● 守護神と守護霊の違いは?
Q 守護神と守護霊の違いを教えてください。(岐阜市 K・E/男)
深見:まさに字のごとく、守護神は「神様」で、守護霊は「霊」ですが、霊のことを「守護神」と呼ぶ説もあります。
たとえば仏教では、卯年生まれの人を守護しているのは文殊菩薩ですが、この菩薩を「守護神」と定義しています。したがって厳密に言えば、守護霊には菩薩様や如来様も入ることになります。
さて、守護神と守護霊の違いです。守護神はいま言ったように神様のことで、誰にでも一柱ついていらして、死ぬまで同じ神様が守護してくださいます。
ところが守護霊は、前項でお話ししたように、一生のうち最低でも三回ぐらい替わる。
ここが大きな違いです。ちなみに守護霊というのは、ご先祖様の中で、死後五百年、六百年、七百年と修業した霊界で上ランクにいる人がつく場合が多いのです。
守護霊の交替については前項を参照していただくとして、どういう理由で守護神が決まるかについてお話ししましょう。これは鎮守様、産土の神様の媒介によるのですが、大きく三つのケースがあります。
まず一つは、本人が前世に崇敬していた神様がつく場合。たとえば前世で熊野大社、箱根神社、住吉大社などを崇敬していた人は、その神様が今世の守護神となって守ってくださいます。
二つ目は、ご先祖様代々が崇敬していた神社であることで決まる場合、そして三つ目が、自分の魂の系統で決まる場合です。
人間は誰でも神様の分魂を持っていますから、その系統の神様だということで決まる場合があるのです。
以上、三つの理由によって守護神は決定されます。
<用語解説>
①文殊菩薩… 釈迦の左にいる脇侍。釈迦が前世で子供時代に教えを受けた仏と言われる。髷の数によって、一字文殊、五字文殊、六字文殊、八字文殊と呼ばれる。智慧を司る仏様。(1頁「普賢菩薩」参照)
②如来… 如来とは「正しく悟りを開いた人」の意味で、仏様の尊称。ある程度の天地自然、法界の真相を極め、霊界や現実界で衆生を救える仏のこと。
⑧熊野大社… 熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の総称で、熊野三山と呼ばれる。本宮大社には伊邪那美大神速玉之男神・家津美御子大神・天照大御神が祀られている。所在地は和歌山県東牟婁郡。
④箱根神社… 天平宝字元年(七五七)、万巻上人が神託を得て芦ノ湖湖畔に里宮を建て、天孫・瓊瓊杵尊(迩迩芸命)、后神木花咲耶姫命(木花開耶姫命)、御子神・彦火火出見尊の三神を勧請して、箱根三所権現としたのが現在の箱根神社である。
箱根神社は、明治初年に神仏分離がおこなわれるまで、「関東総鎮守・箱根権現」と言われてきたが、その名のごとく総鎮守として、関東の人々に大いなるご神徳を授けられている。
そのご神徳を慕い、吉田茂(元首相)、堤康次郎(元衆議院議長。西武鉄道の創始者)など政財界の大立て者が陸続と参拝した。所在地は神奈川県足柄下郡。
⑤住吉大社… 住吉大神(底筒男命、中筒男命、表筒男命の三神)は、神道上、もっとも重要視される「禊ぎ」や「祓い」をご神格としてお生まれになった神様で、数々のご神託を下されるなど、常に歴代天皇の近くにあって、国家の経営を助けられた。
住吉大神のご神徳はあらゆる面におよぶが、なかでも特筆すべきは、大志を抱いた人の物事を強烈な力で推し進めるご神力とご威勢があること。所在地は大阪市住吉区。
⑥分魂… 神様から分け与えられた魂の意。それゆえに人間は”神の子”と言われる。
● 守護霊は何回変わるのですか?
Q パートナー守護霊は、一生の間に何回替わるのでしょうか。
深見:最低で三回、平均して四、五回であることは折りに触れてお話ししたとおりです。一般的に、守護霊が替わる時期は、男女とも思春期(十三~十五歳)と、二十五歳。さらに男性は四十一歳の厄年前後、女性は十八、十九歳と、結婚前後といったところです。
要するに守護霊が替わる時期は、環境が激変するときなのです。しっかり頑張らなければと必死の思いでやっている姿を、指導霊が見て、「よく頑張っているな、加勢してあげよう。
環境が変わって前の守護霊では分野が違うから、新しく、より強力な守護霊に来てもらおう」と応援してくださるわけです。
パートナー:と言うことは、守護霊が交替するというのは、人生が良くなるということなのですね。
深見:そうです。いい意味で、人生がグレードアップされていく場合が多いのです。
したがって、たえず激変する環境にあって、「頑張るぞ」「負けるもんか」と努力する人は、そのたびに神様の命令で守護霊が交替しますから、一生で七回も八回も替わって、グレードアップしていきます。
逆に、守護霊の交替が一度もなく、生まれたときの守護霊が最後までついている場合もあります。
守護霊の交替がないからだめかというと、そうとは限りません。このタイプの人は生まれたときからかなり大きな守護霊がついているため、替わる必要がないのです。
芸術家など、天命をもって一貫したテーマで育っていく場合は、守護霊は死ぬまで一人というケースが多いのです。こうした人は、せいぜい十人に一人といったところです。
Q パートナー:私たちもいずれは守護霊になれるんでしょうか?
