時は金なり、時間の千円札を拾え!~平成10年5月23日 ホテル阪急インターナショナル~
正しい時間の使い方
「時間を制する者がビジネスを制する」と、「時間観」について書いてある本もありますが、今日は時間があまりありませんので、楽しい話もいっぱいしたいのですが、なるべくポイントだけを述べてみたいと思います。
楽しい話をしすぎると、あとになってどんな話を聴いたのか分からなくなりますので、今日は、「時間の使い方」について、簡潔にお話しすることにいたします。
時間の使い方については、どなたも研究されていると思います。私も絶えず研究していますが、「これが正しい時間の使い方だ!」という結論はあるようでありません。
したがって、「より効率的な時間の使い方」「より賢明な時間の使い方」「より無駄のない時間の使い方」に関して、ずっと研究し続けていかなければならないと思っているわけです。
というのは、人の肉体は一つだからです。肉体は一つだけれども、「やること」や「やらなければならないこと」はいっぱいある。
しかし、やることはいろいろあっても、刻々の只今にできるのは、やはり一つでしかない。
ですから、とりあえずは、目の前にあることに集中するほかないわけです。
私の場合は、肉体は一つであっても、「この世のこと」と「あの世のこと」の、次元の違うことを同時に考えます。
脳みそが幾重にもパッパッと回転して、同時に複数のことを考えています。アンテナが何本もありますので、一つのことをやりながら、五つ六つのことが考えられる。
この世のこともパッパッと考えるけれども、あの世のほうとも通信しながら、あれやこれやと考えられるわけです。
同時通訳をする人がいますが、耳では日本語を聴きながら口では英語をしゃべる。
あるいは反対に、耳で英語を聴きながら日本語をしゃべる。同時に二つの言語を聴きながら、二つの言語をしゃべるという同時通訳。
あんな器用なことが、どうしてできるのだろうかと思う人もいるでしょうが、私の場合は、この世とあの世の同時通訳ができるわけです。
それだけでなく、関東の人の話を聴きながら関西の発想で話したり、関西の人の話を聴きながら、アメリカ的な発想で話したりしています。
そうやって、同時通訳みたいに、この世とあの世の二元中継をしながら、さまざまに表現したりしています。
そこが普通の人と違う時間感覚なのですが、より効率的な時間の使い方、より賢明な時間の使い方、より無駄のない時間の使い方とはどういうものなのか。
これをずっと探求し続けていますが、私と同じように、時間の使い方を研究し続けている人はやはり、一つのことに責任を持っている人ではないかと思います。
責任があるからこそ、可能な限り、時間を有効に使いたいと考えますから、その意味では、経営者も同じだと思うわけです。
先ほども申しましたように、私の場合は、この世の方向と目に見えざるあの世の力を融合してやっているわけですが、その融合の仕方が普通の人たちには分かりません。
なぜそんなことができるのかと、不思議に思っている人が多いはずです。しかし、二元中継にはやり方があるのです。
そのやり方をマスターすると、二元中継も意外と簡単にできるようになります。
たとえば、ピアノを弾く人は右手と左手をバラバラに動かすことができます。左手でリズムと和音をとりながら、右手でメロディを弾いたりするわけです。
それができるからピアノを弾くことができるのであって、たとえば、両手が常に同じように動いてしまうようだったら、ピアノは弾けません。
特にバッハの曲になりますと、右手と左手の動きがもっと複雑になります。
普通の曲なら左手はコードだけを弾く。つまり、和音を弾いて、右手はメロディをサラサラサラッと奏でます。
その両方が合わさって、一つの美しい曲になります。右手と左手がバラバラの仕事を同時にこなすことで、一つの美しい曲が成り立つわけですけれど、練習を積み重ねていけば、どんな人でも、ある程度は弾けるようになります。
ところが、バッハのような難曲になりますと、右手と左手をそれぞれ違うテンボで動かさなければなりません。
