた。
すると秀吉は即座に、「子供の頃の、子守り時代が一番辛かった」と答えたそうだ。
発展途上国に行くと沢山いるが、現在の日本では見られなくなったもののひとつが、この「子供による、子供の子守り」だ。
保育園や幼稚園が整備され、あるいは経済が豊かになって核家族化した現代では見かけなくなったものの、昭和三〇年代の初め頃までは「子供による子供の子守り」は日本でも珍しいものではなく、ごく当たり前のことだった。
生活費の一部を稼ぐために、あるいは両親が働きに出た留守の家庭で、幼い弟や妹の面倒を見るために、「子供による子供の子守り」といった姿があった。
子供というのは、理屈よりも自分の感情を中心として生きている。わけもなく泣き出しては、「お母~さ~ん」と呼んでみたり、だだをこねたり、せがんでみたり、欲しがってみたり、それこそワガママの見本のようなものだ。
秀吉は貧しい家計を支えるために、子守り奉公をしていた。だから「子供のワガママに耐えられないから」「自分には適していないから」「気が向かないから」、といった理由で断るわけにはいかない。
あやしたり、なだめたり、機嫌を取ったりしながら子守りを続けたのだろう。子供の心は刻々と変化して一分たりとも立ち止まらない。
今これを喜んだかと思うと、すぐに別のものを欲しがる。それを与えると、ものの一〇分もしないうちにポイと投げ捨て、興味は他の方向へと移ってしまう。
その子供の、刻々と変化する気持ちを読み取って、子供の機嫌をそこなわないように努力する。
おそらく意識しないところで「そのほかを願わず」と、子守りという器に徹したことが、秀吉が天下人となった最大の武器である”人たらし”の才能を身につけさせたということだ。
“人たらし”とは、相手の心を捉えることだ。この才覚があったからこそ、秀吉はその波瀾の人生の数々の切所で、ライバル達との抗争にことごとく勝ち得た。つまりは”オベンチャラ”の力だ。
特に最強のライバルであった徳川家康を叛かせないために、ありとあらゆるオベンチャラを駆使したのだ。豊臣政権が、秀吉の死後日ならずして崩壊滅亡したことを見れば、この秀吉の人たらし”の才覚がいかに重要だったかが知れる。
その才能が子守りの業で得られたのだ。子守りであっても草履取りであっても、その仕事に徹することによってこそ、道が開けることはお分かりいただけるはずだ。
最近の若い人たちは、ヨーロッパやアメリカの文明こそ、最も進んだ文明だと誤解していて、他人のことよりも自分のこと、自己主張ばかりを優先させることが、文明人でありカッコ良い生き方だと錯覚しているようだ。
ロビンソン・クルーソーではあるまいし、無人島で一人で生きているのなら、自己主張を優先させることもできようが、人間が〝社会”という共同体の中で、互いに協力し合って生きている以上、秀吉の”人たらし”といわれるほどでなくても、絶えず相手の気持ちや感情への思いやりがなければ、共同体社会を維持することは不可能だ。
ヨーロッパやアメリカで、戦争や個人間の争いが絶えないのも、ピストルやライフルがスーパーで売られていて、互いに武器で自分を守らなければならないのも、その根本には自己主張こそ絶対であり、相手の心や感情をくみ取ることを拒む、といった他人に対する不信感があるからに他ならない。
話は脱線したが、秀吉の”人たらし”は、子守り時代に養われた才能が、その後様々な場所で「そのほかを願わず」という努力のなかで磨かれたもので、他人の感情や心の動きに非常に敏感であった、ということだ。
これは相手の感情や心に、卑屈に迎合するということではなく、むしろ、相手の心や感情を上手に実現させてあげる、ということである。
自分に合わない仕事だから、しょせんオレたちは組織の歯車でしかないから、とにか日常生活さえ何とか過ごせればいいから……ということで、今与えられている器に徹しないとするなら、観音様や守護霊から見ると、その人は本当はその器に徹するだけの実力も熱意も能力もないだけの、ただ表面的にカッコづけをしている根の無い浮草のようなものでしかない。
「君子はその位に素して行い、そのほかを願わず」
自分が今置かれている場所、地位、生活の中で、誰よりも一生懸命努力をしたならば、神様や守護霊が見ていて、自然に自分の望む方へ、その人の才能を発揮できる方へ、良い方へと進ませてくれるのである。
心の幸せとモノの幸せと
子育てを終えて、ホッと一息入れた年令に達した中年女性の離婚が増えているという。
自分は今まで夫や子供のために犠牲となっていたのだから、これからは自分一人で、自由にのびのびと生きたいように生きたい、といった理由からとのことだ。
しかしよく見れば、夫や子供のために自分の人生を犠牲にしてきた、といった考え方には、思い上がりがあるような気がする。
女性が夫や子供のために、自分のしたいことや楽しみたいことを犠牲にしてきたのなら、男性も又、妻や子供のために自分の気持ちや心を殺して、仕事に励んできたのだ。