深見:もちろん、なれます。ただし、死んですぐ守護霊になれる人は何十万人に一人でしょう。
なぜなら、守護神様から許可をいただき、それにふさわしい人だけが守護霊という役割を授かるからです。
このことは、たとえて言うなら自動車の運転免許と同じです。教習所に通って、正規の免許を取った人の運転なら、乗せてもらって安心です。しかし運転の仕方は知ってはいるが、正規の免許はないという人では不安です。守護霊もこれと同じで、死んで守護霊になろうと思ったら、教習所に行って、人を導く運転技術や経験を積む必要があります。教習所での実習すなわち修業期間は、だいたい二百年~三百年くらいで、神様から免許を授かることができます。
ところで、守護霊に関して誤った俗説があるので、注意していただきたいと思います。
よくあるケースとして、親や祖父母など肉親が臨終のときに、「私が死んだら、おまえの守護霊になって導いてあげる」と、遺言を残して亡くなった場合です。
果たして、本当に守護霊として守ってくれるのでしょうか?
答はノーです。いまお話ししたように、守護霊になるにはそれ相応の修業が必要で、かつ神様の許可がなければなれないのです。言葉は悪いのですが、こういうのを“モグリの守護霊”と言います。
肉親ですから、子や孫を守ってやりたいという気持ちに偽りはありません。ただし〝無免許運転〟ですから、長期的な展望がなく、情に流されて目前のことだけに目を奪われてしまいます。
こんな霊が憑いていたのでは幸せにはなれないのです。免許のあるのが守護霊で、無免許の霊は背後霊になることを覚えておいてください。
「私は、おばあちゃんに守られているから安心だ」などと思っていると、いつ〝事故に遭うかもしれないのです。
<用語解説>
①厄年… 陰陽道からきたもので、何らかの厄難に遭うおそれが多いから万事慎む方がいいという年齢。一般に男性は二十五歳・四十二歳、女性は十九歳・三十三歳とされ、四十二歳と三十三歳が大厄。
またその前後の年を前厄、後厄といい、厄年と同じようにおそれ慎む方がいいといわれている。
しかし、厄年を迎えるまでの間、一生懸命努力をしながらも報われなかった人の場合は、今まで得られなかった、本当に求めていた幸せが厄年の頃に得られることもある。
≪霊界ワンポイント知識①≫
霊界ストレス発散法
人にブツブツブツブツ文句を言う癖がありませんか?文句ばかり言っていると、「いやなヤツ」と敬遠されます。
反対に、いつも感謝、感謝ですごせば、人に喜ばれます。口先だけではなく、心から「ありがとうございます」と言う人は、とても感じがいいものです。
しかし、「いい人」と誉められても、やはり当人にはストレスが溜まります。人間ですからそれは当然としても、問題は、どうやってストレスを発散させるかです。
最良の方法は、守護霊にストレスをぶつけること。不満があるなら、それを守護霊にぶつけるのです。守護霊は霊界の存在ですから、どんなに文句を言ったところで社会的に問題が起きることはありません。
しかも、守護霊は立派な方ですから、何を言っても、「わかった、わかった」と聞いてくださいます。
たとえ文句を言うあなたのほうが悪かったしても、守護霊はそのことは言わないで温かく見守ってくださいますし、逆に、あなたの言い分が正しければ、その言い分が通るように霊界から未来のことをちゃんとセットしてくださるのです。
文句を言うあなたが正しくても間違っていても、守護霊はちゃんと聞いてくださるのですから、ストレス発散には最高です。しかも言い分が正しければ、それを聞き届けてくださるのですから一石二鳥です。
いや、ストレス発散だけでなく、「いい人だ」という評判も得ますから、一石何鳥もの効果があることになります。これを「霊界ストレス発散方法」と呼ぶのです。
また「霊界ストレス発散法」で、守護霊に不満や愚痴をぶつけるということは、守護霊と自分との”〟の間隔の距離が縮まることでもあります。
霊界では、守護霊がそばにいると思えばそばに、遠くにいると思えば遠くにいる、というふうになっています。
守護霊に文句でも愚痴でも何でも言えるということは、それだけ存在感が近いわけですが、ストレスをぶつけることで、さらに自分と守護霊との距離が近くなる。
すなわち霊的にも運勢的にも、いっぱいプラスをもらうということなのです。
≪5≫ 赤い糸の人と結婚する方法
●赤い糸は何本あるのですか?(赤い糸の中でも一番いい人と結ばれる法)
Q 私の結婚について知りたく、ペンを執りました。いままで何回か、どちらかと言えば悲し恋愛経験があって、現在に至っています。
いまだに赤い糸で結び合った男性にめぐり会うことができません。いったい赤い糸で結ばれる人をどうやってみつければいいのでしょうか。何か具体的な方法がありましたらアドバイスをお願いいたします。(群馬県前橋市 Y・F、二十四歳/女)
深見:赤い糸の伝説については、私の著書『恋の守護霊』(たちばな出版刊)でくわしく解説してありますが、赤い糸については誤解が多いので、この機会にただしておきます。
まず知っておくべきことは、赤い糸は一本ではなく、五、六本あるということです。少ない人でも三本はあります。
そして、赤い糸で結ばれる年齢までにどれだけ努力して自分を磨き、本来の自分の良さを出しているかによって、結ばれる相手のランクが決まってくるのです。
ランクはA、B、C、Dとあって、Aランクの人と結ばれるには、自分がそれに見合うだけの努力をしておかなければ無理です。
AにしろBにしろCにしろ、それぞれ魂のランクに合った人と結婚することになるからです。それなのに、努力もしないでAランクの結婚を望み、しかも赤い糸が一本だけだと思い込いこんでいますから、
「いつめぐり会うんだろう、いつめぐり会うんだろう……..」と期待して待つ―――ここに、間違いの元があるのです。
実際は濃い縁の人が目の前に現れているにもかかわらず、「違う、この人じゃない。もうちょっと待てば、もうちょっと待てば・・・・・・」と、幻の一本の赤い糸〟を求めてしまう。
複数の赤い糸のうち、自分の魂のレベルに応じた一本が相手と結ばれているのに、そこに気がつかない。
そして縁をのがし、いつしか三十もなかばになり、「あの赤い糸の伝説はどうしたのかしら?」ということになるのです。
それから、注意していただきたいのは、赤い糸というのは、あくまで縁のことです。縁ですから、そうと気がつかない地味な出会いもあります。
いや、そのほうが多いでしょう。それにもかかわらず、テレビドラマで見るようなドラマチックなゴールインを夢に描いて、せっかくいただいた出会いの良縁に気づかない。
これでは、どんな良縁も開花はしません。
赤い糸というのは、あくまで可能性です。その人と結ばれる確率の高い縁です。が、しかしこの縁が結実するには、本人がそれと気づき、決断し、意志と行動をもってして初めて可能になるのです。
確かにドラマチックな結婚もあります。しかし、それは前世においても二人が夫婦で、しかも非常にいい結婚であった場合に限ります。
確率的には十人に一人もいないと思ってください。
前世、夫婦であったカップルは、そのときの思い出があって、非常に太い一本の赤い糸で結ばれています。
ほかに何本か赤い糸はありますが、それは全部細い。こういう人は、ある日突然――まさに赤い糸に引き寄せられるようにドラマチックな結婚をします。が、いま言ったように十人に一人いるかいないかで、ほとんどの人は十人中九人のほうなのです。
ドラマチックな結婚を期待しないで、いま目の前の出会いが赤い糸の縁なのかどうか、冷静に客観的に考えてみることが大切です。
その場合、大事なことは、感情に流されるのではなく、生活や家柄のレベル、人生観など、二人の相性やバランスはどうなのかということを考えることです。
くり返し言っておきますが、ドラマチックな恋愛と結婚ばかりを夢見ていては、本当の意味でいい人との結婚を逃してしまうのです。
● 片思いの相手に気づかせる法、公開!
