入門 成功する中小企業の経営(Vol.6)

後継者はこうして育てる

私たちのスタッフに帰国子女が何人かいる。

経営者として彼女たちを見ていると、日本の教育というのは、欧米に比べてまだましだと思えてくる。

彼女たちに聞いたところでは、オーストラリアとかアメリカでは、いわゆるクラスというのは、出席を取ったら十五分間くらいで終了して、あとの授業は、それぞれの科目の教室でやるのだそうだ。

日本のような風紀委員だとか給食委員、美化委員、あるいは文化祭の実行委員とか体育祭の実行委員とか、そういった集団生活をリードする役割というのはないらしい。

生徒はみんな、それぞれ個別に先生とのつながりでやっている。友達同士が集まってパーティをしたりはするが、それも個人的な関係で、集団生活とは関係がない。唯一、集団的な活動はスポーツクラブである。

スポーツクラブのキャプテンになれば、人を束ねたりする中で、責任感とかリーダーシップとか、そういったものを身につけることができるのだろうが、それ以外、基本的には、学校の中にそういうシステムはない。

そのせいか、帰国子女は、個別に言われたこと、命じられたこと自体はできるのだが、全体として仕事を把握する能力に欠けているケースが多い。

チームワークを保つ能力がなかったり、命令系統の中でどういうふうにしていけばいいかがわからないのだ。

中にはできる人もいるが、そういう人はたいてい、家庭でしつけられたり、体育系のクラブ活動を運営した経験を持っていたりする。

つまり、学校以外のどこかで、チームワークとか組織の学習をしているわけである。

欧米諸国では、日本と比べて、そうした学校教育が足りていないのは事実であろう。日本でも、そういった面での学校教育が足りないと言われてはいるが、欧米やアジア各国に比べれば立派なものである。

男性でも女性でも、日本国民の大多数はそういう教育を受けた人たちである。

その中でも、高校時代にきちんとやった人は、会社とかチーム、組織の中で、かちっとした組織力、チームワーク、会社人としての素質、才能、能力を身につけている。これが日本の教育のいいところだと、私は思う。

中小企業のオーナーはとかく後継者問題に悩みがちである。しかし、悩む必要はない。日本の教育のいいところをフル活用すれば、自然と後継者は育ってくるのだ。

「お前にはちゃんとした一流大学に行かせたい。だから、他のことは考えなくてもいい。とにかく勉強せい、勉強せい」

勉強させて一流大学を出ても、いざ自分の会社の後を継がせたら全然だめだった、というケースをよく耳にする。

なぜ、期待したとおりに育たないのか。それは、高校時代を怠けたままに過ごしたからである。

中小企業のトップに求められる人物像とは、どのようなものだろうか。自分自身を振り返ればよくわかるはずである。

もちろん、知識力も分析力もある明晰な頭脳も必要だが、それよりも大切なのは強力なリーダーシップである。

「従業員、それーっ、三々七拍子で行こう」といった、応援団長のような力強さと指導力。これが中小企業のトップに求められる第一の要件なのだ。

だから、自分の息子を育てるに当たって「勉強しなさ「い」と叱咤するのも必要だろうが、

「クラスの委員をやりなさい」

「クラブに入って最後までやめず、キャプテンになってチームワークやリーダーシップを学びなさい」

「生徒会に立候補しなさい」

「応援団に入って、応援団長になって、みんなを励まし引っ張っていくような人間になりなさい」と言うことのほうが大切なのだ。

組織運営していく能力や人格を身につけるためには、結局のところ、中学時代、高校時代に生徒会の委員を務めるか、運動クラブをやるか、クラブでもお世話係を率先してやったほうがずっと役に立つ。

会計係でもいいし、書記でも、雑用係でも何でもいい。生徒会をどう運営するのか、文化祭をどうするのか、体育祭をどうするのかと考える癖をつける。ああでもない、こうでもないと企画立案し、運営し、実行し、そして後片付けをする能力を身につける。

これこそが、会社経営の勉強である。

そういうことを、中学、高校時代に、親がチェックして経験させてやらないといけない。組織力やチームワークの学習ができていたら、たとえ紆余曲折があったとしても、必ずいい経営者になることができるのだ。

高卒の巨匠たち

FM山口、FM山陰、FM沖縄、FM三重、KISS・FM(神戸)、FM石川、FM富士、FM岩手でネットされ、かつて放送されていた私の番組「さわやかTHIS WAY」のゲストに、あるデザイン事務所の社長がやってきた。

どういう人かというと、JR九州の列車のデザイナーとしていま一番話題を呼んでいる人、JR九州の列車を真っ赤にしたので有名な人である。

JR九州の列車は、「昆虫みたい」「ダース・ベイダーの部下みたい」と、大変な評判である。「スター・ウォーズ」に出てくる悪役がダース・ベイダーだが、その部下がメタリックなマスクをしている。そんな印象の列車だ。

