- 第一章 幸せな結婚のためのすべて
- はじめに
- 結婚式の直前にパートナーの性格が変わるわけは?
- 結婚運は入籍した日に動く
- CD「強運」の誤解を解く―二十七歳以上の女性の幸せ結婚法
- 結婚運がいい家の人は良い相手を選ぶ年齢に関係なし!
- いい結婚運を掴む三条件その①… 好みで選ばぬこと
- いい結婚運を掴む三条件その②… ひとつの仕事を地道に、長く続けている男性を選ぶ
- いい結婚運を掴む三条件その③… 相手の家族の結婚運を見る
- データを頭から信じ込むな!いくつになっても魅力があれば良い
- 結婚適齢期は上がっている
- 若い時に好き放題して、三十過ぎて「さあ結婚!」は虫がよすぎる
- 三十過ぎたら一層の努力で良い結婚を!
- 結婚すると夫婦は顔が似てくる
- 心中すると霊界で惨々な目に!
- 色情因縁は努力と知性で越えられる
- 離婚は罪ではない
- 結婚して姓名画数が悪くなるときは改名を
第一章 幸せな結婚のためのすべて
はじめに
読者のみなさんには、初めてのごあいさつになるが、私のことは仮に、超能力者で面白いフランス人のピエール・ブツダンと覚えておいてもらえたら嬉しい。
今回私は、この本に、恋愛と結婚についてのいろいろなノウハウ、テクニックを盛り込んだ。
日本の若い男女がどんな感じか研究した結果、おせっかい者の私としては、黙っているわけにはいかなくなって本書を書き始めてしまったのだ。
ところで以前、私の尊敬する恩師、植松愛子先生がフランスにいかれた。先生がおっしゃるには、パリに滞在している間、二十四時間ずっと、頭の中を映画「男と女」のテーマ曲が流れていたそうだ。
もう四十年以上前のクロード・ルルーシュ監督のあれだ。それで先生は、パリ、フランスという土地の人間は、古今を問わず恋と愛とに明け暮れた国だというご神示として受けられ、古いおつき合いをいただいているこの私に、こういう本を書くように言われたのだ。
私は、フランス人が愛と恋だけで生きているとは思わないが、おそらく日本人がフランス人よりも淡泊な男女関係で満足しているらしい、ということぐらいは理解している。
お米と味噌汁、白身のお刺身の文化と、ステーキ、ポタージュ、チーズの文化の違いぐらいはわかるつもりだ。どちらも良いところがあると思う。
だから私は、日本人がフランス人のようにふるまわなければならない、などと押しつける気はない。
けれども、植松先生は、私にパリの男女の恋愛結婚観を是非日本の老若男女に紹介したいとおっしゃるので、私はフランス人の常識を書くことにした。
フランス人にとっては常識というか、空気を吸うような異性への接し方が、日本では珍しく思われるのかもしれない。
説教めいたことを言う気はないが、せっかく男と生まれ、女と生まれたからには、女性と男性と親しみ合い、愛し合わないのはつくづく損だと思う。
日本の真面目な読者のみなさんに、フランス流のロマンス術が刺激になって幸せになっていただければなあと思う。
ピエール・ブツダン
結婚式の直前にパートナーの性格が変わるわけは?
