入門 成功する中小企業の経営(Vol.5)

現金決済なら会社は潰れない

企業経営者はつねに、最悪のケースを考えなくてはいけない。

私は、会社をつくるときにたくさんの倒産の劇を見た。そこで、なぜ倒産するかを考えた。答えは簡単だった。

倒産とはふつう、不渡りを出すことを意味する。小切手が不渡りになるというのはあまりないから、要するに、約束手形が期日に落ちないことを一般に倒産と言うんだ、ということがわかった。

逆に言えば、約束手形さえ切らなければ普通の倒産はしないわけだ。もちろん、売上がなければ会社はやっていけない。

しかし、約束手形さえ切らなければ、いわゆる不渡りというのは出しようがなく、倒産もない。それがわかってからというもの、私は約束手形をいまだかつて一度も切ったことがない。

では、手形を切らずに資金がショートしたらどうするか。何はともあれ、まずは大家さんのところへ行く。そして、

「この不況でございますので、今月はお家賃がちょっと……」と、ひたすら頭をさげる。水道、ガス、電話もこれと同じく頭を下げる。二、三ヵ月電話が止まっても、公衆電話かコレクトコールを使えば間に合う。「あ、すみません。ここにおりますので、ちょっとお電話ください」と言って、すぐに電話してもらえばいい。

私たちはそういう修羅場を何度もくぐり抜けてきた。最悪のケースでも、手形さえ切っていなかったら、これでどうにかしのぐことができるのだ。

給料に関しては、まず社長自らが給料を半分にする。それから従業員も半分にしてもらう。もちろん、上手に説明しなくてはいけない。

「会社の内容はこうだ。君たちの努力によってわが社は前途洋々たるもんだ。ただ、いまちょっとショートしているので、大変申しわけないが・・・・・・」

と、真心込めて説明すれば、中小企業には組合なんかないんだから、たいていは納得してもらえる。

もらった手形が不渡りになったときの対策としては、中小企業倒産防止協会というのがある。

これに入会して月々積み立てておけば、半年据え置きの五年分割払いで一〇〇〇万円でも二〇〇〇万円でも借りられるから、これは積み立てたほうがいい。

土下座してでも会社を守る覚悟があるか

次に走らなければならないのは、支払い先である。ただし、支払い先に限っては、期日になってからでは遅い。

危ないと思ったら、何を差し置いても真っ先に走ること、これが肝心だ。不安感を与えると、最悪の場合、仮差押え申請で、銀行口座とか営業権を取られることになるからだ。

「今月、不渡りを食らうという事情がございましたものですから、お支払いはこういう約束になっておりますけれど、何とかこれを三回に分割していただけますようお願いいたします。

会社の業績は上がっておりますので、必ずお支払いできます」

社長自ら足を運び、正面から頭を下げて誠意を尽くし、払わないと言わないで、分割にしてほしいと言うのがポイントである。また、金額の大きいところから訪問すること、これも重要なポイントだ。

深々と頭を下げて、

「どうにか分割でお願いいたします。ずっと支払い続けるということは、お宅様との長いおつき合いができるということですので、これもよきご縁じゃないかと思います」と、明るく説明する。

一方、販売先に対しては入金を早めにしていただく。

「一つ、こういう状況でございますので、半手半金ぐらいにしていただけませんでしょうか。金利分だけおまけいたしますので・・・・・・」と、とにかく誠意を尽くして、入金を早めにする。

そうやって、入金を早め、出金を抑えめにという資金繰りをしていけば、三、四ヵ月ぐらいの資金繰りは大丈夫だ。絶対に潰れない。

手形を切っている場合、連鎖倒産の危機が来たら、とにかく早めに手形を回収すること。菓子折りを持って、社長みずから真っ正面から訪問する。そして説明するときには、

「あの会社この会社もご協力いただきまして、お宅様が最後でございまして」と言わなくてはならない。お宅が最初だ、などと言おうものなら、とたんに「うーん」と順になる。

「何々会社にもご協力いただきまして、お宅様がもう最後でございます。わが社の命運はお宅様のお気持ち一つで決まるんでございます。

従業員一〇人のために、一つお願いいたします」と言って、四五度から四八度以上、深々と頭を下げる。頭を下げたら一分間は上げてはいけない。二分か三分、頭を下げっぱなしにして、最大限の誠意を尽くす。

手形こそ切ってはいないが、私はこれを全部やってきた。顔から火が出るほど恥ずかしいけれど、従業員のことを考えたら恥も外聞もない。ひたすら頭を下げるしかない。

手形は銀行に預けている場合が多いのだが、「金利分、手数料だけは払わせていただきますから、そこを何とか」引き揚げてもらう。

そして、一部をちょっと払って、三つか四つぐらいに小さくして、長い手形に書き換えていただく。一ついただければ、次々に「お宅様が最後で・・・・・・」と回って行く。

そこまでやれなければ、中小企業の経営者としては失格である。プライドとかメンツは邪魔なだけ。一切合切をかなぐり捨てて、裸でぶつかっていけば、フィーリングとか誠意は伝わるもの。それを信じてぶつかっていくしかない。