列車内の椅子も形が変わっていて、赤やブルーや緑を使った色彩豊かなものである。

そんな椅子がいくつもいくつも並んでいて、子どもたちはみんな、これに乗りたがるそうである。列車の中には展望台のようなものもあり、そこでビールを飲みながら車外の風景を堪能することもできる。とても楽しい列車だ。

列車のウェイトレスの制服やウェイトレスが運ぶ台車も、その人のデザインだ。それだけではない。

九州と韓国を往復するJR九州の高速船のデザインも担当しており、いまはJR九州の駅舎のデザインにも着手している。そのうちに都市のデザインもするんじゃないかと言われている。それほどの有名人なのだ。

一体どんな方なんだろうかと、興味津々、お目にかかったら、「銀河鉄道999」の鉄郎にそっくりだった。

鉄郎が眼鏡をかけていると思えば間違いない。さらに言えば、松本零士さんの漫画「男おいどん」に出てくる主人公の顔そのまんまである。

「列車のデザインをするだけに「銀河鉄道999」の鉄郎そっくりですね」

「そうですかあ」と笑った顔が、まさにそっくり。

「あのJR九州の列車、きれいな金赤を使っていらっしゃいますね」

業界用語で金赤という色なのだが、それを指摘すると、向こうが驚いた。

「業界用語をよくご存じですね」

「私も文房具メーカーをやっていましたので」

「文房具屋もやっていらしたんですか、ラジオ以外に」

「いろいろやってまして」

金赤はイタリアンレッドといって、赤の下に少し黒が入っている。イタリアの赤といえばフェラーリが有名だが、下地に少し黒を引いて、その上に赤を塗る。

あるいは赤の中に少し黒を入れる。すると、おしゃれな赤になる。見たところシックなのだが、遠くから見ると「真っ赤」という色。それが金赤である。

ついでにもう少し色の話をすると、イタリアのホワイトというのは、ふつうのホワイトではなく、ホワイトの下にうっすらとブルーが引いてある。

また白の中に少しブルーを入れてある。すると、いかにもおしゃれな感じの白になる。それがイタリアンホワイトである。

色の専門家でもない私がなぜそんなことを知っているかというと、かつて時計のデザインをしていたとき、イタリア帰りのデザイナーにいろいろと聞いて勉強したのだ。

そして、時計とともに文房具を開発・デザインして、問屋に卸していたこともあったのである。そういう話をしたら、非常に驚いた様子だった。

「なぜそこまでご存じなんですか。デザイン方面の方なんですか」

「デザインと言っても人生をデザインしています」

その人がJR九州の列車をデザインした結果、乗客が一五〇パーセント増えたそうである。

「スピードが必要な人には新幹線がある。もっと早いのは飛行機。ローカルな列車は速度を求められているわけではない」という考え方で、遊び感覚でデザインしたのだという。

そもそもの始まりは、しばらく前に、列車の改装を頼まれたことにあるという。

そのときは列車を真っ白に塗ってしまった。真っ白の列車というのは、それまでなかったらしく、提案したときには反対された。そこで、

「なぜ白じゃだめなんですか。イタリアでは列車は白と決まっていますよ」と、一つひとつ理論的に検証していくと、要は、ただ根拠もなく昔からそうしているだけだということがわかった。

「白でだめという理由がないのなら、いいじゃないですか。目立ちますよ。白は森の緑に美しく映えますよ」ということで、思い切ってやったら大評判。

いまでは白の電車がいくつもできたらしい。それじゃあと、今度はJRの船のデザインを頼まれ、さらに新しい列車のデザインを頼まれ、さらにそれが評判いいからと、ついには駅のデザインを頼まれて、デザイナーとしては大成功を収めている。

「プレゼンテーションしたら聞いてくれたんですが、実行してくれたJRも偉い」と言っていた。私はJRを民営化した中曽根康弘首相(当時)が偉いんじゃないかと思う。

民営化なくして、 JR九州のこの決断はあり得なかっただろう。

しかし、もっと偉いのは、やはりデザイナーである。「こうだ」と思い込んでいる人に、「別にそれじゃなくてもいいんじゃないか」と、納得させるだけの説得力があったわけだから。

ちなみに、その人は大学を出ていない。実家は岡山の家具屋である。

お父さんの手伝いをして、小さいころから家具の設計をしていたらしい。箪笥とか椅子、家具の製造をしていたのだから、列車の中のインテリアがわかっても不思議はないが、列車のデザインに関してはまったくの素人だった。