子供たちにしても、両親のために、本当はのびのびと遊びたい心を殺して、塾へと通い、受験戦争に邁進して来たのである。
人が生きていくのは、神様から与えられた立場の中で、どれだけ修業を積んでいけるのか、ということだ。
それは、自分のことばかりを主張するのではなく、他人のためにどれだけ生きられるか、ということでもある。
ひところ”ウーマン・リブ”旋風が吹き荒れ、男性社会に対する反乱ということで、家事も共同、育児も共同、そしてシングルライフこそ、女の自立のシンボルのように言われたことがあった。
私たちがこの世に生まれたのは、前世までに行なった徳分によって神様が、「今度は、あそこに行きなさい」と命じられて誕生したわけだから、今の生活を充実させることをしないで、反抗するということは神様に反抗するということになる。
家庭に縛られたくない。子供を育てることで自由を束縛されたくない。
酒を飲み、いろいろな男性と交際し、気ままに自分のやりたいこと、楽しみたいことをやりたいんだ、という女性は、それだけ自分の徳分が消えていっているということだ。
幸せの根源というものは、目に見えない無形の天徳というもので、これが有形な形の富や財産、地位や名誉、夫(妻)の喜びや子供の喜び、といったものへと還元される。
その徳分を自分の趣味や楽しみ、気ままな生活のために浪費していたのでは、どんどん幸せの確率を低くしていくようなものといえる。
どんなに才能のある人でも、一〇〇点満点の人生を送ることはできない。
社会的な成功を手に入れるためには、家庭や子供とのつき合いを犠牲にしなければならないし、家庭や子供を大切にすれば、社会的な成功を犠牲にしなければならない。
どんな人でも、自分だけの徳分で生きているわけではなく、両親や先祖の徳分を受け継いで生きている。
だから自分の子供を生み、徳分を子供に与えることは、人生の義務でもあるわけだ。
親や先祖から受け継がれた生命を、子供を通じて子孫に残していく。それは、私たちに与えられた大切な使命だ。
それなのに、夫や子供のために自己を犠牲にしてきたと考えるのは、あまりにも自分勝手な考え方で、決して幸せな人生を送ることはできなくない。
この世における修業とは、自分をどこまで犠牲にして、他人のために尽くせるかということだ。
自分の分身である子孫のために尽くすことは、むしろ、喜びであり、楽しみでなければならない。そのように徳を積むことで私たちは、転生再生した時に、霊的ランクの上がった世界に生まれ変わることになるのだから。
子供を三人育てると天国に行ける
子供を育てることは、自分を犠牲にして苦労しながら、自分の徳分を積んでいくことだ。
だから、男女に関わらず三人の子供を立派に育て、人格を完成させ、社会に役立つように育てたら、そのお母さんは他にこれといって何もしなくても、文句なく天国界の、第三天国(天国界上・中・下の下段)のいいところに入れる。
子育てというのは、子供に対して自分の徳分を投資しているようなものだ。自分の目に見えない徳分をお金と考えたなら、それで土地を買ったり、株を買ったりして投資をして増やすのと同じだ。
徳分が現実のお金と違うのは、子供を立派に育てることで、その子供が社会のために役立つことによって、お母さんの功徳となって還元されてくる、ということである。
それは、現実のお金のように目には見えず、あまりはっきりした形となって現われはしないから、それだけに気苦労も多く悩みも多くなる。
しかし、その苦しみや悩みの積み重ねが、功徳となって天国への扉を開いてくれると信じきることが大切だ。
世の中には子育てがしたくてもできない人もいるのに、子育てをただ苦労と感じるのは、ぜいたく過ぎると言うこともできる。
過保護に育てるのが最高の
徳
子供は六才ぐらいまでに脳細胞のネットワークを完成させる。脳の発達心理学によると、六才くらいまでに脳のコンピュータはできてしまう。
この時に、数の概念とか、文章概念、類推力、色の感覚といったものもできあがる。
人間の頭脳を九十六種類に分けて、それをバランスよく錬磨していこうというギルフォードという人が考えだした方式によると、1~6才までの間は人間の一生涯の基礎を作る大切な時だから、なるべく母親が子供と一緒に過ごせるようにすべきだと言う。
肌と肌の触れ合いでお母さんの温もりを伝えるようにしないと、心のいびつな子供が育ってしまうのだそうだ。
自立する女だ、キャリア・ウーマンだ、といった美名に隠れて、仕事にばかり熱中したり、あるいは自分の趣味や楽しみを優先させたりすることで、教育のチャンス、天の時を逃すと、いずれ天の報いを受けて悔いを大きくすることになる。
この頃は、親が過保護に育てたので自立しない子が多いと良く言われる。しかし、これは間違いだと私は思う。今の親たちの中で、本当に過保護にしている人が何人いるか。むしろ「不保護」ではないかと思うのだ。
過保護に育てることは、無条件に子供の言うことを受け入れて、甘やかすことではない。
