成功を約束する「人の三倍の努力」とは
経営者として大成する最も大きな可能性を秘めている人は、素直で好奇心の強い人、研究熱心な人である。私はつねづね、そう考えている。実際、成功している経営者には素直で研究好きな人や好奇心の強い人が非常に多い。
ところが、成功とはほど遠いところにいる経営者の中にも、研究好きを自負している人が多いのもまた事実である。
「私は何にでも興味を持っています。一度興味を持ったら、とことん研究しないと気がすまない性分なんです」
と言うのだが、ご自分の事業はいまひとつパッとしない。そんな方に、これまで何度となく会ってきた。
同じく好奇心が強く研究好きだと言いながら、片や成功、片やイマイチ。その違いは一体どこにあるのか。思うに、イマイチの成功しか収められないのはイマイチの研究しかやっていないからではないだろうか。関心のあること、業務内容に関係のあることなら研究するものの、それ以外のことにはまったくの無関心。
また、研究したとしても、すぐにわかった気になって、それ以上の掘り下げにチャレンジしようとしない。一言で言えば、すべてが中途半端で終わってしまう。だから、会社の経営も中途半端になってしまう。私はそう考えてきた。
だから私は、そば屋さんに行こうが、美容院に行こうが、店に入ったら鵜の目鷹の目で“何か”をキャッチしようと、決して気を抜くことがないように努めている。
たとえば、そば屋さんに行ったら、黙ってそばを食べるのではなく、できるだご主人と話す機会をつくり、そば談義を持ちかけるようにしている。
二八そばのつなぎと味の特色、そばどころ長野県の南北における味の違い、九州そばの特色といった談義をふっかけるわけだが、これを始めたら二時間でも三時間でもディスカッションできる。
これまでのそば研究の蓄積があるからこそのことではあるが、これをやるとたいてい、「ご実家がおそば屋さんなんですか」
なんて言われる。
「いや、そうじゃありませんよ」
「隠さなくてもいいじゃないですか。おそば屋さんなんでしょ」
うどん屋さんに行くと、これまたうどんの話が延々とできる。「お宅、うどん屋をやっていたんですか」
「いや、違いますよ」
美容院に行けば美容院に関する話をする。
「美容院をなさっているんですか」
「いや、違いますよ」
「じゃあ、これから始めようと考えているんですか」
「いえ、そんなこと考えていませんよ」
どこへ行っても、同じ業種の人間と間違えられる。
「なぜ、そこまで研究するんですか」
とよく尋ねられるが、興味があるし、ボケーッとしていたら時間がもったいないから、どこへ行っても情報を収集するように心がけているだけである。
なぜ、こっちの店は流行っているのに、あっちの店は流行っていないのか。
きっと理由なんだろうかと、そばを食べているときでも調髪をしてもらっているときでも、絶えず研究しているのだ。
私は、経営者だろうが従業員だろうが、誰にでも気軽に話しかけて、その店の情報を入手するように努めている。
その結果、何かひらめくことがあったら、「これは天の教えだ」と考えることにしている。「単なる偶然かもしれない」とは決して考えない。偶然だと受け止めたら最後、何一つ発見できなくなってしまうからだ。
そのように興味を持って観察していれば、意外な発見ができる。人の話の中に眠っている宝を見つけ出すことができる。
その宝を発見したら、次の店に行ったとき、「先日、あるお店で、こんな話を聞いたんですけど、それって本当なんですか」「いや、そうじゃないですよ。それはね・・・・・・」
向こうはその道のプロだから、半分意地になって教えてくれる。そしたらまた別の店に行ったときに、
「何でも、こういうことらしいですね」
「いや、そういうこともあるけど、それだけじゃないですよ」と、さらに深い情報が入ってくる。だいたい七軒ぐらい回ったら、プロと同じぐらいの知識と情報を入手できる。
こうやって私は、成功のノウハウをどんどん吸収してきたのである。これはどんな業種にも通じること。成功を願うなら、研究に研究を重ね、同業他社の情報をはじめ、あらゆる情報の収集に努めるべきだ。私はつねづね、
「成功の秘訣は他になし。人の三倍の努力がすべてである」というような話をするが、一口に人の三倍と言っても、それくらいまでやってはじめて人の三倍の努力をしたことになると考えている。こういう努力や研究が足りているか、つねに自らを省みる姿勢が必要である。
信用獲得のコツ
研究と言えば、私は信用調査会社を調査したことがある。と言っても、調査会社の財務状況を知りたくて調査したわけではない。
調査会社は何を調査し、どのように評価するのか、それを研究するために、自分で自分の会社の信用調査を依頼したのだ。