しかし、とにかく自分の感覚で論理的に提案してみたという。だめだと言われても、なぜだめなんですかと、とことん追究していったのだ。

その発想のもとになったのは何だろうかと尋ねたら、何とイタリアという答えが返ってきた。

家業のプラスにしようと考えたのか、あるとき親が、

「お前、イタリアへ行ってこい」と言ってきた。その命令どおりイタリアへ行って、一年半、ミラノでブラブラ遊んでいたのだそうだ。

いや、ただブラブラしていたのではなく、もともと絵が好きだったので、ミケランジェロやダ・ヴィンチを観て回っていたのだという。

ミケランジェロは、日本ではヴァチカン宮殿の「最後の審判」で有名だが、そもそもは彫刻家である。画家というよりむしろ、ダ・ヴィンチと同じく領域のない芸術家である。

「最後の審判」を描かなければ、家族の命は保障できない。ちゃんと描いたら、家族の安全は保障する」と、家族を人質にとられて無理やり描かされたのが「最後の審判」だ。

ミケランジェロの実像は、絵も描き、彫刻も彫り、サンピエトロ大聖堂の設計もすれば洋服のデザインもするという、マルチデザイナーなのである。

そんなミケランジェロを、中途半端に芸術大学で勉強をした人は、偉い人なんだ、天才なんだと思い込んでしまう。

その結果、ミケランジェロの一部分の模倣で終わってしまう。そこが、このデザイナーと最も違うところである。

領域のないミケランジェロのやり方を「そういうもんかいな」と見て、「そういうやり方もあるもんだ」と思って、かえって自信を得て、ミケランジェロのやり方をそのまま応用した。

その結果、前例のないことでも次々と提案して、斬新なものの考え方を盛り込んでいく。子どもやおとなや、乗客の気持ちになって考えた設計だから、じつによくできた楽しい設計である。

この方は、鉄道関係者の間では大変な有名人である。中途半端な大学を出ずに、一年半イタリアで勉強し、帰国後、デザイン事務所を興し、顧客の気持ちに立っ仕事をして、大成功を収めている。

この人の成功から学ぶポイントが二つある。

一つは、どんどん提案したらいいということ。

きちんと文章を書いて、具体的な考えをどんどん提案したら、それを聞いてくれる人もいる。無理だ、不可能だと最初からあきらめないで、どんどんプレゼンテーションすることが大切だ。

二つめは、巨匠を模倣して、その人物になりきる、ということ。

中途半端に勉強した人は、巨匠を前にすると「凄い!偉い!」と萎縮して、思考停止に陥ってしまう。自分とは異質の、とても太刀打ちできない天才だと思ってしまうのだ。

しかし、子どもみたいな気持ちで「ミケランジェロ、ダ・ヴィンチもそうだったしなあ」と、自分もそういうふうになりきって次々挑戦していく。

彼が列車のデザインから船のデザイン、駅舎のデザイン、ウェイトレスの制服まで、何でもできてしまうのは、そういう姿勢があるからだ。

番組の収録が終わったあと、彼がこう言った。

私はこう答えた。

「じつはね、ぼくは大学を出ていないんですよ。実家が家具屋なもんですから、工業高校で工業デザインを勉強したんです」

「それがいいんです。大学に行かずに成功した人はいくらもいます。たとえば」と、高卒の巨匠論議になった。

たとえば、デザインの巨匠・横尾忠則さん。何回かお目にかかったが、横尾さんも高卒である。

川西高校を出て、すぐにデザイン事務所に就職した。そして、仕事をする中で腕を磨いて次第に作品が認められるようになり、コンテストに入賞したりして、「横尾忠則」になったのだ。

横尾さんにうかがった話の中でとくに面白かったのは、油絵は面倒くさい、という話である。描くのが面倒なのではなくて、評論家が面倒なのだという。

「デザインの場合は、クライアントがOKと言えばそれでいいのだが、油絵になると評論家がいる。作品づくりは評論家の批評にたえるものじゃないといけないから、そこが難しい。面倒くさい」と。もう一つ、横尾さんの作品には、徳用マッチのデザインみたいに、必ず黄色の光がピカーッと出ているのだが、そのことをこう言っていた。

「何の意味もないんです。何か知らないけどパッと黄色を入れているだけなんだ。そうすると、人は何か意味があるんじゃないかと思うでしょ。それがいいんですよ。見る人に考えさせようと思ったら、やる人は何も考えちゃいけない」

そんなふうにおっしゃる横尾忠則さんも大学を出ていない。

さらに故池田満寿夫さん。あの天下の池田満寿夫さんは、東京芸大を三回受験して失敗した。ふつうなら、「もうだめだ」と挫折してしまうところだが、池田さんはそこが違った。

「試験官とぼくとは考え方が合わないんだ」と、明るく受け止め、挫折するどころかかえって自分の作品に自信を持って、その後も芸術をやり続けた。そして、ビエンナーレでみごとに入賞し、「池田満寿夫」になったのだ。

