第四章 世界本山とはなにか
世界本山となるために
また横道にそれますが、「神仙界に行くには」というところから離れましたけれど。
いま現在、二千人を超える救霊師の発願者がいます。
その人たちのために今日は、「救霊の守護霊様である役小角、行基、空海、あるいは、ときどき守ってくれる最澄とはどんな人なのか」ということについてお話しいたしました。何か資料を見るわけでもなく、覚えていることだけを思いつくままに語ってみましたが、だいたいのイメージはつかめたのではないかと思います。
役小角、行基菩薩の生き方の素晴らしさ、空海の驚くばかりの天才ぶり、さらには最澄の清純さ、至純さといったことが理解できたのではないかと思いますが、これらの素晴らしい諸聖賢を通して初めて、胎蔵界、金剛界、神仙界の神様、仏様をお取り次ぎできるわけです。
日本の歴史上、これ以上の人はいません。世界の歴史にもいないでしょう。これ以上の守護霊は考えられません。ですから、年齢が若くても、経験が足りなくても、「先天の法」で、我力ではなく、己をなくし真心をもってすれば、必ずお取り次ぎができます。
この守護霊さんたちが立派だから、この守護霊さんが神仏をお運びくださるから、お取り次ぎができるわけです。何十年という長い間、行者として修業を重ねてきた人にもできない、霊を救済することがすらすらとできるようになる。生ける実在の神様、仏様を、世に現すことができます。お取り次ぎができます。
救霊師になるには、その前に霊力テストがあります。そのときには実際に守護霊を呼んで、役小角さんが体に降りてきたときにはこんな感じ、行基のときにはこんな感じ、空海のときにはこんな感じ、最澄が来たらこんな感じと、理屈ではなく、体で感じていただく。私がきちんと指導します。
そのように、霊力テストでは、役小角、行基、空海、最澄といった素晴らしい方々をお呼びするのですが、お呼びすればすぐに降りてくる、ということがどういうことなのか。これを皆さんに考えていただきたい。
ある教団では御神示があって、世界本山として国際会議場を建設しております。
国際会議場は京都に行けば京都国際会議場という立派なものがあるし、東京にだっていくらでもありますから、一宗教団体が国際会議場をつくったところで意味がないです。その世界本山をつくるというのは、国際会議場をつくることではないのです。
植松先生がおっしゃった。
「世界本山っていうのは人間なのよ、会議場じゃないのよ。人間が世界本山なの。深見さん、あなたが世界本山なのよ」
「え?私、世界本山ですか。私が世界本山なんですか」
「そうよ。あなたが世界本山よ。あらゆる宗派の宗祖、あらゆる芸術家、科学者………… あらゆる宗教、芸術、学問、科学、スポーツ、何でもその道の基をつくった偉大なる聖者がみんな、あなたのところに来るんですよ」
「へえ?どうやって来るんですか」
「それはあなたが考えること。自分で考えてやりなさい」
植松先生がおっしゃるには、そういう人間が本当の世界本山なのだ、ということなのですけれど、私があらゆることを勉強している理由の一つがそこにあります。絵でも書でも音楽でも舞台でも、科学のほうはそれほど専門ではありませんけれども、パスツールであろうとアインシュタインであろうと、呼ぼうと思えばいつでも呼べます。しかし問題は、呼んでどうするのかです。
※世界本山(神業用語事典より)
神の降臨される斎庭を、植松愛子先生は「とおりてん」とおっしゃっています。「とおりてん」とは文字通り、あらゆる神仏が上がり降りされ、お出ましになる「通り点」であり、仏説の「忉利天」のことです。
だからこそ、の降りる斎庭には、歴史にあらわれてきたあらゆる神様仏様が降りてこられます。そして、それを自在に活用できる生きた人間を「世界本山」と申し上げます。決して国際会議場のことではないのです。
植松先生は、深見東州先生こそが「世界本山である」と明言されています。すなわち、神法を体得し、あらゆる実在の神を掌握し、あらゆる場面で神を行じることができる、生ける「神人合一の人」のひな形となって、やがて来る時代のあり方を示す人物という密意であります。
それだけでなく、深見先生は、たとえばキリスト教の人に対しては、イエスやキリスト教の神々と一体となって普遍的なる真理を説かれます。イスラム教の人に対しては、マホメットやイスラム教の神々と一体となって足りない一厘を教えて下さいます。儒教を学ぶ人に対しては、孔子やその師の項先峰らと一体となって儒教の真髄を語り、老荘思想の人に対しては、老子荘子と一体となって道を説かれます。
