新書判のまえがき
著名なカリスマ企業経営者は、ドグマや教派にとらわれない、普遍的な神仏への信仰を持ち、それを心のよりどころにした人が多い。
出光興産創業者の出光佐三氏は、宗像大社の熱心な崇敬者で知られる。西武グループ創始者の堤康次郎氏は、箱根神社の熱心な崇敬者。経営の神様〟松下幸之助氏は、会社の敷地内に“根源の社〟を建立する。
東芝の社長・会長を歴任し土光敏夫氏は、熱心な法華経崇敬者だった。
また、京セラ・KDDI創業者の稲盛和夫氏や、協和発酵工業の創業者加藤辨三郎氏、エスエス製薬の創業者泰道照山氏も、熱心な仏教者として知られる。そして、”Canon”が、“観音〟から来てる事はあまりにも有名。
カリスマ経営者として知られるようになった私も、25歳で大学受験予備校を創業し、28歳で時計会社、35歳で出版社、観光会社を設立した。
そして、35歳の時、海外で家具屋やヨックマリーナ、ホテルを買収し、海外での経営を始めた。こうして、信仰に基づくチャレンジを続けたのである。今は、国内外に十数社を経営し、全てを成功させてるつもりだ。
何であるかは関係ない。普遍的な信仰に基づく、経営者のあり方を本書で紹介する。
これを参考にして、自分に合った経営法を編み出し、不屈の精神力で成功して頂きたい。信念は、折れれば挫折するが、信仰に挫折はない。だから、不屈の精神力の支えになるのである。皆様の成功を、心よりお祈り申し上げます。
知の阪神 深見東州
本名:半田晴久
別名:戸渡阿見
はじめに
日本経済はいまなお厳しい状況に置かれている。バブル経済のツケは思いのほか大きく、企業の体力が完全に回復するまでにはまだしばらくの時間がかかるだろう。この稿を執筆している現在、やや景気は持ち直しているように見えるものの、資本の乏しい中小企業の苦境はまだまだ続くに違いない。
中小企業とは、製造業その他では資本金三億円以下または従業員三〇〇人以下の会社及び個人企業、卸売業では資本金一億円以下または従業員一〇〇人以下の会社及び個人企業、小売業は資本金五千万円以下または従業員五〇人以下の会社及び個人企業、サービス業は資本金五千万円以下または従業員一〇〇人以下の会社及び個人企業とされている。
このような中小企業は、日本の全事業所数の九十九パーセントを占めている。つまり、名の知れた大企業よりもむしろ、あまり名前を聞いたことのないような無数の中小企業こそが、日本経済の屋台骨を支えているのだ。
日本経済の未来を照らすものは、マクロ的な経済学ではなく、中小企業という現場経済なのだ。
そのような中小企業の経営者が求めているのは、聞こえのよい経済理論ではな経営者が味わっている呻吟、葛藤、悩みを具体的に解決する方法であるはずだ。
従来、「経営コンサルタントが会社経営をして成功したためしがない」と言われてきた。自ら会社を経営した経験もなく、きれいごとではない現場の辛苦を味わったことがないコンサルタントが、経営者の抱える現実直下の悩みに答えられないのは当然のことだと言えよう。
私は経営コンサルティングを行なう一方、自分自身もいくつかの会社経営に携わっている。そして、そのすべてをその分野で一、二を争う実績をあげるまでに成長させてきたが、ここまでくる間に、さまざまな失敗や人に言えない苦しみを味わってきた。
人事にしろ交渉ごとにしろ、あるいは資金繰りにしろ、未熟な私にとって、とてつもないほど大きな壁だった。
それでも、必死になって取り組む中でいくつもの妙案が浮かんできて、その都度、何とかクリアすることができた。
そうした実体験の中から編み出された経営術を紹介したのが、これまでの著作群である。つまり、私のコンサルティングはすべて私自身の経験と成功の実績に基づいたものであり、机上の空論は一つとしてない。
いくら不況が深刻化しているからと言っても、日本中の中小企業がすべて根絶やしになるというものではない。
しかるべき道にしたがって、日々努力すれば、必ず生き残ることはできる。さらに言えば、どんな業種であっても、中小企業の経営者が直面する困難や緊迫状況には、実はそれを解決し、乗り越えていくための一定の法則がある。
