大創運(Vol.3)

才能は前世の修業の成果

たとえば、あなたがこれから大学を受験しようとしている高校生だとする。受験科目の中でも、何となく好きで気が向くという課目があるはずだ。

また進路の選択の段階でも「自分はどうも文化系は苦手だ。小さい頃から夜空の星を眺めたりするのが好きだったし、天文物理学というのはどうやら、星とか宇宙の分野を研究する学問らしい。とりあえず理科系にしておこう」という程度で決めることもあるだろう。

この何となくとかとりあえずというあたりが、実は、あなたの人生にとって非常に重要な意味をもつところである。あなたがこのような気持ちになるというのは、単なる偶然ではない。そしてまた、あなたの気まぐれでもないのだ。

お父さんは、さる大手金融会社に勤務しているが、未だに係長どまりで、パッとしない。まじめで家庭では良い父親だが、このまじめさと融通のきかない性格がわざわいしてか、これ以上の出世は望めそうにない。

父親は自分のことに関してはすっかりあきらめたらしく、自分の夢を息子に託している。あらんかぎりのコネを使ってでも、何とか流会社に入れて、末は経済界の大物にしようと思っているらしい。それには○○大学の経済学部にぜひ入学するようにと普段から口うるさく言われている。

かくも親の欲目とは、ありがたくも、そら怖ろしくもあり、また見当はずれだったりするものなのだ。

ところが、サラリーマン、ましてや金融関係の仕事などには向いていないということは、本人のあなたが一番よく知っている。いや、知っているというより、そもそもサラリーマンになどなりたくないのだ。

そのことを「どうしてなのか」と聞かれても、あなたには答えられない。「いやなものはいやだ」としか言えないのである。あるいは「お父さんみたいに宮仕えするのはいやだ」と思っているのかも知れない。

もちろん、このコースに決めるまでに、高校の成績データや、先生のアドバイスなどを十分に考慮したことだろうが、最終的には、この「なんとなく」とか「とりあえず」というあなたの気持ちが決め手になったのだ。

このあなたの気持ち、「理論や理屈で割り切れない部分」が、実はあなたの前世の意識なのである。

では前世とはいったい何かということになるが、私たち人間は必ず死ぬことになっている。長生きする人、そうでない人の違いはあるが、どちらにしろ、生あるものは死んで霊界に行く運命だ。

霊界に行ったら行きっぱなしかというとそうではなく、何百年か霊界での修業をし、必要に応じて、また再びこの世に生まれ変わってくるのである。この霊界のメカニズムについては後の章でくわしく説明する。

この地球上に生物というものが発生してから、あなたが、この輪廻転生を何度繰り返してきたのか、あなた自身にはわからない。ただ現世のあなたと、前世のあなたは同一人物というわけでないことだけは確かである。

では現世のあなたと前世のあなたを結びつけるものは何か。それは前世の魂、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)が現世のあなたの脳裏、潜在意識に記録されているということなのである。科学的にいえば、たとえば遺伝子の中に素質が組み込まれて次の世代に伝えられていくようなものだ。

あなたはもしかしたら、高名な占星術師だったのかも知れないし、さほど有名にはなれなかったが、星が大好きで手作りの望遠鏡で夜空を眺め、研究することを楽しみにしていたロマンチックな人間だったかもしれない。

女極道だったために長年地獄界で苦しみ、もうこりごりだと思って生まれてきたので、特に異性には真面目すぎてもてない、ということもありうる。

どちらにしても、前世で、あなたが研究し、知った分野の才能が今のあなたに備わっていて、その兆しが、何となく科学が好きだ、なんとなく女がこわい、という現象として現れているのだ。

だから、このことを自分の授かった素質、才能だと信じて、進路を決め、勉強していけばあなたの前途洋々である。異性でつまずくこともない。

また一方、受験生の中には、「未だに何が自分に向いているのかわからない」「何を目標にコースを選べばいいのかわからない」という人がいる。

このような人は、とりあえず、あまり努力しなくても、良い成績が取れる課目の点数を一点でも二点でも多く取れるように努力することである。そうしているうちにおのずから自分の進むべき道が見えてくるであろう。それでも、ぜんぜん見えてこない場合はどうするか。

とりあえずの目標を設定して、必死で守護霊に祈りながら頑張ることだ。そうすれば、その目標がいいか悪いか、もしくはどうあればいいかが自然に判明してくる。守護霊がご発動されるからである。詳しくは、拙著「強運」(たちばな出版刊)を参照されたい。本書では、後述で補足させていただくことにする。

