はじめに
世の中には、なにをやってもうまくいく「運のよい人」と、なにをやっても失敗ばかりする「運の悪い人」がいる。
同じ人間なのに、どうしてふたつに分かれてしまうのだろうか?これは誰しも抱く疑問である。
そして、いつも失敗する人は”もっと運がよくなりたい”と願い、順風満帆の道を行く人は”さらに大きな運をつかみたい”と思っている。つまり、みんな「運をよくしたい」のであろう。
では、運をよくするためにはどうしたらいいか。
結論はひとつ、それは「運勢」をよくする以外ないのである。「運勢」とは文字どおり、その人が持っている運命の勢いである。
私は心理学者でも精神科の医者でもないので、「運勢」をよくするための心理学的アプローチについてはわからない。
ただ、少年のころから人一倍霊的能力”といわれるものが強く、今では修業の甲斐もあって、人々の守護神、前世といったものまで見える、写せるようになった。
その結果、運勢は、こういった目に見えない世界に住むパワーを持った霊たちに大きく影響されていることがわかったのである。
したがって、この本はそういった視点から書かれている。
ここぞというときに、いつもホームランをかっ飛ばした長嶋茂雄氏、軽量のキャップを見事に乗り越えて大横綱になった元横綱・千代の富士(現九重親方体が弱いながらも、世界的大企業を作り上げた故・松下幸之助氏。
いずれも」を背景にして功成り名を遂げた人々だが、私からみると、とりもなおさず連霊たちがいて、彼らのガードやアドバイスがあって初めて成し得たことのようにもちろん、本人たちが努力してこうした善霊たちを呼び集めたことも事実だ。
このように、運のよい人、運勢の強い人には必ず強力な善霊がついていて、努力している。
ポイントは、自分の努力をいかに大運勢に結びつけるか、だろうなければ、せっかく頑張ったのに、その努力は無になる。
本書は、善霊を呼び集めるための方法や心構えを通して、いかに強烈強大ならのものとするか――そのテクニックについて記している。
できるだけ、オカルトチックな雰囲気を取り除き、わかりやすく書いたつもりであるが至らない部分も多々あるのではないかと思う。
書き足りない部分は、機を改めて説明することとして、この本が、多くの人々の運勢向上に多少なりとも役立てばと、念ずるものである。
深見東州
第一章 ツキを呼ぶ人はつくべくしてついている
運命は自分で開くしかない
いつもうまくいく人、いかない人
なにをやっても運よく成功する人と、いつも失敗に終わる人がいる。一見同じような彼と自分なのだが、彼はやることなすことすべてうまくいくのに、自分はいつもあと一歩というところでトラブルが発生してしまう――。
こんな経験は誰にでもあるだろう。「なぜ彼はついていて、自分にはツキがこないのか」
この疑問は、失敗を数多く体験した人ほど、強烈であり、「自分もツキ、運をつかみたい」と痛切に願っている。
もし、彼以上のツキを自分の運勢の中に取り込んで、大躍進する方法があったらどんなに幸福なことか、と常に思い続けるのが、一般人の姿であろう。実際、運がつく秘訣というのはあるのだろうか。
本書の狙いもここにある。いかにして、すぐれた運勢を自分のほうに引き寄せるか。
あるいは、不幸のタネを未然に摘み取って、災難から自分の身を守るか。それが本書のテーマなのである。
確かに、なにをやってもうまくいく人と、そうでない人の間には、目には見えないが、非常に大きなギャップがあることに気がつく。
そのギャップというのは、運が確実によくなるある一定の原則〟を身につけているか否かの差なのだ。
実は、運がつく、つかないの違いは、この原則〟をどれぐらい自分の行動の基本にしているかどうかによって決定される。
逆にいえば、運のつく原則さえ身につけていれば、誰でも強力な運勢を自分のものにすることができることになるのだ。
「彼は、ただなんとなくツイている」のではなく、注意深く見ていると…「彼は、つぐべくしてツイている」ということに気がつくだろう。
これに気がつけば、八〇パーセント以上成功したといえるだろう。あとは、自分も、”つくべくしてツク”その原則を身につけて、そのとおり実践すればよいのである。
本書では、幸運をもたらす原理原則を本人の潜在能力と神霊界的視点からとらえている。そして、実際に幸福になるためのハウツーも紹介しているので、あとはこの本を読んだあなたが、それを実践するかどうかだけである。
クヨクヨせず、明るく前向きに生きる
幸運に恵まれている人間というのは、根が明るい。人生を深刻ぶってジメジメ考えない。
そして、なんでもかんでも自分のプラスになるよう考えるのが得意という人が多い。「失敗しても、それは次回大きな成功を得るための貴重な体験」ぐらいにとらえ、文字どおり失敗は成功の母〟と考える。
つまり、どんなことでも、自分が人間として、大きく成長していくためのスプリングボード(跳躍台)としてしまうのだ。