結婚というのは、普通は恋愛の行きつく先のゴールだ。もちろん見合いの人もいるが、幸せな結婚となるべきなのは、改めて言うまでもない。
ところが、あまり知られていなかったり、無視されがちな、けれど重大な法則がある。そこを知ると幸せになれるのに、その手前で不幸な別れをしてしまうこともある。
そこから説明を始めよう。
「結婚して姓が変わると、相手の家の因縁を受けますか」という質問をよくされる。
これは言うまでもなく、ハッキリ受ける。特に、姓が変わる前に、相手の戸籍に入った瞬間から因縁は変わるものだ。そして、その一週間~一ヵ月前あたりから、予兆が始まってくる。
私もこれまでに結婚に向かう男女を何人も見てきたが、交際中のときにはごく普通に、お互いが気に入ってよかったというカップルでも、特に結婚式の一ヶ月前あたりから始まって、一週間から二週間前となると、両方の家の因縁が出てくる。そのために家がごたごたしたり、お父さんとお母さんが何か病気になったり、というトラブルが重なるのだ。
また、それまではすごくいい人だった人が急に何だか冷酷になるとか、言い方がすごくつっけんどんになったりもする。
結婚式の一週間前、十日前にフィアンセの態度が急に変化したという記憶は、結婚なさった人なら思い当たるはずだ。
ウキウキドキドキしていて気がつかないかもしれないが、少し離れて見ていると激しく変わる。それは、両家の因縁がガチガチぶつかり合うからなのだ。
それは唐突に起こるから本人同士にはショックかもしれないが、異なる因縁を背負った家、個人が結ばれる以上、当然のことなのだと思って、覚悟を決めておいた方がよい。
最近は新婚旅行で海外に出発する前とか、帰った直後に離婚するケースが多くて、「成田離婚」と言われている。
そんなことは、この法則を予め知っていれば、ある程度は予防できよう。
結婚運は入籍した日に動く
結婚と言えば結婚式、つまり華やかな披露宴だけに目が行きがちなものだ。しかし、結婚によって因縁が動くのは、結婚式、披露宴の日からというわけではない。
結婚相談もずい分受け、たくさんの人が結婚するのを見てきた私には、戸籍を入れた日に因縁が大きく動くことがハッキリわかる。
相手の戸籍に登録した時に、それまでは軽やかで明るく伸び伸びした女性が、何となく重く、性格が暗くなった、という相談は多い。それで離婚したら、またカラッと明るくなったという人もいる。
逆に、男性の方が、独身の頃は順調だったんだけれども、結婚してから急に運が悪くなった、そして妻の方は運が良くなったという場合、その人の奥さんのほうの家を見たら、みんなどこかごたごたしているものだ。
反対にご主人のほうの家は、みんな健康で、仕事もうまくいって、何事もうまく成就している。
このケースの場合は、奥さんの悪い因縁とご主人のいい因縁とのバランスがとれたのだ。
結果的には、ご主人の運は悪くなり、奥さんが良くなったわけだ。
つまり、片方が運気がよくて、片方が悪いと、両方合わせて二で割った運気に、二人ともなってしまうということである。
ご主人が普通で奥さんが最悪の家の場合は、特にはっきり出る。質屋さんのお嬢さんとか、代々庄屋だったりした場合、質屋がみんな悪いわけではないが、世のため人のために役立つ質屋というのもあんまり聞いたことがない。
お客の執着とか、怨みの念とかの思いを受けたりするので、コツコツと金融業をしている人は、あんまり因縁は良くない。
それから、お寺さんの家だと、世のために人のためにというお寺はいいが、税金がかからないというので、坊主丸儲けをしているようなお寺ではやっぱり悪い。
そういうお※から奥さんをもらったら、ご主人はやっぱりだめになる。
もう極端にわかるものだ。
このように結婚によって因縁は動き、運も変わる。それも戸籍に入れたその日に変わり、明るい人が暗くなったりするのである。
逆に、すごく暗かった人がすごく明るくなったりもする。それほど、戸籍に登録をして印鑑を押すということは重要だ。結婚運ということで見ると、相手の家の因縁を、いいものも悪いものも受けるということで、その意味は重大である。
この法則を応用すれば、運の悪かった女性はどうすれば運がよくなるかがわかる。