親のレールに乗った男

日々の生活をかえりみるに、「いつもいつも順調」「精神状態も最高」「めぐりも良い」などという人はまずいないはずだ。

照る日はもちろんあるだろう。しかし、曇る日、暴風雨の日もまた必ずやって来る。そんなマイナスの状態に落ち込んだ時、いわばドツボにはまったような状態の時に、いかに素早くマイナスの気持ちを良い方へ立て直し、望み得る最高のコンディションに持って行くかが問題で、このやり方が上手な人と下手な人との差は、私の知る限りかなり大きい。前述したとおりである。

ここにまったく違うタイプの二人の男がいる。昭和三十七、八年頃の日本は、経済の第二次高度成長期で、モーレツ・サラリーマンが活躍していた時代だ。当時二人は東京のある有名進学高校に通学していた。

同級生ではあったが、顔を合わせればあいさつをする程度で、さほど親しいというほどではない。二人とも医者の息子という生活環境が似ている。

しかし、一方の父親は大学病院の医師。片方の父親は、当初町医者をしていて、名医だという評判も得ていたらしいが、患者から診察料金を取るのが苦手というやさしい性格がわざわいしてか、だんだんに経営があやしくなり、とうとうその医院をつぶしてしまった。そして今は、ある生命保険会社の嘱託医になっている。

かりに大学病院の息子の方をAとし、もう一人の方をBとしよう。

Aは定期試験では絶えず十番以内に入る秀才だった。かなりの努力家で、予習復習はきちんとやるし、運動はあまり得意でないにもかかわらず、サッカー部に入って、朝六一時からの練習もさほったことがなかった。

宿題の答えなどもノートにギッシリ書き込まれてあり、彼のお世話になったずほらな同級生も多かった。

Aの母親も東北地方の大病院の娘ということで、お嬢さん気質の抜けない鼻っ柱の強い人だった。そしてかなりの教育ママであるが、Aはこの母親の言うことをよくきいた。

一年生の二学期になった頃、ふとしたきっかけでAはクラスのある女の子を好きになった。それまでにも心ひかれた異性の一人や二人はいることはいたが、深い付き合いをするには到らなかった。

ところが、今度ばかりは、たちの悪い熱病のように彼女のおもかげが彼の心を焦がし、勉強が手につかなくなったのである。

そしてとうとう、学校からの帰途、彼女を待ちぶせし、気持ちを打ちあけ、何とか友達として付き合ってもらう約束を取りつけたのだ。もう彼は有頂天の極みだった。通学下校の時にはもちろん、休み時間もその女の子に付きまとった。

女の子は多少迷惑顔だったが、男の子にもてることで、悪い気がするわけがない。それに、Aが友達以上の関係、つまり不埒(ふらち)なことを彼女に迫るということもなく、読んだ本の感想を話したり、宿題を一緒にやったりという、まあまあ清潔な交際だったか彼女も安心していた。

そんなある日のこと、Aの母親から彼女の家に抗議の電話があったのだ。なんと、彼女がAを誘惑しているというのである。二人のことを見ていて、この程度の交際ならと楽観していた彼女の母親はびっくり仰天したあとに、今度は怒り出した。

「なんて失礼な言われかたでしょう。話に聞けばもともとは、そちらの息子さんの方がしかけてきたことではありませんか」「いいえ、お宅のお嬢さんが誘うのでしかたなく行っているようですよ」などという押し問答のあげく、大げんかになってしまったのだ。

娘の母親も、一流企業のサラリーマンの女房で、プライドが高いという点ではAの母親にひけを取らない。

電話のあと、若い二人が双方の母親や父親からどのような叱られ方をしたかは想像におまかせする。

あくる日の朝、学校にやってきたAはツルツルの坊主頭だった。父親に言われて改悛の気持ちを示すためだという。そしてニタニタ笑いながら彼女に言った。

「君と付き合うようになってから成績が下がって、両親が心配している。だからあんな電話をしたんだと思うよ。当分、話をしたり会ったりするのをやめるように言われた」彼女の方は昨日の電話の件に重ねて、目の前のAの情けない態度やまるで似合わない坊主頭にすっかり白けてしまって「いいわよ」とあっさり答えた。

もともと彼女の方が積極的だったわけではない。受験勉強が大変なのは最初からわかっていることだ。

「親に注意されたくらいであっさりあきらめるくらいなら、初めからしつこく寄って来るな」と、腹を立てたが、もともとさっぱりした性格なので、この一件はすぐに忘れてしまい、勉強に、テニスにと楽しい高校生活を過ごしていた。