こうなると、非常に弾きにくくなります。「こんな曲、弾ける人がいるんだろうか」という気持ちになります。
それでも、諦めることなく何度も何度も訓練を積み重ねていくと、弾けるようになるんです。
ですから、訓練さえすれば、誰でもある程度は弾けるようになるわけです。それと同じように、目に見えない世界との二元中継も、訓練を積み重ねていくことで、ある程度できるようになります。
それができたら、またグレードが上がって、人にできない時間の使い方、人にできない集中の仕方、人にできな無駄の省き方というのができるようになります。
そういうことについても、本当は詳しくお話ししたいのですが、先ほどから申していますように、今日は時間があまりありませんので、ポイントを押さえてご説明したいと思います。
空白時間を活用しよう
さて、時間の活用の仕方についてですが、これは大きく分けると「空白の時間の使い方の工夫、あるいは努力」「集中して時間効率を上げる努力」「絶対的な時間を増やす努力」の三つになります。
この三つの努力をしている人で時間の使い方が下手な人は、まずいません。
一日二十四時間、一年三百六十五日、人はみな、天から平等に時間を与えられています。
確かに、長生きする人と短命の人と、いろいろいるわけですが、時間は平等に与えられていると言えます。
にもかかわらず、人によってなぜ、こんなにも成果に違いが出てくるのかといえば、それはやはり、一日の時間の使い方に差があるからです。
もちろん、能力の違いということも考えられますが、一日の時間の使い方が上手か下手かによって、非常に大きな差となって表れてくるのです。
一日の時間の使い方の差というのは、わずかな差でしかありません。しかし、十日経ち、百日経ち、一年経ってきますと、大きく溝が開いてきます。
たとえば、一日三十分でも、普通の人より時間を有効に使っていると、十日で五時間、百日では五十時間の差になります。
さらに十年、二十年経つと、これはもう、天と地ほどの差になってくるわけです。
一日三十分の違いは、いったいどこにあるかというと、移動中の電車や車、あるいは、飛行機に乗っている、いわゆる「空白の時間の使い方」 にあるわけです。
これが上手か下手かで、長いスパンで見ると大きな差になるのです。その意味で、時間を有効に活用しようと思うなら、まず、この「空白の時間の使い方」について考える必要があります。
日々の生活パターンを分析していくと、必ず誰でも空白の時間があるはずです。
一分のすき間もないように見えて、誰でも空白の時間はあります。その空白の時間を発見したら、それを有効活用するための工夫もできるはずなのです。
「黒ノート」の秘密
私はどこへ行くときでも、黒いカバーのノートを持ち歩いています。私はこれを「黒ノート」と呼んでいますが、この黒ノートが、私の空白時間の使い方の秘訣であり、秘術の一つなのです。
なぜ黒ノートかといいますと、持ち歩きしても汚れが目立たないからです。これが表紙の白いノートだったら、ちょっとしたことで、すぐに汚れてしまいます。
しかし、黒ノートはもともと黒いから、汚れが付着しても全然目立ちません。
むしろ、汚れれば汚れるほど光沢が出て、中国のリーダーみたいになります。江沢民と言うんですけれどね(笑)。
それから、あまり大きいと持ち運びに不便です。しかし、あまりに小さいと書き込むスペースが少なくなります。
スケジュール表はスケジュール表で別にありますけれども、この「黒ノート」は、今までに累計で百五十冊ぐらいになりますでしょうか。
誰でも、日記を書こうと思ったことがあるはずですが、だいたい三日くらいで終わってしまうのではないでしょうか。長くても一週間くらいで終わる。
なぜ長続きしないのか、その理由はいろいろあるでしょうが、表紙の分厚いおしゃれな日記帳を買ってくることが、一つの理由ではないかと私は思っています。
おしゃれな日記帳は見た目もきれいですから、最初は「よし、書くぞ」という気持ちになりますが、持ち運びにとても不便です。
それに、粗末にしちゃいけない、大事にしよう、と思うから、机の引き出しかどこかにしまってしまうわけです。
そうすると、出張に行くとか旅行に行くとき持ち運びができないから、それで長続きしないんです。
