昭和五十四年 一月御神示(一) 2025.08.16 人知れず悶々と苦しむ人は、 あがないをしているのである。 前世のあがないとは限らない。 今世自己の踏み違えた、 天道のあがないが大半である。 前世からの因縁というものは、 大半が性の偏向にある。 人生の苦難を経て、 玉のごとく磨かれるのが修業である。 それは業を修めることを云うのである。