Q いま、ある人に片思いをしています。相手に私のことを気づかせるようなおまじないがあったら教えてください。(東京都板橋区Y・K、十七歳/女)
深見:典型的な白魔術・黒魔術のテーマがこれです。
やり方を簡単に説明すると、自分の人形の絵を描いて自分の名前を書き、その横にもう一体の人形を描いて好きな人の名前を書き、両方の人形をヒモで結んで、二人は仲がいいのだということを強くイメージに浮かべながら、「きっとそうなる」と心から確信し、さらに、「二人は目に見えない世界で結び合っているんだ」と強く信じると、願いは結実します。
論より証拠です。実際にやってみてください。あなたが恋心を寄せている相手が、あなたの想いに気がついてくれるチャンスが自然に出てくるのです。
ただし、ここで大事なことは、そうやって恋愛関係になった相手とゴールインすることが、果たして幸せかどうかということです。
必ずしも好きな相手と結婚することが幸せとは限らないからです。
そこで、交際を始める前に、自分の守護霊に問いかけてみるのです。
「この人と恋愛関係を続けていくことが幸せであるなら、ぜひ結婚できますように」
「両方が不幸になるのだったら、お互い傷つかないような形で別れることができますように」と、二つの選択肢を守護霊様に伝えておけば、交際を続けるうちに守護霊のほうで具体的な形で結論を出してくださいます。
しかし、このような魔術的な方法は、正しい天地の道からちょっと外れたものなので、少しぐらい使う分には構いませんが、あまり執着しすぎたり、やりすぎないことが大切です。
<用語解説>
①黒魔術・白魔術… 黒魔術は害悪と破壊を目的とするもので、古代エジプト・ペルシャに始まり、ギリシア・ヘブライ世界を経て、中世ヨーロッパに伝わった。
これに対して白魔術は、救済と治療を目的とするもので、悪魔の黒魔術に対抗すべく、天使や善なる精霊の力を借りて超常現象を起こさせる技術。
中世ヨーロッパ悪魔学の発展とともに成立した。不吉なことがあると十字を切ったり、「アーメン」と唱えて魔除とするのは、白魔術の最も簡略化された例。
≪6≫ 才能を開花させる方法
● 才能のあるなしは、前世で決まってしまっているのでしょうか?(才能開化の二つの条件)
Q 才能が前世からのものだとすれば、その人の才能の高レベルは、生まれたときからすでに決まっているのでしょうか。(山口県下関市K・F/女)
深見:ある程度は決まっています。ただし、才能については二つの要素を考えなければいけません。一つは技能技術という物理的な要素で、これらは限界がありませんので、磨けば磨くほど上のレベルに行きます。
もう一つの要素は、才能のあるなしにかかわらず、社会で成功するかどうかという運の問題です。いくら才能があっても、誰もが成功者になるわけではありません。
反対に、才能に恵まれなくても、運がよくてスイスイと成功していく人がいるのは、みなさん、実生活でご承知だと思います。
ここでいう運を司るのが、徳分というものなのです。
徳分とは、前世や今世で人を幸せにした量を言います。前世において人を幸せにした人は、徳分の貯金があるため、たいして能力がなくても運がよくて出世しますし、反対に、頭がよくて優秀なのに全然うだつがあがらないという人は、徳分が足りないのです。
自分を社会で成功させるための春風が吹いてくれないのです。そして、この徳分は、才能と違って、だいたい上限が決まっているため、いまから変えることはできません。
では、前世において徳分の貯金がない人はどうすればよいか。人生をあきらめるしかないのでしょうか?