それを考えて私は、ぞんざいに扱っても大丈夫なものをということで、安価な大学ノートにしているのです。
大学ノートというのはシンプルで、醤油やジュースをこぼしても、安物だからあまり気にせずに、どこへでも持ち運びができます。
あまりに高価なものだと、どこかへきちんとしまいたくなるから、なかなか持ち運びができません。
それに、よしんば日記が長続きしたとしても、表紙が分厚かったりおしゃれなものだったりしたら、何十冊、何百冊になってきますと嵩張ります。
また、買いに行くのが面倒くさくなるから、そこでストップしてしまうわけです。その点、大学ノートでしたら安いから、五十冊とか百冊とかまとめてバーンと買うことができます。
それに、ぞんざいに扱えるし、気を使わずに持ち歩きができる。利便性とか活用性ということを考えたら、ずっと大学ノートのほうがいいんです。
とにかく、ノートは大きすぎず小さすぎず、そして、折り畳んでポケットに入れられる、といったことが大事です。
私は神社で昇殿参拝して祝詞を上げてもらっているときでも、ノートを開けて書いています。
そうすると神主さんが、「何を書いているんだ、こいつは?人が真剣に祝詞を上げているのに」と、けげんそうな顔をしますが、それは俳句だったりギャグだったりします(笑)。
本当は、神様から受けた「御神示」なんですけどね。
また、表紙があまり硬いと、角が当たったときに痛い思いをします。ですから、表紙はなるべく柔らかくて折り畳みができて、ぞんざいに扱えるのがいい。
そして、いっぱい書こうとするなら、あまり薄すぎないほうがいい、と。薄すぎると、「あれ?もうなくなっちゃった。もっと書きたいのに・・・・・・」ということになります。
そうすると、もう一冊プラスして持ち運びしなければなりません。ただし、電話帳みたいに分厚いと、リュックにでも入れなければなりません。
要するに結論は、普通の大学ノートが一番いい、ということです。
ところで、ノートはメモをするためにあると考える人がいますが、この発想ではダメなんです。ノートはメモのためにあるのではなく、自分の空白の時間を活用するために、脳みその発展上としてあるんです。
こういうふうにして、私は十九歳からずーっと使っています。それまでは、小さいノートだったり、あるいは表紙の分厚いノートだったり、いろいろなノートを使ってきましたが、試行錯誤の末、普通の大学ノートに落ち着いています。
ですから、どこへ行くときでも大学ノートを持ち歩いています。
表紙のところにボールペンを差しておけば、どこへでも持っていけます。どんなカバンにも入るし、これさえ一冊持っておけば非常に便利です。
竹村健一さんの「これだけあればよろしいのや」という「これだけ手帳」を、昔、テレビのコマーシャルでやっていましたが、あんな感じです。
あの「これだけ手帳」というのは、いろいろな官公庁とか研究機関の情報が掲載されている、言ってみれば便利帳みたいなものですが、私の場合はただの大学ノートです。
京大式カードより便利な大学ノート
さっきも言ったように、私はこれを十九歳のときから使い始めたわけですが、それはどうしてかといいますと、当時、梅棹忠夫さんの「知的生産の技術」という岩波新書がベストセラーになっていまして、それを私も読んだんです。
情報整理の方法をいろいろと紹介している本ですが、その中で、梅棹さんが一番強調していたのが「京大式カード」といって、いろいろな情報を一枚一枚のカードに書き留めておくんです。
そうすれば、バラバラになっていても、あとで一つにまとめられるし、持ち運びにも便利だ、と。
そういう京大式カードというものを提唱していたのです。
梅棹さんは、国立民族学博物館の初代館長を務めていました。京都大学の教授だった人で、文化人類学の大家です。
梅棹さんご自身、そうやって文化人類学上のたくさんの情報をカードに書くことによって分類していったというわけです。
ところが、実際に私もやってみましたが、とても大変ですし、不便だったんです。何が不便かというと、結局、カードがバラバラになってしまうんです。