本書は、その法則に焦点を当てながら、私の過去の著作群の中からポイントを抜粋し、よりわかりやすく整理したものである。私の著書をはじめて読まれる方にも、そうでない方にも、論理明快かつまた具体的な経営指南となるようにと切に願いながら書いたつもりだ。
本書で述べる中小企業の経営極意を、現実の経営に生かしていただければ、これほどの喜びはない。
深見東州
第一章 中小企業に必要な五つの管理
経営者の社会的責任とは
よく、企業の社会的責任とか社会的使命ということが言われるが、企業の社会的責任、使命とは一体どのようなものなのだろうか。本書を書き始めるにあたって、まずはこの問題から考えてみたい。
さて、企業の社会的責任とか社会的使命というと、文化事業や福祉活動のバックアップを思い浮かべる向きも多いと思う。
たとえば、世界的な大企業であるIBMはクラシック・バレエをはじめ、さまざまなクラシック・コンサートに寄付しているし、福祉活動にも積極的に関与している。IBMだけではない。欧米の企業は文化事業や福祉活動のバックアップに非常に熱心である。
それに対して日本ではどうかというと、いま一つパッとしない。日本の企業は欧米の企業ほど、文化活動やチャリティーに積極的でないのが現実だ。そのため海外から日本は金満大国だが、文化国家としては三流だといった批判を受けたりもしている。
一体、このギャップはどこからくるのだろうか。思うに、社会の形態、文化の伝統、生活習慣などの違いもさることながら、やはり税制面の違いが大きな要因になっているのではないだろうか。
一般にはあまり知られていないが、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなどほとんどの国が、文化や福祉などの公的な活動に対する寄付金についてはすべて課税の対象外、つまり無税という扱いをしている。
だからこそ、こうした国々では日本では考えられないほど、チャリティーとか福祉事業とか、公共のために益するものに対して企業が大胆に援助とバックアップができるわけだ。
一方、日本では、資本金のほとんど全てが課税対象になってしまう。海外に比べて日本の企業はチャリティーに積極的でないという批判の根っ子に、こういう税制の違いがあることは否めないだろう。
日本も欧米並みに税制を改めれば、福祉事業や文化事業がいつも資金面で苦しむというようなことにはならないと思う。
しかし、私は何も、企業の価値は文化事業への取り組み方にある、などと言いたいわけではない。
たしかに、企業が世のため人のためにお役に立ちたいと、チャリティーや文化事業を後押しすることは大切なことではある。しかしその前に、企業にはもっと大きな社会的責任がある。
収益を上げつづけること、これが第一の企業責任
それは、ドラッカーも言っているように、何よりもまず収益を上げつづけること。これが企業にとっての第一義の責任である。
われわれ企業経営者は、従業員を抱えている。数の多寡はあるにしても、企業を経営している限り、多かれ少なかれ従業員を抱えている。
その従業員には家族がいる。それら何百、何千、あるいは何万という従業員の家族たちはみな、会社からの給料で生活しているわけで、収益を上げつづけなければ、給料を支払うこともボーナスを出すこともできなくなり、その日から従業員とその家族たちは路頭に迷うことになる。
それを考えれば、収益を上げつづけ、従業員ならびにその家族の生活を支えていくことこそが企業の第一の社会的責任であるということに、誰しも納得するはずだ。
もし、会社を倒産させるようなことにでもなれば、従業員の家族が一家離散、さらには自殺といった悲劇まで引き起こさないとも限らない。そんなことにでもなったら、これほど社会に迷惑をかけることはあるまい。
不幸に陥れるのは従業員やその家族だけではない。取引先にも多大な迷惑をかけることになる。とくに仕入れ先への迷惑は測り知れない。
会社が倒産して相手に不渡りを食らわせたら、どれほど恨まれるだろうか。少しずつでも返済していくなど、それなりの誠意を示せば、