こうすることで不思議なことに失敗は失敗でなくなり、すべてが成功への糧となってしまう。実際、成功者というのはこのパターンの中で生活している。
人間だから、失敗したり運に見放されてしまったようなときは、憂うつになる。だが、そう心の中で思ったとしても、態度や言葉にあらわしてはいけない。
「俺はダメだ、ツキがない。いつもこうなんだ!」などと口に出してしまうと、さらに悪い運勢がやってくる。
本来の運命スケジュール”では、失敗のあと大成功が予定されていたのに、本人が”もうダメだ”とあきらめてしまうと、大成功スジュールは急きょキャンセルされることにもなりかねない。
だから、たとえ気持ちは落ち込んでいたとしても、口では、「必ず大丈夫。成功する。ボクにはそういう強烈な運勢がついているんだ」と唱えることにしよう。
そうすると、自分自身の言葉に励まされ、活力が湧きあがってくるものだ。また実際に、よい運勢を招来させることができる。
幸福や幸運は、向こうから転がり込んでくるのではなく、こちらから引っぱり寄せるのがコツだ。
あるいは、こちらから近づいていくようにすれば、意外と簡単に幸運にタッチすることができる。幸福とは本来そういうものなのである。
人生を前向きに明るく生きようとすると、次のような効果が生まれてくる。
①表情が明るくなり、多くの人々から好感を持たれる。
②言葉や行動に積極性があらわれ、なんでも進んで成し遂げようという気持ちになる。
③友人が増えるので、金運、対人運が向上する。
④多くの人々の援助を受けることができるので、成功率がグーンと高くなる。
⑥人生が最高におもしろくなる。
というわけで、とにかくハッピーな気持ちにひたることができるのだ。そして、これがすなわち、幸運なのだ。
-大きく開かれる成功の道 ー 横綱千代の富士と松下幸之助氏の場合
大相撲の元横綱千代の富士関の例をみると、どんな人にでも必ず成功のチャンスはあるものだということがわかる。
千代の富士は幕内力士のなかでも軽量の部類に入っていた。しかし、あの怪力と技で、250キロの体重の小錦の巨体を、ゴロリと転がしてしまう。
今でこそ、前みつを取って引きつける形の、千代の富士特有のスタイルが完成されたが、以前はそうではなかった。
あの軽量な体で、大型力士と平気で四つ相撲を取っていたのだ。当然、肩などに無理がきて、なんと左肩だけでも七回脱臼したという。
相撲取りにとって、肩の脱臼は致命的なハンディキャップとなる。いつまた脱臼するかわからないので、一〇〇パーセントの力を出せない。
昭和五四年春場所に右肩を脱臼した千代の富士は、その場所を休場した。ところが、公傷制度が適用されず、なんと次の場所は幕内から十両へ落ちてしまう。
発奮した千代の富士は、十分な稽古もしないまま土俵に上がったが、幸運にも勝ち越して一場所で幕内に返り咲くことができたのだ。
「これはツイている!」と思った千代の富士は、相撲スタイルをそれまでの四つ相撲か前みつを取って引きつける形に変え、必要な筋力を得るため、バーベルなどでトレーニングをしたという。
軽量、脱臼という大きなハンディキャップを背負いながらも、横綱まで登りつめた千代の富士。
成功のカギは、軽量、脱臼をどうカバーするかという前向きな姿勢。そして、十両転落を一場所でクリアーできた幸運を、なんとか自分のものにしようとする努力と行動だったようだ。
誰でも、多かれ少なかれ、世間一般の目で見ればハンディキャップと思われる部分を持っているものなのだ。
あの故・松下幸之助氏も、自分が出世できた大きな理由に、
①貧困
②学歴のないこと
③体が弱かったことの三つをあげている。
どういうことかといえば、貧困は生活の貧しさゆえに、少しでも便利で豊かな生活を送りたいと願ったこと。
②学歴のないことは、既成概念にとらわれず、それによって人一倍勉強をして経営を学んだこと。
③体が弱かったことは、全部の仕事を自分でこなせないので、いち早く事業部制を取り入れ、さらに多くの子会社を設立して製造、販売を効率化したことである。
千代の富士関、松下幸之助氏の二人の生活環境は大きく違うものの、共に、大きなハティキャップを自分のエネルギー源”として、最高峰を極めたパターンは同じだ。
大切なのは、なんでも前向きに考え、運命や運勢に対して背中を向けてしまわないことだ。長い人生、失敗も成功もある。チャンス到来と見たら、猛烈に運勢にアタックしてみることが重要だ。
今日からこの心掛けでツキをつかむ ー 長嶋茂雄氏の場合
千代の富士、故・松下幸之助に次いで、今度は元巨人軍のスーパースター、長嶋茂雄氏を通して、いかにツキをつかむかを説明してみたい。
今でも語り草となっている、昭和三四年の初の天覧試合。長嶋選手は観衆のド肝を抜く、逆転サヨナラホームランをかっ飛ばした。
ここ一番というときになると信じられないようなパワーを発揮した彼だが、それにはこんな秘密があったと伝えられている。
大事な試合の前日、彼は寝床に入ると、明日の試合を頭の中で描いてみる。そして、必ず大事な場面でホームランを打ち、みんなの歓迎を受けるシーンを予想する。