ですから、カードを整理するのが大変で、整理しているうちにカードを投げて遊びたくなってしまう。
それに、カードを絶えず買い増しするのが面倒くさい。梅棹さんは便利だとおっしゃっていましたが、便利なように見えても、決して便利ではありませんでした。
それに何より、私は文化人類学者ではありませんし、そんな分類をする仕事でもありません。
「カードを箱に入れて整理するといい」と書いてありましたが、たとえ箱に入れたとしても、箱自体がいろいろなものでグチャッと潰れたりするし、そもそも箱を保管する場所に困ります。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「発見の手帳」
『知的生産の技術」という本は、京大式カードを一番勧めていたのですが、私は、その本の中で紹介されていたレオナルド・ダ・ヴィンチの「発見の手帳」というものを見て、「おおー!」と感動しまして、それをやってみようと思って始めたのが、十九歳の頃なのです。
レオナルド・ダ・ヴィンチといいますと、日本人はよく、「ダ・ヴィンチ」と呼んだりしますが、ヴィンチというのは彼が住んでいた村の名前なんです。
つまり、レオナルド・ダ・ヴィンチというのは、「ヴィンチ村のレオナルドさ「ん」という意味であって、彼の名前を呼ぶときには「レオナルド」と言ったほうが正しいんです。
それはともかく、そのレオナルド・ダ・ヴィンチの「発見の手帳」というのが、梅棹さんの本の中に紹介されていたんです。その「発見の手帳」とはどんなものかといいますと、レオナルド・ダ・ヴィンチは小さな紙を切って、そこに穴を開けて紐を通し、自分でノートをつくっていたというんです。
手帳といっても、白い紙を束ねただけなんですけれども、それでも、裏表に何でも書けます。
「女性の頬はこういうふうな膨らみをしているのか」とか、「人間の鼻というものは、こういう形になっているんだ」とか、「眉毛はこう描けばいいんだ」とか、「おでこの形はこういう感じで描けばいいんだ」とか、「樹木の形はこうだ」といったように、スケッチの基本になることを描きつらねていたわけです。
彼は飛行機をつくろうとしましたが、そのために、ヘンテコリンな機械をいっぱいつくっています。「鳥の羽根がこうなっているのは空気の抵抗が小さいからで、だったら、飛行機の羽根はこういうふうにするといい」とか、自分で発見したことを、全部その手帳に書いていったわけです。
それはもう膨大な量です。部屋の中がいっぱいになるくらいに書いていたそうです。
そういう「発見の手帳」のことについて、梅棹さんの「知的生産の技術』に書いてあったのですが、それとは別に、次のような話も載っていました。
「モナリザ」に見る、レオナルド・ダ・ヴィンチの観察力
皆さんもご存じのように、ルーブル美術館には、あの有名な「モナリザ」という絵があります。
あの「モナリザ」はもちろん本物ですが、ルーブル美術館には、偽物ばかり集めた部屋があって、その一室には、偽物の「モナリザ」ばかりが置いてあるそうです。その偽物は、どれもこれも驚くほどよくできていて、本物そっくりらしいんです。
しかし、本物と見比べてみたら、Aという偽物は、本物のある部分は真似てはいるんだけれど、隅から隅まで全部は真似できていない。
Bという偽物は、線とか影は真似てはいるんだけれども、色彩が真似できていない。Cは色彩の真似はできているんだけれど、バランスがちょっとよくない。
Dはバランスもいいし、色彩もいいんだけれども、何となく立体的な深みがない。Eは立体的な深みもあるんだけども、背景の描き方がイマイチだ、と。
本物と比べますと、一つか二つの要素、あるいは三つぐらいの要素は真似できているけれども、本物の持っている形とバランス、生き生きとした線と色、背景とのバランス、それから頬とか口元の描き方、目元の描き方、影の描き方までは真似できていない。
一つの要素、一つの部分は真似できていても、全部は真似できていない。
すべての要素が完璧に描かれているのが本物なのです。そこから私たちは、レオナルド・ダ・ヴィンチが「モナリザ」という一つの作品を描くために、どれだけたくさんの発見をしているか、ということを窺い知ることができるわけです。