学識と教養と学歴も備えたうえで、それができる人がいたら、最高の経営者になれるだろう。だが、学歴や教養のある人は、概してそれができない。プライドとメンツが邪魔するのだ。

一流大学から一流企業、一流企業から脱サラ、というパターンで会社をつくった人が簡単に会社を潰したりするのは、そのためである。

逆に、学歴のない、裸一貫から身を起こした経営者はそれができるから、会社を潰すことはないし、成功を収めることもできる。

中途半端な学歴や経歴など、むしろないほうが幸せなのかもしれない。松下幸之助や本田宗一郎が、まさにそうだったのである。

じつは私は、資金ショートがものすごく好きだった。資金がショートすると、ウワーッと若人の血が燃えたぎって、躍動感がみなぎってくる。大和魂が奮い立つのだ。

「いよいよ私の腕の見せどころだ!」

「これはチャンスだ。会社はこれから発展していくんだ!」

「これから社員の気持ちが引き締まっていく!」と思って、ついニコーッとしてしまう。最近はそういう機会もなくなって、じつはちょっと寂しさを感じていたりもするのだが・・・・

どうしようもないときには返品でしのげ

支払いに困ったときには、土下座をしてでも支払いを延ばしてもらわなければならないが、ときにはそれだけではしのげないこともある。そんな場合にはもう、返品するしかない。

かつて、時計と同時に宝石のビジネスをやっていたとき、従業員が安直な仕入れをやって、八〇〇万円の在庫を抱えてしまったことがある。

当時、月の売上が三〇〇万円から四〇〇万円。そんなときに八〇〇万円もの在庫を抱えてしまっただから、にっちもさっちもいかない。

しかし、いくら従業員がやったこととは言え、安直に仕入れさせてしまったのは私の責任である。

だが、どんなに責任を感じようが、現実問題として支払いができない。手をこまねいていれば倒産の憂き目を見るだけである。やむを得ず、私は返品するしかないと考え、仕入先へ夜訪をかけることにした。

いまでも覚えているが、先方に到着したのが夜の八時。それから相手の夕食が終わる九時まで待って、いよいよ夜の一〇時に闘いのゴングが鳴った。

闘いと言っても、ひたすら頭を下げるだけである。延々、深夜の一時まで平謝りに謝って、言葉のラリーで交渉に勝つまでやり続け、とうとう八〇〇万円分すべて返品。

おまけに、末締め翌月末現金払いの予定だった支払いを、二〇日締め末日起算九〇日現金払いに延ばして帰ってくることができた。さすがに相手も撫然としていたが、次に会ったとき、

「あんたもよくやるねえ。あんたがいるんだったら、お宅の会社は大丈夫だ。これからも品物を納めさせてもらうよ」

と、お褒めの言葉をたまわった。相手も経営者、会社の為を思ってぶつかって行く捨て身の誠は、必ず通じるものなのだ。

しかし、実際問題として、こういうケースはきわめて異例で、返品を認めてもらえないケースのほうが圧倒的に多いはずだ。それだけに、仕入れに関しては慎重のうえにも慎重に考える必要がある。

商品を仕入れても必ず売りさばけるという保証はどこにもない。だから、できれば、あらかじめ返品を了承してもらったうえで仕入れるのが一番。

それも、どれくらい売れるのか、具体的な数値を計算しながら、少しずつ仕入れていく。掛け率が少しぐらい高くても、急がば回れで、少しずつ確実に仕入れていくことだ。

間違っても、掛け率に目を眩ませるようなことがあってはならない。ある程度まとまった数量なら掛け率を低くしてくれるからといって、最初から大量に仕入れたら、結局は在庫を抱え込むことになるからだ。

もちろん、在庫が少なければよいということではない。回転在庫として少なくとも一ヵ月分くらい、多くて二ヵ月分か三ヵ月分の在庫は必要だ。

しかし、それ以上の在庫を抱えると、結局、帳簿上の利益がモノでおねんねしてしまい、それに対する税金やら支払いやらで、結局資金繰りに苦しむことになるのだ。

だから、最初はあくまでも少量仕入れが基本。そして、返品ができるかどうかを確認すること、これも基本である。とくに、単品売りの訪販や、顧客に直接売っていく直販で商品を仕入れる場合には、返品できるかどうかを考えないと、在庫を残してしまう。

それだけ慎重にかまえていても、在庫を抱えて資金繰りが危なくなることも、ときにはある。そしたら、夜訪でも土下座でも何でもして、

「そこを何とかお願いします!」とひたすらお願いして、何が何でも返品する。それくらいの交渉力がないようでは、経営者としては甘い。そう批判されても仕方ないだろう。

仕入れを安直に考えるとこんなに危険

もうずいぶん前のことだが、あるとき、イオン水製造機を売っている人から、「助けてくれませんか。このままでは今月中旬に不渡りを出してしまう」という電話がかかってきた。