このように、それぞれの宗派の人の足りない一厘を、宗祖の霊と一体となって教えて下さいます。ゆえに、「世界本山」なのです。
また、真の「世界本山」とは宗教に限らず、芸術、学問、経済、政治、教育、福祉などのあらゆる分野に精通して、その一厘をことごとく体得し、それを人に示すことができる万能の神人でもあります。
広大で広範な宗教的知識をお持ちであると同時に、あらゆる教えの一厘のポイントが瞬時にわかってしまわれるのは、世界のあらゆる宗教の元や芸術、学問、社会事象の全てをひらいたご神霊と、瞬時に一つになっているからであり、だからこそ、あらゆる宗教やあらゆる分野の人に対して、どんなことでも明快な答を具体的に示すことができるのです。それが世界本山の働きであり、深見東州先生のお役割のひとつなのです。
作曲はモーツァルトやベートーヴェンと一緒に
私は演奏もするし作曲もします。もちろん、そのための勉強もしました。もうちょっと勉強すれば、いくらでもできると思います。
ただし、作曲というのは消耗するばかりなのです。出費ばかりがかさんで収入がまったくありませんし、作曲するごとに大変なエネルギーを消耗します。
いつだったか、私のラジオ番組に漫画家の楳図かずおさんがゲストで来られたことがあります。私、楳図さんの漫画が好きで、そのときにうかがった話では、あの方、吉祥寺の井の頭公園をよく散歩するというか、うろうろうろうろ歩いているらしい。
なぜかというと、そういうときにイメージが浮かんでくるからなのだそうで、「半魚人」とか、あるいは「まことちゃん」なんていうのも、うろうろ歩いているときに浮かんできたそうです。
彼がゲスト出演されたころの私は、ちょうど、細かくメロディー譜を書いて作曲する勉強を始めかけていたときでした。私の音楽理論の先生は作曲家ですから、一つずつ細かく勉強するわけです。
そのときに楳図かずおさんがゲストとして来られたのですが、彼はバンドを組んでいて、これはこのコードで、これはこういうリズムで、とやっていたときには音楽がどんどんどんどんできたそうです。
だけど、自分の気に入るようにきちんと細かいところまで譜面に書こうと思って、一年間かけて書いたとおっしゃるのです。まあ、一年もかければ誰でも書けるようになります。
ところが、一年かけて書くようになったらどうなったかというと、一年に一曲しか作曲できなくなってしまったと言うのです。一年に一曲。いったんそのやり方を覚えたら、もう元へ戻れなくなって、昔はたくさん曲ができたのに、いまは一年に一曲できるかできなくなってしまった。
それを考えたら昔のやり方のほうがずっといい。ということで、自分で書くのをやめたんですって。
その話を聞いたとき、心臓にバズーカ砲でも撃ち込まれたような衝撃がドキーンときました。これは神の声だと。それで、私も譜面に書くのをやめたのです。どんなに作曲しても、ものすごく時間を使うわりに消耗ばっかりでね。
別にお金のためにやっているわけではないのですが、音楽というのはそれだけ贅沢な時間で、ほかにやらなければならないことが山ほどあるわけだから、これは神のお告げだ、譜面を書くのはもうやめようと思ったわけです。
ですから、いまはピアノを弾いて、それを専門家にアレンジしてもらっています。
自分で弾いたものを、これこれ、こんな曲だと伝えてアレンジしてもらい、またそれを私が修正して。
そうしましたら、どんどん作曲ができるようになりました。譜面を書こうと思えば書けますけれども、そうすると気になって気になって、一年に一曲しかできないのです。
初期のころの私のピアノ作品集は、一つずつ自分でピアノを弾いていってメロディー譜に書き、それを修正していって作曲したもので、実に細かくつくってあります。
しかし、神事がたくさんあり、多忙を極めているいま、そんなことはしていられません。もし、楳図かずおさんにお会いしていなかったならば、一年に一曲か二曲しかつくれない作曲家になっていたと思います。
いまはもう、星降るごとく、できあがった完成した曲が浮かんできます。モーツァルトでもベートーヴェンでもロッシーニでも、世界本山ですから誰でも呼べるのです。最近来たのはメンデルスゾーンですけれど、いくらでも呼べるし、いくらでも作曲できます。