「仕方がない。誠意に免じて気長に待ちましょう」と言ってくれる人もいるかもしれないが、ふつうは、とうてい納得できるものではない。
ましてや、その誠意すらなければ、本当に恨み骨髄に徹するだろう。
販売先も同じことだ。税務署が売掛金を差し押さえに行ったり、債権者が大挙して押しかけて、「私たちの商品です」と、関係ない商品まですべて持ち去っていくなんていうこともあるだろう。
番不幸になるのは、自分を含めた経営者一族かもしれない。会社が倒産すれば自己資産のすべてを失うばかりか、それでも足りない場合には、風体のよろしくない取立屋に四六時中、追い回されることにもなりかねず、それによって一家離散に追い込まれるといったケースは枚挙にいとまがない。
二年ほど前、経営不振に自動車用品関連の製造業、卸売会社、小売会社各社の社長三人が連れ立って自殺するという悲劇があったが、経営者およびその家族にのしかかる重圧は想像を絶するものがあるのだろう。
要するに、経営者の責任とは、何よりもまず、会社を潰さないように収益を上げていくことなのである。
そして、従業員とその家族を幸せにし、仕入れ先、販先の幸せを考えると同時に、自分の家族も幸せにする。少なくとも、経済的に負担をかけない、危機をもたらさないということが、経営者にとっての社会的責任なのである。
最も大切なのはゴーイングコンサーン
とにもかくにも、採算がとれること、利益が上がること、それが経営者に課せられた第一義の社会的責任であり、それをクリアしたら次に考えるのが、株主への配当である。
ただし、利益処分のやり方はアメリカと日本ではだいぶ違う。アメリカは高配当だが、日本の場合は、配当に回すよりも会社を存続させていこうとするため、内部留保が多いのがふつうだ。
というのも日本では、会社であろうと家であろうと、子々孫々受け継がれて絶えることがないということを大切にする文化が根づいているからで、ゴーイングコンサーン(企業が存続していくこと)に第一の価値を置いている企業がほとんどである。
理念としては、どこの国の会計原則を見ても、ゴーイングコンサーンを重視すべきだということになってはいるが、それ至上のものとして実践しているのが、ほかならぬ日本の企業なのだ。
だから日本では、利益が上がるとまず内部留保で投資に回し、次に役員報酬、配当という順に分配していく。社長の給料や取締役の報酬は比率から見て、欧米それよりはるかに少ない。
株の配当もなるべく少なくし、内部留保を設けて投資に回しているのが一般的だ。
これに対して欧米の企業の場合は、会社が儲かるとまず、役員が当然の権利として膨大な報酬と株の配当を受け取る。
会社はあくまで個人の利益を追求する道具だと割り切っているからで、アメリカの経営者が莫大な富を持つ資産家に名を連ねている所以でもある。
そのように、日本の企業と欧米の企業は基本構造からして違うのだが、それでも、上場会社なら株主への配当を考える
君の社会的責任、マネジメントの責任である。
そういった経営者の社会的責任・使命と、業務内容が社会に役立っているかどうかという問題とは、別の次元の話である。ところが、人は往々にしてそこを混同してしまう。
「自分の会社は世の中に役立つような仕事をしていない。もっと意義のある仕事に就きたいのだが……」
「こんな仕事では、世間様に顔向けできない」
そんな思いにとらわれている人も少なくないだろう。
しかし、仕事というのは、どこかしら生産活動の一端を担っているものであれば、どんな仕事であれ、必ず社会の役に立っているはずである。
だから、会社というのは収益が上がればいい。上がり続ければいいのだ。
もっとも、ソープランドを経営したり、ダイオキシンを撒き散らしたり、ブリペイドカード再生の機械をつくったりという、いわば社会に害毒をもたらすような仕事では、社会的な使命感なぞ湧いてくるものではない。
やはり「社会の役に立っているんだ。みんなの役に立っているんだ」と思えることが重要だ。
それがあってはじめて、やる気に満ち、会社をやっていく情熱も生まれるというものである。