「ビルも何もかも全部、担保に取られてしまって・・・・・・」

「なぜ、もっと早く言わないんですか。だいたい、イオン水製造機の販売をするのに、なぜビルを売ばさなくちゃならないんですか」

聞けば、負債が二六〇〇万円もあるという

イオン水製造機を売るのに、どうして二六〇〇万円もの負債を抱え込むことになったのだろうか。メーカーではない。小売業である。何とも不思議な話ではないか。

じつは、このようなケースは小売業の世界ではよくあることなのだ。たとえば、メーカーが、

「○○台以上仕入れれば、七掛けのところを六掛けにしますよ」

なんて言ってくると、「売りさえすれば、掛け率の安いほうが儲かるじゃないか」と軽く考えて、ついついまとめて仕入れてしまう。

掛け率が高くても、最小ロットで商売したほうが在庫が少なくてすむはずなのに、そういうことをしてしまう小売業者は少なくない。安直に宝石を仕入れた私の部下もその一人だ。

在庫は、財務上は資産である。この場合の資産とは、利益が商品の形で眠っている、ということであり、これには五割の法人税と一割の住民税がかかってくる。

しかも、支払いも待っている。ところが在庫はさばけない。在庫で給料を払えればいいが、そんなことができるわけがない。給料も家賃も、そして電気代電話代みんなキャッシュでの支払いだ。資金繰りが苦しくなるのは当然である。

掛け率が安くなるからと、まとめ買いをする。メーカーが払ってくれというから払う。ところが現金は月々の給料と家賃、諸経費で消えていく。で、あっちからもこっちからも借りる。金利がかさむ…。

その悪循環である。

資金繰りが悪いからと返品を申し出ても、なかなかうまくいくものではない。とくにこのケースでは、訪販業者相手のメーカーだから、脅したりすかしたり、「返品だなんて言うなら裁判だ」ということぐらいは言っただろう。

小売業者の資金繰りが苦しいのを見てとって、「手形を切ってくれ。決済を早くしてくれ」と手形を切らせたわけである。

それが不渡りになりそうなとき、あっちからもこっちからも借りまくって、もうこれ以上借りられないというとき、どうすればいいのか。手形が何億円のレベルなら、これはもうどうしようもないが、何百万円かのケースだったら、まず死を覚悟することだ。

「おれは会社と従業員を愛している。よし、死んでも従業員と会社を守るぞ」命を捨てる覚悟ができたら、命を捨てる前に、とりあえず恥を捨てる。恥を捨てたうえで、前述したように、手形を切ったところへ手形を返してもらいに行くのだ。

手形を回収したらビリビリッとやる。それが一番いい。手形は手形交換所にさえ回らなければ、決して不渡り手形にはならないのだから。

そして、長い手形に切り直す。もっとも、向こうも「危ないな」と思うと、裏書きして外へ回すことがある。

町の金融で割り引いていたりすると、手形はヤッチャン方面に流れてしまい、結果土地を奪われてしまうだろう。

危なそうな会社の落ちない手形を集めて、土地を奪い取るというやり方である。そんなところに手形が回ったら、これは難しい。

回る前なら、顔から火が出るくらいの恥を忍んで、「手形を返してください」と頭を下げに行く。

「鍋釜家財、一切合切を質屋に入れてでも、とにかく必ず返済いたします。私にどんなことがありましても、お返しいたします。生命保険に入っておりまして、過労死でも自殺でも、自分が死んだらとにかく保険が入ります。最後はそれで必ず払いますから、返してください」と命を張って、土下座して言う。

それが経営者としての覚悟である。ミサワホームの三沢千代治さんなど、実際にそうしてきたのだ。

とにかく土下座をしまくって、手形を一つひとつ回収する。二日前とか三日前では遅い。危ないと思ったら早め早めに、少なくとも一〇日前か一五日前、なるべく二〇日ぐらい前に土下座をする。回収してくれば、まず倒産は免れる。

本当は手形さえ切らなければそう簡単には倒産はしないのだ。手形でなければ、代金を取りにきたとき、入口で攻防戦をしたらいいのだ。

「そこを何とか、そこを何とか」

政治家でも土下座をして選挙をするのだから、会社を守るためにはそれぐらいはやって当然だろう。土下座なんかタダである。しかし、余程追い込まれないと、普通はそう簡単にできるものではない。

また、もし商品の仕入れをして支払いができないのなら、返品に行けばいい。もちろん、「待ってください」と言うギリギリ寸前まで、支払うための最大限の努力をしなければいけない。

そのうえで、どうしても商品が売れなかったら、返品に行けばいいのだ。手形を切ってくれと言われて、まんまと切るような根性ではいけない。

自転車操業で手形を切ったら不渡りになるに決まっている。先ほどのイオン水製造機のケースでも、もっと早く相談があれば、私は「返品に行きなさい」と言っていただろう。

しかし、危急の場合は手形を回収に行くしかない。その人は私の具体的なアドバイス通りにやって、見事に倒産の危機を脱することができたが、仕入れはそれほど重要なことなのである。