会社を設立して間もないころ、新規開拓した取引先からの依頼で調査会社の人がやってきたことがある。何分にも会社を始めたばかりなので、信用調査と言われても、何が何だかさっぱりわからない。私は問われるままに答え、私なりの経営理念と経営指針を精一杯、語った。
しかし、評価としてはかなり低かったらしく、新規取引先から色よい返事をいただくことはできなかった。
やっと開拓した取引先である。大切なその取引先を、たった一回の信用調査、しかも見も知らぬ調査会社の評価で失ったのだ。
私は、悔しさで身の震える思いだった。だが、そんなことで落ち込んでなんかいられない。
「それなら今度は、こっちが調査してやる」ということで、信用調査会社を調査することになったわけだ。
その結果、どこにマイナス点をつけられるのかがわかった。
まず社歴が三年未満。これはすべてマイナス評価である。それから、社屋が民家の借家というのもマイナス評価。さらには経営者が若いというのもマイナス。これはかなり大きなマイナスだ。
おおむね、そんなところが判明したわけだが、社歴はもちろん、社屋についてもいますぐ変えるわけにはいかない。しかし、経営者に関する調査については何とか対応できる。要するに経営者は年をとっていたらいいらしいということで、私はすぐに父親に名前だけの代表者になってもらった。
それ以来、信用調査は一発でOKである。
「私は若造ですから。私たちの経営者は大正生まれで、非常に計数を尊重する経「営者なんです」
「ああ、それがいいんですよ」
経営者に関して説明をつけ加えれば、年配であるうえ、計数に明るいというのが一番点数がいい。
信用調査では、夢とロマンなんか語るとだめ。計数に明るいところを見せておけば、「社長として理想的である」なんていう項目に丸がつく。信用調査のコツがわかってからというもの、もう何回調査されてもばっちりOK だ。
信用調査会社の研究は、信用調査対策に役立っただけではなかった。日常のビジネス取り引きでも十二分に活用することができた。
当時、私の会社には五人の従業員しかいなかった。何しろ五人しかいないのだから、すぐに常務、専務、副社長も夢ではない。
よくあるケースは、従業員五人のうち四人までが取締役で、あとの一人がヒラ社員というケース。私のところも似たようなものだった。ヒラの営業マンの上がいきなり二〇代の常務。つまり私である。
あまりに若い人間が役職についていれば、どうしたって小さな会社だと思われる。
しかし、小さな会社ほど大きな会社の胸を借りなければ大きくなれないのだ。その大きな会社を相手に商談をするときにはどうするか。私は極力、低音でしゃべることにした。もちろん、電話で、である。
「常務の深見さんですか」
「ああ、そうですが」と低音で答えると、年配の人かと相手は錯覚する。だが、会えばすぐにバレてしまう。
そのため、私はなかなか取引先と会わないようにしていた。私の下の営業マンは常に私の指示通りに動き、なかなかに優秀な営業マンだったので、彼に会った取引先は誰もが、ヒラの営業マンがこれだけ優秀なのだから、上にはもっとたくさん優秀な人材がいるんだろうと、勝手にイメージしたらしい。
実際には常務の私一人しかいないのだが、その美しいイメージを壊さないために、私はなるべく取引先には会わないようにしていたのだ。
大きな会社と取り引きを始める場合、東京では必ずと言っていいほど、役職を尋ねられる。
「どういう役職の方ですか」
「ああ、常務をしておりますが」
低音で、ゆっくり堂々とした声で話すと、大きな会社だという感じを与えることができる。実際に取引先に出向いて行くのはヒラ社員なのだから、わかりはしない。そうやって仕事が整い、しばらくして先方が会社へやってくると面白い。「ああ、どうも」
なんて挨拶をするのだが、
「おっ、こんなに若いんですか」
「ははは、若く見られるんですよ」
「はあ…… 」
二七歳のときである。向こうは四〇歳ぐらいだろうと、ずっと思っていたらしい。
二七歳でも、低音でゆっくり話せば年をとっているような感じがする。最初に会っては不利になる。こんな若い人がやっていて、本当に大丈夫なのかと思われるに決まっている。日本では、若さは信用されないのだ。
銀行対策のコツ
信用調査対策も考えておくべき大切な技術かもしれないが、中小企業経営者にはもっと重要な、絶対に身につけておかなければならないものがある。銀行対策がそれだ。
もちろん、事業に取り組んでいるのだから、自己資金もあるだろう。しかし、事業を回転させるには、それだけで足りるわけがない。そこで銀行から借り入れるわけだが、このとき、しっかりとした銀行対策を身につけていないと、なかな貸してもらえるものではない。
ご存じのように、銀行というところは預金は勧めるものの、貸すとなると態度を一変させる。それも「貸しません」と正面きって言うのではなく、「信用保証協会というのがありまして」と、巧みに信用保証協会を勧めて貸そうとしないのだ。なかなか手がこんでいる。
