昭和五十三年 十二月六日御神示

一人で登る神階段かみきざはし
鏡なるかなその身魂

神の声は白雲の
たなびく想いのやしろまつ
日出ずる国の天使たり

※「白雲」は「知らぬ雲」が掛けてある言葉。


大和の国の行く末を
思い悩みて仏の世
出せし神の御使いは
やがて知りたり神界の
いと清らかに陰なきを
つかみ取る神わざは
いかなる人と来て
いかなる事あるも
恐れずに進む故 (原動力)。

何事も神試し
いかなる事あるも
みろくの世造らんと
いたす身のうるわしさ
忘るるな。

神殺すその本は
何事も悪様あくざまに受け取りて
日々愚痴を言う人の姿こそ

の消えし人種ひとだねぞ。

小さき身の小心こごころ
大いなる身の大志あり
夢ははるかに持ちたけれ

*註 大應は最澄の神霊のこと


聖観音
天地に道あり
さがすに及ばず
即ち全天地道より生ず
道にあらざるはなし
道とは即ち”ス”の広がり

おも

花鳥風月かちょうふうげつ面のある姿なり
によらざる道は
道ならざる道なり

はてしなき道はあれども
この道は神と等しき身となる細道
誰一人知る者なくて良きものぞ
神はその身をいとをしむなり

責任より意欲と希望でものなせば
あすかの空に雲はたなびく

一人ずつかみの匠に仕織られて
人のかたちは見事に作らる

関の松今も昔も変わらざる
天に応ずる奇玉くすたまやどす

神のわざ見て恐れ去る人あれど
黙して神ごと為す人もあり

天人のおとなひは続く生魂の
良き神の理を知る人のあり

関口に人をたずねて裏切られ あからむる人恋しく待つなり
あからむる人恋しく待つなり

禅関ぜんかん 禅関
もういちどかみゆるす

人の心は捨てるべし
あかむらさきの神の雲
天地回りて俗人をさけ
愛の深い人種を
恋ひし恋ひしと松の御世

梅も咲いたが桜も咲いた
身はこがれつつひとり待つの実