さらに、その夜、家に帰ってきて、奥さんや子どもから祝福され寝床につく自分。ちょうどマル一日分の行動予定を想像し、「必ずそうなる」と念じてのち、安らかな眠りについたというのだ。
野球はもちろんのこと、あらゆるスポーツは、メンタル(精神的)な要素が、勝敗を決定することが多い。
いや、スポーツばかりではない。ビジネス社会のなかでも、メンタルな要素は重大だ。
ところが逆に、ここ一番というときになって、急にものおじしたりすると、本来自分が持っているバワーを一〇〇パーセント発揮できないことが多い。
逆に、リラックスして、一点に精神を集中することができると、パワーは一二〇パーセント以上発揮できるものだ。
また、潜在能力の他に、強い運勢をも呼び込むことができるようになると、一〇倍、二〇倍の力を出すことも可能だ。
そのためには、長嶋氏のように、絶えず「必ずそうなる」という思いを、具体的な場面、状況を頭に描きながら信じ込むことが大切である。
そうすると、自分がいざその場に立たされても、変に気を動揺させることがなく、考えたとおりの力を発揮できるのだ。
「大丈夫かな。心配だな。失敗するんじゃないかな」と始める前からマイナス的イメージを強くして、心に不安を与え続けると、いざ本番のときになって、緊張のあまり大失敗をやってしまうことが多いのだ。
その点、長嶋氏は自分がヒーローになって、家に帰り就寝するまでを想像していたのだから、やはりすごい。強い運勢が彼を取りまいていたことは間違いないだろう。
このように、ツキというものは自分からつかむべきもので、他の誰かから与えられるというシロモノではないのだ。
「天は自ら助くるものを助く」
たとえどおり、まず自分がツキ、運の中心ポイントに立っていることを忘れてはいけない。
そして、絶えず自分の潜在能力を一〇〇パーセント以上発揮できるよう、人生前向きに生き抜く心構えが必要だ。
そうすれば、来るな!と言っても、幸運は怒涛のごとく押し寄せてくるだろう。
大切なのは、そういった日頃の心構えだが、自分自身が、現在どれぐらい強運を呼び寄せることができるかを知るためのチェックリストを掲載したので、大いに参考にしていただきたい。
活用しだいでは、性格も明るくなり、人生が楽しくなるはずである。
さらに、もうひとつの本書のポイントである神霊界パワーも動員することができるようになると、運勢はそれこそ爆発的に向上する。
瞑想や精神統一で潜在能力を発揮する場合に比べ、神霊界が本人に働きかけて顕在化するパワーは、その一〇倍も二〇倍もの量になるだろう。
私は十代のころから神霊界の研究を続けてきた。そのなかで、人は死ぬと霊になること、霊界の上に神々のいる神界の存在することなどが明らかになった。
この本に関連することだけを述べれば、どんな人にも、その人を幸運に導く霊(守護霊と呼ぶ)がついているということである。
この本では神霊界、守護霊の存在を信ずる観点から、日々の暮らしのなかでツキ、運をつかむために留意すべきことを解説してみた。
守護霊は多くの場合、その人の先祖のなかで一〇代以上前の霊格の高い霊である。霊格が高いとは、生前、学問を修め、行いも正しく世の中の人々のために尽くし、死後もそのために高級な霊界にいる、ということである。
僧侶、武士、学者などであった人が多いようだ。
実は、私たちを守っている霊は複数いるのが普通だ。その代表を守護霊と呼ぶのである。
①運の強い人と積極的につきあう
いろんな友だちが身の周りにいる。注意深く観察してみると、前述のように運勢のいい人と、そうでない人がいるのに気がつくだろう。
運勢のよい人というのは、ものごとをいつも最後までやり通す強い意志を持ち、考え深くていつも朗らか、周囲の人を飽きさせず、笑いが絶えない。こういう人とつきあっていると、自分自身も運勢がよくなってくる。
逆に運のよくない人はどうかといえば、陰気臭くていつも消極的。「だめにきまってる。やるだけ無駄だよ」と、決して自分からなにかをやろうとしない。
そのくせ、ものすごく批判的で、人の悪口は平気でペラペラしゃべる。この人のグループに入ると運勢が悪くなり、ロクなことにはならない。
運勢のよい人、悪い人を神霊界から眺めるとどうなっているか。運が強く勢いのある人は、その人が中心で明るく輝いており、周囲の人々をその明るいウズのなかに巻き込もうとしている。
なんでも積極的にやろうとしているので、守護霊も一緒になって「やろう、やろう」と賛成、全面的協力態勢を整えている。悪霊などが入り込む余地がないので、いつも神々しい霊気で満ちあふれているというわけだ。
それで、本人の守護霊団、友だちの守護霊団のお手伝いもあって、運勢がどんどん招き寄せられるわけである。
傷ついた心を持った人が、こういう人のところにやってくると、不思議と傷は癒され、元気が湧いてくる。「やればできるんじゃないかな」という気がして、なにごとにも前向きに取り組んでいこうとする。つまり、プラスの方向へ気持ちのチャンネルが切り替わるのだ。