銀行の融資係は断りのプロである。相手の感情を害さないように、かつ銀行が損をしないように、上手に断る。きっと、毎日毎日、そういう練習をしているのだろう。
それに、銀行というところはやたらと細かいところでもある。現金と帳簿が合わなければ、わずか一円の齟齬であっても、夜の一〇時、一一時まで延々と計算をするような、本当に細かいところまでチェックする会社。
それが銀行である。まして、融資係になると、その細かさに断り名人の要素が加味されるのだから、よほどうまく頼まないと、まず貸してもらえない。
第一章で述べたように、銀行とは「晴天の雨傘」である。必要ないときに「どうぞ、借りてください」と言ってきて、雨が降ってきて本当に傘が要るときには、決して貸そうとはしない。ちょっと待て。雨が降ったときにこそ傘は要るんだ、と言いたくなるが、それが銀行というものである。
銀行員はまた芸者でもある。金を持っている客なら、「あーらスーさん、いらっしゃーい」なんて猫なで声で擦り寄ってきては、三味線をじゃんじゃん掻き鳴らす。その代わり、金がなくなったとたんに、サーッと姿を消してしまう。
もちろん、誰一人として近寄ってくる者はいない。銀行とは、本来そういうところである。
銀行マンの読者がいたら申しわけないが、中小企業にとって銀行とは、共通の敵とまでは言わないまでも、少なくとも味方なのか敵なのか、よくわからない存在である。
お金があるときは味方のように見えても、お金のないときは敵に見える。それでも銀行を味方に引き入れなければ、会社はやっていけない。
業績が上がっていけば、その分、変動費が増える。もちろん固定費も増えるが、主に変動費が増えていく。
しかも、売掛金の回収はあとからだから、どうしても短期借入金での資金繰りが必要になってくるわけだ。
株式会社の基本的な資金調達法は株の発行。株を発行してキャピタルを増やすのが原則だ。けれども通常は、「株の発行他人資本人様から借金」するよりも、銀行から借りる。
ということで借りざるを得ないのだが、借りた実績がないと銀行も貸してくれない。
適度に借りて返すという「銀行とのおつき合い」、いつも必ず返済してきたという「実績」をつくってはじめて、貸してもらえるのだ。
銀行交渉の極意
中小企業をマネジメントしていくうえで、銀行とのおつき合いは避けることはできないわけだが、そのつき合い方にもポイントがある。
銀行に出かけていって話をしていると、相手の担当者はまるで刑事のように、サッと手帳を取り出してメモを取る。
このメモが曲者で、以前こちらが言ったことと矛盾がないかどうかをチェックしているのだ。一言でも違ったことを言おうものなら、
「以前、こういうふうにおっしゃってますが……」と突っ込んでくる。それだけに、よほど記憶力がよくないといけない。
対等にやろうとするなら、こちらも同じようにメモを取っておくといいだろう。
ところで、銀行工作のときに、「さあ、今日は一世一代の大勝負だ。この一戦にわが社の興廃がかかっているんだ!」なんていうような、深刻な顔で行ったら
奇妙である。銀行に気合と気迫は似合わない。
銀行は基本的にセコイところだが、それでも税務署とは違う。
税務署は、税金を納めていない相手には、隠しているんじゃないかと疑い、納めすぎても、もっと隠しているんじゃないかと、何でもかんでも疑ってかかるところである。
いわば、性悪説で仕事をしているところが税務署だと思って間違いない。対して銀行は、そこまではいかない。一定の要件さえ満たせば、貸してくれるし、銀行のほうとしても優良な企業には貸したいと思っている。
さて、その要件とは何かと言うと、担保などの保全と歩積み預金などのメリットと事業計画書である。
もちろん、事業計画書といってもしょせん計画書であり、事業が寸分違わず、計画どおりに進んでいくためしはない。
だから、あくまでも計画書にすぎないのだが、少なくとも経営者のビジョンを示さなければ、銀行は信用してくれない。
これくらいの資金、これくらいの規模でやれば初年度はこれくらいの上がりで、これくらいの利益が出るという事業計画書を出さずに、無計画に口頭で説明しただけでは信用してもらえない。
そもそも、事業計画書さえ出せないような経営者に融資したら、回収できるのかどうか、銀行としても不安になるだろう。だから、事業計画書だけはビシッと書かなければならないのだ。
ところが、中小企業経営者で、大学で経営の勉強をやった人は少ない。よしんば大学を出ていたとしても、事業計画書なんて書いた経験がないから、どう書いていいのかわからない。
だから、もっともらしい事業計画書をすぐにつくってくれる事業計画書作成会社というのがあったら、繁盛するのではないかと思うが、ふつうは、税理士に書類のチェックを頼むのが一番いいだろう。あるいは元銀行マンの人に頼んでもいいし、書き方を教えてもらってもいい。