はい、これロッシーニ風。はい、これはチャイコフスキー風。はい、これはモーツァルト風。はい、これはベートーヴェン風と、その気になってちょっと勉強するといくらでもできるのです。はい、いまからロッシーニ風の曲を作曲しますなんて言って、その場でつくり、弾くことができます。もうちょっとピアノの技術が上がってくると、もっと緻密にできますが、神様は、そこまでやることないとおっしゃる。
どんなにいい曲をつくっても、作曲家といってもやっぱり大したことない。ヴァイオリンもやればある程度弾けますし、オーケストラの指揮もできますけれど、やっぱりオペラとなってくると全然違います。
オペラでは、歌手が一番なのです。そのオペラに専念して、歌手としての声を極めなさいということで、作曲の道に進むのを神様がよしとなさらないのです。でも、その気になれば、ロッシーニでもメンデルスゾーンでもチャイコフスキーでも、いくらでも呼ぶことができます。
チャイコフスキーが出たときにはびっくりしました。ピアノを弾いていたら出てきたのが、髭面のおじいちゃんだったものですから、何じゃ、これはと思いまして。
髭面のチャイコフスキーさん、いちいちうるさいことを言うのです。冬神業のときに一生懸命ピアノ弾いていたら出てきて、「違う、違う、違う、違う。ここはこうなって、こうなって」
「チャイコフスキーさん。あなたは作曲家としてピアノばっかり弾いていたんでしょうが、私は仕事が忙しいから音楽ばっかりやっているわけにはいかないんです。絵も描かなければいけないし、歌も歌わなきゃいけないし、能もしなければいけないし、文章も書かなければいけないし、会社経営もやらなければいけないし、人も育てなければいけないんですよ。あなた、曲をつくるだけだったでしょう。あなたが言うみたいに指、動きませんよ。少しは動くけども」
「ああ、そうか。でも、ここは違うよ……」
「たしかに間違っているかもしれないけれど、あなたの理想どおりにはいきませんよ。あなたは天から来るものを受け、曲をつくって世の中に出しただけでしょう。それが神業に、そして世の中にどれほどの影響があるというのですか。チャイコフスキーさんはピアノが弾けるから、いろいろと曲をつくられましたけれど、私はピアノだけに生きているわけではないんです。神業に生きているんです。
私だって、曲の和声学を勉強すればもっとできるんだけども、そこまでやって一曲二曲つくっても、それがどれだけ神業に、世の中に影響力がありますか。だから、私の技術レベルに合わせて、やさしく教えてください」
と、チャイコフスキーに文句を言いました。
チャイコフスキーも、「うーん」と言っておりましたが、あの「ローハイド」で出てくるウィッシュボーンみたいな顔をしていました。私の年代の人しかわからないでしょうね(笑)。
「ローハイド」というテレビドラマ、アメリカの西部劇にウィッシュボーンというコックさんが出ていましたが、あのウィッシュボーンによく似ていました、チャイコフスキーは。いい顔していました。清々しい顔でした。一生懸命に曲をつくっているときに、応援に来てくれるのはありがたいのですが、いちいち文句を言うのです。
「いや、右手が違う。左手がどうだ」
「あなたのようにはできないんだって。あなたの言うレベルに達するには、まだ何年も練習しなきゃいけないんだから、いまの私の技術に合わせて教えてくれ。それより、アレンジする人間のところに神懸かったほうがいいんじゃないか」
「うん、わかった」
メンデルスゾーンも来ました。メンデルスゾーンはものすごくかわいい顔をしておりましたけれど、メンデルスゾーンが来たときには初めから言っておきましたので、あまり細かいことは言いませんでした。だいたいこんなふうに曲をつくったらいいんじゃないの、ということでした。そして、手ほどきを受けながら自分なりに作曲をしました。
実をいいますと、私はメンデルスゾーンの曲はあまりよく知りません。ロッシー二も、代表的な曲しか知りません。ところが、アレンジしてくれる人に私がつくった曲を聴いてもらったところ、よく似ていると言うんです。
私どものスタッフに、国立音大の作曲科を出た子がいますが、その子と、私の曲編曲をしてくれる音大の先生に聴いてもらったら、「あれ、これ、ロッシーニに似てるね」と言うんでよ。
「ロッシーニ、こんなの使うの?」と、私が聞き返すと、「このフレージングのここ、これはロッシーニがよく使うフレージングなんですよ」
「へえ、そうなの。全然知らなかった」
「それから、この曲もメンデルスゾーンによく似ている。このフレージング、メンデルスゾーンが協奏曲でよく使っているんです」