なるべく一緒に過ごしてあげて、ふれあってあげるという意味の「過保護」を、もっと実践することをお勧めする。
仕事を持っていて、子供と一緒に過ごす時間が少ないから、子供に申し訳ない、可哀想だと、やたらにオモチャを買い与えるお母さんは確かにいるが、知恵のあるお母さんとは言えない。
これは過保護でなく、保護の放棄だ。考えてみてほしい。
子供のいいなりにオモチャを買い与えることが、親のなすべき保護活動であるわけがない。親のかわりにファミコンやお人形が、子供を保護してくれるわけがないことは、すぐわかることだ。
この過保護と言うより不保護の問題から、多くの社会問題が生まれているのである。
子育ての五大ポイント
子育ての第一のポイントは、三才。”三つ子の魂百まで”と言われるように、三才までに、しっかりとしたしつけをつけることが大切である。
子供にわがままが通らないんだ、ということをしっかりと厳しく、身体で覚えさせる必要がある。この時、肌と肌を温め合うように、いつも抱きしめるようにして育てていないと、子供の心が冷めてしまう。
ひと頃日本でも、ヨーロッパやアメリカの育児こそ最も進んだ方法である、といった誤った考え方に捉われて、小さい頃から個室を与えて、自立性をもたせるようになった。
その結果はどうか。子供の頃に、両親の肌の温もりを知らずに育った子供たちにとって、両親とは、単なる大人の同居人といった感じしかしなくなったのである。
ヨーロッパやアメリカの子供たちの非行が、そのことを説明しているし、日本でも子供部屋が、不良仲間の溜り場になっていることから、子供部屋の見直しが真剣に考えられている。
葛飾区で数年前に女子高生を誘拐して部屋に連れ込み、しまいに殺す事件が起きたが、あれなど子供部屋がなければ起きなかったとも言える。
どんな人間にも人権があるように、全ての子供にも生まれながらにして、基本的人権がある。
しかし、人間の人格というのは、生まれつき持っているものではなく、家庭環境や教育によって作られていくものである。
子育て、あるいは教育とは、この子供の人格を作り上げる仕事だ。
子供のための個室、といった考え方のなかには、この人権と人格を混同している部分が多いように思われる。
バランスの良い人格を作ってあげず、子供に部屋だけを与えたことの結果が、例に上げた忌まわしい事件だったのだ。
第二のポイントは、三才~C六才までの三年間だ。子供の脳がバランスよく発達するように、お母さん方は子供と一緒にいる時間を、なるべく多く持っていただきたいものである。
親の姿が子にうつる
子供は親の姿を見て育つ。子供にとって親は、神様のようなものだ。その親が、自分の仕事や趣味、楽しみを優先させていたのでは、子供との間に越すに越せない深い溝を作ることになる。
感情や情緒、他人に対する思いやりややさしさ、協調性といった、とても大切なものを育てなければいけない時期に、お母さんが傍にいないのでは、子供の心は冷えきったまま育たなくなってしまうからだ。
では、子育てに大切な次なるポイントとなる年齢は、いつ頃だろうか。
実は、第三のポイントは、小学校四年生頃だ。この頃になると、人間の抽象概念が発達してくる。
私自身も、この年令頃からいったん、霊の姿を見なくなった。この頃から、人間は脳のなかに様々な知識を取り込み、その分純粋な心を失っていくのかもしれない。
小学校では、四年生から授業内容が一ランク上がり、割算や分数計算が入ってきて、いわゆる算数嫌いによる落ちこぼれが出てくる。
だから、小学校四年生くらいからの塾通いが、もっとも多いのだ。特に早生れの子の場合、この年令の一年違いは、とても大きなものがある。
早生れの子は三年生になったら、机の前で勉強する習慣をつけ、遅れないようにしないと子供だけでなく、親も苦しむようになる。
第四のポイントは、中一の終わり頃だ。英文法が難しくなってきて、わからなくなり、 わからないから面白くなくなって、英語嫌いとなってしまうケースが多い。
英語の場合は、高校受験にしても大学受験にしても必要な課目で、この課目が苦手、あるいは嫌いになることは、それだけ良い高校や大学に行けなくなってしまう。
だから、この時期の勉強は大事なのだ。
第五のポイントは、高校受験の時。高一の終わり頃になると、自我が目覚めてきて、子供はお母さんの言うことに、とにかくまず反発し、反抗するようになってくる。
しかし、高校受験の時は、やはり親の努力が必要な時期だ。
環境が違うと勉強のはかどり方も違う。どんなに良い素質を持っていようと、本人に努力する意志があろうと、環境が悪かったり、レベルが低すぎたのでは、知らない内に自分もそれに合わせるようになってしまうからだ。
その辺のことを考慮して、子供が勉強できるいい環境作りに、親は気配りをしてあげてほしいものである。
このように、子育てにはいくつかのポイントがあるが、その基本は素直ないい子を育てることだ。
