絶対成功する経営(Vol.2)

はじめに

今日、日本は世をあげて、長かった不況からの回復に躍起になっている。景気はようやく上向きかけたとはいえ、長い不況に体力を奪われた多くの企業は四苦八苦、この一書が店頭に出た頃には、多くの中小企業の経営者の方々が、「元経営者」となっているかも知れない。

「のっけから縁起が悪いことを」と思われるかも知れないが、現実はシビアだ。多くの経営者諸氏が、いかに業績を上げるか、というよりもせめて前年並みの実績を維持するかと、七転八倒してがんばっている現状から、目をそらしてもしかたがない。

それに、かく言う私も資金を湯水のごとく使え、有為の人材を幾千幾万と駆使し、我が世の春を謳歌しうるような身では、あいにくない。

中小企業の経営に携わる者のひとりであって、御同輩たる経営者諸氏と同様の辛酸を、決算期ごとになめている身だ。

そうではあるけれど、私は私なりの努力と経営コンサルタントをすることで、良い経営と悪い経営危機を乗り切ってさらに伸びる経営者とたちまちつぶされてしまう経営者とを、たくさん見てきた。

そういう経験と体験から、本書を世に問うことにした。日本中にあまたいる私と同様の中小の経営者の方々に、是非読んでいただきたいと思っている。

というのは、「平成不況」は大企業以上に中小企業にとって、より辛い不況として立ち現われたものだったからだ。

しかし平成不況のリストラの、といったところで、所詮はあまたいる経営者、企業家が陶汰されるだけのもの。日本の、あるいは世界の経営がすべて死に絶えるという性格のものではない。

良き経営者、秀れた企業家にとってはジャマくさいだけの同業他社が勝手につぶれてくれるチャンスでもある。生き残ることができたら、得られるパイは大きくなっている理屈だ。

私が所長を務めるコンサルティング会社「菱法律経済研究所」では、世界に二つとない経営指導を行なって、多くの企業が成功をおさめている。

この「絶対に成功する経営」は、不況のただ中であればこそ、あなたの経営に、あるいはあなたがこれから起こそうとする経営に、好況時以上の大きなプレゼントを与えられるはずだ。

私のアプローチのしかたは二通りある。

ひとつは成功している経営者の経営の神髄を学び、実践することである。本書の第一章と第二章が、それにあてられている。

第三章以降は、より高い次元の内容となっている。これは是非、あなた自身が読んで、そして実践して効果を確かめていただきたい。

次元が高くはあっても、いたって具体的かつ平易に説いたつもりだ。

本文にも書いたが、経営者がすべきことは小難しい論文や理論を体得することではない。

いかに景気が悪くとも、業績を伸ばしている人はいるのであって、あなたもそういう経営者と同様に、しかるべき道に従って日々努力すれば成功する。あなたの今の事業天職と信じて、明るい心と感謝の心をもって歩まれんことを。

深見東州

第一章 成功する経営者、失敗する経営者

経営者の意力不足が会社の危機を招く

男として生まれてきた以上、いつか必ず自分で会社を経営する!こういう願望を抱いている男性は多い。いや、男性にかぎらず、最近では女性の中にも会社経営を夢見る人は増えている。

しかし、会社経営というのは、それほど甘いものではない。

仲間と資金を出し合って会社を設立したのはいいが、収益が思ったほど上がらず、たちまち倒産とか、取引先が潰れて連鎖倒産の憂き目に遇ったとか、資金繰りに行き詰まって債権者から追われているとか、こんな話はいくらでもある。過去にそういった体験を持っている人も少なくないはずだ。

それくらい会社経営というのは難しいのだが、その一方で、手広く数社の経営に携わり、そのどれをも順調に発展させて成功者としての名声をほしいままにしている経営者も少なくない。

会社の収益を伸ばして社会の成功者となる人がいるかと思えば、片や経営に失敗して社会の敗者となる人がいる。その分岐点は一体どこにあるのだろうか。

一言でいえば、会社経営に対する意力の違いにあると思う。

失敗例を個々具体的に見ていけば、理由はいくらも見つかるだろう。たとえば、期待していた銀行からの融資が受けられなかったとか、ヒット商品がなかなか生み出せなかったとか、取引先が突然、取引停止を通告してきたとか、理由は百も千もある。

しかし、それらは表面的な理由にすぎない。そういうあまたの失敗例の根底には経営者の意力不足、根性不足、根気不足があり、これがすべての会社倒産の本質的な原因になっているのだ。

会社の倒産について、基本的に私はこう考えている。

会社経営というのは実に根気が要る仕事である。一ヶ月、二ヶ月頑張って収益を上げることはそれほど難しくはない。

しかし、一年、二年、三年とずっと収益を上げ続けなければ、企業の成功はあり得ない。それだけの根性、意力があるのか。根性、意力を持続できるのか。そこが成功、失敗の分水嶺となっているのだ。

企業は「ゴーイング・コンサーン」といわれる。一時の成功ならあだ花でしかない。続いてこその企業なのだ。そうして三年以上利益を出し続けるとようやく社会的信用もでき、信用調査が入ってもクリアできる。経営者は三年続いてやっと一人前だ、ということだ。