こののち、Aは両親の言いつけどおりよく勉強して、有名国立大学に入り、卒業後は、その頃、超エリートしか入れなかった某大手鉄鋼会社に入社。親の描いたレールの上の出世街道を着々と歩いて行くかのように見えた。

逆境にもあわてず騒がず

一方、Bの方は一見してチャランポランなタイプ。勉強の方も適当で、成績は中の下といったところ。クラブ活動はダンス研究部に入ったり、アメリカンフットボール部に入ったり一貫性のないことおびただしい。

休み時間はいつも大勢の友人に囲まれてワイワイガヤガヤ。話題といえばやれ今度の日曜日にハイキングに行こうとか、やれプレスリーの映画を見に行こうとか、遊ぶことばかりであった。

Aの件でもおわかりになったことだろうが、そもそもこの学校に息子や娘を入れようという親の最終目的は大学なので、当然Bの親も焦るわけだが、Bはいっこうに気にする様子もない。根っからマイペースなのである。

そんな日々を過ごしていた二年生の体育祭の時、応援団で一緒になった女の子に恋をした。それが偶然と言おうか、くだんのAの彼女だったのだ。今度は彼女の方も気が惹かれて、両方が歩み寄るという形で、自然な感じの交際がはじまった。

周囲のおとなは色めがねで見て、仲を裂こうとしたが、二人は負けなかった。受験の春がきた。Bは親の希望した医科大学には進まず、某二流私立大学の商学部に入学した。両親、特に母親はBをなじったが、Bは志を曲げなかった。

かくして、色々あったあげくではあるが、今や、東京に五軒の居酒屋チェーン、アメリカのロサンゼルス、ニューヨークにすし屋のチェーン店を持ち、バリバリその経営にあたっている。

大学在学中に彼女とも結婚し、家庭生活も幸せ、順調で、子宝にも恵まれた。もちろん商売も良い時ばかりではなかった。

最初の一軒目を都下私鉄沿線の駅前に開いた時など、奥さんがまだ乳のみ子だった子どもをおぶい、一緒に店に出て焼き鳥を焼いてくれたりしたこともあった。しかし、決定的な落ち込みもなく今日までくることができたのである。

一方、Aの方は、数年前からの鉄鋼業界の斜陽化で会社の経営も傾きはじめている。年を誇ったその規模も、こうなってくると会社の立ち直りを遅らせることになる。当然、会社の内部の人事の方もゴタゴタして、最初振りのよかった直属の上役が左遷されたために、Aの立場も今や日陰の身。

その上役の紹介で結婚した奥さんとは、今や冷え切った仲である。新婚時代から猛烈サラリーマンとして働くあまり、ほとんど家庭をかえりみなかったことのツケが、いま回ってきたということだろうか。今期のボーナスは三分の一ぐらい出ればよいほうだろう。これでは都心から少々遠いが、無理して買った建て売り住宅のローンも払えるかどうか。

それにこれは単なるAのカンだが、奥さんに不倫のかげが見られるのだ。たまに家に帰った時など、それとなく離婚をほのめかされたこともあった。

会社の先行きはどうなるのか、社内での自分の立場は?もし離婚ということになったら育ちざかりの二人の男の子は誰が育てればよいのか?

会社でのストレスをいやすすべもない、冷えびえとした我が家の居間で、暗澹(あんたん)たる気分で休日の長い午後を過ごすAの今日この頃である。

臨機応変が開運のポイント

高校時代から二十数年、あの頃から時代も変わった。タイプのまったく違うこの二人の男。秀才でエリートコースを歩んできたAは今や下り坂。高校時代いわば落ちこぼれのチャランポラン人間だったBは上り坂。

人間、何が幸いし、何がわざわいするかわからないものである。

この先も、二人の人生は二転三転していくだろう。予測のつかないことも起きると思う。しかし、肝腎なことは、人生のひとこまひとこま、恋愛、結婚、ビジネスなど、さまざまな場面で、臨機応変に対応できるかどうかが、その人間の運、不運のわかれ目になるのだ。

そもそも運とは運びであり、何でも運び方がうまい人が運をキャッチするのである。このことは、拙著「恋の守護霊」(たちばな出版刊)に詳しいのでここでははふく。

ところで、このように対応の仕方がうまい人は、前世で、心の立て直し方や、仏教、儒教の修業を十分にし、徳を積んだ人で、その徳が「困難や失敗の時の対処の仕方がうまい」という才能、素質として現世の身に授かったのだ。これを霊的咀嚼力といってもいい。