ただし、素直ないい子といっても、親の言うことをよく聞くいい子、教師の言うことをよく聞くいい子、といった羊の仮面を被った狼のことではなく、心の純粋な子、判断力と協調性を持った素直な子という意味である。
このような子供は、小、中、高の成績を見ても、全部いい。守護霊の加護を受けやすく、目上からの引き立てを受けやすいからだ。
ところが素直でない子は、水子の霊やほかの霊のたたりもあって、どうしてもいびつで、勉強嫌いな子になってしまう。
子供が親から別れる時
一般的には、高一の終わりから高三にかけて、親の言うことを聞かなくなり、干渉されると逆に反抗するようになる。
お母さんの言うことだからと、逆のことを言ったりやったりするようになってきたりもする。
これは、子供が精神的にも肉体的にも成長してきて、親から離れ、別れて一人立ちをしようとしている時期になってきている現れである。
未熟で、親の目から見ると危うい感じはするが、相手も一人前の人格の持主だと考えるようにして、本人が望むこと、進みたい方向へ、進ませてあげることが大切。
これが、私が教育業を二十二年間続けてきて、わかったことだ。
沢山の生徒たちを見てきて、教え、相談を受け、考えてきて、ようやくわかったことでもある。どうしてもっと早く、これがわからなかったんだろうか。
できたら、子供たちのその姿を、多くの父母に見せてあげたいくらいだ。
それがわからないから、父母が子供のことで悩んだり、苦しんだりして私のところへ相談にくることになるのである。
この辺の子育ての話は、拙著「こどもを持ったら読む本」(たちばな出版刊)により詳しく述べているので、興味のある方は一度お読みいただければと思う。
子供を立派に育てれば、親の功徳は計り知れない!
男の子と女の子を比べた場合、女の子の方が三分の一くらい費やす徳分が軽い。
もっと詳しく述べれば、母親は男の子を産むと三、〇〇〇万功~一億功の徳分を失なう。一方、女の子の場合だと一般に一〇〇〇万功~三、○○○万功ぐらいを失なうに止まる。
それだけ男の子は立派に成長すれば、世の中に役立つけれど、マイナスに育てると、その分社会に及ぼす迷惑も大きい。
そこのところも神様は必ず見ておられる。だから、子供を立派に育てることは、結局育てた親(自分)のためということになり、損をした とか、人生を無駄にしたなどということはありえないのだ。
しっかりと子育てをした人は、晩年を健康に過ごし、苦しむことなく大往生ができ、良い霊界が約束される。
子育てによる徳分の投資に対して、神様は大きな功徳(喜び)返してくださるのだ。
ところで、先に述べた子育てのポイントをしっかり押さえて、子供の人格が素直に育つようにしても、なお親の言う通りにならない子供がいるものだ。
こういう子供は、もっと大きな天命があり、もっと強い守護霊がその子を天衣無縫な子に育てようとしている場合がある。
親がこうしてやろうと思っても、どうしてもできない時は、その子の持っている運命、その子のもっている守護霊の力によるのだから、これは例外として、かえってそれが大成することがある。
あるいはものすごい因縁をもっている子で、親のつぐないとして、その子によって改心するための親のつぐないのためにきたどうしようもない子は、例外として考えなくてはならない。
いずれにしても、神様や守護霊が見ているから、いい加減な子育てをしていれば、必ずその報いを受け、死んでからも苦しむことになる。
女性が趣味を持ち仕事に生き、多様に生きることは大変結構なことだが、趣味であれ仕事であれ、それがその人にとって大いなる喜びであるのなら、自分の子供にもその喜びを分かち、共有するというような生き方ができるはずだ。
親も楽しく子も楽しく、という子育てができたら、そういう人生が自己犠牲であるはずがない。
一時的な人気に溺れないのが”本物の人生”
本来私は派手な人間で、楽しく明るく、歌ったり踊ったりして賑やかに過ごすことが好きな性格だ。でも、それを抑えて非常に地味な毎日を送っている。
老子荘子が選んだ天地の法則を知っているために、本来もった自分の性格とか性質からは全く考えられないような生き方をしているのだ。
人はそれぞれ神様の仕組み(願い)を担っているし、おのおのの位置というものに責任があるものだ。
そこで私は、自分自身の生きたい方向や生きたい生き方には反しても、神様が私に求めておられる通りに生きているまでである。
どうしても人間というのは、欲心、地位や名誉、自分の楽しみの方へ行ってしまう。その欲心や楽しみが、節度を持っていてバランスが取れていればいいのだが、どうしても行きすぎてしまうと、その反動が必ずやってくる。
私の生き方は、そういう生き方に反している。
つまりは、情に竿さして流されまいとするのだ。
例えば、私の書いた書籍は今売れているが、だからといってテレビに出たりはしない。週刊誌の取材にも応じない。
ブームというのはやがて消えていくし、マスコミは浮気性だから、うかつに乗るとピエロのように踊らされるだけということになる。
ヒットが出て、ブームに乗った中小企業は逆に危ない!