安心感と飽きから放漫経営がはじまる

ところが、なかなか、そううまくはいかない。会社経営がようやく軌道に乗って何年かたつと、誰でも経営に対する根性が不足してくる。

他でもない、根性と情熱の不足によって、せっかく軌道に乗った会社を傾かせる経営者が考えられないくらい多いのだ。

創業時はギラギラするほどの情熱を会社経営に注いできたのに何となく集中力がなくなり、売上確保、新規開拓に対する情熱がなくなる。

そんな秋風が心の中に立ちはじめるのは、会社が軌道に乗るようになってから四、五年目ぐらいであろうか。

人によって多少の違いはあるだろうが、経営の運びがよくなって四、五年たつと、大方の経営者は気を緩めてしまう。

それというのも、少々うまくいったという時点で安心してしまうからである。以前のようにシャカリキに営業努力をしなくても、向こうから仕事が入ってくる。

自分が汗水流して働かなくても部下がそれなりに仕事をこなしてくれる。そんなことから、知らず知らずのうちにどこか安心しきって集中力を失ってしまうわけだ。

それともう一つ、「仕事に対する飽き」がある。これも気が緩む大きな原因だ。何年も同じ仕事をしていると、誰でも飽きてくる。

こんな仕事、一体どれだけの社会的意義があるんだろうか、もっとほかに自分に適した仕事があるんじゃないだろうか、もっと楽に儲かる仕事があるんじゃないだろうか。

こんな思いがふと脳裏をかすめた時には、すでに経営の危機が訪れているのだが、それを見過ごしてしまう経営者は決して少なくない。

この安心感と飽き、ここから放漫経営がはじまるのである。

企業経営が傾く、会社が倒産する。その原因の最たるものは何かといえば放漫経営である。お金に対する考え方が甘かったり、売上を絶対に確保するぞというシビアな姿勢が欠けていたり。その原因は経営者自身の中身が放漫で、余計なところに気が向いているからである。

その結果、意気に燃えていたはずの少壮の経営者がお妾さんをつくったり博打に手を出したり、ゴルフに異常なぐらい時間をさくとか、あるいは株式投資や土地投機などのいわゆる財テクに血道をあげていたりする。

中でも特に女極道など、気の緩みの最たるものだ。ちょっとばかり会社の売り上げが上がってきたという状況なのに、あちこちに女を囲むような経営者がいまだに多いらしいが、そんなことをしていては会社経営に対する自分の情熱が下がり、社員の士気も下がるのは目に見えている。

社員の士気が下がれば当然、実績も下がり、坂道をころがり落ちるようにアッという間に会社が傾く。そんな例は枚挙にいとまがない。

博打、ときたらこれは経営者として言語道断、もってのほかである。競輪、競馬にうつつを抜かしていたら、社業が傾かないほうがおかしいというものだ。

それからゴルフ。近ごろゴルフ好きの経営者が非常に増えている。ゴルフをやらない経営者のほうが少ないくらいだ。

まあ、ゴルフの話ができないと仕事に差し支えることもあるので、たしなむ程度なら問題はあるまい。

しかし、それにもおのずから限度というものがある。ウィークデーだろうが何だろうが、年がら年中ゴルフ漬けになっているようでは、会社が傾くのは当然といってもいいのではないだろうか。

そして最後の財テクだが、これに手を出したくなる気持ちもわからなくはない。隣の会社が株や土地で大儲けしているのを見ると、地道にコツコツ働くのがバカらしくなり、ついつい自分も、という気持ちになるのは人情である。

しかし、よくよく考えれば、それも自分の仕事に対する気の緩みからくる浮気にほかならない。自分の仕事に対する集中力が欠けているから、隣の会社や世間の動向が気になるのである。そんな気の緩みから財テクに手を染めて、本業がうまくいくはずもない。また財テクも半端になって、大損することになる。

これらはみな、経営者の気の緩みから生じるものである。経営者の中身が緩んでいるから、余計なところに気が散ってしまい、ついには経営の破綻を招いてしまうことになるのである。

衰退の前には必ず兆しがある

だいたい、企業経営が傾きはじめる前には必ず兆しがある。

たとえば、ずっと順調に業績が上がってきたのに、今月度から急に売上が二〇パーセントダウンした、としよう。

売上が二〇パーセントダウンすると利益率はほぼ半分になる。三〇パーセントダウンすると利益はゼロどころかマイナスになる。つまり売上が二○パーセントもダウンした時には、その企業は大ピンチに陥っているのだ。

凡百の経営者は、こうなってからあわててその原因を探り善後策を講じようとするが、私の経験からいえば、数値が落ち込んでから気がつくようでは遅い。落ち込む前に策を打てるようでなければ、成功なんてとても無理だ。

落ち込みがはじまる前には必ず何らかの兆しがある。中小企業の月次決算でいえば、その兆しは三ヶ月前にある。大企業なら三年前にあるといえるだろう。

三ヶ月前にさかのぼってみて、何か原因がありはしないかと探ってみれば、必ず見つかるはずである。

たとえば、営業マンが新規開拓を怠って、従来の顧客のところだけをグルグル回っていたとか、すでに商品が時代に合わなくなっていたとか、あるいは、それらの事柄を承知しながら営業マンが報告しなかったとか、営業部長などの責任者が見逃していたとか、そういう兆しが絶対といっていいほどあるはずなのだ。