やはり、専門家が聴いたらわかるわけです。
「これ、ロッシーニ。本当にこれ、ロッシーニですよ、先生。こっちの曲は、本当メンデルスゾーンがやってますよ」
私の技術を通してしか出てこられないので、平坦な曲になってしまいますが、そこまでやろうと思えば、いくらでもできます。
しかし、それがご神業に、そして世の中にどれだけ活きるのか、疑問です。曲をつくっても、やっぱりマイナーなジャンルですから、クラシックもポップスも。
そういうことで、神事の曲はそうやって私がピアノを弾きながらつくっているのですが、曲想が浮かんできたときは、テープレコーダーにどんどん録っておくことにしています。
「アマデウス」という映画がありました。あの中で、亡くなるころのモーツァルトが「レクイエム」を、こんなんだと言いながら、こういうふうにと口ずさみながら、隣にいるサリエリが譜面に書き留めていました。
あのシーンが浮かんできまして、曲想がひらめいたときには、すぐさまテープレコーダーに入れます。これがピアノで、これが伴奏で、これがテンポで、ここにレガートの曲がこう流れてきて、そのとき太鼓はこういう感じでと。そうやれば連続十曲ぐらいつくれます。それもこれも、世界本山だから、そういうことができるわけです。
しかし、何もないところには、そういう芸術家たちの霊も出てきません。努力精進し、徳を積み、神様のご褒美で来られる。
正神界の約束事があるから降りてくるのでありまして、わけもなく降りてくるわけではないのです。ある程度勉強し、ある程度研究し、人としての努力を一生懸命に誠をもってやったときに出てくるのです。
みろくの世を実現する御魂返しの法
急にまた話が横道にそれちゃって。
世界本山だからこそ降りてこられるのです。降りてきてくれるから真髄がわかるのです。だから、宗教家であろうと、音楽家であろうと、美術家であろうと、科学者であろうと、一流の人が私のところに来たとき、その人が一番求めているものをバシッと出せる。
「あなたが求めてきたのはこれでしょう」と。
これを「御魂返しの法」といいまして、宗教、芸術、科学、もちろんスポーツでもそうですが、その分野で道を追求して、ぎりぎりに行き詰まっている人に一厘を持たせてあげる。
わからない、わからないと悩み続けてきた人に、「あなたの悩みの答えはこれでしょう」と教えてあげる。その結果、その人が神人合一に近い人になって、自分の分野で目いっぱいの活躍をする。
そうやって、美術でも、音楽でも、学術でも、スポーツでも、科学でも、政治でも、経済でも、福祉でも、その人がその分野をよくしていき、あらゆる分野が素晴らしくなっていく。そのために、一厘を授けてあげるのが「御魂返しの法」。
世界本山はそのためにあるのです。
自分自身が表現して、「俺はこんなにすごいんだ」と胸を張るより、その道を求め追求してきた人に一厘を渡したほうが早い。仕組が早く進みます。もちろん、私も九分九厘まで勉強しております。そうでなければ一厘を渡せませんから。
最終的には世界の頭脳が筑波に結集します。その世界の頭脳に一厘を与えてあげる。
しかし、「そのもっと上をいく、超能力の超々能力のさらに上をいって一厘を与えてあげるのは、あなたの役割ですよ」と、三十年前に植松先生から言われました。
「そうです」
植松先生に、というよりも、神様がそうおっしゃっているのです。
「それが、私に対する神様の思し召しなんですか」
「そんなことが私にできるんですかね」
「できるもできないも、神様がそうさせてくださるから、あなたが神様に聞いてやってちょうだいよ。勝手に」
「勝手にやってちょうだいよって、できるんですかね」
「できないものは神様、やれと言わないでしょう。私は神様から言われていることをあなたに伝えるだけなんだから。それ以降はあなたの責任だから、あなたがやってちょうだいよ」
と、ポーンとその責任を投げられまして、以来、三十年やっております。
やがて政治が行き詰まり、経済が行き詰まるときがやってくるかもしれません。
そのときに、政治、経済はむろんのこと、宗教、音楽、美術、あらゆる分野の第一線で研究してきた、それなりの神定めの指導者の一番足りないところを、「ここがポイントですよ。あなたはここが足りませんよ。それさえわきまえれば絶対にできますよ」と指摘する。それによって御魂が返った人が、それなりに神人合一して、世の中をよくしていく、人類をよくしていく。