逆に運勢の悪い人は、周囲がドロ~ンと暗く、人々の運勢の炎を吹き消そうとしている。行動的でなく、やる前からすでに結果を気にしており、しかも、予想している結果はいつも「凶」。
つまり、最悪になると考えている。ところが、本人は自分のことを「慎重な人間」などと思い込み、それが一番いいんだと確信している。
世の中そんなにうまくいくわけがないと悟りの境地である。
人生を前向きに生きようとしないので、守護霊の働きはどうしても鈍くなる。したがって、悪霊からのガードも弱くなりがちで、どちらかといえば、悪霊リード型性格に陥ってしまう。
こういう人物の仲間になると、悪霊運勢の影響を受け、ものごとを批判的に見るようになり、人をほめることより、悪口を言うことのほうが圧倒的に多くなる。
霊的な輝きは消え失せ、表情も自然と曇りがちになる。「世の中の苦しみを、自分が一人背負って頑張っているのだ」という、まるで、資金ぐりのよくない中小企業のまじめ社長の表情である。
人とつきあったり、友だちを選ぶ場合、相手が「善霊(守護霊)リード型性格」なのか、「悪霊リード型性格」なのかを、きちんと見極める必要があるだろう。
自分の運勢をよくしようと思うなら、悪霊のほうには近づかず、善霊グループと数多く接触することだ。
できれば、自分自身が善霊グループの中心的な存在となり、「善霊の輪」を周囲にどんどん拡げていくぐらいの覚悟を決めたい。そうすれば、運勢は飛躍的に向上する。
霊の発する”気”が、ものの見方、発想、体調、人脈などすべての面において、向上発展するほうへ〝気運〟を向けるからである。
②ツキのある場所を選ぶ
人間がつくり出す、善霊の輪の一員になってしまうのも方法だが、強力な善霊がいる神社などの場所に行って、善霊エネルギーを充電するのも手だ。
研ぎ澄まされた霊能力の持ち主なら、どの場所が霊的に高いのか、一目でわかってしまう。近くに霊能力者がいたら、一度聞いてみるのもいいだろう。
しかし、普通の人でも、その気になればピーンとくるものだ。なんとなく、きたならしくて信心が感じられない神社やお寺はやめたほうがいい。
空気も澄んでいて緑も多く、いるだけで気持ちがいい神社なら、まあ大丈夫だろう。祈願すれば、かなえられることが多い。雰囲気だけではどうもわからない、という人のために判断基準を教えよう。
神社やお寺に限らず、神様や仏様を祭っている場所に出かける場合は
①神主、僧侶などに真心や清潔さがあり、目がスッキリ澄みきっていて、駐車場や結婚式場、幼稚園などの経営に執着していない。
②周囲や内側がきれいに掃除されている。
③玉砂利などがあり、コンクリートで土面が覆いつくされていない。
④多くの樹木が植えられている。
⑤社の周囲にいかがわしい施設(たとえばラブホテルや歓楽街)がない。
などをチェックする。
不適当だと思われたら、そこには高い霊気、運勢はないものと考えてさしつかえない。よい条件がきちんとそろっていると、次のような「気」を体に感じる。
①すがすがしい“空気”が漂っている。
②発展的な気分になる。
③全体がとても明るい雰囲気である。
先の五つの判断基準と、三つの「気」から、おのずと運勢の強い場所は見えてくるだろう。
こういうところには、文字どおり「気運」が渦巻いており、ご神霊も宿っている。近くに寄ったら必ず参拝したい。
「気運」が盛り上がっているのは、なにも神社や寺ばかりではない。同じ駅前商店街なのに表側はものすごく発展し、裏側はさびれる一方、というケースをよく見かけるが、これもやはり「気運」のなせるワザだ。
表側商店街へ買い物に行けば、強い運勢を自分のものにすることが可能だ。
それは土地の霊気に加え、往々にしてその商店街の奥に森厳な森があったり、立派な神社の神霊がいらっしゃる場合が多いからである。
逆の場合は、次のような「気」を感じる。「おどろおどろしい」「暗い雰囲気」「消極的な気分になる」の三つ。
これを神霊界から見ると、悪霊、邪霊などが巣食った状態である。
ちょうど、家主がいなくなった家と同じで、キツネやタヌキ、ネズミなどが住み着き、おまけに指名手配中の凶悪犯までが隠れている、といった感じで、できることならそんな場所には足を踏み入れたくない。
しかし、こうした悲劇的な状態になっている神社やお寺に、友人の結婚式やその他の事情でどうしても出向かなければならなくなったらどうするか、形の上だけでも、神殿に手を合わせる必要が生じたらどうするか。
そんな場所で、自分の幸運や利益を願った最後、我利我利亡者の悪霊たちが一斉にやってきて、頭や肩、腹、腰などにビターッとくっついてしまう。だから、決して「自分の願い」をかけてはいけない。
一番いい方法は「どうぞ、この神社が発展しますように」と祈るか、さもなければ頭だけ下げて願いをかけないようにすることだ。
そうすれば、悪霊たちも体にくっついたりはしない。