もちろん、その段階では売上の数値に表れない。表れないから多くの経営者は気がつかない。

しかし、気がつく経営者もいる。余計なことに気をとられず、自分の中身を経営一本にビシッと定めている経営者なら、パッと兆しを読み取って、素早く何らかの手を打つことができるのだ。

ところが、女だ、ゴルフだ、博打だ財テクだと気もそぞろになっている社長はこの兆しに気がつきようもない。

兆しは出ているのに、それに気づかず手を打つこともせず、株式投資だとか愛人だとか趣味に夢中になっていて、売上や利益率が落ち込むところまで来て初めて「あっ」と気がつく。だが、ガンなどの病気の場合と同様で、自覚症状が出た時には、その企業は末期なのだ。

それに対して、時代は刻々と移り変わっていくんだ、世の中は諸行無常なんだということを知っていて、堅実に仕事に取り組んでいる経営者は、「ああ、これはダメになっていくな。次はこれが伸びていくな」というところを読んで、いち早く対策を講じる。

そうした企業はずっと売上と利益率が安定して進んでいく。日本の一流企業の中でも、経営者の良し悪しで差が出るケースは多い。

たとえば二~三年前倒産して英国企業に身売りしようとしてそれにも失敗したオーディオ機器メーカーの山水電機などは、前者の例だ。

一方、もっと大手ではあるがソニーは、トランジスタ開発以来の技術面でのリードにあきたらず、常に小型化、超小型化、大量生産による価格引き下げを進めてきた。ソニーの製品、ミニ・ディスクは私達のコンサートなどでも大いに活用させてもらっているすぐれものである。

また飽和化したと言われて久しいビデオデッキ市場に投入した五万円台のハイ・エイト機など、業界に革命を起こした高画質、小型、低価格商品だ。(編註:平成七年当時)

一方は小なりとはいえ、特にスピーカー製作とレーザーディスクで評価を得た企業、他方は技術のソニーと名声をほしいままにしてきた企業だ。

しかし業界トップにあって、その座に甘んじていないから、ソニーの座はまだまだ安泰でありそうなのだ。

中小企業はだいたい月次決算主義のところが多い。毎月の決算でピシッと黒字が計上されれば年間収入もいいに決まっている。

いかに毎月の売り上げをキチッと確保していくかが中小企業経営の基本だ。その月次決算が落ち込みに転じた時には、三ヶ月前に必ず兆しがある。

その兆しを素早く読んで、早め早めに手を打っていけば、落ち込むことはなく確実に売上と利益率が上がっていくから、年次決算でしめてみたら前年度比一二〇パーセント、一三〇パーセントになっていた、という奇跡の成長が現実に可能となるのだ。

会社を経営し、順調に発展させていくことは至難の技である。いっとき収益を上げることはできても、上げ続けるとなるとこれは本当に難しい。企業寿命は三〇年、などといわれているが、いかに収益を上げ続けるか、これが企業経営の一番重要なポイントであって、収益を長く出し続ける会社であればあるほど、いい会社として評価されていい。それは規模の大小には関係ない。どんなに小さな会社であっても、利益を上げ続ける会社は立派で、その経営者は偉大だ。

経営をやっている人なら先刻承知のことと思うが、どんな小売店でも、どんな小さい卸売店でも、またそれがどんな小さな個人営業でも、利益をずっと上げ続けるということは本当に難しいことである。「企業は人なり」とはよくいうが、黒字を出し続ける経営者は黒字型人間。

黒字にも赤字にもならない、まあまあの経営者は、トントン型人間。そして、何をやっても赤字になる経営者は、赤字型人間といえるだろう。

本書を読んで、全ての経営者がこの黒字型人間になっていただくことを願ってやまないのだが、一般の人からいえば、会社経営に必要な五本柱、販売管理、労務管理、財務管理、資金調達、税金対策をバランスよく気配りして成功させるには、大変な意志力と積極性と智恵が必要なのである。

ニーズが変わるし経費が変わるし、最近は商品サイクルも非常に短くなっているので、すぐに新しい商品を開発しなければならない。

サービス業でもちょっと油断をすると、すぐに大手資本が参入してきて潰される。新は規参入が相次いで競争がはじまると、値段が安く、品質がよく、サービスがいいところが勝ち残り、そうでないところはやがて潰れていく。それだけに、ちょっと収益がいいからといって決して油断はできない。

だから、いやしくも企業経営者たるもの、いかなる時も精進努力を絶やしてはいけないのである。そうすれば、経営悪化の兆しが出た時にパッとキャッチして危機を回避できるから、コンスタントに売上と利益率を伸ばしていくことができる。

そういう会社の舵取りは、自分の精神状態が放漫になっていないかどうか、絶えず厳しく見ていないかぎり不可能だ。自分の中身が放漫になっていては会社の舵取りなんてできるはずはない。会社が失敗する原因はほとんどが放漫経営にあることを知っておくべきだろう。

賢い経営者はここが違う

もう一つ、会社経営に失敗する典型例は、ヒット商品が出た時、これである。

なぜヒット商品が出て倒産するかというと、ヒット商品がポーンと出るとたいてい従業員を増やしたり事務所を大きくする。もちろん電話も増設する。

すると当然、固定費が上がる。固定費が上がっても二番目のヒット商品が生まれれば問題はないが、そうそう簡単にヒット商品は生まれない。それで、固定費に押しつぶされる形で経営が傾いてしまうわけだ。