「モナリザ」を描くための技法です。
あの一枚の絵を描くために、あらゆる人間の顔とか、目、鼻、口、耳の形状を研究したのでしょう。
そして、色・形・影・鼻の描き方、目の描き方、耳の描き方・頬の描き方、髪の毛の描き方、唇の膨らみの出し方、それから背景とのバランスのとり方、そういうふうなものをいくつも発見し、工夫しているわけです。
それが凝縮しているのが本物であり、巨匠の作品だ、ということです。
ですから、時間の使い方にしてみても、たくさんの工夫が凝らされていて、本物としてのやり方ができるんですけれども、そうでない人間は、そのうちの一部分だけしか真似できない。全部は真似できないのです。
私にも何人かの弟子がいますが、「どのお弟子さんも深見先生の要素を持っているけれど、全部は持っていない。ある部分はそれなりにできてはいるんだけれども、全部は継承できていない。
あらゆるものを備えているのが深見先生であり、深見先生との違いはそこだ」というふうなことを言われたことがあります。
言われてみれば、確かにそのとおりです。私が本物で、弟子たちは偽者だと言っているわけでもありませんし、弟子たちが劣っていることを強調したいために言っているわけでもありませんが、本物の「モナリザ」と偽物の「モナリザ」の関係は、そういうようなものなんです。
ではなぜ、レオナルド・ダ・ヴィンチは本物の素晴らしい絵を描くために、あらゆるノウハウと工夫と叡智、技術を凝縮できたのか。あの「モナリザ」のほかにも、いくつも作品がありますけれども、それら一連の代表作を描くためのノウハウや工夫、技術、叡智は、どうやって凝縮していったのか、どこにその秘密があるのかといえば、やはりそれは「発見の手帳」なんです。
「発見の手帳」によって、あらゆる発見、あらゆる工夫、あらゆる細かいことの情報と知識と工夫が集積されていった。その結果として、あの「モナリザ」という一枚の代表作になっているんだ、ということです。
注意深く見ていく目を養う「発見の手帳」
人間誰しも、ハッとひらめくことがあります。しかし、すぐに忘れてしまいます。
素晴らしいことを発見しても、数秒後には何を発見し、何を思いついたのかさえ思い出せないということがよくあります。
それを防ぐために「発見の「手帳」が必要なわけです。「発見の手帳」を絶えず持っていて、「あっ、こんな発見をした」「あっ、こんなこともあったんだ」と、何か思いつくたびに手帳に書き込んでいくと、素晴らしい発見を永遠に残すことができます。
たとえば、俳句でも短歌でも大発明でも、ふと浮かんできたときにメモしておかなければ、すぐに忘れてしまいますが、実はそういうひらめきこそが、大発見であるケースが多いんです。
ハッとひらめいて、「何だったっけ?」というようなときこそ、大発見である場合が多いはずです。
それに対して、メモをしなくてもずっと覚えているようなひらめきは、たいした発見ではありません。
ですから、すごい発見であればあるほど、すぐにメモしないと忘れてしまうことが多いんです。
そういうことで、「発見の手帳」というのは、たくさんのひらめきとか、ふと気がついたことをこまめに書き留めておくものであったわけです。
レオナルド・ダ・ヴィンチにとっても、書き留めておかないと、すぐに忘れてしまうひらめきに、大発明や大発見が多かったのでしょう。
これが「発見の手帳」の第一の効用なのですが、「発見の手帳」にはもっと大きな効用があります。
それは何かというと、発見するという習慣がつくことです。
「新しい発見はないか」「これはどういうことなんだろうか」などと、新機軸を見出す目を養うことができるわけです。
「発見の手帳」に書き留めることによって、普通の人たちが見逃してしまうような日常的な事柄でも、細やかに注意深く見ていく目が養われるのです。
そうやって、日常生活の中で、常に発見していくという自分をつくり上げていくことができますし、それこそが大事なのです。
そういうことが書いてあった「知的生産の技術」を読みまして、「それはいいなあ」と感激したのが、私が予備校に通っていた十九歳のときです。