「まあ、いいんじゃないの掛け率を負けてくれるんなら」などと簡単に仕入れてはいけない。

資金繰りを考え、売れるか売れないかを考える。つまり、仕入れに責任を持たなければいけないわけだ。

第三章 従業員を生かす労務管理のコツ

従業員は期待できない、それが中小企業の宿命

この章では、中小企業における人材活用法について少し掘り下げて書いてみたい。

人材不足は、いつも、いつでも中小企業経営者の頭を悩ませる問題である。私はこれまで数え切れないほど中小企業経営者からの相談を受けてきたが、彼らが一様に打ち明けるのは、

「うちには頼りになる従業員がいないんですよ。優秀な人が来てくれたらいいんですけれどねえ」という悩みであった。

しかし、よくよく考えれば、中小企業に優秀な人材が来る道理など、あろうはずがない。優秀な人材は学校を出ると即、大企業へ行く。

中小企業に来るのは優秀ではない人か、あるいはどこかに問題のある人しか来ない。たまに優秀な人が入ってきても、才能と能力のある人はたいてい、仕事を覚えると独立していく。

しかも、他の従業員を引き連れて独立するなんていうこともある。また、寝首をかかれることだってある。

いずれにしても、優秀な従業員はまず入ってくることはないし、入ってきても長く居つくことはない。

中小企業に入ってくる人材をランク分けすると、やや問題あり、かなり問題あり、非常に問題あり、信じられないくらい問題が多い、の四ランクである。

これが一般的だ。もちろん、中には優秀な人材に恵まれている企業もあるだろうが、中小企業の人材はどこか問題があるのがふつうだ。

だから、自分の会社にはいい人材がいないだの、従業員の質が低いだのと嘆いたりしないこと。たとえ思っていても絶対に口に出さないこと。

もちろん、会社が成長すれば、それにつれていい人材も集まってくるかもしれないが、創業時は九十五パーセント以上、社長個人の才覚、商売の才覚でやっていくしかない。

だから、従業員の質がどうのこうのと考えないことである。

従業員はお水を汲むだけでいい、というくらいの覚悟が必要だ。

電話で「はい、もしもし。いま社長に代わります」

それだけできれば十分である。あとは全部社長がやるべきである。

中には「このままじゃ、とうてい世間様ではやっていないだろうなあ」という人もいる。

そこを温かく迎え入れてやるのが、中小企業経営者の「腹」というものである。長い目でみてやれば、本人だって「やっぱり、ここ以外では働けな「いだろうなあ」という自覚を持つものだ。

社長もそう思っている。

お互いがそう思いながら五年、一〇年たつと、どんなに質の低い社員でも仕事を覚えていく。そこを信じて、このレベルからスタートしないと、とても中小企業というのはやっていけるものではない。

掘り出し物はそこにいる!

中小企業でも、応募や紹介で来た中から、選択できることもある。

一人ほしいところに三人来た。どれも大したことはない。大したことはない人たちだが、とにかく人手が要るから一人選ばなくてはならない。さて、どれを入れようか。

そんなときに役立つのが、これから説明する「掘り出し物の発掘方法」、すなわち従業員の選び方である。と言っても、中小企業は大会社と違うのだから、当然、従業員選びのコツも、大企業のそれとはまったく違う。

優秀な人材の中から選ぶ方法などではない。レベルの低い人材の中から掘り出し物をどうやって発掘するか、これが中小企業の場合には大切で、その一つの方法を紹介しようと思うわけだ。

その方法とはほかでもない、私自身がふだんから心がけていること、つまり、典型的な中小企業における掘り出し物発掘法である。

私のところの若手社員にS君とN君というのがいる。

S君は兵庫高校を卒業後、しばらく実家の饅頭屋で働いたあと、いまでは私のグループで幹部職員として働いている。

文章を書かせれば立派な文章を書くし、仕事をやらせればそつなくこなすという、なかなかに優秀な人材である。

しかしそのS君、組織における命令系統というものがわかっていなかった。

饅頭屋というのは言われたことをその場その場でやる仕事だから、組織の中での経験がなかったのだ。それでも、それは何回も訓練していくうちにやがて覚えた。

一方、N君は出身。お父さんは大工である。

お父さんは家業の大工を継がせたかったのだがN君はそれを嫌って東京に飛び出し、アルバイトをしながらカメラの専門学校に通っていた。

しかし、カメラの専門学校を出れば必ずカメラマンになれるかというと、世の中それほど甘くはない。

ご多分に漏れず、N君が就職した先は、都内のとある電器屋さん。そこの見習いをすることになった。

その後、客が一日に五~六人しか来ない新小岩の喫茶店の店長を経験し、さらにその後、煎餅屋の配送をしていた。

そうして、二十七歳のときに私のところへやってきたのだが、いろんな職業を経験しているものだから、まことに重宝な面もある。電気器具が故障するとパッパッパッと直してしまう。来客があると喫茶店の店長経験を生かして、コーヒー、紅茶やジュースをサッとつくってしまう。