運のいい男性を見つけて姓が変わったら手っ取り早いということだ。努力する前に、印鑑と戸籍登録するだけでなんて言うと、今まで運が悪かった方は、バラ色の未来が目の前に開けた気がするかもしれない。
ただし、徳分の絶対量というものがあるから、運はよくなってもどこかでバランスをとることになるだろうが……。
ともあれ、入籍するということは、それほど大きな影響を持っている。だが、自分も努力し徳分を積んでいた方が、もっと良いことは当然だ。
いろんなケースを見たところ、結婚は、個人の縁というのは二割で、両家の家代々の結婚運というのが八割ぐらい動くという感じだ。
本当に理解し合っていて、相思相愛で、性格もあらゆる面でピッタリだったのに、結婚してからうまくいかないというような新婚夫婦を見てみたら、奥さんのほうの家はいつも離婚騒ぎがあったり、家の中ががたがたしていたり、ご主人の方の家系もトラブルが多かったり…..。
こうした家の因縁が動いた結果であることが多い。
個人同士は非常によくても、結婚してからなかなか思いどおりにならず、結局離婚したという例が多いことから、私はそう見る。
みなさんが身のまわりの例で考えても思い当たることだろう。
CD「強運」の誤解を解く―二十七歳以上の女性の幸せ結婚法
私はこれまで『恋の守護霊』や講演録CD 「強運』(ともに深見東州著/たちば出版刊)で、幸せな結婚のためのいろいろを書いたり語ったりしてきた。
全体として、多くのみなさんを幸せに導くことができたと思う。それは、読者のみなさんからいただくお手紙、ご意見からもうかがえて、たいへん嬉しいかぎりだ。
しかし、これは誤解を招くな、と思う個所もあったので、ここでフォローさせていただくことにする。
CD「強運』第二巻の「いき遅れた女性が結婚するには」というところを聞いある女性から、「じゃあ二十七を過ぎた人間は好きな人と結婚しちゃだめなんですか、先生」と、詰め寄られた。
CDには「女性の結婚は、二十七歳までは攻撃で、二十七を過ぎたら防御を心がけた方がよい」と入っているので、確かにこれだけを聞いた人は、男性と若い女性ならいいが、三十過ぎの女性は何故なんだと思うにちがいない。我ながら言葉足らずだったと思うので、少々つけ加えておく。
私は女性の側の結婚運について話したのだが、その際にご家族の結婚運を見ていただきたい、ということなのだ。
結婚運がいい家の人は良い相手を選ぶ年齢に関係なし!
自分の兄弟、お父さん、お母さんが非常に夫婦仲のよいご家庭とか、お父さんの親戚縁者はみんな結婚生活がうまくいってる、あるいはお母さんの兄弟がみんな結婚生活がうまくいってる場合は、その人の家の結婚運がいいという因縁なのだ。
そういう人は、非常に結婚運のいい相手を自然に選んでしまう傾向がある。
また、二十七を過ぎても、三十を過ぎてもいいなという人が出てきて、相手もいいと言えば、もうそれはいい結婚になる。だから、どんどん好みで結婚して結構なのだ。
しかし、残念なことだがそうじゃない場合が多い。その人のお父さんもお母さんも結婚生活で葛藤して、ほとんどもう家庭内離婚のような状態で、籍だけは入ってるが、ほとんど別居…。
お父さんの兄弟はみんなお妾さんが何人もいたり、四回も五回も結婚したり、お母さんの家系もそういう家が多いとか、そういう場合は、お父さん、お母さんの血を引いて両方の因縁をもらう。
こういう人は、自分が「好きだ!」と思って男性を選ぶと、ほとんどの場合失敗する。なぜならば、それは結婚運のよくないという因縁を持った自分が選ぶからである。
「親の道、「子が通る」とよく言うが、こういうことのたとえなのだ。
こういう方は、できれば救霊を受けて運気を向上させた方がいいが、これについてはこの章の最後でふれることにする。
いい結婚運を掴む三条件その①… 好みで選ばぬこと
結婚運がない人のための、いい結婚をする三条件
よく三高などといって、結婚の条件に「高収入」があがっていたりする。しかし、結婚運の悪い人というのは、財運が良かったとしてもなかなか良い結婚ができない。
反対に結婚運はいいのだが、いつもお金がなくてピーピーしているという、財運のない人もいる。