どうして悪霊たちの棲み家になってしまうのかといえば、ご神霊を軽んじて金もうけだけに走ったりするからだ。
ご神霊も自分が金もうけのダシに使われては、いたたまれない気持ちだろう。
そういう神社やお寺からさっさと抜け出し、神界へ戻られてしまう。最近は、ご神霊の宿っていない、「空き家神社」や「空き家寺院」が増えてきたので、詣はくれぐれも注意するようにしたい。
そもそも、ご神霊とは、清く正しく、真心をこめた人々の素朴で美しい想念(思い、考え)に宿るもの。
決して祝詞や経文の字句に宿ったり、来たりはしないのである。そのあたりを考え違いしてはいけない。
そこで、安心してお参りできる神社を教えておこう。それは”一の宮”といわれる、地域で最も格式の高い神社。
たいていは、産土様がそこにおられる。産土様とは、出産、結婚、死後案内はもとより、日常の生活と仕事全般にわたり、直接働いておられる神様である。
しかも、そのパワーは強大だ。「遠くの親戚より近くの他人」というが、この場合は「遠くの高級神社より近くの土地神産土様」ということになるだろう。
この産土様は、私たちが生まれるずっと以前から、その地域の人々を守り、そして導いておられる。新しくその土地に引っ越してきた人も、先祖代々住んでいる人も、同じ産土様の管理下にあるわけだから、機会をつくって、気軽に詣でてみたい。
③整理、整頓、清掃、清潔で収益日本一になったトヨタ
ツキに見放されている、いまひとつ運勢に迫力が足りないという人は、自分の部屋や家がきちんと整理整頓されているかどうか、チェックしてみよう。
「部屋をきれいにしろ、なんて、母親みたいなこと言わないでくれ」と思っている人もいるだろうが、この場合はどう考えても、お母さんのほうが正しい。
雑然とした部屋で毎日生活している当の本人は、そこがきたない場所だとは思わない。慣れてしまい、感覚がマヒしているからだ。
ところが、たまにしか部屋に入らない人は、なんて散らかった部屋だろうと感じる。
とてもじゃないがこんなところで勉強したり、生活する人の気持ちが知れない、などと口にこそ出さないが心の中ではそう思う。母親だからこそ「きれいにしなさい」と言うのだ。
乱雑な部屋は正直いって、運勢が悪い。先にも説明したが、きたない場所は、ご神霊や守護霊が嫌うからだ。
そして、母親と同じように「もう少し、きれいに整理整頓したらどうだ」と思っている。母親の声は、守護霊の声でもあるのだ。
部屋を散らかしていたために運勢を失う例はいくらでもある。
本棚の裏に隠れている昨年買った宝クジ、ひょっとしたら特等の五〇〇〇万円が当たっているかもしれない。
大事な友だちに連絡しようと思ったら、電話番号をメモしたノートが見当たらない。そのほか、友だちに返さなければいけないレコード盤に飲みかけのコーヒーをこぼしてしまい結局新しいのを買う羽目になった。
手紙を書いていたら難しい字が出てきた。手元に辞書がなかったので、適当な字を書いたら、それが大間違い。おかげで彼女に教養を疑われて振られてしまった…。
きちんと部屋を整頓しておけばいくらでも防ぐことができたのに…………。運を失ってからあわてても、もう遅い。きたない部屋は悪霊たちの遊び場ぐらいに考えてちょうどいいのだ。
一方、きれいな部屋は守護霊の憩いの場。当然、運勢も急上昇する。第一、きれいな部屋は、自分自身にとっても気持ちがいいし、作業の能率もアップする。
「やるぞ!」活力も湧き出してくるというものだ。実際、神霊界を見ると、景色も組織もすべてが美しいだけでなく、秩序正しく、整然としている。
きれいな部屋を見て心が爽快になるのは、自分の魂が神霊界の実態を無意識に知っているからなのだ。
部屋に限らず、家全体についてもいえることなので、いつも家の中はきれいにしておきたい。
それだけで運勢は三倍はよくなるだろう。部屋を片づけ、家をきれいにすることは誰でも手軽にできる運勢大発展作戦である。労を惜しまず、守護霊と家族全員が喜お家にしたいものだ。
また、乱雑な場所には悪霊がやってくるというのも見逃せない点だ。たとえば、よくモノをなくすのはタヌキの霊のしわざであり、キツネの霊はきたない場所について、ケガをさせようと狙っている。
会社や工場などで、不要なものを捨て、作業環境をきれいにしようという運動が盛んであるが、これも私の立場からすれば、タヌキやキツネの霊を避けるという働きがあり、まことに結構なことだと思う。
実際に整理整頓を心掛け、運勢をアップさせ、大企業にのし上がったところもある。
ほかでもない、今をときめくトヨタと京セラである。トヨタは“四S運動を展開し、作業能率、経営効率を大幅にアップさせた。四Sとは「整理、整頓、清掃、清潔」の四つのSを指している。
「そんな簡単なことで本当に運勢がよくなるのか?」と不思議に感じる人もいるかもしれないが、実際そのとおり、運勢はよくなるのだ。整理整頓することで、工具類の置き場をきちんとわかりやすく並べ、組み立てに必要な工具、部品がすぐに取り出せるようになった。