ところが、中には賢い経営者もいて、ヒット商品が生まれても固定費を上げないように工夫しているところも少なくない。その一つが、テレビの通販で有名な二光という会社だ。

二光ではこれまで数々のヒット商品を生んできた。二光は賢いことに、一つの商品が飛ぶように売れても、ある一定の水準まで売れたらそれ以上売らないのだ。一定の数値まで出たらそれでストップ。あとは、次の商品開拓に全力を傾注するというのである。

なぜ、一定の数値が出たらそこで販売をストップするのかといえば、一つの商品が売れすぎると、その分だけ資金繰りを圧迫するし、社員の士気も緩んでしまうからという理由なのだが、そういうノウハウを持っていないところは、一つの商品が売れるとそればかりにワーッと力を入れる。

だが、一つの商品の寿命はそうそう長く続くものではない。消費者のニーズは絶えず変化しているのである。そのニーズの変化を読めずに一つのヒット商品にばかり力を入れると、第二弾のヒットが出なかった時に困り果てることになってしまう。

まず税金がある。三月に年度決算をしたら、五月にはヒット商品が売れた分だけの税金を現金で納めなければならない。

その税金を納めるのにお金がないから銀行から借り入れる。そして借入の返済をしているうちに第二弾のヒット商品が生まれずに倒産。こういうケースが非常に多い。

その点、二光という会社は通販に熟練しているから、第二弾が出なかったら資金繰りを圧迫するということで、ヒット商品が出てもある一定の数値で打ち止めにする。すると、社員の士気も緩むことなく、絶えず新しいものを新しいものをと、商品開発の意欲がかきたてられ、逆にヒット商品が生まれるというのだ。よく、

「二光お茶の間ショッピング。今日は高枝切りバサミをご紹介しましょう。こんなに高い枝もほら、このとおり。おまけに二段式だから収納にも便利。お値段もたったの九八〇〇円」

なんてやっているのをテレビで見るが、「次から次へとよく考えるものだなあ」と思うのは私一人ではないだろう。高枝切りバサミが出てきたと思ったら、次は布団圧縮袋、その次は遠赤外線サポーター。

ああやって、絶えず新しい商品を打ち出して、ある一定以上売れたらそれで打ち止めにし、ヒットが絶えないように努力している。その商品開発に向けた意欲と努力には本当に頭の下がる思いがする。

あたら一つのヒットアイデアに頼りきったがためにつまずいた例では、レコードレンタル店がある。

このレコードレンタルという商売、そもそもの始まりは一人の大学生のちょっとした発想、「資本と同じようにレコードの貸出しがあったら便利だな」というアイデアから生まれたものである。

だが、そのアイデアを生み出した当の大学生は会社設立後、ほどなくして倒産の憂き目に遇ってしまったのである。

彼のお母さんが、私がやっているラジオ番組のゲストに出演したことがあったので詳しく話を聞いているが、最初は「これだ!」と思ってレコードレンタルの店をはじめたところ、驚くほどお客がやってきて大繁盛したという。しかし、そのあとに続く資金繰りなど経営の舵取りを知らなかったものだから、アッという間に倒産。多額の負債を抱え込む結果になってしまった。

ところが、彼と一緒にやっていた仲間の一人に経営に長けている男がいて、この男が二番煎じでレコードレンタル店をやったら大成功。これが業界の老舗「You&I」という店である。

最初にレコードレンタルというアイデアを生み出した大学生と二番煎じでやって成功した経営者。その才能の優劣は一概に論じることはできないが、こと企業経営という点に絞れば、後者のほうがすぐれているのはいうまでもあるまい。

つまり、企業経営というのはアイデアだけでは勝負にならないのである。企業を生み出すきっかけにはなっても、アイデアだけでは企業を存続させることはできない。やはり、企業を存続させるには経営の技術が必要なのである。

その経営の技術をいかに磨き、自分の中身を放漫にすることなく経営一本に絞っていくか。そこに経営の成否がかかっているといっても決して過言ではない。

会社経営というのは外から見るよりはるかにストレスの多い仕事である。だから、ある程度のストレス発散は必要で、その意味でゴルフなどのスポーツをたしなむ気持ちは理解できる。

しかし、何ごとにも限度、節度というものがある。その限度を越えて夢中になってしまっては、肝心の心の中がお留守になる。心の中がお留守になったらもう勝負にならない。

なにしろ、マーケットは絶えず動いているのである。それに絶えずライバルがしのぎを削っているのである。

ゴルフだ女だと夢中になっていて、そのマーケットの動きを的確に把握し、ライバルとの競争に打ち勝つことなんて到底できるはずがない。

逆にいえば、経営の技術を絶えず磨き、心の中をお留守にしなければ、どんな仕事をしても必ず成功する。

いかにしたらいい商品がつくれるのか、時代は何を求めているのか、消費者は何を求めているのか、どうやったら販路を拡大できるのか等々、経営にまつわるすべてのことに関心を抱いていたら、身の周りのどんなことからでも学ぶことができる。