このような人は、何をやっても、どんな場合も「うまくいく」ように見えるものだ。

しかし実際は、人々に見えないところで日々失敗を繰り返しながら、心を立て直し、立て直しして、努力を重ねているのである。この努力をどれだけ長い年月の間、いかなる場においても継続していけるかということが、結果的には運を開くということにつながるのである。

人生において落ち込んだ時、そう心を立て直すことが上手な人は、社会的に成功する素質を前世から受け継いだということは前にも述べたが、このような才能、素質は、また、さらに来世へと持っていくこともできるのだ。

この世での地位や財産などは、いつか消えてしまうものだが、学問を理解する力、芸術を愛する感覚、神を敬う信仰の心、この三つの要素は、消えることのないいわば無形の宝である。

これら三つの宝は、魂の奥深く記録され、未来永劫までも伝えられていくものである。物の道理を吸収して理解する力があり、高等教育を受けているわけではないのだが、物事のポイントをつかむのが上手で、絶えず探究心を失わない人がいる。

生まれながら音感の優れた人もいる。モーツァルトなどがそのようだったと聞く。そして、なぜだか自分でもわからないが、神様が大好きだという人もいる。

これらの人たちは皆、前世に習得したそれぞれの才能が、現在、形となって現れているのだ。しかし、才能、素質に恵まれていれば、成功できるかというと、そうは問屋は卸さない。

世の中には「あの人は才能はあるのだけど、今ひとつパッとしないねえ」という人がいる。誰が聞いても文句のつけようがないぐらい歌がうまいのだが売れない歌手、といった人がそれである。

なぜそうなるのか。天から備わった才能を開花させるためには、どうしても備えていなければならない、もう一つの重要なポイントがあるのである。それが徳分というものであり、それらを霊界から支えていてくれるのが、守護霊なのだ。

徳には、天徳、地徳、人徳とあるが、自分が持って生まれた徳と、先祖から継承している徳とがある。いずれにしても、徳があってはじめて社会的に成就結実するのである。

読者もご存じのことと思うが、横尾忠則というイラストレーターがいる。イラストレーターをめざす人で彼を尊敬している人は多い。

その理由は、人柄のすばらしさにあるのだが、それ以上に、彼が美大を出たわけでも、美術専門学校を出たわけでもないのに、仕事をしながら、全て独力独学であれだけの成功者になられたことだろう。私も数度お会いして、その人柄の良さと飾らない人間性に魅力を感じている一人である。

横尾「先生、私は努力をすることが楽しいのです」

私「そうですか。それは最高の才能と徳性ですね」

横尾「前世は何だったのでしょう」

私「明の袁了ですよ。運命論者だったのが急に、陰徳を積むことに目醒めた人です」

横尾「へえ……。中国・・・・・・」

私「七万人以上の人を救っておられて、今世はあり余るほどの徳分がありますね。書もうまかったようです」

横尾「そういえば・・・・・・、銀座の手相見のおばさんが、「あなたは前世の徳をたくさん持って生まれてこられた」と、私を通りすがりの一人だと思ってそう言ったことがあります。それに・・・。書道は小さい頃からうまかったですよ・・・・・・」

私「本当にすばらしいと思います。横尾さんは、なにか一生懸命やると、必ず三年以内にものにできる運気です。来世はピアニストですね」

横尾「ピアニスト ……?」

私「人間は、毎回の人生に違ったテーマをもって生まれてきますからね……」

このように横尾さんは、徳の光が顔にあふれ、なにをやっても三年以内に社会で結実される方なのである。油絵をやっても、造形をしても全て開花して、美術館がそれを買い取る程なのである。

袁了凡のことは、後でもう一度話そう。ところで守護霊とは、教育係と考えてよいが、詳しくは後述する。

袋小路は人間の知恵袋

知り合いの男性が「僕はどうしていつもドジを踏むんでしょう」と嘆いた。人を訪ねるため、タクシーに乗って、東京・世田谷区を走っている時のことだという。

「T字路にぶつかって右へ行くか、左へ行くかと運転手に聞かれたんです。どうも自分の感覚では、右へ行った方が正しいと思ったのだけど、なぜか、口から出た言葉は左なんですよね。そうしたらどん詰まりの袋小路。道が狭いものだから、元の位置までバックしなければならず、運転手に怒られてしまいました」