その際、注意を要するのは、前に言ったことと矛盾しないように書くこと。とくに数値に関する矛盾は絶対にいけない。ただ、あまりに事実とおりに書くのも考えものだったりする。
「これから始めようとする事業ですから実績はありません。実績はこれからです。期待してください」
なんて言ったら、まず信用してくれない。要は豊臣秀吉の墨俣城方式を真似ることだ。当面の敵に対処するため、とりあえずプレハブの城だけでもつくっておく。
そして、敵が城を見て逡巡して退却している間に、ぼちぼち本当の城をつくっていく。プレハブの城でも何でもいいから、とりあえずは、すぐに城をつくらないと相手にしてもらえないのだ。
さて、事業計画書をビシッとつくったら、融資係への説得が始まる。
「これだけの資金が必要です。返済計画は短期、一年でお返しします」と言えば、担保能力のいかんによっては、貸してもらえるかもしれない。しかし、担保がなければ、たいてい、
「一億円貸してほしい」
「一億二〇〇〇万円、定期預金していただけますか」といった話になる。これを歩積みと言う。
本来歩積みはご法度である。
しかし、銀行としての本音と建前は違う。歩積みの要求は(暗にあるものと心得ていたほうがいい。
一億二〇〇〇万円の定期預金を担保に一億円貸すなんて、そんなの誰だってできる。
たとえ、借りる額より少ない歩積みを要求されても、ついついそんなふうに思いたくもなるが、それを口に出したら、銀行はこう言ってくる。
「だったらけっこうです。しかし、それではこれまでの話し合いや審査は意味がなくなりますねえ」
これでは貸すと言っているのか貸さないと言っているのか、よくわからない。
じつは、ここからが押したり引いたりの、丁々発止のやりとりが始まるのだ。私も最初に予備校経営に携わったときには本当に苦労した。何しろ実績なんか何もないのだから、銀行が信用してくれるわけがない。
前にも書いたように、そもそも三年未満の会社というのは、世間様にまだ認めていただけない。
だから、三年目ぐらいからきちんと黒字が出るようにしなくてはならないのだが、売上は上がり、利益も上がっていたとしても、それまでに借り入れているものがあるので、帳簿上は赤字になっていることが多い。
いわゆる累積赤字というやつである。
そういう負の返済も全部終わり、さらに利益を計上してはじめて、本当の意味での黒字になるのだが、最初の三年間がなかなかうまくいかない。五年続けて赤字を出したら、まず倒産である。
だから、この最初の三年間が辛抱どころなのだが、そういう苦しいときには銀行もなかなか貸してくれない。A銀行がだめならS銀行があるさと出かけて行っでも、S銀行でも、ぐちゃぐちゃとわけのわからないことを言うばかりで、貸そうとは言ってくれない。
私はM銀行にも行った。で「もういいや、担保を探し出そう」という気持ちになったとき、S銀行から借りられる可能性が生まれてきたのだった。つまり、A 銀行とS銀行とM銀行を競わせた結果、S銀行から最小限の担保で必要なお金を借りることができたのである。
だから、銀行は競わせるべきである。そうやって首尾よく借りられたら、あとは、ちゃんと返せばそれでいい。
そして、不必要なときでも借りてやって、その都度きちんと返していったら、銀行の信用は自然とついてくるものである。
とにかく、はじめの一歩が難しい。どんな会社だって、はじめの一歩というのはある。はじめから調子のいい会社なんて、まずない。だから、どうやって金を借りるかという知恵が必要なのだ。
やはりオドオドしていては、銀行も不安になる。基本的には担保がなければ貸してくれないだろうが、きちんとやれば、担保がなくても五〇〇万円とか、支店長枠で信用があるなら一〇〇〇万円とかを貸してくれる場合もある。
業績のいいところなら、無担保で一億円だとか六〇〇〇万円を貸すという場合もある。
その信用は、経営者の人物だなんてことを銀行は言うのだが、一体どれだけその経営者と食事をしたり酒席をともにしているのか。そうそう人物なんてわかるものではない。
銀行が人物を判断する基準は、決算書と担保力と返済実績と月中、月末預金残高実績であり、まず、それらが最も大切な人物の中味である。
そして、その他に、洋服がきちんとしているかどうか。次に、髪形がきちんとしているかどうか。
時間を守るか、言葉に迫力があるか、勇気や自信を持っているかなどを、ほんのちょっぴり加味するものである。
しかし、迫力や生命力の息吹がないと、銀行も安心できない。
担保がなければ基本的に貸してはくれないのだが、担保がなくても貸してくれることもある。
それはやはり、その人の言葉の真実性なのだ。前に言ったことといまの発言に変化がない、誠実で知恵があり、事業計画書がきちんとしていて、返済実績があり、息吹を感じさせる人だったら、「ああ、これだけ頑張っていたら大丈夫だろう」と融資係も信じるのだ。