ただし、自然食だとか環境改善商品などに代表されるような、宗教的理念、社会的な正義感、道徳観、倫理観から「この商品は素晴らしい」なんて言って取り立っているんだ。みんなの役に立っているんだ」と思えることが重要だ。
それがあってはじめて、やる気に満ち、会社をやっていく情熱も生まれるというものである。
ただし、自然食だとか環境改善商品などに代表されるような、宗教的理念社会的な正義感、道徳観、倫理観から「この商品は素晴らしい」なんて言って取り組んだ仕事は、だいたい失敗する。
宗教的な情熱、道徳的な使命感で目が曇ってしまい、マーケットとしてはどうか、どういう先発メーカーがあって業績はどうなのか、という経営的な分析が甘くなってしまうからだ。
道徳的、倫理的、あるいは宗教的な観念の強い人は、とかく「ああ、これは人の役に立つ。みんなのためになる」と舞い上がってしまいがちなので、そういう分野は危険である。
そういうタイプの人は、むしろ地味な、どちらかと言えば人の嫌がる仕事、人が避けて通る仕事を考えたほうがいいのではないか。
たとえばゴミ処理場のコンビュータ制御ソフトの作成だとか、し尿処理車のタイヤ製造だとか、そういったものの生産工程の、どこかの部分に入り込んでいけば、これは社会的なニーズも多く、ビジネスとしてのうま味も出てくるだろう。
管理の五原則①販売管理
ともあれ、企業経営者に課せられている社会的責任の第一は、利益を生みつづけ、会社を存続させること。
次いで株主への配当、福祉・文化活動および各種イベントのバックアップ等々といったことになるのではないかと私は考えているわけだが、では、どうやったら利益を生みつづけることができるのだろうか。
この点については、中小企業における「管理の五原則」というのがある。
すでに企業経営にたずさわっている人にとっては至極当然な話になるかもしれないが、確認の意味で「管理の五原則」を書いておきたい。
五つの管理とは、いうまでもなく販売管理・労務管理・財務管理・資金調達・税金対策である。この五つをバランスよくできなければ、立派な経営者と評価されることはないだろう。
販売管理ができても財務管理が甘かったら放漫経営となり、計数に暗いと言われる。財務管理ができても販売管理ができなければジリ貧状態となり、消極的だと言われる。
また、労務管理ができなければ従業員の力を十二分に発揮できないばかりか、チームワークも生まれず、人望がないと言われる。
資金調達ができなければ、資金がショートして会社は回転していかないし、税金対策が甘ければ利益は残らない。
だから、五つの管理がバランスよくできるようでなければならないわけだが、このうち、中小企業にとって一番重要なのは何かと言えば、間違いなく販売管理である。
販売管理がしっかりとできていて、売上が上がって粗利がとれていなければ、財務管理もヘチマもないからだ。
人によっては、会社にとって一番重要なのは財務管理、すなわち資金繰りだ、と言う向きもある。
企業とはすべて資金の流れによって営まれているからだ、というのがその理由らしいが、私はどう考えても、それは違うと思う。
売上が一円もないのに、資金を操ってどうなるというのだろうか。いくら支払期日を延ばしても、その間、利益が上がらなければ、一日ごとに金利負担が増だけではないか。
②財務管理
もちろん、販売管理が確立している大きな会社なら、企業の動脈である資金の流れを司る財務管理が最上位にくることがあるかもしれないが、十分な売上が確保できていない中小の企業の場合には、操る前に資金がないのがふつうである。
だから、中小企業にとって大事なのは、何と言っても販売なのだ。
中小企業は自転車操業である。よくてモーターバイク操業、もう少しよくてもオート三輪操業。四輪車、高級車、トラック操業にたとえられる大企業のような安定感など望むべくもない。
ちょっと油断すると荒波に巻き込まれて潰れてしまうのが中小企業であり、とにかく売上を上げるということが大前提になる。だから、粗利がとれることが絶対条件。しかも現金回収であればなおいい。