その他、子供には恵まれるけれど、いつも夫婦が葛藤しているとか、結婚運はすごくいいのだが、病気の多い家系だとか、いろいろある。
すごく才能のある家系なのに、お金と結婚運には恵まれないという家もある。
だから、結婚に関しては、財運があったり、才能がある家系だったり、あるいは健康運があったりする相手でも、結婚運というところを見ないとだめなのだ。
家系的に結婚運のいい女性ならば好みで選んでもいい結婚ができるだろう。
しかし、非常に問題の多い家系の方が、因縁から脱却して、カルマ(業)のままにならないようにしようと思ったら、自分の好みに従って選んだらだめ、ということになる。
それにしても、好きになった男性を選んだらだめだ、ということになると、結婚運のあるなしに関係なく釈然としないかもしれない。
しかし、男性の好みとは本当のところどういうものかと、私は研究してみた。これは、どの人とは言わないけれど、ある女性に対して他心通(心の中を見透す神通力)をしてみてわかったのだが、はっきり言って、男性の胸に抱かれたときの感覚なのだ。
あの人はいいとか悪いとかというのは、「あの人の胸に抱かれたときに、ああ、思わずそう「なりたいわ」というふうに気持ちがいくかいかないかの違いなのだ。
だから、いい人なのはわかっている、だけども結婚する気にはなれないことがおこる。
逆に悪い人なのはわかっている、だけども惹かれていくということもあるように、潜在的な性的好みが第一に反映する。
理解とかでは収まりがつかない、結婚運、つまり因縁の力でそうなってしまう。
そこまでわかると、結婚因縁の悪い人にも、良い結婚をするための傾向と対策の立てようが出てくるのだ。
これが「結婚運のない人のためのいい結婚をする三条件」の一つ目である。
だから、幸せな結婚のためには、性的好みに左右されないで相手を選ばなければならないのである。
いい結婚運を掴む三条件その②… ひとつの仕事を地道に、長く続けている男性を選ぶ
大体、結婚に失敗する女性は、次から次と同じタイプの男を見つけ、結婚しては別れる。他人から見てあきれるほどわかりきったことが、本人にはわかっていない。
どういう男に惹かれるかというと、あきやすく、ひとつの仕事が長続きしないタイプだ。私などから見ると非常に軽くて、無責任なことを嘘でもなんでも吹きまくっているような男に惹かれ、結婚しては別れる。
あきれたことに、以前の亭主とそっくりの顔の男と再婚したりもする。そのあたりのところに因縁が潜んでいるわけだが、カルマ(業)どおりにいってだめだとしたら、どうしたらいいか。
まず、一つのことを十年以上続けているような男性を選ぶことだ。
こういうタイプの人は性格が明るく、霊層もいい。仕事がしょっちゅうコロコロ変わる人は浮気、嫌気、むら気が多いに決まっている。
一方、仕事も趣味も特技も、嫌だ嫌だと言いながら十年以上続けられた人は、結婚した後も、奥さんを嫌だ嫌だと思っても結婚生活を続けられる。
昔から「思い三年恋五年、合わせて八年以上持たない」と言われている。思い続けても三年が限度、恋しい恋しいと言っても五年が限度。八年間も恋心が続くことはないと言われている。
一緒に生活するとなると、生活サイクルと生活サイクル、癖と癖のぶつかり合いになる。生活に入ってきたらお互いのそこが勝負になる。
だから、嫌だなあと思っても、ぶつかり合う夫婦であっても、継続させていこうという努力をする男性なら、家庭生活は、長く持つ。
一つの職場なり特技なりを十年以上続けている人というのは、そんなにしょっちゅう奥さんを変えたり、離婚しようなんて言わないのだ
こういう男性は、結婚運の良い女性にも悪い女性にも最良のパートナーだが、悪い方の女性はこういう人を探して選ぶしかない。
第一条で説明したように、えてしてこういう地道な人を嫌うのが結婚運のない人の習性なのだ。
そして今書いたように、仕事をコロコロ変える男を選んではいけない、というのが第二条になる。
いい結婚運を掴む三条件その③… 相手の家族の結婚運を見る
第三の条件は、相手の家族の結婚運が良いことだ。
結婚運というのは金運などとは必ずしも一致しない。その人の結婚運というのは、家族の結婚の状態を見れば大体わかる。