銀行に提出する決算書というのは、限りなく大風呂敷に近い。粉飾と言っては言いすぎだが、装飾している会社は多い。経営者の意思に沿った前向きな拡大解釈、そういうものだということは銀行も承知である。
一応資料にはするが、税務署へ提出した決算書と共に、やはり経営者の人となりも見るのだ。
最終的に貸し倒れにならないようにと、慎重に考えている。銀行もやはり真剣勝負なのである。だからそこで息吹と知恵と言葉が生きてくるのだ。
絶対にやられない税金対策
銀行対策と並んで重要なのが税金対策である。
いかに合理的で合法的で賢明な納税をするのか、これを研究するのも、中小企業経営者の責務である。
とくに、売上が上がってくると税務署から目をつけられるので、順調に成長している企業の経営者は、きちんとした税金対策を立てておくべきである。
私のところでも誤解されて査察に強制調査をされたが、私たちのグループはこれ以上ないほど、きちんと税務署の指導どおりの経理をしていた。
だから、どこをどう調べても何も出てこない。もちろん調査の結論は「シロ」である。
その「シロ」の結論が出るまでは、うんざりするほど調べ上げられたが、おかげで、マルサの調査がどういうものかよく理解できた。それをまとめて、「マルサに勝つ法」という本でも書いてやろうかと思っているほどである。
それは冗談として、「マルサが来たら困る」という人に、マルサに勝つ法、税務署に勝つ方法を教えよう。
どうやったら勝てるのか。答えは簡単、税金をごまかさずに納めれば勝てる。「何だ、そんなこと当たり前じゃないか」と思った人は気をつけたほうがいい。
私が言っているのは、ごまかさない、ということである。税金をごまかすというのはどういうことかと言うと、具体的には入りをごまかすことを言う。
入りをごまかすと、これは脱税である。一方、出費をどのように扱うかというのは、見解の相違であって、違法ではない。だから、入金をごまかしてはいけない、というのが私の結論である。
税務署の調査官は超能力者である。あなたがどんなに上手にごまかそうとしても、あちらのほうが断然、上である。
これは間違いない。中途半端に隠しごとをしても、たちまち見破られてしまう。まず目でわかるらしい。それならばと「安全な目」というものを研究しても、今度は耳の動きでわかったりする。
ごまかそうとか、してやったりと思うと、そのときのムードでわかるらしい。いくら帳簿がきちんとできていても、電話帳だとかメモ帳だとか印鑑だとか、原始資料というのがある。
それを見ていくと必ず矛盾が出てくる。税務署というのは超能力者、霊能者の集団なのだ。
霊能者に勝つには、何も思わず何も意識しない境地、いわゆる無の境地で立ち向かうのが一番。霊能者に会うとき、霊能者に勝つために何かしてやろうと思うと、その思いが相手のアンテナにひっかかって、こちらの心を見透かされてしまうが、何も思わなければ、いかに霊能者といえども、見破ることはできない。
すなわち、税務署に勝つには、合理的な納め方はしても、ごまかそうなんて考えないことである。すると目が輝いて、相手も安心するのだ。その年の決算がちゃんとできていたら、さかのぼって調べたりはしない。ごまかそうという思いがあるから、何かあるぞと感じて調べにくるのだ。
その結果、何も出てこなくても、調査に入った以上、向こうも何かしらの「おみやげ」がないと帰れない。
そこで、半ば強引にやられる、ということになる。やはり、きちんとした正攻法が一番強い。
われわれも税務署にはさんざんお世話になったが、その原則を貫いていたために、結局、何も立証できずに引き揚げた。
少しぐらい見解の相違があっても、不正は一切ない。結局、そのほうが勝つ。大きい声で自信を持って、「こうだ!」と言い切る。その迫力と目の輝きで「もうけっこうです」となるのだ。
それでも理不尽なことを言われたら、国税不服審判がある。どう考えても税務署はおかしい、あの税金の取り方はおかしいと思うなら、泣き寝入りすることなく、国税不服審判所に不服申請を起こす。これで勝つ人は意外と多い。だから、不正もなく、おかしいと思ったら大いにやるべきだ。
そこまでいかなくとも、税務署は書類だけでなく、その人の内なる波動、叫び、あるいは目を見ているものである。
不正さえなければ怖くはない。
思いきって、多いに議論闘争すればいい。堂々とやるのが一番である。そのためにも、税務に関しては日ごろから、ある程度は研究しておくべきだと思う。
発明・特許な落とし穴その1
ある意味で、究極の調査・研究は発明・特許かもしれない。特許何とロマンチックな響きだろう。
特許で一発当てて、大儲けしたい。そんな思いを抱きつづけている人も少なくないはずだ。中小企業経営者にとって、特許を取るというのはまさに夢である。