販売管理の次に大切なのが財務管理である。もっとも、企業によっては労務管理がこれに入れ替わることもあるので一概には言えないが、ふつうは販売の次は財務、ということになろう。
その財務管理だが、単なる金の流れ、資金の流れの管理というのでは、単なる会計・経理にすぎない。会計とか経理といった狭い視野だけでは正しく財務を管理できないのは、言うまでもない。
販売活動を行なうと、資金の流れが生じる。
その資金の流れがスムーズに運ぶように具体的に処理するのは会計・経理である。
財務管理とは、その資金の流れを見ながら、「ああ、これはどうも利益率が低すぎて、売上を上げても内部留保が残らないな。もうちょっと利益率の高いものに変えて、相手も絞るべきだ」といった方向性を考えるもの。
つまり、資金の流れ全体を会社の経営方針に照らし合わせながら、どこを切ってどこを増やすのかという視点に立ってはじめて財務管理と言えるわけだ。
労務管理にしても販売管理にしても同じことだが、管理というのは、会社の方針、企業戦略と密接に結びつかない限り、有効なものとなり得ない。
財務管理は、お金のやり繰りだけを見ていてはできない。損益計算書と貸借対照表を読んで、全体を把握してはじめてできることである。
損益計算書には、毎月毎月が損か益か、儲かっているか儲かっていないかが記載されている。金太郎飴のようにスパンと切ると、儲かってニコニコ笑ってい顔や、利益が上がらず泣きそうになっている顔が出てくるのが損益計算書だ。
一方、貸借対照表では、まず流動資産がどれだけあるかということを見る。つまり、いますぐ現金に還元できる資産がどれだけあるかを見るのだが、それによって、いざというときにどれだけのお金を回せるかが判断できるわけだ。もちろん、流動資産が多ければ多いほど経営は安定する。
もっとも、流動資産だけあっても固定資産がなければ、企業体力がない、ということになる。つまり、経営者は全体のバランスを総合的に整えなければならないわけだ。
ところで、経営者の中には、バランスシートを読むのは苦手だと言う人も少なくない。「貸借対照表の読み方」だとか「バランスシートに強くなる法」といった本がロングセラーになっているのも、そんな経営者が多いからなのだろうが、バランスシートと言っても、それほど難しいものではない。
私自身の体験から言っても、一日あればたいていマスターできる。とは言っても、本を読んで勉強するのは大変な手間がかかる。だいいち、経営者にはそんなヒマなどない。
では、どうしたらいいのかと言えば、顧問の税理士や会計士に質問すればいいのだ。税理士や会計士はそのために雇っているのである。
「先生、一度、バランスシートと損益計算書の読み方について、じっくり教えていただけないでしょうか」と、丁寧にお願いすれば、喜んで教えてくれるはずである。
だいたい専門職の人は、自分の知識を披露することに幸福を感じるものである。
「この最初に書いてある○○金って何ですか」
「それは、借方の勘定で……」
「では、こういう場合にはどう判断するんですか」
「そういう場合は、こういうことになりますね」
一つひとつの項目を順番に訊いていけば、簡単に理解できる。用語は何やら難しそうだが、要は自分の会社でやっていることが記載されているだけのことなのだから、内容は経営者が一番よく理解できるのだ。
ただし、これではまだバランスシートと損益計算書を読んだということにはならない。問題はここからである。
「今月の月次決算を見て、どう考えたらいいんですか。コンサルタントしてください」
「ここの費用はムダですから、削減するようにしてください」
「わかりました。どう削減したらいいんですか」
「それはわかりません」
「先生が顧問をなさっているほかの会社でも、似たようなケースがありますか」
「ええ、ありますね」
「その会社では、こんな場合、どういうふうにしておられますか」
「その会社ではですね、私の知っている限りでは・・・・・・」という具合に、実際に現場で遭遇している問題に則して、どう解決したらいいのかという知識を吸収すること、これが重要なのだ。