東京芸大を出た人はそれこそ掃いて捨てるほどいるが、版画の世界でも何でも、池田満寿夫さんみたいに売れた人はいない。

活躍したのは美術の世界だけではない。芥川賞もとった高卒である。池田満寿夫さんに何回かお会いしたが、相手の何かを吸収する魔力を持っているような感じだった。

横尾忠則さんは本当に人柄のいい人だ。ピラミッドだ、霊界だとおっしゃるものだから、奇妙な目で見られているが、非常にいい方である。

「横尾忠則さんは憧れの巨匠です」と、前出のデザイナー氏はおっしゃる。

「あなたと同じです。高校を出て、そのままデザイン事務所に行ったんですよ」「池田満寿夫さんも、横尾さんもそうだったんですか」

「そうですよ。だから斬新な作品ができるんです。大学を出て、中途半端な知識があると、巨匠に恐れを抱くんですよ」

経営者で言えば、大会社に恐れを抱いてはいけない、ということ。自分は高卒だし、中小企業だし、なんて思ったら萎縮していい仕事ができなくなる。大成功もない。

会社の規模だとか自分の学歴だとか、そんな矮小なものは振り捨ててしまうことである。ド素人でもいい、伝統がなくてもいい、企業規模が小さくてもいい。

とにかく自分自身を信じてどんどん提案し、割り込んでいって、仕事をもらう。仕事をもらったら寝る暇もないくらい全力を尽くす。才能とか能力とかいうものは、そうして夢中になってやっているときに自ずから磨かれるのである。

中小企業のデザイン事務所の成功の秘訣は、どんどんプレゼンテーションすることにある。コンテストに出さなければ入賞もない。芥川賞をもらおうと思ったところで、作品を発表しないことにはどうにもならない。

だから、どんどん応募する。発注者があれば、どんどん仕事も受ける。チャンスがあったら、それがどんなに大きな相手でも、既成概念にとらわれずに、積極果敢にトライをする。

プレゼンテーションする。そうやっていかないと、新しいジャンルの開拓なんて、なかなかできるものではない。

大きな会社、学歴優秀なビジネスマン、歴史と伝統のある会社に負けずに成功している人がたくさんいるのだから、大気を持って頑張る。大いに頑張って、トライアルに次ぐトライアル、挑戦に次ぐ挑戦で事業を発展させていきたいものである。

従業員六十人規模の会社の倒産率が一番高いわけ

人材不足、後継者問題と並んで、中小企業経営者の頭を悩ませる問題に、権限委譲の問題がある。

自分の会社を小企業から中企業へ、中企業から大企業へとステップアップさせていくには、どうしても部下に権限を委譲しなければならないからだが、この権限委譲、下手にやればかえって企業の屋台骨を揺るがすことにもなりかねない。

それだけに、権限委譲の問題はかなり微妙な要素を含んでいると言えよう。

ところで、商工リサーチのデータによると、従業員六十人前後の事業規模が最も倒産率が高いとされている。小企業から中企業へと順調に発展してきて、従業員が六十人ぐらいになったときが一番危ないというのだ。なぜだろうか。その理由をちょっと考えてみよう。

たとえば、あなたの会社が従業員十人程度の規模の会社であるならば、おそらく、社長であるあなたの眼は会社の隅々まで行き渡っているはずだ。販売、財務から、従業員一人ひとりの学歴、能力、家族構成、趣味、特技や労務管理にいたるまで、ほとんど把握できているに違いない。

この章の冒頭でも述べたように、従業員が十人、二十人、三十人程度の企業規模の場合、社運の九十五パーセント以上は社長個人の事業センス、商売の才覚にかかっており、従業員は頼りにならないし頼りにすべきではない。極端な話、社員はお茶を汲むだけ、鍵をかけるだけ、車を運転するだけでいい。

そう考えるべきだ。

とにかく、社長の商売の才覚が九十五パーセント以上を占めており、社長に商売の才覚がなければ、たとえ二十人、三十人の小さな会社であっても、引っ張っていくことはできない。

だか、小は小なりの利点もある。小回りがきく、アフターサービスがいい、無理がきく、一般管理費がかからない分値段を安くできる、といった点は小規模の利点であり、大企業が真似できないところである。

ところが、従業員が六十人ぐらいになってくると、社長の眼が隅々まで行き届かなくの経営者が管理できる人数は、六十人が一つの限度なのである。

そうすると、小回りやアフターサービスといった面で、大手のそれと大差がなくなってくる。というよりむしろ中途半端になってしまう。

小回り、細やかさといった小企業の利点が消えてしまう。といって、大企業のようなスケールメリットもない。それがだいたい、従業員数六十人前後なのである。

社長の眼が届かなくなり、社長の才覚が末端まで行き届かなくなる規模。これ従業員数六十人であり、一番倒産率の高い、非常に危険な企業規模なのである。

小企業から中企業へ脱皮する秘訣

そこを越えて社員が二〇〇人ぐらいになると、中企業の部類に入ってきて、倒産する確率が小さくなる。では、六十人という危ないところを乗り越えて、二〇○人の規模になるにはどうしたらいいのかというと、これまたとても難しい。

ただし、脱皮のためのポイントが一つある。社長に肩を並べるほどの商売の才覚があり、社長に匹敵する管理能力のある社員を一人獲得する、ということである。

社長がワンマンであっても、六十人以上の人を引っ張っていくだけの副社長だとか、専務だとか、事業部長に当たる人がもう一人いると、単純計算で、倍の一二〇人までは大丈夫である。社長がまかなえるのは六十人まで。