これで、「あの工具はどこかな」などと、小さなことで頭を悩ますことがなくなり、作業に意識を集中できる。
清掃、清潔によって、工場内がいつもきれいになっていれば、働いても気分がよい。
また、ゴミや余分なものが落ちていないので、転んでケガをすることもなくなる。なによりも、ピシッとした雰囲気が全体に漂っているので、無駄話もできないし、それだけ能率も上がる、というわけである。これが有名な「かんばん方式」の第一歩である。
「一事が万事」という言葉があるが、まったくそのとおりで、きちんと整理された場所をつくり出すことによって、身も心もピシッとしてくるものなのだ。
すると、よい霊たちも集まってきて、運勢も向上していく、というわけである。
④強い意志とビジョンを持てば運勢は二〇倍向上する
「岩に矢が立つ」のたとえどおり、強烈な意志で事にあたれば、不可能が可能になることがある。
割り箸を名刺一枚で、スパッと刀で切るように真っぷたつにしてしまう人が世の中にはいる。不可能なことではない。
極真会カラテの大山倍達氏も、素手でビールピンの首を切り落とすことができる。理屈の上では到底不可能だが、実際には切れてしまう。世の中には、案外こういうことは多い。
火事場のバカ力もそうだ。交通事故でクルマの下敷きになった子どもを救おうと、母親が一トン以上もあるクルマを持ち上げた、などという話も聞く。まさに「一念岩をも通す」のである。
現代文明に毒されてしまうと、「まさか、そんなことできるワケがない」と、事を始める前に結果を予測してしまう。
ところが、名刺で割り箸を割ったり、素手でビンの首を落としたりする本人は、決してそんなふうには思わない。
「切れる。すでに切れている」との一念で名刺を、あるいは手刀を振り降ろすのだ。クルマを持ち上げた母親にしても、「できるはずがない」などと考えていない。
「クルマを持ち上げるんだ!」と念じ、持ち上げられると信じて腕に力を込めたに違いないのだ。
いずれにしても、不可能を可能にするためには、念の力、それも並大抵の念ではなく、すでにそうなってしまった、という前向きのイメージを強く具体的に持つことである。
こういう完璧なまでの信念が必要だ。念を一心に込めれば、体に内在している霊的パワーが引き出され、驚くべき結果を得ることができる無限の力を秘めた潜在意識を、“阿頼耶識パワー”という)。
かつて日蓮上人や親上人をはじめ、名を成した人々はこの巌の如き信念を持っていたのだ。
これは、霊的、肉体的パワーだけに限らない。日常生活のなかでも大いに役立つ。
「将来、医者になるんだ。絶対なる」と念じて勉強に励めば、成績は飛躍的に向上するだろう。
同じように「必ずトップセールスマンになれる」「将来、外務省に入って、日本のために役立つ人間になるんだ」と念ずれば、結果は必ず「吉」と出るはずだ。
それは、運勢が一念に引っぱられて、爆発的によくなるためだ。いわば、「一念、運勢も変える」である。
将来に確かなビジョンを描き、強い念を持てば、二〇倍は運勢がよくなる。
しかも、そのビジョンが、多くの人々に役に立つものであれば、守護霊もたくさん働かざるを得なくなる。
ときには、守護霊が入れ替わり、本人が抱いている大志にふさわしい人物が、守護霊として着任〟することもある。要は本人のビジョンと、意志の強さが問題なのだ。
意志の強さとは、幸福を確信し、すばらしい未来を心に描き続ける、持続力と集中力にほかならない。
運勢は自分が切り開いていく、という信念と意志があれば、必ずその希望はかなえられるだろう。守護霊をはじめ、大勢の善霊たちが、バックアップ態勢をきっちりと組んでくれるからである。
出世運のいい人が生まれ育つ家庭
英雄や大成功者たちの生いたちなどを聞いてみると、たいてい幼少のころの家庭の中に、いかにも英雄がつくられそうなエピソードが、ひとつやふたつはあるものだ。
こうしたエピソードを集めてみると、なにかしら共通項が浮かんでくる。逆にいえば、この共通項こそ、英雄や成功者を育てる重大な要素になっているとも考えられるのである。
そして、不思議なことに、神霊世界から見た〝出世運の強い子に育つ条件”と実際の英雄たちのエピソードとは奇妙に一致している部分が多いのだ。その一致している部分とは…。
①家庭のしつけしつけはある程度厳しい。しかし、子どもはとても素直で性格的にもスカッとしている。
②母親の存在が大きい――たとえ苦しい状況下でも、母親はいつも明るく前向き。発展的にものごとを考え、子どもにもそうした教育を施している。
③他人に負けない得意な分野がある――たとえば、国語や音楽はからっきしダメでも、理科の実験は大好きだったり、体育や図工はいつも満点をとったりしている。以上三つが大きな一致項目だ。
つまり、オールマイティーな子でなくても、なにかひとつ得意なものがあって、性格が明るくいつも前向き、生活態度もきちんとしているといった子どもの像が浮かびあがってくる。