見るもの聞くものすべてが新鮮に映り、すべてが斬新な発想のヒントになるのである。

「桐一葉落ちて天下の秋を知る」という言葉があるが、そういう心構えで生きている人は、ちょっとした兆しでも的確にキャッチし、「あっ、このままでは行き詰まるな」「あつ、これをやったらうまくいくな」と先手先手に対策を講じることができる。そして、成功を長続きさせるのである。

そこが甘い人は、どんな仕事をしても決して成功することはない。

人の三倍努力する、これが絶対の成功哲学

拙著「大金運」に私は、「人の三倍努力すれば必ず成功する」と書いた。人の三倍努力する。

これは、人の三倍働くという意味でもある。人の三倍努力し、人の三倍働けば仕事で成功しないなんてことは絶対ない。もちろんお金も入ってくる。

仕事にしても事業にしてもうまくいかない原因は、煎じ詰めれば、人の三倍働いていないこと、さらにはその意欲すらないことにある。だから何をやっても失敗ばかりしているのだ。「人の三倍努力する」というのは、古今東西に通じる絶対の成功哲学なのである。

だが、一口に人の三倍働くといっても、実践するとなるとこれがなかなか難しい。まず時間がない。一日は誰にも平等に二十四時間しか与えられていないのだから、一日八時間働く平均的日本人の三倍となると二十四時間。これではまさしく寝る暇もないということになる。

「それじゃあ、人の三倍働けといったって、物理的に不可能じゃないか」

こうおっしゃる向きもあるだろう。私の部下の中にも、

「三倍働けといわれても、時間的に不可能です」

単純にものを言うものもいる。

そういう時にはこう言ってやることにしている。

「君ね、人の三倍働けといったって、何も一睡もせずに働けといっているんじゃないんだ。頭をフルに使えということなんだよ。君、昼の食事はどこでする?レストランか食堂へ行くだろう。食事が運ばれてくるまで、君は何をやっている?おそらくマンガ本でも読んでいるんだろう?だからダメなんだよ。それから、たまには散髪にも行くだろう。調髪してもらっている間、君は何をしている?多分、うつらうつら眠っているんじゃないか?だからダメなんだよ。この店はどうして繁盛しているのか、どうして客がこないのか。この店の経営者は、お客に足を運んでもらうためにどんな工夫をしているか。その気になって観察すればいろいろと発見できるはずだ。そのように、いつどんな時でも、何かを発見し、学び取ろうとする姿勢、それが大事なんだよ。それが人の三倍働けということなんだよ」

実は、自分の中身をお留守にしないで経営一本で努力し続けることも、「人の三倍働く」ということに通じるわけだが、もう少し具体的に「人の三倍働く」ということの意味を客商売を例に引きながらお話しすることにしよう。

飲食店を成功させる秘訣

まずは飲食店について、その成功の秘訣はどこにあるのか、これをお話ししてみたいと思う。

私が所長を務める経営コンサルティング会社㈱法律経済研究所(以下、菱研)の会員にも、手広く飲食店を経営している人が何人かいるが、その人たちから時々、「どうしたらお客が来るようになるんでしょうか。最近、お客の足が遠のいて困っているんです」

という質問を受ける。まあ、飲食店でお客が来ないというのでは、さぞや苦労していることだろうと思われるが、私にいわせれば、一言でいって研究不足。

頭の使い方が足りないからお客が来ないのだ、ということになる。

飲食店を繁盛させるなんて、これほど簡単なことはない。要するに、ものすごくおいしかったらいいのだ。

飲食店は立地条件がよくなければとか何とかいう人がいるが、そんなのはほとんど関係ない。もちろん、立地条件がよければそれに越したことはないが、それよりも何よりも一番大事なのは味。これに尽きる。

私のところの会員の中に中華料理店を経営している人がいるが、そこは本当においしい。

だから、わざわざ車で一時間以上もかけてやってくる客もいて、いつ行っても満席である。それというのも本当においしいからであって、味さえよければ少しばかり立地条件が悪くても、サービスが悪くても、器が上等でなくても、飲食店は間違いなく繁盛する。

東京・杉並区の荻窪に丸福という評判のラーメン屋がある。狭い店内で、お世辞にもきれいな店とはいいがたい。

それでも、うまいという評判が立っているから、いつ行ってもお客でいっぱいだ。ラーメン一杯一万円というのならちょっと考えるけれど、抜群においしく値段もまあまあならば、間違いなくお客が列をなす。

地理的条件が悪くても遠くからやってくる。従業員が多少無愛想であっても必ず来る。別に、従業員を食べるわけではないのだから、極端な話、味さえよければ従業員の態度なんかどうでもいいのである。

確かに味もだいたい同じぐらいで、値段もまあまあというくらいだったら、サービスがよくて立地条件がいいほうが勝つ。しかし、圧倒的に美味しかったら必ず評判になって、黙っていてもお客が列をなすはずだ。

中華料理店でも日本料理店でも、売り上げの伸び悩みはどこにあるのかといえば、とにかく味が悪い、これしかない。

「なぜ、お客様が来ないのでしょうか」

と尋ねる人が多いが、なぜ、こんな簡単なことがわからないのだろうかと、こっちが尋ねたくなる。どうしてお客が来ないのかって?まずいからですよ。まずくなくても、まあまあの味だからですよ。

