昭和五十二年 御神示(二十九)

何事も中途半端は神きらう
徹底的に遊ぶも仕事

発願を致して全力を尽したら、
あとはおまかせ。

様をみて
あらたに祈り、足元をみゆ。

精密な頭脳というのは
精神よりいずるものなり
ゆえに精神状態をつねに
すこやかにせねばならない

あつめより先にある
神の正しき体得と熱誠
ただしき神いまさば
ただ今の場にふさわしき汝の行いあり


天智人智炁より生じ
天来の智として人の心に住みいたるなり。
その智によらねば、人は本来の天命を全うし
他に福果をまくばることはできない。

本来無一物とは神人元より
発するところを同じうし
帰する所も同じうすることなり
神も人も本来は◎の神の大愛によって
れいでしものなれば
天地人貴賤尊俗本よりなし
まみゆる者自身の尺度あり
これを用い推し計りしことより
無一物の天理、人を見はなせしものなり

天とともに遊び、地とともに憂いを改め
発展へとすすみかえる。

その喜びを天人地相乗和楽という。
これは、神人合一の境地で
太平和楽の世を創りあげていく人に、
神よりさずかった名であり、
人の一生を通じて
もつべき道のしるべである。

萬創主


人形にんぎょうでないぞ。
皆心が宿っているぞ。
ものいう時は人に語らず、
心に語るようにせねば、
行き違いがあるぞ。

いつも心が心に玉をころがす想念で
はなしをされよ。

鶴岡八幡