社長に匹敵す経営的センス、管理能力がある人に来てもらうとか、もともといるとか、あるいは育ってくれば、一〇〇人、二〇〇人の会社へと脱皮が可能になるわけだ。

それを上手にやったのが松下幸之助である。松下幸之助は事業部制というのを採用して事業規模を拡大していったのだが、その事業部長制度は、松下幸之助が体が弱く、一人ずつに権限を委譲してやるほかないということで始まったもの。

事業部は一つの中小企業のように、事業部として独立採算で経営(運営)される。そこで管理費がいくら、売上がいくら、利益率がいくらとやっていく。そのうち、事業部長が一つの会社の経営までできるようになったら、はじめて、その事業部長を子会社の社長に抜擢する。要するに、二〇〇人規模の会社をまかなえるだけの番頭さんを、一人ずつ育てていったわけだ。

というより、松下電器には、それだけの管理能力がある人材がいた、ということであり、だからこそ事業部制も日の目を見たわけである。

だが、せいぜい四十人か五十人規模の会社で、事業部制を真似して無闇やたらと幹部なり社員に権限を委譲すると、どういう結果を見るか。

「君たち、会社やりなさい」

「会社どうやってつくるんですか」

「いや、会社のつくり方という本があるよ。あるいは司法書士さん、行政書士さんとね、税理士さんに頼むと、できるよ会社は」

「はあ……」

「この本を読みたまえ」

「この漢字、どう読むんですか」

「辞書を引けばわかるよ」

「辞書ってどうやって引くんですか」

これは極端な話としても、小企業にはせいぜい、その程度の従業員しかいないはずである。

つまり、ものごとには順序というものがあるのだ。まず六十人の規模を達成し、それを越えて二〇〇人の規模になってはじめて権限委譲をし、あるいは会社を任せるということができるわけで、社員が五人か六人、あるいは二十人か三十人しかいないような会社で社員に権限なんかを委譲したら、必ず会社は潰れる。

その規模では、くどいようだが社長の商売の才覚が一番。社長の力でぐいぐいと突き進んでいくしかないのである。

権限委譲のふりをしろ

それでは、社員二十人か三十人の会社の場合は、権限の委譲はしなくていいのだろうか。これはもう、はっきり言って、「無理して委譲しなくても、わしの目が黒いうちは大丈夫だあ」という世界である。

中小の場合は、一にも二にも売上を上げていって、粗利がとれるような商売をしていかなくてはいけない。会社がジャンプできるか、ステップアップできるか、それはひとえに社長の実力と運次第である。

その実力には、商売の才覚以外に、人を魅了してやまない人柄、キャラクターというものも含まれる。

「桃李言わざれども、下、自ずから険を成す」ほどの高潔さは必要ないだろうが、少なくとも従業員の誰もが慕ってくるような人間性がなければ、次なるステップアップは難しいだろう。

ともかく、小企業では社長の実力がほとんどすべて。権限の委譲なんて考えるべきではない。

さりとて、十年一日のごとくワンマン体制でやっていたのでは、いつまでたっても従業員は育たない。

何でもかんでも「わしの言うとおりにやれ!」では、イエスマンが増えるだけである。やはり、会社を大きくしようと思うなら、それなりに従業員に育ってもらわなければ困るのだが、それにはある程度、仕事を任せるとか権限を委譲するといったことが必要になってくる。

だがしかし、能力も見識もない従業員に権限を委譲しようものなら、間違いなく会社は潰れる。

はてさて、一体どうしたものか。

小企業の経営者として頭を抱え込んでしまうところだが、一つだけいい方法がある。

権限の委譲っぽいことをすればいいのだ。たとえば社員に命令をする場合も、はじめから命令するのではなく、社員の意見を聞いてやるのである。「これに対して、君どう思う?」

「私はこう思います」

「うーん、それでもいいけれど、こういう場合はどうするんだ?」

「あ、そうですね」

もちろん、最初から結論は決まっている。決まってはいるけれど、一応、従業員の意見を聞けば、聞かれた従業員のほうでも真剣に考えるし、仕事に対する情熱や責任感をより深めるはずである。

企業を発展させるには権限の委譲が必要だと言われているが、従業員に考えさせるという話法から、権限の委譲を始めていくのが一番いいのではないかと私は思う。

そうやって積極性と責任感を植えつけていくうち、ときには仕事を任せることもあるかもしれない。ただしそのときには、必ずあとで社長自ら仕事の出来具合をチェックすること。これを忘れてはならない。

社長自らがやる仕事の完成度を一〇〇パーセントとするならば、社員に任せた場合のそれは七十パーセントでしかない。つまり、社員に頼んだら、必ず仕事のどこかが三十パーセントは欠落する。その欠落した三十パーセントは自分が責任を持ってチェックし、フォローする、と前もって頭に入れたうえで仕事を任せる。これが、従業員二十人、三十人規模の場合の、間違いのない任せ方である。

四十~六十人なら、もっと欠落する割合が増える。したがって、より一層の配慮が求められる。

本当にできているんだろうか、本当に数値が上がっているんだろうかと、つねに確認する。その確認を忘れると、会社としての信用を失うばかりか、任せた相手をもだめにしてしまう。