そのためにはケーススタディが一番。いくつもの会社の決算を見ているベテランなら、いろいろな知識を持っているので、それを全部教えてもらったらいいだろう。
実際、この方法で私は一日でバランスシートの読み方をマスターした。それでもわからないところが出てきたらどうするか。電話して訊けばいいのだ。
「こんなことが書いてありますが、これはどういう意味ですか」
たいていのことは電話一本ですむ。
だから、財務管理に関しては、仕訳や表づくりができる事務員がいればそれで十分で、経営者は貸借対照表と損益計算書が読めればそれでいい。
その程度のことなら一日あれば十分できる。それを、専門書なんか買い込んで、まじめに勉強しようなんて考えるから中途半端で終わってしまう。
なまじ専門書なんかに取り組めば、かえってわけがわからなくなるのがオチである。理解できたとしても、それまでに一ヶ月も二ヵ月もかかるのがふつうだ。それではあまりにも時間がもったいない。
貸借対照表だの損益計算書だのといっても、何ら恐れることはない。問題が生じたらその都度、顧問の税理士、会計士に質問したらいいのだ。
バランスシートに限らず、不得意分野の克服なんて、いたって簡単。わからないことがあったら、その道の専門家、もしくは知識をいっぱい持っている人に素直に尋ねる。ただそれだけのことである。
ゆめゆめ、専門書をたくさん買い込んで、体系的な知識を身につけようなんて考えてはいけない。そんなのは経営者のすることではない。専門家のすることである。
経営者に必要なのは、財務を管理する技術であって、専門的な知識ではない。
経営の技術を磨くために最低限の知識だけは身につける。この姿勢を忘れないようにしたい。
③労務管理
その次の労務管理だが、これについても勘違いをしている人が少なくないようだ。
以前、私の関係するある会社で、こういうことがあった。責任者からの報告を聞く席でのことである。
「わが社の社員はみな頑張っております。社内は和気あいあいとしたムードに包まれており、従業員には何も問題はありません。売上が落ちて、赤字を計上してはおりますが、社員は一丸となっております」
これには思わず絶句してしまった。社員に結束がなくみんなの気持ちがバラバラ、というのよりはいいが、社員が一丸となっていることが尊いわけではない。
会社はサロンではないし、仕事は趣味や道楽とは違うのだ。
「一つだけ、小さな願いを聞いていただけますか。従業員がバラバラになっていても、いがみ合っていてもかまいません。そんなことより、とにかく売上を上げて、黒字にしてくれませんか」
このように、私は精一杯、皮肉を込めて意見を言った。
労務管理も大切なことではある。しかし、社員一丸となって頑張っていても、それを先に立てて、売上を上げることを忘れていては困るのである。とくに中小企業の場合は、とかく和気あいあいとした雰囲気を大切にするあまり、会社の目的である利潤の追求を忘れがちになるので、その点には十二分に注意したいものである。
それから、中小企業における労務管理のもう一つのポイントを上げるとすれば、ひたすら忍耐する、という点だろうか。「人を使うは苦を使う」と言うが、従業貝は経営者が期待するほどには動いてくれないし、働いてくれないものである。
とりわけ、たいして優秀でもないチグハグな人間が集まって、お互いの欠点をカバーしながら肩を寄せ合ってやっている中小企業の場合には、従業員に大きな期待はかけられない。期待すれば裏切られるのがふつうである。
だから、中小企業における労務管理の基本は、忍耐、寛容、諦めである、と考えたほうがいいのではないかと私は思う。
昨日より今日、今日より明日、少しずつでも進歩発展していけばそれでよし、というくらいのおおらかな気持ちで従業貝を見守り、育てていくことが大切ではないだろうか。
諦めたところから人を生かし、おのれを生かす道が開けていくのだから。
ともかく、中小企業の経営者は絶対に従業員をあてにすることはできない。いや、してはならない。銭勘定がでたらめでも、最後を自分がビシッと締めればそれでいい。