しかしこのN君、礼儀というものをまったく知らない。そのうえ教養もなく、およそ口のきき方を知らない。

仕事も、お茶汲み、電話番、コピー取りといった、新入社員がする仕事しかしないうえに、新入社員がコピーを取りにいくと、やたら気安く声をかける。

「Nさんの前だとコピーしにくいんです。話しかけられて仕事が進みません」

とにかく苦情が絶えない。そこで私は、N君をつかまえて、こうアドバイスした。

「ねえ君。君が一生懸命やっているのはわかるんだけれどねえ、新入社員のするようなことばかりやっていてはだめだよ。

男ってのは、最終的には会社でも組織でも、頂上を究めようという気概を持たなくちゃ。

会社でいう専務取締役以上になろうと思ったら、財務がわかっていなきゃいけない。

財務がわからないと、専務取締役にはなれないんだ、ふつうは。だから君、授業料を出してやるから、経理学校に行って経理の勉強をしなさい。

簿記二級を取ること。そうしたら、組織の中枢が理解できるようになる」

「はい」

「N君、自分の金で経理学校に行くのと、公費で行くのと、違いがわかる?」

「はい、あの、自分で行くときには身が入るけど、公費のときは・・・・・・」

「そんなことはない。両方とも身を入れないといけないんだ。公費で行こうが私費で行こうが、行くチャンスに恵まれた以上、それだけ頑張って、必ず合格しなければいけないんだ!」

「はい、わかりました」

「で、私費で行くのと公費で行くのとの違いは?」

「はい、必ず通らないといけません」

「そう、そのとおり!六ヵ月で取るんだ!」

N君は中野の経理学校に通い、六ヶ月で簿記二級を取った。

「N君、よくやった。よし、今度は簿記一級だ。簿記一級をめざして頑張れ!」

ところがである。あるときのこと、私がN君の仕事部屋をガラッと開けたら、N君が椅子のうえに足を乗せて週刊誌を読んでいるではないか。

「N君、簿記一級の試験の傾向、最近変わったんだね。週刊誌の論旨要約が出るの?」

「いえ、出ませんけども・・・・・・」

「君、勉強しているんじゃなかったの?あ、こんなとこから試験るの?」

「出ません、出ません」

「じゃ何やっているの?仕事を免除して勉強の時間を与えたからといって、真昼間から椅子に足上げて週刊誌を読んでいるとは何ごとだ!もう簿記は二級でよろしい。一級を勉強する資格はなし!」

N君に限らず、ちょっとうまくいくと調子に乗ったり、怠慢になったりするのは、とにかく学問がないせいである。

学問の裏づけのない人は顔に締まりがない。もちろんN君の顔もたるみきっている。そこで、

「N君、鏡を見てごらん。自分の顔がばかそうに見えるだろう。みんなそう言っている。顔が引き締まらないのは、きちんとした古典に書かれている素晴らしい言葉、深い知恵の文章がインプットされてないからなんだ。君は、大工の跡取りが嫌だから飛び出してきたんだろう。だったら、もっと勉強しなさい。まずは「論語」から読みなさい」

と、新たな課題を課した。それからしばらくして、社内で顔を合わせた際にN君に尋ねた。

「論語」、どうだった?」

「論語」はですね、ああでこうで」と、いろいろと感想を語ってくれたのだが、ことごとくポイントが外れている。

「おい、待て。他の人の前でそんな事言うんじゃないよ。本の最後に解説があるだろう。あれをまず読みなさい。解説を読んで、なるほどそうなのかとわかったような気分になって、それから本文を読めばいい。

君が読んだところで、解説に書いてある以上に理解できるはずがない。論語を読んでどうだったかと人に聞かれたら、解説のところに書いてあるようなことを答えればいい」

「はい」

それが何冊も何冊もつづいた。そして、十冊近くになってくると、

「N君、いま何を読んでいるの?」

「いまは「易経」を読んでいます。「易経」はこういうところがいいと思います」「おっ、なかなかいいこと言うじゃないか。感心、感心」

てなことになってきた。さらに四年、五年とそれを続けていくうちに、次第に文章が書けるようになり、ものの理解力ができてきた。その昔に比べれば、顔も本当に賢そうに見えるから、学問の力というのは凄いものである。

饅頭屋だったS君も同じである。初めて会ったときに、

「一日三時間、最低でも三〇分、毎日読書しろ。

活字力、理解力、読解力がなければ、饅頭屋を続けても、饅頭屋チェーンを出すことすらできないのだ」

とアドバイスした。それを彼はずっと忠実に守った結果、いまでは私のグルーブの重要な職責を任されている。

ほかにも掘り出し物はいた。A君という美容師だった男の子である。

二十二歳で私のところにやってきたときには、大したことはなかったが、勉強するようにとアドバイスしてからというもの、メキメキと頭角を現すようになり、二十五歳になるころには“できる社員〟の部類に入るようになった。

もちろん、そういうふうに仕向けてもだめな人もいる。だが、ここに挙げた掘り出し物諸君はいま、私のグループの幹部職員になっており、取締役になっている。

この諸君に共通したポイントは何かというと、全員、気のきく子だということである。気がきいて、何でもすぐに実践する。そういうタイプの若い人間だったら、活字訓練をして読解力ができてくると、仕事ができるようになる。頭の動かし方がわからなかっただけなのだ。