真実のものを長く残し、社会に貢献していこうと思ったら、ヒットや一時のブームに心を奪われずに、淡々と本当の道を頑固にやっていくしかない。
そういうふうでなければ、どうなるか。
例えば、中小企業が倒産する一番多いパターンというのが、それだ。
ヒット商品が出るが、二度目のヒットが出なくて倒産するというものだ。一発ヒットが出た時に、調子に乗って深追いをし、社屋を大きくしたり社員を急に増やしたりするからだ。
どうしても二度目、三度目のヒットが必要となって、焦りが生まれてしまう。
しかし、ヒット商品をそもそも一発だけ出せる、という程度の蓄積しかなかったわけだ。「LSP」という会社は、お肌を泡できれいにするというので大当たりをした。
ところが売上げが増えれば、それだけ税金の支払いも大きくなる。そうしたことを考えて資金繰りをしなくてはならないのに、それを怠り、とにかく規模ばかり拡大した。設備投資で工場を大きくして、社員を増やしたのである。
その結果、税金を払うために銀行から借入れしなければならず、その借入れを返済するために第二弾、三弾のヒット商品を狙ったが、うまくいかずに倒産寸前で青息吐息ということになった。
こういう例はこの会社に限らず実に多い。一つのヒットで浮かれてしまうと、神通力も守護霊の力も借りられなくなってしまい、意気込みがカラ回りして、失敗することになる。
自力でやるとエラク疲れる
想念術とか、気功術、あるいは霊気療法や超能力開発といったものが売れているようだ。こういったやり方は確かにある程度は即効性があるが、万能でも永遠でもない。
これらに共通しているのは、今まで使ってこなかった自分の霊力とか霊能力、念力を活用することだが、実はこうした「自力」というものは、どんどん使えばそれだけ生命力を弱め、疲れてくることを知らなければならない。
また、自分の想念やイメージを、いろいろと作りだしていく方法もあるが、あくまでも自力、内在するものを出そうというのだから、長くは続かない。気功の達人でも、一度に気を使いすぎて衰弱してしまった人も多い。
いろいろ見ていても、やはり長続きしている人は見かけない。一発しかヒットが出ない会社と同じで、無限の霊能を持つ人など世界に何人もいないからだ。
神様によりかかって生きると元気がでる
私がすすめる人生の送り方は、斜めになって歩こう、はすかいに歩こうということだ。とは言っても道を斜めに歩けというのではない。半分神様によりかかって、半分は自分で立って歩こうということなのである。
半分は神様によりかかり、守護霊さまに甘えて、苦しい時には、苦しいから助けて下さいという。そうすれば神様や守護霊さまが助けてくれる。
それを、自分だけでやろうとすると、疲れてしまって長続きしないのだ。特に気功術のように、自分の霊気やパワーを出して手当てする、といった治療法は、非常に危険だ。
Mさんという人が、手当て療法という本を出している。人々のために良いと思って、一生懸命に手当てをする、霊気療法ともいって手から霊気を出すという方法だ。
この治療法が効かないと言うのではない。ご本人も言っているし、私も認める。良く効くのである。
なぜかというと、これは、生体エネルギーとオーラとエクトプラズムという生命体を、どんどん流出させ相手の体に入れているのだ。
だから、治療できるのである。しかし、同じ理由で、術者は自分の寿命を短くしていくことになる。私自身が知っている範囲でも、気功術をしている人で長生きをしている人はいない。
よほど天地の気というものを受けて、神様の力をもらわなかったら、自分だけで出すというやり方は、自分の生命力を出すわけだから、それだけ寿命を縮めていることになるという当然の原理だ。
気功術の場合、一人の治療者は、一日に二、三人くらいしか治療できない。というのも、それ以上治療したのでは、とても生命がもたないからなのだ。
断食修業をして霊能力や超能力を出す人も同じことだ。霊能が得られても、むやみに発揮した途端に本人が死んでしまったりする。
さて、それでは霊能を活用して人のためにすることは不可能かというと、そんなことはない。それが「斜めになって歩こう」ということだ。
つまり、自力と他力(神力)を十字に組んでやれば、疲れるどころかかえって元気になってきたりする。
私の主宰するワールドメイトでも、手をあてて病を改善する方法も行なっている(薬寿の法という)が、神様から神気をいただいて行なうので、行なう人(薬寿師という)も全く消耗しない。
何より相手に伝わるパワーの質が、人の生体エネルギーよりはるかに高いから、ものすごく元気になる。
また、このやり方でやっている私は、セミナーなども、やろうと思えば一日に一八時間ぐらいぶっ通しで、それも五日も六日も続けられる。
参加者の方がもたないのでやらないだけだが、本人は少しも疲れず、続ければ続けるほどますます元気になっていく。
以前、書店でサイン会など行なったことがあるが、場所によっては千人近くのお客様がいらっしゃるので、八、九時間一秒も休まずサインや色紙にメッセージを書き続けた。