資金回収も一回目だけは任せて、あとは自分で行く。
それくらいの忍耐と包容力、そして行動力がなければ、とても中小企業の経営者は務まらないのだ。
四番目の資金調達とは、要するに銀行対策である。
株を発行するか、あるいは経営者が自己資金を調達することで会社はスタートするが、売上を上げようとすれば同時に経費がかかり、どうしても資金がショートする。そこで銀行から短期借入金を借りることになるわけだが、そのとき必要になるのが銀行対策である。銀行対策を知らずして企業を経営しようというのは、カナヅチの人が海に飛び込むようなものである。
それくらい銀行対策は企業経営者にとって重要なテーマなのだが、私も当初、どうやって銀行とつき合っていいのか、なかなかわからなかった。何しろ、向こうは海千山千、百戦錬磨の猛者である。そんな相手に真っ正面から立ち向かっていったのだから、その都度、いいようにあしらわれたのも、当然と言えば当然であった。
私はつらつら思うのだが、銀行の建物があれほど美しいのは、中でやっている業務が業務だけに、外観だけでも美しく装わなくては、と思ってのことではあるまいか。
そもそも銀行は、晴天の雨傘と一緒で、こっちが必要なときには貸さないで、要らないときに「どうぞ、どうぞ、借りてください」とやってくる。
そして、貸したら貸したで、これは危ないなと思ったら、パッと掌を返したようによす。断りの名人なのだ。
それだけに、銀行に勤めている人は大変だろう。心ある人は銀行になんか絶対に勤めないのではないかと思える(いやいや、心ない人が銀行にいるという意味ではない)くらい、銀行業務は大変である。
いわば、インテレクチャルなソフィスティケイト高利貸しなのだから。
しかし、銀行がどんなにむごいことをやっていようと、実際のところ、銀行を活用しないことには会社は動かない。
だから、必要なときに銀行から資金を調達できる技術を身につけておかなければならないわけだが、では、どうやったら銀行からうまく資金を調達できるのか。
それには、日ごろからのつき合いが大切だ。たとえば、借りる必要がなくてもお金を借り、きちんと返していくというのも、一つの方法だろう。
そうやって、返済実績をつくっていけば、いざというときに無担保でも短期資金を融資してもえるはずだ。
もちろん、銀行には融資枠というものがあるから、そうそう多額の資金を借りることは難しい。
しかし、おつき合いしている銀行が複数あって、無担保で借りられる少額の枠をいくつも持っていたら、担保を入れて借りるのと同じことになる。
そのためにも、やはり銀行とは日ごろから上手におつき合いをしたいものである。そのためにも、やはり銀行とは日ごろから上手におつき合いをしたいものである。
また、銀行から借り入れするときには通常、事業計画書と決算書を提出しなければならないわけだが、できるだけバラ色に輝く事業計画書、決算書をつくる、というのも大切なポイントになる。
真っ正直に書いてもなかなか受け入れてもらえないからだ。もちろん、ウソはいけない。
しかし、事実にもとづく誇張は許されるのだから、可能な限り、素晴らしい事業計画書”“輝かしい決算書〟を作成することも忘れてはならないだろう。
とはいえ、そんなことは銀行のほうも百も承知。実際には何パーセントか差し引きされて、融資してもらえるかどうかが決まるわけだが、素晴らしい事業計画書と決算書、また月中、月末の預金残高実績、そして返済実績をきちんと積み重ねていけば、海千山千の銀行にも信頼されるようになるに違いない。
⑤税金対策
そして最後の税金対策。これも経営者に求められる必要にして不可欠な技術である。
納めるべきものは納めるとして、いかに上手に、合理的に納めていくのか、これを考えるのが税金対策であるが、姑息な節税など考えず、払うべきものはきちんと払うほうがいい、というのが税金対策についての私の結論である。
税務署は、小手先のテクニックで何とかなるような相手ではない。経営者の考えそうな節税法をあらゆる角度から分析して、一つでもボロを発見すれば、徹底的に突っ込んでくるし、また、それだけの実力を持っているのが天下の税務署なのだ。