相手の両親とか、兄弟姉妹が幸せな結婚をしているか、それとも家庭内離婚状態か、バツ二、バツ三か、といったことが判断の決め手になる。
家族に金持ちや、大して才能のある人もいないが、みんな夫婦仲よくいってるという家系は結婚運のいい家だ。
そういう家庭の人を熱烈に好きだーっという場合、そういう人と結婚すると、その結婚運のいいところに自分が引っ張られるから、比較的失敗のない結婚になる。
だから、以上あげた三つの条件にあわせて相手を選んで結婚した場合は、年齢にあまり関係なくうまくいく。自分自身の家代々が非常に結婚運が良いと、幸せになるような人を自然に選んでしまう。自分の守護霊が、結婚できるようにいろいろ裏(目に見えない世界=霊界)で動いてくれるし、内面的な好みがピッタリの人を選んでしまう。
その逆の、結婚運のよくない家系の人は、好みを抑えて自重して結婚相手を選ぼう。そうすると、悪い因縁も妹のほうにいったりして、自分は逃れられ、幸せ結婚ができる。
妹が自重するといとこのほうへいく。努力でカルマ(業)を乗り越えようとするということは、そういうことだ。
いずれにしても、結婚運が悪い人というのは、自分よりずっと結婚運の良い人、持続力のある人をパートナーに選び、また、そういう人に自分を選んでもらうのがポイントだ。
データを頭から信じ込むな!いくつになっても魅力があれば良い
もうひとつ、CD 「強運」で私が言ったことをフォローしたい。二十七歳までが結婚適齢期で、それまでに結婚できないのは行き遅れ、というところだが、もう少し詳しく、正確に述べよう。
女性の二十七歳までの結婚がうまくいくというのは、恩師・植松先生の意見でもあるし、アルトマンシステムの結論でもある。
私も二十七歳ということを、いろいろな人の相談を聞いていて割り出した。どうしてかというと、二十七歳だとまだ二十代という意識が強い。
しかし二十八になると三十まであと二年、二十九だとあと一年と、焦りが増す、ということのようだ。これは一般論だから、例外はいくらでもある。
男性は結婚の適齢期は三十三歳までといわれる。特に男性は、三十三歳以降になると、その人の生活サイクル、生活パターンができてしまっている。
自分が作り上げた生活パターン、生活サイクルを、結婚して壊されたくないという感じが本能的に来るので、なかなかズルズルとして結婚できなくなる。
だから男性は、三十三歳ぐらいまでの結婚が一番決定率が高くてうまくいっているというのが、これもアルトマンシステムのデータだ。
もちろん、データというのは、例外も多い。例えば非常に魅力があって、何歳になってもプロポーズされる人がいる反面、二十二でピチピチしているのに、色気も魅力も全然ない人がいるものだ。
職業では、ピアノ・エレクトーン教師、これがなかなかいきにくい職業だ。
何故かといえば、子供たち相手の仕事のため、男性と接触するチャンスがない。おまけに経済力がある程度あるので、自分で好きなお休みを取れ、お金もあり、海外旅行だ、温泉だと、三十過ぎても十分にやっていける。三十超えてからやにわに焦り始めるのだ。
それでも、魅力のある人は、何歳になっても、三十過ぎてもいい結婚をしている人は多い。自分自身の女としての魅力が何歳になっても衰えないなら良いのだ。
あるいは、衰えかけお化粧で、あるいは人工的処方でやれる人は、行き遅れたって後から福が来る可能性は大だ。
何がなんでも女なら二十七、男なら三十三というわけではない。つまり独身のまま二十八歳になったからといって、世をはかなんで自殺するほどのことではないのだ。
結婚適齢期は上がっている
それと、もう一つの救われる考え方は、平均寿命が長くなったことだ。
特に女性の平均寿命は長くなっている。平均寿命の延び率に比例して結婚年齢もスライドさせる必要がある。そうすると二年ないし三年高くなる。だから、昔の二十七は今の三十歳だということだ。
私がCD 「強運」で述べたことは一般データに基づいているので、例外は当然ある。私のところに結婚問題で相談に来る人の中に、そういう人が多いということである。
普通に結婚している人ならそんな相談には来ないのだから、三十過ぎていても、いい結婚をしている人も世の中にたくさんあるだろう。悩んでない人も多いということだ。