いえ、ご安心ください。今世―すなわち、いまこの瞬間を努力して生きることです。人を幸せにしようと本気で想い、実践することです。
徳分を積むのです。徳分を積んでいくと、今世の貯金となり、晩年および来世になって、必ず目に見える成功運となって現れます。
したがって、徳分を積むのに遅すぎるということはなく、いまを前向きに方向転換したところから未来は変わっていくことを知ってください。
技能技術は上限がありませんので、これを一生懸命に努力して磨く一方、人を幸せにし、社会に益するという徳分を積んでいく。この二つの要素がクルマの両輪となって、初めて才能が世に結実することができるわけです。
いま認められないからといってヤケになったり、投げ出してしまっては、もうそこですべてがストップです。
いや、ストップするだけでなく、あなたの未来はもっと悪くなってしまうのです。
≪霊界ワンポイント②≫
運を開く三原則
玉も磨かなければ光らないように、ただ漫然とした日々を過ごしていたのでは運も開きません。運を開くには、開くための正しい方法があるのです。
まず第一番目は、気力を充実させる努力。気力を充実させるには、自分で毎日やる気を鼓舞することです。
「私はこうだから、こうやって、このようにやるんだ、やれるんだ!」と、絶えず自分に言って聞かせてください。特に、人に何か言われるとすぐに落ち込んでしまうタイプの人には絶対に必要です。
第二番目は、図々しく生きること。《いい加減主義》で日々を過ごすことです。
<いい加減〉という言葉には、デタラメでチャランポランというイメージがありますが、それは違います。むしろ謙虚さを意味しています。 完全をめざし、自分ではそれを完成させたつもりでも、人様の目から見ればどこか不完全な部分があるものです。 それぞれの分野でトップを走っている人は、自分の不完全さを知っていますから、「まだまだ、まだまだ」と自分を厳しく律するのです。 つまり完全主義を捨て、「まだまだ、まだまだ」といういい加減主義》を継続させることによって、徐々に完成に近づいていくというわけです。 「もういいや」と投げるのではなく、「少しずつでもいいんだ」と長い目で見て努力する余裕を持つこと――これが《いい加減主義》なのです。 第三番目は、目上の人に対して絶えず礼節を忘れないこと。たとえば、こまめにプレゼントを贈るとか、お世話になったら、すぐにお礼のご挨拶にうかがうことはもちろん、お中元・お歳暮も大切です。 「この子は若いのに、なかなか人間ができているな」 目上の人が感心すれば、引き立ててくれます。運というのは、このように人の引き立てによって開いていくものなのです。 以上、三つのポイントを実行すれば、才能の芽が太くなっていって、運が開けてくるのです。
≪7≫ 前世の因と今世の関係
● 運の善し悪しは生まれつき決まっているのでしょうか?(運をよくする絶対法)
Q よく、あの人は運の強い人だとか、運のない人だとか言いますが、運の善し悪しは生まれつき決まっているものなのでしょうか。
もし、努力次第で運がよくなるのであれば、その方法を教えてください。(大阪 N.K、十七歳/男)
深見:この人生のビッグテーマについては、私の『強運』(たちばな出版刊)という本に詳しく書いてありますが、結論から言うと、運の善し悪しの絶対量の基礎というのは、生まれたときにだいたい七割~八割くらいまで決まっているのです。
ただし、残りの二割~三割は不確定要素としてありますので、運をよくする努力を継続し、それが積み重なっていくと、悪運の人生であっても吉運に変えるだけの力を持ってきます。
ならば、座して悪運を悲観するのではなく、立ち上がり、積極的に行動し、強運に変えるよう努力すべきです。そのためには、どうすればよいか?
その方法をご紹介する前に、運とは何かについてふれておきます。
まず運という字をよく眺めてください。運という字は「運び」の意です。運・不運というのは、「運ぶ」か「運ばざる」かということを言っているのです。
悪いものを運ばないようにして良いものをどんどん運んでくれば、おのずと運は開けることになる。これが運の正体なのです。
では、何をどうすれば良いものを運んでくることができるのか、それを次にお話ししましょう。ポイントは三つあります。
まず第一のポイントは“祈り”です。
「私はこういうふうに生きるんだ」
「ああいうことをやりたい」
「こんな人間になるんだ」という魂の叫びこれも祈りの一つです。
そういった祈りに対して、守護霊や先祖、神様が、「よし、その願望にふさわしいだけの努力をすれば運んでやろう」と言ってくださって、初めて運は運ばれて来るのです。
ですから、守護霊やご先祖、神様に向かって、良い祈りをたえず継続していくと、目に見えない世界から”良い運び〟がやって来るというわけです。
第二のポイントは、祈りとまではいかない想いつまり念のことですが―私は運がいいに違いないと自らが確信して、「いいことが起きるに違いない、いいことが起きるに違いない」という想いを持ち続けることです。
良い想いとは、①明るいこと、②前向きだということ、③積極的だということ、④楽天的だということ、⑤過去のことをくよくよしないこと――この五種類を言います。
最後の第三のポイントは、祈りや想いが、具体的に運としてどういうふうに運ばれて来るのか、ということです。それは人を通してやって来ます。
友人や先輩、両親、親戚、さらに見ず知らずの人とのちょっとした出会いなどを通じて運は運ばれてくるのです。
タレントにスカウトされ、本人はその気がなかったのに、親が勧めるから仕方なくやってみたところ大成功したとか、ちょっとした情報から財産をなすとか、たまたま知人に勧められた本を読んで人生観が変わったとか、運はまさに人がもたしてくれるのです。
言いかえれば、人を介して運ばれたきた出会いや情報がよい運であることを見抜き、それを躊躇することなく、パッとつかまえることができるかどうかが最大のポイントになります。
「ウーン、人が言うことだからなァ。どうしようかな……………」とためらっていては、運をのがしてしまいます。
そのためには、日ごろから良い祈りを持つことです。そうすれば、人を通じて出てくる言葉や”お薦め〟に対して、「あっ、これは祈りの成果で出てきたんだ、人から運ばれてきた運だ」と、瞬時にしてわかるようになります。
「人」を単なる「人」と思うのは間違いです。「人」は運と宝物を運ぶ媒介なのです。そういう想いと目で見ながら毎日を過ごしていくことが、開運のための努力の重要なポイントになるのです。
だから人を大切にしましょう。人の話に注意深く耳を傾け、「あ、これが良い運の始まりじゃないか?」という姿勢が大事なのです。
≪霊界ワンポイント知識③≫
因果というものは