すると書店の方や参加者のみなさんは、そのパワーと持久力に大変驚かれるようだ。しかし、それは半分までは自分でやるが、途中から意識がもうろうとしてきて、神経もバラバラよって残りは神様がやってくれるから出来ることなのである。
自分で出来る限りのところまで努力するが、それ以上は他力、神様と一緒にやるので、やればやるほど元気が出てくるのである。
続ければ続けるほど元気になって、やるごとに盛り上がって、やるごとに楽しくなってくる。そうでもしなければ、大勢の人に満足してもらえるようには出来るものではない。
人生も同じことだ。何でも自分でやろうとして、想念術や超能力開発といったことで苦労してみても、疲れるばかりでちっとも楽しくない。
そして、結局は生命力を弱めて止めてしまうことになるから、せっかくの良い動機も無に帰してしまう。実に、残念きわまりないことである。
人間というものは、もともと未熟で欠点だらけの存在だ。完璧な存在でないのだから、無理に完璧を目指して背伸びをしたのでは、疲れるばかりだ。
それよりも、自分が未熟であることを認めて、神様や守護霊によりかかって、”神人合一”して生きていく方が、はるかに楽しく、明るく、元気に生きられる。その上、その方が、いつまでも永続きするのである。
それだけではない。神人合一をしてくれば、自分の才能も運勢も何倍、何十倍と発揮できるようになり、社会的にも現実的にも周囲が驚くばかりの活躍が出来るようになる。
神様の知恵が、いくらでも引き出せるようになるからである。
ワールドメイトでは、その「神様へのよりかかり方」「神人合一する方法」なども詳しく伝えているので、一度私たちのセミナーを聞いて、コツをつかんでいただければと思う。
セミナーに興味のある方、または活動についてのお問い合わせは、以下までお願いいたします。パンフレット(無料)のご請求も受け付けております。
神様と一体化してダンスのように生きる
恋慕すれども恋慕しすぎない。苦しむけれど苦しみすぎない。
人間というのは、あまり苦しみすぎると心がいびつになって歪んでくるものだ。心がすさんでしまって、砂漠のようになってしまう。
「若きウェルテルの悩み」に学べ、とばかりに、悩むことが生きがいだというような人が割に多い。
しかし、こういう人に限って、苦しみの反動で金儲けに走ったり、女狂いになったり、大きな御殿のような家を建ててみたり、権力や金力や地位や富を求めて、バランスをとろうとするようになってしまうものだ。
だから、苦しんでもよいが、あまり苦しみすぎないようにするのが大切だ。私自身も、明るい性格ではあるけれど、苦しいこともいろいろあった。
人間の顔には、その人の育ってきた過去や現在の心の状態が現われてくる。苦しみすぎて心がいびつに歪んだ人は、顔もいびつに歪んでいる。
その反動で金や権力や女狂いをしている人たちは、ギラギラと欲望で脂ぎっている。
けれども私は、半分以上苦しくなったら神様が助けてくれるから、そうなる心配はない。神様によりかかって、もたれかかって生きているから、すごくラクに楽しく生きている。
これも、神様と一体(神人合一状態)になって生きているという所からくる、安らぎと安心の境地だが、そうでないと神界の感覚というものは会得できない。
神人合一といっても、神様にすがりついているわけではなく、よりかかっているようないないような状態だ。
私が動いたのを神様が助け、神様が動くのに自分が乗っていくというふうである。これが神人合一の感覚である。
これは、ダンスのような感じだ。ダンスは、やればわかるが理屈でうまくなるものではない。
タンゴの曲がかかって、右から出なければならないから、今はこっちからこうして、次はこうして、といちいち考えながら踊る人は疲れるばかりで、上手でもなけれ楽しくもないだろう。
理屈じゃなく、互いにパートナー同士の呼吸がぴったり一致していて、パートナーが自分か、自分がパートナーか、わからないくらい互いに一体化して、二人が一人で動いているくらい軽快だからこそ、音楽も一つ、観客も一つになって、何時間でも楽しく踊れるわけである。
“神人合一”というのは、こういう感覚で、神様と自分が、毎日ダンスを踊っているように、神様が自分か、自分が神様かわからないように一体化している状態のことだ。
個我を持って天地と一体化
黒住教の教祖である黒住宗忠公は、「信仰というのは稽古ごとだ」と言っている。
信仰というのは、お茶、お花、柔道なんかと同じように、基本法則は簡単なもので、真に会得するためには、何度も何度も練習をして、考えなくても自然に水の流れるように身体が動いていくようになることだ、ということで、大変教えられる。
神人合一するということは、この黒住宗忠公が言っているように、練習を重ねて自然に身につけること。
ダンスを踊るのも、神人合一するのも同じこと。練習に練習を重ねることでお互いのタイミング、呼吸が合ってくるようになる。この練習を怠けていたのでは、とても呼吸もタイミングも合わない。だから理屈ではないのだ。