勉強し始めると、知恵をどう使ったらいいのかがわかるようになり、さらに気をきかすから、どんどん伸びていく。

じつは、学校の成績もには気のきかし方にかかっている。

中学卒業まで成績の悪かった子でも、あるふとしたきっかけで頭の使い方を理解し、ぐんぐん成績が伸びる子もいるのだ。教育とはそこが大切なのである。

そういう掘り出し物を発掘するのは、じつに楽しみである。

掘り出し物とは反対に、有名な学校を出た子でも全然役に立たない子がいる。

「君、学校で何してたの?」

「勉強してました」

「勉強って、何の勉強?」

「授業でやること、教科書に書かれていることです」

たしかに、学校ではそれなりに一生懸命、勉強していたようだ。しかし、仕事をさせると何もできない。S君やN君と違って、気が回らないからだ。だから書類整理をさせるだけ、要約をさせるだけである。

この手の人材は、どこの会社に行ってもだめだろう。とくに、理屈よりも先に実践することが求められる中小企業では、気働きのない人材は箸にも棒にもかからない。それどころか、学校を出て余計な頭脳が発達している分、かえって恐いものがある。

私は、そういう従業員を何人も抱えている。そのうちの一人、M君の話を紹介しよう。 M君は私と同じ同志社大学経済学部卒。

金融論を専攻、簿記一級を持っている御仁であり、私が経営する予備校では経理を担当していた。

あるとき、予備校の夏季講習で、上智大学のキャンパスを借りたことがある。上智大学は有料でキャンパスを貸してくれるのだ。

もちろんそのときも、上智大学から「今月末までに使用料金をお支払いください」という電話がかかってきた。「おいM君、今月末までに上智大学の使用料を振り込んでくれ」

「はい、わかりました。これからすぐ振り込みます」

私はてっきり、振り込んだものと思っていた。ところが、それから一年半後、上智大学からものすごい怒りの電話がかかってきたのだ。

「いろいろな予備校に貸していますけど、一年半も振り込まずにのうのうとしている学校はお宅がはじめてです。もう二度と貸しません」えらい剣幕に、しばしポカーンとするばかりであった。「え?そんなはずはない。払ったはずだ」

で、M君に問いただした。

「おい、あのとき確かに払っておきますと言ったよな、どうなっているんだ?」「まだ払っていません」

「払ってない?どうして払わないんだ?」

「振り込もうと思って上智大学に電話したら、「ああ、いつでも結構ですから」とおっしゃったんで・・・・・・」

「いつでも結構ですと言われても、限度というものがあるじゃないか」

「いや、その後とくに払ってくれとも言いませんので」

「相手は大学なんだよ」

「いや、いつでもいいとおっしゃったので」

「忘れてました」

「いつでもいいって言ったら、一年でも二年でも払わないのか?」

「忘れた?なぜ忘れたんだ?」

「単純にただ忘却と言うか、忘れただけでございます」

こういう恐ろしいばかりのことが、創業以来、何度も何度もあったのだ。言えばきりがないほどだが、そんなことがあればあるほど、その分、こちらも直感力が磨かれる。

朝、食事をしているときに、何か恐いものをピーンと感じて、ひょっとしてと電話をかけたら、危機一髪ということもよくあった。本当に直感力が磨かれる。

なぜそうなるかと言えば、前述したように、M君は気がきかないのだ。そこが、掘り出し物とそうでない子との違いである。

では掘り出し物クンはどうやって探せばいいのだろうか。「掘り出し物」クンを分析していったら、結局、高校生活に大きく関連していることがわかった。

「掘り出し物」クンはこうやって探せ

われわれは年に数回、何千人という規模のイベントを行なう。これを運営するためにプロジェクトチームを組んだりするのだが、最初のころは運営のやり方を誰も何も知らないので、私が手取り足取り一から教えなければならなかった。

何しろ運営スタッフと言えば、ギタリストに手相家、図面書きが本職である。だから、段取りや準備のやり方のすべてを私が教えるほかなかった。

と言っても、私はイベントの専門家ではないにもかかわらず、イベントのやり方に通じているのは、過去にそういったイベントや予備校の合宿を企画してきた経験があるからだ。

予備校の合宿というのはそれまであまりなかったが、思いきってやったら成功し、その後、どこの予備校でもやるようになった。

それだけ大きな規模、何千人という人を動かす術をいったいどこで覚えたかと言うと、じつは高校時代である。

高校に入った、その年のことだ。生徒会の選挙があった。同級生にMさんという賢くてかわいい女の子がいて、生徒会選挙には彼女が立候補することになっていた。

なのに、なぜか急に取り止めてしまった。立候補者がいなくなってしまったのだ。

困ったのは選挙管理委員の子である。立候補者不在という事態に頭を抱え込んだ選挙管理委員会は、体育の時間、校庭に集合したわれわれに切々と訴えた。

「立候補する人がいないと困るんです。クラスから一人立候補してください」

その子の懇願を聞いているうちに、全然その気持ちがなかったのに、「手を上げろ!」という声が腹の奥からグワーッと湧いてきた。そこで、グーッと腹を抱えて、いや、そんなことを言うなと抑え込んでいた。