前世にたくさんの「良い因」を積んでいれば、今世は一生涯を通じて「良い果」(運気・才能・健康・財運に恵まれるなど)が約束されています。
人間は因果の法則に支配されていますから、自分で自分を変えられるようでいて、実際は変えられないものなのです。
なぜなら、過去の自分の行いや想念が結果としていまの自分を形成しているからです。つまり、いまの自分を変えるには、過去の自分を変えなければならないという理屈になりますが、これは不可能です。
長い期間で見れば、前世というものに「因」があり、その「果」が今世と考えられます。もちろん百パーセントではありませんが、七割~八割がそうです。残りの二割~三割が、さらに来世に「果」としてつながっていくのです。
ただし、前世の「因」が良くないからといって悲観することはありません。現世で「良い因」を作っておけば、人生の後半と未来において、「良い果」を得ることができます。
ちなみに「良因」と「良果」の関係がどんなものか、例をあげてお話ししましょう。人気女優のOさんは、今世、「良い果」を受け取ることになっていますが、前世で積んだ「良い因」とは、何だったのでしょうか?さんの前世は出雲大社の巫女さんで、終生出雲の神様にお仕えしていたのです。
そのため、今世のOさんは生まれたときから出雲の神様のお使いという役目を授かっており、出雲の神様の使者の龍神様が御三体ついていらっしゃいます。
白龍と紫の龍、それに緑青龍神です。白龍は三百メートル~三百五十メートルくらいの大きさで、紫の龍は約五百メートル、そして緑青の龍は約四十メートル。
大きい龍は大きな運を司り、小さい龍は日常生活に直結した物事を導くなど小回りがきくことが第一義になっています。
Oさんには、この御三体の龍神が生まれたときから守護霊としてつき、死ぬまで守ってくださっているのです。
ですからOさんは、予知能力や直感力に優れています。また、こうあって欲しいという願望などが、想うだけであっというまに成就してしまうはずです。
前世の徳分に加えて、特別な神様の道を生涯貫き通した人ですから、そのようになるのです。
そして、今世のさらなる努力によっていっそう徳分を積めば、それを「良い因」として、来世にも「良い果」がもたらされます。
そういう因縁因果の法則を知り、自覚し、自信を持ったなら、もっともっとこの働きは強くなるというわけです。
<用語解説>
①巫女… 神に仕えて、神楽を舞ったり、祈祷をしたり、神意を伺ったりする未婚の女性。
②龍神… 龍神は実に多種多様であって、決して一辺倒に考えてはならない。色で分けても白龍、金龍、銀龍、青龍、紅龍、緑龍、紫雲龍など千差万別。役割も出所も千差万別。
ただし、すべての龍神は真の神や神霊ではなく、神霊の化身であったり、乗り物であったり、眷属であったり、神使であったりする。
● 結婚相手は前世親しい関係だった人なのでしょうか?
Q 結婚相手は、前世に何かご縁があった人なのでしょうか?(千葉県千葉市 S・K、二十一歳/女)
深見:それはあります。兄弟だったり、親子だったり、師弟の関係だったり、前世において、必ずそういった近しい関係にあります。そして、さらにその関係は、A、B、Cとランクに分かれており、自分が修養した魂のレベルに合った一番いい人とのご縁が今世に結実するわけです。
良いご縁とは、相手から尽くしてもらえる関係です。つまり前世で、あなたがその人に何かいいことをしてあげていたなら、今度は今世において、その人がお返ししてくれるのです。
たとえば、結婚して、どういうわけか奥さんの世話ばかりして不思議に思うというご主人がいますが、これは前世で奥さんに世話になっていて、そのお返しをさせられているというわけです。
目には見えないけれども、魂の自然の働きですから、「これは前世でお世話になったから、今世、夫として(あるいは妻として)お返しをするんだな」と思って女房孝行すれば、夫婦円満の幸せ家族が実現するのです。
● 相性はどうして決まるのですか?
Q 初めて会ったその瞬間、「あっ、この人とはウマが合う」とか、「友達にはなれないな」とわかってしまうのですが、相性とはどうやって決まるのでしょうか?決して相手の性格が悪いわけではないのに、どうしても好きになれない人というのは、前世の出会いがよくなかったせいでしょうか?(長崎県長崎市 N・K、二十三歳/女)
深見:これは、みなさんが思っていることでしょうね。だから、いろんな占いのなかでも、相性占いがもっともポピュラーなものになっているのです。
が、しかし、街の占い師さんたちは手軽に占って見せてくれますが、相性を解明すると言うのは、本来はとても難しいことなので因果の法則で今世を生かされている以上、相性は前世の縁が大きく影響します。
たとえば前世で敵同士の関係にあれば、会った瞬間、ゾッとしたりするものです。そして、いっしょにいとケンカばかりして、結局は、なぜかうまくいかないということになります。
反対に、前世で家族だったり、近しい人だったり、いっしょに仕事をしていた人であれば、何だか知らないけれども親近感がわいてきて、ウマが合うということになるわけです。
ただし、人とのつき合いというものは、ウマが合う、合わないよりもっと大事なことがあります。それは相手の御魂の問題です。
良い魂か悪い魂か、素晴らしい御魂であるか否かによって、相手を評価すべきなのです。魂の善し悪しを判断する方法は、その人が送ってきた人生の足跡を見ることです。
一つのことをやり通してきたか、絶えず成功してきたか、志をまっとうできたかできなかったか、というところを見るのです。
スポーツであれ、勉強であれ、仕事であれ、一つの分野をまっとうできた人は本当に運がいいのです。
運がいい人は、いつも人の引き立てを受けています。人の引き立てを受けるということは、人の道に外れたことをしなかった人です。頭ごなしで何かをしたり、恩人に後足で砂をかけたということは絶対になく、いつも相手のことを考え、思慮深く行動している人です。
このように、相手の足跡を見て、すべてが成就していたら、少しぐらい相性が悪くても、その人といっしょに仕事をしたり、交際したりすることは、自分もその人の素晴らしい運の恩恵を受けることができるのです。
相性はイマイチでも、強運の素晴らしい人と交際するポイントは、相手の長所を中心に見ていくことです。長所を吸収する努力をするのです。
そうすることで、自分もまたその人の運を享受できることになります。
言い換えれば、自分もまた、まわりの人から足跡を見られるということでもあります。強運で素晴らしい人間だと賞賛されるよう、たとえ途中で挫折したとしても、それを乗り越えて行くだけの気概と希望、そして想いが何より大切なのです。
● 恋愛をしたことがない私・・・男性への警戒心が強いのは前世に原因が?