抜群に美味しかったら必ずお客は来る。一度来て、美味しかったら友達を連れて来る。宣伝なんか少しだけすればいい。

それでも必ずお客でいっぱいになること請け合いである。

では、それだけ美味しい味を出すにはどうしたらいいかというと、これは一にも二にも味の研究しかない。

たとえば、今現在まずい料理しかつくれない店、まあまあの味しか出せない店があるとしたら、こうしたらいいだろう。

日曜日や祭日、それから平日でも店がハネたあとの空いている時間を利用して、自分の業界で美味しいと評判の店に行って自分の舌で味を確かめるのだ。

どんな味が評判いいんだろう。この味はどうしたら出せるのだろう。この研究をするわけだ。

一口に「人の三倍努力する」といっても、具体的にはこういうことなのである。

料亭・吉兆の成功の秘密

これに関して有名な話がある。それは料亭・吉兆にまつわる話である。

吉兆といえばいわずと知れた超一流の料亭。政財界のトップがよく利用することで有名だ。大阪の本店をはじめ、京都の嵐山店、それから東京では帝国ホテルやホテル西洋の中にも支店があるが、私は一応、すべての店に行ってみた。

別に贅沢を楽しみたいかではない。なぜ、一流を維持していられるのか、その秘訣を知りたいからである。だから私は、料亭にかぎらず中華料理店であろうがフランス料理店であろうが、一流といわれるところには必ず一回は行ってみるように努めている。

それはともかく、その吉兆の経営者の湯木さんには、三人か四人のお嬢さんと一人の息子さんがいるのだが、お嬢さんはみな、京都の「たん熊」などの一流の日本料理店で十何年と修業をしてきた板前さんと、見合い結婚している。

というのも、料理店や飲食店の経営の難しいところは、いかに腕のいい板前さんを確保するかにかかっているからなのだ。

せっかく苦労して腕のいい板前さんを確保したかと思ったら、サッと辞められてしまう。すると当然、味が落ちる。味が落ちたら客が来なくなる。

客が来なくなったら倒産する。だから、料理店や飲食店、レストランの難しいところは、腕のいい板前さんを確保することにあるというわけである。

その点、オーナーが料理長、オーナーがシェフというところはその心配がない。

そういうことで吉兆の湯木さんは、お嬢さんをみな一流の腕のある板前さんと見合い結婚させているわけだ。

まあ、お嬢さんたちも「この人なら」ということで一緒になったのだろうが、各店のオーナーが即料理長だから絶対に味が落ちない。離婚しないかぎり落ちることがないし、料理の研究をして独自のものを開発しても、その成果が外に漏れない。そのように味がいつもピシッと一定しているから、チェーン店を出しても何ら問題がないわけだ。

そのお嬢さんの一人、三番目のお嬢さんの旦那さんにたん熊さんからやってきた料理長さんがいるのだが、この人が私と親しくて、いろいろと日本料理のことを教えてくれる。

「料理の蓋に紫陽花の葉や梶の葉を使ったりすることがあるんですが、紫陽花は虫がつかないんです。虫がつかないということは毒性があるということですから、うちでは梶の葉を使ったりしているんです。ちょっときれいなあしらい、デザインとして使っているわけです」

それに対して私も、どこどこのお店に行ったらこんな工夫をしていましたよとか、金沢料理の特色はこういうところにあるんじゃないでしょうか、といった話をする。

すると、向こうもまた料理のことについてとうとうとしゃべる。そうやって二時間から三時間語り合い、お互いに「大変勉強になりました」と。吉兆に行くと、そんな料理問答になることが多い。

これはその人から聞いた話だが、吉兆は経営者の湯木さんが一代で築いたのだそうだ。湯木さんの実家のお父さんは鰻屋さん。その鰻屋さんに生まれ育った湯木さんは三○歳の時に、自分で日本料理店をやりたい、と発願したという。

それでどうしたか。はじめは京都・北大路の○○というところに入門して修業をしたいと思ったのだが、なかなか入れてくれない。そこで、しょうがない、自分で修業するしかないと決心し、まず南禅寺の近くにある瓢亭という料亭に行った。

瓢亭、これまた四百年からの伝統を誇る超一流の料亭だが、湯木さんがなぜ瓢亭に行ったかといえば、一流の味を自分の舌で確かめるためである。

吉兆の湯木さんは、「よし、日本料理店をやるんだ」と発願して、一四日間、連続して瓢亭に通ったというのである。

「最高に美味しい料理を食べさせていただけますか。日本料理を研究していますので、これから毎日寄らせていただきます」

と申し出た湯木さんに対して、老舗の料亭のプライドがあるから、瓢亭の料理長、「よーし、受けて立とう」ということで一四日間、毎日通ったわけだが、出てくるメニューは毎日全部違うし、盛りつけてある器も全部違う。

そしてデザートも全部違う。ちょっと聞いただけではたいしたことはないと思うかもしれないが、同じ季節に連続一四日間、毎日違う料理を出すのは非常に大変なことなのである。

一四日もの間、毎日瓢亭に通った湯木さんもすごいけれど、「よーし、受けて立とう」といって、毎日全部違う料理を出した瓢亭もさすがだなあ、と思わざるを得ない。

そのように、鰻屋の息子さんが日本料理店をやりたいと発願して、おいしいと評判のお店に毎日通い、「お宅の最高のものを出してくれ」と研究にいそしんだ結果、あの吉兆ができたというのである。