ここに書いた以外にも、救いようは幾つもあるわけだ。道祖神にお願いするとか、お化粧技術を向上させる、年をとっても、初々しく、若々しくあれば良いとか。
向上心をもち、自分を反省する心があれば、結婚年齢がどうのと悩んだり、人に相談せずともよいわけである。
若い時に好き放題して、三十過ぎて「さあ結婚!」は虫がよすぎる
けれどもデータとか数字というのは、まるっきり無視してはいけない。自分で自分を救っていける人というのはいるけれども、やっぱり例外的であって、数が少ないからだ。
二十七歳ラインが、結婚に関するひとつのラインだというのは次の事柄による。要するに、「とうが立つ」と言うが、女性も二十七にもなると、それなりにいろんな男性を見てきてだけ肥えてくる。
あの男性はここが良くない、あそこが良くないと、悪いところがいくらでも見えるようになる。しかし、自分の目が肥えてくるのはいいが、向こうの目も厳しくなってくることがわかっていないからビンチなのだ。
自分の目が肥えているカーブと、向こうの目が厳しくなっているカーブがあって、それを乗り越えていたら問題はないが、大体その手前で縁談は潰れる。
若いときのほうが結婚が決まりやすいというのは、お互いに何にも知らないから結婚できるという事情が働いているのだ。
けれどよく選んで、選んだ目で間違いないと思って結婚して、うまくいっている人もいる。人によって両方成り立つ。
若いときしか遊べないというのでいろいろ遊んで、年をとってきて、もうそろそろ結婚しようかと一方的に希望しても、相手がいつもそのように受けてくれるとは限らないということだ。世の中の現実の厳しさということを私は言いたかったのである。
それなのに、若いうちに「結婚なんてまだ早い」と好きなことをやったり、遊びまくったりしておいて、ある日突然結婚したくなって…と探してみたが相手が見つからず「救いがない!」と言う。
それはしかたのないことで、そうなってから最高の相手、というのは少々ムシがよすぎる。自分で選んだ道なんだから、三十三でも三十四でも結婚、結婚って言わなくていいじゃないか、と。
若い間にいろいろやりたいことをやって、しかもそろそろ結婚したいなあというときに最高の理想の人が来るなんていうことは、ムシがよすぎるんじゃないかと、かねがね鑑定のときにそう思っていたから、そう言っているわけだ。
だから、若いときに、相手から見て一番いいときに好きなことをしてきたわけだから、二十代後半になって突然結婚したいのなら、その年齢をカバーするように、現実社会における客観的な自分ということを考えて、それを上回るだけの努力をしなければならないに決まっている。
お見合いの数を増やす、少しでも若々しく見せる、男性から見て「ああ、この人と結婚したいな」というような気持ちにさせるために努力したら、問題なくうまくいくだろう。
結婚するかしないかを考えて結婚するというふうに決めたのなら、結婚するためにもっと的を絞って努力しなきゃだめだ。
出会いのチャンスの多いグループに入るとか、くり返すがお見合いの回数を増やすとか、別にアルトマンシステムを勧めるわけじゃない、成功率九割というデータが出ているそうだから、やってみるのも良い。
結婚にだって努力が必要なんだ。いい結婚をすることに目標を持って必死の努力をしても全然恥ずかしくはない。
結婚のために生きてるんじゃないとは言うけれども、三十過ぎたらやはり結婚!と思うのは普通だから、そんなに格好つけなくても、結婚第一主義でも全然恥ずかしがることはない。
仕事に生きていて、「結婚!?関係ないワ」という人生もあるから、それだったら悩まなくていい。そう生きるんだと決心したのなら、それも立派な人生だ。
中途半端に、結婚も、また仕事もといって、とりあえず楽しいことをして、三十三、四になって、ぎりぎりのところになって焦って、相談に来て、しかも最高の理想像を求める、というような人には、そううまくはいかないんじゃないですか、と言わざるを得ない。
人生、いつでも「いいとこ取り」できるわけではないということだ。
三十過ぎたら一層の努力で良い結婚を!