私は異常なほど素直なものですから、すぐ実践しました。小さいノートから大きいノートまで、あらゆるノートを試しましたが、今はこの「黒ノート」に定着しています。
そして、二十五歳のときからは、神様から受けた御神示をいっぱい書き留めていきました。
それが今、「御神示録」や「神との語らい」(たちばな出版刊)という本で、会員の皆様に広く公開されているわけです。
「発見の手帳」だと俳句づくりもできる
今、この「黒ノート」はどうなっているかといいますと、別に人に見せることはないんですが、ちょっとページを開きますと、ここには、仙台へ行ったとき、船の窓から見た金華山のスケッチがあります。
金華山が海に浮かんでいる姿で、こっちの色がこういうふうな影になって、前の景色がこうで、後ろの景色がこうなっていて、波がこういうふうになっている、と。
また、色についても、「ここは濃い緑」とか「薄い緑」とかが、きちんと書いてあります。
そのとき、かもめちゃんが飛んでいて、それを見て浮かんだ俳句が書いてあります。
「かもめ追う遊覧船や春の海」(※1)
船から見た金華山のスケッチが描いてあって、同時に、浮かんだ俳句も書いて、そのときの様子までが、ちゃんとここにメモしてあるわけです。
だからといって、絵のスケッチや俳句のためのノートではありません。ノートの上で「ああでもない、こうでもない」と何回も推敲していくわけです。
ですから、紙はどんどんなくなります。でも、それがいいんです。
ノートを大切にしようと思ったら、単なるメモ用紙になって、ポイントしか書けなくなります。そうではなく、思いついたことをどんどん書くのです。
そうやって、空白の時間にいろいろ創作的な活動をすると、脳が鍛えられます。無から有を生み出す創作的な活動に空白時間を活用することで、脳がますます磨かれ、物事を見つめる目も養われます。
俳句にしても短歌にしても、浮かんだら即、書き留めないと忘れてしまいます。だから、このノートを活用して推敲するわけです。ノートはもうグチャグチャに書かれていますが、その中に、
「剣山雲より出ずる春ごころ」
「剣山けだるくものの写生せり」
「春の野に飛行機雲出る剣山」(※2)
「剣山祭りの後の風光る」
という句が書いてあって、それらを推敲して、
「風光る祭りの後の剣山」
と。これが句会で特選になりました。この「風光る祭りの後の剣山」が出てくるまでに、いくつもいくつも、剣山に関する俳句を書いては推敲して、ノートはもうグチャグチャになっています。
それでも、「やっぱりこれが一番いいな」ということで赤マルをしたわけです。黒のボールペンであれやこれやといっぱい書いて、最後に赤のボールペンで「これがいい」と。
他のところには「ペケ!」とかが書いてあります。
その次のページには、新幹線の窓から見た絵が描かれてあります。後ろに山があって、田んぼにはレンゲの花が咲いている。
こっちのほうに色の濃いレンゲがあって、あっちのほうは薄いピンク色。ここはちょっとだけまばらになっていて、ここは全然レンゲがない、と。田んぼが四面あったんですけども、その四面の一つに濃い紫色のレンゲが咲いていて、非常に美しかったんです。
俳句では、レンゲのことを「げんげ」と言って、平仮名で「げんげ」と書きます。レンゲが綺麗だなと思ったら、サッとノートを取り出してスケッチします。
いつも持ち歩いていますので、新幹線の窓から見て、「あっ、いいな。あつ、綺麗だな」と思ったら、サッと取り出して、サササッとスケッチします。
そうやってラフなスケッチをしておいて、あとからもう一回手を加えて水墨画にしたり、水彩画にしたり、あるいは、墨彩画にしたりするわけです。それから、「新緑や太陽の命あふれけり」(※3)
という俳句も書いてあります。
これは、石清水八幡に行ったときにつくった句ですが、石清水八幡の階段を下りていくときに浮かんできたんです。
ですから、どこへ行くときでもこのノート持っていますから、句が浮かんでくればすぐに書きますし、「あっ、綺麗だな」と思ったらスケッチしますし、神様からの御神示があれば、すぐに書き留めます。