こうした条件を満たしておけば、出世運の強い子どもになる可能性が強い。
行動力と志の高さで運は向上する
小さいころに出世運がつく教育を受けなかったから、もうダメだ!とあきらめるのはまだ早い。今からでも運を向上させることはいくらでも可能だ。
そのひとつの方法が、行動力を高め、志を大きくする、というものだ。
はっきりいって本人の志が高ければ高いほど、そしてそれをやり遂げようとする強い意志を持つほど、それにふさわしい運勢がやってくると思って間違いない。
天のがめぐり、守護霊が加勢するからである。「将来、世界を動かすような偉人になるゾ!」
常日頃思い込んでイメージし、それにふさわしい行動をとっていると、不思議なことに、世の中のすべての出来事が、自分自身を成長させるためであるかのような、そんな気になってくるものである。
実際、神霊的観点から見ても、高い志を持った人ほど、強い運勢が渦巻いている。少々のことではへこたれないし、クヨクヨしない。太っ腹だし、人望も厚くなる。
すべてが、前向きで勢いがいいのである。本人の志が強力な霊界を形成するからだ。
「守護霊を味方につける」心構えが大切
さらにもうひとつ大切なことがある。
人間は肉体的存在であると同時に霊的な存在でもある。
もうちょっと平たく言うと、いわゆる第六感”があり、鋭いひらめきや予知能力、あるいは透視能力、テレパシーといった、現代科学では分析しにくいパワーを持っているということである。
運勢の強い人は、この”第六感”が恐ろしいほど鋭い。
つまり、本当にパーフェクトな運勢を自分のものにしようと思うなら、第六感、霊的パワーも磨きをかける必要があるわけだ。
未来に対する予見性や創造性、また未知のものを発見するインスピレーションなどは、すべてこれである。
それらを得る一番手っ取り早い方法が、〝守護霊を味方につける〟ことである。のちに説明するが、霊感を司る奇魂を磨き、ピーンと冴えた状態にしておくことである。
もちろん、守護霊といわれるぐらいだから、味方であるには違いないのだが、守護霊パワーをより完全な形で自分自身の運勢に反映させるためには、守護霊が自分に対してなにを期待しているのか、あるいはどうすれば守護霊と接触できるのかを正確に知ることが大切であろう。
そうすれば、能力を一〇〇パーセント以上発揮でき、もちろん強い運勢を呼び込むことが可能になる。
守護霊はいつも、あなたを見守っている。だから、守られている「守護霊は自分の味方だ」との意識を強く持つだけで、守護霊自身も気持ちよく力を発揮することができるのだ。
まあ、これは守護霊パワーの初歩の段階、詳しくはのちほど説明することにする。
先祖霊を大切にすれば家運は確実にアップ
守護霊には、自分の遠いご先祖様がなる場合が多い。守護霊になるためには、神界のライセンスが必要で、これを持たずに生きている人間に憑依するのは、“邪悪霊”もぐりの守護霊ということになる。
ところで、死んでしまって数十年しか経っていない先祖の霊は、まだライセンス。をもらえるほど修業の積み重ねがない。
だからといって、霊的パワーがないかといえばそんなことはなく、位牌などを“仮の宿”としながら、人間界と霊界を往来し、子孫の安全や健康を守っているのである。
しかし、まだ霊的覚醒(平たくいえば悟り)や叡智のレベルが低いので、ある程度力は与えても、将来を見通した上での人間的、霊的な進歩向上とはならない守護であるのだ。
運転を覚えたばかりの人と、A級ライセンスを持つ運転手が操縦する車とでは、難しコーナーや山道、猛スピードを余儀なくされるときの沈着冷静な判断力と正確なハンドルさばきで、雲泥の差が出てくる。
人生は山あり谷あり、ときには崖っぷちを行かなければならないこともある。
そんなとき、やっぱり安心できるガイドはどうしてもA級ライセンスを持った守護霊ということになる。
背後霊、守護霊としてライセンスなしの霊がついたら大変。それこそ谷底へ真っ逆さま、なんてことになりかねない。
守護霊でないが霊的パワーはある背後霊としての存在――これをしっかり認識すれば、ご先祖様の霊をおろそかにすることはできないだろう。
先祖の霊を大切にすることは、目上の者やお年寄りを大切にする精神につながり、こうした正しい秩序が家庭内や社会に幸福をもたらす結果となる。
そして先祖に可愛がられる人は、社会で他人から引き立てを受けるのである。これが「孝」の徳というものである。
家庭内にトラブルが続出する場合などは、ご先祖の霊を正しく祭ってあるかどうかを確認する必要があるだろう。
意外に位牌が痛んでいたり、汚れていたり、あるいはいろんな位牌が入り混じっていたりして、それが悪い運勢を呼び込んでいることも多い。
誰でもいずれは霊だけの存在になるのだから、その意味でも、最も身近な霊である先祖霊を大切にする心構えが必要だろう。
正しい志を持てば運が向上する
これも先ほど説明した、志の高さで運が向上するという箇所と一脈通ずるところがある。