「何、うずくまっているの?」

隣の人が不思議そうに言った。

「いや、ちょっと」

私はただごまかすしかなかったが、その間にも、選挙管理委員会の人は大声を張り上げている。

「立候補する人はいないんですか」

私はうつ伏せになって、腹を抑え込んでいたが、無意識のうちに大きな声が出てしまった。

「はいっ、ぼくが立候補します!」

(そんなばかなことを)と考えているのだが、手だけは勝手に上がっているのだ。結局、高一で行事委員長をやることになった。

その高校では、一年に一回の文化祭のときに、ファイヤーラリーというのをやることになっていた。ところが、いつも時間や運営やタイミングがバラバラで、うまくいかなかった。二〇〇〇人ほどの生徒をまとめきれなかったのだ。

それが、前年からはうまくいくようになった。成功した理由は、前々年から計画書と反省書をきちんと書き始めたこと。

リーダーはこれ、音楽係はこれ、材料係はこれ、生徒誘導係はこれ、門番はこれ、火を灯す人はこれ、道具係はこれと、何十項目というスケジュールを一枚の紙にして、秒単位で細かく計画書をつくったのだ。

その計画書と反省書を残しておけば、次の年にはそれをヒントに、進行を改善することができる。

それまでは先輩たちが記録を残さなかったために、手順が継承されなかった。そのことに気がついて、前の前の生徒会長から記録を残しはじめ、前の生徒会長で、初めて大成功したのだ。

その行事の責任者である私は、まだ身長が一四一センチの高一だった。先輩からは叱られ、モタモタ、ウロウロしながらも、一つずつ覚えていった。

それが、イベント管理の始めである。

私の高校時代の思い出というと、生徒会だ。選挙管理委員長になったり、何と委員長になったり、生徒会のことばかりやっていた。

二年生のときには、生徒会の委員を四つも兼任していた。そのうえ、書道部の部長もやりと、超多忙を極めていた。当然、勉強なんかできるはずもない。

二年生の一番最後に模擬テストがあって、すべての成績順位が実名入りで発表された。

それまでは学校もそういうことはしなかったのだが、生徒を励ましハッパをかける意味で、実名入りで発表したのだ。そのときは四五〇人中、四二五番。真ん中くらいの成績で入学したのが、急降下である。

高三になって、さあこれから勉強だというときにも生徒会のことをやっていたのだが、一つに絞った。

そうしたら、模擬テストのたびに一五〇番ずつ上がってゆき、結局、五〇番くらいで卒業できた。

中学、高校時代に、机に座って勉強ばかりしていた人は、成績もよく、一流大学に行けたかもしれない。

けれど、その時代にクラスの委員だとか、クラブのお世話係だとか、生徒会だとか、何かしら勉強以外の活動、体を動かす運営などをやらなかった人は、社会に出ても、会社に入っても仕事ができない。必ずしも断定はできないが、十中八九、そう考えて間違いないと思う。

「掘り出し物」クンを見分けるコツ

高校時代に、私が行事委員長となってファイヤーラリーをマネジメントし、二○○○人の人を動かした経験があったからこそ、私たちがいま主催している大きなイベントも成功しているのである。

そう言えば、ロイヤルアルバートホールでコンサートを開き、羽織袴を着て、八つ墓村かマンガ「嗚呼!花の応援団」みたいな応援団長をやったこともある。このチャリティコンサートには世界の一流ミュージシャンが集まったが、そこでの私のパフォーマンスのルーツは、私の中学時代にあるのである。

中一、中二、中三と応援団をやって、中三のときには応援団長だったのだ。応援団長の身長が一四一センチ、副団長が一七六センチ。その代わり「フレー、フレー」という私のボーイソプラノの声は、甲子園球場の隅々まで届いた。

余談ながら、毎年甲子園球場で行われる西宮中学校連合体育会の歌は、

「みんな集まろう、グランドに、楽しい子どもの体育会、青い空には白い雲、手足を伸ばし一、二、三。明るい子どもの西宮」という歌なのだが、いまでも覚えている。小学校の校歌、中学校の校歌、高校の校歌ともよく覚えているが、これは応援団をやっていたおかげである。

小さな応援団長だったが、一生懸命お世話していた。どうすれば応援できるんだろうかと考えていた。

話は戻るが、そういうふうにクラブ活動だとかクラス委員とか生徒会をよくやって、そのために大学には行かなかったとか、行っても二部だったとか、あるいは何回聞いても覚えられないような名前の大学だったとか、そういう人材が中小企業の狙い目である。

中堅大学とか、その下の、世に言う三流大学、四流大学、あるいは二流大学の二部、一流大学の中退、そういう人はあまり大企業には行けない。

二流大学の中退とか、三流大学の大学院崩れという変化球も中にはあるが、要するに、そういう人たちが中小企業にやってくるのである。

そういう人たちの中から「掘り出し物」クンを拾いだすコツは、一流大学にな行けなかったのかを聞いてみることである。

高校三年生まで文化祭の委員をしていたとか、一生懸命クラブのためにやってきたとか、生徒会をやってきたがために大した大学に行けなかったとか、専門学校に行ったという人は掘り出し物である。