だから、つまらないテクニックなど最初から考えないほうが賢明だというのが私の考えであるが、世間一般でもそう考えられているはずだ。
私はかねがね、税金を払うということは、それだけ利益が上がっているという証明だから喜ぶべきことだと思っていた。
平たく言えば、税金を払っている会社うらやましく思い、自分も税金を払えるような経営者になりたいと願っていたわけだが、実際に税金を払えるようになると、税金の負担に頭を抱えることもあった。
税務署から見れば、すべての企業は税金を払うためにあるのかもしれない。
しかし、経営者には従業員とその家族を食べさせていく責任がある。それが十分にできたうえでたくさん税金を払えればそれに越したことはないのだが、実際のところ、税金はかなりの重圧であるのは間違いない。
たとえば、売れない在庫、いわゆるデッドストックを決算期を過ぎて持ち越していれば、それにも税金がかかる。
したがって、デッドストックはとくに小売業にとって死活問題である。この場合、何とかして売り払えれば一番いいわけだが、ときには、商品を燃やし、それを写真に撮って税務署に見せるという荒技も必要になる。
税金対策とはそれほど厳しいものなのだ。
いずれにしても、税金対策に関しては正攻法に勝る良策はない。もちろん、不正などはもってのほか。そんなところに力を注ぐくらいなら、少しでも売上を上げる努力をすること、これが大切だ。
もう一つ、税金対策で大切なポイントを挙げると、税理士や会計士を信頼しすぎないこと、ということになろう。
税理士、会計士は最初からあてにしない。弁護士はもっとあてにしないれは私の持論である。なぜか。
そう考えないと、何でもかんでも税理士、会計士、弁護士の言うことを聞くようになってしまうからだ。
弁護士の言うとおりに裁判をして負けた場合、弁護士が責任を取ってくれるだろうか。そんなことは決してない。
「残念でしたねえ」で終わりである。税理士の言うとおりにやって、考えていた以上に税金を取られた場合、責任を取ってくれる税理士がいるだろうか。いるわけがない。
「税理士さん、あなたの言ったとおりにやったら、こんなに税金を取られましたよ」
「いやあ、私の力不足でした。申しわけない」で終わりである。
本当に申しわけないと思うなら、余計に持っていかれた分だけでも税理士費用を返したらよさそうなものだが、そんな話、いまだかつて一度も聞いたことがない。
おそらく、日本中どこを探してもそんな税理士は一人もいないだろう。ましや会社が倒産した場合に、責任の一端でも取ろうとする税理士、会計士、弁護士なんているわけがない。
会社の責任はあくまでも経営者にある。だから、問税理士、顧問会計士、顧問弁護士をあてにしてはならない、というのが私の持論なのだ。
助言やアドバイスをヒントにすることはあっても、あくまでもヒントにするだけで、全面的に信頼してはならない。そういうふうに、私はいまでも考えている。
では、あてにしないでどうするか。それはもう自分でやるしかない。経営者自身が税金について責任を持ってやっていくほかない。
それには当然、知識が必要だが、その知識は先にも述べたように、顧問の税理士、会計士から吸収する。問題が生じるたびに質問・吸収を繰り返して、最終的には税理士や会計士に負けないくらいの知識を身につける。
それくらいの気構えがなければ経営者として伸びないのではないか。
経営者と税理士や会計士の関係は、監督とコーチの関係みたいなものだ。監督は投手コーチに各投手の出来を聞き、それを参考にして投手起用を決めるが、自チームの投手陣全体のコンディションを把握することなくコーチの言うことに耳を貸したところで、いい結果は得られない。
また、ピッチングという技術についまったく無知であるようでは監督は務まらない。
かと言って、ごく細部の投球術や、一人ひとりの投手の出来具合にまで精通していなければならない、というわけでもない。
監督(経営者)は、ごく大まかに現況を把握したうえで、細部の技術、情報をコーチ(税理士、会計士)に聞き、最終的な決断を下すべきである。
