昭和五十二年 御神示(四)

神人合一されたあかつきは
地・人・天
全て愛の結晶であることが体得できるなり。

万物普遍のものは大愛なり
大愛とは、神そのものなり
大愛の内にある無形の真諦が大道なり

物はすべて
◎神の愛の想いによりてできるものなり。
よって物を大切にする心は、
◎の神の愛を
真によって受けとっているのである。
全てを尊び敬う心は、
大いなる証しにして
◎神を行ずることなり。
それが正しい信仰なり。

用心せねばならないのは、常に今の心である。
万の行いを正し、万の言葉をつつしみ、
いつも心に太陽のかがやきと、
月のロマンを持つべし。
人に対しては、
月の光の如き柔らかな思いやりと、
ときには静月をいっそう静かにするために、
嵐を呼び、雷雨にまじりて神を入れる喝が要る。
滞っている有り明けの雲霧は、
風神によってふり払うのである。
こうして、人と人とが天地の風情と相合して
古きを知り、
新しきを日々に改めて知ることができる。

萬創主


四月八日 釈迦誕生日
平とは、
たんたんとしてよどみなく天地が
その運行を遂げて行くことである。

また、水がその形を変えても
その実質をたがえず、
器に応じ、温度、季節に応じても
水の水たる資質を失わず、
もとのままであるように自在であり、
すべてに調和する
自然な状態のことを言うのである。

自ら平であれば、
天も地も平であることがわかる。
即ち、天地が平なることは本来の姿であり、
人が平であるというのは、
本来自然な姿なのである。 これ天人地一如の妙諦たり。

妙光妙霊、即即とし、志偏じたれば妙を失い、
妙失わば天と人、人と地、
その一なることをそこなうなり。
一なることとは即ち他にあらず、
また内にもあらず、
一体であることなり。

正しいとは一で止まることにして、
大とは自分一人のことから、
人が一(自分)の上にのびて
ほかへうつることなり。
一人であって一人をなくすとき、
大という人になる。