つまり、幸せな結婚のための最適年齢は人によるのだ。
総体的なものだから、結婚を第一志望に考えて、二十六、七ぐらいのときに真剣に考えて相手を求めてもいいんじゃないか、ということだ。嫌な人と無理に結婚しなさいと言うわけじゃない。
結婚運のいい人を選んで、好きになって、しかもご自身も結婚運がいい家庭だったらスッといけばいいし、非常に問題の多い家庭だと思ったら努力して、因縁にやられないように、悪因縁は妹のほうに?いくように努力すればいい。
それでも三十まで来たら、「三十になったんだから」と、女らしさの表現、言葉使い、お化粧技術、少しでも結婚相手が来そうな環境に自分を置いて、やはり努力しなきゃいけない。
客観情勢が劣勢になっているんだから余計に努力が必要だ。そうやってうまくいった人も多い。
決して三十過ぎたら最後というわけではないから、もっと夢と希望を持ってがんばったらいいのだ。
三十過ぎている女性でいくらでもいい結婚をする人はいる。それなりの努力と現実を踏まえてやれば、問題なく幸せを獲得できるものだ。結婚というのは、相手がいるという当たり前のことを忘れないでもらいたい。
つまり相手の都合(好み、評価、目)が大きく働くあって、自分の都合だけで何でもまとまるものではないということだ。
結婚すると夫婦は顔が似てくる
次に、結婚と霊層(人の霊的なランクのこと)の関係について書いておこう。
「結婚は、同じ霊層の者同士しか結ばれないのですか。もしも離婚したとしたら、これは罪でしょうか」という質問を受けたことがある。
同じ霊層の者同士が結ばれると幸せだ。同じような考え方、同じような世界に一緒にいられたら幸せに決まっている。
でも同じ霊層の者同士じゃない人が結婚する場合も多い。その場合どうなのかである。
実は、高い霊層の人と低い霊層の人が結婚すると、二人とも真ん中ぐらいの霊層になる。低い人は上がるし、高い人は落ちるという、これが事実だ。
けれど結婚して一時真ん中ぐらいの霊層になっても、もともと霊層が高いご主人のほうが回復するとか、奥さんのほうが努力して回復して、さらに霊層をよくする積み上げをしたために、男性と女性、ご主人と奥さんの霊層に大きく開きが出ることがある。
そういう場合は、奥さんがそばにいても、ご主人が何か手の届かないような存在になったように感じてしまう。そういう場合は、多々ある。
しかし、まずは同化して、真ん中ぐらいにバランスがとれてくるので、奥さんがご主人の顔にそっくりになってきたり、ご主人が奥さんの顔にそっくりになってきたりする。
そうそう、似るといえば犬を飼うと、コリーの顔にそっくりになってきたりする人もいる。チンの顔にそっくりになってきたりもする。
チンが飼い主に似たのか、飼い主がチンに似たのか、さてどちらだろうか。とにかく、人が犬に似たりもする。それは霊層の交流をするからだ。
両方の思いを出したり受けたりするので、顔がそっくりになるのである。これは遺伝子以上の作用だ。それほど愛情と愛情が交流すると、犬と人間も夫婦同士も顔が似てくる。
こういうカップルが霊界に入ると「恋の守護霊」にも書いたが、二人とも同じような顔をしていて、二つで一つの御魂になって、一つの御魂として計算される。
もちろん、これは幸せな結婚のカップルである。
心中すると霊界で惨々な目に!