「お前には二度と任せられない!」

という叱責に、自信とやる気をなくす。よくある図である。

これでは任せすぎ、委譲しすぎである。私はこれを「異常なる委譲」と呼んでいる。任せすぎは大変危険である。

中小の場合は、部下に権限を委譲できないし、してはならない。これが基本である。会社の成長とともに、委譲しなければならない要素がどれだけ増えてきているのかということと、社員が育っているかということを、同時に見ていくよりほかに方法はない。

二〇〇人とか三〇〇人、さらに一〇〇〇人という規模になってくると、それだけの売上、収益、給料、知名度、規模が備わってくるから、徐々にいい社員も入ってくるだろう。

しかし、売上も少なくて、社員は五~六人、社名も見たことも聞いたこともないような会社に募集で来るのは、問題の多い、質の低い人である。

質の低い人に権限委譲なんかしたら、それは潰れるしかない。だから、権限の委譲は、会社が一定の規模になるまで待たなくてはいけない。

経営の本を読んで、権限の委譲が大事だと書いてあったからといって、「君たちに任せる」なんて言った日には、一ヵ月後に「君たちとともに倒産した」ということになる。

中小企業の経営の実際は、なかなかセオリーどおりにはいかないものである。

古典を読んで人心掌握術を学べ

中小企業を経営していくうえで、一番重要なのはやはり社長の資質である。

その資質を高めるにはやはり勉強が必要だ。社長たる者、せめて読書にいそしむくらいでなければいけない。その読書にしても、恋愛小説やSFというのではいただけない。少なくとも中国の古典、日本の古典、これを読むようにしたいものである。

中国の古典は、すべて為政者のために書かれたもの。まつりごとをする人、組織の上に立つ人を対象にした本だ。下っ端のために書かれたものではない。

そういう本を読んで、勉強することである。

そして、これはと思える従業員を、自分と同じだけの商売ができる人間へと少しずつ育てていく。子飼いの人間に育てる。あるいはまた「あなたとなら一緒に仕事をやってもいいですね」と意気投合し、肝胆相照らすような人に出会う。そうすれば、会社は大きくなっていく。

本田宗一郎氏と藤沢武夫氏の関係がそれだった。本田という技術者と、経営の上手な藤沢が組んではじめて、本田技研はあれだけの大企業にまで成長したのである。

そこができる社長でなくては、一定以上の規模にはならない。逆に言えば、200人の規模になっているとすれば、そこができているということでもある。そういう人物であれば、
「新しく事業部をつくるから、君、やりなさい」

と任せることができるだろう。数名の社員しかいない企業では、そんなことはできない。しかし、本田宗一郎のような経営者になるんだと目標を持って、自分が学んでいくことが大切だ。

とりあえず従業員数六十人規模をめざす。そして、ディスカッションができる、討論ができる、人の意見が聞ける自分をつくっていくと同時に、これはという部下に仕事を振っていく。

振ったあとは自分がチェックする。それがある程度できれば、年々会社が大きくなるとともに、自分自身も三流から二流、二流から一流の経営者へと育っていく。

そのプロセスを抜きにして、一足飛びにものを考えたら危ない。そういう方向に行くんだなということがわかればいいことである。

温かい人間関係を大切に

厚生施設もない、それに、いつ潰れるかわからない危険性もある、というのが中小企業である。さらに中小企業は日曜祝日もちょっと忙しい。

したがって、社員は自分の時間がなかなか持てない。公私混同の激しいのが中小企業である。

大企業の場合は、土日は絶対に出てこないし、祝日も休みだし有給休暇もたっぷり取ることができる。

仕事が終わればそれで終わり。会社を出てからお客さんと遊びに行ったり、日曜日に仕事や接待をする人は、志ある人だけである。中小企業の場合は、

「君、ちょっと大変なんだけど、来てもらえる?」

「はい、わかりました」ということで、しょっちゅう駆り出されることになる。

それから、中小企業の場合、初任給が高くて上昇のカーブが緩やか。大企業の場合は、初任給は低いのだが、グワーンと急角度で給料は上昇していく。ではなぜ、人々は小さい会社にいて頑張るのか。

私の経験では、その理由はただ一つ。温かい人間関係である。

大企業の場合は、足の引っ張り合いがあったり、派閥闘争で蹴落とされたり、あるいはまた子会社へ冷ややかな左遷があったりする。

そんなことが起きるのは、大企業だからである。それなりの社会的名誉も得られれば、それだけ大きな権力も手に入れられる。そこを巡って闘いがあるわけだ。

対して中小企業では、派閥闘争をしようにも、社長一人しかいないから派閥も成立しない。

しかし、たとえ派閥がなくても、温かい人間関係がなければ、社員はすぐに辞めてしまうはずである。

公私混同にもなるだろう。厚生施設も整っていない。いつ倒産するかわからない。しかし、社長の温かい人間味と、温かい思いやりと、温かい雰囲気があって、居心地がいい。その人情の温かみだけでもっている場合がほとんどである。