お客が来なくて困っているという人は、この精神を見習うべきである。とにかく、いい味を出そうと思ったら、美味しいと評判のすべてのお店を巡って、最高のものを自分の舌で確かめたらいいのだ。

私だったら、経済的事情が許すかぎり、余暇を見つけて毎日通う。土曜、日曜、祭日、仕事のない時には全部回ってみる。雑誌などで紹介されている評判のお店には必ず行く。

そして、行ったら行ったでただでは帰ってこない。

「あそこの料亭も美味しいと聞きましたけれど、ほかに美味しいと評判のお店があった教えていただけませんか」と必ず尋ねる。そうすれば、

「そうですね、○×さんも美味しいと聞いていますよ」と教えてくれるはず。そうしたら、またそこに出かけて行く。

そうやって美味しいと評判のところを五〇〇店ぐらい回れば、どんな盛りつけをしているのか、どんなサービスをしているのか、そして四季折々どんな料理を出すのか、だいたいのところはわかるに違いない。そこまでの研究心と根性があれば、どんな飲食店でも成功しないほうがおかしいというものである。

レストラン・小川軒に見る研究開発の姿勢

日本料理から今度は西洋料理の話になるが、西洋料理でも一流どころとなると、やっぱりいい味を出している。

ヨーロッパ系統の料理といえば、リキュールとかブランデーなどのアルコールと、セージとかオールスパイスなどの香辛料が特徴的だ。というのも西洋料理は肉が中心になっているから、これをいかに保存するか、いかに臭みを消すかということで香辛料やアルコールが発達したわけだ。

日本料理の場合はもともと素材が新鮮だから、醤油と味噌で簡単に味つけするだけでも美味しく食べられる。それだけ、自然の素材を生かせるというわけである。

そのヨーロッパ系の料理と日本の伝統的な料理を見事に融合させているレストランに小川軒という店がある。

初めてその小川軒に行った時のこと、私はビックリさせられた。というのも、ウエイトレスが「お通し一丁、お刺し身一丁」と調理場に注文を出したからだ。

「ええ?小川軒て、たしかレストランじゃなかったの。どうしてお刺し身が出てくるの?レストランなのに」

ともかく、私の目の前に刺し身が運ばれてきた。ところが、刺し身の上にかかっているソースが、これがまた何とも表現できないほど美味しいのだ。

それを見た瞬間、「ははーん、高橋さんはこれを勉強したんだな」と思った。高橋さんとは有名な志摩観光ホテルの料理長である。彼はあわびのステーキを初めオリジナルな日本料理をつくったのだが、その秘密はここでつかんだに違いないと直感したのだ。

その小川軒、味は掛け値なしに最高である。何しろ、刺し身がお通しで、アントレーの前菜が七種類も出てくるのだ。大きな二つの貝の上にソースがほどよくかかっている。素材は日本の貝、その上にかかっているソースはヨーロッパ。それがなんと七種類出てくる。

おそらく日本の懐石料理を真似たのだろうが、小川軒はれっきとしたレストランである。この味を出すのにどれだけ研究したんだろう、どれだけの精進努力をしたんだろう、小川軒を創設した人が、ヨーロッパ料理の美味しいところと日本料理の美味しいところを全部回ったんだろうな、と深い感動を覚えたものである。

この小川軒で修業した人が、長野県松本市で鯛萬というレストランを開いている。それを聞きつけた私は早速、師匠とお弟子の味の比べをするために松本まで出かけてみた。

そして鯛の料理を味わったところ、やっぱり小川軒のほうが一味上だった。もちろんそれは、私の舌による判定であって、他の人が食べたら違う評価をするかもしれないが、私には小川軒のほうが美味しく感じた。

味はもちろんのこと、小川軒のすごいところは何といってもその研究力にある。何しろ、調理場を全部オープンにしているのだ。ということは、それだけ料理に自信を持っていて、「真似できるなら真似してみろ!」という姿勢が表われているわけだ。

私が行った時も調理場を見せてくれるというので覗いてみたら、料理長が「これはこうするんだ!」と新米のコックを激しく叱っていた。それを見て、「ああ、お弟子を叱る時にはああすればいいんだな」とまったく違うところで勉強したりしたものだった。

この小川軒にしても先の吉兆にしても、超一流といわれるところはそれだけ研究し、精進努力しているのだ。わけもなく超一流になったりはしないのである。

逆にいえば、それだけの研究と努力を重ねていけば、誰にだって超一流になる可能性があるということになる。

肝心なのはそれを知って努力することだ。日本料理なら日本料理、中華料理なら中華料理、レストランならレストラン、世間で美味しいという評判のお店を土曜、日曜などの空いている時間を活用して可能なかぎり巡って、その味を舌で覚え、その味が出せれば成功間違いなし。その上、サービスがよくて値段がまあまあで、地理的に便利なところだったら大繁盛しないはずがない。

だから、飲食店で成功しようと思ったら、それだけの研究と努力を積み重ねればいいわけで、そんなに難しいことではないのである。

ところで、菱研では月に一回、関東と関西で「タメカンセミナー」という経営セミナーを開いている。

毎回私の他に、各界からゲストをお呼びして行なうもので、他では聞けない極意満載のセミナーとなっている。

しかし、その「常連」の会員の方々は、「セミナーのみならず、その二次会がまた楽しい」と言って下さる。

実は「グルメ開拓二次会セミナー」という名の二次会なのである。回り持ちの幹事の方が、これはという店を捜してきて、その店で二次会を開く。そして、そこの味を学び、サービスを学び、繁盛する理由を学ぶという実地勉強会を兼ねた二次会なのだ。