この世ですごく仲が良くても、仲が良すぎて心中したらどうなるか。
「あの世では一緒になろうね」「そうね、この世ではだめでも、あの世でね」と、本人達は思ったのかもしれない。ところが、とんでもない一緒になり方をすることになる。
こちらも二人で一人分なのだが、シャム双生児みたいに体の一部分がくっついている。どこでくっついているかというと、性器でくっついていて、しかも両方ともすっ裸だから隠しようもなく、実にみっともない。
こうやって何百年も霊界にいるわけだから、みっともないだけじゃなく、本人達にすれば恥ずかしくてかなわない。百年の恋もいっぺんに冷める、とはこのことだ。
それで再びこの世に生まれてきた場合、もう片方が生まれてきて偶然会うと、ゾッとしたりする。
心中をした相手だったら次の世でも引き合いそうなものだけれど、そうではない。霊界でさんざんな目に遭ったことを潜在意識は覚えているのだ。
だからこういう人は、結婚は嫌だと言ってホモに走るかどうか知らないが、とにかく一生独身でいたりもする。
読者の方で心中しようと思っている人がいるかどうか知らないが、まあやめた方がいい。
色情因縁は努力と知性で越えられる
心中は極端な例だが、生前、非常に女性関係、男性関係で乱れていると、それだけ血の池地獄とか、霊界で苦しむ。
そうやって、さんざん嫌な目に遭った人というのは次の世で男性嫌い、女性嫌いに生まれてくる。過度に好きなのも霊障だが、過度に嫌いなのも霊障だ。
私は普通に好きなのだが、神の道に捧げているから捨てている。いわばカソリックの神父さんのようなもので、神父がたまたま惟神の道も儒教も仏教もやっていたようなものが、私の場合である。
今の建仁寺でも大徳寺でも、禅の師家は独身で、女性と関係を持たずに求道一筋に生きている。私や彼らは、女性が嫌いだからとかいうわけではなく、そういう誓いをたてているのだ。
しかし、世の中には異性が、異常なぐらいに嫌いだという人はいるし、異常なぐらいに好きだという人もいる。
両方とも霊障だ。普通なのが、前世に心中したとか、女狂い男狂いしたとかの)色情因縁がない状態である。
しかし、異常に好き、嫌いといっても霊界の記憶であるから、その記憶のまにまに動くわけではない。意識はそうであったとしても、それなりに自分に合ったような形で、自分の知性と努力で一般的になるようにすればいいのだ。
自分の人生だから、私はこういうふうに生きると決めて、それに幸せを感じて生きていけば一生独身だとしても全く問題ない。
離婚は罪ではない
「離婚は罪でしょうか」という質問があったが、離婚は全然罪じゃない。あまりに霊層が違いすぎたり、籍を入れたら、ものすごく因縁の深い家系であったりすることがある。
たまたま結婚した二人の縁はあったのかもしれないが、重$301Cい家の因縁を受けている人は、その人の姓を名乗っているだけ、籍に入っているだけで苦しい。
離婚して籍を抜くといっぺんに軽やかになる人は少なくない。そうして非常に幸せになっている人も多い。
要するに、その本人が幸せだったらいいわけで、離婚したときにそれなりの法律上の手続き、金銭的な清算、子供の引き取りがどうのこうのということを両者納得の上離婚すれば全然問題はない。
二度離婚しようと三度離婚しようと、相手を傷つけさえしなければ、いいのだ。そうすんなりいかないかもしれないし、まあ、傷つけはするけれど、それを最小限にとどめて両者が納得すれば問題ないのだ。
しかし世の中、なかなかそうはいかないようだ。
ワンチャン、ネコの所有権も、このネコは私が買ったんたから、いや一番エサをやったのは俺だからということで、このネコがどちらの所有物か裁判で争う。傘も十本のうち、わしが買ったのはこの傘で、私が買ったのはこれでと言って、じパラソルのうち二本はあなたで、二本は僕のね、と。でも傘立ては俺のだと言って争う。
離婚調停に立っている人に聞いたことがあるが、それほど離婚裁判というのは憎しみが露骨だそうだ。
そこを、あっさりとかつてのプロ野球の田淵選手みたいに別れればいいのだ。そういう人は全然罪じゃない。倫理観念で己を縛ることはない。
結婚して姓名画数が悪くなるときは改名を
結婚して姓が変わると、もちろん氏名の画数も変わる。姓名判断で画数の良し悪しが変わることはあるが、家の因縁の変化のほうがもちろん大事だ。
姓名が変わると良くないというときは、名字が変わるのと並行して、その名字に合うように名前を改名すればいいのだ。
そして、改名した名前が自分の本当の名前だと思えば、そちらのほうが強く出てくる。
結婚して名字が変わると、画数が悪くなったり、文字がよくないといって相談に来られる人には、私は、「じゃ変えればいいじゃないですか」とお答えする。
戸籍は変わらないけれど、いい名前をつけて、いい名前だと信じたら、そちらのほうが強く作用するから問題はない。
気になったら即改名したらいいのだ。ずっと気にし続けて何十年、という方がよっぽど問題である。