Q 実は私、まだ恋愛の経験がありません。「愛」というものに縁がないのです。たとえ好きになっても、もしも迷惑に思って気分を害したらどうしよう、などと考えると、恐くてそれ以上は進めないのです。
だから、いままで一度も男の人とおつき合いをしたことがないのです。このまま一生、恋愛も結婚もできなかったらどうしようと思うと、いつも不安です。(岡山県ペンネーム「キンモクセイ」二十歳/女)
深見:こういうタイプの女性は、前世で男性に苦労し、その記憶が今世に現れているのです。だから異性のことになると魂が自動的に反応して、異常なくらい警戒心を持ってしまうので解決法として、私は次の三つの方法をお勧めします。
第一番目は、恋愛に対する考え方です。さも恋愛が幸せの極致であるかのように思い込みがちですが、これは錯覚。男性とおつき合いをしたからといって、幸せとは限らないのです。
恋愛の数こそ多いのになぜか縁遠く、結局、ひどい人と結婚して苦しむという人が意外に多いことを見ても、「恋愛経験=幸せ」とは限らないことがおわかりいただけるでしょう。
大事なことは、恋愛をすることではなくて、いい結婚をすることです。幸せな結婚をすることが目的なのです。ということは、恋愛体験がなくても別に不幸でも何でもないわけで、嘆く必要はまったくないのです。
ちなみに、相談者の「キンモクセイ」さんは、私が観るところ二十二歳くらいで幸せな結婚をすることになりますので、自信を持って結構です。
第二番目は、男性に対する気持ちは、前世の記憶によるものであることをしっかりと認識することです。良い記憶であるならば、記憶にまかせればいい。
しかし、あまり良いものでなかったなら、「その記憶を払いのけて乗り越えるんだ」と自分に言い聞かせ、努力してください。これからの人生と来世のために、新しい〝良い記憶〟を作っていくことが大切なのです。
だから、フラれようが、嫌がられようが、「かまうもんか」と居直り、自分自身の修業のつもりで彼氏にアタックしてみることです。
前にも申し上げましたが、男性というのはもちろん女性もそうですが愛を告白されて嫌な感じを持つ者はいません。「案ずるより産むがやすし」です。彼と自分自身に対して、堂々とチャレンジしてください。
最後に第三番目として、手紙作戦です。好きであればあるほど、面と向かっての愛の告白は難しいと思いますので、思いの丈を手紙に託するのです。
切々と訴えるのです。そうしておけば、顔をあわせたときに目を伏せておくだけで、あなたの思いは相手に通じるというわけです。
以上、三つのポイントを恋愛のアプローチ法としてアドバイスしておきます。
パートナー:まだ恋愛をしたことがないからといって、結婚できないなんてことは決してありませんよね。
深見:もちろんです。かえって男性は、そういう女性はいないかと探しています。恋多き女性が相手だと、結婚しても浮気するのではないかという疑いの気持ちを、男性はどうしても持ってしまいがちです。
恋愛経験のない女性というのは、男性から見れば、手つかずのまま置かれ大自然の秘境のようなものです。最後に残された万年茸というか、霊芝を発見した仙人のような気持ちでしょう。マジメな結婚を望む男性は、そういう無垢な女性を好むのです。
≪9≫ 人の生まれ変わりについて
● 人間が動物に生まれ変わることはあるのでしょうか?
