昭和五十三年 十二月五日御神示 (二)

何事も主人に対する下僕の如くあれ
いかなる世にも、帝はあらずと思うべし

言代主(事代主)は神の言葉を伝える人なり。
出雲みやげは数々あれど
何をおいてももと絶やさぬ
心ぞ尊く思うべし。

ひきつづき
神ことば
とりつぎて 行くが善し
あめの時開けぬれば
今ぞ去る太古の神
日々出ずも
神宝かみだから、埋めおきし
この国の行く末は
のびやかに あたらしく
ものいだす そのこころ
いずもなりありがたき
いずも神 まださめぬ
人々に 神言葉 良く伝え
開くべし
岩戸の日輪
こもりたる
その胸は
いまだ見ぬ ことばかり
神の園 まだ安し
その国は間近なり

觀世音

*深見先生が出雲大社に初めて参拝した後の御神示。 これから起き、経験するであろう深見先生の境地 の未来を、観世音様が予言しているもの。


あつかましき心なくばよし
自らの心を正すべし。
清真の熱情がまだ足りぬ

栄えむす日の御倉みくら
いざなぎの神やどり
筑紫とはいずもなり あらためて詣でたる
元伊勢は神の里。

その昔神使しんし達来たりたる
斎館いそやかた

天にあるなり元伊勢の宮
景色忘れずあるが良し

神の降る日室ひむろには
いざなぎの墓ありて
その昔祭りたる
二千年九百歳

闇に伏す日の国の人
あらためて 良き広がりを
もつがよし。

冴えわたる空にこそ
神の顔写すかな

日室岳ひむろだけおきなの住みて
ふし伏む

天人舞う日室岳
神寄り集う山なるぞ

※5頁~76頁までの御神示は、深見先生が京都郊外の元伊勢皇大神宮に参拝した時の御神示です。