その為には、まず神様を信じること。信じ続けて、どこまでも信じる。信じるという練習を続けることで神人合一に近づく。それは、我を出しすぎても駄目だし、神様に頼りすぎても駄目だ。
練習をせっせとするのは自分の努力、個我の力、責任で、それなしには神人合一はできない。けれども「このくらいがんばったんだから……」と我を張っても、それはやはり駄目なのである。
練習、練習。やはりまず、正しい神人合一の法を聞いて、そして次々いろいろやってみる。そうして体験を通して体得する以外に「神人合一の道」の上達法はないのである。
禁欲を成功させる唯一の方法女性と金と権力。
これは、どんな男性も共通して気をつけなければならないものである。そんなことを言うと現代では、ずいぶん禁欲的だと思われるかも知れないが、私は自分で、それらに対して戒めを作っている。それにはわけがある。
私の家は七代続いた酒造りの家だったが、祖父が大変な道楽者で酒や女にのめり込んだ生活だったために、その因縁が残されたのである。
それが私の父には、志(目指した道での成功)を得られないための荒れた生活となって現れ、子供の頃の私には虚弱体質となって現われてしまった。
そして何よりも、私に戒法を決意させたのは、私と女性とが電極のプラスとマイナスのように、互いにスレ違い反発し合っていることに気づかされたからだ。
初恋は小学校五年生の時、それから中一、中二、中三…、今までに十数回も女性に恋をしたのに、どれひとつとして成就したものはない。
不思議なくらい、私が好きになった相手は、昔、たちまち転校したり引越したりして、いなくなってしまったのである。
一度の失恋ならまだしも、何度も続く……。そのたびにデートを申し込む。でもナゼか必ず、「もう少し早ければよかったのに」「私、一週間前に婚約したの」などと言われる。
その頃の私にとっては、それは五体がバラバラになるようなショックだった。
そうした苦しみと悩みのなかで、私はついにひとつの悟りを得た。”これは天命なのだ”ということだ。
先祖代々の因縁を私の代で断ち、残っている良いものを世の中のために活用すること、そのことが同時に私自身の修養でもあると。
私は、中学一年の時に日記にこう書いたことがある。
「人間は楽しみと苦しみを通して、自分の魂を向上させ、向上させた分だけ世の中を良くするために生まれてきたのです。
私も、私の因縁を断ち、世の中のために役立つような人間になろう。神様の使命に生きよう」と思えばそれは、「禁欲宣言」でもあったというわけだ。
ところでギリシャの哲学者は、「禁欲生活は成功しない、その反動が必ず心のどこかに、イビツな形で出てくる」と言っている。なるほど、そうかもしれない。
聞くところによると修道院のシスターは、風呂に入る時も服を脱がずに、白装束で入るとのことだ。女性というのは、どんな人でもナルシストで、必ず自分の肉体や精神のなかに、美点を探し出そうとする。
禁欲生活を続けるシスターが、裸で風呂に入り、自分の豊満な裸体を目にして、思わず”アア、何て美しく豊かなバストだろう” “この肌の艶美しさは誰にも負けないわ”といったような気持ちを起こさせないためにも、白装束のまま入浴するということだ。このように、禁欲は長続きしないよ、
どこか歪んで底意地が悪くなったり、財テクに走ったりするようになるよ、と、言うわけだ。
しかし、先のギリシャの哲学者は、先程の言葉に続けて、「たった一つだけ(禁欲が)成功する方法がある。それは何か、ものごとに没頭することだ」と、述べている。私も、この没頭することを自分に課している。
私は、自分に課したいくつかの禁欲は、世の中のため、人のために神様の御心を伝えるべく東奔西走することで、禁欲していること自体までも忘れるということにしている。
もしも私が、禁欲を意識したら私の負け。目の前のなすべきことに没頭し、集中し、忘れていたら私の勝ち、と考えているのである。
幸いなことに、現在のところは私の圧勝である。その没頭することが、私のパワーの秘密ともなっているのだ。
ここで一つ付け加えておけば、異性に関しても、禁欲を忘れるぐらいに何かに絶えず集中するようになってからというもの、私は随分と女性にモテるようになったのである。これも運命というべきか……。
何かの目標を達成しようと思えば、その代償としての戒律が必要である
比叡山の開祖である伝教大師が「山家学生式」(桓武天皇に、比叡山は何を目的として作られたかを上奏した文書)のなかで、「道心(道を求める心)を知っていて、人に話せる人は、これ国家の孝子であり、道心を実践している人は、これ国家の実践家であり、その両方を持っている人は、これ国家の宝なり」と書いている。
比叡山を作ったのは、建物や金銀財宝を手に入れるためではなく、国家の宝である人材を育てるためなんだ、ということである。
比叡山は、日本仏教の立役者ともいうべき、親鸞、法然、日蓮上人、道元等々を育てたが、このような背景があったからこそと言うべきだ。
比叡山は、自分で仏道を成就させたいと”発願してやってきた人の”修業の場〟だ。その願望を成就するために妨害となる酒、女、バクチ等々を断つのは、ごく当然の事だ。