Q 人間には前世があるそうですが、動物にも前世があるのでしょうか?また人間が動物に、動物が人間に生まれ変わることはあるのでしょうか?(和歌山県和歌山市 N・H、十九歳/女)
深見:こうした疑問はもっともで、よく「私の前世は天狗でした」とか「カエルでした」などという本が世間を混乱させています。
たしかに珍しいケースとしてはありますが、その場合でもちゃんとした理由があるのです。
人間は、前世も人間の霊で、代々「人間」としてこの世に生まれ変わります。
霊界では現世と同じように、男女が睦み合って人間の魂を作るのですが、たまに特殊なケースとして、先祖の霊が憑いたニシキ蛇とか犬といったものがいます。
これは厳密に言えば、先祖霊が蛇や犬といった畜生の霊体の中に堕ち、合体して憑いているということです。
では、どういう先祖霊が畜生道に堕ちるかと言えば、文化的な意識がなくて、金銭や権力、色事といったことだけに生きた人間で、彼らは霊界で蛇や犬、狸などの姿になります
。そして、畜生道に長くいた先祖霊が改心し、生まれ変わるときに、動物の霊にかかって動物と同じ悲しさを味あわされるのです。
家の主の蛇がいるといった話はよく聞くと思いますが、これは畜生道に堕ちた先祖が、蛇の霊を占領して家を守り、蛇としての一生を終わっていくということで、厳密な意味でヘビに生まれ変わったわけではないのです。
次に、動物が人間に生まれ変わるかという質問ですが、一般的にはあり得ません。
もし動物が人間に生まれ変わるなら、たとえば猫の霊が人間に憑くと、人間がニャーニャー鳴くことになりますが、みなさんご承知のように、現実にはそういうことはありません。
ただし、生まれ変わるのではなく、動物の霊が人間に憑くことはあります。
しかし、この場合も、人間はニャーニャーとは鳴きません。なぜなら霊は、憑いた生き物の言語能力と発声器官を使って声を発するからです。
人間についた犬の霊は、人間の言語能力と発声器官を使いますから、日本人に憑けば日本語を、アメリカ人に憑けば英語を話すことになります。
逆を考えてみればもっとわかりやすいと思いますが、人間の霊が畜生道に堕ちて憑いたからといって、蛇や犬が人間の言葉を話すことは有り得ないのと同じ理屈です。
ただし、非常に意識レベルが高い犬や猫は、先祖の霊が合体して憑いていることがよくあります。
また、ペットを可愛がっていると、水子の霊が自分も可愛がってもらいたくて、猫とか犬といったペットに憑いて、いっしょに可愛がられているというケースはよくあることです。
以上のように、動物霊と人間霊は、それぞれが合体して憑くということはあっても、厳密な意味で生まれ変わるということはないのです。
<用語解説>
天狗… 天狗は想像上の怪物とされるが、実際に存在している。修験道や山岳信仰をする人々とは密接な関係がある。
天狗がつくと、あらゆる神通力に秀でて、薬草を見つけることができたり、空中に高く飛び上がることができたり、念力が強力になったりする。
しかし、龍神同様、あくまでご神霊の眷族(使者)であって本当の神様ではない。また、天狗がつくと、高慢になったり(天狗になる)、うぬぼれが強くなるという落とし穴があるので要注意。
また、人霊が天狗に化けている場合も多い。木霊の化身の天狗もいる。
②狸… 狐と並んで多い動物霊は理である。種類は、①動物霊の狸の霊、②怨念霊理、③先祖霊理、④浮遊霊狸、⑤霊味天理(身長二十メートル~百メートルくらいの巨大なものもある)、⑥人の想念がつくり出した幽邪狸(身長二、三メートルから数十メートルのものまである)の六種類がある。
このうち、よく祟りをするのは、②③④の人霊が霊界で狸の姿となっている場合である。
なお狸の特徴は、下司で下品で低級趣味であるということ。したがって、高尚な趣味や高貴な人生のビジョンが欠如した下品な人や、努力、精進を嫌い、怠惰、ずぼら、無気力、飽食の人は狸が憑いていることが多い。
③畜生道…… 精進、努力を怠って、安逸を貪っていると、外見上は人間の姿をしていても、その想念は畜生道に堕ちてしまう。畜生は御魂を向上させるだけの霊的自覚はもちろん、知性も教養もなく、ただ本能にのみしたがう。
だから動物的本能だけで生きている人は、死後、畜生道に堕ちてしまう。畜生道に堕ちてしまった霊はみずからの境遇を呪い、また苦しいために、なんとか救われたいという一心で子孫に憑き、いろいろと霊障をもたらすのである。
● 親しい人は前世でも深い縁があるのでしょうか?
Q ある雑誌に、前世で関係があった人とは、現世でも必ず出会うと書いてありました。それなら両親や友達などは、前世でも何らかの形で関係があったのでしょうか?
そうだとしたら、前世と現世と親しさの度合いは同じなのでしょうか?そして、もう一つ、希望通りに生まれ変われるものなのでしょうか?(埼玉県川口市ペンネーム「川口の星」(男)
深見:前世で兄弟だった人が夫婦になる、夫婦だった人が兄弟になる、親子だった人が夫婦になると、組み合わせはいろいろですが、とにかく前世において非常に親しかった人が、現世でも同じように親しい関係になるケースは確かに多いです。
また、ひと口に「前世」と言っでも、今世から見た一つ前の前世もあれば、二つ前、三つ前とエンドレスの関係になっていることも念頭に置いておく必要があるでしょう。
前世と現世の関係にはいろいろなパターンがありますが、みなさんが今後の生き方として参考にすべきは、「逆転のパターン」です。
逆転のパターンというのは、主従関係が、前世と今世で逆転することです。
前世に主人だった人が、従業員をイジメたり、苛酷な労働を強いたりした場合、今世では主従が逆転して主人が従業員に、従業員が主人として生まれ変わってくるのです。前世のツケを、今世で払わされるというわけです。
逆に、前世で人様のお世話をした人は、今世は、その人にお世話になります。
「どういうわけか、あの人は世話ばかりしてくれる」といったケースは、その人が前世において、あなたに借りがあるため、自然にお返しをしているのです。
次に、希望通りに生まれ変われることができるかという質問ですが、結論から言えば、ある程度徳分を積んで、真ん中以上のレベルになった人であれば可能です。
たとえば仕事において優秀な人であれば、神様が、「お前、今度はどこの国で仕事をしたいか?」と訊いてくださいます。
「ヨーロッパに行きたいです」
「じゃ、イギリスに行かせてやろう」となるのです。
今世、努力して徳分を積み、神様の目から見て、いい奴だということになれば、希望通りに生まれ変わることができるのです。
しかし、そうでない場合には、本人の希望など無視して、強制的に生まれ変わらせられてしまいます。生まれ変わりというのは、会社の転勤や配置がえのときと同じと考えればいいでしょう。
● 輪廻転生で生まれる国の決定は何が基準でしょうか?