発明・特許という話になると、必ず思い出す人物がいる。米を機械に乗せると自動的に米俵になって出てくる自動米俵編み機や、玄米から養分を抽出してつく健康ドリンクを発明した人である。
そのドリンクを、私が携わっている商社でも扱ったことがあるが、それを飲むとあらゆる病が改善する、という触れ込みだった。
それ以外にもこの人は、何百という特許を持っているのだが、悲しいかな、ビジネス化に取り組むと、とたんに不渡りを食らったり騙されたりで、ことごとく失敗に終わった。その一部始終を見ていた私は、発明する能力と事業化する能力とはやはり別ものであって、事業化する能力に欠けていたら、いくら特許を持っていても成功はおぼつかない、ということを学んだ。
いや、もっとはっきり言えば、下手に発明・特許にのめり込もうものなら、かえって自分の首を絞めることになりかねない、特許なんかに手を出さないほうがいい、と痛感したのであった。
とくに、「これがあればすべての病がよくなる」とか「これがあればすべての問題が解決する」といったうたい文句の発明・特許には要注意。
絶対に引っ掛かってはいけない。なぜなら、それが凄い発明・特許であればあるほど、それが世に出るまでには繰り返しテストをしなければならないし、どのように商品化するかをよく考えなくてはならない。
すなわち、実用化とマーケティングに向けての準備が必要なのだが、それには当然、時間もかかれば資金も要る。
そのうえ、そのプロジェクトが動いている間、本来の仕事に手が回らなくなる。実際に特許製品に関係したことのある人ならご存じだと思うが、
「こんな素青らしい発明・特許はほかにはありません。絶対に儲かります。どうですか、一つ、ジョイントベンチャーでやりませんか。加わりませんか」と誘われて手を出すと、「これが要る、あれも要る」とばかり、湯水のごとく金が流れていく。
途中で不安になっても、経営基盤の脆弱な中小企業ほど「ここまで来たら、もう引き返せない」ということになり、またまた金が出ていく。先物取り引きの落とし穴と同じである。
仮に幸運にも二年か三年たって実用化できたとしても、そのときにはまた膨大な資金が必要となるから、まさに金食い虫そのものである。
さらに、実用化されたとして、その先どうなるのだろうか。ベンチャー中小企業に、果たしてバラ色の未来はやってくるのだろうか。発明戦士に栄光の日々はやってくるのだろうか……。
答えはノーである。
その発明が小さなマーケットしか形成できないものなら、あまり問題はないかもしれない。しかし、大きなマーケットを形成するものであればあるほど、大商社、大メーカー、大資本が狙ってくる。政治家が出てくるわ、ヤッチャンが出てくるわで、見たこともないような社会の裏側をかいま見て、しっちゃかめっちゃか、スラップスティックな大ドタバタの挙げ句に、スッカラカンになってしまうのがオチだ。
特許の持ち主が、自ら事業化に取り組み、何年かかけて成功したものなら、その間に培ったノウハウと特許で、ある程度は守られるだろう。
しかし、大きなマーケットでやろうとすれば、必ずやられる。なぜなら、資金力、販売力、情報力、ネットワーク、人材、銀行のバックアップ、つまり、人・物・金のすべてを持つ大企業が、そんなおいしい餌をみすみす見逃すわけがないからだ。
彼らは、おいしい餌を目にしたら、必ず商権を握ろうとするだろう。闇の世界からもアウトローが殴り込みをかけてくるだろう。
そうでなくても、特許ギリギリの、限りなく似ている製品の製造・販売をしかける業者が出現するのは必定だ。
そうなったら最後、コスト面でも販売力の面でも、中小企業がかなうわけがない。さんざん苦労して、やっとビジネス化できた、投資した分を回収できるんだと感涙にむせんだその刹那、大企業にパクーンとかっさらわれるわけだ。
たとえば仮に、画期的な電気冷蔵庫を発明したとしよう。
だが、いったんそれが商売になりそうだとなれば、すぐさま、大手メーカーが鼻を利かせて動きはじめるだろう。そして、最新設備の研究室で、特許の裏をかいくぐる、安くて機能・デザインにすぐれた商品をアッという間に開発し、圧倒的な宣伝力と販売網で売りまくるだろう。
これまでに、どれほどの中小の人間や会社が泣いたことか。一時期のパソコン業界はその典型だった。
パソコン業界と言えば、かつてはソードというユニークな会社が存在したり、いろいろな会社が群雄割拠していたものだ。
それが、パソコン産業が成熟してきたらどうなったか。大手が軒並みに参入して、ハードもソフトも全部やられてしまった。いくつか特許を持って先行していた中小のコンピュータメーカーやソフトハウスはどうなっただろうか。ソードを含め、その多くが倒産の憂き目に遭ったのは記憶に新しいところだ。
マーケットが大きくなると、必ずそうなる。最初は黒字で順調であっても、途中で大企業の餌食にされてしまう。そんなのはもう、目に見えている。