スケッチをするには、画用紙やスケッチブックが要るなんて考えていたら、何も描けません。
しかし、このノート一冊があれば、スケッチブックにもなるし、俳句を推敲するためのノートにもなります。
俳句をいくつも書いて、「これがいい」というのにはマルをつけておきます。そうやって、あらゆるものに活用するから、ノートはいつもグチャグチャです。
(※1)この俳句はさらに推敲して、句会では「春の海遊覧船をかもめ追う」が佳作に選ばれています。(2)この俳句はさらに推敲して、句会では「春の野に飛行機雲や剣山」が佳作に選ばれています。
(※3)この俳句はさらに推敲して、句会では「万緑に太陽の命あふれけり」が佳作に選ばれています。
要するに、このノートはメモ用紙ではないんです。メモ用紙としてだったら、それは単なる備忘録でしかありません。忘れないようにするためのメモだったら、日程表の余白に書けばいいんです。
しかしこれは、単なる備忘録ではなく、「発見の手帳」なんです。自分が発見したことや浮かんできたことの、具体的な内容、そして、浮かんできたプロセス、それらが全部これに書かれているわけです。
一冊にまとめているから持ち運びができますし、空白時間も活用できます。そして、空白時間の知的生産に使えるのです。そのためには、綺麗に書こうなんて思わないことです。グチャグチャに書けとは言いませんが、思うまま、浮かんでくるままに書いたほうがいいんです。
さらに言うなら、紙を惜しみなく使うつもりで、次々次々とページを変えていったほうが見やすいですね。この内容はこのページからこのページまでの間にまとめるとか、そんなふうに分類しようとしてはダメです。
そんなことをすると、分類するだけで疲れてしまいますから、片っ端から書いていって、あとでマル印をつけるとか、緑の線を引くとか、分かりやすいようにまとめればいいんです。
このページにも俳句が書いてあります。
「車窓より足投げて見るげんげの田」
この「足投げて」を推敲して、
「足投げて車窓より見るげんげの田」
「げんげ」というのは春の季語です。それで、これはマルということで印をつけているわけです。
「山すその家の田畑やげんげ咲く」
という句などいろいろつくりましたが、「やっぱりよくないな」ということで、ベケしています。あちこち線を引っ張ったりしながら、オッケーと思うまで推敲し、これはいいと思える句には赤でマル印をつけて、あとで分かるようにしてあるわけです。
しかも、そのために三ページでも四ページでも、ふんだんに、思いきり贅沢にページを使うのです。
レオナルド・ダ・ヴィンチもそうやって、小さい真っ白な紙に穴を開け、紐で通して「発見の手帳」をつくり、片っ端から描いていったらしいです。
発見したもの、ひらめいたもの、思いついたものを片っ端から書くために、いつも「発見の手帳」を手に持っていた、と。
そして、景色を見たり、他人の顔を見たりして、何かハッとひらめいたものがあったら、すぐさま書いていった。
だからこそ、レオナルド・ダ・ヴィンチという天才があれだけのことをやり遂げて、創作活動が結実していったわけです。
それを知って、「すごいなあ」と感激したのが十九歳のときです。それ以来、ずっとノートを書き続けています。毎日とても忙しいんですが、空白の時間があったら、ノートに書くようにしています。
このページには、
「弥勒菩薩焦るなかれと申すは周到なる……」
「天地を動かす器量を持ちながら、動かぬわけは……」
という石清水八幡の弥勒菩薩のお告げが書いてあるかと思えば、
「猿田彦雨の定めの時まして心結ばるる今日の朝凪」
という短歌が書いてある。
そうやって、どこへ行くときにもノートを持ち歩き、何かあったらすぐに書き留めるようにしています。
その中には俳句があり、短歌があり、御神示があり、大マゼラン星雲がどうのこうの、シバの女王がどうのこうの、ということまで、すべてこのノートに書いてあります。
ここには、皆さんがあまりご存じない世界があるわけです。「シバの女王の御本体は」とか、いっぱい書いあります。
そして、何かあったら、ワープロを打つなり清書するなりして、皆さんに発表するわけです。