そういう人に実務をやらせたら、てきぱきと仕事をこなすだろう。仕事の段取りもできれば、責任ということも理解している。そのうえチームワークを大切にすることも知っている。実務能力に優れた人材であろう。

風紀委員、美化委員、給食委員、体育委員、文化祭実行委員、いろいろな委員がある。

受験勉強にだけ励む他の生徒に「ワーッ」と拍手されたり「やれよ、やれよ」とそそのかされて、嫌と言えない性格、私はその典型だが、頼まれれば、「嫌と言えないこの性格が、ぼくの不幸の始まりだ」と言いながら、またしてもやってしまう。

そういう性格の人間は、目下者から頼まれたり、目上の人から責任を持たされて「やりなさい」と言われたら、最後までやり遂げることのできる人間なのである。

学歴はないかもしれないし、途中でだめになるかもしれないけれど、そういう人間を抜擢して、励まして、何か仕事上の責任を与えると、めきめきと実務処理能力が伸びていくものである。

学校の成績だとか学力なんて、勉強の仕方、頭の動かし方がわからなかっただけのことで、そんなものは、先のS君やN君のように、少しでも活字が読めるような方向へ持っていってやれば取り返せる。

「一緒に勉強しようや」でもいい。運営とか組織とかチームワークとか、もっと大事な頭が働いているし、体も動くので、必ず伸びていくはずである。

反対に、きちんとした大学を出ているのに、中学高校時代に勉強ばかりしていた人には、頭では理解できるものの、いざ仕事となると何にもできないという人が多い。これはもう、何かが欠落した人間である。

そんな人間が一流会社ではねのけられて、流れ流れて中小企業にやってくる。そのときに、いい学校を出ているからと雇ってしまうと、大変な目に遭う。専門学校出の、気のきく子のほうが、よほどいい。

中小企業の力となり、将来の幹部となり、取締役となり、後継者になれるような要素は、高校時代に培われるのだ。高校で冴えなかった人というのは、だいたい、人生そのものが冴えない。

と言うのも、だいたい十五歳前後に自我の目覚めがあるからだ。十二、十三はまだ子ども。

十四、十五くらいで自我の目覚めが出てくる。高校の一、二年くらいが最後の反抗期。体も発達して、記憶力も一番いいときである。悩みがちな青春時代の幕開けだ。

「十五 十六 十七と 私の人生 暗かった」

「圭子の夢は夜ひらく』なんて歌、若い人は全然知らないだろうが、「自分は一体何なんだろうか」と、何か物憂い時期である。物憂いけれども、何かが生み出されてくる。

まさに自我の目覚めのときであり、自我の目覚めとともに、人格が形成される時期でもある。

その時期にボーッと過ごした人というのは、一生ボーッとした人生で終わるだろう。

この人格形成期に、生徒会委員だとか、クラブの部長だとか、ボランティアで頑張ったとか、ボーイスカウトでリーダーになったという人は、そういう人格ができ上がる。つまり、仕事がよくできる、手早い、

段取りができるという、実社会で必要な能力が養われるのだ。

ここを見ていけば、掘り出し物の発掘が可能になる。

「高校時代は?」

「はい、暴走族をやっていました」

暴走族でもリーダーならいい。

「仲間を束ねて、殴り合いをして、負けて、今度はどうやったら勝てるかと考えて、次には技術開発をして勝ちました」

暴走族出身と言えば、私たちのグループにもE君というのがいるが、違法さえ犯さなければ大いに結構だと思う。

暴走族だろうが何だろうが、人の下で文句ばかり言う人間ではだめだ。暴走族だったと言うのなら、どういう暴走族だったのか、暴走族の中での人となりを突っ込んで聞いてみるといい。そこに、リーダーシップを持ったり、責任を持ったり、チームワークを持ったりして、頑張ってきた、自分のことよりもみんなのことを先に考えてやってきたという、実行の足跡のある人ならば、その人は絶対に、掘り出し物に違いない。

人格形成期にそこが空虚だった人は、学歴だけは立派、頭はいいかもしれないけれど、実際に使ってみたら役に立たないということになる。

もっとも、高校時代に勉強だけ、勉強さえすればいいと考えて勉強した人はまだましかもしれない。勉強さえもせずに、本当に何もしなかった人間、これはいただけない。そういう人なら採用を控えたほうが賢明だ。

こういう手合いをBCマンという。すなわち紀元前の人である。 ADマンとBCマン。BCマンは論外として、ADマンから選ぶポイントが高校生活である。高校生活もできていて、なおかつ大学もきちんと出てきた人というのは、本当にリーダーシップもあり、組織の中で活躍でき、段取りもできて、そのうえ頭がよく、理解力があって伸びていく。そういう人間が、やはり、大企でも中堅企業でも、トップに立っていく人である。