志が高ければ、それなりのパワーある運勢がやってくるが、これはとりもなおさず、強い霊が守護したり導いたりすることも意味している。
つまり、強い運勢は強い霊が持ってくるわけである。これは霊界法則でもある。
ただし、ここで注意しなければいけないことがひとつある。それは、正しい思念、志を持たなければいけないということである。
「人類の幸福のために実力をつけたい」という思いならば、マル。要するに、人々の幸せのために、強い運勢を求めるのならいいわけである。
ところが、世の中そういう人たちばかりではない。なかには、「あいつを陥れたい」「殺したい」などと、よからぬことを思う人もいるものである。
こういう悪い方向の意志にもやはり、霊界は感応し、それにふさわしい悪霊がやってくるのだ。
もちろん、そうなれば、うらんだほうもうらまれたほうも、運勢は急激にダウンする。
「人を呪わば穴二つ」という諺があるが、まったくそのとおり。現実世界でも不幸になるばかりか、死んで霊界に行ってからもうらみの思いが重い足かせとなって、その人を苦しめるのである。
したがって、ここはなんとしても、正しい思念で霊界を動かし、運勢を呼び込む必要があるだろう。
また、「世のため、人のため」にと一生懸命頑張れば、守護霊をはじめとして、大勢の善霊たちが援助してくれるものである。
それが究極的には自分にはね返ってきて、本物の幸福となるのである。霊の力と運勢を借りるといっても、オカルト的に考えてはいけない。
ごく普通の生活の中で、霊の力は発揮されるからだ。このあたりを誤解すると、高級霊のほうでも迷惑するので注意したい。
「幸運の星」のエネルギーを浴びる
さらにもうひとつ、誰にでもできる運勢向上の方法がある。それが「幸運の星」エネルギー活用法だ。「そんなバカな!」と驚かれる方も多いだろう。
だが意識をちょっと変えるだけで、星からのエネルギーをいくらでも浴びることができ、それを運勢向上に結びつけることができるのだ。
まず第一に、星は単なる物質のかたまりではなく、私たち人間と同じように霊界があって、“霊気”を帯び、しかも物質エネルギーや神霊エネルギを絶えず地上に放射していることを理解してもらいたい。
ホロスコープ等で、人の運命を占うことが可能なのは、星が霊的存在で、しかも人間に多大な影響を与えていることのなによりの証拠だが、ここでは一歩も二歩も進んで、幸運の星のエネルギーを全身に浴びてしまおうというのだ。
占いなんてのはもう古い!今は自分で運勢を呼び寄せ、幸運の星を自在に活用する時代なのだ。
こういう感覚で、太陽や月、他の星々を眺めると、ちっぽけな自分自身の体の中が、大きな宇宙と同化しているのに気がつくだろう。
そして、星と自分との関係が「星は見るもの」から一八〇度回転して、星に見られている、守られている、導かれている、パワーを受けている!と考えられるようになるのだ。
つまり、星と自分とは無関係でなくなるのだ。星からのエネルギーを浴びることで、運勢は向上し、守護霊もより一層強く、援助してくれるようになる。
それから、奇跡の神霊パワーが出る「神界幸運ロゴ」を、星に祈るとき携えれば、幸運パワーは倍加される。ぜひ実践して、幸運をわがものとしていただきたい。
選択、判断に迷うときこそ成功をつかむチャンス
右にすべきか左のほうがいいか、あるいは進むべきか退くべきか人生ではこんなふうに、どっちにすべきか選択を迫られる場合がよくある。
バーゲンの商品選びから進路の決定まで、重要度に違いはあるものの、毎日が迷いの連続だ。
運のいい人は、ことごとくラッキーな方向を選び、ツキのない人は、一生懸命考え悩んだ末に、ハズレのほうを引いてしまう。
小さなハズレなら笑って済まされるが、一生を台なしにしてしまうかもしれないハズレもあるのだ。
「ハテ?どちらにしようか」と、ここまではみんな同じようだ。だが、この迷いの瞬間、その人がどう考えるかによって、当たりを引くか、ハズレになるかが決まるのだ。当たりを引く人の場合…。
「やるだけのことはやった。あとは運を天にまかせる。だが、私は幸運の神がついているから必ず当たりを引く。そういう運勢になっているのだ。外れてもともと、悔いはない」
ハズレを引く人の場合…。
「外れたらどうしよう。困ったなあ。なんとなく外れそうな気がするし、いつもツキがないから、今回もハズレに決まっている。きっと外れる……」
まあ、わかりやすく言えばこうなるだろう。
つまり、運勢の強い人は、信念も強く、「必ずそうなる」と確信している。それが同時に、強い運勢を呼び込むことにもなるのだが、運勢の弱い人は、これがすべて逆になっている。
基本的には、この心構えが大切だ。そして、この心構えを土台にして、志を高く正しく持ち、守護霊と星のパワーを活用すれば、運勢は、みるみるよくなるというわけである。
その意味で、選択、判断に迷ったときこそが、運勢を向上させる大きなチャンスだと、心得ておいてもらいたい。