世田谷という街、ご存じの方もおられようが、道路の整備状況は劣悪の極みで、やたらに一方通行の標示がある。

私も、目と鼻のところに見える知人宅を訪ねようとして、あたり一帯をグルグルと走り回らなければならなかったことがあるから、彼の話を笑うことはできないが、彼の場合、ドジを踏むのは道だけではないのだという。

「たとえば、純情そうな女のコと性格悪そうなコがいるでしょ。性格悪いコと付き合えば、ロクなことがないと分かっていて、あえてそっちと付き合っちゃうんですよ」

その結果「ナットク」ということになるのだそうだ。

石橋を叩き、崩れそうなところを見つけるまでは上出来だが、わざわざ崩れそうなところに足を乗せ「やっぱり!」と叫びながら、川に落ちてしまうという、マンガチックな性格だが、実はみなさんもそのような経験をお持ちではないだろうか。

昔、流行した歌に植木等の「スーダラ節」というのがあった。「わかっちゃいるけどやめられない」という文句が大いにアピールしたものだ。

幕末の英傑・吉田松陰は「かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂」と詠ったが、人間には、理屈通りの行動を潔しとしない部分がある。それをたとえれば情熱という言葉で表現することもできよう。あるいはまた、好奇心といった言葉で表わしてもよい。

「恐いもの見たさ」という習性も人間にはある。ホラー映画を観にいって、思わず手で顔を覆う子どもがいる。「それなら観に来なければいいものを」と思いつつのぞきこむと指の間から、しっかりとスクリーンを見詰めていたりする。

こういったあい矛盾する行動を取りながら、人間は一歩先へと足を踏み出すのだろう。さて、話を袋小路に戻すが、趣味で袋小路に飛び込んでしまう場合はともかくとして、古今東西の賢人たちも、一様に同様の経験をし、苦しみあがき、どう抜け出せばいいのか思い悩んだようだ。

『易経」の中に「遠からずして元へ復る」という言葉がある。本来、人の生きる正しい道があるのだが、この道を見つけるには、さまざまな修業を積まなければならない。

その間、人は、深山に迷い込んだ状態で、自分の進むべき道を模索しなければならないのだ。「よし、こっちが正しい道だ」と見当をつけて、歩み出しても、どうも様子が違う。

さてどうすればいいのか。山登りの達人は、このような状況に立ち至った時は、即、元の場所に帰る。

様子が違うとわかったら、それ以上深入りはしないのだ。

様子が違うけど、ひょっとしてその先に道があるかもしれない、といった可能性の少ない期待を抱いてなおも前進すれば、間違いに気づいた時、帰りの道を見失ってしまうことになる。ヤバイと思ったら、すぐ引き返して原点に帰れというのが「易経」の教えていることなのだ。

最近、一般大衆の投資熱が盛んだが、儲ける人と損をする人のパターンはだいたい決まっている。

儲ける人といっても、もちろんリスキーな場面に遭遇するし、損もする。ただトータルでみれば、必ずプラスになっている人のことであるが、彼らは、ひとつの思いに固執することをしない。

ある会社の株が値を下げていく。会社の状況を調べると、好材料が少ない。起死回生の可能性もないわけではないが、その可能性はあまりないと見れば、多少は損でも株を手放してしまうから、損を最小限にくいとめることができる。

ところがこだわり続ける人は、事態を自分の都合のいい方に解釈する。

もし、今、株を手ばなしたら損をする。しかし反騰するまで待てば、儲かる。そうみずからを思い込ませて、損の度合いを大きくしてしまうのだ。

確かにそういう現象もないとはいえない。

しかし、少ない可能性に賭け、大きな可能性を見落とせば、トータルで損をするのは目に見えているのである。

また、損をすることを絶対的にマイナスだと考える人も、儲け組に回ることはできない。

損をしたくない一心で、全体が見えなくなる。「木を見て森を見ず」のたとえに陥ってしまうのである。

ところが、損も修業のうち、痛い経験をすれば、次に失敗することはないと思えば、気が楽になるし、こだわりなく退くことができるのだ。これができる人が儲け組の人なのだ。

これを私は、前述の「心外悟道なし」という心の切り替えの大切さから、一歩、現実面に踏み込んだ言葉として「大局を押さえて観自在たれ」「要点とは、こだわりなき心に浮かぶ菩薩なり」「しっかりせよと気をはずす」などと言っている。

もちろん私の作った言葉であり、鑑定客に対して、その場で即妙に出てくる言葉である。