だから、もし特許ものをやろうとするなら、どれほどの人材を動かせるのか、どれだけの資金を動かせるのか、自分の会社の実力を十二分に把握したうえで、やるかやらないかを判断しなければならない。
そこを、夢と希望で特許を信じすぎると、苦労と苦渋だけが残ることになるだろう。
発明・特許の落とし穴その2
とは言っても、発明・特許の世界で中小企業が成功する道がないわけではない。ちょっとした発想の切り替えをすれば、十分に可能だ。
その発想の切り替えとは、すなわちマーケット・セグメントで特色を出していくというやり方である。
中小企業が特許で成功するためにはマーケット・セグメンテーション、すなわち市場を細分化して、その一分野でのトップをめざすしかない。
たとえば、電気冷蔵庫なら、全体をつくるのではなく、製氷皿に関する特許とノウハウをいくつも持つ。
そのように、一つの狭い分野だけにターゲットを絞れば、他社には真似できない、確固たる技術と細やかなサービスが可能になる。
これがいわゆるマーケット・セグメンテーション、あるいはニッチ、すき間産業などと言われるやり方である。
松下電器だって、何もかも特許やノウハウを押さえているわけではない。多額開発費と時間をかけて開発する価値のない、値段の安い小さな部品は外注に頼っている。
冷蔵庫にしても、心臓部に関してはいくつもの特許やノウハウを持っているが、製氷皿など周辺部品はよそから買っている。あるいは、ドアの塗装技術なども同様である。
そういうやり方をしていけば、マーケットがセグメントしてくる分、それに関しては日本一、あるいは世界一になることができる。中小企業で、堅実に成功しているところはみんなそうだ。
何かのパーツ、それもある部分だけを専門的にやって収益を上げている。
大手メーカーはそこに参入しても採算が取れないから、参入してくることはない。ただし、マーケットが大きくなったら大企業にパックリ食われる危険性がある。
だから、マーケットサイズと自分の会社の人材と経験、そしてとくに資本力を照らし合わせて考えることが大切だ。
銀行から五〇〇〇万円借りるのに四苦八苦している会社や、一億円借りられて「ああ、よかった」などと言っている会社が、何千億円、何兆円動かす大会社と勝負できるわけがない。
そんな分野には、絶対に進出すべきではない。
ところが、発明・特許を売り込みに来る人は、あくまで甘い言葉で擦り寄ってくる。
「これは世のため人のために役立つ、社会的意義のある技術です」
「これで公害問題がなくなります。みんなから喜ばれますよ」
「癌も治るし、医療の問題はこれで解決します」
「クリーンな生活環境が実現する」
なんてことを平気で言う。そんなセールストークに騙されて、特許の事業化を業務の中心に据えようものなら、会社は遠からず倒産する。百パーセントやられると言っていいだろう。
だから、そんな魅力的な話を持ってくる人があったら、ペッパッパッと唾を眉毛につけて、「誘惑には絶対に負けないぞ」と思い定めることが大切だ。
事業家は事業で失敗する。本業がありながら「革命的な特許」に手を出すのは、一人勝ちを求める心である。欲と甘い誘惑に目が眩んで大失敗するのだ。それでは経営者の社会的責任は果たせない。
やはり、段階を踏んで成長することが大切だ。
まずマーケットをセグメントして、少しずつ銀行の信用と実力を養い、資本と人材を蓄積する不断の努力をする。
それができたら、少しずつ大きなマーケットに出ていけばいい。会社が倒産する一番大きな理由は放没経営だが、その次にくるのは特許製品、すなわち無計画な商品開発、無計画な経営なのである。
発明・特許の落とし穴その3
なまじ特許を取ったがために会社がおかしくなる理由は、もう一つある。
たとえば、ヒット商品が一つ出たとしよう。すると、どうなるか。
「売れた!ヒットだヒットだ、もっと売れるぞ、バーンと行け!」ということで、人を入れる、事務所を拡張する、設備投資をする、というのが一般的ではないだろうか。
ところが、商品には寿命というものがある。最近はますます商品寿命が短くなっているから、三年続けばいいほうで、短いのは三ヵ月。商品寿命が落ちてきたときに支払いがあるわけだ。
利益を上げたら、その決算年度は税金も払わなければならない。決算が終わり、税金を払ったら、次には予定納税がある。予定納税は半年前には払わなければならない。しかもキャッシュで。つまり、なまじヒット商品が出たりすると、かえって資金繰りが逼迫して、苦しくなるのだ。
資金がショートすれば、銀行から短期の借入をして回転させることもできるが、税金までは手が回らない。
結果、また銀行から借りるか、税務署に「すみません、物納します」とか「分割にしてください」という話になる。それでも、税金はキャッシュで払わなければならないから、結局、銀行から借りるしかない。