そのように、先の先までやらなければならない仕事がたくさんあります。
この「御魂返しの法」というのは、御魂返しを専門にする神様が、神霊界の歴史始まって以来初めて、私のところに降りてこられてできるようになったのです。
とはいえ、私自身、九分九厘まで勉強すると同時に実践しなければわかりませんし、一厘を足すこともできません。ですから、オペラ、作曲、能、書、絵画、あるいは社会福祉といった、これだけたくさんのことをやっているわけです。
深見先生がいろいろ趣味でやっているのを、私たちが切符を買わされている、なんてバカなことを言う人がときどきいますが、ご神業でこれだけ忙しいのに、そんな趣味や酔狂で、ここまで命を懸けてものごとを研鑽しません。
三十年前に神様がそうおっしゃった。植松先生を通しておっしゃった。それが私の使命の一つです。すべてではありませんけれど、世界本山の使命です。
世界本山は人間なんだ。あなただ。あなたのところには、あらゆるものが降りてくるんだ、と言われました。植松先生のところには、あらゆる神様が降りてこられますけれども、それを継承する私のところにも、あらゆる神が降りてきます。あるいはまた、私の役割に応じてあらゆる霊も降りてきます。霊といっても、変な霊ではありません(笑)。
聖人、賢者、芸術家、天才、あらゆる霊が、私の陽の神様、皇大神様の斎庭これを「忉利天」と言いますが――を通してやってこられる。
霊が降りてくる人はたくさんいます。しかし、降りてきても、ただ通っていくだけだったら意味がありません。私の場合、それなりにあらゆる分野の真髄を会得しているので、滞留していただけます。
だから、いついかなるときであっても天上界の高級霊、あるいは神上がりした方たちをお呼びし、この現実界に動いていただけるような采配とコントロールが可能なのです。
天にあっては、弥勒菩薩が天人の育成をされますけれども、地にあっては、こうやって私がいろんなお弟子をとって育てております。
しかし、もっともっと活動範囲が広くなったら、先ほども言いましたように、世界の政治、経済、学問、宗教、科学、スポーツ、あらゆる分野で行き詰まっている人、あるいは素質を持っている人に一厘を足してあげて、その人が世界をよくしていく。
一人で頑張ったところで世界をよくできません。やはり、世界の一流の人に神人合してもらわなければならないわけです。そのための一厘が降りている仕組だからこそできるのであって、その役割を果たすために、寸暇を惜しんで常に勉強しているわけです。
自分自身がどれだけできるのかは、二の次三の次の問題。そういう世界のトッブの人たちが来たとき、正しく、ちゃんと神のお取り次ぎができるようにするために学んでいるのです。そういう方が来たときに、ビシッとお取り次ぎをし、神様のものをその人に渡してあげるために、私は勉強しているのです。これが、私がいろんなものを学び、修得している本当の理由です。
いわば上半身が人間で下半身が馬の、あのギリシャ神話に出てくるケイロンのようです。宗教、学問、医学、天文、あらゆる分野に秀でて何でもできて、それをまた育成係として、王子や医者や音楽家や設計士を育て上げたケイロンのような役割です。
神人合一の道が降ろされ、神人合一に進むのですが、神様の仕組の中にある世界本山というのはそういうものなんだと。国際会議場ではないんだと。私の中ではいつも国際会議をやっていますけれども。いろいろな高級霊と話し合っております。
※御魂返し(Toshu Fukami・メールマガジン 1600より)
御魂を飛躍的に向上させる、神人合一の神法の一つ。深見先生が「御魂返しの神様」と合一されて、はじめて出来る非常に高度な神法です。
また、深見先生の「問答シリーズ」(たちばな出版/CD)では、神人一体となった深見先生の当意即妙の言霊によって、参加者の観念や悟りの行き詰まりが打ち破られ、霊層が数段~数十段アップすることが示されています。
そして、世界本山としての「御魂返し」とは、やがて、集まってくる世界の頭脳と言われる人に、足りない一厘をさずけ、その人なりに神人合させることであり、その人達がみろくの世を作る世界的な礎となるのです。
五十五歳から始まる宗教家としての活動
この五十五歳から、そういう宗教者としての自分の働きが、ぼちぼち世の中に出ていきます。あの空海でも五十歳のころ、あのように嘆いているのですから、皆さん一人ずつがこの真実の教えと真実の道と、人類愛に基づく正しい神業の進め方をきちんと理解して、少しでも仕組が前進するように努力していただきたい。