実際に目にするのでより深く記憶に残るし、自分が接待に使える店としてチェックしておくこともできる。

勿論、あくまで二次会であるから堅苦しさはなく、会員同志の異業種間交流も深まり、人脈もできる。一石数鳥であって、まさに時間を数倍に使える二次会と自負している。読者の皆様にも是非一度いらしていただき、体験していただきたいと思う。

美容院の成功の秘訣

次に、美容院を例にして、その成功のための努力の方向性について語ってみよう。美容院にしても、その努力の方法は飲食店と同じで、やはり、成功しようと思ったら成功しているところを巡るのが一番。

たとえば東京だったら、銀座とか六本木とか青山とか美容院がひしめき合っているところを全部巡る。そしてレポートを書く。どういうサービスがよかったか、どういう液を使っていたか、それらをたんねんにまとめていけば、どうしたら成功するのか自ずから明らかになるはずである。

最新技術を駆使していて、しかもその世界で一番二番というところはやはり、一ひねり二ひねり三ひねりの工夫をこらしている。そうでなければ絶対トップには立てない。そこを研究し、真似すればいいのだ。

成功しているところはわけもなく成功していない。わけもなく有名になっていない。その研究力が秀でているところがやっぱりトップに立っている。

じゃあ、どこが成功しているポイントなんだ、どこが有名になっているポイントなんだ。それを必ず見極めるという意欲と目的を持って、一流どころを巡ることが大切である。

サービスなのか、使っている液なのか、お客との会話のうまさなのか。そこに注意し一生懸命探せば必ず見つかるはずである。

私もいろいろと一流といわれる美容院に行ったが、だいたいどこでも一人の美容師が三〇〇人ぐらいのお客の名前を覚えている。

名前を覚えることが一つの重要なサービスになっており、だからこそ整髪している最中になんだかんだといろいろ話しかけてきてはペチャクチャおしゃべりして、少しでもお客の印象を意識に刻み込もうとするわけだ。

そして二度目に行った時には、「あっ、深見さんですね」とさりげなくいう。

こっちは、まさか一度行っただけで名前まで覚えていないだろうと思っているからビックリするけれど、何か心地がいい。まさにサービスのツボを心得ていた接客である。

そうやって一人の美容師にかかりつけになると、こちらが何もいわなくても希望どおりの髪型にセットしてくれる。だからますますかかりつけになってしまうわけだが、そういう腕のいい美容師にかぎって、ある日突然パッと姿を消すことがある。

「あの人、どうしたのですか」

「ええ、先日辞めました。独立したんです」

ところが、独立してうまくいくケースは本当に少ないらしい。

私の知り合いの美容師がこういっていた。

「銀座、赤坂、六本木の有名な美容院でどんなに腕を磨いていても、独立して田舎に引っ込んだとたん、ぐーんと技術が落ちるんですよ」

つまり、こういうことなのだ。

たとえば銀座や六本木の美容院には、芸能人など一流のセンスを求める人がいっぱい集まる。そういうアッパークラスの人たちは、多少料金が高くても最新情報と最新技術のある銀座や六本木にやってくるわけだが、彼らはカットの仕方一つでも非常にうるさい。

それからロットの巻き方、これにもうるさい。そのカットの仕方、ロットの巻き方一つとっても、最新の技術ということになるとやっぱり銀座や青山、六本木ということになる。そういうところに集まるお客は一流のセンスを求めているから、すでに素晴らしいカットをしている。そこで、

「お客様、素晴らしいカットをしていらっしゃいますねえ。どこでカットされたのですか」

「青山の○×というお店で」

「はあ、なるほど。だから素晴らしいカットなんですね」

なんていいながら、「なるほど、こうやるのかあ」と勉強するわけだ。よその一流の店でカットした作品が目の前にあるのだから、これほどの勉強材料はない。

こうやって、ますます最新の技術が習得できていくというわけである。

ところが、どんなに腕を磨いても、独立して田舎で自分の店を持ったら技術はそれで終わり。

何しろ、「とにかくさっぱりしてくれれば結構ですから」というお客ばかりなので、適当にカットしていればそれでよく、腕の上がりようがない。技術の進歩なんてもう考える必要がないのだから、それは当然といえば当然だ。

それに対して、銀座、青山、六本木などに集まるお客はみな目がこえている。客の目がこえているのだから、銀座や青山で働いているかぎり、たとえ今現在たいした技術を持っていなくても最新の情報、最新の技術が必ず習得できる。

それだけの差が知らず知らずのうちに生まれてくるのである。

だから、美容院で成功しようと思ったら、そういう一流どころへ毎週行く。毎週が無理なら隔週でもいいから出かけていって、集まるお客のヘアスタイルを研究することである。

そして、お店を持ったら、技術を習得して中身を向上させていくということを絶対に忘れないこと。

そうすれば間違いなく流行る。そういう努力を地道にコツコツと積み重ねているお店が繁盛しているのである。