頭を悩ませるのは税金だけではない。攻撃に出ている分、経費もかさんでいくから、その手当ても必要だ。
その一方で、ブームは次第に下火になり、いつしか商品寿命が尽きるときがくる。
ブームはしょせんブームでしかないのだが、商品寿命が尽きてきて売上が二落ちたら、もう利益は半分。三割落ちたら利益は吹っ飛ぶ。
それでも、次のヒットが出ればどうにかしのぐこともできようが、ヒットというものはそうそう飛ばせるものではない。
そうやって、次のヒットが出ないまま、結局、一発屋として倒産していく。これが特許で失敗する典型的なパターンである。
たとえば、かつてエレンスパックという商品があった。覚えている方もいると思うが、泡でぶくぶく洗えば、顔がきれいになりますよという、あの美顔器である。
あれはものすごい勢いで売れた。だが結局、あの会社は美顔器ブームが去ると同時に潰れてしまった。次のヒットが出せなかったのだ。
ここらへんの商売が上手なのが、「二光お茶の間ショッピング」で有名な二光通販(現・西友リテールサポート)である。
また、日本文化センターなんていう会社も上手だが、特筆ものはやはり二光だ。
二光という会社は、新しいもの、売れるものをコンスタントに出すために、ものすごい商品開発と販売にネットワークを張っていて、絶えず商品開発と販売のための研究をしている。実際、つねに売れるものを供給しているから立派なものである。
ところがこの会社は、一つの商品がある一定量売れると、もうそれ以上売らないのだ。売れすぎると資金繰りを圧迫するからという。
だから、ある一定のところで止めてしまうのである。
売れすぎると、その分、山と谷の大きな差のある支払い計画を立てなければならない。特定のものの在庫を沢山持たなくてはならない。
そして、それが突然売れ行きが止まると、全てがデッドストックになる。売れたら売れたで、資金繰りを上手にしなければならない。
そのことをよく知っているから、売れた売れたといってぬか喜びをしない。だからこそ、二光はああやって安定しているのだ。
ところが、マネジメントのド素人はそれができない。ちょっとヒットが出れば、前後のみさかいなく「それ行けーっ!」と、大量の資金を投入する。
しかし、次の商品を出せないで、結局、倒産の憂き目に遭う。これがド素人のやり方だ。
そうではなく、もしヒットが出たら、次に何が起こるか、何を準備すべきかを頭に入れておくのがプロというものである。
それができないようでは、マネジメントのド素人と言われても仕方がない。そういう人は、経営者としての実績に基づく知恵がないものだから、みすみす倒産していくことになる。
とくに特許製品がヒットした場合には、本当に眉にツバをしたうえで、いくつかのシリーズを用意しておくこと。
公害関係なら、そのシリーズでいくつか関連商品を用意する。防災関係でも食品関係でも、それぞれのシリーズで複数の商品を用意しなければならない。一つの商品がだめになったら次の商品というように用意しておく。
商品が一つしかないというのは危険である。商品寿命は本当に短い。それに、その商品がもしよかったら、同業他社が必ずライバル商品を出してくるだろう。
前述したように、大きなマーケットであればあるほど、大きな会社がやってくる。われもわれもと過当競争になり、最終的には安くて品質がよくてサービスのいいものが残る。これは経済の法則である。
大きなマーケットならば、いち早く高品質・低価格・グッドサービスの研究をし、企業努力をしたほうが勝ち残る。スピードの勝負である。
それをしない会社は淘汰され、潰れていくだけだ。「売れたぞー!ホホホーッ!」と安直にかまえ、安穏としているうちに、マーケットが変わって、いつの間にやら四面楚歌、倒産の危機を迎える。
逆に、小さなマーケットは安全だが、購買数が少ないから地道な努力と根気が必要になる。どちらを取るのが賢明か。よく考えてみるべきだ。
いずれにしても、特許ですべてが解決するかのような「おいしい話」には絶対に手を出してはいけない、というのが私の持論である。
本業にエネルギーのすべてを注入しなかったら、必ず経営に穴が開く。売上が落ちればボーナスも出せなくなって、従業員とその家族を不幸にする。
仕入れ先も自分の家族も不幸にする。経営者は会社経営の責任がまず大事であって、そこを見誤ってはいけない。
社会的な信用を得るには年季が必要だ。社歴三年未満というのは信用調査上、会社ではない。どんなに売上と利益が上がっていても、社歴三年未満では銀行も会社として認めはしない。
この不況下、おいしい話を聞くと手を出したくなるだろうが、マーケット・セグメントを忘れないように。
大きいものは大手に任せ、中小は部分の特許だとか関連ノウハウだとか、的を絞った小さな分野で会社という城をビシッと固めたほうが、業績は安定する。それが何よりも確実な道である。