中小企業は、その温かい人間関係がすべてである。

少人数だから出世が早いといっても、出世が早いから中小企業に居つくということはまずあり得ない。

社長がやさしくて、温かい思いやりがある。そして温かい人間関係があれば、中小企業の社員は居つくものである。もしこれが冷たい人間関係だったら、ぶつんといなくなってしまう。

大企業との違いはこれしかない。「居心地がいい」これに尽きる。そして、温かい人間関係を築くには、温かさを感じさせる何か、しかも経費をかけずにすむ何かが必要である。それは、何と言っても言葉、もうこれしかない。

「ばか者、お前なんか死んじまえ」

なんて言っては、絶対にいけない。

「君のことを思って言う。本当は言いたくないんだけども、苦いことも言わなくちゃいけない。これもお父さんの愛だと思って聞いてくれ」

「遅刻は一時間以内にしてくれよな」

「早引きをするときは電話一本してくれよな。そうじゃないと、事故にでも遭ったのかと心配で、夜も眠れないじゃないか」

「はあ、すみませんでした」

同じ言うのでも、そういうふうに言う。経費はまったくかからない。それで、「ああ、ぼくのことを思いやってくれているんだな」と感じてもらえる。どんなに思いやっていても、言葉に出さなくてはわからない。夫婦や恋人の仲と同じことである。

従業員を引き止める言葉の力

言葉というのは経費がかからない。訪販で鍛えたセールスマンは、人を泣かせるツボを心得ていて、社員を感動させる言葉を吐く。

だから、温かい人間関係を築くのにも長けているのがふつうだが、そういった苦労をしたことがない人が上に立つと、なかなか社員をつなぎとめることができない。

私も、健康機器を売りに、ガソリンスタンドへ行ったり、税務署に行ったり、魚河岸に行ったりした。魚河岸というところは体を使う職場であり、みんなが健康を大事にしている。そして、そこにはいつも現金がある。だから、健康機器は売りやすいのだが、売り込むにはセールスポイントとセールストークが必要だ。とくに、セールストークができなくては話にならない。温かい人間関係というのは、そういうセールスで鍛えた言葉、トークによってつくられる。

経営者の言葉は、何も社員との関係だけに必要なのではない。

たとえば、「技術、技術」「コスト、コスト」で勝負する会社は、やがてより技術の進歩したところ、よりコストの安いところに客をとられてしまう。ところが、セールストークができていたら、販売先、仕入れ先にも温かい人間関係が広がっていき、他社との競争も有利に展開することができるのだ。

「おい、こういう値段じゃないと、ライバルが来ているよ」

「いま、こんな技術がなくちゃやっていけないよ。こういうのを持ってきなさい」

そういう意味でも、中小企業の社長は言葉の勝負。悪い言葉で言えば、舌先三すが大切である。少なくとも、仲の悪い奥さんを改めてべた惚れにさせるくらいの話術がなければだめだ。何もないところから何かを生んでいくには言葉しかない。

しかし、言葉がいくら大切だからといって、真実の重みがこもらなければ説得力はない。つまり、真実なる真心と、そして「行い」がなくてはいけない。それが欠けていたら、

「うちの社長、口だけなんだよな」ということになる。

だから、従業員の心をガッチリつかもうと思うなら、ことを「実行」で示さなければいけない。

ただし、断っておくが、実行が尊いのではない。言葉と実行、どちらが大切かというと、言葉のほうがより大事なのだ。その言葉に謙虚さや誠意、誠実さが感じられなくなると、言葉が生きなくなる。それを補うために必要なのが実行なのである。

どんなに率先垂範したところで、「おれも頑張っているんだから、君たちも頑張れ」だけでは、社員は辞めていく。私自身の体験から言っても、大切なのはあくまでも言葉。言葉あっての実行である。

励ましの言葉や慰めの言葉が足りなければ、少々ボーナスを出したところで、「あんたのところではやっていけません」と、すぐにいなくなってしまうだろう。

「この不況の中で、わが社がこんなに健闘しているのは、ひとえに社員の君たちのおかげだ。ここはもう思い切ってボーナスは五ヵ月分と思ったけれども、なかなかそうもいかん。他社と比べてみたら、中にはボーナスが出ないところもあったけれど、うちも出ないというのでは君たちに申し訳ない。最低でも一ヵ月分と思ったけれども、〇・八ヵ月分しか出せない。その代わり、わしは給料は半分にする。○自分のボーナスしか出せないけど、これは好景気のときの五ヵ月分くらいの値打ちがあるんだよ」

景気のいいときだって二ヵ月分しか出したことがなくても、社長たるもの、そう言うべきである。

たとえ〇・八ヵ月分のボーナスでも、その言葉で「ああ、出ただけでありがたい。もっと頑張ろう」と社員は思う。

だから、少しは出さなくてはいけない。実行もなければ、これは嘘だと思われる。しかし、繰り返しになるが、大切なのは実行よりも言葉。言葉を裏づけるための実行なのである。もう一つ大切なのが継続、つまり言い続けることである。