そうしたものが欲しくなるのは、発願がアヤフヤでいい加減なのか、あるいは修業に熱中していないのか、のどちらかだからである。
どちらも、比叡山が必要としないものに決まっている。比叡山や高野山、出羽三山等々が長い間女人禁制であったのは、せっかく没頭し、熱中している仏道修業者たちの心に動揺を与えないためだったのである。
しかし、この禁欲は大変に辛く苦しい。これほど世界的にタバコ喫煙の害が叫ばれながら、なかなか禁煙に踏み切る人が増えないのは、それだけ人間の欲望の強さを表わしてもいる。
酒も女性も本当に絶てる人が昔も今もどのくらいいることか。
だが、当時、法然と親鸞は、このような”禁欲修業”に疑問を投げかけた革命児だった。
当時の僧侶にとっては禁酒、禁妻、禁肉食の戒律は常識的で普遍的な真理だと考えられていた。
しかし、巷で苦しんでいる一般の人々を救済することを目的とする仏教が、妻も持たず家庭生活の体験を知らない人々ばかり育てていたのでは、本当の庶民の苦しみなど理解することができず、真の救済にならない、と、法然と親鸞は反抗したのである。
親鸞は現在でも、知識人や文化人と呼ばれる人たちに圧倒的に人気のある仏教者であり、思想家でもある。
その、「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の言葉は、歴史的な名セリフとなっている。
二度結婚し、子供を生み、肉を食べ酒を飲み、そして生涯仏の弟子として組織もお寺も持とうとせず、庶民の生活の中で一生を終えた親鸞は、様々な形で迫害を受けたが、自らの戒律である庶民と共に生きよ、という目的を実践したことはよく知られている。
組織を持ち、お寺を構えると、それを維持するためのお金が必要になり、やがて権力化してしまうことを親鸞は知っていたからこそ、このような行いに生きたのだ。
妻帯、飲酒の方はと言えば、実に盛んになっていった。比叡山はもとより多くの僧侶たちが、表面的には禁欲を唱えながら、様々な名目や隠語を使って、その後妻帯し、酒を飲み、肉を食べるようになっていったことだけは一致している。
この後進の僧たちは、師たる最澄はもちろん、親鸞の志さえも継ぐものではないと思う。
彼らは、親鸞のように革命的な、当時の誰もが常識と信じていたことに対する思想的哲学的発想を持っているわけではなく、その人間の自然な欲望こそ神の道にかなうのでは、といったアンチテーゼを実践するのでもない。
そうして形式ばかりをマネた結果がどうなったか。すべてとはいわないが、最近の一部の僧侶は、保育園や幼稚園を経営し、巨額の葬儀料や戒名料を要求し、暴力団と交際して、外車を乗り回し、ゴルフに興じているというではないか!
私の”何か禁欲を持とう”は、腐敗堕落している現代の日本仏教に対する、革命的なアンチテーゼである、と自負しているものでもある。
リーダーを目指す者は戒を持て
中国古伝説上の聖王として、今にまで讃えられている方が、堯舜・禹である。その舜が、ある日禹に対して、政治と人道の極意として語った教えが、「人心これ危うく、道心これ微なり、これ精、これ一允にその中を執れ」というものだ。
これは儒教のエッセンスと言われ、道心という人間の魂はかすかなものだ、人心という人間の欲望から出てくるものは危うく、ここにすべての堕落と失敗が潜んでいる、という意味である。また、舜は禹に、「允にその中を執れ」と教えた。
一つのことに誠実に、一生懸命努力して、人間の喜怒哀楽のツボにはまった仕事をしなさい、ということである。すなわち、喜怒哀楽が発生する前の世界、それが中なのだ。
人々が日々の生活を幸せに、穏やかに過ごしていれば、喜怒哀楽の感情は発生しない。
そんな政治こそ、理想的な社会であり、帝王たるものは、そういう政治のために努力せよ、ということでもある。
伝教大師は比叡山を開くとき、「国宝としての人材を育てるのだ」と述べたが、同時に、「世の中のリーダーになるような人材は、自分勝手なことばかりしてはいけない、自ら発願して生命がけで仏道を成就させようというのだから”持戒”自分で戒律を持つこと)は、当然のことである」とも述べている。
このことは、将来に目標をもったなら、その目標を実現させるための代償として、自分なりの戒律をもたなければならない、ということだ。
昔の人は、お茶断ち、タバコ断ち、ミソ汁断ち、といったように、様々な代償を払っ願断を実行した。
現代ならば、コーヒー断ち、酒断ち、コーラ断ちといったものでもいい。このように、戒律というのは、目標とセットになっているものだ。
さらに大切なことは、この戒を持続させることである。
どんなに小さな目標であっても、一つの目標を達成させるには、最低三年の努力が必要となる。
そして、大きな目標なら一〇年の継続が必要だ。そこで、この努力を続けるためにも、戒律が必要となる。
この場合、戒律とは自己を律するものだ。誰かに言われたから他律的にやって意味があるものではないことは、言うまでもないだろう。大切なのは、その自らの心構えと、それを貫く精神である。