やはり、神業は正しく進めなくてはなりません。正神界には正神界の進め方がありますので、権謀術数ではなく愛と真心、誠をもって進めていかなければなりません。
政治力とか財力よりも、言向け和し、人の心を開いていく。これが正神界のやり方です。正神界のやり方でなかったら、たとえ進んでも、元へ引っ掛け戻されてしまいます。
「五十五歳から宗教人としての活動が待っているから、それまでは、焦って、宗教、宗教と、宗教人の立場でものを言うことはない。それまでは、お前は歌を歌い、能を舞い、絵を描き、書を書き、ギャグを言って、基礎力をしっかり養いなさい」以前から、神様はこのようにおっしゃってました。
しかし、いよいよ、もうあと三ヶ月で五十五歳になるわけでして、今年は天下無双の深見東州になります。
去年の暮れの二十九日、伊雑宮参拝の際に神様から、「ワールドメイトは天下無敵のワールドメイト。お前は天下無双の深見東州。天下無双といっても、剣術使いではない。慈悲と仁が無限、慈仁無限の人になって、本当に慈悲が無限に広がる人間でなければいけない」と言われました。
今日までずっと進んできたご神業は、慈悲の一環の人類愛に基づくもので、やはり日本だけでなく、日本の国を通して中国、アメリカ、そして世界に弘がっていかなければいけない。人類愛に基づいて世界に弘がっていかなければいけない、ということが出てきた。北極免因超修法もそのように進化しているわけです。
私自身もまた進化して、今年は天下無双の深見東州になりますし、天下無敵のワールドメイトになります。
無敵といっても、別に敵は最初からいないのですけれど。逆にいえば、向かうところすべてが敵かもしれませんが、私は今年、天下無双の深見東州、慈仁無限の人になります。慈仁無限。慈悲と仁が無限に広がる。そういう人になれと、伊雑宮の神様がおっしゃったのです。
五十五歳から宗教人となるべく、この三十年間、宗教のすそ野になるものをずっと勉強してきました。勉強は永遠に続くのですが、世界本山としての役割を果たさなければいけない。そのためにやっているのです。
神人合一の一つのひな形としてあらねばならないから、やっているのです。それが同時に、自分の御魂の修養でもあるわけです。みんなの励みやモチベーションとなり、魂に息吹を与えていく役割もあります。
天啓によってつくられたワールドメイト
「神仙界に行くのには」という話から、こういう話になって、横道にそれっ放しですけれど、浮かんでくるものがあるので、それを出し終えないといいご神業になりません。
ということで、話を最初に戻しますと、神仙界に行くには板挟みになるのが、まず一番。
第二番目は、産土神社の宮司さんや、弘法大師さんの話をしましたけれども、そこからまた救霊師の皆さんのために、いろんな話が出ましたけども、要するに発願をし、かくあらしめたまえという姿勢で神様に向かっていくときに、その誠が神に通ったら、神様のほうから神仙界に連れていってくれるわけです。
純粋な真心を持って、神様や国やみんなのためにと思って発願をし、日を切って祈り向かえば、神様が神仙界へ連れていってくださるのです。前述したように、私は二十三歳のときに守護霊団の顔を見ました。そして、守護霊の予言どおりに、二十五歳で植松先生にお会いしたことで大きく変わりました。
そのように、天啓と天啓によって恵果阿闍梨と空海のように結びつけられたのが植松先生と私であって、ワールドメイトもまた、天啓によってつくられたものであって、人間が勝手につくったわけではありません。
天啓によって導かれ、天啓によって出会いがあり、天啓によってつくられ、神様がちゃんと仕組まれていた。
要するに、すべては神様のお仕組によるものであって、この時代を代表する、この時代を支えていくご神業であり、組織であるということなのです。ですから、それに基づくところの発願であるならば、切に神様に祈れば、必ずや神仙界を垣間見たり、夢で知らされたり、背後霊に導かれます。
話の締めくくりはここにこなければいけませんね。神仙界に行く二番目の方法がこれです。
三番目の方法を本当はお話ししたかったのですが、皆さんもう、聞き疲れたようですから、ここで話を一区切りして、しばらく休憩してから三番目の話をいたしましょう。ちょっと小休止してから三番目の話をいたします。
それでは、しばらく休憩いたします。