人は輪廻転生するそうですが、あるときは日本人、またあるときにはフランス人というように違った国に生まれるのは、何か基準があるのでしょうか?(神奈川県厚木市ペンネーム「源義経」/男)
深見:輪廻転生には基準が二つあります。一つは、霊層が真ん中以上のレベルであれば、生まれ変わる国を自分で選ぶことができます。
「フランスに生まれ変わりたい」「スペインに生まれ変わりたい」「中国に生まれ変わりたい」――といった願いを神様は聞き届けてくださるのです。
もう一つは、神様の意志で生まれる国を指定される場合です。たとえば現世、日本に生まれ人を例にあげましょう。
日本という国は、自然との一体感であるとか、イエスとノーの区別が曖昧で、右に左にたゆたう情感豊かな国です。
こうした日本に生まれて、美というものを極めた人は、神様から、「今度はドイツで生まれ変わって、もっと緻密に知性を磨きなさい」と、修業テーマが与えられるのです。
あるいは逆にドイツで生まれ、緻密な知性を磨いた人は、「今度は芸術的な情感の広がりや、四季折々の感情のヒダの細かいものを修業しなさい」という神様の命令で、日本に生まれ変わるのです。
霊層が低く、真ん中以下の人の場合は、神様が強制的に生まれ変わる国をお決めになるため、選択の余地はありませんが、神様は国民性や歴史、風土、文化、芸術、言語といったものを勘案し、当人が修業すべきテーマにあった国をお選びになっています。
<用語解説>
①輪廻転生… 生ある者が生死をくり返すこと。仏教では永遠に輪廻転生し続けることは苦しみであり、死んで肉体を脱いだあとは、涅槃寂静して霊界で永遠に幸せに暮らし、二度と生まれ変わって来たくないという考え方である。
だが、これはインドという風土に根ざした考え方といえるだろう。
仏教の発生したインドには、カースト制度という厳しい身分制度があり、スードラは何度生まれ変わってもスードラ、バイシャは何度生まれ変わってもバイシャになると考えられていた。
それゆえ、生まれ変わってこないことが当時のインドでは最大の救いだった。しかし、神霊界の真実から見ると、この考え方は正しくない。
生まれ変わり死に変わりとは、魂の進歩向上発展のためにするのであり、さらにいえば、もう十分に修業を積んで、本来ならばもう生まれ変わってこなくてもよいような立派な魂のもち主は、神々の御心を思い、神の使者としてこの世の中をより素晴らしくするためにあえて生まれ変わってくるのである。
このように、天の使命を受けて再び生まれ変わってくる御魂を「再誕御魂」といい、そうした中でも、すでに神様の位にまで達していながらあえて生まれてくる御魂は「降臨御魂」。肉体をもって生まれ変わってくるのではなく、生きている人間と合体して霊界から活動している御魂を「再臨御魂」という。
こういう役割を持って生まれてくる方々が、天才や聖人である。なお、亡くなってからわずか三十年ほどで、もう一度人生をやり直すために生まれてくるのは「再生御魂」という。
● 人は何年おきに生まれ変わるのでしょうか?
パートナー:人は何年おきに生まれ変わるのでしょうか。またその法則というものはあるのでしょうか?
深見:人が生まれ変わる年数は、平均して三百年前後です。早い人で二百五十年~二百八十年、遅い人で四百年といったところです。
したがって自分が生まれた年(西暦)から三百年を引いた時代が、あなたの前世である場合が多いのです。
ただし、前項でお話ししたように、霊層が真ん中以上の人は修業のテーマを神様から与えられて生まれてきますから、前世に生活していた国は、現在生まれ住んでいる国とは異なります。
「中国でしか得られないものを勉強せよ」というテーマを与えられれば中国に、「ヨーロッパでしか得られないものを修得せよ」というテーマを与えられればヨーロッパに生まれているわけです。
これが霊層が真ん中以下の人になると、「お前はこの国のこの時代に生まれて、この修業を積みなさい」と、足りない所を強制的に修業させられます。
ですから、なるべく生まれる国を選択できるよう、今世で徳分を積み、良き来世を迎えていただきたいものです。
● 初対面なのに会ったことがあるような気がするのは??
Q 初対面なのに懐かしい気持ちが湧いてくる人がいます。また、思い出せないんですが、どうしてもどこかで会った気がしてならない人もいます。
これは、我々の前世と関係があるのでしょうか?(埼玉県川越市I・S、二十一歳/女)
深見:前世との関係も含め、懐かしい気持ちがわいてくる理由は、次の三つのパターンに分けられます。
第一番目は、本当に前世において家族だったとか、お友達だったという、ごく近しかった場合です。全体の約六十パーセントがそうです。
二番目は、自分が夢の中(潜在意識)で、その人と出会っている場合です。対面したという記憶は潜在意識に残っていますから、実際に会ったときに、「あれれ、どっかで会ったはずだが」と、釈然としない気持ちになるのです。
実は、この夢見は偶然ではなく、予知なのです。夢の中というのは霊界の窓口ですから、霊界でその人とも実際に会っているのです。現実と霊界とではタイムラグがありますから、実際に会ってハッとするわけです。
第三番目は、守護霊が懐かしいと思っている場合です。たとえば、たまたま知り会った人と話をしていたら、出身地が自分と同じ広島だということがわかったとします。
うれしくなって、「私も広島なんですよ」と、あなたは笑みを浮かべながら、「広島のどこですか?」と話を継ぎます。
「◯◯市です」と相手。
「あっ、私と同じじゃないですか」
「私の家は凸凹町です」
「えっ、じゃ、隣町だ!」
こういった〝奇遇〟は、元をたどっていくと、双方の五代~八代前のご先祖様が同じであったということがめずらしくないのです。分家したり、結婚して姓が変わったりで、五代も八代もたってしまえば当人たちにはわかりませんが、先祖の霊同士が懐かしがっているのです。
ただし、こうしたケースの人間関係には、吉凶の両方あるので注意してください。懐かしいからといって結婚したらひどい人だったということもありますので、その縁が悪因縁か、良因縁かは、やはり常識的、客観的な目で見ていくことが大切です。