「わが社はこれから伸びていく。君たちのことをぼくは本当に思っているんだ」と、言い続ける。

そして実行し続ける。会社に被害がない程度に。

もし、会社が実行できることが少なければ、その三倍言葉を出せばいい。言い続ける。継続する。こうしていくと、温かい人間関係ができ上がる。

来年はハワイ旅行に行くんだという目標を設定したら、社長は言う。

「ところが、この不況だからな。ハワイも行きたくてしょうがない。しかし、これは四年後にして、今年は申し訳ないけど、キャバレーハワイに行こう。しかし、ハワイには一歩ずつ近づいているぞ」と言えば、実行はキャバレーハワイだけれども、とにもかくにもハワイのシリーズである。翌年は、

「ハワイアンバンドのところへ行こう。二歩近づいているから、二年後には必ず行く」

と言う。言い続けておれば、やがてそのうちに本当のことになる。

そういうふうにして私も社員を束ね、何もないところからやってきた。

中小企業の辿るべき道筋を、まさに身をもって体験してきた、私のノウハウである。人は石垣、人は城。それが経営者の極意であり、とりわけそれが中小企業経営の重要なポイントなのである。

情熱と言葉で会社に活気を

言葉は何も、従業員を立ち止まらせるためにだけあるものではない。従業員にやる気を与え、会社を活気で満たすことができるのも、言葉の持つ効用である。たとえば、私は予備、タッチしているが、予備校という存在について私はつねづねこう考えている。

受験の合否は一人の生徒の生涯に大きな影響を与える。それだけに、受験指導にあたるスタッフたちにかかるストレスは、相当なものがある。しかし、成績の悪かった受験生が夢にまで見た一流大学の志望校にバンバンと合格したら、その喜びは他に代えがたい。何しろ、一人の生徒の人生を幸せへと変えるお手伝いができるのだから、これほど生き甲斐があり、やり甲斐のあることはない。私はいつも、この思いでやっているし、従業員にもつねに言っている。

もちろん、従業員には経営者が一〇思っていることの一しか伝わらない。

では、どのようにしたら一〇の志を従業員に伝えることができるかと言えば、一〇〇思いつづけ、一〇〇言いつづけるほかない。

自分たちはこのように社会に役立ち、みなさんに喜ばれるようないい仕事をしているんだという情熱と理念。

これを何度も何度も繰り返し、一〇〇倍の熱意をもって言いつづける。

そうしていると、従業員に一〇の熱意が伝わるはずである。それだけの情熱のない経営者の下では、士気が上がらないのも当たり前だ。

やはり、生き甲斐とやり甲斐と情熱というものを社員に持たせられないようでは、経営者の責務を果たしているとは言えない。それには、経営者自身、仕事に対し情熱が滲み出てくるようでなければだめだ。

それをみごとに証明してみせてくれたのが松下幸之助だが、彼にこのことを気づかせた、あるエピソードがある。

松下幸之助が天理教の本部に行ったときのこと、たくさんの信者さんが“ひのきしん”といってご奉仕をしている姿が彼の目に飛び込んできた。

大勢の人がハッピを着て、喜々として無料奉仕に励んでいる。この姿を見たとき、松下幸之助は考えた。

この人達はなぜ、こんなに生き生きと、喜々として働けるんだろうか、と。そして、松下幸之助は気がついた。自分たちが何のためにしているのかという、宗教的使命感を各自が持っているからだ、自分がしていることが世のため人のためになっているという確信と宗教的使命感から出てくる情熱があるからこそ、こうしてできるのだということがわかった。

松下幸之助はこれをヒントにして、松下電器としての夢と理想と社会的使命感とを社員たちに語り、自分たちの仕事がどれだけ世のため、人のために役立っているのかということ、ことあるごとに熱意をもって言いつづけ、説きつづけたのである。

そうして、一〇〇の情熱で説きつづけていくうちに、社員たちにも私下幸之助の志が一〇、一一、一二とどんどん伝わっていったのは言うまでもない。そのうち、社員たちは夜十時、十一時まで仕事をするようになった。それを見松下幸之助が、

「君たち、今日はもう帰りなさい」と言うと、逆に、

「いえ、これをやらなければ帰りません」

と社員たちは怒り出したという。そこまで社員たちは松下幸之助の志に共鳴し、情熱的に生まれ変わったのだ。

自分たちの仕事が世のため人のため、どのように役立っているのかを自分で考え、絶えず言いづつけて、従業員を道具ではなく仲間として考えていく。

このような経営者ならば、従業員みんながやる気に満ちていき、生き甲斐とや甲斐を感じて、喜々として仕事に励む。それが、社員一人ひとりの幸せであり、その幸せが社員の家族にもどんどん広がっていくというものである。

だからこそ、いやしくも会社を経営する者は、つねに夢を追い、理想や社会的使命感を語りつづける必要があると思うのだが、そのためには、くどいようだが言葉の力がなければいけない。

小さなことでも感動し、その感動を言葉で伝えるだけの表現力、それが会社に活気を与え、ひいては会社を発展させる基礎になるのである。